島田 智哉子(しまだ ちやこ、本名:嶋田 智哉子、1962年… 島田 智哉子(しまだ ちやこ、本名:嶋田 智哉子、1962年9月27日 - )は、日本の政治家、歯科医師。元参議院議員(1期)。 福岡県大牟田市に生まれる。福岡県立大牟田北高校を経て1983年(昭和58年)に佐賀女子短期大学を卒業し、NHK福岡放送局ニュース番組のアシスタントとして勤務。1988年(昭和63年)に明海大学歯学部に入学し、1994年(平成6年)に歯科医師免許を取得。1996年(平成8年)には川越市に歯科医院を開設。 2003年(平成15年)11月9日の第43回衆議院議員総選挙に、民主党公認で埼玉7区からの立候補が決まっていた。しかし同年9月26日に行われた民主党と自由党の合併により候補者調整が行われた結果、埼玉7区は自由党出身の小宮山泰子が立候補することとなり、島田は民主党埼玉県参議院選挙区第3総支部長に就任。
佐伯 憲子(さえき のりこ、1962年〈昭和37年〉3月12… 佐伯 憲子(さえき のりこ、1962年〈昭和37年〉3月12日 - )は、日本の政治家。福岡県嘉麻市長(1期)。元嘉麻市議会議員(1期)。父は元山田市長の佐伯高義。 福岡県山田市(現:嘉麻市)出身。山田市立大橋小学校、山田市立山田北中学校、福岡県立嘉穂高等学校を経て、1983年に純真女子短期大学国文科を卒業。卒業後、飯塚病院に入社したが、1985年4月に旧山田市役所に入庁。福祉事務所、生涯学習課、高齢者相談支援センターなどを経て、男女共同参画推進課課長。2022年3月に嘉麻市役所を退職後、再任用職員として勤めた後、同年10月に退職。 2023年4月23日投開票の嘉麻市議会議員選挙に立候補し、トップ当選を果たすが、任期満了に伴う嘉麻市長選挙に立候補するため、2025年12月17日付で辞職。
大島 九州男(おおしま くすお、1961年〈昭和36年〉6月… 大島 九州男(おおしま くすお、1961年〈昭和36年〉6月11日 - )は、日本の政治家。れいわ新選組所属の参議院議員(3期)。 参議院内閣委員長、れいわ新選組参議院国会対策委員長などを歴任。 福岡県直方市生まれ。日本大学第二高等学校、日本大学法学部政治経済学科卒業。実家の工場の職員を経て、1985年から学習塾やテニス教室を経営、全国学習塾協会顧問。1991年、直方市議会議員選挙に立候補し当選。その後、市議を3期12年間務め、その間に全国若手市議会議員の会の第2代会長も務めた。 2003年の第43回衆議院議員総選挙、2005年の第44回衆議院議員総選挙に民主党公認で福岡8区から立候補したが、自由民主党の麻生太郎に敗れた。
武井 政一(たけい まさかず、1961年5月1日 - )は、… 武井 政一(たけい まさかず、1961年5月1日 - )は、日本の政治家。福岡県飯塚市長(1期)。 福岡県穂波町(現・飯塚市)出身。福岡県立嘉穂高等学校、立教大学卒業後、中学教諭や市学校教育課長、県筑豊教育事務所副所長などを務める。学校教育課時代は飯塚市教育委員会教育長だった片峯誠(後の飯塚市長)と4年間共に活動した。2020年4月に市教育長に就任。 2023年9月に片峯が市長在職中に死去すると、武井は10月5日付で市教育長を辞任し翌6日に飯塚市長選への立候補を表明。市長選では元市議会議長の上野伸五と元市行政経営部長の倉智(くらち)敦も立候補し、3人の争いとなった。市長選で武井は片峯市政の継承を掲げ、自由民主党から推薦を得たほか商店街や企業、県教組支部など約400の推薦を得て組織戦を展開し、立憲民主党県連幹部も街頭演説に同行するなどして幅広く浸透。
大久保 勉(おおくぼ つとむ、1961年(昭和36年)3月1… 大久保 勉(おおくぼ つとむ、1961年(昭和36年)3月11日 - )は、日本の政治家。財務副大臣(第3次野田改造内閣)、参議院経済産業委員長、参議院議員(2期)、福岡県久留米市長(第11代)等を務めた。 福岡県久留米市安武町生まれ。久留米市立安武小学校、久留米市立筑邦西中学校、福岡県立明善高等学校、京都大学経済学部卒業。大学卒業後、1984年に東京銀行入行。1994年、モルガン・スタンレー証券に入社した。 2004年、第20回参議院議員通常選挙に民主党公認で福岡県選挙区(定数2)から出馬し、84万票余りを獲得してトップ当選した。2010年、第22回参議院議員通常選挙に民主党公認で出馬し、福岡県選挙区で自由民主党新人の大家敏志に次ぐ2位で再選。
堤 かなめ(つつみ かなめ、1960年10月27日 - )は… 堤 かなめ(つつみ かなめ、1960年10月27日 - )は、日本の政治家。福岡県大野城市長(1期)。 文学修士(九州大学文修第1096号)。旧姓は「吉田」。衆議院議員(2期)、福岡県議会議員(3期)を務めた。 福岡県太宰府市出身。出生時の名前は「吉田要」。大野城市立大野南小学校、大野城市立大野中学校、福岡県立筑紫丘高等学校卒業。1983年3月、九州大学文学部英語学英文学専攻卒業(文学士)。同年4月、国際電信電話(現・KDDI)に就職し、1988年4月に退職。 同年5月から学び直しとして、1989年3月まで九州大学大学院文学研究科社会学専攻聴講生。同年4月から九州大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程に入学し、1991年3月に修士課程を修了。
野田 聖子(のだ せいこ、1960年 〈昭和35年〉9月3日… 野田 聖子(のだ せいこ、1960年 〈昭和35年〉9月3日 ‐ )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)。旧姓は島(しま)。 岐阜県議会議員(1期)、郵政大臣(第64代)、内閣府特命担当大臣(消費者、食品安全、科学技術政策)、総務大臣(第20・21代)、内閣府特命担当大臣(男女共同参画・マイナンバー制度)、自由民主党総務会長(第52代)、衆議院災害対策特別委員長、衆議院予算委員長、自民党党・政治制度改革実行本部長、自民党幹事長代行(第7代)、内閣府特命担当大臣(地方創生、少子化対策、男女共同参画)、女性活躍担当大臣、子ども政策担当大臣、孤独・孤立対策担当大臣を歴任した。 曽祖父は相場師の島徳蔵。
西村 明宏(にしむら あきひろ、1960年〈昭和35年〉7月… 西村 明宏(にしむら あきひろ、1960年〈昭和35年〉7月16日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)、衆議院安全保障委員長。 環境大臣(第31代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)、内閣官房副長官(第4次安倍第2次改造内閣)、国土交通副大臣兼内閣府副大臣兼復興副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、内閣府大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、衆議院国土交通委員長、自由民主党国会対策委員長代行を歴任した。 父は書家の西村天峰(にしむら てんぽう、本名:西村 明〈にしむら あきら〉、1930年 - 2011年8月7日)。 福岡県北九州市生まれ(現住所は宮城県名取市手倉田字諏訪)。
藤丸 敏(ふじまる さとし、1960年1月19日 - )は、… 藤丸 敏(ふじまる さとし、1960年1月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。 衆議院厚生労働委員長、内閣府副大臣、内閣府大臣政務官、防衛大臣政務官等を歴任。 福岡県山門郡瀬高町上庄(現みやま市)生まれ。瀬高町立上庄小学校、瀬高町立瀬高中学校、福岡県立山門高等学校卒業後、1年間の浪人生活を経て、東京学芸大学教育学部に入学。在学中の1980年から古賀誠衆議院議員の下で書生秘書を務める。 1985年、東京学芸大学教育学部を卒業し、同大学院で学ぶ傍ら、同年から立正大学付属立正中学校・高等学校で、1987年から本郷中学校・高等学校で社会科の非常勤講師を務めた。大学院は1988年に中退し、1996年より古賀誠の秘書を務める。
古賀 ゆきひと(こが ゆきひと、1959年4月9日 - )は… 古賀 ゆきひと(こが ゆきひと、1959年4月9日 - )は、日本の政治家。民進党所属の参議院議員(1期)。元FBS福岡放送のエグゼクティブアナウンサー。九州地区の局アナ出身者で史上初の国会議員。現在1期目。本名は古賀 之士(読み同じ)。福岡県久留米市出身。
関 好孝(せき よしたか、1959年〈昭和34年〉1月24日… 関 好孝(せき よしたか、1959年〈昭和34年〉1月24日 - )は、日本の政治家。福岡県大牟田市長(2期)。 福岡県大牟田市出身。大牟田市立倉永小学校、大牟田市立甘木中学校、ラ・サール高等学校卒業。1982年(昭和57年)3月、早稲田大学政治経済学部卒業。同年6月、福岡県庁に入庁。私学振興・青少年育成局長、環境部長などを歴任。 2019年(平成31年)3月、福岡県庁を退職。同年(令和元年)6月、一般財団法人九州環境管理協会の副理事長に就任。同年8月21日、大牟田市長の中尾昌弘が健康上の理由により次期市長選不出馬の意向を固めたことが報道により明らかとなる。これを受けて同月に九州環境管理協会を退職し、立候補することを決める。
伊豆 美沙子(いず みさこ、1959年〈昭和34年〉1月21… 伊豆 美沙子(いず みさこ、1959年〈昭和34年〉1月21日 - )は、日本の政治家。福岡県宗像市長(2期)。 福岡県宗像町(現・宗像市)出身。生家は1717年(享保2年)創業の蔵元の伊豆本店。伊東祐親の末裔と伝わる。宗像町立吉武小学校(現・宗像市立吉武小学校)、宗像町立城山中学校(現・宗像市立城山中学校)、福岡県立宗像高等学校、京都女子大学文学部国文学科卒業。会社員を経て、実家の伊豆本店に勤務。 1989年(平成元年)に設立された生涯学習組織「むなかた自由大学」に実行委員として参画。KBCラジオ(九州朝日放送)の番組『朝の色・いろ』でパーソナリティを務めた。 2011年(平成23年)、福岡県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選。
松山 政司(まつやま まさじ、1959年〈昭和34年〉1月2… 松山 政司(まつやま まさじ、1959年〈昭和34年〉1月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(5期)、同党参議院議員会長(第32代)。 一億総活躍担当大臣・情報通信技術(IT)担当大臣・内閣府特命担当大臣(少子化対策・クールジャパン戦略・知的財産戦略・科学技術政策・宇宙政策)(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)(第3次安倍第3次改造内閣)、外務副大臣(第2次安倍内閣)、経済産業大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院政府開発援助等に関する特別委員長、同議院運営委員長、同環境委員長、裁判官弾劾裁判所裁判長、自由民主党参議院幹事長、同参議院政策審議会長、同参議院国会対策委員長、同選挙対策委員長代理、同参議院国会対策委員長代行、同総務会長代理、同福岡県支部連合会会長、同副幹事長、日本青年会議所会頭(第48代)、福岡青年会議所理事長などを歴任した。
川上 和彦(かわかみ かずひこ、1958年8月4日 - )は… 川上 和彦(かわかみ かずひこ、1958年8月4日 - )は、日本の政治家。第57代世田谷区議会議長(議員3期)。 福岡県飯塚市出身。福岡県立嘉穂東高等学校、駒澤大学経営学部卒業。衆議院議員(元文部大臣)公設第一秘書を経て、1999年 世田谷区議会に初当選。以来、連続3期当選。この間、自民党世田谷区議団幹事長・政調会長、自民党世田谷総支部幹事長・政調会長。議会では世田谷区議会企画総務常任委員会委員長、決算特別委員会委員長などを歴任。2009年、第57代世田谷区議会議長に就任。 そのほか、世田谷区立烏山北小学校PTA会長、成城消防団第4分団部長、駒澤大学評議員をつとめる。 2011年世田谷区長選挙に立候補。
古賀 潤一郎(こが じゅんいちろう、1958年〈昭和33年〉… 古賀 潤一郎(こが じゅんいちろう、1958年〈昭和33年〉3月22日 - )は、日本の元政治家。元ダーツバー経営者。 衆議院議員(1期)、福岡県議会議員(2期)を務めた。 福岡県福岡市出身。重富吉之助参議院議員や福岡市議会議員の秘書を務めた後、1995年の福岡県議会議員選挙にて初当選。当選後、自民党に入党。再選後、自民党福岡県連青年局長などを務めたが、2期目の任期途中、自由党の小沢一郎党首の強い勧めで自由党に入党し、2001年に県議を辞職し同党公認で第19回参議院議員通常選挙に立候補するも落選。その後は小沢の側近の平野貞夫参議院議員の公設第一秘書を務めた。 自由党が民主党と合併し、2003年の第43回衆議院議員総選挙において民主党公認で福岡2区に出馬。
西田 正治(にしだ せいじ、1957年〈昭和32年〉3月13… 西田 正治(にしだ せいじ、1957年〈昭和32年〉3月13日 - )は、日本の政治家。福岡県筑後市長(3期)。 1975年(昭和50年)3月、福岡県立八女工業高等学校卒業。同年10月、筑後市役所の水道局に入庁。2010年(平成22年)1月、建設経済部長に就任。2017年(平成29年)4月、筑後市副市長に就任。同年9月、副市長を辞職。 同年11月12日告示、11月19日投開票の筑後市長選挙に無投票で初当選した。12月3日、市長に就任。 2021年11月に行われた市長選で、自民党推薦の宇野晶を破り再選。
二場 公人(ふたば きみと、1957年〈昭和32年〉1月19… 二場 公人(ふたば きみと、1957年〈昭和32年〉1月19日 - )は、日本の政治家。元福岡県田川市長(2期)。元田川市議会議員(2期)。 福岡県田川市出身。福岡県立田川高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、青山学院大学経済学部卒業。 企業の取締役や九州環境企業組合の専務理事などを経たのち、2007年(平成19年)4月22日の田川市議会議員選挙に出馬し初当選。2011年(平成23年)の市議選で2選。このときトップ当選を果たす。 2015年(平成27年)4月26日に行われた田川市長選挙(第18回統一地方選挙)に、自由民主党・公明党・自治労県本部の推薦を得て無所属で出馬。現職の伊藤信勝市長、元市議の金子和智、元市議の笹山良孝ら3候補を相手に戦い初当選した。
江﨑 孝(えさき たかし、1956年8月11日 - )は、日… 江﨑 孝(えさき たかし、1956年8月11日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元参議院議員(2期)。 自治労の組織内候補であった。 福岡県三橋町(現:柳川市)生まれ。現在は東京都在住、福岡県立伝習館高等学校、法政大学社会学部卒業。 1979年、三橋町役場に就職。在職中から労働組合運動に参加し、1991年より三橋町役場職員労働組合書記長を務める。2004年より自治労福岡県本部書記長、2007年より自治労中央本部労働局長。その後、自治労中央本部特別執行委員(公務員制度改革担当)を務める。 2010年の第22回参議院議員通常選挙では、自治労の組織内候補であった高嶋良充の引退に伴い、民主党公認で比例区から出馬し、初当選した。
片峯 誠(かたみね まこと、1956年〈昭和31年〉3月30… 片峯 誠(かたみね まこと、1956年〈昭和31年〉3月30日 - 2023年〈令和5年〉9月25日)は、日本の政治家、教育者。福岡県飯塚市長を2期務めた。 飯塚市出身。第一薬科大学薬剤学科卒業。 1982年(昭和57年)4月に飯塚市立飯塚第一中学校の教諭となり、1991年(平成3年)4月に飯塚市立鎮西中学校の教諭となる。2004年(平成16年)4月、穂波町立穂波西中学校(現・飯塚市立穂波西中学校)の校長に就任。2010年(平成22年)5月、飯塚市教育委員会教育長に就任。 2017年(平成29年)1月11日、平日の開庁時に賭けマージャンをしていたことが発覚した飯塚市の齊藤守史市長と田中秀哲副市長は記者会見を開き、1月31日付で辞職すると発表した。
江田 康幸(えだ やすゆき、1956年3月19日 - )は、… 江田 康幸(えだ やすゆき、1956年3月19日 - )は、日本の政治家。公明党所属の元衆議院議員(7期)。 福岡県立福島高等学校、熊本大学工学部合成化学科卒業。熊本大学大学院工学研究科合成化学専攻修了。熊本大大学院修了後、財団法人化学及血清療法研究所に入所。在籍中、佐賀医科大学やアメリカ・サンディエゴのバイオベンチャー企業への出向や、ボストン大学医学部への留学を経験。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例九州ブロックから出馬し、初当選。以後2021年の第49回衆議院議員総選挙に立候補せず退任するまで7期連続当選。 衆議院議員在職中、熊本大学で博士(工学)を取得している。
室井 秀子(むろい ひでこ、1955年10月14日 - )は… 室井 秀子(むろい ひでこ、1955年10月14日 - )は、日本の元政治家。兵庫県議会議員(1期)、衆議院議員(1期)、民主党兵庫県連副代表を歴任。夫は参議院議員の室井邦彦。 福岡県三池郡高田町(現みやま市)出身。福岡県立大牟田北高等学校卒業。1978年3月、西南学院大学法学部法律学科卒業。同年4月、法律事務所に入所。1983年1月、夫である室井邦彦の市議選出馬準備に伴い退職。2004年から2005年まで衆議院議員の秘書をつとめる。 2007年4月8日の兵庫県議会議員選挙に尼崎市選挙区より無所属で出馬し当選。議会では県民クラブに所属。 2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に民主党から比例近畿ブロックで出馬。
磯永 優二(いそなが ゆうじ、1955年〈昭和30年〉8月 … 磯永 優二(いそなが ゆうじ、1955年〈昭和30年〉8月 - )は、日本の政治家。豊前市議会議員(7期)。 1995年8月に福岡県豊前市八屋で生まれる。1974年3月に中津工業高等学校を卒業。1974年4月に豊前市役所に入庁した後、勤続22年で退職。 1996年3月、豊前市議会議員に初当選。2020年3月に7期目の豊前市議会議員に当選し、現在に至る。 血液型はA型。一見とっつきにくいが、人情深く、辛抱強い。 趣味はショッピング・ゴルフ・旅行。野球・料理・計算が早いことを特技としている。 公式サイトに掲載している政策は以下の通り 郷土芸能・文化、スポーツなどの推進とともに、各種文化・スポーツ団体を育成し、市民相互の親睦と文化・体育などの振興を行い、魅力あるまちづくりを行う。
佐藤 正夫(さとう まさお、1955年4月9日 - )は、日… 佐藤 正夫(さとう まさお、1955年4月9日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、みんなの党選対委員長兼組織委員長、福岡県議会議員(4期)を歴任した。 福岡県北九州市小倉北区生まれ。北九州市立足立小学校、北九州市立足立中学校、福岡県立小倉南高等学校を経て、日本大学生産工学部卒業。 1995年4月、福岡県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後、県議を4期つとめる。2009年、自由民主党福岡県支部連合会総務会長に就任。第22回参議院議員通常選挙の福岡県選挙区公認候補を決める公募で、改選になる吉村剛太郎ではなく大家敏志が選出されたことに反発。2010年4月、自民党を離党し、吉村と共に県連から除名処分が下った。
中尾 昌弘(なかお まさひろ、1954年(昭和29年)10月… 中尾 昌弘(なかお まさひろ、1954年(昭和29年)10月17日 - )は、日本の政治家。福岡県大牟田市長(1期)。 福岡県大牟田市生まれ。福岡県立三池高等学校を経て、1978年(昭和53年)3月、京都大学理学部卒業。同年4月、大牟田市役所に入庁。保健福祉部長や企画総務部長などを歴任した。2012年(平成24年)3月、大牟田市役所を退職。同年4月、大牟田市副市長に就任。 2015年(平成27年)8月、大牟田市副市長を退任。同年11月8日告示、11月15日投票の大牟田市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて出馬し、無投票で初当選した。 2019年(令和元年)8月21日、体調面に不安があることなどを理由として、次期市長選不出馬の意向を固めたことが報道により明らかとなった。
服部 誠太郎(はっとり せいたろう、1954年〈昭和29年〉… 服部 誠太郎(はっとり せいたろう、1954年〈昭和29年〉9月11日 - )は、日本の政治家。福岡県知事(2期)。無所属。 福岡県小倉市(現北九州市)出身。北九州市立泉台小学校、北九州市立篠崎中学校、福岡県立小倉高等学校、中央大学法学部卒業。1977年、福岡県入庁。長年財政部門を担当し、2006年には生え抜き福岡県庁職員としては初となる財政課長に就任。2009年、総務部次長。2010年、福祉労働部長。 2011年、福岡県副知事。2017年には福岡県知事職務代理者を務めた。この間、久留米リサーチ・パーク取締役副会長なども兼務。 2021年1月20日、福岡県知事小川洋が病気療養で九州大学病院に再検査入院。
平井 一三(ひらい かずみ、1954年4月3日 - )は、日… 平井 一三(ひらい かずみ、1954年4月3日 - )は、日本の政治家。福岡県筑紫野市長(1期)。元福岡県議会議員(3期)、元筑紫野市議会議員(1期)。 福岡県筑紫野市出身。福岡大学大濠高等学校を経て、九州工業大学工学部開発土木工学科卒。建設会社やコンサルタント会社に勤務した後、家業の有限会社徳光興産に入り、代表取締役に就任する。 2007年筑紫野市議会議員に当選。2011年福岡県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、当選。3期務める。 2023年1月22日の筑紫野市長選挙では自由民主党筑紫野市支部の推薦を受け出馬。自民党福岡県連は現職の藤田陽三を推薦したため分裂選挙となった。12年振りの選挙戦となり初当選。
藏内 勇夫(くらうち いさお、1953年〈昭和28年〉12月… 藏内 勇夫(くらうち いさお、1953年〈昭和28年〉12月7日 - )は、日本の獣医師、政治家。自由民主党所属の福岡県議会議員(10期)、全国都道府県議会議長会会長(第75代)、自由民主党福岡県支部連合会常任相談役、日本獣医師会会長(第12代)、福岡県獣医師会名誉会長。 自由民主党福岡県支部連合会会長、アジア獣医師会連合(FAVA)会長、中央畜産会常務理事、福岡県畜産協会会長、日本空手協会福岡県本部顧問、福岡県馬術連盟会長、筑後市体育協会会長などを歴任。獣医師の立場から「ワンヘルス」の推進などに取り組み、県連会長を務めたほか、内閣総理大臣などを務めた麻生太郎とも関係が近いことから「福岡県議会のドン」と称されている。
森田 俊介(もりた しゅんすけ、1952年(昭和27年)12… 森田 俊介(もりた しゅんすけ、1952年(昭和27年)12月4日 - )は、日本の政治家。福岡県朝倉市長(2期)、福岡県議会議員、甘木市議会議員などを歴任した。 福岡県朝倉市出身。父親は衆議院議員の森田欽二。福岡県立朝倉高等学校、成蹊大学法学部卒業。 1983年から福岡県旧甘木市議会議員を2期務め、1991年から福岡県議会議員を5期(甘木市選挙区)務めた。県議時代は自由民主党に所属した。 合併特例債の使途が争点となった2010年(平成22年)4月の選挙で前副市長、前市議を破り、朝倉市長に初当選、4月23日、第2代市長に就任した。2014年(平成26年)の市長選では対立候補が無く、無投票当選した。
武末 茂喜(たけすえ しげき、1952年〈昭和27年〉11月… 武末 茂喜(たけすえ しげき、1952年〈昭和27年〉11月5日 - )は、日本の政治家。福岡県那珂川市長(2期)。元那珂川町長(3期)。 福岡県筑紫郡那珂川町(現:那珂川市)片縄(出生当時は岩戸村の一部)に生まれる。那珂川町立岩戸小学校、那珂川町立那珂川中学校、福岡大学附属大濠高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、福岡大学卒業。 1977年(昭和52年)4月、那珂川町役場に奉職。那珂川町子育て支援課長。 2008年(平成20年)6月28日、那珂川町発注のリサイクル施設建設工事をめぐり、町長の後藤良助が収賄容疑で逮捕される。同年7月に武末は役場を退職。8月31日に行われた町長選挙に立候補し初当選を果たした。
高木 美智代(たかぎ みちよ、1952年9月13日 - )は… 高木 美智代(たかぎ みちよ、1952年9月13日 - )は、日本の政治家。公明党アドバイザー。 衆議院議員(6期)、経済産業大臣政務官(第1次安倍内閣)、厚生労働副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)などを歴任した。 在任中に携わり成立した議員立法は25本にのぼる。
壬生 隆明(みぶ たかあき、1952年(昭和27年)8月10… 壬生 隆明(みぶ たかあき、1952年(昭和27年)8月10日 - )は、日本の弁護士、政治家。元福岡県直方市長(1期)。 福岡県直方市出身。福岡県立鞍手高等学校を経て、中央大学大学院修士課程修了。検察官となり、東京高検検事などを歴任。退官後は弁護士に転じ、2015年の直方市長選挙に自民・民主(当時)・公明各党の推薦を得て立候補し、無投票で当選する。 2019年の市長選挙では政党の推薦を受けずに再選を目指したが、自民や国民民主の推薦を得た元副市長の大塚進弘に敗れた。 2023年の市長選挙では返り咲きを目指したが、自民・立憲民主・公明・国民民主の各党の推薦を得た現職の大塚進弘に敗れた。 2019年の直方市長選挙で西日本新聞が実施した出口調査では、壬生市政の1期目の取り組みについて、「評価する」と「どちらかというと評価する」が56%で、「評価しない」と「どちらかというと評価しない」が39%であった。
木庭 健太郎(こば けんたろう、1952年6月25日 - )… 木庭 健太郎(こば けんたろう、1952年6月25日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(4期)、通産政務次官(羽田内閣)、参議院外務委員長、公明党参議院幹事長などを歴任。 地方公務員の給与を削減。「今回の要請は、一般財源の総額を減らすことなく、地方の行革努力をきちんと評価し、準備期間も確保しています。これらは、地方の要望を踏まえた公明党の主張を反映した対応だと評価しています。」としており、地方公務員の給与削減分を民間企業に分配させる方式を採用し、国の権力を高めつつ、地方の財政状況に合わせた削減策を呈示したことで知られる。
井本 宗司(いもと むねじ、1952年〈昭和27年〉4月2日… 井本 宗司(いもと むねじ、1952年〈昭和27年〉4月2日 - )は、日本の政治家。福岡県大野城市長(5期)。元福岡県議会議員(4期)。 福岡県大野町瓦田(現・大野城市)に生まれる。大野町立大野小学校(現・大野城市立大野小学校)、大野町立大野中学校(現・大野城市立大野中学校)、福岡県立筑紫丘高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。 1977年(昭和52年)、財団法人九州生産性本部に就職。 1991年(平成3年)、福岡県議会議員選挙に初当選。県議時代は自由民主党に所属した。その間福岡県議会議長を務めた。 2005年(平成17年)7月、県議を辞職。同年9月4日に行われた大野城市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて出馬し初当選した。
井上 澄和(いのうえ すみかず、1951年〈昭和26年〉4月… 井上 澄和(いのうえ すみかず、1951年〈昭和26年〉4月10日 - )は、日本の政治家。福岡県春日市長(7期)。元福岡県議会議員(3期)。 福岡県筑紫郡春日村(後に春日町を経て現・春日市)に生まれる。春日町立春日中学校(現・春日市立春日中学校)、福岡大学附属大濠高等学校、西南学院大学経済学部卒業。 衆議院議員秘書を経て、1987年(昭和62年)に福岡県議会議員に初当選した。県議時代は自由民主党に所属した。 1999年(平成11年)、春日市長選挙に初当選。2019年(平成31年)、元市議の近藤幸恵を破り6選。2023年(令和5年)、新人の川崎英彦、近藤幸恵を破り7選され、全国の市長で最多と並ぶ7期目となる。
石田 宝蔵(いしだ ほうぞう、1950年(昭和25年)2月2… 石田 宝蔵(いしだ ほうぞう、1950年(昭和25年)2月20日 - )は、日本の政治家。前柳川市長。 福岡県柳川市(旧大和町)出身。福岡県立三池工業高等学校卒業後、1969年に柳川消防署入署、1971年大和町役場入庁。1994年8月大和町町長選に立候補、当選。以後、2005年3月まで3期10年間、町長を務める。 柳川市、三橋町、大和町の合併により新柳川市が生まれたことに伴い、無所属で新市長選挙に立候補。前柳川市長であった河野弘史を抑え当選した。4月24日に市長職に就任した。人口の多い旧柳川市長の河野候補が圧倒的有利と見られていたが、マニフェストを掲げ、これまでの政策の転換を打ち出したことが奏功し、「改革派」としてのイメージが有権者に受け入れられたため、下馬評を覆しての当選となった。
芦刈 茂(あしかり しげる、1949年(昭和24年)10月2… 芦刈 茂(あしかり しげる、1949年(昭和24年)10月21日 - )は、日本の政治家。元福岡県太宰府市長(1期)。 福岡県北九州市出身。久留米市立城南中学校、福岡県立明善高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、九州大学農学部卒業。 2007年(平成19年)4月22日に行われた太宰府市議会議員選挙に立候補。定数20の議席を21人の候補者が争う同選挙において、21位で落選。20位当選者との差は3票にも満たなかった(当選者706.099票に対し、芦刈は704票)。 2011年(平成23年)の市議選で初当選。 2015年(平成27年)4月26日に行われた太宰府市長選挙に立候補。現職の井上保廣を390票差で破り初当選。
当摩 好子(とうま よしこ、1949年(昭和24年)4月26… 当摩 好子(とうま よしこ、1949年(昭和24年)4月26日 - )は、日本の政治家、社会福祉士。選挙では当麻 よし子の表記も用いる。 所沢市長(1期)、埼玉県議会議員(3期)、所沢市議会議員(3期)を務めた。 福岡県大牟田市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。 1979年4月、日本社会党公認で所沢市議会議員選挙に出馬し、初当選。以後所沢市議を3期務めた。1991年10月、所沢市長選挙次点落選。1996年、日本社会党から党名を変更した社会民主党を離党し、民主党結党に参加。同年の第41回衆議院議員総選挙には民主党公認で埼玉県第8区から出馬するも、落選。 1999年4月、埼玉県議会議員選挙に民主党公認で出馬し、当選。
舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年〈昭和23年〉11… 舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年〈昭和23年〉11月29日‐)は、日本の国際政治学者、大学教授、政治家。 参議院議員(2期)、参議院自由民主党政策審議会長、厚生労働大臣(第8・9・10代)、新党改革代表(第2代)、東京都知事(第19代)などを歴任した。 福岡県八幡市(現:北九州市八幡東区)出身。 父は1930年(昭和5年)の若松市議会選挙に立憲民政党陣営から立候補したこともあった(次点で落選)。 若松で石炭商(燃料店。現在のガソリンスタンドのような存在)を営んでいた父は、行き詰まって八幡東区で八百屋に転じたものの商いは厳しく、要一が小学2年の時に近くの材木店の火災で類焼して以降は酒に溺れ、一家は長女らの働きで糊口を凌いだ。
金子 健次(かねこ けんじ、1948年〈昭和23年〉8月16… 金子 健次(かねこ けんじ、1948年〈昭和23年〉8月16日 - )は、日本の政治家。元福岡県柳川市長(4期)。 福岡県出身。三橋町立二ツ河小学校、三橋町立三橋中学校、福岡県立山門高等学校を経て、1971年、福岡大学商学部商学科卒業。 1971年、三橋町役場に入庁。2008年、柳川市議会事務局長を最後に退職。 2009年4月12日に行われた柳川市長選挙で現職の石田宝蔵を破り初当選を果たす。 2013年4月の柳川市長選で佐々木創主を退け再選。 2017年4月の市長選挙で3選。2021年の市長選挙で4選。2025年に市長を退任した。 自身が市長を務める柳川市の郷土力士である琴奨菊とは縁があり、2020年11月場所に琴奨菊が元大関として史上5人目となる十両陥落を喫することが決定した際には本人からの電話で現役続投の意向を確認し、金子自身も琴奨菊へ励ましの声を送った
山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月… 山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月8日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、経済産業副大臣(第1次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長・災害対策特別委員長、自由民主党金融調査会長等を歴任した。 福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後、大蔵省にトップで入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。
中村 隆象(なかむら りゅうぞう、1948年7月9日 - )… 中村 隆象(なかむら りゅうぞう、1948年7月9日 - )は、日本の政治家。福岡県古賀市長(通算4期)。
冨岡 勉(とみおか つとむ、1948年7月4日 - )は、日… 冨岡 勉(とみおか つとむ、1948年7月4日 - )は、日本の政治家、医師。自由民主党所属の元衆議院議員(4期)。文部科学副大臣、文部科学大臣政務官、衆議院文部科学委員長、衆議院厚生労働委員長、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長等を歴任。 福岡県中間市出身。福岡県立東筑高等学校、長崎大学医学部卒業。同大学助教授に就任。 1999年、長崎県議会議員に初当選。県議会で文教委員会委員長を務めるが、2003年の選挙で落選。 2005年の第44回衆議院議員総選挙で長崎1区から自由民主党公認候補として出馬。選挙区では労働組合の厚い組織票に支えられた民主党の高木義明に敗れたが、比例九州ブロックで復活し初当選した。
上田 清司(うえだ きよし、1948年〈昭和23年〉5月15… 上田 清司(うえだ きよし、1948年〈昭和23年〉5月15日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(2期)。同党副代表兼参議院議員副会長。 衆議院議員(3期)、埼玉県知事(第57・58・59・60代)、全国知事会会長(第12代)を歴任した。 福岡市生まれ、大牟田市育ち。福岡県立三池高等学校、法政大学法学部法律学科卒業。後、法政大学弁論部に所属。大学卒業後は早稲田大学大学院政治学研究科へ進学。大学院在学中に埼玉県所沢市で学習塾「向陽塾」を開業。また、これも大学院在学中の1976年(昭和51年)、新自由クラブの立党に参画する。1977年(昭和52年)、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。
楢原 利則(ならはら としのり、1948年(昭和23年)3月… 楢原 利則(ならはら としのり、1948年(昭和23年)3月17日 - )は、日本の政治家。元福岡県久留米市長(2期)。 福岡県大刀洗町出身。1971年3月、西南学院大学商学部卒業。同年4月、久留米市役所に入所。2007年4月から2009年12月まで久留米市副市長をつとめた。 2010年1月2日、久留米市長の江藤守國が健康上の理由により辞任。同年1月31日に行われた久留米市長選挙に無所属で出馬し、初当選。投票率は30.25%。2月1日、市長就任。 2014年1月の市長選で2期目の当選。投票率は37.75%。 2018年1月の市長選は出馬せず引退。
内野 哲朗(うちの てつろう、1948年 - )は、日本の元… 内野 哲朗(うちの てつろう、1948年 - )は、日本の元アマチュア野球選手、監督、政治家。ポジションは投手。元・小郡市議会議長。 明善高校で投手としてプレーしたが、1966年の夏の甲子園県予選の2回戦で敗退し、甲子園への出場を果たすことができなかった。 1966年のドラフト会議で中日から3位指名されたが交渉権放棄により早稲田大学に入学した。 大学卒業した後は、大昭和製紙でプレーした。 1984年から1999年までに16年間小郡高校の監督を務めた。 1994年に小郡市議選で初当選。2005年からは小郡市議会議長を務めながら母校である明善高校で指揮を執った。 2010年、小郡市市政功労者。2018年、旭日双光章受章。
古賀 一成(こが いっせい、1947年7月30日 - )は、… 古賀 一成(こが いっせい、1947年7月30日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(7期)。衆議院国家基本政策委員長、衆議院東日本大震災復興特別委員長、衆議院国土交通委員長、衆議院科学技術委員長を歴任。 父は柳川市長を5期務めた古賀杉夫。 福岡県柳川市生まれ。福岡学芸大学久留米附属中学校、福岡県立明善高等学校、東京大学法学部法律学科卒業。 1971年、東大卒業後の4月に建設省(現国土交通省)に入省した。本省での勤務や外務省、静岡県警察本部、福岡県への出向を経験する。1988年、建設省を退官。 1990年、第39回衆議院議員総選挙で前年に死去した元国土庁長官・山崎平八郎の後継者として旧福岡3区から自由民主党公認で初出馬し、初当選した。
江藤 義行(えとう よしゆき、1947年〈昭和22年〉7月6… 江藤 義行(えとう よしゆき、1947年〈昭和22年〉7月6日 - )は、日本の実業家、政治家。福岡県大川市長(1期)。 福岡県大川市生まれ。大川市立三又中学校(現大川市立大川桐薫中学校)、久留米大学附設高等学校、九州大学理学部卒業後、東亜燃料工業に入社。1976年、妻の実家の製材会社・株式会社エトウに入社。1991年からは代表取締役を務め、バブル崩壊後の荒波を家具の製造や企画販売への業態変更で乗り越えた。2019年に代表取締役を退任し相談役に就任。 2023年8月からは大川市が推し進める同市大野島で整備を進める産業・観光振興拠点「大川の駅」(仮称)について、構想に反対する市民団体を地元市議らと結成し、情報公開請求や署名活動に取り組んだ。
小山 達生(こやま たつお、1947年(昭和22年)7月3日… 小山 達生(こやま たつお、1947年(昭和22年)7月3日 - )は、日本の政治家。元福岡県福津市長(2期)。福岡県議会議員(7期)、福岡県議会第50代議長を歴任した。 1971年(昭和46年)3月、九州大学法学部卒業。同年4月、山一證券株式会社に就職。1972年(昭和47年)、衆議院議員秘書となる。 1983年(昭和58年)4月の福岡県議会議員選挙に出馬し初当選。以後7期務める間に第50代議長を務めた。県議時代は自由民主党に所属した。 2009年(平成21年)2月3日に行われた福津市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて出馬。民主党推薦・社民党支持の平木俊敬を破り初当選を果たした(小山:13,745票、平木:11,654票)。
三原 朝彦(みはら あさひこ、1947年〈昭和22年〉5月2… 三原 朝彦(みはら あさひこ、1947年〈昭和22年〉5月23日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(8期)。 福岡県遠賀郡遠賀町出身。1966年、福岡県立東筑高等学校卒業。1972年、一橋大学法学部を卒業。その後、アメリカ・カナダ留学 を経て父・三原朝雄の秘書等を務めた。 1986年、第38回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から自由民主党公認(田中派)で出馬し初当選。1990年、第39回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から自民党公認(竹下派)で出馬し2期目の当選。1992年、防衛政務次官に就任。 1993年、新党さきがけの結成に参加、第40回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から同党公認で出馬し、3期目の当選。
城島 光力(じょうじま こうりき、本名:城島 正光〈じょうじ… 城島 光力(じょうじま こうりき、本名:城島 正光〈じょうじま まさみつ〉、1947年〈昭和22年〉1月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、財務大臣(第16代)、民主党幹事長代理、民主党国会対策委員長(第18代)、民主党神奈川県連代表を歴任した。 福岡県柳川市生まれ。ラ・サール高等学校、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。1970年、味の素に入社し、同社の中央研究所に勤務する。また味の素労働組合で委員長に就任し、食品産業労働組合協議会議長(現・日本食品関連産業労働組合総連合会)も務める。また社会経済生産性本部や現代総合研究集団でそれぞれ評議員を務め、小沢一郎を講師に招いて勉強会を開催する等、小沢が提唱していた政治改革に共感する姿勢を示していた。