ヨシノ サツキ(1985年5月25日 – )は、日本の漫画家… ヨシノ サツキ(1985年5月25日 – )は、日本の漫画家。女性(短編集みしかかにて、女として生まれたからにはという記述がある)。長崎県五島市出身、在住。代表作は『ばらかもん』。 スクウェア・エニックス刊『月刊少年ガンガン』の月例マンガ賞新GIガンガン杯で2005年5月号・8月号と奨励賞を受賞し、『ガンガンパワード』2005年秋季号掲載の読み切り『ソルドソウル500』でデビュー。デビュー以前は少女漫画誌で活動していたという発言がある。 2006年の『ガンガンパワード』隔月刊化に際して、No.1より『聖剣伝説 PRINCESSofMANA』の連載を開始。以後も同作品の連載と並行して複数の読み切り作品を発表するが、その中で自身の出身地である五島列島を舞台にした『ガンガンパワード』2008年4月号掲載の読み切り『ばらかもん』の反響が大きく、10月号に続編が掲載された後にウェブコミック配信サイト『ガンガンONLINE』で連載が決定。
津山 ちなみ(つやま ちなみ、1979年4月22日 - )は… 津山 ちなみ(つやま ちなみ、1979年4月22日 - )は、日本の漫画家。長崎県出身。血液型はO型。福岡教育大学中退。ペンネームの由来は好きな歌手のB'zの稲葉浩志の出身地が岡山県津山市であることから。『ちなみ』は「津山にちなんで」から。
久保 ミツロウ(くぼ ミツロウ、本名:久保美津子、1975年… 久保 ミツロウ(くぼ ミツロウ、本名:久保美津子、1975年9月19日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐世保市出身。女性。血液型はA型。
新條 まゆ(しんじょう まゆ、1973年1月26日 - )は… 新條 まゆ(しんじょう まゆ、1973年1月26日 - )は、日本の漫画家。長崎県出身。長崎県立猶興館高等学校卒業。血液型はO型。未婚。 1994年、小学館の『少女コミック』増刊2月14日号にて掲載された、「あなたの色に染まりたい」でデビュー。 1997年、『快感♥フレーズ』が世界中での累計発行部数1000万部を超える大ヒットとなり、テレビアニメ化されたり、作中に登場するロックバンド「Λucifer」が実際に結成された。 2007年、『Cheese!』にて連載していた『SEX=LOVE2』の最終話を執筆後、自らの公式ホームページで小学館を離れ、フリーランスの漫画家として活動することを発表。 2012年、仕事場をフルデジタル化する。
草場 道輝(くさば みちてる、本名同じ、1971年1月1日 … 草場 道輝(くさば みちてる、本名同じ、1971年1月1日 - )は、日本の漫画家。長崎県諫早市出身。長崎大学卒業。代表作は『ファンタジスタ』、『LOST MAN』。
松田 奈緒子(まつだ なおこ、1969年1月21日 - )は… 松田 奈緒子(まつだ なおこ、1969年1月21日 - )は、日本の漫画家。女性。長崎県諫早市出身。夫は漫画解説者の新保信長。実妹はコミックエッセイ劇場編集長の松田紀子。 小学5年生のとき大和和紀の『はいからさんが通る』を読んで漫画家を志す。長崎日本大学高等学校卒業。1学年上に谷川史子がいた。 上京して少女漫画家の木原敏江のアシスタントを務めた後、27歳のときに『コーラス』(集英社)に掲載された『ファンタスティックデイズ』でデビュー。 『重版出来!』はドラマ化され、小学館漫画賞を受けた。
柴田 亜美(しばた あみ、1967年5月24日 - )は、日… 柴田 亜美(しばた あみ、1967年5月24日 - )は、日本の女性漫画家・画家である。 1967年、長崎県生まれ。長崎大学教育学部附属小学校、長崎大学教育学部附属中学校、長崎県立長崎西高等学校、武蔵野美術大学短期大学美術科専攻科を卒業。 1990年、会社員時代に参加したエニックス(現在のスクウェア・エニックス)の『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』にて人気を集める。1991年より月刊少年ガンガンにて『南国少年パプワくん』を連載開始、アニメ化されるなどのヒット作となる。以降、エニックスや集英社など、多数の雑誌に連載を持つ。 漫画家として活動する一方で美容方面にも興味を持ち始め、2012年2月19日より美容ブログ『女漫画家の極限美容!』を開設。
谷川 史子(たにかわ ふみこ、1967年5月8日 - )は、… 谷川 史子(たにかわ ふみこ、1967年5月8日 - )は、日本の漫画家・同人作家。1986年、19歳の時に、『りぼんオリジナル』(集英社)に掲載された「ちはやぶるおくのほそみち」でデビュー。 2009年に青木俊直、岩岡ヒサエ、志村貴子、イシデ電らと同人サークル「腹ペコ戦隊はしレンジャー」を結成した。 オムニバス形式や読切作品を中心にデビューより長らく少女誌にて活躍してきたが、2000年以降は活動の場を女性誌・青年誌まで広げ、大人の視点から描かれる物語で幅広い層から支持を集めている。 基本的には、コミックス巻末に書かれる描き下ろしの連続あとがき漫画。まれに雑誌にも掲載される。 作品一覧を見るとほぼ同じタイトルになっているが、単行本ごとに内容は異なり、近況報告のようなものになっている。
Moo.念平(ムーねんぺい、1963年7月24日 - )は、… Moo.念平(ムーねんぺい、1963年7月24日 - )は、日本の漫画家。本名、武次 宏城。長崎県西彼杵郡出身。主に児童漫画を手がける。Moo.念平のペンネームは、「ペンネーム」を逆さ読みし名前風に仕立てたアナグラムから。 1984年、九州産業大学在学中に第7回藤子不二雄賞入選作である『おてんば転校生』でデビューを果たす。翌1985年、大学を中退して上京し本格的に漫画家の道を歩み、同年『月刊コロコロコミック』(小学館)にて『太陽犬ゼロ』で初連載。 1986年から1992年まで同じく『月刊コロコロコミック』で『あまいぞ!男吾』を連載し、同作で第36回小学館漫画賞児童向け部門を受賞。 2005年からは『ちゃぐりん』(家の光協会)、2010年からは『思い出食堂』(少年画報社)などを中心に執筆活動を続けている。
鍋島 雅治(なべしま まさはる、1963年2月9日 - )は… 鍋島 雅治(なべしま まさはる、1963年2月9日 - )は、日本の漫画原作者。長崎県立佐世保商業高等学校卒業、中央大学文学部仏文専攻卒業。代表作に映画化された『築地魚河岸三代目』、テレビドラマ化された『東京地検特捜部長・鬼島平八郎』『火災調査官』など。
内田 春菊(うちだ しゅんぎく、1959年8月7日 - )は… 内田 春菊(うちだ しゅんぎく、1959年8月7日 - )は、日本の漫画家、小説家、エッセイスト、女優。本名は内田 滋子。ノックアウト所属。落語立川流の門下でもあり、高座名「立川於春の方」を持つ。
巻来 功士(まき こうじ、1958年7月21日 - )は、日… 巻来 功士(まき こうじ、1958年7月21日 - )は、日本の漫画家。 長崎県佐世保市出身。小学生時代から漫画家を目指し、1974年(16歳時)に投稿作品が『週刊少年ジャンプ』の新人漫画賞の最終候補作になった。それ以来、年5・6回応募して九州産業大学入学後も続けて1978年、20歳で小学館のマンガくん月間まん研新人杯の佳作を受賞する。その後も大賞をめざして『月刊コロコロコミック』『週刊少年サンデー』に応募したが、最終候補に止まった間の授業はさぼり続けて単位が取れず、留年する。本腰を入れて漫画家になるため、1979年に大学を中退して上京。少年画報社に持ち込んだ原稿が認められ、1981年に村田光介名義で同社の『少年キング』に連載された学園アクションコメディ『ジローハリケーン』でデビュー。
岩谷 テンホー(いわたに てんほー、1954年9月30日 -… 岩谷 テンホー(いわたに てんほー、1954年9月30日 - )は、日本の漫画家。本名は岩谷芳朗。代表作は『みこすり半劇場』。長崎県出身。 長崎県南松浦郡新上五島町(旧奈良尾町)出身。長崎県立長崎工業高等学校卒業。大手印刷会社で漫画雑誌の写真製版の仕事をしていた。届く4コマ漫画の原稿を読み、俺にも書けると一念発起し、1985年に31歳でデビューした。1986年から2002年まで週刊プレイボーイに『マグニチュード9.99』を長期連載した。担当が元少年ジャンプの編集者であったこともあり、作画やアイディア出しのアドバイスをたくさんもらい、インタビューでは育ててくれた雑誌と述べている。 その後東スポアダルト面で4コマ漫画の連載をスタート。
竜崎 遼児(りゅうざき りょうじ、1953年9月14日 - … 竜崎 遼児(りゅうざき りょうじ、1953年9月14日 - )は、日本の漫画家。長崎県五島市出身。血液型はB型。 中学生のころ横山光輝の『伊賀の影丸』、さいとう・たかをの劇画を読み、影響を受ける。その後、手塚治虫、ちばてつやの漫画にも感動して漫画家を目指す。高橋わたる、新岡勲、荘司としおのアシスタントを経て、1972年、『漫画ホット』(秋田書店)に掲載の「番格流れ者」でデビュー。『炎の巨人』『どぐされ球団』と野球漫画を続けてヒットさせる。その後も『ウォー・クライ』(ラグビー)、『ばっくれ一平! 』(野球)などのスポーツ漫画や『闘翔ボーイ』(総合格闘技)、『雷電王』(相撲)などの格闘技漫画を発表した。
あおやま 英雄(あおやま ひでお、本名:青山英雄、1953年… あおやま 英雄(あおやま ひでお、本名:青山英雄、1953年〈昭和28年〉1月23日 - 2008年〈平成20年〉1月30日)は、日本の元漫画家。長崎県福江市(現:五島市)出身で血液型はO型。 1977年(昭和52年)、『少年ジャンプ増刊号』に掲載された『おれはプロレスラーバッファロー権田』でデビュー。1981年(昭和56年)、『週刊少年キング』に『OH!ダイナマイト』を連載する。同年、ペンネームを”ファイター五島”からあおやま英雄に改める 。 その後は少年誌・スポーツ雑誌・4コマ漫画誌・新聞などで、プロレスと野球を中心にスポーツ漫画を執筆していく。代表作の『ジャングルリング』『それ行けナガシマさん』はいずれも漫画雑誌以外での漫画の連載ながらも長期間の連載となり、読者に親しまれていた。
堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952… 堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952年7月30日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐世保市出身、長崎県立佐世保北高等学校、立教大学卒業。福岡県福岡市在住。 デビューは『別冊マーガレット』誌で、当時のペンネームは本名の「すえつぐ なおと」であった。その後、「堀田かつひこ」に改名。雑誌に発表した『オバタリアン』は庶民的なおばさん世代を風刺した漫画として人気を集め、タイトルは流行語にまでなった。そのことから、「おばさんウォッチャー」としてマスコミに専門家として紹介されたことがある。 新聞でも産経新聞夕刊に「カボスさん」(1990年~95年)を連載。中日新聞や東京新聞、西日本新聞、北海道新聞などブロック紙3社連合に属する地方紙にも『主婦コー座』という漫画エッセイを執筆した。
中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身… 中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身の日本の漫画家。『ドリーム仮面』で第2回手塚賞佳作、『ガラガラウマウマ』で第3回手塚賞受賞。 代表作は『ドリーム仮面』。 長崎県西彼杵郡崎戸町(現在の西海市)の離島に生まれる。漫画家を志し19歳で上京、新小岩に住みながら投稿を始める。 1971年、週刊少年ジャンプに投稿した短編『ドリーム仮面』が下半期の第2回手塚賞の佳作となり、翌年の1972年には『ガラガラウマウマ』が第3回手塚賞を受賞、同賞初の正賞者となった。 1973年1月8日号から週刊少年ジャンプ本誌にて『ドリーム仮面』の連載を開始、同年8月20日号まで全33話を連載。商業連載はその1作のみで、以降は漫画界から姿を消した。
岡野 雄一(おかの ゆういち、1950年1月11日 - )は… 岡野 雄一(おかの ゆういち、1950年1月11日 - )は、日本の漫画家。自著においては自身のことをペコロスと名乗る。ペコロスとは西洋玉ねぎのことで、自身のはげ頭にそっくりなので借用している。既婚(再婚)で息子が一人いる。 1950年、長崎県長崎市にて生まれ育った。父は再婚で、親戚にあたる女性と結婚した。その間に生まれたのが、岡野である。父は三菱重工業長崎造船所に勤務するかたわら、斎藤茂吉に師事するアララギの歌人でもあった。 長崎市立勝山小学校(のちに長崎市立新興善小学校、長崎市立磨屋小学校と統合再編され長崎市立桜町小学校と長崎市立諏訪小学校に)、長崎市立長崎中学校を経て、長崎県立長崎東高等学校に入学する。
御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )… 御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )は、日本の男性漫画家。長崎県出身、早稲田大学第一文学部中退。本名は御厨哲美(読みは同じ)。
蛭子 能収(えびす よしかず、1947年〈昭和22年〉10月… 蛭子 能収(えびす よしかず、1947年〈昭和22年〉10月21日 - )は、日本の漫画家、タレント、エッセイスト。ファザーズコーポレーション所属。 1947年(昭和22年)10月21日熊本県天草市生まれ。長崎県長崎市育ち。両親は徳島県出身である。8歳上の姉と5歳上の兄を持つ末っ子として誕生する。長崎市立戸町小学校、長崎市立戸町中学校卒業[要出典]。、長崎商業高等学校卒業後、地元の看板店に就職するも、つげ義春の『ねじ式』に衝撃を受けて1970年に上京し、看板屋、ちり紙交換、ダスキンのセールスマンなどの職を経て『月刊漫画ガロ』(青林堂)1973年8月号掲載の入選作『パチンコ』で漫画家デビュー。その後、3年間の休筆期間を経て伝説的編集者の高杉弾と山崎春美の依頼により1979年に伝説的自販機本『Jam』(ジャム出版)でプロの商業漫画家として再デビューする。
松尾 龍之介(まつお りゅうのすけ、1946年 - )は、日… 松尾 龍之介(まつお りゅうのすけ、1946年 - )は、日本の漫画家、評論家。長崎市生まれ。1969年北九州市立大学外国語学部卒。1971年上京。漫画家・杉浦幸雄に認められる。主に「漫画社」を中心に仕事をする。江戸時代のオランダ関係の研究も行う。元、日蘭学会会員。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
高井 研一郎(たかい けんいちろう、1937年7月18日 -… 高井 研一郎(たかい けんいちろう、1937年7月18日 - 2016年11月14日)は、日本の漫画家。 長崎県佐世保市出身。父が上海租界で書店を開いていたため、上海で育つ。 帰国後、『漫画少年』に投稿し、石森章太郎や赤塚不二夫と知り合う。松本晟(後の松本零士)と共に東日本漫画研究会の九州支部を結成。定時制高校卒業後は赤塚たちに誘われてトキワ荘に入居する約束をしていたが、上京してみると高井が入ろうとしていた部屋に水野英子が入居しており、トキワ荘には入れなかった。 手塚治虫のアシスタントを経て、1956年『少女』掲載の「リコちゃん」でデビュー。1960年代後半から1980年代前半まではフジオ・プロの客分扱いで赤塚不二夫の仕事を手伝いつつ、青年誌を中心にナンセンス漫画を描いていた。
清水 崑(しみず こん、1912年〈大正元年〉9月22日 -… 清水 崑(しみず こん、1912年〈大正元年〉9月22日 - 1974年〈昭和49年〉3月27日)は、日本の漫画家。長崎県長崎市出身。本名は清水 幸雄(しみず ゆきお)。 長崎県長崎市銭座町(現在の天神町)出身。旧制長崎市立商業高校(現在の長崎市立長崎商業高等学校)を卒業後上京、似顔絵描きをしながら絵の修行をする。その後横山隆一・近藤日出造らの新漫画派集団(のちの漫画集団)に参加、1935年、新青年に『東京千一夜物語』を連載。同作はヒットし、内田吐夢監督によって映画化された。 戦後、「新夕刊」の政治漫画を担当したのち、朝日新聞社の嘱託となる。時の吉田茂首相の風刺画で人気を博し、サンフランシスコ講和会議には全権団の取材に派遣され、連日文章つきで漫画の見聞録を送る。
樺島 勝一(かばしま かついち、本名:椛島 勝一、1888年… 樺島 勝一(かばしま かついち、本名:椛島 勝一、1888年7月21日 - 1965年5月31日)は、日本の挿絵画家、漫画家。 長崎県諫早市出身。代表作に『正チャンの冒険』『敵中横断三百里』『亜細亜の曙』『吼える密林』など。精緻な画風から「ペン画の神様」と呼ばれた。 長崎県北高来郡諫早村(現:諫早市)に生まれる。4歳で鹿児島市へ転居し、鹿児島商業学校へ進学するも、生来の吃音のため商人には向かないと考え中退。上京して画業に入るが、貧しいため美術学校に通う事はかなわなかった。しかし、洋書の『ジオグラフィック・マガジン』のペン画を見て、独学で細密描写の技法を確立し、博文館の雑誌などで挿絵を描くようになる。
大山 和栄(おおやま かずえ、生年不詳2月16日 - 201… 大山 和栄(おおやま かずえ、生年不詳2月16日 - 2010年4月)は、日本の女性漫画家。長崎県平戸市出身。血液型はO型。 1973年、小学館の少女向け漫画雑誌『週刊少女コミック』にて「おむこさん志願」でデビュー。以降同誌や、同社の一般女性向けの漫画雑誌『プチセブン』などを中心に多数の連載作品を執筆していた。また講談社、秋田書店などの少女向け漫画誌でも主に短編作品を発表していた。 2002年、乳がんに罹患していることが分かり、摘出手術を受けた。以降、乳がんの撲滅運動であるピンクリボン運動にもかかわっていた。また、その闘病体験を生かした作品である『未来暦』やエッセイ作品『明日への伝言』、『乳がんと闘う!!ピンクのリボン』なども発行された。
小玉 ユキ(こだま ユキ、9月26日 - )は、日本の女性漫… 小玉 ユキ(こだま ユキ、9月26日 - )は、日本の女性漫画家。長崎県佐世保市出身、血液型はA型。 デビュー作は、『CUTiE Comic』(宝島社)2000年10月号に掲載された「柘榴」。当時のペンネームはコダマユキであった。2005年11月、現在の小玉ユキに改名する。 2002年7月に『Vanilla』(講談社)に発表した「Beautiful Sunset」で金の獅子賞(新人の登竜門)を受賞した。 『CUTiE comic』『Vanilla』が相次いで休刊となり、アルバイト生活を送っていた時期があった。その時に、とある出版社のゴミ置き場に積まれていた雑誌に掲載されていた彼女の作品が偶然編集者の目に留まり、『月刊flowers』(小学館)での再デビューの運びとなった。
よしむら なつき(8月9日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐… よしむら なつき(8月9日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐世保市出身。 ドラゴンクエスト4コマクラブ会員を経て、高校在学中にエニックス(現スクウェア・エニックス)刊『月刊少年ギャグ王』1995年7月号に掲載された読み切り作品『御意見無用っ!!』でデビュー。同作は一部の設定変更を経て同誌及び『月刊ガンガンWING』(同社刊)で連載された。1997年12月より同社の『月刊少年ガンガン』で『里見☆八犬伝』を連載開始。 2002年のエニックスお家騒動に際してマッグガーデンへ移籍。『里見☆八犬伝』は打ち切りになり、同社の新雑誌『月刊コミックブレイド』で『それじゃあ吉田くん!』を連載開始。2003年には同誌増刊『コミックブレイドMASAMUNE』で『新装 里見☆八犬伝』を連載再開するが、両作品とも2004年春より休載となる。
かねさだ 雪緒(かねさだ ゆきお、6月11日 - )は、日本… かねさだ 雪緒(かねさだ ゆきお、6月11日 - )は、日本の漫画家、女優、タレント。長崎県五島市出身。所属事務所は太田プロダクション。旧芸名は川端 晃代、川端 良香。 2000年、森岡利行監督『クラヤミノレクイエム』にて女優デビュー。「川端良香」の芸名で劇団STRAYDOG公演(北村一輝ら共演)、野田英樹演出『贋作・桜の森の満開の下』(深津絵里、堤真一ら共演)の舞台、またテレビドラマや映画などで、女優としての活動の場を広げる。 2001年、女優業と並行して、漫画『マイ・フェア・ガール』が第48回小学館新人コミック大賞少女・女性部門に入選。「かねさだ雪緒」のペンネームで、『デラックス別コミ』夏の超特大号に同作品が掲載され、漫画家としてデビュー。
山本 おさむ(やまもと おさむ)は、日本の漫画家。血液型はA… 山本 おさむ(やまもと おさむ)は、日本の漫画家。血液型はA型。長崎県立大村工業高校卒業。妻(後に死別)は同業者の久木田律子。 母子家庭に育ち、1973年に高校卒業後に上京して、運送助手などをしながら漫画修業した。1976年から巴里夫のアシスタントを数年間つとめて、その他に尾瀬あきらのアシスタントもつとめながら、作品を幾多かの出版社に持ち込むが、すべて断られて、唯一『漫画アクション』(双葉社)のみ認められて、本名の山本 収名義で1980年にデビューした。 その後『ぼくたちの疾走』などの青春漫画路線から、『遥かなる甲子園』以降、『漫画アクション』の編集長に掛け合った末に聴覚障害者などを取り上げた作品を多く描くようになる。
吉崎 観音 は、日本の漫画家、イラストレーター。鹿児島県・熊… 吉崎 観音 は、日本の漫画家、イラストレーター。鹿児島県・熊本県・長崎県出身の長崎県諫早市育ち。長崎日本大学高等学校デザイン美術科卒業。旧名義は吉崎大二郎大直。
愛田 真夕美(あいだ まゆみ)は、長崎県佐世保市出身、佐世保… 愛田 真夕美(あいだ まゆみ)は、長崎県佐世保市出身、佐世保市在住の漫画家。血液型はA型。 高校を卒業した1978年にデビュー。初掲載は同年の『花とゆめ』14号『はっぴい♥えんどストーリー』。その後は同誌に読み切り作品を発表。1979年の21・22号に『Oh!われら劣等生徒会』を連続掲載の後、1980年の2号から5号、11号から16号に同作を初連載した。1980年から1981年にかけて『とっておきのA❤B❤C❤』、1981年後半に『ドラねこ☆フーリング』、1982年には『ばいばいC-BOY』を連載し、明るいコメディタッチの作品を発表していった。そんな中、1981年に花とゆめ増刊号にてダークな作風の『マリオネット』を発表。