鈴木 健吾(すずき けんご、1995年6月11日 - )は愛… 鈴木 健吾(すずき けんご、1995年6月11日 - )は愛媛県宇和島市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。 マラソンの前日本記録保持者。マラソンで非アフリカ出身選手として初めて2時間05分の壁を破った選手。 愛媛県立宇和島東高等学校、神奈川大学経済学部現代ビジネス学科卒業。 小学校6年生の時に父親の勧めで陸上を始めた。父は宇和島南高校出身で、全国高校駅伝にも出場経験があり、3区で区間19位の実績がある。 高校3年次のインターハイでは1500mと5000mに出場し、5000mでは10位に入る。 全国高校駅伝愛媛県大会では1区区間2位と好走し母校の3年ぶりの都大路出場に貢献。四国高校駅伝では1区で区間賞を奪い16年ぶりの優勝に貢献した。
伊藤 愛里(いとう あいり、1989年7月5日 - )は、愛… 伊藤 愛里(いとう あいり、1989年7月5日 - )は、愛媛県松山市出身の元陸上競技選手。専門はハードル競走の100mハードルで、13秒27の自己ベストを持つ西日本学生記録保持者。2011年アジア選手権の日本代表。住友電工所属。 愛媛県松山市出身。血液型はB型。 バスケットボールやドッジボールなどといった球技を経験。小学生時代から足は速く、バスケの試合でもドリブルをすれば周りは追いつけず、運動会のリレーでも最下位から他の走者をごぼう抜きしたことがあったという(母親談)。習い事では水泳、ソロバン、習字、日本舞踊なども経験。 松山市立西中学校に進学当初はテニスウェアが可愛いという理由からテニス部へ入部しようと考えていたが、部活動見学で陸上部へ行った際に先輩から飴を貰い、それがきっかけとなり陸上部へ入部。
大平 美樹(おおひら みき、1981年6月28日 - )は、… 大平 美樹(おおひら みき、1981年6月28日 - )は、日本女子の元陸上競技(長距離種目)・マラソンの選手である。愛媛県宇和島市(旧北宇和郡吉田町)出身。 レース中によく周りに疲れを感じさせない、微笑み走法でも有名である。長身を活かしたダイナミックなフォームから、解説者の増田明美曰く、日本版(和製)ラドクリフとも呼ばれつつある。 マラソン選手でオリンピック2大会連続代表(アテネ五輪・北京五輪)の土佐礼子の出身校でもある、松山商高に進学。高校2年時、インターハイの800mで入賞。 2000年に、これまた土佐の属している三井住友海上の陸上競技部に入部(大平は高卒で入部だが土佐は大卒での入部だった)。
向井 裕紀弘(むかい ゆきひろ、1980年4月24日 - )… 向井 裕紀弘(むかい ゆきひろ、1980年4月24日 - )は、日本の陸上競技選手。元競輪選手。 専門は400m。実業団在籍中に2004年アテネオリンピック日本代表。陸上競技を引退後は競輪選手としてプロスポーツに転身、2019年に競輪を引退し、現在は高校で教鞭を取る傍ら陸上競技部の指導を行っている。 愛媛県今治市立南中学校に入学し本格的に陸上競技を始め、全国中学陸上競技大会に出場。 愛媛県立新居浜東高等学校へ進学してから3年間インターハイ及び国体出場。ジュニアオリンピック2位、ジュニア選手権4位。 高校卒業後、日本大学経済学部に進学、2年生時に関東インカレへ4×400mリレー種目に2走で出場し優勝。
村上 幸史(むらかみ ゆきふみ、1979年12月23日 - … 村上 幸史(むらかみ ゆきふみ、1979年12月23日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はやり投。アテネオリンピック・北京オリンピック日本代表。2009年ベルリン世界陸上競技選手権大会銅メダリスト。愛媛県の離島である越智郡生名村(現・同郡上島町)出身。日本大学卒業、スズキ浜松アスリートクラブ所属。日本大学文理学部体育学科助教。身長186cm。体重100kg。血液型AB型。
平田 栄史(ひらた えいし、1978年 -)は、愛媛県八幡浜… 平田 栄史(ひらた えいし、1978年 -)は、愛媛県八幡浜市出身の近代五種選手。1996年に愛媛県立八幡浜高等学校を卒業後、自衛隊体育学校で本格的に近代五種を始める。2006年アジア選手権、2007年世界選手権の日本代表に選出された。現在は引退し、自衛隊体育学校で指導に携わっている。 小学校の時から水泳を始め、中学3年時には愛媛県中学総体200mバタフライで優勝、高校進学後も順調に記録を伸ばし、四国高等学校選手権大会では400m自由形、200mバタフライで優勝を果たす。 その後も全日本実業団選手権で決勝に進出するなど、しばらくは競泳選手として活動していたが、スカウトを受けて自衛隊体育学校入りと同時に近代五種を始める。
渡辺 高博(わたなべ たかひろ、1970年4月8日 - )は… 渡辺 高博(わたなべ たかひろ、1970年4月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400m。バルセロナオリンピック日本代表。元4×400mリレーアジア記録保持者、元400m日本高校記録保持者。愛媛県出身。愛媛県立新居浜東高等学校、早稲田大学卒業。
真木 和(まき いずみ、1968年(昭和43年)12月10日… 真木 和(まき いずみ、1968年(昭和43年)12月10日 - 2018年(平成30年)10月18日)は、日本女子の元陸上競技(長距離走・マラソン)選手。 1992年バルセロナオリンピック・女子10000mと、1996年アトランタオリンピック女子マラソンに、二大会連続で五輪代表選出や、世界陸上選手権2度出場(ともに10000m)など、1990年代前半から後半にかけて活躍した。現役引退後は恩師であるシスメックス女子陸上部顧問・藤田信之が監督として主催の「F・R・A 藤田ランニングアカデミー」のアドバイザリー・スタッフを務めていた。 愛媛県今治市(旧越智郡波方町)出身。愛媛県立今治北高等学校在籍中から頭角を現し、1987年ワコール入社後は長距離トラック競技(3000m~10000m)や、駅伝競走などでも所属チームの優勝に貢献するなどで活躍する。
兵頭 勝代(ひょうどう かつよ、本名:宮本 勝代、1967年… 兵頭 勝代(ひょうどう かつよ、本名:宮本 勝代、1967年- )は日本の元陸上競技選手、トライアスロン選手。愛媛県出身。 中学時代までは競泳選手で、バタフライで四国4位となったものの全国大会に出場できなかったことから水泳部を退部した。全国都道府県対抗女子駅伝での増田明美の走りを見たことがきっかけで陸上競技に転向し、愛媛県立松山商業高等学校で陸上部に入部(年代は離れているが、土佐礼子の先輩に当たる)。高校時代は3000mのベストタイムが10分12秒で、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会にも出場したが予選落ちに終わった。 高校卒業後、クラレ西条工場の陸上部に進み、長距離選手として山陽女子ロードレースなどに出場。
山田宏臣(やまだ ひろおみ、1942年3月4日 - 1981… 山田宏臣(やまだ ひろおみ、1942年3月4日 - 1981年10月21日)は、日本の陸上競技選手。元男子走幅跳日本記録保持者で、1964年東京オリンピックとメキシコオリンピックに出場した。
井上 治(いのうえ おさむ、1932年9月16日 - ?)は… 井上 治(いのうえ おさむ、1932年9月16日 - ?)は、日本の陸上競技(長距離走)選手。 愛媛県喜多郡菅田村(現在の大洲市)出身。愛媛県立大洲農業高等学校に入学。1950年には陸上5000メートルを15分56秒0で走り、愛媛県で16分台を初めて割ったエースとして注目された。 中央大学に進み、1952年の第28回箱根駅伝で4区を走り区間賞(1時間9分35秒)。1952年にヘルシンキで開催されたオリンピックに代表として参加、男子5000メートルに出場したが予選失格(14分59秒0)。1953年の第29回箱根駅伝では2区を走り区間2位であった。1953年の第37回日本陸上競技選手権大会では男子5000メートルで優勝(14分58秒6)。
土佐 礼子 は、日本の女子陸上競技元選手。専門は長距離走・マ… 土佐 礼子 は、日本の女子陸上競技元選手。専門は長距離走・マラソン。