谷山 俊樹(たにやま としき、1988年11月27日 - )… 谷山 俊樹(たにやま としき、1988年11月27日 - )は、日本の男性プロキックボクサー。神奈川県伊勢原市出身。谷山ジム所属。 3歳の時に空手を始める。 中学時代は野球部に所属し、アンディ・フグの活躍する姿を観てキックボクシングを始めた。 高校時代に谷山のクラスに教育実習の先生として城戸康裕が担当していた。 神奈川県立伊志田高等学校卒業。 国士舘大学キックボクシング部に所属。 2007年、18歳の時に大学一年時に 全日本学生キックボクシング連盟ライト級王座を獲得。 19歳の時にプロデビューをする。 国士舘大学政治経済学部経営学科卒業。 2010年5月2日、K-1 WORLD MAX 2010 〜-63kg Japan Tournament 1st Round〜で、全日本新空手K-2軽中量級王者の卜部弘嵩と対戦し、2-1の判定勝ちを収めた。
入野 貴大(いりの たかひろ、1988年11月26日 - )… 入野 貴大(いりの たかひろ、1988年11月26日 - )は、高知県香美郡野市町(現・香南市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学4年生の時に「桜ヶ丘スポーツ少年団」で野球を始めた。野市中学校では二塁手、三塁手、遊撃手などでプレー。岡豊高校入学後も内野手としてプレーしていたが、3年生時の春から投手としてもプレーするようになった。6月には日米親善高校野球大会の高知県選抜チームに選出された。高校通算では10本塁打を放った。 高校卒業後に一度は国士舘大学への進学を決めるも実際には入学せず、広島県にあったプロ育成野球専門学院に進んだが、同学院は1年で閉校した。 2008年に四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛マンダリンパイレーツに入団し、5年間で183試合に登板、17勝9敗14セーブの成績を残した。
新井 章太(あらい しょうた、1988年11月1日 - ) … 新井 章太(あらい しょうた、1988年11月1日 - ) は、埼玉県秩父市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 正智深谷高校から国士館大学を経て、2011年に東京ヴェルディへ加入。2年間在籍したが土肥洋一と柴崎貴広の壁は厚く公式戦での出場機会に恵まれなかった。2012年のシーズン終了後、契約満了により東京Vを退団した。 2013年にトライアウトを経て川崎フロンターレへ移籍した。新体制発表会の挨拶は「はじめまして、東京ヴェルディをクビになり… あっ、間違えました、東京ヴェルディから移籍してきた新井章太です」から始め、サポーターの笑いを誘い心を掴んだ。
翔太(しょうた、1988年8月10日 - )は、日本の男性プ… 翔太(しょうた、1988年8月10日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名:鈴木 翔太(すずき しょうた)。血液型B型。東京都三鷹市出身。フリー。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
大竹 隆人(おおたけ りゅうと、1988年6月29日 - )… 大竹 隆人(おおたけ りゅうと、1988年6月29日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 従妹にタレントのIMALUがいる。そしてIMALUの母である女優の大竹しのぶが、おばにあたる。 6年間FC町田ゼルビアの選手だったが、2016年11月29日契約満了にともない契約を更新しないことを決定した。 2017年からは藤枝MYFCへ移籍。2019年シーズン終了後に藤枝を退団した。 2020年2月、J.FC MIYAZAKIへ加入。 2023年12月4日、契約満了による退団が発表された。2024年3月22日、2023シーズン限りでの現役引退が発表された。
鈴木 瑛二(すずき えいじ、1987年11月16日 - )は… 鈴木 瑛二(すずき えいじ、1987年11月16日 - )は、北海道出身のアメリカンフットボール選手。現在Xリーグのブルザイズ東京に所属している。 国士舘大学体育学部卒業。愛称は「エージ」。体重は95キロあり、40ヤード走4秒台の俊足を持つ。安定したキャッチングとブロック力が魅力で、X1AREA所属ブルザイズ東京のエースとして知られる。 中学では野球と陸上競技を行っていた。陸上競技では100メートル走を得意とし、大田区の大会で入賞するなど高いポテンシャルを発揮。東京都立つばさ総合高等学校に入学しサッカーを始める。 2006年に国士舘大学に入学。アメフト部入部当初はオフェンシブラインとして期待されていたが、ワイドレシーバーにコンバートされ、2年生から試合出場。
伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、… 伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、北海道出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 幼稚園から中学までSSSスポーツクラブでプレー。青森山田高校、国士舘大学を経て、2010年にモンテディオ山形に入団。2017年より京都サンガF.C.に完全移籍により加入した。 2018年よりロアッソ熊本に完全移籍により加入した。途中出場が多かったものの、攻撃の切り札として多くの試合に出場し、3得点を記録した。2019年度は中原輝などの台頭で出番を減らしたが、2得点し途中交代の切り札として活躍した。その後のシーズンでも、近い距離でのパス回しが主な戦術であるチームの中で、ドリブル突破などアクセントを付けることが出来る選手として重宝され、チームの貴重な戦力として活躍した。
長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )… 長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )は、日本のプロ野球審判員。 樹徳高等学校から国士舘大学を経て2013年3月1日に日本野球機構審判部に入局。審判員袖番号は入局から2015年までは60、2016年からは31。 2024年にはオールスター初出場を果たし、第2戦(7月24日、神宮)で球審を務めた。 2026年3月14日に行われたDeNA対ソフトバンクのオープン戦(横浜スタジアム)で球審を務めた長川は、3回裏2死三塁の場面で、栗原陵矢が打った打球を二ゴロに打ち取ったが、ボールを持たなかった投手の東克樹が、打者走者の走塁を妨げた事により、走塁妨害と判定し、三塁走者の正木智也は得点となり、自ら場内説明を行った。
古川 麻衣子(ふるかわ まいこ、1987年9月26日 - )… 古川 麻衣子(ふるかわ まいこ、1987年9月26日 - )は、東京都町田市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの大阪ラヴィッツ所属。 白梅学園高等学校時代は第13回日・韓・中ジュニア交流競技会の日本代表に選ばれた。高校卒業後は国士舘大学へ進学。 2010年に日本ハンドボールリーグのソニーセミコンダクタ九州へ加入。背番号は「14」。 2011-12年シーズンから背番号を「9」へ変更。 2015-16年シーズン限りでソニーを退団。 2016年に新チームの大阪ラヴィッツへ加入。 この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。
西潟 健太(にしがた けんた、1987年9月23日 - )は… 西潟 健太(にしがた けんた、1987年9月23日 - )は、新潟県北蒲原郡安田町出身の日本の柔道選手。階級は100 kg超級。身長193cm。体重130kg。組み手は左組み(両方の組み手が可能)。段位は四段。得意技は大外刈。現在は旭化成を退職し、プレデンシャル生命保険会社に在籍している。 柔道は6歳の時に安田町スポーツ少年団で始めた。安田中学から桐蔭学園高校に進学すると、2年の時には高校選手権団体戦で優勝した。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイ個人戦100kg級で2位になった。国体少年男子の部では神奈川県の優勝に貢献した。その後国士舘大学に進むと、1年の時には全日本ジュニアで3位となった。
内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )… 内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはGK。 広島・広陵高校の出身の選手としては初のJリーガーとなる。同級生にはプロ野球選手の藤川俊介がいる。 2008年に国士舘大学が天皇杯で4回戦進出した際のメンバーである(4回戦の鹿島アントラーズ戦はリザーブメンバー)。大学では柏好文と同期。 卒業後はカターレ富山に入団。2010年途中に安間貴義監督が就任すると起用され、第31節の札幌戦で初出場したが、ゴールエリアから大きく蹴り出す際に、詰めて来た相手FW内村圭宏に当ててしまい失点するという苦いデビューとなった。翌第32節の北九州戦で初勝利を経験。
平 慶翔(たいら けいしょう、1987年〈昭和62年〉8月6… 平 慶翔(たいら けいしょう、1987年〈昭和62年〉8月6日 - )は、日本の政治家、元国会議員秘書、元俳優。元東京都議会議員(2期)。兵庫県神戸市出身。議会登録名は、平けいしょう。 兵庫県神戸市生まれ。中学2年生の時に上京し、東京都渋谷区で一人暮らしをする。中学高校時代は芸能活動を行うが、大学進学を機に芸能事務所を辞め芸能界を引退する。 大原学園高等学校、国士舘大学政経学部経済学科卒業。卒業後一般企業で営業職として勤務。2013年、下村博文事務所に入所。後に公設第一秘書を務めた。2016年7月、東京都知事選挙では、増田寛也(自民党推薦)の板橋区の責任者を取り仕切った。同年8月、下村博文事務所を退職。
柏 好文(かしわ よしふみ、1987年7月28日 - )は、… 柏 好文(かしわ よしふみ、1987年7月28日 - )は、山梨県南巨摩郡増穂町(現:富士川町)出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 旧・南巨摩郡増穂町の出身。長谷川悠は小学校の同級生であり、共に増穂サッカースポーツ少年団でサッカーを学ぶ。中学は地元強豪・フォルトゥナSCでプレー。 2003年、名門の山梨県立韮崎高等学校へと進学する。2年先輩に千野俊樹。2004年高校2年時のインターハイでベスト8に進出、この頃から名を知られるようになる。 2006年、国士舘大学へ入学、大学サッカーの強豪・国士大サッカー部に入団する。同期に伊東俊・内藤圭佑・先崎勝也がいた。3年上の先輩に養父雄仁・柴崎晃誠、1年後輩に塩谷司がいる。
栗原 正明(くりはら まさあき、1987年7月5日 - ) … 栗原 正明(くりはら まさあき、1987年7月5日 - ) デュアスロン・トライアスロン選手 山梨県北杜市在住。東京都江東区出身。 巣鴨中学校・高等学校 卒業 2012年国士舘大学大学院 スポーツシステム研究課 修了 2012年6月〜2015年3月 日本航空高等学校 保健体育科教諭 2015年4月 地域密着型プロアスリートに転身 2016年「やまなし大使」に就任 2019年「北杜ふるさと親善大使」に就任 座右の銘を「明日やろうは、バカ野郎だ!」
小川 麻衣子(おがわ まいこ、1987年6月8日 - )は、… 小川 麻衣子(おがわ まいこ、1987年6月8日 - )は、日本のタレント、モデル、レースクイーン。 神奈川県相模原市出身。血液型はA型。国士舘大学21世紀アジア学部卒業。 2006年に国士舘大学に入学。大学ではサッカー部マネージャーを務めていた。2010年に国士舘大学卒業後はモデルとして活動を始める。 2013年、全日本ロードレース選手権でAKENO SPEED・MIC Racingのレースクイーンを務める。翌2014年にはスーパー耐久で岡部自動車T-MAN OIL Race Queen T-GIRLSとして活動するほか、D1グランプリや86/BRZレースにも参加している。 同年にミス・ユニバース・ジャパン長崎大会に出場。
中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、… 中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手、実業家。 中学2年生時に清水エスパルスのジュニアユースに入団する(同級生には山本真希)も、ユースには昇格できずに静岡県立藤枝東高等学校に進学。2年時には全国高等学校サッカー選手権大会にも出場。赤星貴文は1年先輩にあたる。 卒業後は国士舘大学に進学。在学中にはアルゼンチンに留学し、同校卒業後にルーマニア2部リーグのCFRクライオバに入団。 2012年にはチェコ・ガンブリヌス・リガのFKヴィクトリア・ジジュコフに移籍。 保有権が同チームに残されたまま、スロバキア・2.リーガ(2部)のMSKリマフスカ・ソバタにレンタル移籍するも、サポーターからの人種差別の被害に合うトラブルに見舞われ、9月に帰国した。
長崎 峻侑(ながさき しゅんすけ、1987年5月16日 - … 長崎 峻侑(ながさき しゅんすけ、1987年5月16日 - )は、日本のトランポリン競技選手。TBS『SASUKE』の常連選手。SASUKE2006秋ファイナリスト。茨城県稲敷郡美浦村出身。茨城県立藤代紫水高等学校、国士舘大学体育学部卒業。株式会社キズナエクスプレス所属。身長173cm 体重72kg。 元々体操選手を志望していたが自宅近隣に体操クラブはなく、近隣の江戸崎町(現在の稲敷市)に日本を代表するトランポリン・ジュニア育成クラブの一つである江戸崎スポーツクラブがあることを知り、小学3年生からトランポリン競技を始める。11歳の時にオーストラリア・シドニーで開催された世界年齢別大会に同クラブ所属選手として参加し銅メダルを獲得した。
石井 慧(いしい さとし、1986年12月19日 - )は、… 石井 慧(いしい さとし、1986年12月19日 - )は、男性総合格闘家、キックボクサー、プロボクサー、柔道家(六段)。北京オリンピック柔道男子100kg超級金メダリスト。大阪府茨木市出身。チーム・クロコップ所属。ブラジリアン柔術黒帯。紫綬褒章受章。血液型はO型。出身道場は修道館(大阪府)。元妻は歌手の林明日香。2019年にクロアチア国籍を取得するまでは、日本国籍保有者であった 茨木市立大池小学校5年生の頃、父親の指導で柔道を始め、本格的に取り組むべく清風中学に入学。高校1年生の時に、より柔道の強い環境を求め国士舘高校へ志願編入。その後、国士舘大学体育学部武道学科に入学。 100kg以下級であったが、2007年秋に100kg超級へ転向した。
井筒 和之(いづつ かずゆき、1986年8月21日 - )は… 井筒 和之(いづつ かずゆき、1986年8月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 2009年、宮尾勇輝と共にシーズン前のセレクションに合格しV・ファーレン長崎に入団。 2012年よりツエーゲン金沢に完全移籍。2013年限りで現役を引退。 現在は佐世保実業高校、教諭兼サッカー部監督
穴井 さやか(あない さやか、1986年8月15日 - )は… 穴井 さやか(あない さやか、1986年8月15日 - )は、大分県大分市出身、日本の女子柔道選手である。現在は帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科健康スポーツコース助教・柔道部女子監督。 階級は78キロ級。身長177cm。得意技は大外刈。組み手は右組み。段位は四段。血液型はO型。 兄は国内外の大会で活躍している穴井隆将。 柔道は5歳の時に始める。高校までは70キロ級の選手で、大学から78キロ級に階級を上げる。兄の穴井隆将ほどではないにせよ、最近は国内外の大会で一定の活躍を示している。177cmの長身なので、ヨーロッパの選手に対しても体格面で見劣りすることはあまりない。また長身選手ながら背負投も使いこなせる。
谷田部 洸太郎(やたべ こうたろう、1986年7月29日 -… 谷田部 洸太郎(やたべ こうたろう、1986年7月29日 - )は、日本の元ラグビー選手。 15歳からラグビーを始めた。 2005年、樹徳高校卒業後、国士舘大学に入る。 2009年、国士舘大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。 2010年、アジア大会の7人制日本代表に選ばれ、金メダル獲得に貢献。 2014年8月22日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の東芝ブレイブルーパス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2016年4月30日に行われた2016年アジアラグビーチャンピオンシップ第1戦韓国戦で先発出場で日本代表初キャップを獲得した。 2017年2月にはサンウルブズに追加招集された。
右代 啓祐(うしろ けいすけ、1986年7月24日 - )は… 右代 啓祐(うしろ けいすけ、1986年7月24日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は十種競技で現在の日本記録保持者。北海道江別市出身。国士舘大学体育学部卒業、国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科博士課程在学中。国士舘クラブ所属。身長196cm。体重95kg。血液型A型。マネジメント契約先はスポーツビズ。 小学校時代はドッジボール少年団に所属していた。 大麻東中学校で陸上部に属し、1年生でハードル走、2年生で100m、砲丸投、走高跳の三種競技Aに取り組んだ。1年で168cmだった身長が2年で183cm、3年で188cmと急激に伸び、膝の痛みを誘発するオスグッド病によって思い切り練習ができなかったという。
武岡 優斗(たけおか ゆうと、1986年6月24日 - )は… 武岡 優斗(たけおか ゆうと、1986年6月24日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。 国士舘大学4年時には主将を務め、天皇杯では鹿島アントラーズを相手に善戦し、PK戦まで持ち込む活躍を見せた。 2009年に当時J2のサガン鳥栖へ入団。ルーキーイヤーながらリーグ戦40試合(うち先発34試合)に出場しチームの中心選手として活躍。翌2010年、鳥栖を退団した監督の岸野靖之を追うように横浜FCへと移籍、初年度は21試合に出場を果たすが、大怪我を負い、2011年度は全く出場がなかった。翌年復帰すると主力として活躍、2013年にはサイドバックにコンバートされてレギュラーに定着する。
石坂 真奈美(いしざか まなみ、1986年4月22日 - )… 石坂 真奈美(いしざか まなみ、1986年4月22日 - )は、日本の女子体操競技選手。東京都出身。藤村女子高等学校、国士舘大学体育学部体育学科卒業、上越教育大学大学院修了。朝日生命体操クラブ出身。得意種目はゆか。コーチは塚原千恵子。
高田 一憲(たかだ かずのり、1986年3月14日 - )は… 高田 一憲(たかだ かずのり、1986年3月14日 - )は、神奈川県横浜市出身の元サッカー選手。サッカー指導者。
宇佐美 里香(うさみ りか、1986年2月20日 - )は、… 宇佐美 里香(うさみ りか、1986年2月20日 - )は、日本の空手家で、空手指導者である。東京都葛飾区出身。帝京高等学校、国士舘大学文学部卒業、同大学院スポーツ・システム研究科修士課程修了。 井上派糸東流慶心会宗主井上慶身に師事。身長は159cm。段位は三段。種目は形。帝京高等学校、国士舘大学文学部を経て、鳥取県教育委員会の職員として勤務していた。 2011年、「SUNRISE JAPAN(サンライズジャパン)」のメンバーに選ばれた。 2012年の世界空手道選手権大会優勝を花道として、2013年3月5日に現役引退を表明。その後は指導者の道を歩むべく国士舘大学大学院へ進学。 2015年3月、国士舘大学大学院を卒業。
鈴木 智幸(すずき ともゆき、1985年12月20日 - )… 鈴木 智幸(すずき ともゆき、1985年12月20日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 2008年に国士舘大学から東京ヴェルディ1969に入団。 ヴェルディには3年間在籍したが出場機会は全く無く、2010年シーズン終了後に栃木SCに移籍した。2011年6月4日、J2リーグ第15節の水戸ホーリーホック戦で先発出場し、待望のプロデビューを飾った。2014年シーズンはキャリアハイとなるリーグ戦30試合に出場した。 2015年シーズンよりJ1に昇格した松本山雅FCに完全移籍で加入。 2019年シーズンより古巣の東京ヴェルディに復帰。 2020年シーズンよりいわてグルージャ盛岡に加入。
阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は… 阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は、山形県上山市出身の元陸上競技選手。 山形県立山形中央高等学校から国士舘大学に進学。箱根駅伝では第82回(2006年)に初出場するが、1区区間20位(1時間05分54秒)と振るわなかった。しかし第83回(2007年)は8区区間8位(1時間07分41秒)、第84回(2008年)では4区を走り、20位スタートで1人も走者を抜かないまま区間賞を獲得(55分24秒)。 実業団の愛三工業では主将としてチームを引っ張り、ニューイヤー駅伝やハーフマラソンなどで活躍した。2016年3月に引退している。
立山 広喜(たちやま ひろき、1985年11月24日 - )… 立山 広喜(たちやま ひろき、1985年11月24日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長195 cm、体重145 kg。 熊本県玉名郡南関町出身。南関中1年の時に地元の温泉で偶然、大牟田高・柔道部の監督と出会い、「週末にうちの練習にきてみないか」と誘われた事により、本格的に柔道を始めた。 大牟田高校では同級生の187cmある高橋和彦とともにその身長の高さからツインタワーと呼ばれ活躍する。因みに高橋と共に相撲部屋から力士にならないかとの誘いを蹴っての同校入学だった。ただし、高校3年になる直前の高校選手権の準決勝では、自分よりはるかに小柄な66kg級の秋本啓之に翻弄されて敗れ、3位に終った。
北脇 里規(きたわき りき、1985年11月22日 - )は… 北脇 里規(きたわき りき、1985年11月22日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはMF、DF。 実弟はサッカー選手の北脇健慈(福井ユナイテッドFC所属)。 東京都多摩市出身で日本人の父親とベネズエラ人の母親を持つハーフ。ジュニアからユースまで東京ヴェルディの下部組織でプレー。その後は国士舘大学に進学するが、北脇が1年の時の2004年に大学サッカー部で一部の部員達が不祥事を起こし、同部が活動を自粛したため大学を中退し、可能性を求めてパラグアイに渡った。パラグアイでは同国1部リーグに所属するタクアリFC(en)などに所属し7年間プレーした。2012年4月24日、テスト生を経てジュビロ磐田への加入内定が発表された。
海老原 有希(えびはら ゆき、1985年10月28日 - )… 海老原 有希(えびはら ゆき、1985年10月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門種目はやり投。広州アジア大会金メダリスト。やり投の元女子日本記録保持者である。栃木県河内郡上三川町出身、栃木県立真岡女子高等学校・国士舘大学卒業。国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科スポーツ・システム専攻修了。 2002年(高校二年生時)に茨城インターハイやり投で準優勝、2003年(高校三年生時)に長崎インターハイ七種競技で優勝。高校での自己ベストはやり投が50m98、七種競技が5125点であった。 2004年に国士舘大学体育学部に入学。同年に行われたアジアジュニア大会では52m07を記録して銅メダル獲得、世界ジュニア大会では54m44を記録して5位入賞を果たしている。
足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、… 足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 帝京高校、国士舘大学時代はセンターバックを務め、2008年に東京ヴェルディに加入。サイドバックにコンバートされプレーしたが、1年で戦力外となる。シーズンオフのJリーグ合同トライアウトを経て、2009年、当時J2に昇格したカターレ富山に入団した。楚輪博監督の下ではサイドバックとして起用されたが、シーズンを通じてレギュラーポジションを獲得するには至らなかった。2010年9月に安間貴義監督が就任するとセンターバックとして起用され、11月に負傷欠場するまで全試合に出場。2011年からはキャプテンに指名された。
冨田 真之介(とみた しんのすけ、1985年10月15日 -… 冨田 真之介(とみた しんのすけ、1985年10月15日 - )は、日本の俳優。所属事務所はオフィスのいり。
岡本 洋介(おかもと ようすけ、1985年9月27日 - )… 岡本 洋介(おかもと ようすけ、1985年9月27日 - )は、和歌山県西牟婁郡すさみ町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。叔父は元プロ野球選手の岡本光。
金友 隆幸(かねとも たかゆき、1985年〈昭和60年〉8月… 金友 隆幸(かねとも たかゆき、1985年〈昭和60年〉8月27日 - )は、日本の政治活動家。日本国民党情報宣伝局長。元排害社代表。岡山県出身。 1985年(昭和60年)8月27日、岡山県で生まれる。子供時代から右翼に憧れ、他の子供とは異なり街宣車の絵を描いていた。中学時代に山口二矢に感銘を受けたことから民族主義に目覚める。高校時代に野村秋介などの著作を読み、右翼思想に傾倒していった。 2004年(平成16年)、愛国的校風に魅かれて国士舘大学政経学部に入学。「普通の大学」になりつつある大学に落胆し、国士舘精神を追い求めた。学内の民族派系学生サークル「皇国史観研究会」に加盟して活動するとともに、学外で民族派の活動・拉致被害者救出運動などに積極的に参加していった。
加藤 博剛(かとう ひろたか 1985年8月12日 - )は… 加藤 博剛(かとう ひろたか 1985年8月12日 - )は、日本の柔道家。身長174 cm。得意技は巴投、背負投、寝技。 1985年8月12日、沖縄県石垣市出身。6歳まで沖縄・石垣島在住で、その後両親の仕事の関係で東京都世田谷区へ移る。 柔道は小学校4年次で始める。国士舘高等学校を経て国士舘大学体育学部に進学してから国内・国際大会に出場するようになる。大学時代は81kg級を主戦場にしていた。 2008年に大学を卒業し、千葉県警察本部に奉職。同年の全日本柔道選手権大会に初出場を果たしたが、3回戦で神奈川県警の庄司武男に敗れた。また、嘉納杯柔道ワールドグランプリ81kg級で決勝に進出、決勝戦では塘内将彦に敗れたが2位の好成績を残した。
西山 将士(にしやま まさし、1985年7月9日 - )は、… 西山 将士(にしやま まさし、1985年7月9日 - )は、日本の柔道家である。階級は90kg級。身長179cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は四段。得意技は大外刈、大内刈、寝技。Prover株式会社で転職の支援事業を行った後、現在は株式会社瑞鷹の代表として法務省と連携し刑務作業のアップデートに取り組んでいる。 山口県下関市彦島出身。6歳の時に柔道を始めた。国士舘高校3年の時にインターハイ団体戦と個人戦100kg級で優勝を果たした。 国士舘大学に入学後、学生体重別で2年連続3位になるなど一定の活躍をするが、際立った活躍は見られなかった。 新日本製鐵に入社後に階級を1つ下げ90kg級にすると、講道館杯で優勝を果たし、さらに2009年には体重別でも優勝するが世界選手権代表には選ばれなかった。
吉田 翔太(よしだ しょうた、1985年7月3日 - )は、… 吉田 翔太(よしだ しょうた、1985年7月3日 - )は、宮城県仙台市出身の元ハンドボール選手。 国士舘大学時代は2007年に東日本学生選手権大会で優秀選手賞を受賞。 大学卒業後にセントラル自動車へ入社。2012年にセントラル自動車が関東自動車工業に吸収合併され、合併会社のトヨタ自動車東日本へ加入した。 2013-14年シーズンはリーグ7位の75得点を挙げ、シュート率はリーグ2位の.686を記録した。 2016-17年シーズンはリーグ7位となる74得点を記録。 2018-19年シーズン限りで現役を引退。 この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。
半田 武嗣(はんだ たけし、1985年6月26日 - )は、… 半田 武嗣(はんだ たけし、1985年6月26日 - )は、福岡県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
小松 秀平(こまつ しゅうへい、1985年6月10日 - )… 小松 秀平(こまつ しゅうへい、1985年6月10日 - )は、北海道出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 2008年に新潟アルビレックスBBと契約し、プロ選手となる。2011-12シーズンに最優秀シックスマン賞を受賞した。2016-19シーズンはバンビシャス奈良、2019-20シーズンからは佐賀バルーナーズ所属となる。2020ー21シーズンより、岩手ビッグブルズと契約。 東海大四高校から国士舘大学に進学。2年次に関東大学リーグ2部に昇格するも、3年時に3部Aに降格。4年次にはキャプテンを務め、チームの2部再昇格に貢献した。 2008年、育成指定選手として新潟アルビレックスBB-A2に入団。
菅原 康太(すがわら こうた、1985年5月22日 - )は… 菅原 康太(すがわら こうた、1985年5月22日 - )は、北海道室蘭市出身 のサッカー選手。ポジションはFW。 北海道のサッカー強豪校、室蘭大谷高等学校で1年時からレギュラーとなり、2年時では全国高校選手権にも出場。3年時は北海道予選決勝で敗れたものの、準決勝ではハットトリック、決勝でも1得点を挙げるなどチームを牽引した。高校卒業後は国士舘大学へ進学。2004年には1年生ながらJFLで18試合に出場し6得点を挙げるなど活躍。シーズン終了間際にサッカー部の起こした不祥事により最終節は中止、その年を最後にJFLを脱退するというトラブルもあったが、菅原はその後も躍進を続け、2007年には関東大学1部リーグで4位となる11得点をあげるなど活躍。
齊藤 洋介(さいとう ようすけ、1985年5月19日 - )… 齊藤 洋介(さいとう ようすけ、1985年5月19日 - )は、神奈川県出身の男子プロバスケットボール選手である。3人制バスケットボール3x3チームのUTSUNOMIYA BREX.EXEに所属。5人制バスケットでのポジションはシューティングガード。背番号11。 秦野高校から国士舘大学に進み、卒業後はストリートボールリーグのLEGENDやSOMECITY、クラブチームでのプレーを経て、2010年にTGI D-RISE加入。 2011年、bjリーグの新規参入チーム、信州ブレイブウォリアーズにドラフト外で入団。3シーズン在籍した。 2014-15シーズンは横浜ビー・コルセアーズでプレーした後、2015年7月に信州に復帰した。
菅野 仁志(かんの ひとし、1985年5月7日 - )は、日… 菅野 仁志(かんの ひとし、1985年5月7日 - )は、日本のシルバーアクセサリーデザイナー、TBS『SASUKE』の有力選手。 東京都出身。国士舘大学体育学部卒業。身長168cm 体重70kg。既婚で二児の父。SASUKE ASEAN OPEN CUP 2014 個人第5位。 幼少の頃からブルース・リーやジャッキー・チェンらアクション俳優に憧れを抱き、父親の影響で小学校6年生から自重トレーニングを始め、中学校では体操部が無かったためバスケ部に所属し、練習を抜け出してバック転やバク宙の練習をしていた。高校では古豪の体操競技部がある学校に進学し、入学当初は部員が少なく廃部寸前であったが、OBの計らいで存続以降は、練習が無い日でも部室に行き、1日も休まず体操に打ち込み、競技歴1年で都大会の種目別平行棒で優勝の実績を収めた。
高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は… 高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長189 cm、体重130kg。得意技は大外刈、払腰。現在は日本製鉄に所属。 熊本県阿蘇市出身。小学校1年から柔道と相撲を始め、4年時には相撲で全国大会2位になった事もある。 阿蘇市立一の宮中学校進学と同時に柔道に専念、3年時には九州ブロック代表としてシドニー五輪の柔道競技見学派遣に選ばれるなど、早くから注目を集めていた。 進学した大牟田高校では同級生の193cmある立山広喜とともにその身長の高さからツインタワーと呼ばれ活躍する。高校3年の時にはインターハイで2位、ジュニアの体重別でも3位となる。
野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼… 野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼玉県越谷市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手、右投左打)、野球指導者。 現役時代には、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の富山サンダーバーズ→富山GRNサンダーバーズとNPBの阪神タイガースに所属。富山時代には、「富山のおかわり君」と呼ばれていた。 2016年の現役引退後は、2017年から2020年まで社会人クラブチームのOBC高島、2021年から2022年まで阪神タイガース Women(阪神タイガースが運営する女子硬式野球クラブチーム)の監督を務めた。 大宮東高校から国士舘大学に進学。4年時は主将。大学時代には股関節を故障しNPBのドラフトにはかからなかったが、プロ入りの夢を追い求めて2007年に創設された北信越ベースボール・チャレンジ・リーグの富山サンダーバーズに入団。
成田 泰崇(なりた やすたか、1984年11月21日 -)は… 成田 泰崇(なりた やすたか、1984年11月21日 -)は青森県出身の日本の柔道家。73 kg級の選手。身長は174 cm。組み手は右組み。得意技は内股。 国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科修士課程修了。 柔道は5歳の時に車力スポーツ少年団で始めた。車力中学から青森北高校を経て国士舘大学に進むと、2年生の時には体重別団体で2位となった。3年生の時には学生体重別の決勝で明治大学の海老沼聖に敗れ2位となる。体重別団体2位。講道館杯で決勝でダイコロの稲澤真人に敗れ2位となる。4年生の時には体重別で3位となった。 学生体重別では決勝で海老沼を破って優勝。体重別団体でも優勝を飾った。講道館杯でも決勝で東海大学の大束正彦を破って優勝を成し遂げた。
柴﨑 晃誠(しばさき こうせい、1984年8月28日 - )… 柴﨑 晃誠(しばさき こうせい、1984年8月28日 - )は、長崎県南高来郡国見町(現:雲仙市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。国士舘大学卒業。 旧南高来郡国見町出身、小学1年生から地元国見少年サッカークラブで学んで育ち、長崎県立国見高等学校では小嶺忠敏のもと活躍した"国見っ子"である。 生まれ育った近所に徳永悠平がおり小学校から高校まで同じ学校の1年先輩、渡邉大剛とは中学からの同級生。国見高校の2年先輩に大久保嘉人・松橋章太、1年先輩に徳永・徳重健太・片山奨典・蒲原達也・近藤健一、同級に渡邉・松橋優・園田拓也・巻佑樹、1年後輩に平山相太・中村北斗・兵藤慎剛・関憲太郎、2年後輩に渡邉千真・城後寿・藤田優人がいる。
高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )… 高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )は、岩手県北上市出身のサッカー選手。ポジションはDF。TDK親和会サッカー部所属。
和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知… 和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知県出身の日本の柔道家。60kg級の選手。身長は168cm。組み手は右組み。得意技は体落。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。北陵中学から岡豊高校へ進むと、3年の時にインターハイの60kg級決勝で近代福山高校の平岡拓晃に敗れるが2位となった。 2003年には国士舘大学へ進学すると、1年の時には学生体重別で3位となった。2年の時には体重別団体で2位だった。3年の時には体重別団体で2位、講道館杯では3位に入った。4年の時には体重別団体で優勝すると、学生体重別では決勝で大学の1年後輩となる豊田眞太朗を破って優勝した。さらに講道館杯でも決勝で了徳寺学園職員の小川武志を破って優勝を飾った。
満山 浩之(みつやま ひろゆき、1984年7月23日 - )… 満山 浩之(みつやま ひろゆき、1984年7月23日 - )は、日本の元サッカー選手。現役時代はブラジル、エストニアでプレー。現在は牧師をしている。 幼稚園の頃から兄の影響でサッカーを始め、町田JFCに入団。同期には阿部祐大朗がいる。高校進学時には、7クラブ・高校からオファーが来るも佐々木雅尚元日本代表サッカー選手が指導する保善高校へ入学。高校では東京都ベスト4で敗れ、全国大会へは出場していない。その後、国士館大学へ進み、トップチームではプレーできなかった。同期には、柴崎晃誠、養父雄二などがいる。 大学4年時にサッカー部を辞め、当時アカデミーチームが存続していたRequios.FCへ入団。その後、ブラジルへの挑戦を与えられ、単身ブラジルへ渡る。