小泉 智貴(こいずみ ともたか、1988年 - )は、千葉県… 小泉 智貴(こいずみ ともたか、1988年 - )は、千葉県出身のファッションデザイナー。 千葉県生まれ。 2011年、千葉大学教育学部美術科在学中に製作したコレクションがセレクトショップオーナーの目にとまったこを機にに「TOMO KOIZUMI(トモコイズミ)」を立ち上げる。2012年、富永愛モデルデビュー15周年記念の写真集「SUPER Ai Tominaga」にて、富永愛がトモ コイズミのコスチュームを着用。2016年、レディー・ガガ(Lady GaGa)が来日時にトモ コイズミのアイテムを着用。国内外で一気に話題となる。2019年、マークジェイコブスらの支援のもと、初となるファッションショーをニューヨークで開催。
大垣 友紀惠(おおがき ゆきえ、1980年 - )は、日本の… 大垣 友紀惠(おおがき ゆきえ、1980年 - )は、日本のグラフィックデザイナー。広告会社ADKのアートディレクター。 千葉県市川市で生まれる。1993年、全日本空輸(ANA)が搭乗者数5億人を突破したことを記念して行った機体のデザインの一般公募に、当時小学6年生だった大垣の「空飛ぶ鯨」が採用され、「マリンジャンボ」「マリンジャンボJr.」としてボーイング747-400D、ボーイング767-300に塗装される。 これをきっかけにデザイナーを志し、千葉県立船橋高等学校卒業後千葉大学工学部へ入学しデザインを学ぶ。2005年、千葉大学大学院工学研究科デザイン専攻を修了し、アサツー ディ・ケイ(現ADKホールディングス)入社。
川西 康之(かわにし やすゆき、1976年1月10日 – )… 川西 康之(かわにし やすゆき、1976年1月10日 – )は、日本の建築家・デザイナーである。 1976年(昭和51年)奈良県磯城郡川西町生まれ。10代のころ水戸岡鋭治(ドーンデザイン研究所)のパース画に魅了される。 出身地の町名が名前と同じ川西となっているが、川西の名前は出身地から採った芸名やペンネームではなく本名であり、これは偶然の一致である。 1999年千葉大学工学部建築学科を卒業後、2001年に同大学大学院自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程を修了し、デンマーク王立芸術アカデミー建築学科招待学生となり修了。その後オランダ・アムステルダムの建築設計事務所(DRFTWD office Amsterdam)で働き始め、その傍ら、2002年12月に栗田祥弘とともに同地で建築家チームnextstationsを設立する。
笠井 統太(かさい とうた、1971年 - 2020年9月2… 笠井 統太(かさい とうた、1971年 - 2020年9月2日)は、日本のインテリアデザイナー。 東京都出身。千葉大学工学部工業意匠学科にて、空間デザインを専攻。1995年に卒業し企業・ホテルの内装デザインを行う「メックデザインインターナショナル」に就職。客船「飛鳥II」の改装に携わった事をきっかけに、その後船舶の内装デザインを数多く手掛ける。 2007年に「idealogicdesign」を設立し独立、社名は「idea」(発想)・「logic」(論理)・「design」(設計)をあわせたものとし、ターゲットに応じた発想とそれを具現化する論理を経てデザイン設計を行う自身の設計思想を反映したものとした。
石橋 忠人(いしばし ただひと、1970年6月10日 - )… 石橋 忠人(いしばし ただひと、1970年6月10日 - ) は、日本のプロダクトデザイナー。千葉県出身。 千葉大学工学部工業意匠学科卒業。 ケンウッド・クインリンアンドジーを経て2005年に独立。 ケンウッドにてインハウスデザイナーとして8年の在籍し、ビジネスコンサルティング会社に転職。大手電機、医療機器メーカーのデザインコンサルティング経験を経て2005年に独立。グッドデザイン中小企業庁長官賞等受賞多数。経済産業省デザイナー海外派遣事業選抜デザイナーとしても活躍(2010/2011年)。バンダイのluminopodや、deviceSTYLEのPD-1などの作品を生み出している。
根津 孝太(ねづ こうた、1969年 - )は、日本のデザイ… 根津 孝太(ねづ こうた、1969年 - )は、日本のデザイナー。クリエイティブコミュニケーター。 znug design 取締役。GROOVE X株式会社CDO。グッドデザイン賞審査委員。祖父はフランス文学者の根津憲三。 1969年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年(有)znug design設立、多くの工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、ものづくり企業の創造活動の活性化にも貢献。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク『zecOO』、やわらかい布製超小型モビリティ『rimOnO』などのプロジェクトを推進する一方、GROOVE X『LOVOT』、トヨタ自動車コンセプトカー『CamatteArchived 2016年3月11日, at the Wayback Machine.』『Setsuna』、ダイハツ工業『COPEN』、THERMOS ケータイマグ『JMY』『JNLArchived 2015年10月31日, at the Wayback Machine.』『JNR』、Afternoon Tea ランチボックス『LUNCH WAREArchived 2017-11-07 at the Wayback Machine.』、タミヤミニ四駆『Astralster』『RAIKIRI』、人機一体『零式人機』などの開発も手がける。
慈 憲一(うつみ けんいち、1966年 - )は、日本の実業… 慈 憲一(うつみ けんいち、1966年 - )は、日本の実業家、デザイナー。 建築、ビジュアルコミュニケーション、イベント企画、出版デザインなど、神戸市灘区を中心に地元、地域に根ざしたデザイン業務に携わる。 兵庫県神戸市灘区出身。兵庫県立神戸高等学校卒業、千葉大学工学部卒業。大学時代より地元を離れて東京都江戸川区で暮らしていた。東京のデザイン事務所に勤務し、工業デザインの仕事をしていたが、阪神・淡路大震災を機に帰郷して灘区で暮らすようになり現在に至る。 野本馨子と有限会社六甲技研設立。 地元である神戸市灘区を愛し、自分の住んでいる町のことで分からないことは無く、灘を極めし者「ナディスト」と呼ばれている。
富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプ… 富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプロダクトデザイナー。食器や家具などのデザインを手掛け、グッドデザイン賞をはじめ、ドイツ・デザインプラス賞(ドイツ語版)など国際的な賞も数多く受賞している。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA、王立美術大学院)へ留学。同大学修了後、イタリア・ミラノに自身のアトリエ「意匠二次元半」を設立し、2010年まで現地を拠点として作品制作に取り組んだ。その間、日本の伝統工芸品である漆器を用いたデザインブランド「NUSSHA」およびCOVO社(ローマ)のアートディレクターを務めたほか、ローマ大学工業デザイン科において非常勤講師を担当した。
宇田川 信学(うだがわ まさみち、1964年 - )は、日本… 宇田川 信学(うだがわ まさみち、1964年 - )は、日本の工業デザイナー。アメリカ合衆国・ニューヨーク在住。ニューヨーク市地下鉄の鉄道車両R142Aのデザインなどで知られる。 1964年、東京生まれ。1983年、千葉大学工業意匠学科入学。1987年、同大学卒業後、ヤマハデザイン研究所入社。 1991年、米国のクランブルック・アカデミー・オブ・アート入学。同大学院修了後、Emilio Ambasz Design Groupに入社。1992年、Apple Computerに入社。シニアデザイナーとしてPowerBook 5300/3400シリーズなど多数の製品を手がける。95年に退社。 1992年から、Yale University School of Artで教鞭を取る。
石井 守(いしい まもる、1962年 - )は、日本のカーデ… 石井 守(いしい まもる、1962年 - )は、日本のカーデザイナー。日本の重工業メーカー・株式会社SUBARU商品企画本部デザイン部部長。 1962年、埼玉県川越市に生まれた。直後に大宮市(現・さいたま市)へと移り、幼少期はまだ豊富にあった自然の中で、夏は昆虫採集、冬は粘土細工などをして過ごした。小学生時代は浦和の埼玉大学教育学部附属小学校までバスで通学していた。行き交う自動車を車窓から俯瞰する中で、日産・フェアレディZやトヨタ・2000GTなど、特にクーペ・スタイルの自動車に憧れを抱くようになった。その後のスーパーカー・ブームの中でカーデザイナーを志し、千葉大学工学部に入学。工業意匠学科を専攻しつつ、アルバイトとして港で自動車の船積みを行う仕事を経験。
澄川 伸一(すみかわ しんいち、1962年 - )は、日本の… 澄川 伸一(すみかわ しんいち、1962年 - )は、日本のプロダクトデザイナー。大阪芸術大学デザイン学科教授。澄川伸一デザイン事務所代表。 東京都新宿区に生まれる。1984年、千葉大学工学部工業意匠学科を卒業。同年よりソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンターに勤務する。1992年、澄川伸一デザイン事務所を設立する。 2016年には2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの公式卓球台をデザインした。この卓球台には東日本大震災で被災した岩手県宮古市産の木材を利用している。 グッドデザイン賞審査員を13年間務めた。 三次元CAD/3Dプリンターをフル活用した人間工学的な曲面設計を得意とする。
小泉 均(こいずみ ひとし、1958年12月25日 - )は… 小泉 均(こいずみ ひとし、1958年12月25日 - )は、日本のグラフィックデザイナー・タイポグラファー、教育者、版元。茶名は宗字。 東京都出身。獨協中学校・高等学校を経て、1980年に千葉大学工学部画像工学科卒業。学生時代にYMOのスナップ写真撮影のアルバイトをする。その後、森啓デザイン研究室で5年間スタッフとして勤め、月刊誌サイエンティフィック・アメリカンの日本版エディトリアルデザインを中心にデザインを基礎から実践的に学ぶ。1983年にTypeTripというタイポグラフィの研修旅行でMonotype Corporation主催の「Digital typography aids clarity and benefits computer and electronic media」に参加。
兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日… 兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、造形作家。E.ART.H (アース) 代表。山形県河北町出身。血液型はO型。 兼子一は従伯父、兼子仁は再従兄。
かとう ひろし(本名および旧名:加藤 広司、1951年5月1… かとう ひろし(本名および旧名:加藤 広司、1951年5月10日 - )は、日本の漫画家、グラフィックデザイナー。千葉県出身。千葉大学卒業。 代表作は、『月刊コロコロコミック』(小学館)で連載されていた『仮面ライダーSD 疾風伝説』『はるかなる甲子園 駆けろ!大空』『サイファー』『チョコボのふしぎものがたり』など。後にWeb漫画や『コミックボンボン』(講談社)などでも執筆している。また、2004年より漫画の専門学校の講師としても活動している。 1971年、漫画雑誌『COM』に投稿した『女の中の男一匹』でデビュー。この作品は4ページ分を1ページに縮小して掲載するという試みを用いている。『COM』への投稿は続いたものの、雑誌の廃刊でいったん漫画家活動を休止。
井上 勝雄(いのうえ かつお、1951年(昭和26年) - … 井上 勝雄(いのうえ かつお、1951年(昭和26年) - )は、日本の工学者、プロダクトデザイナー。広島国際大学教授。ラフ集合によるデザイン評価、感性視点のインタフェースデザイン研究や、ユニバーサルデザイン研究などを行う。 1951年(昭和26年)東京都生まれ。千葉大学大学院にて、あいまい問題に興味をもち統計学を学ぶ。1978年(昭和53年)、三菱電機デザイン研究所に入社。ファジィ理論によるデザイン評価の研究を中心に行い、2002年(平成14年)、広島国際大学・教授に着任。 三菱電機では、オーディオ・ビデオ製品デザイン、空間デザイン設計研究と施設の空間コンセプト企画と提案、プリンター等の製品デザイン担当後、携帯電話の製品戦略と製品デザイン企画・開発を担当。
竹原 あき子(たけはら あきこ、1940年11月1日- )は… 竹原 あき子(たけはら あきこ、1940年11月1日- )は、日本の工業デザイナー、和光大学名誉教授。 静岡県浜松市生まれ。1964年千葉大学工学部工業意匠学科卒、キヤノンカメラ株式会社デザイン課勤務。1968年フランス政府給費留学生として渡仏。1968年フランス国立高等工芸大学。1970年パリ環境研究院。1972年フランス高等インスチチュート。1975年和光大学芸術学科助教授。1984年教授、2011年定年、名誉教授。
伊藤 紀之 (いとう のりゆき、1940年 - )は、日本の… 伊藤 紀之 (いとう のりゆき、1940年 - )は、日本のインダストリアルデザイナー。共立女子大学名誉教授。服飾文化学会元会長。日本手芸普及協会前会長。国際浮世絵学会理事。 1964年に千葉大学工学部工業意匠学科を卒業後、東芝に入社。家電・家具・ユニフォームのデザイナーとなる。その後、大学院に戻り、1973年に同研究科修士課程修了。共立女子大学に専任講師として就任。1978年に助教授に、1992年に教授。2011年に共立女子大学名誉教授。その間、服飾文化学会会長、日本手芸普及協会会長、日本デザイン学会監事、国際浮世絵学会理事を歴任。2020年春の叙勲で瑞宝小綬章を受章。 家政学の中で生活デザインを定義した人物の一人であり、湯たんぽ研究の第一人者である。
豊口 協(とよぐち きょう、1933年4月29日 - )は、… 豊口 協(とよぐち きょう、1933年4月29日 - )は、日本の、工業デザイナーである。現在、長岡造形大学名誉教授、東京造形大学名誉教授。元東京造形大学学長、元長岡造形大学学長。専門分野はインダストリアルデザイン。
黒木 靖夫(くろき やすお、1932年10月2日 - 200… 黒木 靖夫(くろき やすお、1932年10月2日 - 2007年7月12日 )は、日本の工業デザイナー。 ソニー株式会社宣伝部長・意匠部長・クリエイティブ本部長・取締役、ソニー企業代表取締役社長を歴任した。 1993年にソニーを退職後、株式会社黒木靖夫事務所を設立し独立。富山インダストリアルデザインセンター(現富山県総合デザインセンター)所長を務める。 東北芸術工科大学客員教授、成安造形大学客員教授、立命館大学客員教授。 宮崎県西都市に生まれる。宮崎県立妻高等学校(第5回生)、千葉大学工学部工業意匠学科卒業。 学科推薦でそごうへ入社し広告を担当。3年後に新聞でソニーの求人広告を見つけ中途入社する。
松本 哲夫 (まつもと てつお、1929年 - 2023年2… 松本 哲夫 (まつもと てつお、1929年 - 2023年2月1日)は、日本の建築家、インテリアデザイナー、工業デザイナー。元、剣持デザイン研究所代表取締役。千葉大学都市・建築系同窓会では後進を育成するための「松本塾」を開催するなどしていた。鉄道車両のデザイン組織TDO(Transportation Design Organization)メンバーの一員であった。 デザイナーとしての仕事は建築や家具、輸送用機器まで多岐に渡る。剣持勇デザイン研究所時代には剣持勇とともにヤクルトの容器や農民車コマツを手掛け、鉄道車両では「快適公共空間としての鉄道車両」をモットーにJR東日本651系電車(1988年)、JR東日本251系電車(1990年)、新幹線300系電車量産車(1992年)、新幹線400系電車(1992年)を担当した。
永島 四郎(ながしま しろう、1894年 - 1963年)は… 永島 四郎(ながしま しろう、1894年 - 1963年)は、日本のフラワーデザイナー、華道家。日本のフラワーデザイン(花卉装飾)における先駆者。 長野県埴科郡松代町(現長野市)出身。1921年、千葉県立園芸専門学校(現千葉大学園芸学部)卒業、東洋園芸株式会社に入社。1922年、欧米の花卉装飾の研究のため渡米、翌年帰国。帰国後の永島の作風は、西洋で得たものに日本人の持つ「わびさび」の心を併せ持った独特のものとなり、日本文化の西洋化の一端を担うこととなった。1935年、東京・銀座に「婦人公論花の店」を開店(戦争により1944年に閉店)。1951年、第一園芸株式会社取締役に就任。 「花卉装飾には冨の裏づけが必要である」という名言を残した。
山田 一法(やまだ いっぽう、8月6日 - )は、ゲームミュ… 山田 一法(やまだ いっぽう、8月6日 - )は、ゲームミュージック作曲家、作詞家、サウンドデザイナー、サウンドプロデューサー。
佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学… 佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学部教授、日本のテレビ美術デザイナーである。 宮城県仙台市生まれ。 仙台第一高等学校卒。千葉大学工学部・工学専攻科修了(工業意匠)。 1983年、日本放送協会入局。制作業務局美術部( 現・映像デザイン )にてテレビ番組美術のデザインに携わる。1995年、「ニュースセンター'95」のスタジオデザインで、日本ディスプレイデザイン協会 DDA優秀賞受賞。1998年、ドラマ「熱の島で」の美術デザインにて、テレビ日本美術家協会・伊藤熹朔賞で本賞受賞。 テレビスタジオ美術へのCADシステムの活用、コンピュータ・グラフィクス、バーチャルセットのデザインなどを担当。
丹沢 悠一(たんざわ ゆういち)は、日本のゲームデザイナー。… 丹沢 悠一(たんざわ ゆういち)は、日本のゲームデザイナー。合同会社黒帯ゲームズ代表。元タイトー、スクウェア・エニックス所属。山梨県西八代郡出身。 武蔵中学校・高等学校卒業後、千葉大学法経学部法学科に入学。 学生時代は空手部に入部し、関東・甲信越大学体育大会の空手の部個人戦LLクラスで準優勝している。空手漬けの大学生活を送っていたが、映画館で見た『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』のCMに衝撃を受け、開発元のタイトーを志望。 大学卒業後の2002年タイトー入社。2010年スクウェア・エニックスに転籍。2021年1月末で同社を退社。以降は冒険企画局に籍を置きつつフリーランスとして活動。 2023年5月1日、合同会社黒帯ゲームズを設立。