井上 弘一(いのうえ ひろかず、1945年 - )は、日本の… 井上 弘一(いのうえ ひろかず、1945年 - )は、日本の遺伝学の研究者である。埼玉大学名誉教授。専門分野は微生物遺伝学。アカパンカビにおけるDNA修復機構の解明と、その突然変異生成への関わりについて研究している。また、ポストゲノムの研究として遺伝子ターゲッティング法を成功させた。徳島県吉野川市鴨島町出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物… 菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物理学の研究者である。工学博士(東京大学)。大阪大学名誉教授。専門は放射光、高エネルギー分光、光電子分光、ナノ磁性。35年間にわたり日独の国際共同研究を推進した。岡山県岡山市出身。
土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10… 土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10月29日)は、東京大学名誉教授・日本教育史研究者、父は元住友化学社長・元経団連副会長の土方武(1915年 - 2008年)、夫は一橋大学名誉教授・西洋経済史家の藤田幸一郎。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
片平 洌彦(かたひら きよひこ、1944年9月17日 - 2… 片平 洌彦(かたひら きよひこ、1944年9月17日 - 2024年8月18日[要出典])は、日本神奈川県足柄上郡共和村生まれの研究者。保健学博士(東京大学)。 子供時代は病気がちだったが、勉学に勤しみ東京大学医学部に進学。当時は東大紛争の真っ只中。暴力の嵐の中にあって常に対話を重んじ平和的な姿勢を貫いた。体力に自信がないため医者の道ではなく人々の健康を守る保健学研究者の道を選んだという。 大学院時代から厚生省調査研究班の一員となりスモン病の被害者調査に参加し、その研究をまとめた論文で博士号を取得。この被害者の立場にたった調査・研究が原点となり、生涯をかけて薬害研究を行った。 東京医科歯科大学難治疾患研究所臨床薬理学研究室の佐久間昭教授のもとで助手、のちに助教授となった。
佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は… 佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、舞踊評論家。 東京女子大学名誉教授。専門はマルセル・プルースト、舞踊論。 石川県金沢市生まれ。作家・杉森久英の長女。子ども時代にバレエを習い始め、のち日本舞踊を修める。1967年東京大学仏文科卒、1970年同大学院修士課程修了、博士課程中退。77年には東京女子大学助教授、のち教授。 2007年まで数年間、NHK経営委員を務めた(任期満了で退任)。 2024年4月、瑞宝小綬章を受章
宇野 茂彦(うの しげひこ、1944年〈昭和19年〉5月20… 宇野 茂彦(うの しげひこ、1944年〈昭和19年〉5月20日 - )は、日本の中国学者・中国哲学研究者。中央大学名誉教授。斯文会理事長。 1944年5月20日、東京都にて宇野精一の長男として生まれた。東京大学文学部Ⅰ類中国哲学専修で学び、1969年に卒業。同大学大学院人文科学研究科に進み、1974年に博士課程を満期退学。 その後は、愛知教育大学で教鞭を執った。青山学院大学を経て、1984年に名古屋大学文学部助教授となり、中国哲学研究室を担当した。1989年に教授昇格。1994年に中央大学文学部教授となり、哲学専修を主に受け持った。2005年から2009年には文学部長を務めた。また、2005年4月から10月には中央大学杉並高等学校校長も務めた。
村上 勝三(むらかみ かつぞ、1944年4月23日 - )は… 村上 勝三(むらかみ かつぞ、1944年4月23日 - )は、日本の哲学研究者、東洋大学元研究科教授。文学博士。 1971年東京大学文学部哲学科卒、1979年同大学院博士課程満期退学。1981年山口大学講師、1983年助教授、1993年東洋大学教授。1991年「デカルト形而上学の成立」で東大文学博士。 1998年から1999年フランスのマルクブロック大学交換研究員、2011年7月から2016年3月まで東洋大学国際哲学研究センター長に就任。2014年に同大教授を退職。2015年に同大学大学院特任教授に就き、教鞭を取った。
鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )… 鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、文芸評論家、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。紀行作家、写真家、詩人としても活躍。 愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部仏文科卒。1972年、倉橋健一、清水昶、藤井貞和、佐々木幹郎、米村敏人とともに、詩誌「白鯨」を創刊。1991年、アルチュール・ランボー没後100年に、写真家の大島洋とともにランボー紀行を行ない、イエメンのアデン、エジプトのカイロ、キプロスのラルナカ等を歴訪。翌年、四谷三丁目のギャラリー「モール」で写真展「ランボーのスティーマー・ポイント」を開催。同年、同題の本を集英社から刊行。同年、渋谷パルコで粟津則雄、渋沢孝輔、島田雅彦、瀬尾育生とともに、シンポジウム「ランボー101年」を開催。
加々美 光行(かがみ みつゆき、1944年3月19日 - 2… 加々美 光行(かがみ みつゆき、1944年3月19日 - 2022年4月22日)は、日本の現代政治思想の研究者。愛知大学名誉教授。同大国際中国学研究センターフェロー。日本貿易振興会アジア経済研究所名誉研究員。中国南開大学歴史学院客員教授。霞山会顧問。元日中社会学会理事、元中国研究所理事、元日本現代中国学会理事。中国芸術院中国文化研究所「世界漢学」編集委員、南京大学「中国研究」編集委員。国家論から説き起こした文化大革命研究や民族問題研究で知られる。 大阪府布施市(現・東大阪市)生まれ、東京都杉並区育ち。 アジア経済研究所に在職時代の1972年から80年まで哲学者の市井三郎と共同で山梨県大月市朝日小沢で畑を開墾し農耕に従事する。
【スムリティ(聖伝)】 上村 勝彦(かみむら かつひこ、19… 【スムリティ(聖伝)】 上村 勝彦(かみむら かつひこ、1944年3月5日 - 2003年1月24日)は、日本の古代インド文学研究者、東京大学東洋文化研究所教授を務めた。文学博士。 東京都台東区の浅草寺支院に生まれる。サンスクリット文学、インド哲学・思想を研究し、もっとも難解な言語と評されるインド古典語サンスクリット語(梵語)による文学作品を非常に分かり易く、親しみやすい日本語で考察した著作は、高い評価を受けている。初の『マハーバーラタ』(全11巻予定)の原典全訳を行っていたが、8巻目の中途で急逝し未完となった。2005年5月に遺稿となった最終第8巻(追悼あとがきは師原實による)が刊行された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年… 佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年7月)は、日本の哲学研究者、倫理学者。東京大学名誉教授。 東京都生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1968年東京大学文学部倫理学科卒業、1973年同大学院博士課程単位取得退学、教養学部社会科学科助手、1977年東洋大学文学部専任講師、1980年助教授、1989年教授、1996年東京大学大学院人文社会系研究科教授、2006年定年退職、東京大学名誉教授、放送大学教授(2007-2014)、放送大学客員教授(2015-2017)。 1984年から1986年、西ドイツ・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨学生としてエアランゲン・ニュルンベルク大学哲学科に在学。
酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官… 酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官僚、入国審査官、危機管理研究者。東日本入国管理センター所長、法務省広島入国管理局長等を経て、千葉科学大学危機管理学部教授、日本危機管理学会特別顧問、東京福祉大学・大学院特任教授。ハーバード大学法学修士。 千葉県生まれ。1969年東京大学教育学部卒業。1973年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。指導教官は杉原泰雄。1978年、ハーバード大学ハーバード・ロー・スクール修士課程修了、LL.M.。法務省に入省し、東日本入国管理センター所長、高松入国管理局長、仙台入国管理局長、広島入国管理局長を経て、2005年、千葉科学大学危機管理学部危機管理システム学科教授に就任。
大里 浩秋(おおさと ひろあき、1944年 - )は、日本の… 大里 浩秋(おおさと ひろあき、1944年 - )は、日本の中国史研究者。神奈川大学外国語学部名誉教授。専門は中国近現代史、日中近現代関係史。 1944年、秋田県で生まれた。東京大学文学部中国文学科を卒業後、同大学大学院に進学し、修士課程を修了。在学中に中国・広州市の広州外国語学院(現・広東外語外貿大学)で2年半日本語教師をした。 1987年、神奈川大学外国語学部専任講師となった。1990年に助教授、1996年に教授昇格。2015年に神奈川大学を退職し、名誉教授となった。 学界では、二度(1992~1996年、2000~2002年)に渡って日本現代中国学会の理事を務めた。また、中国研究所の理事も務め、現在は同顧問。
常石 敬一(つねいし けいいち、1943年10月26日 - … 常石 敬一(つねいし けいいち、1943年10月26日 - 2023年4月24日)は、日本の科学史・科学論研究者。 神奈川大学名誉教授。主な専門は科学史、科学社会学、STS(科学技術と社会)、生物化学兵器軍縮、731部隊の研究。 東京都出身。1966年に東京都立大学理学部物理学科を卒業、東京大学大学院工学系研究科を修了後、1973年に長崎大学講師となり、同大学教養部教授を経て、1989年より神奈川大学経営学部教授。2004年定年、名誉教授。 2023年4月24日、膵臓がんのため死去。79歳没。 松本サリン事件において、外因物質もそれを推測するための薬品などにについての情報もない段階であった、各社からの事件の初報である1994年6月28日夕刊で「有機リン系の農薬などの薬品が何らかの原因で池に流れ込むなどして、水や水中の藻、微生物などと反応し、神経ガス様のものが発生した可能性がある」とコメント。
小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )… 小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )は、中世日本文学研究者。文学博士(東京大学・論文博士・1999年)(学位論文『中世説話集の研究』)。東京大学名誉教授。 東京都立川市生まれ。1972年、東京大学文学部国語国文学専修卒業、1975年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1977年、同大学大学院博士課程中退。 1975年、武蔵高等学校教諭、1977年、実践女子大学専任講師、1980年、立教大学文学部助教授、1987年同大学教授を経て、1994年、東京大学文学部教授。1999年『中世説話集の研究』で文学博士(東京大学)の学位を取得。2006年、定年退職、名誉教授。同年4月、成城大学文芸学部教授。
瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、… 瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、アメリカ文学・比較文学の研究者、東京大学・大学評価・学位授与機構名誉教授。 広島県生まれ。旧姓・中山。
筒井 正明(つつい まさあき、1943年3月26日 - )は… 筒井 正明(つつい まさあき、1943年3月26日 - )は、日本のアメリカ文学研究者、翻訳家。明治学院大学文学部英文科名誉教授。 東京市(現江東区)生まれ。1966年東京大学文学部英文科卒、1969年同大学院修士課程修了、同助手、1972年中央大学法学部専任講師、1975年助教授、1978年明治学院大学助教授、1981年教授。2013年定年退職。ジョン・アーヴィング『ガープの世界』など多数の翻訳を行なう。その間駿台予備学校、一橋学院で、長年に渡り大学受験生対象の英語の非常勤講師も務める。 『ラブ・ストーリィ』(エリック・シーガル、板倉章訳、角川書店、1970年)は、筒井の筆名による翻訳とされるが、これについては角川春樹が自分で訳して筆名で出したと語っている。
古橋 信孝(ふるはし のぶよし、1943年3月8日 - )は… 古橋 信孝(ふるはし のぶよし、1943年3月8日 - )は、日本の日本文学研究者。博士(文学)(東京大学・論文博士・1999年)(学位論文『和文学の成立』)。武蔵大学名誉教授。専攻は古代文学。第一回上代文学会賞受賞。 東京生まれ。東京都立井草高等学校卒業、東京大学文学部国文学科卒業、同大学院博士課程満期退学。1984年、「古代のうたの表現の論理」(「文学」1983年5月号)ほか1篇の業績により、第一回上代文学会賞を受賞。1999年、『和文学の成立』で東京大学より博士(文学)の学位を取得。武蔵大学助教授、教授を経て、2013年、定年退職し、名誉教授となる。万葉集を専門とするが、吉本ばななと俵万智を論じたこともある。
山田 有策(やまだ ゆうさく、1943年2月7日 - )は、… 山田 有策(やまだ ゆうさく、1943年2月7日 - )は、日本近代文学研究者。東京学芸大学名誉教授。 愛知県生まれ。東京大学国文科卒。同大学院博士課程中退。東京学芸大学助教授、教授、2008年定年退職。2024年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大森 正之(おおもり まさゆき、1943年1月 - )は、日… 大森 正之(おおもり まさゆき、1943年1月 - )は、日本の生物学研究者。東京大学名誉教授、元埼玉大学教授。シアノバクテリア(藍藻)を用いた環境応答現象の解析による、砂漠緑化などの地球環境維持への応用を研究を行っている。理学博士(東京大学、1973年)。
有山 輝雄(ありやま てるお、1943年 - )は、日本のメ… 有山 輝雄(ありやま てるお、1943年 - )は、日本のメディア史研究者、元東京経済大学コミュニケーション学部教授。「日本メディア史研究の第一人者」とも評される。 神奈川県生まれ。1967年、東京大学文学部国史学科卒業。1972年、同大学院社会学研究科社会学Bコース博士課程単位取得退学。社団法人日本新聞協会勤務、桃山学院大学社会学部助教授、成城大学文芸学部助教授、1989年教授を経て、2002年に東京経済大学コミュニケーション学部教授となった。東京経済大学では、2004年から2008年にかけてコミュニケーション学研究科研究科長を務め、2014年に定年退職。 2005年から2007年にかけて、日本マス・コミュニケーション学会会長を務めた。
幸津 國生(こうづ くにお、1943年- )は、哲学研究者、… 幸津 國生(こうづ くにお、1943年- )は、哲学研究者、評論家、日本女子大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部卒業,同大学院人文科学研究科博士課程単位取得、ドイツ・ボッフム大学ヘーゲル・アルヒーフ留学(Dr.phil.取得)。都留文科大学講師、助教授、日本女子大学教授、2011年定年退職、名誉教授。
町田 武生(まちだ たけお、1943年 - )は、日本の生命… 町田 武生(まちだ たけお、1943年 - )は、日本の生命科学の研究者。埼玉大学名誉教授。 東京都出身。千代田区立練成中学校、東京都立日比谷高等学校を経て、1967年、東京大学理学部生物学科卒業。1969年3月、東京大学大学院理学系研究科動物学専攻修士課程修了。 1972年3月、東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程修了。理学博士(東京大学)。 1972年4月、東京都立老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター)生物学部研究員(-1978年9月)。 1978年、鹿児島大学理学部生物学科助教授(-1982年3月)。1982年、 広島大学理学部生物学科助教授(-1988年9月)。 1988年、埼玉大学理学部生体制御学科助教授(-1990年4月)。
山田健三(やまだ けんぞう、1943年 - 2011年)は、… 山田健三(やまだ けんぞう、1943年 - 2011年)は、日本のレジャー産業研究者。別名:山田紘祥(やまだ こうしょう)。元文教大学国際学部教授。元交通遺児育英会評議員。 大阪府出身。東京大学工学部卒。東京大学大学院化学工学研究科修士課程を修了。その後、東京大学大学院社会学研究科修士課程へ進み、博士課程を修了。日本唯一のレジャーに関する公共的研究機関であった財団法人余暇開発センターの研究主幹等に従事した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
工藤 隆(くどう たかし、1942年4月7日 - )は、日本… 工藤 隆(くどう たかし、1942年4月7日 - )は、日本の日本文学研究者・演劇研究者、大東文化大学名誉教授。 栃木県宇都宮市生まれ。東京大学経済学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科演劇専修修士課程修了、同博士課程単位取得退学。はじめ劇作家・演劇評論家、のち上代口承文芸の研究に移り、大東文化大学文学部教授。2013年退任。『歌垣の世界 歌垣文化圏の中の日本』で2015年度志田延義賞受賞。
米重 文樹(よねしげ ふみき、1942年2月27日 - )は… 米重 文樹(よねしげ ふみき、1942年2月27日 - )は、東京大学名誉教授、スラブ語学・スラブ文学研究者。
福原 正弘(ふくはら まさひろ、1941年11月29日 - … 福原 正弘(ふくはら まさひろ、1941年11月29日 - 2004年8月11日)は、日本の人文地理学研究者、大妻女子大学教授。 兵庫県尼崎市生まれ。1967年、東京大学教養学部を卒業し、三井銀行に入行した。 1974年、東京大学から理学博士を取得した。 三井銀行では、店舗企画部副部長や、業務部調査役などを歴任したが、その後、退職して恵泉女学園大学人文学部教授に転じた。 1992年に大妻女子大社会情報学部教授となった。この間、さくら総合研究所では主席研究員、顧問を歴任した。
奥 雅博(おく まさひろ、1941年11月10日 - 200… 奥 雅博(おく まさひろ、1941年11月10日 - 2006年1月17日)は、日本の哲学研究者、大阪大学名誉教授。科学哲学、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが専門。 兵庫県生まれ。1965年東京大学教養学部卒。1969年同大学院人文科学研究科哲学博士課程中退、東京大学文学部助手、1970年新潟大学専任講師、1973年大阪大学文学部助教授、1989年教授、2005年定年退官、名誉教授。2006年、虚血性心疾患のため死去、64歳。
足立 和浩(あだち かずひろ、1941年6月18日 - 19… 足立 和浩(あだち かずひろ、1941年6月18日 - 1987年11月14日)は、日本の哲学研究者、翻訳家。 埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)生まれ。1960年、東京都立新宿高等学校卒業。1965年、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻修士課程入学。森本和夫の指導を受けた。1967年、修士課程修了、東大教養学部助手。1972年、ジャック・デリダの『グラマトロジーについて』をいち早く翻訳、1973年、立教大学専任講師、1975年、東京都立大学助教授。1981年、哲学奨励山崎賞受賞。1987年、急逝。 日本ではまだほとんど知られていない時代に、ジャック・デリダの主著を日本語訳した人物である。
新井 皓士(あらい ひろし、1941年5月 - )は、日本の… 新井 皓士(あらい ひろし、1941年5月 - )は、日本の文学研究者、ドイツ文学者、統計言語学者。一橋大学名誉教授、放送大学特任教授。 神奈川県小田原市出身。1964年東京大学独文科卒、1966年同大学院修士課程修了、静岡大学専任講師、1971年一橋大学専任講師、1973年助教授、1984年教授、1996年創設された同大言語社会研究科長、2006年定年となる。『ほらふき男爵の冒険』の超絶翻訳で知られ、統計言語学では日本文学、英文学などに対象を広げる異能の学者である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山岡 義典(やまおか よしのり、1941年4月12日 - )… 山岡 義典(やまおか よしのり、1941年4月12日 - )は日本の市民活動家、都市計画家、地域研究者。法政大学名誉教授。専門は非営利組織論、都市・地域計画論。助成財団センター理事長、市民社会創造ファンド運営委員長、日本NPOセンター顧問、シューレ大学アドバイザー。 旧満洲国(現・中国東北部)生まれ、広島で育つ。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院数物系研究科にて都市計画学を専攻。大学院在籍中に、太田博太郎のもとで「妻籠宿保存計画」の策定、丹下健三のもとで「大阪万国博覧会会場計画」の策定に関わる。 1969年から都市計画設計研究所にて都市計画の実務に従事。1977年、トヨタ財団プログラムオフィサー(のちにプログラムディレクター)。
草原 克豪(くさはら かつひで、1941年 - )は、日本の… 草原 克豪(くさはら かつひで、1941年 - )は、日本の研究者。元文部官僚。拓殖大学名誉教授。専門は新渡戸稲造研究、文教政策。所属学会は日本高等教育学会。 北海道深川市生まれ。拓殖大学北海道短期大学学長・教授、拓殖大学外国語学部教授・副学長を歴任。妻は草原真知子。
井上 修一(いのうえ しゅういち、1940年12月15日 -… 井上 修一(いのうえ しゅういち、1940年12月15日 - )は、日本のドイツ文学者、世紀末ウィーン文学の研究者。筑波大学名誉教授。井上靖記念文化財団理事長。 井上靖の長男として京都府に生まれる。1966年東京大学文学部独文学科卒業。1968年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻修士課程修了。同大学院博士課程中退。 東京大学文学部助手、國學院大學文学部講師、一橋大学講師を経てドイツのボン大学へ留学。一橋大学社会学部助教授、教授、筑波大学文芸・言語学系教授。2004年定年退官、名誉教授。プール学院大学・短大学長(大阪府堺市南区)を務めた。1995〜1997年日本独文学会理事長。
渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日… 渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日本文学研究者、中央大学名誉教授。宮沢賢治、太宰治、石川啄木など日本近代文学を専門とする。2020年瑞宝中綬章受章。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、1971年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1967年武蔵高等学校教諭、1971年立正大学教養部専任講師、1975年助教授、1976年中央大学文学部助教授、1984年教授。1986年日本近代文学会評議員。2011年定年退任、名誉教授。退任後は岩手県下閉伊郡山田町に移住した。2020年春、瑞宝中綬章受章。 妻の渡部紀子は芹沢光治良の研究者。
石 弘之(いし ひろゆき、1940年5月28日 - )は、日… 石 弘之(いし ひろゆき、1940年5月28日 - )は、日本の環境ジャーナリスト、環境問題研究者。専門は地球環境論。朝日新聞編集委員を経て東京大学教授、駐ザンビア特命全権大使等を歴任した。 その他にも、国連環境計画上級顧問、国連開発計画上級顧問、東欧環境センター常任理事、国際協力機構参与、通商産業省産業構造審議会委員、運輸省運輸政策審議会環境部会長、持続可能な開発のための日本評議会議長などを務めた。 東京市(現東京都豊島区)生まれ[要出典]。1953年、東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)卒業、1959年同中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業[要出典]、1965年東京大学教養学部教養学科卒業。
安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )… 安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )は、日本の医療工学者・物理学者・軍事学者・平和学研究者。工学博士(東京大学・1969年)(学位論文「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」)。立命館大学特命教授・名誉教授、立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長。専門は、放射線防護学、平和学。
菅野 道夫(すげの みちお、1940年〈昭和15年〉2月3日… 菅野 道夫(すげの みちお、1940年〈昭和15年〉2月3日 - 2023年〈令和5年〉8月9日)は、日本のファジィ理論研究者、数学者、人工知能学者、言語学者。工学博士。東京工業大学名誉教授。マドリード工科大学名誉博士。国際ファジィ工学研究所 顧問、日本ファジィ学会 会長、International Fuzzy Systems Association(国際ファジィシステム学会)会長などを歴任した。
曾根 博義(そね ひろよし、1940年(昭和15年)2月3日… 曾根 博義(そね ひろよし、1940年(昭和15年)2月3日 - 2016年(平成28年)6月19日)は、日本近代文学研究者・文芸評論家。日本大学名誉教授。日本近代文学館常務理事などを務めた。日本近代文学者として、伊藤整や井上靖、福永武彦らを研究、全集編集などを担当した。静岡県出身。 1958年(昭和33年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1963年(昭和38年)、東京大学経済学部卒業。二年間サラリーマンをした後、1966年(昭和41年)に『伊藤整の方法』が群像新人文学賞評論部門の優秀作に選ばれる。以後『群像』などに文藝評論を書き、日本大学芸術学部非常勤講師を経て、1972年(昭和47年)より、同文理学部専任講師などを経て日本大学文理学部国文学科教授。
生明 俊雄(あざみ としお、1940年 - )は、日本のポピ… 生明 俊雄(あざみ としお、1940年 - )は、日本のポピュラー音楽研究者、文化社会学者。 早稲田大学政治経済学部を卒業して、日本ビクターに入社し、音楽産業部門(後のビクターエンタテインメント)で、洋楽部長、映像制作部長、青山スタジオ長、メディアネットワーク本部長、などを歴任した。 退職後、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程で社会情報学を学ぶ。非常勤講師として複数の大学で教鞭を執った後、広島経済大学経済学部メディアビジネス学科教授となり、2011年まで在職した。広島経済大学では、ゼミでレコード・レーベルを立ち上げる体験学習なども指導した。 2016年には、「20世紀日本レコード産業史 : 米英メジャー企業の日本市場への戦略的進攻を中心に」により、東京藝術大学から博士(学術)を取得した。
小佐々 学(こざさ まなぶ、本名: 小佐々 學、1940年 … 小佐々 学(こざさ まなぶ、本名: 小佐々 學、1940年 - )は、日本の獣医師、獣医学博士、獣医学者、歴史研究者。天正遣欧少年使節「中浦ジュリアン」子孫。 東京都渋谷区出身、東京大学大学院(獣医学専攻)修了後、米国、欧州、日本の動物用医薬品業界で研究開発・研究管理部門を担当。また、国立と私立の獣医大学で獣医史学を教授して獣医史学の教科書を執筆。日本獣医史学会理事長(2010 - 2020)として獣医史学教育の確立普及と学会の発展向上に寄与。天正遣欧少年使節「中浦ジュリアン」叔父の中浦城主小佐々兵部少輔純祐の十四代目直系子孫。 日本獣医史学会前理事長・顧問兼名誉会員、日仏獣医学会監事、日本獣医病理学専門家協会終身会員、中浦ジュリアン研究会代表、日本家系図学会常務理事、長崎崎県人クラブ理事、長崎県西海市観光大使、宇田源氏小佐々氏会会長、日本ルネサンス音楽普及協会名誉会員、大村史談会名誉会員、イタリア国リミニ市名誉市民、スペイン国ムルシア市名誉市民。
平塚 千尋(ひらつか ちひろ、1940年 - 男性)は、日本… 平塚 千尋(ひらつか ちひろ、1940年 - 男性)は、日本の放送研究者、元・放送報道記者。専門領域は、災害情報、地域社会、市民とメディアの関係に焦点を当てたメディア社会論で、パブリック・アクセスについても、津田正夫との共編著を発表している。 旧満洲国に生まれ、1964年に東京大学文学部を卒業して日本放送協会 (NHK) に入局した。大学では社会学を学び「文化の個別性と普遍性〜日本の歴史は明治維新を堺に西洋文明に接木されるのか」という卒業論文を書いたが、NHKでは、現実の社会の現場への関心から、長く報道番組の制作に従事し、調査報道に取り組んた。1973年には、和歌山県で起きた地震、津波の流言さわぎを取材し、後に著書『災害情報とメディア』の中でこの事件を検証している。
延廣 眞治(のぶひろ しんじ、1939年9月26日 - )は… 延廣 眞治(のぶひろ しんじ、1939年9月26日 - )は、日本の日本文学研究者。東京大学名誉教授。専門は近世文学、落語。 1939年9月、徳島県徳島市に生まれる。1955年、徳島大学学芸学部(現・鳴門教育大学学校教育学部)附属中学校卒業、1958年、徳島県立城南高等学校卒、1963年、東京大学文学部国語国文科卒業、1968年、同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。 1968年、獨協大学講師、1969年、名古屋大学教養部講師、1975年、東京大学教養学部助教授、1988年、同学部教授、2000年に定年退官、東京大学から名誉教授号授与。退任後は帝京大学教授を務め、2010年に同大学を定年退任。
中田 光雄(なかた みつお、1939年4月21日 - )は、… 中田 光雄(なかた みつお、1939年4月21日 - )は、日本の哲学研究者、哲学者。筑波大学名誉教授。 東京・小石川生まれ。1944年より群馬県。東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程中退、パリ大学大学院哲学科博士課程(仏国政府給費招聘留学)修了。Doc.es Lettres(哲学)。筑波大学、助教授、教授、名誉教授。常磐大学、教授。仏国P.Academiques勲章。
佐藤 敬三(さとう けいぞう、1939年 - )は、日本の科… 佐藤 敬三(さとう けいぞう、1939年 - )は、日本の科学論、科学哲学の研究者。埼玉大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山田 学(やまだ まなぶ、1939年 - )は、日本の都市計… 山田 学(やまだ まなぶ、1939年 - )は、日本の都市計画研究者。東京大学工学部都市工学科教授として、後進の育成にあたる。 東京大学工学部丹下健三研究室在籍当時、コンピュータの利用を月尾嘉男らとともに、1963年の「東京都庁舎の庁内の職員、来客に関する流動調査」より始め、中心となって進めた。 1985年から1995年まで、東京大学都市設計研究室を主宰した。 著書に『現代都市計画事典』(共著、彰国社)『都市の博物誌』(共著、彰国社)がある。訳書に『図説・景観の世界 人類による環境形成の軌跡』(ジェフリ&スーザン・ジェリコー 著、彰国社)『敷地計画の技法』(ケヴィン・リンチ著、鹿島出版会、1987)がある。
近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12… 近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12月18日 - )は、日本近代文学研究者。専門は主に石川啄木。元群馬大学教授。北海道旭川市出身。
蜂屋 邦夫(はちや くにお、1938年11月17日 - )は… 蜂屋 邦夫(はちや くにお、1938年11月17日 - )は、中国思想史の研究者。文学博士(東京大学・論文博士・1993年)。東京大学名誉教授。老荘思想、道教が専門。 1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科アメリカ分科で学び、1963年に卒業。同大学院人文科学研究科比較文学比較文化専門課程に進み、1968年に博士課程を単位取得満期退学。 退学した同年、東京大学東洋文化研究所助手に採用。1974年に助教授、1987年に教授昇格。1993年、文学博士号を取得した。1999年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は大東文化大学外国語学部教授として教鞭をとり、2009年に退職した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
左近司 祥子(さこんじ さちこ、1938年4月12日 - )… 左近司 祥子(さこんじ さちこ、1938年4月12日 - )は、日本の哲学者・西洋古典学者・ギリシア哲学研究者。学習院大学名誉教授。主な研究対象はネオプラトニズム、ピタゴラス。東京出身。 旧姓は内野で、父は中国哲学研究者の内野熊一郎、母方の祖父は内野台嶺。妹は音楽学者の内野允子(のぶこ、1943- 上野学園大学名誉教授)。三女の左近司彩子は翻訳家で元タレント。 かなりの猫好きで、多くの野良猫を保護し、自宅に猫を40匹以上飼っている。猫に関する著作が多数ある。著書『「本当に生きる」ために』のあとがきによれば、「『できることなら、あらゆる猫を救いたい』『私の目の前で猫殺しなど許さない』」が「たった一つの私の存在価値」だとのこと。
桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日… 桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日- )は、日本の翻訳家、哲学研究者、創価学会の人物。 京都府福知山市生まれ。1960年東京大学文学部社会学科卒。創価学会に入り、聖教新聞の記者となり、のち編集主事。フランス文化史の翻訳を多く行っている。
木村 嘉孝 (きむら よしたか、1938年 - )は、日本の… 木村 嘉孝 (きむら よしたか、1938年 - )は、日本の研究者。高エネルギー加速器の専門家。 1966年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士の学位を取得、論文の題は「Photoproduction of positive pions from carbon nuclei(炭素原子核からのπ[+]中間子の光生成)」。 東京大学理学部、工学部を経て、1971年から高エネルギー物理学研究所(後の高エネルギー加速器研究機構の一部)で研究を行う。 1990年から総合研究大学院大学数物科学研究科長。1994年から高エネルギー物理学研究所副所長。1997年から高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所長。