大江 卓二(おおえ たくじ、1910年 - 2002年5月2… 大江 卓二(おおえ たくじ、1910年 - 2002年5月27日)は日本の技術者、官僚。 熊本県に生まれる。熊本県立玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校・附属中学校)、旧制第五高等学校を経て、東京帝国大学工学部を卒業した。 逓信省船舶試験所(現・海上技術安全研究所)に入所し、1949年に第4部長となる。以後、運輸省技術研究所船舶機関部長、所長を歴任した。 2002年5月27日、前立腺癌のため死去。
村田 勉(むらた つとむ、1909年6月3日 - 2000年… 村田 勉(むらた つとむ、1909年6月3日 - 2000年1月30日)は、日本の軍人(技術士官)、技術者、実業家。軍における最終階級は大日本帝国海軍技術少佐。 火薬の専門家として知られ、海軍では艦砲の火薬や固体燃料ロケットの研究をおこない、戦後は日本油脂に勤務し、糸川英夫のペンシルロケットに推進剤を提供した。のちに日本油脂の社長・会長を務める。 熊本県に生まれる。旧制玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校・附属中学校)から第一高等学校を経て東京帝国大学に進む。旧制中学校時代に読んだ三上於菟吉の小説『春は蘇れり(地獄の彼方の天国)』に影響を受け、火薬に興味を持つ。東京帝国大学工学部卒業後、海軍技術士官となる。
清成 迪(きよなり すすむ、1903年(明治36年)11月2… 清成 迪(きよなり すすむ、1903年(明治36年)11月2日 - 1988年(昭和63年)2月7日)は、日本の技術者。日立製作所取締役副社長を経て、動力炉・核燃料開発事業団理事長や、原子力委員会委員長代理を務めた。「もんじゅ」や「ふげん」の名付け親でもある。 熊本県熊本市出身。1928年九州帝国大学工学部卒業。1940年日立製作所取締役副社長。1967年動力炉開発臨時推進本部委員。動力炉・核燃料開発事業団副理事長在任中の1970年、大洗工学センターの発足式で、高速増殖炉もんじゅ、新型転換炉ふげんの命名を行った。1972年動力炉・核燃料開発事業団理事長。1978年原子力委員会委員。同年原子力委員会委員長代理。
立石 一真(たていし かずま、明治33年(1900年)9月2… 立石 一真(たていし かずま、明治33年(1900年)9月20日 - 平成3年(1991年)1月12日)は、日本の実業家、技術者。オムロンの創業者。立石孝雄は長男、立石信雄は次男、立石義雄は三男。 熊本県熊本市(現・熊本市中央区)新町に伊万里焼盃を製造販売する立石熊助およびエイの長男として生まれた。立石家は祖父・孫一が佐賀県伊万里の地で焼き物を習得し熊本に移住、「盃屋」を店開きした。 一新尋常小学校(現・熊本市立一新小学校)、旧制熊本中学校(現・熊本県立熊本高等学校)を経て、1921年(大正10年)熊本高等工業学校電気科一部(現・熊本大学工学部)卒業。兵庫県庁での勤務を経て、1930年(昭和5年)に「彩光社」を京都市にて設立。
矢毛石 栄造(やけいし えいぞう、1895年1月7日 - 没… 矢毛石 栄造(やけいし えいぞう、1895年1月7日 - 没年不明)は、日本の技術者。 熊本県立玉名中学校、第五高等学校を経て、九州帝国大学工学部を卒業した。その後、八幡製鉄所に入所し、1933年化工課長となる。 1946年には自らタール製品工業会を立ち上げ、その後、日本タール協会と改組し専務理事を務めた。
藤本 虎喜(ふじもと とらき、1892年2月16日 - 19… 藤本 虎喜(ふじもと とらき、1892年2月16日 - 1981年11月11日)は、日本の政治家、農業技術者。衆議院議員(1期)、国民協同党所属。 熊本県上益城郡甲佐町出身。鹿児島高等農林学校農学科卒業。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
森本 貫一(もりもと かんいち、1888年(明治21年)6月… 森本 貫一(もりもと かんいち、1888年(明治21年)6月1日 - 1979年(昭和54年)9月26日)は、日本の技術者、実業家。三菱化成工業(現三菱ケミカル)社長や、旭硝子(現AGC)社長、電気化学協会会長を務めた。正四位勲二等瑞宝章。 熊本県宇土市生まれ。第五高等学校を経て、1915年九州帝国大学工科大学応用化学科卒業、旭硝子入社。1940年尼崎工場長。1944年三菱化成工業常務取締役、日本板硝子取締役。1946年に三菱化成工業社長に就任したが同年公職追放となった。1951年旭硝子会長、旭化学工業奨励会理事長。 1952年から旭硝子社長を務め、高度経済成長期に、ブラウン管用ガラスや、自動車用ガラスの製造を進めた。