ウラケン・ボルボックス(1983年 - )は、日本のイラスト… ウラケン・ボルボックス(1983年 - )は、日本のイラストレーター、漫画家、コンテ・マン。佐賀県鹿島市出身。日本大学芸術学部映画学科(撮影・録音コース)卒業。旧ペンネームはウラケン。 幼少期から絵を描くことが好きで、佐賀県立鹿島高等学校在学中は美術部に所属していた。映画監督を目指して日本大学芸術学部映画学科に進学したが、「映画での『食べ方』が分からず、CMも面白そうだったから」との理由で、卒業後はCM制作会社に就職した。 しかし、映像制作の現場は「性に合わなかった」といい、ストレスから椎間板ヘルニアを患い入院した。入院中にエッセイ漫画を描いてみたところ、「絵の方が性に合っている」と感じ、職場復帰後にコンテ・マンの仕事を奨められたこともあって、入社3年目で退職し独立した。
中島 諭宇樹(なかしま ゆうき、本名同じ、1979年7月21… 中島 諭宇樹(なかしま ゆうき、本名同じ、1979年7月21日 - )は、佐賀県出身の日本の漫画家。 伊万里市立伊万里中学校、佐賀県立伊万里高校を経て千葉大学文学部卒業。中学、高校では美術部に所属し、高校時代は生徒会長も務めた。大学では漫画研究会に所属した。 2003年『赤マルジャンプ』2003SPRING(集英社)に掲載の「天上都市」でデビュー。同作で第8回ストーリーキング漫画部門準キング受賞。以後、雑誌『週刊少年ジャンプ』とその系列誌を中心に作品を発表している。2019年現在、アナログで作画している。千葉県千葉市在住。
原 泰久(はら やすひさ、1975年〈昭和50年〉6月9日 … 原 泰久(はら やすひさ、1975年〈昭和50年〉6月9日 - )は、日本の漫画家。男性。佐賀県三養基郡基山町出身。血液型A型。 現在『週刊ヤングジャンプ』で『キングダム』を連載中。福岡県在住。 東明館高等学校を経て九州芸術工科大学(2003年に九州大学に統合)入学。 大学3年生の頃、漫画家を志す。 1997年、第36回ちばてつや賞ヤング部門にて「上田君の退化論」が期待賞を受賞。 1998年、九州芸術工科大学画像設計学科を卒業。同大学大学院に入学。 1999年、第40回ちばてつや賞ヤング部門にて「於兎松」が準大賞を受賞、同作が『別冊ヤングマガジン』に掲載されデビュー。 2000年、九州芸術工科大学大学院修士課程、情報伝達専攻 修了。
武富 健治(たけとみ けんじ、1970年8月21日 - )は… 武富 健治(たけとみ けんじ、1970年8月21日 - )は、日本の漫画家。佐賀県杵島郡江北町生まれ。小金井市在住。東京都立駒場高校を経て、青山学院大学文学部二部教育学科を卒業。代表作は『漫画アクション』で連載した『鈴木先生』。自らを「文芸漫画家」と称している。2007年、『鈴木先生』により第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。 父が自衛官であったため、愛知県豊川市、東京都小平市、北海道倶知安などを転々として育つ。小学5年で目黒区に引越して以来、東京在住。なお、『鈴木先生』の舞台は武富が実際に通った中学校をモデルにしているという。 幼少時より漫画制作を行い、少年期に白土三平や永島慎二に影響を受ける。
小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、… 小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、日本の男性小説家、漫画原作者、脚本家。 佐賀県伊万里市出身で現在は福岡市在住。A型。 佐賀県立伊万里高等学校(松尾剛と同期)を経て大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。東映助監督、テレビ製作会社勤務を経て作家活動を始める。 作品のテーマとして海上保安庁を取り上げることが多く、原案を提供した『海猿』は後にテレビドラマ化、実写映画化もなされた。2008年に海洋に関する創作活動の功績を讃え、第1回海洋立国推進功労者表彰を受賞した。 映像監督としても活動している。
小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、… 小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、日本の男性作家、漫画原作者、脚本家。
牛島 慶子(うしじま けいこ、1966年7月6日 - )は日… 牛島 慶子(うしじま けいこ、1966年7月6日 - )は日本の漫画家。佐賀県佐賀市出身。 1987年、「闇の万事引受人」(『ASUKA』6月号)でデビュー。角川書店の少女誌で執筆活動を行う。ライトノベルの挿絵も手がける。漫画家・紫堂恭子は実姉。 単行本刊行順。箇条書きは同時収録。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
やまだ ないと(1965年10月19日 - )は、日本の漫画… やまだ ないと(1965年10月19日 - )は、日本の漫画家。佐賀県唐津市出身。女性。初期のペンネームは山田 朝子(やまだ あさこ)、別のペンネームに加賀 マヒル(かが マヒル)がある。 代表作に『東京座』、『コーデュロイ』、『西荻夫婦』、映画化もされた『フレンチドレッシング』、『L'amant ラマン』、『王様とボク』などがある。 九州デザイナー学院放送映画学科卒業。山田朝子の名で少女漫画家として活動した後、青年誌に活動の場を移し、1987年、やまだないとのペンネームで『週刊ヤングマガジン』にて「キッス」でデビュー。1996年より、画材としてMacを使い始める。1990年代後半から『COMIC CUE』、『マンガ・エロティクス』、『FEEL YOUNG』などの雑誌で活動。
徳光 康之(とくみつ やすゆき、1963年5月17日 - )… 徳光 康之(とくみつ やすゆき、1963年5月17日 - )は、日本の漫画家。大阪府生まれ、佐賀県育ち。佐賀県立武雄高等学校卒業。佐賀大学アニメーション研究会出身。『いきなりバックドロップ犬』で1987年に『月刊少年マガジン』(講談社)よりデビュー。 大阪の生まれだが、父親の転勤により小学1年生のときから佐賀で育つ。大学時にコミケで発行した同人誌が講談社・編集者の目にとまり連絡を受ける。打ち合わせ中に見せたネタノートのイラストにあったキャラをきっかけに「いきなりバックドロップ犬」が生まれデビューを果たす。プロレスやアニメ『機動戦士ガンダム』などを題材に、マニアックなネタを盛り込んで描く作風が特徴である。
みやぞえ 郁雄(みやぞえ いくお、1952年 - )は、佐賀… みやぞえ 郁雄(みやぞえ いくお、1952年 - )は、佐賀県唐津市出身の漫画家。別名義にみやぞえ郁也、宮添育男、宮添郁雄、宮添いくお。 手塚治虫のアシスタントを経て、1972年、「正義を愛する者 月光仮面」のコミカライズでデビュー。
成田 アキラ(なりた あきら、1945年4月9日 - )は日… 成田 アキラ(なりた あきら、1945年4月9日 - )は日本の漫画家。佐賀県唐津市生まれ。東京都在住。既婚。 都立小石川高校卒業。明治大学工学部電気工学科卒業。日本艶主党党首。 佐賀県唐津市生まれ。中学1年生までを唐津で過ごす。1958年、両親が子供を大学へ行かせるために家族で上京。東京に転居。都立小石川高校、明治大学卒。明治大学で電気工学科へ進学したのは「この世は何で出来上がってるのか」を知りたくて、「この世は電気ででき上ってるんじゃないか」と考え、入学した。叔父でもある漫画家ムロタニ・ツネ象の下で漫画修行をする。26歳でデビュー作「チポー星のやつら」が園山俊二の目にとまり、それがきっかけで漫画サンデーで「フリフリダムダム」を2年間連載するが、性器を模ったキャラクターを主人公とするなど、あまりに内容が「前衛的」「飛んでる」という理由で打ち切りとなる。
ムロタニ ツネ象(むろたに つねぞう、本名:室谷 常蔵、19… ムロタニ ツネ象(むろたに つねぞう、本名:室谷 常蔵、1934年9月9日 - 2021年11月22日)は、日本の漫画家。ギャグ漫画を主として発表してきたが、歴史漫画、学習漫画、SF漫画、恐怖漫画も執筆している。特に子供向け学習漫画制作の草分け的存在ともいわれた。 1934年9月9日、大阪府に生まれる。中学生の頃から、毎日新聞系列の夕刊紙新九州新聞社発行の『まんが新九州』(1948年創刊)の常連投稿者だった。佐賀県立唐津高等学校卒業。在学中、『毎日中学生新聞』懸賞漫画で金賞を連続3年受賞。 1953年、『毎日中学生新聞』西部版に『日本歴史漫歩』を発表してデビュー。毎日新聞社西部本社に勤務し、その後上京して阿佐ヶ谷美術学園に学ぶ。
針 すなお(はり すなお、1933年3月15日 - )は、日… 針 すなお(はり すなお、1933年3月15日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、武道家。本名は高閑者 順(たかがわ すなお)。 政治家や芸能人、スポーツ選手など著名人の似顔絵で知られているほか、武道家として、武術「体の杖(たいのじょう)」を創始した。 佐賀県佐賀市出身。生家は旧佐賀藩の菩提寺・高伝寺(針自身も住職を務めた)。五男。 子供の頃から絵を描くのを好み、実家の寺に届けられた布施の包み紙を住職の父親から貰い絵を描いていた(戦時中で、紙が貴重品であったため)。寺の廊下で住職や兄の似顔絵を、小学校のクラスで友達や教師の似顔絵を描いて人気を得た。中学、高校になると漫画を描くようになった。
長谷川 町子(はせがわ まちこ、1920年(大正9年)1月3… 長谷川 町子(はせがわ まちこ、1920年(大正9年)1月30日 - 1992年(平成4年)5月27日)は、日本の女性漫画家。日本初の女性プロ漫画家。代表作に『サザエさん』・『いじわるばあさん』・『エプロンおばさん』など。 佐賀県小城郡東多久村(現在の多久市東多久町)で父・勇吉と母・サタ(貞子)との間の3人姉妹の次女として生まれる。実際は姉との間に夭折した2番目の姉がおり、戸籍上は4姉妹の三女になる。当時、多久で操業していた三菱炭坑の技師であった勇吉が独立、ワイヤーロープの事業開業に伴い福岡県福岡市春吉(現在の同市中央区春吉)に転居し、春吉尋常小学校に小学1年生から通った。 小学生時代は成績が良く男子生徒と交代で学級長を務めていたが「悪ガキ」だったと妹の洋子に語っている。
秋 玲二(あき れいじ、1910年(明治43年)11月1日 … 秋 玲二(あき れいじ、1910年(明治43年)11月1日 - 2006年(平成18年)2月24日)は、日本の漫画家、画家。佐賀県唐津市出身。本名古川 善男(ふるかわ よしお)。 生涯、数多くの学習漫画を手がけた。主な作品に『よっちゃんの勉強漫画』『クラブくんの冒険』など。日本漫画家協会名誉会員。また、石川滋彦の弟子として洋画家としても知られる。 1910年、佐賀県唐津市にて生誕。 1930年、東京市教員講習所養成科を卒業し、1946年まで東京の小学校の教員を務めていた。 1933年頃から漫画を描き始め、1939年4月から『東日小学生新聞』にて『よっちゃんの勉強漫画』の連載を開始し2000年に終了するまで60年以上連載されていた。