田中誠二(たなか せいじ、1937年4月13日 - )は日本… 田中誠二(たなか せいじ、1937年4月13日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はA型。東海財務局長、税務大学校長、長野銀行頭取、同行会長などを歴任。 東京都大田区出身。世田谷区立奥沢中学校、東京都立日比谷高等学校、東京大学法学部卒業。1961年4月 大蔵省入省(為替局総務課)。1967年7月 高田税務署長。1984年6月 理財局国有財産総括課長。1985年6月 大臣官房会計課長。1986年6月10日 東海財務局長。1987年6月 税務大学校長。1988年6月 退官。同年7月 船舶整備公団理事。1990年7月 証券保管振替機構常務理事。1993年6月 同機構専務理事。1996年5月 長野銀行顧問。
八木橋 惇夫(やぎはし あつお、1937年4月8日 - )は… 八木橋 惇夫(やぎはし あつお、1937年4月8日 - )は、日本の官僚。環境事務次官、商工組合中央金庫副理事長、沖縄振興開発金融公庫理事長などを務めた。
村井 仁(むらい じん、1937年3月28日 – )は、日本… 村井 仁(むらい じん、1937年3月28日 – )は、日本の通産官僚、政治家。
寺村 信行(てらむら のぶゆき、1937年3月24日 - )… 寺村 信行(てらむら のぶゆき、1937年3月24日 - )は、日本の官僚。元国税庁長官。血液型はB型。 満洲生まれ、育ちは愛知県。蒲郡市立形原小学校、形原中学校中途で港区立青山中学校に転校。都立日比谷高校を経て東京大学法学部三類(政治学)を卒業後の1961年、大蔵省入省。最初の配属は、銀行局金融制度調査官付(のちの同局調査課)。1967年7月、名古屋北税務署長。 主に官房と主計局に長く在籍し、銀行局経験は入省時の2年2ヶ月余りと、総務課長補佐(総括)時代(1976年7月 - 1977年6月)のみ。その後、主計官(法規課)、同(農林水産担当)などを経て、山口光秀次官 - 西垣昭官房長時代、続いて吉野良彦次官 - 小粥正巳官房長時代の1985年 - 1987年の2年間、官房秘書課長。
畠山蕃(はたけやま しげる、1937年3月18日 - 199… 畠山蕃(はたけやま しげる、1937年3月18日 - 1995年6月1日)は、日本の大蔵官僚。防衛事務次官。血液型はO型。兄は通産審議官などを務めた畠山襄、甥は資源エネルギー庁次長や産業技術環境局長を歴任した畠山陽二郎。 東京都出身(父は東京都、母は鹿児島県)。武蔵高等学校中学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1961年 大蔵省入省(主計局法規課)。1966年9月 厚生省薬務局企業課企画係長。1967年10月 厚生省環境衛生局環境衛生課。課長補佐時代は主に主計局を中心に勤務。1977年6月 熊本県企画開発部長。主計局主計官(防衛担当)、主計局調査課長などを経て、1985年6月 大臣官房調査企画課長。
篠沢 恭助(しのざわ きょうすけ、1937年(昭和12年)3… 篠沢 恭助(しのざわ きょうすけ、1937年(昭和12年)3月1日 - )は、日本の官僚。元大蔵事務次官。 東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)、東京大学法学部第二類(公法コース)卒業後、大蔵省入省(為替局総務課)。 当時の事務次官候補の異動としては珍しく、大臣官房の文書課長や秘書課長、地方支分部局の局長などを経ずに主計局総務課長から、いきなり同局の末席次長に抜擢された。同期の千野忠男は主計官補佐(主査)、主計局総務課企画官、主計官、文書課長、近畿財務局長を経験していたが、他の同期より年齢が上で、主計局長→事務次官の順番待ちの最中に定年の壁に引っかかるため、篠沢を主計コースとし、千野を財務官となる国際金融コースへと変更した。
小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月2… 小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月22日 - )は、日本の政治家、防衛官僚。新潟県加茂市長(6期)、防衛研究所長などを歴任した。 新潟県加茂市生まれ。加茂市立加茂中学校、新潟県立三条高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1960年、防衛庁に入庁。英国王立国防大学に留学し、帰国後は防衛庁防衛局計画官、防衛庁長官官房防衛審議官、防衛研究所長を歴任した。1990年に防衛庁教育訓練局長に就任。1992年6月に防衛庁を退官。同年7月、防衛大学校学術・教育振興会理事長に就任。 1995年4月、加茂市長選挙に無所属で立候補し、初当選。以後6期連続当選。2003年に勃発したイラク戦争に関しては、元防衛官僚ながら小泉純一郎首相によるイラクへの自衛隊派遣に反対する要望書を政府に提出した。
松野 春樹(まつの はるき、1937年1月24日 - 200… 松野 春樹(まつの はるき、1937年1月24日 - 2008年7月3日)は、山梨県出身の元郵政官僚、元郵政事務次官。 山梨県立甲府第一高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1960年に郵政省に入省。1977年郵政局輸送課長。1979年人事局管理課長、1981年大臣官房経理部主計課長、1983年大臣官房秘書課長、1985年6月電気通信局電気通信事業部長、1988年6月大臣官房長、1989年6月簡易保険局長、1990年6月貯金局長、1992年7月通信政策局長、1993年7月電気通信局長、1994年7月より郵政事務次官を務めた。叙位叙勲は、従三位瑞宝中綬章。 郵政省退官後は、財団法人日本データ通信協会理事長、郵便貯金振興会理事長などを務め、2000年よりNTT代表取締役副社長。
山内 豊徳(やまのうち とよのり、1937年1月9日 ‐ 1… 山内 豊徳(やまのうち とよのり、1937年1月9日 ‐ 1990年12月5日)は日本の官僚、元環境庁企画調整局長。
白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大… 白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者。元大蔵省国際金融局次長。専門は国際金融論、開発経済学。 東京都立大学附属高等学校を経て、1960年に東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。大蔵省に入省する(為替局総務課)。1962年6月に関東財務局理財部。1963年6月には経済企画庁調整局貿易為替課へ出向。1964年4月に大臣官房財務参事官付調査主任(フルブライト留学生としてコロンビア大学留学)。1966年12月に国際金融局企画課長補佐(総括・企画・貴金属特会)。その後、IMF財務局上級エコノミストやOECD日本政府代表参事官などを経て、国際金融局課長・次長となる。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
藤井 治芳(ふじい はるほ、1936年10月1日 - )は、… 藤井 治芳(ふじい はるほ、1936年10月1日 - )は、日本の官僚。過去に、日本道路公団総裁・副総裁、建設事務次官、駐車場整備推進機構理事長を歴任。
川合 淳二(かわい じゅんじ、1936年〈昭和11年〉9月2… 川合 淳二(かわい じゅんじ、1936年〈昭和11年〉9月22日 - )は、日本の農林官僚。水産庁長官を務めた。静岡県出身。 1960年に東京大学法学部を卒業し、同年に農林省に入省した。1986年7月に大臣官房総務審議官に就任し、1992年7月から1993年10月までに水産庁長官を務めた。 2007年4月に瑞宝重光章を受章。
緒方 謙二郎(おがた けんじろう、1936年9月8日 - )… 緒方 謙二郎(おがた けんじろう、1936年9月8日 - )は日本の通産官僚。血液型はB型。資源エネルギー庁長官、川崎重工業副社長、日中経済協会理事長、東京浦高会会長などを歴任。兄は国立国会図書館元館長の緒方信一郎[要出典]。 埼玉県浦和市出身(父は福井県、母は和歌山県)。埼玉県立浦和高等学校、東京大学法学部卒業。1960年 通商産業省入省。配属先は大臣官房調査統計部管理課。1975年 通商産業省生活産業局住宅産業課長。1978年 資源エネルギー庁ガス事業課長。1981年 通商産業省基礎産業局鉄鋼業務課長。1984年 通商産業省大臣官房会計課長。1988年 科学技術庁科学技術振興局長。1989年 科学技術庁原子力局長。
公文 宏(くもん ひろし、1936年9月6日 - 2020年… 公文 宏(くもん ひろし、1936年9月6日 - 2020年1月8日)は、日本の大蔵官僚。国土庁長官官房長、内閣官房内閣内政審議室長、国土事務次官、石油公団副総裁、住友生命総合研究所副社長などを歴任。血液型はAB型。 香川県坂出市出身(父母も香川県)。香川県立坂出高等学校、東京大学法学部卒業。東大法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。1959年 大蔵省に入省(主計局総務課)。総務課長に中尾博之、その後、主計官(総務課企画担当)に海堀洋平が就き、同期で同じ係には斎藤次郎がいた。1966年7月1日 甲府税務署長。主に課長補佐時代は大臣官房と主計局に勤務。1968年7月から2年間は和歌山県総務部財政課長として出向。
土田 正顕(つちだ まさあき、1936年8月18日 - 20… 土田 正顕(つちだ まさあき、1936年8月18日 - 2004年1月30日)は、日本の官僚。元国税庁長官(第25代)。東京証券取引所社長(初代)。秋田県由利郡矢島町(現・由利本荘市矢島町)出身。 学習院初等科、学習院中等科、都立小石川高校を経て、1959年4月、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業、大蔵省にトップで入省。大臣官房文書課配属。大蔵省の入省同期には斎藤次郎(大蔵事務次官、日本郵政社長)、公文宏(国土事務次官、内閣内政審議室長)、大須敏生(理財局長)、瀧島義光(関税局長、生命保険協会副会長)、日吉章(防衛事務次官)、米倉明(東大法学部名誉教授)、永谷敬三(ブリティッシュコロンビア大学名誉教授)ら。
藤田弘志(ふじた ひろし、1936年7月1日 - )は日本の… 藤田弘志(ふじた ひろし、1936年7月1日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はA型。 京都府福知山市出身(父母も京都府出身)。京都府立福知山高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1960年 大蔵省入省(主計局総務課)。1966年7月 大阪国税局富田林税務署長。その後は経済企画庁総合計画局、証券局で勤務し、主計局の主計官補佐(主査)としては1〜2年目には司法、警察予算、3年目には防衛予算の係に着いた。関税局総務課長の後、1985年7月1日に富山県副知事となり、1987年7月1日 理財局次長(国有担当)。1988年6月15日 理財局次長(国有担当)を兼ねたうえで関東財務局長に就任。1989年6月23日 退官。
鶴岡 俊彦(つるおか としひこ、1936年5月4日 - 20… 鶴岡 俊彦(つるおか としひこ、1936年5月4日 - 2008年7月14日 )は、日本の農林官僚。水産庁長官、食糧庁長官を務めた。香川県出身。 1959年に東京大学法学部を卒業し、同年に農林省に入省した(林野庁林政課)。1988年7月に大臣官房総務審議官に就任し、1989年に大臣官房長、1991年に水産庁長官、1992年に食糧庁長官を経て、1997年から2003年10月までに農林漁業金融公庫総裁を務めた。 2006年4月に瑞宝重光章を受章。 2008年7月14日肺炎で死去。72歳没。
岩崎文哉(いわさき ふみや、1936年 <昭和11年> 4月… 岩崎文哉(いわさき ふみや、1936年 <昭和11年> 4月1日 - 2024年 <令和6年> 11月18日)は日本の大蔵官僚。血液型は型。国際金融局総務課長、神戸税関長、大臣官房審議官(国際金融局担当)、国際金融局次長、印刷局長などを歴任した。位階は従四位。 東京府東京市杉並区出身(父は福島県、母は岡山県)。東京都立新宿高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1959年4月 大蔵省に入省。銀行局金融制度調査官付。1966年7月 八王子税務署長。課長補佐時代は主に国際金融局で勤務。1983年6月 国際金融局総務課長。1984年6月 神戸税関長。1985年6月 大臣官房審議官(国際金融局担当)。1987年6月 国際金融局次長。
宮本 春樹(みやもと はるき、1936年3月30日 - 20… 宮本 春樹(みやもと はるき、1936年3月30日 - 2016年12月11日 )は、日本の運輸官僚。海上保安庁長官などを務めた。 千葉県出身。1959年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省した。1990年6月に航空局長を経て、1991年6月に海上保安庁長官に就任し、1997年10月には運輸施設整備事業団理事長に就任。2000年7月に空港施設顧問に就任し、2001年6月に社長に昇格し、2006年6月には会長に就任した。 2006年4月に瑞宝重光章を受章。。 2016年12月11日、病気のために死去。80歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
角谷 正彦(かどたに まさひこ、1936年2月14日 - 2… 角谷 正彦(かどたに まさひこ、1936年2月14日 - 2019年9月22日)は、日本の官僚。元国税庁長官。三重県四日市市出身。 父親が東北大学教授となったことにより宮城県に転勤し、東北大学附属小学校、東北大学附属中学校卒業。その後、父親が三重大学教授になったことで、故郷の三重県に戻り、三重県立亀山高等学校卒業後、東京大学入学。在学中は宮澤俊義の憲法ゼミに所属。成績が大学でトップだったため、宮澤からは「かならずキミに憲法の講座を譲るから、大学に残ってくれ」といわれ、東大教授のイスを約束されていた。大学の同期に福井俊彦など。
國分 正明(こくぶん まさあき、1936年(昭和11年)2月… 國分 正明(こくぶん まさあき、1936年(昭和11年)2月7日 - )は、日本の官僚。元文部事務次官。福島県三春町出身。 福島県出身。東京大学法学部卒業後、文部省入省(社会教育局社会教育課)。大臣官房会計課長、高等教育局私学部長体育局長、高等教育局長などを経て、1989年(平成元年)4月 大臣官房長。1990年(平成2年)7月 文部事務次官に就任。 1992年(平成4年)に退官後。同年から1995年(平成7年)まで公立学校共済組合理事長、1995年(平成7年)から2004年(平成16年)まで日本芸術文化振興会理事長を務めた。 2003年(平成15年)より財団法人修養団(現 公益財団法人修養団)理事長。
紀内 隆宏(きうち たかひろ、1936年1月20日 - 20… 紀内 隆宏(きうち たかひろ、1936年1月20日 - 2017年7月29日)は日本の自治官僚。大臣官房総務審議官、行政局長、消防庁長官、全国知事会事務総長などを歴任。瑞宝重光章受章。位階は正四位。 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1961年 自治省に入省(鹿児島県東京事務所文書課兼財政課兼地方課)。1986年10月 滋賀県副知事。1988年7月 自治省大臣官房審議官(財政担当)。1990年7月2日 自治省大臣官房総務審議官。1991年10月15日 行政局長。1993年7月1日 消防庁長官。1995年1月17日 退官。1996年8月 全国知事会事務総長。2002年 財団法人全国市町村振興協会理事長。
斎藤 次郎(さいとう じろう 、1936年〈昭和11年〉1月… 斎藤 次郎(さいとう じろう 、1936年〈昭和11年〉1月15日 - )は、日本の大蔵官僚、実業家。大蔵事務次官、東京金融取引所代表取締役社長、日本郵政代表執行役社長を歴任。血液型はA型。 関東州・大連市出身。父親は満鉄調査部に勤務していた。第二次世界大戦終結後の1948年に内地に引揚げ、成城中学校(新宿区)から東京都立新宿高等学校に進学。新宿高校3年次に東京大学旧文科一類(現在の文科一類と文科二類の前身)を受けるも不合格となる。その後は浪人。予備校に通わなかったが、模試では常に5番目になっていた。東京大学法学部第1類(私法コース)時代は3Bという教室に在籍しており、大蔵省同期となる日吉章らがいた。
京谷 昭夫(きょうや あきお、1936年(昭和11年)1月6… 京谷 昭夫(きょうや あきお、1936年(昭和11年)1月6日 - 1996年(平成8年)5月6日)は、日本の農水官僚。水産庁長官、食糧庁長官、農林水産事務次官、日本中央競馬会理事長。青森県出身2人目の事務次官。 青森県八戸市生まれ。八戸市立第二中学校、青森県立八戸高等学校、東京大学法学部を経て1958年に農林省入省。三重県農政課長、農林水産省畜産局長、水産庁長官、食糧庁長官などを経て1992年事務次官に就任。退官後、1995年に日本中央競馬会理事長に就任。在任中には日本中央競馬会としてはじめての女性ジョッキーを誕生させるなどの功績を残した。また、スーパーオトメが厩舎から逃げ出して首都高速道路を走った問題などの収拾に追われた。
鎌田 吉郎(かまた よしろう、1935年(昭和10年)11月… 鎌田 吉郎(かまた よしろう、1935年(昭和10年)11月28日 - )は、日本の通産官僚。元資源エネルギー庁長官。瑞宝重光章。 旧通産省同期入省者には、棚橋祐治、小川邦夫(日本自転車振興会会長、特許庁長官)、佐藤満秋(日本ガス機器検査協会理事長)、弘津匡啓(日本鉄鋼連盟専務理事・事務局長、国土庁長官官房審議官)、井上宣時(日中経済協会理事長)など。
高橋 達直(たかはし みちなお、1935年(昭和10年)11… 高橋 達直(たかはし みちなお、1935年(昭和10年)11月20日 - )は、日本の通産官僚。元中小企業庁長官。元ライオン社長。
田島 信威(たじま のぶとし、1935年11月15日 - )… 田島 信威(たじま のぶとし、1935年11月15日 - )は、日本の官僚、大学教授。 1961年に東京大学法学部を卒業後、参議院法制局に1999年まで勤務した。1995年から1999年までは法制局の局長を務めている。退職後は大学教授として教鞭をとった。2007年(平成19年)11月3日に瑞宝重光章を受章。 代表的な著書に参議院法制局在職時代に著した『最新法令の読解法』(初版1980年、第3版2006年、ぎょうせい)があり、その他、法令や条例関係の著述が共著のものも含め数冊ある。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
湯浅 利夫(ゆあさ としお、1935年(昭和10年)10月3… 湯浅 利夫(ゆあさ としお、1935年(昭和10年)10月3日 - )は、日本の官僚、公益財団法人菊葉文化協会理事長。元宮内庁長官、元自治事務次官。
安藤 忠夫 (あんどう ただお、1935年〈昭和10年〉9月… 安藤 忠夫 (あんどう ただお、1935年〈昭和10年〉9月6日 - 2022年 <令和4年> 10月22日) は、日本の警察官僚。第78代警視総監、初代内閣危機管理監。 岡山県出身。1959年、東京大学法学部を卒業し、警察庁に入庁し警視庁上野警察署に配属された。 以後、宮城県警察本部刑事部防犯少年課長、千葉県警察本部刑事部捜査第二課長、兵庫県警察本部刑事部捜査第二課長、建設省道路局路政課課長補佐、警視庁警備部参事官兼警備第一課長、同警務部参事官兼第一方面本部長、鈴木善幸内閣総理大臣秘書官、警視庁警備部長、警察庁交通局交通企画課長、同警務局人事課長、警視庁総務部長、千葉県警察本部長、警視庁副総監、警察庁警務局長などを歴任。
柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月… 柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月18日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。静岡県農業共済組合連合会会長理事、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会理事長。報道等では柳沢 伯夫とも表記される。 衆議院議員(8期)、国土庁長官(第31代)、金融再生担当大臣(小渕内閣)、金融再生委員会委員長(初・第7代)、金融担当大臣(初代)、自由民主党税制調査会会長、厚生労働大臣(第7代)、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、城西国際大学学長、社団法人日本茶業中央会会長、静岡県土地改良事業団体連合会会長、全国土地改良事業団体連合会理事、河村電器産業株式会社監査役(非常勤)などを現任・歴任。
片山 虎之助(かたやま とらのすけ、1935年〈昭和10年〉… 片山 虎之助(かたやま とらのすけ、1935年〈昭和10年〉8月2日 - 2025年〈令和7年〉12月18日)は、日本の政治家、自治官僚。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。 総務大臣(初代・第2代)、郵政大臣(第68代)、自治大臣(第57代)、総務庁長官(第26代)、参議院議員(5期)、参議院予算委員長、自由民主党参議院幹事長・参議院国会対策委員長、たちあがれ日本参議院幹事長、旧日本維新の会国会議員団政策調査会長兼参議院議員団会長、維新の党総務会長兼参議院会長、日本維新の会共同代表兼国会議員団代表兼参議院会長、日本消防協会会長、日本防火協会会長等を歴任。 日本維新の会所属の参議院議員の片山大介は次男。
堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 20… 堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 2019年2月8日)は、日本の政治家、通産官僚、小説家、評論家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 経済企画庁長官(第55・56・57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任した。また、株式会社堺屋太一事務所および株式会社堺屋太一研究所の代表取締役社長であり、様々な博覧会のプロデューサーとしても活動していた。 本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)であり、ペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったものである(堺屋は屋号にあたる)。 谷町に近い大阪市東区岡山町(現:中央区玉造)生まれ。
寺嶋 潔(てらしま きよし、1935年7月2日 - )は、日… 寺嶋 潔(てらしま きよし、1935年7月2日 - )は、日本の運輸官僚。帝都高速度交通営団総裁を務めた。 愛知県出身。1960年に東京大学法学部公法学科を卒業し、同年に運輸省に入省した。1985年6月に大臣官房審議官、1989年6月に貨物流通局長、1990年6月に国際運輸・観光局長、1991年7月に運輸審議官を歴任した。1993年7月に帝都高速度交通営団副総裁に就任し、1996年7月に総裁に昇格し、2000年に日比谷線事故で責任を取る形で辞任した。 2002年2月に海事産業研究所の理事長兼所長に就任。 営団最後の総裁土坂泰敏が2022年に死去して以来、営団総裁経験者最後の存命者となっている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
小林 實(こばやし まこと、1935年6月1日 - 2017… 小林 實(こばやし まこと、1935年6月1日 - 2017年6月18日)は、日本の自治官僚。長野県長野市出身。 長野県長野高等学校を経て、昭和33年(1958年)東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。同年、自治庁(現総務省)に入庁し、北海道庁に配属される。同39年(1964年)栃木県総務部地方課長、同42年(1967年)京都府教育管理課長、同48年(1973年)自治省大臣官房参事官、同55年(1980年)北九州市助役、同58年(1983年)同省財政局財政課長、同61年(1986年)自治省大臣官房審議官、同62年(1987年)10月1日 同大臣総務審議官、平成元年(1989年)6月 同大臣官房長、同平成2年(1990年)7月 財政局長などを歴任後、同3年(1991年)10月 自治事務次官を務めた。
塩田 澄夫(しおだすみお 1935年2月20日 - 2017… 塩田 澄夫(しおだすみお 1935年2月20日 - 2017年12月15日)は、日本の官僚。 東京都出身。1957年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1989年6月に海上保安庁長官に就任し、1990年7月に日本長期信用銀行顧問、1991年7月に帝都高速度交通営団副総裁を経て、1993年6月に日本鉄道建設公団総裁に就任。 2005年4月に瑞宝重光章を受章した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
望月 薫雄(もちづき しげお、1935年 - )は、日本の官… 望月 薫雄(もちづき しげお、1935年 - )は、日本の官僚。元建設事務次官。元住宅金融公庫総裁。 長野県穂高町(現・安曇野市)生まれ。東京大学法学部卒業後、建設省入省。道路局次長、建設経済局長、大臣官房長を経て、1993年(平成5年)に建設事務次官に就任。退官後は建設省顧問、建設経済研究所理事長を経て1997年(平成9年)に住宅金融公庫総裁。退任後は不動産適正取引推進機構理事長を務める。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
中村 徹 (なかむら とおる、1935年〈昭和10年〉 - … 中村 徹 (なかむら とおる、1935年〈昭和10年〉 - 2024年〈令和6年〉8月20日) は日本の運輸官僚。運輸省航空局長や、運輸事務次官等を歴任し、退官後は新東京国際空港公団総裁や日本観光協会会長などを務めた。位階勲等は正四位瑞宝重光章。 他に成田国際空港株式会社の顧問などを務めた。
城内 康光(きうち やすみつ、1934年(昭和9年)12月5… 城内 康光(きうち やすみつ、1934年(昭和9年)12月5日 - )は、日本の元警察官僚。元警察庁長官。日本会議代表委員。長男は現衆議院議員の城内実。
日向隆(ひなた たかし、1934年11月16日 - 2019… 日向隆(ひなた たかし、1934年11月16日 - 2019年2月8日)は日本の大蔵官僚。国税庁次長、東京国税局長、さわやか信用金庫初代理事長などを歴任。血液型はB型。 山梨県北巨摩郡出身(父母も山梨県)。山梨県立日川高等学校、東京大学法学部卒業。1959年 大蔵省入省(主税局調査課)。1965年7月 三原税務署長。1983年6月 国税庁長官官房総務課長。1984年6月27日 広島国税局長。1985年6月 国税庁調査査察部長。1987年6月25日 国税庁次長。1988年6月15日 東京国税局長。1989年6月23日 退官。同年7月 国民金融公庫理事。1991年7月 証券投資信託協会副会長兼専務理事。
桜井直(さくらい ただし、1934年10月3日 - )は日本… 桜井直(さくらい ただし、1934年10月3日 - )は日本の大蔵官僚。札幌国税局長、国税不服審判所次長、畜産振興事業団理事、道路開発振興センター副理事長、中小企業国際人材育成事業団理事などを歴任。 長野県出身。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1960年 大蔵省入省(主計局総務課)。1966年7月1日 飯田税務署長。1982年6月11日 内閣官房内閣調査室内閣調査官。1983年6月7日 札幌国税局長。1985年6月25日 国税不服審判所次長。1986年6月9日 退官。同年7月 畜産振興事業団理事。1992年6月 関西国際空港常務。1993年5月 同空港専務。1995年7月 道路開発振興センター副理事長。
末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月2… 末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月20日 - 2025年(令和7年)12月14日)は、日本の元政治家・官僚。国土庁土地局長を経て、北九州市長を1987年から2007年まで5期20年の長期にわたり務める。同市長を引退後は、外務省参与、内閣官房参与、財務省参与を歴任した。 2009年6月から2018年6月まで、アジア成長研究所(本部:北九州市小倉北区)理事長を務める。後に同研究所名誉理事長。 1934年(昭和9年)、兵庫県西宮市生まれ。本籍は小倉市(現:北九州市)。小学校時代の1945年(昭和20年)8月に第二次世界大戦の終結を経験したとき「世の中に絶対というものはない」と感じたという。
大山 綱明(おおやま つなあき、1934年9月17日 - 2… 大山 綱明(おおやま つなあき、1934年9月17日 - 2024年6月9日)は、日本の大蔵官僚。大臣官房審議官(主税局担当)、関税局長、農用地整備公団副理事長、サントリー副社長、全国清涼飲料連合会会長、公益財団法人日本関税協会理事長などを務めた。 鹿児島県出身。都立戸山高校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1957年 大蔵省入省(主計局法規課)。1964年7月 藤沢税務署長。外務省在ニューヨーク日本総領事館領事の後、1971年7月 銀行局銀行課長補佐(総括・都市銀行等)。1973年7月 国際金融局総務課長補佐(総括)。1974年7月 国税庁長官官房参事官。1975年7月 主税局主税企画官。
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月2… 武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。位階は従三位。 八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。 滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。兄勘一。滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
三谷 浩(みたに ひろし、1934年(昭和9年)8月26日 … 三谷 浩(みたに ひろし、1934年(昭和9年)8月26日 - 2020年9月27日)は、日本の建設官僚。元建設事務次官。工学博士。
佐藤 ギン子(さとう ギンこ、1934年7月6日 - 202… 佐藤 ギン子(さとう ギンこ、1934年7月6日 - 2023年12月9日)は、日本の労働官僚、外交官、実業家。駐ケニア特命全権大使、証券取引等監視委員会委員長を務めた。 1958年に東京大学教養学部卒業後、労働省入省。婦人局長などを務めたのち、ケニア大使になった。 女性労働協会会長、女性労働協会名誉会長、銀行等保有株式取得機構運営委員、国際教育振興会理事、日立製作所取締役、東京大学女子卒業生同窓会さつき会会員、ヘルシーソサエティ賞審査委員会委員などの要職を歴任した。夫は元通産官僚で日本ガス機器検査協会理事長などを務めた佐藤満秋。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
若林 正俊(わかばやし まさとし、1934年〈昭和9年〉7月… 若林 正俊(わかばやし まさとし、1934年〈昭和9年〉7月4日 - 2023年〈令和5年〉11月11日)は、日本の農林水産官僚、政治家。位階は従三位、勲等は旭日大綬章。 農林水産大臣(第43・45・46代)、環境大臣(第8代)、財務副大臣(第2次森改造内閣(中央省庁再編後)・第1次小泉内閣)、大蔵総括政務次官(第2次森改造内閣(中央省庁再編前))、総務政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣)、参議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員長、参議院農林水産委員長、参議院政治倫理審査会会長、参議院議員(2期)、衆議院議員(3期)などを歴任した。 「若」の字は、くさかんむりの部分が3画の「艹」ではなく、4画の「十十」である字体を正式な表記としている。
鈴木 一郎(すずき いちろう、1934年6月23日 - 20… 鈴木 一郎(すずき いちろう、1934年6月23日 - 2013年3月10日)は、日本の政治家、農林官僚。大分県中津市長(4期16年間)。 大分県中津市出身の医師、鈴木圭吉の長男。圭吉は京都帝国大学卒業後、1939年に杵築市で医院開業。一郎は杵築市で育つ。杵築小学校、杵築中学校から東京都立日比谷高等学校に入学。東京大学法学部を卒業後、1957年農林省入省。水産庁参事官、通産省貿易局農水産課長、構造改善局課長、九州農政局次長、東京営林局長、東北農政局長などを歴任。1987年、中津市長に当選。2003年まで4期16年間、財政再建、教育文化施設の整備、中津港の拡充、ダイハツの誘致などに努めた。ダイハツ九州は中津を本社とし、工場は2004年に操業を開始して雇用を生み出している。
藤田 恒郎(ふじた つねお、1934年(昭和9年)5月31日… 藤田 恒郎(ふじた つねお、1934年(昭和9年)5月31日 - 2025年(令和7年)7月7日)は、日本の財務官僚。大蔵省証券局長、北海道銀行頭取、学校法人札幌学院大学理事長等を歴任した。山口県防府市生まれ。