吉岡 暖(よしおか はる、2006年8月28日 - )は、徳… 吉岡 暖(よしおか はる、2006年8月28日 - )は、徳島県阿南市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 阿南市立阿南中学校ではヤングリーグの阿南シティーホープに所属し全国制覇も成し遂げている。 徳島県立阿南光高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年春から投手のレギュラーを務めた。3年春は第96回選抜高等学校野球大会に出場し1、2回戦は勝利したが3回戦で星稜高校に敗北した。3年夏は徳島大会決勝で鳴門渦潮高校に5-6で敗北した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成2位指名を受けた。11月18日に支度金308万円、年俸340万円で入団に合意した(金額は推定)。
森山 暁生(もりやま あきお、2005年1月11日 - )は… 森山 暁生(もりやま あきお、2005年1月11日 - )は、徳島県那賀郡羽ノ浦町(現:阿南市)出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 阿南市立羽ノ浦小学校2年時に羽ノ浦パピヨンで野球を始める。阿南市立羽ノ浦中学校では一時野球を離れて卓球部に在籍するが、2年時夏よりヤングリーグの徳島ホークスに入団した。 徳島県立阿南光高等学校では1年時夏よりベンチ入りし、2年時夏には徳島県大会を1人で投げ抜き、チームを甲子園出場へ導いた。3年時春には、徳島県大会タイ記録となる1試合20奪三振を記録した。 2022年のプロ野球ドラフト会議では、中日ドラゴンズから3位指名を受け、11月8日に契約金4500万円、年俸600万円で仮契約を結んだ。
谷口 朝陽(たにぐち あさひ、2004年4月3日 - )は、… 谷口 朝陽(たにぐち あさひ、2004年4月3日 - )は、徳島県三好市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 軟式クラブチームの山城ファイターズで野球を始める。生光学園中学校ではヤングリーグに所属する硬式野球部でプレーした。 広陵高等学校に進学し、3年春の広島大会で背番号1を背負い1試合に登板したが、3年間で公式戦登板はこの1試合のみだった。2学年先輩に宗山塁と渡部聖弥、1学年先輩に林燦がいた。 その後、2022年の四国アイランドリーグplusドラフト会議にて徳島インディゴソックスから指名され入団した。 2023年、春先は二刀流に挑戦し、打撃練習や遊撃手の守備練習を行った。
岡本 駿(おかもと しゅん、2002年6月12日 - )は、… 岡本 駿(おかもと しゅん、2002年6月12日 - )は、徳島県勝浦郡勝浦町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 徳島県勝浦郡勝浦町出身。近所のお兄ちゃんに誘われたことがきっかけで、横瀬小学校の2年時に勝浦タイガーススポーツ少年団で野球を始める。当時はサッカーをしていたが、練習で始めた父とのキャッチボールが楽しく、そこから野球にのめり込んでいったという。勝浦中学校時代は軟式野球部でプレーした。小・中学校時代は内野手(主に遊撃手)兼投手との扱いであった。城南高等学校時代は1年秋からベンチ入りし、3年夏に行われた県独自大会では8強入り。甲子園への出場経験はない。高校時代は主に一塁手や三塁手、遊撃手を守る内野手であり、「4番・遊撃手」として出場していたが、投手を務めることもあった。
德山 一翔(とくやま かずと、2002年4月11日 - )は… 德山 一翔(とくやま かずと、2002年4月11日 - )は、徳島県海部郡海陽町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 旧字体の使用できない報道機関などでは、姓は徳山と表記されることもある。 徳島県海部郡海陽町出身。小学2年時に海南クラブで野球を始め、海陽中学校時代に軟式野球部に所属。鳴門渦潮高校時代は主に一塁手を守っており、投手としては3番手であった。高校最後の2020年夏の独自大会でも3番手投手というポジションで終えた。高校時代の最高球速は138km/hであった。大学では投手で勝負すると決意し、高校卒業まで四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスを指導しているトレーニング施設であり、球速向上に定評のある「インディゴコンディショニングハウス」に通った。
武岡 龍世(たけおか りゅうせい、2001年5月28日 - … 武岡 龍世(たけおか りゅうせい、2001年5月28日 - )は、徳島県吉野川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 実兄の武岡大聖は元プロ野球選手で、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスに所属していた。 小学校2年から鴨島バッファローズで軟式野球を始め、投手や遊撃手としてプレーし、6年には硬式野球チームの徳島ホークスに所属。鴨島第一中学校1年の時にはカル・リプケンワールドシリーズのメンバーに選出され、準優勝を遂げる。 中学校卒業後は八戸学院光星高等学校へ進学。高校では1年春より遊撃手のレギュラーを獲得し、2年秋からは主将を務める。2年夏からは3季連続甲子園出場を果たし、第101回全国高等学校野球選手権大会の智弁学園戦で甲子園では自身初となる本塁打を放った。
石上 泰輝(いしかみ たいき、2001年5月18日 - )は… 石上 泰輝(いしかみ たいき、2001年5月18日 - )は、徳島県鳴門市出身のプロ野球選手(内野手)。横浜DeNAベイスターズ所属。 鳴門市明神小学校で2年生の時に明神ブレーブスで野球を始める。鳴門市第一中学校では軟式野球部に所属し、3年時は主将を務めて全国中学校軟式野球大会に出場した。 徳島県立徳島商業高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年秋から二塁手のレギュラーを務めた。この時点では高校卒業後に野球を引退して就職する意向だったが、その後出場した秋季四国大会にて、英明との初戦で4安打を記録して勝利に貢献。大舞台で結果を残し、「関東の大学でプレーしたい」という意欲が芽生えた。3年夏は徳島大会準決勝で鳴門に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。
藤田 淳平(ふじた じゅんぺい、2000年5月14日 - )… 藤田 淳平(ふじた じゅんぺい、2000年5月14日 - )は、徳島県美馬市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 徳島県美馬市出身。美馬市立江原北小学校時代に野球を始め、美馬市立江原中学校では軟式野球部に所属した。 川島高校では1年夏から公式戦に登板。2年夏の県大会は初戦で第4シードの徳島北と対戦し、148球で完投勝利を挙げると、その後も勝ち進み、ベスト4入りを果たした。3年夏は県大会で池田との初戦に敗れた。 東亜大学へ進学すると、主戦を担うようになった3年春のリーグ戦ではリーグトップの防御率0.73を記録し、MVPとベストナインを受賞。チーム6年ぶりとなる全日本大学選手権にも出場した。
折下 光輝(おりした こうき、2000年2月14日 - )は… 折下 光輝(おりした こうき、2000年2月14日 - )は、徳島県阿南市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 阿南市立大野小学校1年のときに野球を始め、阿南市立阿南第一中学校では遊撃手としてプレー。 徳島県立新野高等学校では1年秋から正三塁手になる。2年秋からは主将を務め、投手に転向してエースで4番を務めた。投手としては最速140km/h、打者としては高校通算35本塁打。2017年6月に読売ジャイアンツのスカウトに声をかけられたことでプロを目指す気持ちが強くなり、9月に行われた新人入団テストを受験すると、8人の合格者に入り、同年のドラフト会議の育成指名候補になった。 10月26日に行われたドラフト会議で読売ジャイアンツから育成選手ドラフト7位で指名され、11月12日に支度金200万円、年俸230万円で仮契約を結んだ。
中山 晶量(なかやま てるかず、1999年2月8日 - )は… 中山 晶量(なかやま てるかず、1999年2月8日 - )は、徳島県徳島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。2026年より、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の堺シュライクスに所属。 徳島文理小3年時から野球を始める。生光学園中学時代には硬式野球部に入部していた。 鳴門高等学校に進学。1年夏から甲子園出場を果たし、3年連続甲子園出場を経験した。本来の投手だけではなく外野手としても出場し、3年夏の3回戦・盛岡大学附属高等学校との試合では2点本塁打を放ち、8強進出に大きく貢献した。同級生のエースには2019年NPBドラフト会議で日本ハムからドラフト1位指名された河野竜生(後にプロでチームメイトとなる)がいた。
武岡 大聖(たけおか たいせい、1998年6月28日 - )… 武岡 大聖(たけおか たいせい、1998年6月28日 - )は、徳島県吉野川市出身の元プロ野球選手(内野手)。弟は東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手の武岡龍世。 小学校6年時(5年の終わり頃)よりから野球を始める。 吉野川市立鴨島第一中学校に進むと硬式野球チームの「徳島ホークス」へ入団。年代別の日本代表にも選出されている。 進学した生光学園高等学校野球部では臨時コーチの元読売ジャイアンツの平田薫から指導を受ける。 高校卒業後は弟・龍世が進学していた青森県の八戸学院光星高等学校の姉妹校に当たる八戸学院大学に進学。大学時代には全日本大学野球選手権に出場している。大学4年時にはプロ志望届を提出するが、指名漏れとなった。
河野 竜生(かわの りゅうせい、1998年5月30日 - )… 河野 竜生(かわの りゅうせい、1998年5月30日 - )は、徳島県鳴門市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 鳴門高校時代は通算3度夏の甲子園大会に出場。3年時(第98回大会)のベスト8入りが最高成績であった。同級生には、のちに日本ハムでもチームメイトになる中山晶量がいる。 高校卒業後はJFE西日本に入社し、入社1年目にして都市対抗野球では三菱重工広島の補強選手として出場した。2年目の都市対抗野球ではJR西日本の補強選手として出場。3年目の都市対抗野球では、自チームで出場した。2018年11月に行われた第44回社会人野球日本選手権大会では2試合連続完封勝利を記録し、同大会の決勝戦では三菱重工名古屋相手に9回1失点と好投した(チームは延長戦の末に敗れ準優勝)。
平間 隼人(ひらま はやと、1996年12月16日 - )は… 平間 隼人(ひらま はやと、1996年12月16日 - )は、徳島県海部郡牟岐町出身のプロ野球選手(内野手)、野球指導者。右投左打。九州アジアリーグの北九州下関フェニックス所属。 「牟岐若潮クラブ」で軟式野球を始め、牟岐町立牟岐中学校では軟式野球部でエースを務めた。 高校はスポーツ科学科のある鳴門渦潮高に進学し、寮生活を送った。3年生のとき春季四国大会の決勝まで進むが、のちに徳島でチームメイトとなる岸潤一郎がエースを務めていた明徳義塾高に僅差で敗退した。夏には主将を務め、徳島大会決勝に進出したが、河野竜生擁する鳴門高に敗れ、準優勝で高校生活を終えた。 地元からプロ野球を目指したいという理由で、高校卒業後に四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスに入団した。
多田 大輔(ただ だいすけ、1996年5月25日 - )は、… 多田 大輔(ただ だいすけ、1996年5月25日 - )は、徳島県徳島市応神町出身の元プロ野球選手(捕手)。社会人野球選手時代の一時期は住吉姓でプレーしていた。 幼稚園の時に野球を始める。徳島市応神小学校卒業後に進学した徳島市応神中学校軟式野球部では、徳島県大会で準優勝した。徳島県立鳴門渦潮高等学校1期生として入学し野球部に入部した。3年時の春の徳島県大会決勝戦ではランナーを牽制で3回、盗塁で2回アウトにする活躍でスカウトの注目を集めた。2014年ドラフト会議で広島東洋カープから7位指名を受け、11月14日に契約金2,500万円、年俸450万円で仮契約を結んだ。 2017年10月4日、一軍出場を果たせぬまま球団より戦力外通告を受ける。
板東 湧梧(ばんどう ゆうご、1995年12月27日 - )… 板東 湧梧(ばんどう ゆうご、1995年12月27日 - )は、徳島県鳴門市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 鳴門市大麻中学校では軟式野球部に所属し、徳島県立鳴門高等学校では甲子園に4度出場。 プロ球団からの評価は必ずしも高くはなく、高校卒業後はJR東日本に入社。身体づくりを中心としたトレーニングと投球術の習得に取り組んだ結果、都市対抗野球などで制球力のよさと緩急のコンビネーションを駆使した安定感のあるピッチングを見せ、プロ球団のスカウト陣からの評価を高めた。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから4位指名を受けた。
美間 優槻(みま ゆうき、1994年5月26日 - )は、徳… 美間 優槻(みま ゆうき、1994年5月26日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 野球をしていた6歳上の兄についていき、3歳からバットとボールを握り、自然と野球を始めていた。鳴門市林崎小学校を経て、鳴門市第二中学校では軟式野球部に所属。 鳴門工業高等学校では、2年時夏から4番・エースを務める。夏は、徳島大会準々決勝で小松島高等学校に3-4でサヨナラ負けを喫した。3年に進級すると同時に鳴門第一高との統合により新設された鳴門渦潮高に編入。新校の初代4番・エースとなり挑んだ夏の徳島大会では全5試合に先発登板し、初戦の城西高戦では2四球13奪三振でノーヒットノーランを達成した。
樋口 菜美(ひぐち なみ、1994年3月11日 - )は、徳… 樋口 菜美(ひぐち なみ、1994年3月11日 - )は、徳島県出身の女子ソフトボール選手(外野手)。 兄の影響で7歳から野球を始めた。高校からソフトボールに転向。徳島県立徳島商業高等学校、園田学園女子大学を卒業後、2016年に伊予銀行ヴェールズに入団。 2016年から2021年まで伊予銀行ヴェールズでプレー。2020年の日本リーグでは、主に1番打者または4番打者として全11試合に出場して打率.286(リーグ20位タイ)、4本塁打(同1位タイ)、6打点(同12位タイ)の記録を残し、本塁打王とベストナイン賞(指名選手)のタイトルを獲得した。 2022年にタカギ北九州ウォーターウェーブに移籍。初年度からJDリーグのレギュラーシーズン全29試合に出場して打率.304(西地区8位)、10本塁打(同1位)、26打点(同1位タイ)を記録し、西地区の最多本塁打賞、最多打点賞、ベストナイン(外野手)を受賞した。
増田 大輝(ますだ だいき、1993年7月29日 - )は、… 増田 大輝(ますだ だいき、1993年7月29日 - )は、徳島県徳島市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 徳島県立小松島高等学校では野球部主将を務めた。3年時の夏の県大会では投手として全試合完投、35.1回22三振8失点の好成績を残すが、準決勝で徳島商業高等学校に敗れた。甲子園に進めなかった8月には日本高野連の四国地区選抜チームの一員としてハワイ遠征を体験した。選抜チームでのチームメイトに木下雄介がいた。 高校を卒業後、近畿大学に入学するも2013年(2年次)に中退した。いったん帰郷し鳶職についたが、高校のコーチの薦めで四国アイランドリーグplusのトライアウトを受験し、徳島インディゴソックスから3位指名を受け入団した。
伊藤 拓郎(いとう たくろう、1993年4月2日 - )は、… 伊藤 拓郎(いとう たくろう、1993年4月2日 - )は、徳島県阿南市生まれ、東京都練馬区出身の元プロ野球選手、元社会人野球選手(投手)。右投右打。 徳島県阿南市生まれ、東京都練馬区育ち。小学2年から野球を始めて、地元チームのツバメ野球部でプレーする。大泉西中では東練馬リトルシニアに所属、3年時にAAアジアチャレンジマッチ日本代表に選出される。 帝京高に進学すると、1年時春から公式戦に登板。背番号18でベンチ入りした第91回全国高等学校野球選手権大会の2回戦(初戦)・敦賀気比高戦の9回2死からリリーフとして登板し甲子園デビューを果たすと、最速147km/hを記録。続く3回戦の九州国際大附高戦では148km/hをマークして、大阪桐蔭の中田翔が2005年の夏に記録した1年生の最速記録を更新した。
河田 直人(かわだ なおと、1992年4月15日 - )は、… 河田 直人(かわだ なおと、1992年4月15日 - )は、日本の元プロ野球選手(外野手)。 生光学園高等学校時代は通算27本塁打を放つ。 愛知学院大学に進んだが、早期のNPB入りを目指して2年の途中で中退し、自主トレーニングをしながら独立リーグに進むことを決める。 2012年12月におこなわれた四国アイランドリーグplusのトライアウトを受験。リーグへの入団が内定し、高知ファイティングドッグスから1位指名を受けて入団した。 2013年は開幕戦に3番でスタメン出場。全試合に出場し、打率.276、4本塁打、41打点の成績で打率はリーグ8位であった。2014年は4番を打ち、リーグ3位となる打率.316の成績を残した。
森 唯斗(もり ゆいと、1992年1月8日 - )は、徳島県… 森 唯斗(もり ゆいと、1992年1月8日 - )は、徳島県海部郡海南町(現:海陽町)出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。右投右打。 浅川小学校1年生の時に外野手として野球を始め、4年生の時に投手になった。6年生の時には徳島県の少年野球の王者を決める「こども野球のつどい」で優勝。決勝では杉本裕太郎と対戦している。海陽中学校では軟式野球部に所属していた。 徳島県立海部高校では1年生の時にベンチ入りし、2年生の秋には背番号1をつけていた。3年生時の夏の甲子園・徳島大会では2試合に救援登板し、無失点だったが、チームは3回戦で敗れ、甲子園出場経験はない。 高校卒業後、当時クラブチームであった三菱自動車倉敷オーシャンズに入部。
杉本 裕太郎(すぎもと ゆうたろう、1991年4月5日 - … 杉本 裕太郎(すぎもと ゆうたろう、1991年4月5日 - )は、オリックス・バファローズに所属する徳島県阿南市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。
富永 一(とみなが はじめ、1989年6月20日 - )は、… 富永 一(とみなが はじめ、1989年6月20日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 鳴門高時代、3年時の夏は徳島県予選ベスト8で敗退。甲子園出場経験はなし。 高校卒業後は、香川県高松市に本拠地を置く社会人野球のクラブチームであるアークバリアドリームクラブに3年間所属。 2010年12月22日、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスに入団。 2011年は、1年目ながらチームの守護神として活躍。30試合に登板し、18セーブを挙げ最多セーブのタイトルを獲得。防御率も1.20を記録した。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから育成1位指名を受けた。
尾崎 望良(おざき のぞみ、1988年9月7日 - )は、徳… 尾崎 望良(おざき のぞみ、1988年9月7日 - )は、徳島県吉野川市出身の女子ソフトボール選手(投手)。藤田倭との二枚看板で太陽誘電の二刀流選手として活躍した。 藤田倭らと共に、古くから太陽誘電ソルフィーユを支えてきた。数少ない二刀流として活躍した。 2018年の世界選手権においての反省を生かし、ヘッドコーチの宇津木麗華が2018年ジャパンカップ国際大会で召集した。本人もこれがラストチャンスと思い、東京オリンピック出場を目指して奮闘していたが、惜しくもオリンピック日本代表には選ばれなかった。
武内 久士(たけうち ひさし、1987年11月29日 - )… 武内 久士(たけうち ひさし、1987年11月29日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(投手)。 藍住町立藍住南小学校4年時に藍住南タイガースで軟式野球を始め、6年の時のポジションは投手兼外野手。藍住町立藍住中学校では硬式の藍住シニアに入り、投手兼一塁手。 徳島県立城東高等学校では、2年春にはエースナンバーをつけ、3年夏に全国選手権徳島県大会ベスト8。高校時代から140km/h後半の速球で数球団のスカウトが注目するも、法政大学(経営学部経営学科)に進学。 大学2年時から150km/hを越すストレートで一躍注目を集め、3年時には法政のリリーフエースとして最速154km/hをマーク。下級生時には四死球を連発するなどアバウトだった制球も、3年時以降には安定した向上が見られ、角度のある高さから投げ下ろす持ち前の速球と、ストレートの軌道のまま鋭く沈む縦スライダー、フォークボール、カーブで、1学年上の小松剛、同学年で阪神のドラフト1位指名された二神一人、1学年下の加賀美希昇らと形成した投手王国法政でクローザーを担い、リーグでも屈指の奪三振率を誇った。
平岡 政樹(ひらおか まさき、1985年7月1日 - )は、… 平岡 政樹(ひらおか まさき、1985年7月1日 - )は、徳島県海部郡出身の元プロ野球選手(投手)。
中郷 大樹(なかごう たいき、1984年9月21日 - )は… 中郷 大樹(なかごう たいき、1984年9月21日 - )は、徳島県那賀郡鷲敷町(現:那賀町)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 鷲敷町立鷲敷中学校では野球部で田中宣宗と共にプレーする。徳島県立那賀高等学校を卒業後、JR四国に入社。チームメイトの岩井慎二とともにチームの2枚看板として都市対抗野球大会・社会人野球日本選手権大会進出の原動力となった。2006年の大学生・社会人ドラフト会議で千葉ロッテマリーンズに6巡目で指名された。 2007年7月13日、一軍登録され24日の福岡ソフトバンクホークス戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)で初登板。 2012年は開幕一軍入りを果たし、シーズン序盤は登板機会が少なかったものの6月頃より登板数が増え始め、最終的には44試合に登板。
十川 雄二(そがわ ゆうじ、1983年7月1日 - )は、徳… 十川 雄二(そがわ ゆうじ、1983年7月1日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(外野手、投手)。叔父は元プロ野球選手の田辺修。
服部 泰卓(はっとり やすたか、1982年9月10日 - )… 服部 泰卓(はっとり やすたか、1982年9月10日 - )は、大阪府高槻市生まれ・徳島県美馬市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 高槻市で出生後に、実父の転勤に伴って転居を繰り返した。小学校5年生の時に、徳島県美馬市へ転入した。 徳島県立川島高校では1年夏からベンチ入りしたが、同年秋に肘を故障し本格的な投球練習ができなくなった。3年春の県大会では投打の柱としてベスト4進出に貢献し、第3シードとなった夏の県大会では自身も135km/hの速球を武器に大会ナンバーワン投手という評価を得ていた。しかし3回戦で阿竹智史を擁する徳島商と対戦し、リズムに乗れずにコールドで敗れている。 駒澤大学へ進学すると、2年春は入替戦で初戦先発も江草仁貴が投げる専大に敗れて2部リーグも翌春1部復帰。
藤田 一也(ふじた かずや、1982年7月3日 - )は、徳… 藤田 一也(ふじた かずや、1982年7月3日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(内野手、右投左打)、プロ野球コーチ。 徳島県立鳴門第一高等学校(現:徳島県立鳴門渦潮高等学校)では1年秋、2年秋の県大会で準優勝したがいずれも四国大会1回戦で敗れた。近畿大学に進学。関西学生野球リーグ通算72試合出場、266打数92安打、打率.346、0本塁打、24打点。首位打者2回、ベストナイン遊撃手4回。4年春に当時シーズン最多となる23安打のほか、2年時から137打席連続無三振という記録も残す。 2004年のドラフト会議では、横浜ベイスターズから4巡目指名を受け入団した。背番号は23。 2005年、7月27日の中日ドラゴンズ戦(山形県野球場)に延長12回に代走でプロ初出場。
渡辺 亮(わたなべ りょう、1982年2月10日 - )は、… 渡辺 亮(わたなべ りょう、1982年2月10日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。 実家の近所に鳴門競艇場があり、少年時代は競艇選手を目指していた。競艇のための体力をつける目的で野球をしていたが、鳴門工業高校時代に身長が規定(172 cm以下。18歳未満時は168 cm以下)を超えてしまい、競艇選手の道を断念した。 高校では初めは遊撃手であったが、投手ができる選手がいなくなったため2年生から投手に転向。2年秋の四国大会で準優勝して3年生時に春の甲子園に出場したが初戦敗退。夏の県大会は決勝で徳島商の牛田成樹と投げ合って敗れた。同志社大学では2年春にベストナインを受賞するなど大学通算48試合に登板し26勝13敗、防御率1.62, 316奪三振。
牛田 成樹(うしだ しげき、1981年12月6日 - )は、… 牛田 成樹(うしだ しげき、1981年12月6日 - )は、徳島県小松島市出身の元プロ野球選手(投手)。
條辺 剛(じょうべ つよし、1981年6月8日 - )は、徳… 條辺 剛(じょうべ つよし、1981年6月8日 - )は、徳島県阿南市出身の元プロ野球選手(投手)。引退後は実業家としてうどん店を経営している。 小学校2年生の頃に野球を始め、小学校5年生の頃から投手を務める。阿南市立阿南第二中学校では、軟式野球部に所属した。徳島県立阿南工業高等学校では当初は伸び悩んでいたものの、2年の秋より練習に打ち込んだ成果もあり、3年の春には球速がアップしていたという。しかし、スカウトの間では野手としての評価が高かった。1999年度ドラフト会議にて読売ジャイアンツ(巨人)から5位指名を受けて入団。150km/h近いストレートが持ち味であったものの、投手としては2年間一軍での登板がなければ野手転向となる条件付きであった。
寺本 四郎(てらもと しろう、1980年7月25日 - )は… 寺本 四郎(てらもと しろう、1980年7月25日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(外野手)。
福良 徹(ふくら とおる、1978年10月17日 - )は、… 福良 徹(ふくら とおる、1978年10月17日 - )は、徳島県阿南市出身の元プロ野球選手(外野手)。 新野高では1年秋は投手も務めて県大会ベスト4、3年夏に第78回全国高等学校野球選手権大会に出場し、日大山形高との1回戦でセンターからダイレクト送球で補殺。2回戦以降は同じ四国の明徳義塾高にも勝利、3回戦では優勝した松山商に敗れたが、初出場でベスト16まで進出した。一躍注目されると、1996年のドラフト4位で広島東洋カープに指名され入団した。 50mを5秒8で走るほどの俊足が持ち味で、2000年春先に緒方孝市の故障で一時期一軍に上がったものの試合出場はなく、故障にも悩まされ翌2001年限りで引退した。
武田 久(たけだ ひさし、1978年10月14日 - )は、… 武田 久(たけだ ひさし、1978年10月14日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。現在は北海道日本ハムファイターズの投手コーチを務める。 生光学園中学校2年までは主に内野手を務め、投手として活躍し始めたのは3年生になってからだった。軟球でスライダーやカーブを投げられ、四国大会での優勝に貢献するなど活躍したが、投手にはこだわりをもっておらず誘いを受けていた強豪高へ進学し野手転向を考えていた。しかし、本人が留守中に生光学園高等学校の野球部長と監督が家を訪れ、父親を説得して同校への進学が決まった。その後は周囲に説得され、投手を継続した。生光学園では1995年夏の徳島大会で準優勝。
小石澤 浄孝(こいしざわ きよたか、1977年8月12日 -… 小石澤 浄孝(こいしざわ きよたか、1977年8月12日 - )は、徳島県板野郡藍住町出身(愛媛県川之江市生まれ)の元プロ野球選手(投手)。 中学時代は藍住シニアに所属。高校は岩手県の盛岡大附属高に進学し2年秋からエースになる。1995年春の岩手県大会で優勝し、東北大会もベスト4まで進出、夏の岩手県大会も優勝して第77回全国高等学校野球選手権大会に出場。同年のドラフト会議で西武ライオンズから3位指名を受け入団。1999年限りで戦力外通告を受け、横浜ベイスターズ、広島東洋カープ、大阪近鉄バファローズの入団テストを受けるが不合格に終わる。武器は140㌔台の速球にカーブ、スライダー。 翌2000年に福岡ダイエーホークスに移籍。
磯村 秀人(いそむら ひでと、1977年8月9日 - )は、… 磯村 秀人(いそむら ひでと、1977年8月9日 - )は、元社会人野球の選手(投手)。 徳島県美馬郡穴吹町出身。池田高校では甲子園に出場できなかったが、愛知学院大学に進学すると広瀬繁(その後新日本石油ENEOS)と2枚看板として先発で起用され、大学2年次の1997年から3年連続でリーグ戦を制して全日本選手権に出場した。愛知大学リーグ通算成績は10勝6敗で、4年春には最優秀防御率とベストナインを受賞している。 大学卒業後の2000年に東芝に入社。背番号17が与えられ、同年の都市対抗には日産自動車の補強選手として出場した。2001年は抑えを任され、日本選手権ではチームも準優勝している。しかし一方でレベルの高い神奈川県内の試合で打ち込まれ、登板するのが怖くなったという。
加藤 竜人(かとう たつひと、1976年8月11日 - )は… 加藤 竜人(かとう たつひと、1976年8月11日 - )は、徳島県麻植郡山川町(現:吉野川市)出身の元プロ野球選手(投手)。
里崎 智也(さとざき ともや、1976年5月20日 - )は… 里崎 智也(さとざき ともや、1976年5月20日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)、野球評論家、タレント、YouTuber。 ビックリマン終身名誉PR大使。愛称は「サト」。所属事務所はレプロエンタテインメント。血液型はA型。 現役時代はロッテの正捕手としてリーグ優勝1回、日本一2回、日本代表では2006 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に貢献。同大会では正捕手として大会優勝に貢献した。 戸籍上の本名は「里﨑 智也(読み同じ)」だが、自身は20歳になるまでこのことを知らなかった。ただし「﨑」の字を使うと字画が一つ多くなるため、本人は「崎」の字を一生使い続けていくという。
川上 憲伸(かわかみ けんしん、1975年6月22日 - )… 川上 憲伸(かわかみ けんしん、1975年6月22日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。右投右打。
住友 健人(すみとも はやと、1974年10月29日 - )… 住友 健人(すみとも はやと、1974年10月29日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(内野手)。
福田 信一(ふくだ しんいち、1973年9月19日 - )は… 福田 信一(ふくだ しんいち、1973年9月19日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(投手)。
佐々木 健一(ささき けんいち、1973年6月7日 - )は… 佐々木 健一(ささき けんいち、1973年6月7日 - )は、徳島県麻植郡川島町(現:吉野川市)出身の元プロ野球選手(投手)。四国放送の気象予報士、報道記者である佐々木聖夏は実娘。 徳島県麻植郡川島町(現吉野川市)に生まれ、地元の公立小中学校(吉野川市立川島小学校、吉野川市立川島中学校)を卒業後、徳島商業高へ進学。2年生だった1990年の夏の甲子園(第72回全国高等学校野球選手権大会)にエースとして出場し、3回戦まで進出した。3年夏は県大会初戦で池田高校に敗れた。高校の2学年後輩に川上憲伸がいた。 1991年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから2位指名を受け入団。 1993年に一軍に初昇格し、5試合登板も勝ち星なしだった。
根本 隆輝(ねもと りゅうき、1973年6月6日 - )は、… 根本 隆輝(ねもと りゅうき、1973年6月6日 - )は、徳島県小松島市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 小松島西高校時代には、1991年に春の甲子園に出場して初戦で学法石川高の川越英隆に完封負け。春の四国大会では1回戦で敗れたが3位決定戦で自身が先発登板して完封勝利。 1991年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから6位指名を受け入団。 プロ4年目の1995年に一軍初出場を果たし、1996年はジュニアオールスターに出場。 1999年には71試合に出場し、打率.287を記録した。 2000年のシーズン中に竹内昌也とのトレードで阪神タイガースに移籍。同年も52試合に出場したものの、その後は出場試合数が激減し、2002年限りで現役引退。
大貝 恭史(おおがい やすふみ、1972年7月19日 - )… 大貝 恭史(おおがい やすふみ、1972年7月19日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(外野手)。ニックネームは「シジミちゃん」。
杉本 尚文(すぎもと なおふみ、1971年5月9日 - )は… 杉本 尚文(すぎもと なおふみ、1971年5月9日 - )は、徳島県阿南市出身の元プロ野球選手(捕手)。
藤本 俊彦(ふじもと としひこ、1971年5月1日 - )は… 藤本 俊彦(ふじもと としひこ、1971年5月1日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(捕手)。1994年から1995年までの登録名は藤本 強士(ふじもと つよし)。
潮崎 哲也(しおざき てつや、1968年11月26日 - )… 潮崎 哲也(しおざき てつや、1968年11月26日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
松村 高明(まつむら たかあき、1968年11月5日 - )… 松村 高明(まつむら たかあき、1968年11月5日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(投手)である。右投げ右打ち。