千田 隼生(せんだ はやお、1938年7月30日 - 202… 千田 隼生(せんだ はやお、1938年7月30日 - 2020年4月25日)は、日本の俳優である。プロダクション・タンク、劇団銅鑼所属。岩手県出身。 東京学芸大学卒業。劇団民芸に所属していた。 2020年4月25日、肺癌のため死去。81歳没。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
鈴木 日出男(すずき ひでお、1938年〈昭和13年〉4月7… 鈴木 日出男(すずき ひでお、1938年〈昭和13年〉4月7日 - 2013年〈平成25年〉10月3日)は、日本の国文学者。東京大学名誉教授。中古文学専攻。
あさの りじ(1938年3月5日 - 2000年11月9日)… あさの りじ(1938年3月5日 - 2000年11月9日)は、日本の漫画家、イラストレーター、デザイナー。愛知県出身。東京学芸大学美術学科卒。浅野利治、浅野りじとも表記される。オリジナル漫画の他、コミカライズや、児童向けの学習本の著作がある。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
宮腰 賢(みやこし まさる、1938年3月3日 - )は、日… 宮腰 賢(みやこし まさる、1938年3月3日 - )は、日本の国語教育学者。東京学芸大学名誉教授。 東京・板橋生まれ。国民学校一年の時、北海道上川郡多寄村(現士別市)に疎開、高校卒業まで北海道で過ごす。 東京学芸大学卒業。東京都の公立学校教員(地方公務員)として、中学校、高等学校に勤務の後、1972年東京学芸大学助教授、教授、2001年定年退官、名誉教授。 『旺文社全訳古語辞典』『旺文社全訳学習古語辞典』の編者。大学生活協同組合連合会教員理事。学校図書の小・中・高の国語科の教科書編修に参加した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
下福 力(しもふく ちから、1938年1月16日 - 202… 下福 力(しもふく ちから、1938年1月16日 - 2026年2月1日)は、日本の音楽家、ピアニスト。鹿児島大学名誉教授。 旧満洲国生まれ、鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立甲南高等学校に1954年4月入学、1957年3月卒業。高校在学中は音楽部に所属し、西部合唱コンクールに3年連続で県代表として出場。東京学芸大学音楽科を卒業し、同大学専攻科を1962年に修了。小島喜久寿、西勇恕が恩師。 東京学芸大学附属竹早中学校教諭、東京学芸大学講師、鹿児島大学講師、鹿児島大学助教授を経て、1980年に鹿児島大学教育学部音楽科教授就任。1983年、鹿児島県芸術文化奨励賞を受賞。2018年春、瑞宝中綬章を受章。
小川 明雄(おがわ あきお 1938年 -2020)は、日本… 小川 明雄(おがわ あきお 1938年 -2020)は、日本のジャーナリスト。 1961年東京学芸大学卒。同年AP通信に入社。その後、朝日新聞社に移り、アジア総局、アメリカ総局勤務、外報部次長、論説委員、国際編集部編集員を経て1998年に退職し、フリーのジャーナリストとなっている。2007年には都民のハートに火をつける会の呼びかけ人を行った。別名義として御堂地章の筆名で小説も執筆している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
見城 慶和(けんじょう よしかず、1937年〈昭和12年〉1… 見城 慶和(けんじょう よしかず、1937年〈昭和12年〉11月27日 - )は、日本の夜間中学教師。山田洋次監督の映画『学校』(第1作)の主人公のモデルの一人として知られる。群馬県沼田市出身。 群馬県立沼田高等学校から東京学芸大学を卒業。大学卒業前にふと立ち寄った本屋で見つけた塚原雄太の『夜間中学生』に感銘を受け、夜間中学の教員になる決意をする。 地方公務員の教員となり、1961年から42年間、都内の公立中学校夜間部に国語担当教師として勤務。1993年には、見城らをモデルにした『学校』が公開される。1999年には長年の実績が評価され吉川英治文化賞を受賞。2003年の定年退職後もなお、夜間中学生を中心にした学びの場「えんぴつの会」を運営している。
安倍 圭子(あべ けいこ、本名:木村圭子、旧姓:安倍圭子、1… 安倍 圭子(あべ けいこ、本名:木村圭子、旧姓:安倍圭子、1937年4月18日 - )は、日本のマリンバ奏者、作曲家。東京都出身。世田谷区立代沢小学校を経て、中学2年生の時に山梨英和中学校から松山東雲中学校へ転校。松山東雲高等学校、東京学芸大学教育学部音楽専攻打楽器科を卒業。 山梨の中学生の頃には木琴を習っていたが、1950年に音楽を用いた布教で知られるアメリカのラクーア伝道団が学校に来て、メンバーが賛美歌を奏でた。この時にマリンバに出会う。 14歳でNHKの洋楽オーディションに合格し、演奏活動を始める。外国の音楽家の日本公演が難しい時代だったが、音楽史に残る世界的な演奏家が転校先の松山市の学校の体育館で演奏を見る機会があった。
相川 鐵崖(あいかわ てつがい、1937年3月30日 - 2… 相川 鐵崖(あいかわ てつがい、1937年3月30日 - 2023年10月19日)は、書家、書学者、美術史家、芸術家。東京学芸大学名誉教授。本名は相川 政行(あいかわ まさゆき)。 相川岩吉・志なの七人兄弟の三男として、神奈川県久良岐郡六浦荘村で生まれる[要出典]。横浜市出身。1955年、横浜市立金沢高等学校卒業、1959年、東京学芸大学中等教育特別教科教員養成課程書道科卒業、1960年、同大学専攻科(芸術・書道専攻)修了。 1961年、神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校教諭、1977年、東京学芸大学教育学部助手。その後、専任講師、助教授を経て、1987年教授、2000年名誉教授。この間、法政大学通信教育部非常勤講師、日本大学文理学部非常勤講師、東京大学東洋文化研究所内地研究員など、また山東大学客員教授、西安交通大学客員教授などを務める。
大坂 弘道(おおさか ひろみち 1937年2月20日 - 2… 大坂 弘道(おおさか ひろみち 1937年2月20日 - 2020年9月25日)は、日本の木工芸家。 重要無形文化財「木工芸」の保持者(いわゆる人間国宝)。木工芸の人間国宝としては6番目の認定者(1997年認定)。 鳥取県倉吉市出身。鳥取県立倉吉東高等学校、東京学芸大学卒業後、美術教師をしながら木工製作を独学。34歳から木工芸家本橋玉斎、氷見晃堂、竹内碧外らに師事する。木工芸に限らずほとんどの人間国宝が家業として、あるいは子供のころから修業の道に入り、遅くとも大学・学校を卒業後直ちにその道に進んでいるのに比べ、大学卒業後しばらく公立学校教師についていた異例の人間国宝である。 唐木指物などの木工画法を得意とし華麗な装飾が特徴である。
北村 嘉行(きたむら よしゆき、1937年1月 - 2010… 北村 嘉行(きたむら よしゆき、1937年1月 - 2010年11月2日)は、経済地理学を専門とした日本の地理学者、東洋大学教授。主な研究テーマは、日本や中華人民共和国の工業地理学。 東京ないし長野県に生まれ、長野県で育つ。 1955年に東京学芸大学に入学し、1959年に教育学部初等教育学科を卒業した後、1960年に立正大学大学院に進み、1962年に文学研究科地理学専攻修士課程を修了して、東京都の公立高等学校教諭となり、東京都立世田谷工業高等学校で教鞭を執り、さらに1967年に東京都立荻窪高等学校に移った。 大学在学中から高校教員になってからも、板倉勝高、井出策夫、竹内淳彦らとともに、東京や京浜工業地帯の工業の研究に従い、上野和彦らとともに、東京学芸大学を拠点とする工業地理学の研究グループの中核を担った。
高杉 學(たかすぎ まなぶ、1937年〈昭和12年〉- )は… 高杉 學(たかすぎ まなぶ、1937年〈昭和12年〉- )は、日本の画家、美術教育者。 現在、蒼騎会運営委員、三多摩美術家連盟代表、日本美術家連盟会員。 風景画、静物画を中心とした、油彩を得意とする。2012年の代表作は「水 光る」(油彩、F80)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
中山 理(なかやま ただし、1937年- )は、数学教育者。… 中山 理(なかやま ただし、1937年- )は、数学教育者。 東京生まれ。東京学芸大学卒業。慶應義塾幼稚舎教諭を40年務めた。ほか十文字中学・高等学校講師、大妻女子大学講師。日本私立初等学校算数部会全国委員。
日野 多香子(ひの たかこ、1937年 - )は、日本の児童… 日野 多香子(ひの たかこ、1937年 - )は、日本の児童文学作家。 東京生まれ。東京学芸大学卒業。 『風の花ぞの』で1969年度第10回講談社児童文学新人賞佳作。 1977年、『闇と光の中』(理論社)で第10回日本児童文学者協会新人賞受賞。 2017年、児童文化の発展のための長年の功績に対し、児童文化功労賞受賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
福島 脩美(ふくしま おさみ、1937年 - )は、日本の臨… 福島 脩美(ふくしま おさみ、1937年 - )は、日本の臨床心理学者。日本カウンセリング学会認定カウンセラー/スーパーバイザー。埼玉県生まれ。専門は、カウンセリング心理学、教育臨床心理学、性格心理学。2021年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
大南 英明(おおみなみ ひであき、1937年 - 2018年… 大南 英明(おおみなみ ひであき、1937年 - 2018年10月9日)は、日本の特殊教育学者・教育者。 満洲国奉天市生まれ。東京学芸大学教育学部初等教育学科卒業。同大学臨時養護学校教員養成課程修了。公立小・中学校教諭、養護学校教諭を経て、東京都教育委員会指導主事。文部省初等中等教育局特殊教育課教科調査官、東京都教育庁指導部心身障害教育指導課長、東京都立青鳥養護学校長を経て、1998年帝京大学文学部教育学科教授。2005-07年帝京大学小学校初代校長。2008年帝京大を定年退任、放送大学客員教授。人権擁護推進審議会委員。全国特別支援教育推進連盟理事長。 青鳥養護学校は大江光が在籍していたため大江健三郎の作品に即した特殊教育に関する著作があるが、大江光在籍中の校長ではない。
前田 正二(まえだ まさじ、1936年11月4日 - 201… 前田 正二(まえだ まさじ、1936年11月4日 - 2016年3月8日)は、東京都出身の元IBC岩手放送チーフアナウンサー。
椿 貞良(つばき さだよし、1936年(昭和11年)10月4… 椿 貞良(つばき さだよし、1936年(昭和11年)10月4日 - 2015年(平成27年)12月10日)は、日本のジャーナリスト、テレビ朝日取締役。偏向報道を疑われた椿事件を引き起こした。 椿は取締役報道局長に在任中の1993年(平成5年)9月、日本民間放送連盟の会合で、総選挙期間中に非自民政権樹立を促す報道姿勢であった旨を発言。これが産経新聞の報道によって表面化し、偏向報道を禁じる放送法に違反した可能性を指摘された。これにより、椿は10月に取締役と報道局長職を解任された。 10月25日、椿はこの問題で衆議院による証人喚問を受け、軽率な発言を陳謝したが、社内への報道内容の具体的な指示については一貫して否定し、あくまで偏向報道は行っていないとした。
小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本… 小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本の演劇研究者、演劇学者・演出家。東京学芸大学名誉教授・元副学長。有明教育芸術短期大学終身名誉学長。 高等教育におけるパーフォーミング・アーツ(演劇・舞踊・音楽)教育のフィロソフィの構築とその実際に尽力。 理論の中心は、日本の伝統芸術(能狂言と歌舞伎、日本舞踊、日本の伝統音楽)の基礎教育と西洋の芸術教育との融合におかれた。専門は演劇教育学、現代演出論。長野県下高井郡木島平村出身。「鬼島志郎」の筆名がある。
河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989… 河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989年12月4日)は、日本の教育心理学者。東京学芸大学卒、東京教育大学大学院教育心理学博士課程満期退学。1978年「漢字の画と読字行動との関係に関する研究」で東京学芸大学教育学博士。東京学芸大学助教授、教授。過労のため持病の喘息を悪化させて死去、「緘黙児」に関する遺稿を妻・英子がまとめて刊行した。
飯高 京子(いいたか きょうこ、1936年 - )は、言語病… 飯高 京子(いいたか きょうこ、1936年 - )は、言語病理学博士、言語聴覚士、東京学芸大学名誉教授、上智大学教授。旧満州国 大連生まれ。1955年、私立近江兄弟社高等学校在学中に同学初の海外留学生として渡米後、米国ベリア大学教育学部を経て、ノースウェスタン大学言語障害学研究科博士課程修了。国際友和会理事、日本友和会書記長。 1997年には言語聴覚士法制定に関わった。
江口 大象(えぐち たいしょう、本名:江口 啓爾(けいじ)1… 江口 大象(えぐち たいしょう、本名:江口 啓爾(けいじ)1935年〈昭和10年〉1月31日 - 2020年〈令和2年〉9月3日)は、日本の書家。 中国青島市出身。本籍は佐賀県佐賀市。父親の仕事の関係で小学四年生頃まで中国で過ごし、戦後帰国した後東京学芸大学書道科を卒業。1990年には師の小坂奇石の後を継いで書道研究璞社(ぼくしゃ)会長に就任した。 月刊書道研究誌「書源」「みなもと」主幹。日展特別会員。日本書芸院顧問。全国書美術振興会参事。読売書法会常任理事。 2020年9月3日に死去。85歳没。 法名は彰源院釋大象。
さとう わきこ(本名:佐藤和貴子、武井和喜子、1935年1月… さとう わきこ(本名:佐藤和貴子、武井和喜子、1935年1月28日 - 2024年3月28日)は、日本の絵本作家。東京市品川区大井町生まれ、練馬区東大泉町育ち。 児童出版美術家連盟所属、子どもの文化研究所所員、岡谷市小さな絵本美術館主宰。 東京学芸大学附属大泉小学校、附属中学校を経て、東京都立大泉高校に進学。高校では美術部に所属し、美術大学への進学を希望していたものの家計の問題で叶わず、映画会社の東宝に就職。しかし、腎臓結核にかかり2年間療養生活に入る。 その後働きながら、高校美術部の顧問の恩師であった東京教育大学美術学科教授の高橋正人にデザインを学び、デザイン会社に就職。寺村輝夫と知り合って、挿絵画家としてデビュー。
矢嶋 英敏(やじま ひでとし、1935年〈昭和10年〉1月2… 矢嶋 英敏(やじま ひでとし、1935年〈昭和10年〉1月25日 - 2021年〈令和3年〉7月7日)は、日本の防衛庁官僚、実業家。株式会社島津製作所元代表取締役社長、代表取締役会長、相談役。社団法人京都工業会会長、社団法人日本分析機器工業会会長、財団法人関西文化学術研究都市推進機構理事長、慶應義塾評議員を歴任。 1935年、群馬県前橋市に生まれる。東京学芸大学附属中学校、東京都立青山高等学校に学び、ラジオや野球に没頭した。東京大学理科二類(医学部)の受験に失敗し、慶應義塾大学文学部に入学。独文科に学び、野球部に入部するが当時の野球部は中田昌宏をはじめレベルが高く、3か月で退部する。大学4年時に米国の雑誌社に合格が決まるが、父の反対により辞退する。
岩城 完之(いわき さだゆき、1935年1月2日 - 202… 岩城 完之(いわき さだゆき、1935年1月2日 - 2020年3月11日)は日本の社会学者。専門は地域社会学、社会・生活史、社会調査論。歌手の沼田浩正は甥にあたる。 東京出身の社会学者。1957年東京学芸大学学芸学部卒業。引き続き、青井和夫の下で東京学芸大学助手を務め、(財)日本工業立地センター研究員、和光大学助教授、北海道大学助教授、山梨大学教授を経て、関東学院大学文学部教授。その他にも非常勤講師を多数の大学で務めた。北大時代は、布施鉄治グループとたくさんの共同研究を行った。その堅実な社会調査に基づく講義と、穏和な雰囲気、特徴のあるやや高い口調はどの大学でもまじめに社会学に取り組む学生を惹きつけた。
尾木 和英(おぎ かずあき、1935年- )は、日本の教育者… 尾木 和英(おぎ かずあき、1935年- )は、日本の教育者・教育学者、東京女子体育大学名誉教授。 東京学芸大学卒。東京都公立学校教諭、東京都教育委員会指導主事、同多摩教育事務所指導課長などを経て東京女子体育大学教授。同理事をへて名誉教授。その間に文部省の高等学校総則指導資料作成協力者、中学校国語指導資料作成協力者、中央教育審議会専門委員、学習指導要領改善調査研究協力者(中学校総則)等を務める。
今野 敏彦(こんの としひこ、1935年 - )は、日本の社… 今野 敏彦(こんの としひこ、1935年 - )は、日本の社会学者。専攻は社会学・教育社会学(人権・差別問題)。 東京府生まれ。東京学芸大学卒業、東洋大学大学院社会学研究科博士課程中退。東海大学文学部助教授、教授、三重大学人文学部教授、四国学院大学社会学部教授、東海大学教育研究所教授。1977年から1978年に米ニュージャージー州立ラトガース大学客員教授。
宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ち… 宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ちどり)は日本の詩人、童話作家、作詞家。日本童謡協会副会長。同人誌『木曜手帖』編集人。
黒田 弘行(くろだ ひろゆき、1934年7月1日 - )は、… 黒田 弘行(くろだ ひろゆき、1934年7月1日 - )は、日本の小学校理科教師、科学読物作家。 岡山県出身。東京学芸大学卒業。中野区立桃丘小学校などで、小学校教師として理科、特に生物を教える。 1987年「サバンナをつくる生きものたち」で日本科学読物賞受賞。
加藤 光峰(かとう こうほう、1934年〈昭和9年〉5月1日… 加藤 光峰(かとう こうほう、1934年〈昭和9年〉5月1日 - 2019年〈令和元年〉5月29日)は北海道室蘭市出身の書家。 桑原翠邦に師事。東京学芸大学書道科卒。卒業制作「殷人尊神」発表以来50余年にわたり、一貫して夏・殷・周時代の文字群をモチーフに創作活動。東洋漢字圏特有の芸術と言われてきた書を、古代文字という漢字の始原に立ち返り、感性と思念で、書表現の全く新しい地平を開拓。龜甲会主宰。毎年、上野の森美術館で開催される「龜甲展」は50回(2019年現在)を数える。本名:加藤 重美(かとう しげみ)、男性。 (コラム「今月の一語」より引用)
江川 多喜雄(えがわ たきお、1934年 - 2013年10… 江川 多喜雄(えがわ たきお、1934年 - 2013年10月)は、日本の小学校教師・理科教育者。 長野県生まれ。長野県松本深志高等学校を経て、東京学芸大学卒業。板橋区蓮根第二小学校など、東京都小学校教諭。 科学教育研究協議会会員、この本だいすきの会会員、自然科学教育研究会代表。
深澤忠孝(深沢忠孝、ふかざわ ただたか、1934年〈昭和9年… 深澤忠孝(深沢忠孝、ふかざわ ただたか、1934年〈昭和9年〉 - )は、福島県出身の日本の詩人。 福島県岩瀬郡白方村今泉(現・須賀川市)生まれ。福島県立須賀川高等学校卒、東京学芸大学を経て、早稲田大学第一文学部国文科卒。教員のあと都職員、都立研究所員などとなる。のち神奈川大学教授を務め、2005年退任。日本現代詩人会、日本ペンクラブに所属、草野心平研究会(代表)、個人誌「久延毘古」を持つ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 19… 野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 1986年1月4日)は、日本の社会人類学者・民俗学者。元成城大学教授。 東京市牛込区市ヶ谷富久町に生まれる。父は東京府立第六中学校(現東京都立新宿高校)の武道教官であった。父の京城城東中学校への異動に伴い朝鮮半島に転居し、終戦を京城(ソウル)で迎える。戦後、父の故郷である長崎県に引き揚げ、長崎県立佐世保北高校(現長崎県立佐世保北中学校・高等学校)を卒業。1958年東京学芸大学卒、1965年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学(社会人類学専攻)。1965年成城大学専任講師、1967年助教授、1975年教授(文芸学部文化史学科)。1953年〜57年長崎県崎戸の家船を調査。
山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は… 山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は、日本の植物学者・教育学者、兵庫教育大学・名古屋芸術大学名誉教授。 長野県茅野市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京学芸大学学芸学部農学科卒業。国際基督教大学講師、1971年東京都立大学 (1949-2011)理学博士。東京都立アイソトープ研究所遺伝研究室長、東京学芸大学講師、1981年兵庫教育大学教授。1997年定年退官、名誉教授、名古屋自由学院短期大学教授、名古屋芸術大学(校名変更)教授。2004年同名誉教授。兵庫県立南但馬自然学校校長(2011年〜2018年)原体験教育研究会主宰(1989年〜)。 日本科学教育学会理事、日本環境教育学会理事、日本科学協会理事、文部省学術審議会専門委員をはじめ、「青少年のための科学の祭典」(日本科学振興財団)全国委員長など、学会および社会での活動は多岐にわたる。
下村 昇(しもむら のぼる、1933年3月1日- )は、日本… 下村 昇(しもむら のぼる、1933年3月1日- )は、日本の国語教育者、児童文学者。 東京出身。東京学芸大学卒。東京都内の小学校教師となり、都の教科能力調査委員、板橋区立 北野小学校(1974年頃←この時俺の担任教師で 漢字辞書は、すでに発刊されていました) 志村小学校教諭をへて、現代子どもと教育研究所所長。多数の子供向け国語本のほか、児童文学も執筆する。
牧野 守英(まきの もりひで、1933年2月6日 - 202… 牧野 守英(まきの もりひで、1933年2月6日 - 2020年12月31日)は、日本の音楽家。トロンボーン奏者。東京府生まれ。 NHK交響楽団のバストロンボーン奏者として長きにわたり活動した。早稲田高校から東京学芸大学音楽科を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科に入学。 1957年3月に卒業してからはトロンボーン奏者としてABC交響楽団、東京都交響楽団を経て、1966年5月にNHK交響楽団に入団、1989年2月に退団。トロンボーンを山本正人、ギルバート・コーエンに師事する。指導者としては1980年より昭和音楽大学、1975年より山形大学の講師を務めた。1998年で退官。2020年12月31日死去。
吉井 澄雄(よしい すみお、1933年(昭和8年)1月24日… 吉井 澄雄(よしい すみお、1933年(昭和8年)1月24日 - 2025年7月2日)は、日本の舞台照明家。照明技術者。劇場コンサルタント。 東京府出身。東京都立石神井高等学校在学中から演劇部で活動していた。その後、劇団方舟に参加し、初めて仕事として照明を手がけた。 1950年(昭和25年)遠山照明研究所に入り、遠山静雄に師事する。 東京学芸大学在学中の1953年(昭和28年)慶應義塾高等学校演劇部の浅利慶太、日下武史ら[リンク切れ]と出会い、劇団四季を結成、照明を担当(大学は中退)。 1954年(昭和29年)東京芝・中労委会館での劇団四季旗揚げ公演、ジャン・アヌイ作『アルデール又はせむしの聖女』ではじめて照明を担当。
能重 真作(のうじゅう しんさく、1933年 - )は、日本… 能重 真作(のうじゅう しんさく、1933年 - )は、日本の教育者・教育評論家。 千葉県生まれ。1955年、東京学芸大学国語科卒。中学校教師となる。1979年、非行とその克服の記録『ブリキの勲章』が話題となり、1981年に映画化された(中山節夫監督、中村嘉葎雄主演)。1988年、退職。教育評論家、日本生活指導研究所所員、日本生活指導学会会員、NPO法人非行克服支援センター理事長、「非行」と向き合う親たちの会代表。
大溪 洗耳(おおたに せんじ、1932年〈昭和7年〉10月2… 大溪 洗耳(おおたに せんじ、1932年〈昭和7年〉10月24日 - 2003年〈平成15年〉5月14日)は、書家。新潟県川西町生まれ。「日本教育書道藝術院」創立者。
江橋 照雄(えばし てるお、1932年 <昭和7年> 5月1… 江橋 照雄(えばし てるお、1932年 <昭和7年> 5月16日 - 1999年 <平成11年> 6月13日)は、小学校教諭。元全国幼稚園長会会長で、道徳読本「手品師」の作者。第一人者として道徳教育における役割演技の重要性を訴えた。位階は従六位。勲五等瑞宝章。 1932年、東京都に生まれ、1955年、東京学芸大学を卒業した。その後、小学校教諭、校長職を歴任し、玉川大学講師となった。1999年死去。死没日付をもって従六位に叙され、勲五等瑞宝章を追贈された。 娘は、元山形放送アナウンサーの江橋摩美。
岡田 恵美子(おかだ えみこ、1932年3月29日 - )は… 岡田 恵美子(おかだ えみこ、1932年3月29日 - )は、ペルシア文学者、元東京外国語大学教授。夫は十八世紀フランス文学者の岡田直次。 東京生まれ。旧姓は中村。1955年東京学芸大学国語科卒業、中学校の国語教師を務めた後、1963年に31歳でテヘラン大学に留学、1967年、同大学で日本人で初めて文学部博士課程修了、文学博士号を取得する。帰国後、NHK国際局非常勤(1967年)、東海大学講師のほか、1967年東京外国語大学講師、1982年助教授、同年『イラン人の心』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。1988年教授、のち中央大学客員教授を経て総合政策学部教授、退職後は日本イラン文化交流協会会長。
川和 孝(かわわ たかし、1932年2月5日 - 2021年… 川和 孝(かわわ たかし、1932年2月5日 - 2021年1月14日)は、日本の演劇演出家。 東京生まれ。旧制東京都立八王子工業学校(現:東京都立八王子工業高等学校)から東京学芸大学を経て、フルブライト留学生試験に合格し、イェール大学大学院演劇学修士課程修了。劇団俳優座、青年座に在籍したのち、フリーで新劇、オペラなど各種イベントの企画・構成・演出を手掛ける。筒井康隆戯曲の演出などで知られる。作劇舎を主宰した。晩年は日本の近・現代の一幕芝居を100本上演する企画、シアターX名作劇場をライフワークとしていた。 2021年1月14日 、新型コロナウィルス感染のため死去。88歳没。
福井 昭雄(ふくい あきお、1932年 - )は、洋画家。東… 福井 昭雄(ふくい あきお、1932年 - )は、洋画家。東京学芸大学卒。 文教大学教育学部美術専修教授を務め、児童画教育に明るい。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
アンドリュー・T・椿(Andrew Takahisa Tsu… アンドリュー・T・椿(Andrew Takahisa Tsubaki、1931年11月29日 - 2009年12月16日)は、アメリカ合衆国の演劇学者。カンザス大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京学芸大学学芸学部卒業。1958年にアメリカ合衆国に移住し、サスカチュワン大学大学院留学を経て、1961年テキサスクリスチャン大学大学院修了、M.F.A.。1967年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校Ph.D.。 1968年からカンザス大学で助教として教鞭を執り、同教授などを経て、同名誉教授。2004年平塚市国際交流協会理事長感謝状受賞。2007年にカンザス・シティ・マリオット・カントリー・クラブ・プラザで開催された新年会において瑞宝小綬章を授与された。
満坂 太郎(みつさか たろう、1931年6月22日 - 20… 満坂 太郎(みつさか たろう、1931年6月22日 - 2003年10月18日)は日本の小説家、推理作家、時代小説家。 東京生まれ。本名は川崎九越。東京学芸大学卒業。シナリオライターとして活躍後、1996年、新人物往来社主催の第20回歴史文学賞に「倫敦の土産」で佳作入選、同年『海賊丸漂着異聞』で東京創元社主催の第7回鮎川哲也賞を受賞しデビューした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中原 道夫(なかはら みちお、1931年6月5日 - 202… 中原 道夫(なかはら みちお、1931年6月5日 - 2025年9月18日[要出典])は、日本の詩人。 埼玉県所沢市生まれ。1952年東京学芸大学学芸学部国語科に入学。日本電信電話公社東京中央電信局に勤務しながら通学し、1954年に詩誌「棘」創刊。1956年板橋区立桜川小学校に着任。同年処女詩集『石の歌』を上辞。同年「埼玉詩人クラブ」結成に参加。1992年教職を退き、都立中央図書館に非常勤の嘱託として勤務。 所属「棘」「光線」「花粉」「閃」同人を経て、現在「柵」「日本未来派」同人。「金沢文学」特別同人。「い」編集発行人。 日本ペンクラブ、日本文芸家協会、日本現代詩人会会員、日本詩人クラブ常任理事、日本現代詩歌文学館評議員、埼玉文芸家集団刊行委員長など。
宮部 昭夫(みやべ あきお、1931年2月26日 - 200… 宮部 昭夫(みやべ あきお、1931年2月26日 - 2006年6月17日)は、日本の男性俳優、声優。北海道函館市出身。 北海道函館市出身で、父は文部省に務めており、父の再婚相手の母は島根県松江市に在住しており、小学3年生まで松江市に過ごしていた。父が東京都に転勤になり、その後は東京都で過ごしていた。 当初は医学部を目指して慶應義塾大学といった大学の入学試験に受けたが、不合格になり、父に「じゃあ先生になれ」と言われて東京学芸大学に進学。旧制中学校時代から演劇を始め、当時同大学になかった演劇部を創設している。大学卒業後、半年間は母校だった小学校で教員として就職していたが、芝居がしたかったこともあり、親には猛反対されたが、退職する。
山崎 真秀(やまざき まさひで、1930年9月25日 - 2… 山崎 真秀(やまざき まさひで、1930年9月25日 - 2007年6月14日)は、日本の法学者、専門は憲法、教育法。静岡大学人文学部教授、国分寺市長(1期)などを務めた。「山崎眞秀」と表記されることもある。 東京生まれ。1957年、東京学芸大学卒業。その後、東京学芸大学助手、広島大学講師、北海道大学助教授、東京学芸大学教授を経て、静岡大学人文学部教授。 1994年、静岡大学を退職し、国分寺市西元町の自宅で「国分寺・市民憲法教室」を開講した。 1997年の国分寺市長選挙に、日本共産党と新社会党の推薦を受けて無所属で出馬し、5選を目指していた現職の本多良雄を破って当選した。一騎討ちとなった選挙戦では、JR国分寺駅北口再開発事業が大きな争点となり、山崎は再開発計画の一部見直しを主張し、本多市政を「開発優先で福祉を切り捨ててきた」と批判した。
小池 正胤(こいけ まさたね、1930年9月21日 - 20… 小池 正胤(こいけ まさたね、1930年9月21日 - 2014年1月26日)は、日本の日本文学研究者。専門は日本近世文学、特に近世後期の草双紙・黄表紙。 小池藤五郎の子として、東京都新宿区に生まれる。1953年東京学芸大学国語科卒業、1963年同大学大学院博士課程単位取得退学。豊田工業高等専門学校、東京学芸大学文学部助手、金沢大学助教授を経て、1972年東京学芸大学助教授、同教授。1994年定年退官、名誉教授、富士フェニックス短期大学教授。 東京学芸大学出身の大学教員としては草分けの存在だった。また「叢の会」を創設して草双紙研究に大きな足跡を残した。
矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022… 矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022年4月26日)は、日本の昆虫学者。群馬県立ぐんま昆虫の森名誉園長。 東京府豊多摩郡野方町[要出典](現東京都中野区)出身。1949年、日本昆虫学会主催のコンクールで論文が入賞、昆虫学者の道に進むことを決意する。旧制市立東京第三中学校(東京都立文京高等学校)を経て、1957年、東京学芸大学学芸学部1部乙類理科を卒業、同年豊島園昆虫館の創設に携わる。 上野動物園水族館館長を経て、1987年より多摩動物公園園長。園長を1990年に定年退職した翌年、長年の動物園事業に対する功労として文部大臣表彰を受ける。1997年、財団法人東京動物園協会理事長。