日部 星花(ひべ せいか、2001年 -)は、日本の小説家。… 日部 星花(ひべ せいか、2001年 -)は、日本の小説家。神奈川県厚木市出身。 2019年1月、中等教育学校の高校2年時投稿小説「DEATH★ガール!」で第2回青い鳥文庫小説賞金賞を受賞。同年7月、『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉として『偽りの私達』(宝島社文庫)を刊行し、高校3年時に作家デビューした。2024年3月にお茶の水女子大学を卒業 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
伊藤 朱里(いとう あかり、1986年3月10日 - )は、… 伊藤 朱里(いとう あかり、1986年3月10日 - )は、日本の小説家。女性。静岡県浜松市出身。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 幼少期に祖母にワープロを買ってもらい文章を打ち始め、高校から大学にかけて原稿用紙10枚に満たない作品を書き上げるようになる。最初に読んだ記憶のある本は高峰秀子『にんげん蚤の市』。他、「ドリトル先生」シリーズ、「クレヨン王国」シリーズ、姉の本棚にあったファンタジー小説などを読んで育った。 お茶の水女子大学文教育学部を卒業後、就職するが、2013年に朝井リョウのデビュー作『桐島、部活やめるってよ』を読んでショックを受け、退職して小説を書いては応募する生活を送る。2015年、「変わらざる喜び」で第31回太宰治賞を受賞。
楊 逸(ヤン イー、本名:劉 莜(りゅう・ちょう、「ちょう」… 楊 逸(ヤン イー、本名:劉 莜(りゅう・ちょう、「ちょう」は草冠に「攸」)、1964年6月18日 - )は、日本の小説家である。中国ハルビン市出身。2008年、「時が滲む朝」で第139回芥川賞受賞。中国籍(当時)の作家として、また日本語以外の言語を母語とする作家として史上初めての受賞となった。2011年に日本国籍を取得。 父はハルビンの大学で漢文を教えていたが、1970年1月に文化大革命で蘭西県の農村に下放され、1973年9月にハルビンに戻る。中学生の頃、日本にいる親戚が送ってきた日本の都会の風景写真を見て日本に憧れる。ハルビンの大学に進学し、会計学を専攻するが、将来に不安を感じて卒業の半年前に中退。
三國 青葉(みくに あおば、1962年 - )は、日本の小説… 三國 青葉(みくに あおば、1962年 - )は、日本の小説家。兵庫県神戸市出身、徳島県在住。お茶の水女子大学大学院理学研究科博士前期課程修了。2012年、「朝の容花(かおばな)」で、第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。『かおばな憑依帖』と改題し、2012年にデビュー。
松尾 由美(まつお ゆみ、1960年11月27日 -)は日本… 松尾 由美(まつお ゆみ、1960年11月27日 -)は日本のSF作家、推理作家。石川県金沢市出身。 金沢大学附属中学校・金沢大学附属高等学校を経て、お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学専攻卒。日本推理作家協会、本格ミステリ作家クラブ、日本文芸家協会に所属。夫はSF作家の柾悟郎。 高校時代はラジオ「欽ドン」常連有名人。単行本『欽ドン』パート5や6に自画像などが掲載されている。 大学時代は「お茶の水女子大学SF研究会」に所属。卒業後、7年間のメーカー勤務を経て小説を書きはじめる。1989年、柾との合作「エモーショナル・レスキュー」(お茶の水女子大学SF研究会『コスモス』に掲載)でSFファンジン大賞・創作部門を受賞。
川上 弘美(かわかみ ひろみ、旧姓:山田、1958年4月1日… 川上 弘美(かわかみ ひろみ、旧姓:山田、1958年4月1日 - )は、日本の小説家。東京都生まれ。大学在学中よりSF雑誌に短編を寄稿、編集にもたずさわる。高校の生物科教員などを経て、1994年、短編「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞。1996年「蛇を踏む」で芥川賞受賞。日本芸術院会員。 幻想的な世界と日常が織り交ざった描写を得意とする。作品のおりなす世界観は「空気感」と呼ばれ、内田百閒の影響を受けた独特のものである。その他の主な作品に『溺レる』、『センセイの鞄』、『真鶴』、『水声』など。 俳人でもあり(デビューと前後し、ネットで知り合った仲間と俳句を始めた)小澤實主宰の『澤』に投句しているほか、長嶋有らとともに句誌『恒信風』で句作活動をしている。
五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の… 五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の小説家、時代小説家、ライター。 山形県山形市出身。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 「婦人公論」や「クロワッサン」、「ゆうゆう」などの女性誌中心に人物インタビュー、ファッション、インテリア、健康、法律、小説など幅広い分野で活動する。
王 敏(オウ ビン又はワン ミン、1954年 - )は、中国… 王 敏(オウ ビン又はワン ミン、1954年 - )は、中国出身の作家、研究者。法政大学名誉教授、周恩来平和研究所所長。研究領域:比較文化研究、国際日本学研究、宮沢賢治研究、日中交流史研究(治水神・禹王研究 周恩来及び中国の日本留学研究)、漢字文明と伝統文化の現代的価値の研究、グローバルコミュニケーション研究。 1954年中国河北省承徳市生まれ。1977年、大連外国語大学日本語学部卒業。四川外国語大学大学院(日本文学)修了、同学院専任講師。文化大革命後初の論文審査による日本の国費留学生として1982年1月、宮城教育大学に留学。2000年、お茶の水女子大学で人文科学博士号(比較文化)学位を取得(博士論文:「宮沢賢治と中国」)。
三上 賀代(みかみ かよ、1953年 - )は日本の舞踏家、… 三上 賀代(みかみ かよ、1953年 - )は日本の舞踏家、研究家、作家。配偶者は同じく舞踏家で元天井桟敷の三上宥起夫。 お茶の水女子大学国文科を1976年に卒業してから、1978年から約3年、土方巽に師事し、のちに彼の暗黒舞踏の研究基礎を築き、お茶の水女子大学院博士課程「舞踊教育学」で1997年に新たな学位を取得する。舞踏技法の試論について本も出版する。 1983年~1998年、野口体操の創始者野口三千三にも師事し、その間1992年にとりふね舞踏舎を設立し、現在まで各国で多くの公演を実施する。 2001年、舞踏家としての活動に加わえ、京都精華大学で講師を務める。2022年3月、京都精華大学名誉教授となる
室伏 きみ子(むろふし きみこ、1947年4月9日 - )は… 室伏 きみ子(むろふし きみこ、1947年4月9日 - )は、日本の生物学者・児童文学作家。学位は、医学博士(東京大学・課程博士・1976年)。国立大学法人お茶の水女子大学元学長・名誉教授。
矢崎 藍(やざき あい、1940年11月6日 - )は、エッ… 矢崎 藍(やざき あい、1940年11月6日 - )は、エッセイスト、作家。 東京都生まれ。本名・柴田竹代。 1963年(昭和38年)お茶の水女子大学国文科卒。大学卒業後は児童読物雑誌の編集者。1965年(昭和40年)、25歳のときに結婚し、同時に夫の住む豊田市に移住した。結婚後は子供が生まれるまで、愛知県立昭和高等学校において非常勤講師を務める。子育て中の10年間は専業主婦として過ごすが、1977年(昭和52年)から愛知県立足助高等学校で古典と漢文を教える非常勤講師となる。 非常勤講師として在職中の1980年(昭和55年)に短編小説集『ああ子育て戦争』がベストセラーとなり、文筆活動に入る。小説執筆のきっかけは、教育雑誌のモニターをしている際に編集担当者から勧められたことによる。
小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018… 小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018年11月17日)は、芸能史研究家、作家、武蔵大学名誉教授。筆名は小笠原 京(きょう)。 小笠原京の名では、時代小説、上演台本なども発表している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
工藤 直子 (くどう なおこ、1935年(昭和10年)11月… 工藤 直子 (くどう なおこ、1935年(昭和10年)11月2日 - )は、日本の詩人、童話作家、翻訳家。 1935年(昭和10年)台湾台南州東石郡朴子街(現在の嘉義県朴子市)に生まれる。 1959年(昭和34年)お茶の水女子大学文教育学部中国文学科卒業後、博報堂に入社し女性初のコピーライターとなる。 1963年(昭和38年)博報堂退社、フリーとなる。 1964年(昭和39年)吉原幸子、吉行理恵、新藤凉子、山本道子、村松英子、山口洋子、渋沢道子ら同世代の女性詩人8人のぐるーぷ・ゔぇが(VEGA)に参加。1965年の詩誌『ゔぇが』第4号まで詩・童話を掲載。 1983年(昭和58年)『てつがくのライオン』で日本児童文学者協会新人賞、1985年(昭和60年)『ともだちは海のにおい』で産経児童出版文化賞、1990年(平成2年)『ともだちは緑のにおい』で芸術選奨新人賞、2004年(平成16年)巖谷小波文芸賞受賞。
岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 … 岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 - 2014年6月11日)は、日本の小説家。本名、根本邦枝。 広島県広島市生まれ。父・岩橋八洲民は植物学者で当時広島文理科大学副手。1945年10歳の時、広島の原爆投下の直前に父の実家のある佐賀県佐賀市へ疎開した。佐賀県立佐賀高等学校(現佐賀県立佐賀西高等学校)から、お茶の水女子大学教育学科に進み、在学中の1954年『婦人公論』の作文選に「水紋」が川端康成の選により掲載、初めて書いた小説「つちくれ」が『文藝』全国学生小説コンクールに当選、1955年『婦人公論』募集の女流小説に「不参加」が入選、1956年「逆光線」が『新女苑』に発表され、女版石原慎太郎としてマスコミが殺到した。
山本 藤枝(やまもと ふじえ、1910年〈明治43年〉12月… 山本 藤枝(やまもと ふじえ、1910年〈明治43年〉12月7日 - 2003年〈平成15年〉7月7日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、女性史研究家。 本名・フジヱ(旧姓・岡村)。筆名に露木 陽子(著書節、再話・翻訳節参照)。夫は児童文学作家、詩人の山本和夫。ロシア児童文学の翻訳・研究家の松谷さやかはその子にあたる。 和歌山県伊都郡笠田村(現・かつらぎ町)生まれ。高等女学校を経て東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)を卒業。卒業後は神奈川高等女学校(現・神奈川学園中学校・高等学校)の教諭を務め、のちに結婚退職した。 1977年『細川ガラシャ夫人』で産経児童出版文化賞受賞。 子ども向けの伝記、海外作品の再話・翻訳した著作を多く物するとともに、とりわけ日本史上の女性の生涯の執筆に意を注いだ。
小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉1… 小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉10月1日 - 1998年〈平成10年〉3月31日)は、日本の翻訳家、随筆家、ノンフィクション作家。トーベ・ヤンソンの『ムーミンシリーズ』などの児童文学翻訳で知られる。旧姓、一戸。陸軍少将小野寺信は夫。 東京都渋谷区生まれ。東京女子高等師範学校附属高等女学校専攻科(現・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校)卒。第二次世界大戦中、公使館附武官だった夫とともにスウェーデンに滞在し、和平工作のための夫の情報活動を手伝い、暗号電文を作ったり、本国からの電文を解読したりした。60歳を過ぎてから、トーベ・ヤンソンやアストリッド・リンドグレーン、エレン・ケイなどスウェーデン文学の翻訳に従事した。
森 茉莉(もり まり、1903年〈明治36年〉1月7日 - … 森 茉莉(もり まり、1903年〈明治36年〉1月7日 - 1987年〈昭和62年〉6月6日)は、日本の小説家・エッセイスト。翻訳も行っていた。 東京市本郷区駒込千駄木町出身。文豪森鷗外と、その2人目の妻志げの長女である。幻想的で優雅な世界を表現することに優れており、主な著作には『父の帽子』『恋人たちの森』『甘い蜜の部屋』などがある。また、独特の感性と耽美的な文体を持つエッセイストとして、晩年まで活躍した。 森家の長女として生まれた茉莉は、鷗外を始め非常に多くの人に囲まれ、かわいがられて育った。特に鷗外の溺愛ぶりは有名で、彼女は16歳まで鷗外の膝の上に座っていたという。 東京女子高等師範学校附属小学校(現・お茶の水女子大学附属小学校)に入学したが、10歳の時に教師と衝突して中退し、仏英和尋常小学校(現・白百合学園小学校)に転校。
安部 ヨリミ(あべ ヨリミ、1899年7月25日 - 199… 安部 ヨリミ(あべ ヨリミ、1899年7月25日 - 1990年7月28日)は、日本の小説家である。小説家・劇作家として知られる安部公房の母で、安部 よりみ、安部 頼実という表記もある。彼女は公房の出生と前後して生涯で唯一の小説『スフィンクスは笑う』(翌年『光に背く』と改題)を書き上げていた。『スフィンクスは笑う』は2012年に講談社文芸文庫から再刊され、その資料的重要性や文学性の高さなどが改めて注目されている。 結婚前の姓は井村(いむら)といい、北海道上川郡東鷹栖村(現:旭川市東鷹栖)に生まれた。父・井村亀蔵と母・サクはともに現在の徳島県出身で、ヨリミは3人姉弟(姉・ハルメ、ヨリミ、弟・效〈まなぶ〉)の真ん中であった。
大塚 楠緒子(おおつか くすおこ/なおこ、1875年(明治8… 大塚 楠緒子(おおつか くすおこ/なおこ、1875年(明治8年)8月9日 - 1910年(明治43年)11月9日)は明治末期に活躍した歌人、作家。夫は美学者の大塚保治(入婿)。本名:大塚久寿雄。別名:久寿雄子・楠緒・楠緒子。才色兼備で夏目漱石が恋した人として知られる。 東京控訴院長・大塚正男の長女として東京市麹町区一番町で生まれる。麹町の富士見小学校出身。東京女子師範附属女学校(現・お茶の水女子大学附属中学校・高等学校)を卒業後、佐々木弘綱・信綱の元で和歌を学んだ。1895年、小屋保治と結婚(保治は大塚姓になった)。夫が留学中、英語を明治女学校で学ぶほか、絵画を橋本雅邦に師事、ピアノや料理なども学んだ。
木村 曙(きむら あけぼの、"明治5年"3月3日("1872… 木村 曙(きむら あけぼの、"明治5年"3月3日("1872年"4月10日) - 明治23年(1890年)10月19日)は兵庫県出身の作家。本名、岡本ゑい(えい子、栄子)。 牛鍋チェーン店"いろは"の経営者木村荘平とその愛人(のち正妻)岡本政の娘として神戸市に生まれる。官立東京高等女学校(東京女子師範学校附属高等女学校/現:お茶の水女子大学附属中学校・附属高等学校)在学中、ヨーロッパで刺繍を学ぶことを望み、フランス語の学習に熱中。卒業後、文部省にフランス留学を命じられた女性から同行するよう誘われ、父荘平に留学の許可を求めたが許されず、母と共に浅草広小路の"いろは"第十支店に住み込んで帳場を担当。
三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月… 三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月23日) - 1943年(昭和18年)7月18日)は、明治時代の小説家、歌人。著書『藪の鶯』は、明治以降に女性によって書かれた初の小説。 姓は田辺、本名は竜子。花圃と号す。本所番場町に住む旧幕臣で元老院議員の父・田辺太一、母・己巳子(きみこ)の長女に生まれる。戸籍では10月5日生まれ。竜子は8歳で麹町小学校に入学したが、その後、跡見花蹊の跡見女学校に学び、ついで桜井女学校、明治女学校と次々と学校を変ったのち、最後に、森有礼の理想によって女子の最高学府として設立された一つ橋の東京高等女学校(現・お茶の水女子大学)専修科に入学、1889年(明治22年)に卒業した。
氷上 恭子(ひかみ きょうこ)は、日本の小説家、推理作家。東… 氷上 恭子(ひかみ きょうこ)は、日本の小説家、推理作家。東京都生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。2001年、三通の手紙からなる書簡体形式の推理短編「とりのなきうた」が第8回創元推理短編賞を受賞。「該当作なし」が多いこの賞の3人目の受賞者となった。 応募時の題名は「禽の亡歌」だったが、受賞を期に「とりのなきうた」と改題した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。