野瀬 清喜(のせ せいき、1952年8月10日 - )は、日… 野瀬 清喜(のせ せいき、1952年8月10日 - )は、日本の柔道家(講道館8段)。 選手としてロサンゼルス五輪や世界選手権でメダルを獲得したほか、日本国内においては全日本選抜体重別選手権5連覇等の実績が光る。身長176cmで現役時代の階級は86kg級。引退後は埼玉大学で教鞭を執る傍ら、全日本女子のヘッドコーチ・強化部長を歴任して多くのメダリストを輩出した名伯楽としても知られる。 新潟県は北蒲原郡京ヶ瀬村(現・阿賀野市)の出身。小学校時代は野球少年で、村立京ヶ瀬中学校時代に柔道と出会った。県立新発田高校へ進学して柔道部に入部するも、1年生の終わりには同級生が1人もいなくなるという憂き目に。それでも黙々とウェイトトレーニングに取り組むなどして才能を開花させた野瀬は、高校時代はインターハイや国体等に出場した。
立花 希一(たちばな きいち、1952年8月3日 - )は、… 立花 希一(たちばな きいち、1952年8月3日 - )は、日本の哲学者、倫理学者。秋田大学名誉教授。専門はカール・ポパーの批判的合理主義、科学哲学、ヘブライズムの倫理思想。 東京都生まれ。1971年、東京教育大学文学部哲学科に入学し、1975年に文学士を取得して卒業した。学部在学中の1973年、高木勘弌によるポパー『科学的発見の論理』を教材とする哲学講義を受講したことが、立花にとってポパー哲学への関心の出発点となった。同年筑波大学大学院哲学・思想研究科哲学専攻博士課程に進学。1980年から1983年まで、イスラエル政府給費留学生としてテルアビブ大学哲学科に留学し、ポパーの直弟子であるヨセフ・アガシに師事するとともに、ポパーのユダヤ的背景についての現地調査を行った。
大野 郁彦(おおの いくひこ、1952年2月28日 - )は… 大野 郁彦(おおの いくひこ、1952年2月28日 - )は、日本の外交官。外務省日韓交流室長や、デンバー総領事を経て、高山市海外戦略顧問。 神奈川県横浜市生まれ。東京造形大学造形学部卒業。筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。ソウル大学校大学院考古美術史学研究科博士課程修了。ソウル市の国立現代美術館客員研究員を務めたのち、1991年外務省入省。在大韓民国日本国大使館、在ホノルル日本国総領事館での勤務や、外務省アジア太洋州局北東アジア課上席専門官、在ロシア日本国大使館参事官(領事部長)、外務省アジア大洋州局北東アジア課地域調整官兼日韓交流室長を経て、2011年からデンバー総領事を務めた。2015年に退任し、高山市海外戦略顧問に就任。
清水一彦(しみず かずひこ、1952年1月20日- )は、日… 清水一彦(しみず かずひこ、1952年1月20日- )は、日本の教育学者、松本大学学長、筑波大学名誉教授。山梨大学理事、前山梨県立大学学長・理事長。 1974年東京教育大学卒、1980年筑波大学大学院教育学研究科教育制度学満期博士課程退学、1997年「日米の大学単位制度の比較史的研究」で同大学から博士(教育学)。 1982年埼玉県春日部市立病院高等看護学院講師、1983年清泉女学院短期大学専任講師、1986年助教授、1988年筑波大学教育学系(大学研究センター)講師、1991年助教授、1999年教授となり、2009年筑波大学理事・副学長となる(2015年3月まで)。この間、広島大学、東北大学の教授を兼任。
中村 弘行(なかむら ひろゆき、1952年 - )は、日本の… 中村 弘行(なかむら ひろゆき、1952年 - )は、日本の教育哲学者、寒天研究者。 元小田原短期大学教授。専攻は教育哲学。 三重県生まれ。1974年 東京教育大学教育学部教育学科卒業。1976年 東京教育大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育学修士)。1982年 筑波大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。 1983年 小田原女子短期大学非常勤講師。1984年 小田原女子短期大学家政学科専任講師、バレー部顧問・監督。2006年 食物栄養学科に改称(入学定員60名)、食物栄養学科教授に。2011年 食物栄養学科長就任。 2015年 寒天研究開始、おだたん人間成長講座開講。2017年 創立60周年、定年退職、特任教授就任。
古家 信平(ふるいえ しんぺい、1952年 - )は、日本の… 古家 信平(ふるいえ しんぺい、1952年 - )は、日本の民俗学者、筑波大学名誉教授。 熊本県に生まれる。1976年に東京教育大学文学部史学科を卒業した。筑波大学大学院歴史・人類学研究科に進み、1980年に文化人類学博士課程を満期退学した[要出典]。 1981年に筑波大学文部技官となり、以後助手(1984年)を経て、1989年に東海大学助教授となる。1991年に筑波大学に戻って講師となり、助教授(2000年)を経て、教授に昇進した。この間、1998年に「台湾漢人社会における民間信仰の研究」により付く阿波大学より博士(文学)の学位を取得した。 2018年3月に[要出典]筑波大学を退官し、名誉教授となる。
町田隆吉(まちだ たかよし、1952年- )は、東洋史学者、… 町田隆吉(まちだ たかよし、1952年- )は、東洋史学者、桜美林大学名誉教授。 埼玉県生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科満期退学。桜美林大学助教授、リベラルアーツ学群教授。2023年定年退職、東洋文庫研究員。
内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨… 内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨床心理学者・教育学者。学位は、博士(心身障害学)。上越教育大学名誉教授。 専門は、臨床心理学、学校心理学、福祉心理学、心理療法(応用行動分析、行動療法、認知行動療法)。臨床心理士、専門行動療法士。2003年より上越教育大学大学院学校教育研究科(臨床心理学コース)教授(2008年改組)、2005年より兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科博士後期課程研究指導担当(臨床心理学)教授(兼任)。2013年上越教育大学名誉教授。 児童青年期の心理障害ならびに発達障害や知的障害の行動問題の形成メカニズムの解明とそれに即した心理療法技法(応用行動分析,行動療法、認知行動療法等)の開発研究、強度行動障害に対する行動療法における新たな臨床モデルの開発研究、知的障害・発達障害をもつ人のソーシャルスキルに関する応用行動分析プログラムの開発研究を手がけ、適応行動の学習や発達の妨害要因となる常同行動や儀式的行動を適応行動に変換する技法の開発により3つの学術団体から表彰されている。
大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、… 大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、日本の数学者・教育学者。群馬大学教育学部教授。専門は、代数学・教育工学。 1952年、群馬県に生まれる。1970年、群馬県立沼田高等学校卒業。1975年、群馬大学教育学部中学教員養成課程数学科卒業。1980年3月、筑波大学大学院数学研究科博士課程修了。理学博士。 現在群馬大学教育学部教授。 主要研究テーマは「非アベール圏における局所化と余局所化について」。代数学においてQF環の圏論的性質を研究する一方、教育工学分野ではVODを利用した遠隔教育の可能性について探求している。 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 1996年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大學教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2002年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2004年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2002年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2006年)
山田 信博(やまだ のぶひろ、1951年12月5日 - 20… 山田 信博(やまだ のぶひろ、1951年12月5日 - 2015年10月13日)は、日本の医師。内科医。筑波大学第8代学長。研究テーマは動脈硬化症の病態生理、糖尿病、高脂血症[3]。
西海 賢二(にしがい けんじ、1951年7月6日 - )は、… 西海 賢二(にしがい けんじ、1951年7月6日 - )は、日本の歴史学者・民俗学者。学位は博士(歴史学)・博士(民俗学)。東京家政学院大学名誉教授。 神奈川県小田原市に生まれる。筑波大学大学院歴史人類学研究科史学専攻博士課程を修了した。2005年に『近世山岳信仰の地域的展開ー武州御嶽山・伊予石鎚山を中心にしてー』で博士号(民俗学、國學院大学)を取得した。2008年には『近世の民間宗教者と地域社会』で駒澤大学より博士(歴史学)の学位を取得。 日本山岳修験学会理事、地方史研究協議会委員、日本民俗学会理事、日本民具学会理事、常民文化研究会代表、一般財団法人古橋懐古館名誉館長、石鎚神社西海文庫文庫長、NPO法人石鎚森の学校副理事長、文化庁文化審議会専門委員、東京都文化財保護審議会委員、葛飾区文化財保護審議会委員、小田原市文化財保護審議会委員などを歴任。
氷鉋 揚四郎(ひがの ようしろう、1951年5月15日 - … 氷鉋 揚四郎(ひがの ようしろう、1951年5月15日 - )は、日本の環境学者。筑波大学名誉教授。国際地域学会会長、日本地域学会会長、日本環境共生学会会長、日本不動産学会会長などを歴任した。 1974年横浜国立大学経営学部卒業。1984年筑波大学大学院社会工学研究科都市・地域計画専攻単位取得満期退学、国際科学振興財団研究員。1986年北海道大学学術博士。同年豊橋技術科学大学工学部講師。1987年豊橋技術科学大学工学部助教授。1994年筑波大学大学院環境科学研究科教授。2004年筑波大学大学院生命環境科学研究科教授。2007年資産評価政策学会副会長。2009年日本環境共生学会会長。2011年日本地域学会会長、国際地域学会会長。
東 憲一(ひがし けんいち、1951年5月 - )は、日本の… 東 憲一(ひがし けんいち、1951年5月 - )は、日本の体育学者。専門は、スポーツ科学、武道論。東京外国語大学名誉教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月2… ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月25日 - 2000年〈平成12年〉5月13日)は、日本のプロレスラー、スポーツ科学研究者。本名及び旧リングネーム:鶴田 友美(つるた ともみ)。 全日本プロレスで活動した三冠ヘビー級王座の初代王者であり、日本人初の第30代AWA世界ヘビー級王者である。 1972年ミュンヘンオリンピックのレスリングである、グレコローマンスタイル最重量級日本代表を経て、その後全日本プロレスへ入門する。ジャイアント馬場の後を継ぐ次世代・全日本プロレスの若き大型エースとしても期待され、順調に頭角を現しトップレスラーの1人として活動した。しかし後にB型肝炎を発症したことにより第一線を退く形となる。
荏原 明則(えばら あきのり、1951年 - )は、日本の法… 荏原 明則(えばら あきのり、1951年 - )は、日本の法学者。専門は、行政法・環境法。「行政立法」(行政立法、規則制定)、「公物・公共施設法制」(公物、道路管理、河川管理)及び「沿岸域管理法制」(沿岸域、瀬戸内海研究)等を研究。学位は、法学博士(筑波大学・1980年)。神戸学院大学法学部教授・関西学院大学大学院司法研究科教授を歴任。神奈川県横浜市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
酒井 和夫(さかい かずお、1951年 - )は、日本の精神… 酒井 和夫(さかい かずお、1951年 - )は、日本の精神科医。 東京都生まれ。1977年東京大学文学部(哲学、宗教学)卒業。1986年筑波大学医学部卒業。1989年同大学院医学研究科博士課程修了。「新宗教が精神衛生に関与する諸側面の実証的研究 一心霊主義団体の心霊治療を受ける精神障害者の動態」で医学博士。精神科医、精神科専門医、指導医、日本医師会認定産業医、臨床心理士。1996年ストレスケア日比谷クリニックを開設し院長。心身症、摂食障害、気分障害(うつ病)、統合失調症、発達障害、強迫性障害などに悩む患者の治療を専門としている。企業のメンタルヘルスに従事し、産業医またはメンタルヘルスアドバイザーとして活躍している。
新井 誠(あらい まこと、1950年6月27日 - )は、日… 新井 誠(あらい まこと、1950年6月27日 - )は、日本の民法学者、筑波大学名誉教授、中央大学大学院研究開発機構 機構教授、弁護士。民法・信託法が専門で、民法に関連した成年後見制度を研究。 新潟県上越市生まれ。1969年新潟県立高田高等学校卒業、1973年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、1980年同大学院博士課程満期退学、1979年ミュンヘン大学法学部博士課程修了、法学博士。1981年國學院大學法学部専任講師、1984年助教授、1991年教授、1992年大学院法学研究科教授、1995年千葉大学法学部教授、2001年筑波大学教授、2011年定年退官、名誉教授、中央大学法学部教授(-2021年3月)、同大学院法学研究科委員長(2015年11月 - 2019年10月)。
古田 悦造(ふるた えつぞう、1950年6月22日 - 20… 古田 悦造(ふるた えつぞう、1950年6月22日 - 2022年9月5日)は、日本の地理学者。専門は歴史地理学。東京学芸大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。都留文科大学卒業。1976年(昭和51年)東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。修士論文は「「近海捕鯨漁村」の変貌」。筑波大学大学院歴史人類学研究科修了。「近世関東における魚肥流通の地域的展開」により、1987年(昭和62年)3月に筑波大学より文学博士号を授与される。 2016年に国立大学法人東京学芸大学を退職。人文社会科学群日本研究教室所属。 2022年9月5日、死去。72歳没。死没日付をもって正四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
野地 照樹(のじ てるき、1950年1月16日 - )は、広… 野地 照樹(のじ てるき、1950年1月16日 - )は、広島県広島市出身の元サッカー選手(DF)、指導者。 現高知大学教育学部教授、サッカー部監督。 中1からサッカーを始める。広島大学附属高時代に福原黎三から指導を受けた。同世代に高田豊治がいる。 東京教育大学(現筑波大学) 体育学部体育学科に進み、蹴球部では主にセンターバックとして活躍、成田十次郎から指導を受け、高田や木之本興三らとプレーした。在学中に関東大学サッカーリーグ戦や第20回全国大学サッカー選手権大会で優勝した。1972年には成田が監督を兼務していた日本サッカーリーグ2部の読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)の選手として7試合に出場した。
黒田 順子(くろだ みちこ、1950年 - )は、日本出身の… 黒田 順子(くろだ みちこ、1950年 - )は、日本出身の国際公務員。国際連合東ティモール支援団・国際連合東ティモール統合ミッション・国際連合東ティモール統合ミッションの官房長などを務めた。 北海道出身。1974年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。筑波大学大学院地域研究科在学中、交換留学生として1977年ルーヴァン・カトリック大学修士。1978年ジョージタウン大学大学院修士。1980年筑波大学大学院地域研究科修了、国際学修士。ジュネーヴ大学国際高等研究所在学中の1980年から国際労働機関アソシエート・エキスパートとなる。 国際連合欧州本部や国際連合ニューヨーク本部で、国際連合合同査察室調査官、国際連合管理局マネジメントアナリスト、国際連合PKO局事務次補特別補佐官、国際連合監査局マネージメント監査官等を歴任し、2004年から2006年まで東ティモール平和維持活動(国際連合東ティモール支援団、国際連合東ティモール統合ミッション、国際連合東ティモール統合ミッション)の官房長を務め紛争の抑止にあたった。
竹岡 俊樹(たけおか としき、1950年 - )は、日本の考… 竹岡 俊樹(たけおか としき、1950年 - )は、日本の考古学者。共立女子大学非常勤講師。 京都府生まれ。父は国文学者の竹岡正夫。1973年明治大学文学部考古学専攻卒業、1980年筑波大学大学院博士課程単位取得退学、1984年パリ第6大学博士課程修了、博士号取得。 石器の形態に関する科学的分析を専門とし、藤村新一による旧石器捏造事件において、捏造発覚前から疑問を提示していたが、現場から締め出された。捏造発覚後も専任職はなく、日本の考古学界の閉鎖的体質を批判している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12… 竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12月17日 - )は、日本の政治家。元島根県大田市長(3期、新市制)、元島根県議会議員(2期)、元大田市議会議員(2期、旧市制)。 島根県大田市出身。東京教育大学体育学部(現・筑波大学)卒業後、広島市で会社勤務。1975年(昭和50年)に帰郷。 1988年(昭和63年)、島根大田青年会議所第17代理事長。 1990年(平成2年)、旧大田市議会議員に初当選。1995年(平成7年)、島根県議会議員に初当選。1999年(平成11年)に再選するも、2003年(平成15年)、落選。県議時代は自由民主党に所属した。 2005年(平成17年)10月1日、旧大田市は温泉津町と仁摩町と合併し、新大田市が発足。
小池 啓一(こいけ けいいち、1949年7月 - )は、日本… 小池 啓一(こいけ けいいち、1949年7月 - )は、日本の生物学者、教育学者。群馬大学教授。専門は動態生物学、生態学、環境学、生物教育。群馬大学教育学部学部長を務める。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
黒田 和生(くろだ かずお、1949年3月8日 - )は、岡… 黒田 和生(くろだ かずお、1949年3月8日 - )は、岡山県倉敷市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 倉敷市立東中学校の在学中は野球部に所属したが、有数の名門校であった同校の練習はスパルタ式であったと後に語っている。そのこともあって岡山県立倉敷青陵高校に入学後は中学時代と違うスポーツをやろうと考えてサッカー部に入部した。 1967年、東京教育大学(現在の筑波大学)に進学して蹴球部に入部。大学2年および3年次には関東大学サッカーリーグ戦で連覇を経験。4年次には副主将を務めた。 大学4年次の就職活動で一時は新日本製鐵から内定を得ていたものの取り消し。その後、教授で蹴球部監督も務めた成田十次郎の紹介により神戸フットボールクラブ(神戸FC)に職員として入社。
山本 眞一(山本真一、やまもと しんいち、1949年1月26… 山本 眞一(山本真一、やまもと しんいち、1949年1月26日- )は、日本の教育学者。筑波大学名誉教授・広島大学名誉教授、桜美林大学名誉教授。 大阪府生まれ。1972年東京大学法学部卒業、文部省入省。高等教育局、初等中等教育局、1979年筑波大学大学院修士課程修了。1989年埼玉大学政策科学研究科助教授。1992年筑波大学助教授(教育学系・大学研究センター担当)。1996年「学術研究システムから見た大学院に関する研究-高度化と大衆化の中での大学院の成長条件の分析」で筑波大学より博士 (教育学)学位を取得、同年教授、大学研究センター長。2006年広島大学教授、07年同高等教育研究開発センター長。
木之本 興三(きのもと こうぞう、1949年1月8日 - 2… 木之本 興三(きのもと こうぞう、1949年1月8日 - 2017年1月15日)は千葉県出身の元サッカー選手。
阿毛 久芳(あもう ひさよし、1949年 - )は、日本近代… 阿毛 久芳(あもう ひさよし、1949年 - )は、日本近代文学研究者、都留文科大学理事兼副学長。名誉教授。 1949年に神奈川県横浜市生まれ。1972年に横浜国立大学教育学部国語科を卒業。東京教育大学大学院文学研究科を経て、1979年に筑波大学大学院文芸・言語研究科国文学専攻を単位取得満期退学。文学修士(東京教育大学)。筑波大学附属高等学校教諭、都留文科大学助教授、教授を歴任する。2014年から理事兼副学長に就任。2015年3月退職。同学名誉教授。専門は日本近現代文学、特に日本近代詩・現代詩の研究。
志々田 文明(ししだ ふみあき、1949年 - )は、日本の… 志々田 文明(ししだ ふみあき、1949年 - )は、日本のスポーツ科学者(前早稲田大学スポーツ科学学術院教授、日本武道学会監事)、合気道家(日本合気道協会師範、早稲田大学合気道部第5代部長・師範、警察大学校講師)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
張 長平(ちょう ちょうへい、Zhang Changping… 張 長平(ちょう ちょうへい、Zhang Changping、1949年 - )は、上海出身の中国の地理学者で、専攻が計量地理学、都市地理学である。1986年に来日して、1990年に筑波大学大学院地球科学研究科博士課程を修了し、「東京都区部における小売業の均衡的立地パターンに関する地理学的分析」で筑波大学理学博士を取得した。以降、1990年に国際航業株式会社研究開発部主任研究員・研究室長、2002年に名古屋産業大学環境情報ビジネス学部教授、2005年に東洋大学国際地域学部教授を務め、2015年に東洋大学を定年退職した。
菊池 一隆(きくち かずたか、1949年〈昭和24年〉 - … 菊池 一隆(きくち かずたか、1949年〈昭和24年〉 - )は、日本の歴史学者。専門は中国近現代政治経済史で、日中戦争史、台湾史、世界華僑史、中国協同組合史、歴史教科書問題など。愛知学院大学名誉教授。 ・『煙草ゲリラの反撃』(2022年、集広舎)
田林 明(たばやし あきら、1948年5月9日 - )は、日… 田林 明(たばやし あきら、1948年5月9日 - )は、日本の人文地理学者。主に農業地理学・農村地理学を研究。筑波大学名誉教授。農業を中心としたカナダの地誌についても業績がある。 富山県魚津市に生まれる。 1967年に富山県立富山中部高等学校から東京教育大学理学部地学科地理学専攻に進み、さらに1971年に学部を卒業して大学院に進んだ。1975年4月に博士課程を退学し、5月に東京教育大学理学部助手に採用され、1977年に筑波大学地球科学系助手へと移行した。1977年9月には、「北陸地方における農業水利の空間構造に関する地理学的研究」により、東京教育大学から理学博士の学位を取得した。以降、1980年6月に講師、1988年4月に助教授、1997年3月に教授へ昇任し、その後は大学の組織再編に伴って2004年4月から大学院生命環境科学研究科、2011年10月から生命環境系の所属となり、2013年3月に退職して、4月に名誉教授の称号を授与された。
鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日… 鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日本の考古学者。文化人類学者。札幌学院大学元学長。北海道網走郡美幌町生まれ。 明治大学文学部史学地理学科卒業。1972年3月同大学院文学研究科史学専攻考古学専修修士課程修了。1979年3月筑波大学大学院歴史人類学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得満期退学。その後、日本女子大学文学部・駒澤大学文学部・東海大学文学部・明治大学文学部・東京学芸大学教育学部の非常勤講師を歴任。1986年4月札幌学院大学人文学部助教授に就任。1999年4月同人文学部人間科学科長(~2001年3月)。2003年4月同広報入試部長(~2007年3月)。2010年10月モンゴル国科学アカデミー考古学研究所より名誉博士の称号を受ける。
古川 俊一(ふるかわ しゅんいち、1948年1月4日 - 2… 古川 俊一(ふるかわ しゅんいち、1948年1月4日 - 2006年4月14日)は、筑波大学教授(システム情報工学研究科 社会システム・マネジメント専攻教授)。 出身地は長崎県平戸市。長崎県立猶興館高等学校卒業。1998年、筑波大学より博士(法学)を取得。 筑波大学経営・政策科学専攻長、日本評価学会副会長として58年の生涯を終えた。2006年4月14日、死亡叙勲を授与された(瑞宝小綬章、従四位)。 2007年6月16日、学士会館にてJMAC構造改革推進セクターの協力を得て「古川先生を偲ぶ会」が執り行われた。「古川俊一先生追悼録」も2010年4月14日に発行され、関係者に配布された。 専門分野は行政学、政治学、公共政策評価、地方行財政論、行政管理、地方分権などで、研究テーマは地方分権と政府間関係論、行政改革の論理と手法、地域活性化政策の分析と評価、公共投資政策論など。
中野 毅(なかの つよし、1947年11月29日 - )は、… 中野 毅(なかの つよし、1947年11月29日 - )は、日本の宗教社会学者。創価大学名誉教授、国際宗教研究所顧問、日本宗教学会評議員。茨城県出身。筑波大学名誉教授の井門富二夫に師事。 宗教社会学を中心に宗教学、比較宗教学に従事。現代社会における国家と宗教の分離政策、宗教とグローバリゼーション・ナショナリズムの関係、日本占領政策と宗教の変容等、幅広く研究。 『宗教の復権』について櫻井義秀は書評で「日本における「カルト」問題研究の地平を大きく拡大した」と述べた。 『占領改革と宗教』について、鹿児島工業高等専門学校准教授の町泰樹は書評で「「二つの戦後」「複数の戦後」というキータームを設定することで、手薄になっていた南西諸島の宗教政策にスポットを当て、日本本土で廃止された宗教団体法が持続していたことや、それによって異なる占領・戦後経験が生じていることも確認された」と評価している。
原屋 一雄(はらや かずお、1947年9月30日 - )は、… 原屋 一雄(はらや かずお、1947年9月30日 - )は、日本の経営者。筑波大学大学院非常勤講師、国際銀行協会理事等を歴任。 島根県益田市(旧:美濃郡美都町)出身。島根県立益田工業高等学校卒業後、三栄化学工業株式会社(現:三栄源エフ・エフ・アイ株式会社)入社。3年間の在阪勤務の後、明治学院大学法学部に入学・卒業。 シンガポール開発銀行をスタートに、米国バンカース・トラスト銀行(Bankers Trust)、ゴールドマン・サックス証券等で外国為替、マネーマーケット、債券取引業務に携わる。 1997年、クレディ・スイス・ファースト・ボストン銀行(現:クレディ・スイス銀行)東京支店長に就任。銀行経営に参画。
八牧 浩行(やまき ひろゆき、1947年7月 - )は、静岡… 八牧 浩行(やまき ひろゆき、1947年7月 - )は、静岡県出身のジャーナリスト。Record China代表取締役社長兼主筆。
権 哲賢(クォン・チョリョン、クォン・チョルヒョン、1947… 権 哲賢(クォン・チョリョン、クォン・チョルヒョン、1947年1月2日 - )は、大韓民国の政治家。慶尚南道の現在の巨済市の地域の出身。第15、16、17代国会議員を務め、2008年から2011年まで駐日大韓民国大使。 本貫は安東権氏(朝鮮語版)。キリスト教徒。 中央日報とのインタビューによると2008年の韓国通貨危機の際には、李明博大統領から日本と300億ドル規模の韓日通貨スワップ交渉出来ないとして、「権大使がこの問題を解決しなさい」という直接指示を受けた。権はインタビューにて韓国通過危機時に財務相だった中川昭一を韓国に友好的ではない認識していたため、彼に影響力のある日本の政治家や政府高官などにロビー活動を展開し、その結果スワップ協定を成功させたと語っている。
木村 達雄(きむら たつお、1947年 - )は、日本の数学… 木村 達雄(きむら たつお、1947年 - )は、日本の数学者、武道家。筑波大学名誉教授。理学博士。大東流合気武術十元。東京都出身。 東京大学理学部数学科卒業。 同大学院修士課程修了。 名古屋大学助手、プリンストン高等学術研究所研究員、グルノーブル大学(フランス)、マンハイム大学(ドイツ)、ジョンズ・ホプキンス大学(アメリカ)各客員助教授などを歴任。 佐藤幹夫が創始した概均質ベクトル空間の理論、とくに既約概均質ベクトル空間の分類など、主として分類理論を研究した。 武道家でもあり、剣道三段、合気道五段、大東流合気武術奧伝四段(第十元直伝講習終了)。武道家佐川幸義(大東流合気武術宗範)の直弟子であり、その書は多くの武道・格闘技愛好者に読まれている。
赤川 彰彦(あかがわ あきひこ、1947年 - )は、愛知県… 赤川 彰彦(あかがわ あきひこ、1947年 - )は、愛知県出身の研究者。三菱総合研究所客員研究員。
加藤 澤男(かとう さわお, 1946年10月11日 - )… 加藤 澤男(かとう さわお, 1946年10月11日 - )は、日本の体操コーチ、元体操選手。前白鴎大学教授。元筑波大学教授。メキシコ・ミュンヘン・モントリオールオリンピックの体操競技に出場し8個の金メダルを含む計12個のメダルを獲得した。モントリオールオリンピックでは日本選手団主将を務めた。
山浦 善樹(やまうら よしき、1946年7月4日 - )は、… 山浦 善樹(やまうら よしき、1946年7月4日 - )は、日本の弁護士、元最高裁判所判事。筑波大学大学院教授、中央大学大学院客員教授、日本民事訴訟法学会理事等を歴任。旭日大綬章受章。 長野県の寒村で生まれる。実家は、父が出稼ぎ労働者、母が女工で、困窮しており、自身も鉄くず拾いや、人形づくりの内職に従事し、中学卒業後信用金庫への就職を考えていたが、教諭の勧めで奨学金を得て長野県上田高等学校に進学。内気で非社交的な性格を直すため高校では、新聞班班長や生徒会長を務めた。妻は無医村解消を志し神戸市から戦後まもなく長野に赴任してきた医師の子で、高校の同期生。 1969年に一橋大学法学部を卒業。大学時代はアルバイトのため勉学ができず、可や不可が並ぶ成績表の優の数はわずか7個だった。
秋山 幹男(あきやま みきお、1946年2月27日 - )は… 秋山 幹男(あきやま みきお、1946年2月27日 - )は、日本の弁護士(昭和〜令和)。朝日新聞社、岩波書店などの顧問弁護士を務めている。元筑波大学法科大学院教授。専門は民事訴訟法。 高2のとき、ハーモニカバンド部の顧問が「外交官になりたい」という夢を聞き、東大法学部への進学を勧めてくれた。法学部の授業が始まると周囲につられ、法律の勉強に没入。法律相談所で市民の相談を受け、事例に則して法律問題を考えたことや、仲間と勉強会で議論したことが役に立ち、在学中に司法試験に合格できたと思うと語っている。自治省に内定し、進路を迷ったが弁護士の道を選んだ。司法研修所に入ると、課外活動も熱心に行い、公害問題を研究するため、町工場の近隣を訪ね、話を聞いて歩いたこともある。
遠山 一郎(とおやま いちろう、1946年 - )は、日本の… 遠山 一郎(とおやま いちろう、1946年 - )は、日本の国文学者、愛知県立大学名誉教授。 東京教育大学大学院修士課程修了、79年筑波大学(校名変更)文芸言語研究科博士課程中退、1997年「歌による天皇神話の形成」で北海道大学文学博士。1979年神奈川県立衛生短期大学講師、1984年愛知県立大学助教授、のち教授。同大学在職中に南山大学留学生別科非常勤講師(1999年〜2006年)、2012年定年退任、名誉教授。2024年、瑞宝小綬章受章。 遠山の専門は上代文学。研究は、日本古代の天皇の神格化の解明である。 遠山は、愛知県立大学の図書館長を務め、また、学部および大学院における学生の育成とともに、同大学における大学院修士課程、博士課程設立にあたっての文部科学省との折衝をおこない、同大学大学院の研究科長を務めている。
谷川 彰英(たにかわ あきひで、1945年 - )は、日本の… 谷川 彰英(たにかわ あきひで、1945年 - )は、日本の教育学者、ノンフィクション作家。地名作家。筑波大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。長野県松本深志高等学校を経て、1968年東京教育大学教育学部卒業。1974年同大学院教育学研究科博士課程満期退学。千葉大学助教授を経て、筑波大学教授。国立大学の法人化に伴って国立大学法人筑波大学理事・副学長に就任。1996年柳田国男の教育思想研究で博士(教育学)の学位を取得。2009年、定年退職と同時にノンフィクション(地名)作家に転身。谷川健一から「日本地名研究所」を引き継ぎ、地名などに関する多くの本を執筆するとともに、NHKの「ネーミングバラエティ日本人のおなまえ!」など各種番組に出演。
堀 和郎(ほり かずお、1945年 - )は日本の教育学者、… 堀 和郎(ほり かずお、1945年 - )は日本の教育学者、筑波大学名誉教授。 宮崎県えびの市出身。現在、東京医療保健大学教授。2026年、瑞宝中綬章受章。 文部科学省大学設置・学校法人審議会専門委員、スーパーイングリッシュランゲージハイスクール事業専門委員、宮崎太陽銀行の社外取締役や監査役などを歴任した。 2004年には、教育委員会制度調査研究会代表として、「教育委員会制度及び県費負担教職員制度の運用実態に関する調査」 を行った。 九州大学教育学部助手。宮崎大学教育学部講師。宮崎大学教育学部助教授をへて、1990年 - 宮崎大学教育学部教授。 1997年 - 筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。
中村 多仁子(なかむら たにこ、1943年3月23日 - )… 中村 多仁子(なかむら たにこ、1943年3月23日 - )は、新潟県出身の元オリンピック体操女子日本代表。東海大学名誉教授。選手として数々の大会に出場し、プラハ世界選手権大会団体3位、東京オリンピック団体3位、ドルトムント世界選手権大会団体3位、段違い平行棒3位、メキシコオリンピック団体4位。競技生活終了後は、東海大学で後進の指導にあたり、日本を代表する多くの選手を育てる。近年は、就学前の幼稚園児の身体の動きの指導やシニアに向けた健康指導を行っている。「西洋的身体から東洋的身体へ」のテーマを模索している。
桐山 昇(きりやま のぼる、1943年 - )は、日本の経済… 桐山 昇(きりやま のぼる、1943年 - )は、日本の経済史学者。専門は、国際関係論・東南アジア経済史。 東京都出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京教育大学(現・筑波大学)卒業。法政大学大学院修了。中央大学商学部教授。定年退官後、同大学名誉教授。
高橋 誠(たかはし まこと、1943年 - )は、日本の教育… 高橋 誠(たかはし まこと、1943年 - )は、日本の教育学者(博士(教育学)、東洋大学(2002年))。 株式会社創造開発研究所代表、日本創造学会フェロー(元会長・元理事長)、日本教育大学院大学名誉教授、一般社団法人日本起業アイディア実現プロジェクト理事長、NPOエコリテラシー協会理事長、経営関連学会協議会評議員をそれぞれ務める。静岡県静岡市出身。
中村 良三(なかむら りょうぞう、1942年11月12日 -… 中村 良三(なかむら りょうぞう、1942年11月12日 - )は、日本の柔道家。講道館九段を取得している。 現役時代は全日本選手権出場等の実績を持ち、引退後は母校・東京教育大学および筑波大学にて教授や柔道部監督、国際柔道連盟教育理事等を歴任した。 富山県高岡市の生まれで、小学校低学年の時に母親の友人の女性から勧められて柔道を始めた。市立高陵中学校にて後々まで生涯の師と仰ぐ事となる向健三と出会い、中学3年次に県大会で団体戦・個人戦とも優勝。高校は県下有数の進学校である県立高岡高校へ進み、卒業後1961年に東京教育大学へ入学して稽古に励んだ。大学4年次の1964年には日本の柔道家にとっての檜舞台である全日本選手権に東京地区代表として出場を果たしている。
高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )… 高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )は、日本の図書館情報学者。八洲学園大学特任教授。専攻は図書館情報学、資料組織論、学校図書館経営論。全国学校図書館協議会理事。 広島県呉市生まれ。1963年東京学芸大学教育学部卒業、1964年文部省図書館職員養成所(現・筑波大学図書館情報学群)卒業、亜細亜大学図書館司書、図書館短期大学助手、静岡女子短期大学(現・静岡県立大学短期大学部)講師を経て、1975年助教授。東京学芸大学教授、附属教育実践総合センター長、附属図書館長を経て、現職。 学校図書館司書教諭の必要性を訴えていることや、図書館学の基本文献・教科書執筆で知られる。メディア出演もしている。