保科 豊巳(ほしな とよみ、1953年 - )は、日本の現代… 保科 豊巳(ほしな とよみ、1953年 - )は、日本の現代美術家。ポストもの派のインスタレーション芸術家。東京藝術大学副学長。 長野県東御市生まれ。日本もの派、榎倉康二、高山登の影響の中、東京芸術大学で学ぶ。同期生に川俣正、下級生の宮島達男、中村一美がいる。ポストもの派世代に属し、木、紙、墨という素材を用いたインスタレーションや絵画制作を展開している。日本をはじめスイス、台湾、ドイツ、アメリカ、中国、などで作品発表を続けている。東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻修了。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻 単位修得退学。その後、明星大学芸術学科助教授、東京芸術大学美術学部専任講師、東京芸術大学美術学部助教授を経て2002年に文部科学省在外研究員として渡米。
堀越 英嗣(ほりこし ひでつぐ、1953年 - )は、日本の… 堀越 英嗣(ほりこし ひでつぐ、1953年 - )は、日本の建築家。東京都出身。 開成高校、東京藝術大学卒業。安宅賞、サロン・ド・プランタン賞を受賞。東京藝術大学大学院修了後、丹下健三・都市・建築設計研究所に勤務、主任建築家、旧赤坂プリンスホテル、兵庫県立歴史博物館、横浜美術館、愛媛県民文化会館、パリ・イタリー広場グランエクラン基本計画、シンガポール・マリーナサウス再開発計画、ナポリ新都心計画等を担当、東京都新都庁舎競技設計1等当選案担当後の1986年に川村純一・松岡拓公雄・古市徹雄・城戸崎博孝とともにアーキテクトファイブ設立(共同主宰)。2001年~2004年まで鳥取環境大学教授。2004年より芝浦工業大学教授。
森山 明子(もりやま あきこ、1953年 - )は、日本のデ… 森山 明子(もりやま あきこ、1953年 - )は、日本のデザイン評論家、武蔵野美術大学教授。 新潟県生まれ。1975年東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。特許庁意匠課審査官、国際デザイン交流協会勤務を経て、1986年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。『日経デザイン』の創刊に関わり、1993-1998年同誌編集長。1998年武蔵野美術大学教授。NHKハート展詩選考委員、グッドデザイン賞審査副委員長、芸術工学会副会長・理事、公益財団法人の三宅一生デザイン文化財団理事、日本デザイン振興会評議員などを務める。
高橋 明也(たかはし あきや、1953年 - )は、日本の美… 高橋 明也(たかはし あきや、1953年 - )は、日本の美術史家、東京都美術館館長。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。ドラクロワやマネを中心とする19世紀フランス美術史専攻。1980年より2006年まで国立西洋美術館研究員を務めた。 1984年から1986年にかけて文部省在外研究員としてパリ・オルセー美術館開館準備室に客員研究員として在籍。国立西洋美術館主任研究官・学芸課長、三菱一号館美術館初代館長(2006年 - 2021年)を経て現職。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックによるポスター及びリトグラフ250点あまりの「モーリス・ジョワイヤン コレクション」を館として購入、所蔵作品の核に据えた。
12代目都 一中(みやこ いっちゅう、1952年12月23日… 12代目都 一中(みやこ いっちゅう、1952年12月23日 - )は、一中節宗家である。東京芸術大学邦楽科を中退。
川手 誠(かわて まこと、1952年9月2日 - )は日本… 川手 誠(かわて まこと、1952年9月2日 - )は日本の現代音楽の作曲家である。 1952年、東京生まれ、中学より音楽(クラシック)が急に好きになり毎日むさぼるように聴く。ピアノはその時から習いはじめる。作曲もその時から。ドボルザークの「新世界」を聴いて衝撃を受け、作曲家を目指す。 1967年、阿見悟氏に作曲を師事。 1970年、松本民之助氏に作曲を師事。 梅谷進氏にピアノを師事。 1974年、東京藝術大学作曲科入学。 クラシックの作曲家のスコア・レコード収集を行うと共に、音楽以外の分野へも関心を広めて、小説・詩、歴史や文化、落語、映画など様々な作品に触れる。 1981年、東京藝術大学音楽研究科音楽教育専攻(専攻実技作曲)修了。
四反田 素幸(したんだ もとゆき、1952年8月26日 - … 四反田 素幸(したんだ もとゆき、1952年8月26日 - )は、日本の作曲家、音楽学者。秋田大学名誉教授で、国立大学法人秋田大学理事兼秋田大学副学長を歴任。 大阪府生まれ。東京藝術大学で黛敏郎や浦田健次郎に作曲を師事。 秋田大学教育文化学部教授、秋田大学教育文化学部附属幼稚園園長(平成21年まで兼務)、国立大学法人秋田大学理事兼秋田大学副学長などを歴任。 文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、昭和60年度笹川賞創作曲コンクール第1位などを受賞。 トロンボーン・ピース・オブ・ザ・イヤー2024作曲賞優勝。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
岩下 哲也(いわした てつや、1952年8月22日 - )は… 岩下 哲也(いわした てつや、1952年8月22日 - )は、日本の作曲家。 長野県出身。1977年、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。作曲を石桁眞禮生、松村禎三、丸田昭三、浦田健次郎、竹内邦光に、電子音楽を、白砂昭一、南弘明に師事。 現在[いつ?]、パーカッショングループ72メンバー、日本電子音楽協会理事、作曲家の会「環」、日本音響家協会、日本オーディオ協会会員。 東京芸術大学、洗足学園音楽大学、昭和音楽大学非常勤講師。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
西原 稔(にしはら みのる、1952年8月19日 - )は、… 西原 稔(にしはら みのる、1952年8月19日 - )は、日本の音楽学者、桐朋学園大学教授・音楽学部長。 山形県生まれ。東京藝術大学音楽学部卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。尚美学園短期大学講師、桐朋学園大学講師、助教授、教授。
加古 勉(かこ つとむ、1952年7月12日 - )は日本の… 加古 勉(かこ つとむ、1952年7月12日 - )は日本のトランペット奏者・指導者。 加古4兄弟の3番目で、長兄・加古隆はNHKスペシャルなどで有名なピアニスト・作曲家。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
山田 泉(やまだ いずみ、1952年7月10日 - 1999… 山田 泉(やまだ いずみ、1952年7月10日 - 1999年4月10日)は日本の作曲家である。桐朋学園大学短期大学部助教授、東京藝術大学作曲科非常勤講師を務めた。
稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日… 稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日本のソプラノ歌手。香川県東かがわ市(旧大川郡白鳥町)出身。香川県立高松高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。元徳島文理大学音楽学部教授。
神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日… 神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日本の女優、フルート奏者、ソプラノ歌手である。本名:宮本 敦子(旧姓:神崎)。東京都大田区出身。身長162cm、体重48kg、血液型はA型。
松岡 拓公雄(まつおか たけお、1952年4月12日 - )… 松岡 拓公雄(まつおか たけお、1952年4月12日 - )は、日本の建築家。滋賀県立大学環境科学部教授を経て、亜細亜大学都市創造学部学部長。兵庫県出身、九州と北海道で育つ。 1976年に東京芸術大学美術学部を卒業し、1978年に大学院美術研究科天野太郎研究室(環境建築デザイン)修了。1978年から丹下健三都市建築研究所に勤務、東京都庁コンペ終了後、1986年に仲間に呼びかけ(株)アーキテクトファイブを設立、共同主宰型の事務所とする。1999年に滋賀県立大学助教授就任。2006年にアーキテクトファイブのパートナーを解体し、新たに(合)アーキテクトシップを東京と滋賀に設立。以後、関東と関西にて教育、設計活動に従事。
茂木 眞理子(もぎ まりこ、1952年4月7日 - )は、日… 茂木 眞理子(もぎ まりこ、1952年4月7日 - )は、日本のソルフェージュ講師、作曲家、編曲家である。 大阪府大阪市阿倍野区出身。4歳からピアノを始め、雲雀丘学園小学校(15期)、大阪教育大学附属池田中学校(20期)を卒業。1967年、朝日放送主催「僕らの歌」作曲コンクール全国大会に於いて第2位受賞。その後、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科を卒業、同大学院音楽研究科修士課程ソルフェージュ専攻を修了した。 卒業後は、演劇、ミュージカル、創作オペラなどの分野で、作曲、編曲、音楽監督、歌唱指導、ピアニストとして、数々の作品を担当。(こんにゃく座,青年座,テアトルエコー,ファンタスティックス,ラマンチャの男,ママの貯金,アニー,その他多数) 1981年、東京藝術大学 音楽学部 音楽学講座「ソルフェージュ」講師に就任。
坂本 龍一 (さかもと りゅういち、英語: Ryūichi … 坂本 龍一 (さかもと りゅういち、英語: Ryūichi Sakamoto、1952年〈昭和27年〉1月17日 - 2023年〈令和5年〉3月28日)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー、公益活動家。東京都出身。 音楽性は幅広く、クラシック音楽が根幹にあり、民俗音楽、ポピュラー音楽(特にテクノポップ)にも造詣が深かった。1987年には日本人で唯一アカデミー作曲賞を受賞しており、映画音楽でも世界的に評価されている。愛称は「教授」。晩年は環境や憲法に関する運動にも積極的に参加していた。1990年代中盤にはインターネットの普及に先んじて逸早くライブや作品に取り入れるなど、新技術にも興味を示していた。
青木 裕史(あおき ひろし、本名:青木 清、1952年1月1… 青木 裕史(あおき ひろし、本名:青木 清、1952年1月10日 - 2020年12月19日)は、日本の歌手。静岡県藤枝市出身。 静岡県立藤枝東高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中から、NHK教育テレビ番組にレギュラー出演。第12回日本シャンソンコンクール入賞を機に、ポピュラー界に転向。 2020年12月19日、脳梗塞のため東京都練馬区の自宅で死去。68歳没。
鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は… 鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は、日本の宮廷歌手、声楽家、ソプラノ歌手。ウィーン在住。
古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) … 古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) - )は、日本の栃木県益子町出身の彫刻家である。 1952年(昭和27年)、 栃木県芳賀郡益子町に生まれる。 栃木県立真岡高等学校を卒業後、1978年(昭和53年)、東京芸術大学彫刻科を卒業し、同大大学院に進み、1980年(昭和55年)に大学院を修了した後から、日本国際美術館賞受賞、ヘンリー・ムーア大賞展佳作賞受賞など、数多くの展覧会に出品。 1983年(昭和58年)、東京芸術大学大学院博士課程を修了する後も数多くの展覧会に出品し、東京都や神奈川県などで個展を多数開催した。 1985年(昭和60年)に横浜から山林に囲まれた故郷の益子に戻りアトリエを建て、活動の場とする。
石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )… 石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )は、日本の画家であり、教育者でもある。東北芸術工科大学教授を務めた後、同大学副学長となる。東北芸術工科大学名誉教授。岡山県高梁市出身。 1952年(昭和27年)岡山県高梁市に出生。地元の岡山県立高梁高等学校へ進学し美術部に所属する。1970年(昭和45年)に卒業し、東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻へ進学する。その後、同大学卒業を経て、東京芸術大学大学院学美術研究科油画専攻に進学し、1977年(昭和52年)同大学院を卒業する。 卒業後、油絵画家となった石井は、1979年(昭和54年)に東京のギャルリー・ヴィヴァン(現在は神奈川県へ移転)で初めての個展を開く。
曽我部 清典(そかべ きよのり、1952年 - )は、日本の… 曽我部 清典(そかべ きよのり、1952年 - )は、日本のトランペット奏者、ソリスト、ブラスエデュケーター。スライド付きトランペット「ゼフュロス」の発案者としても知られる。 愛媛県宇摩郡土居村(現・四国中央市土居町)生まれ。愛媛県立新居浜西高等学校卒。東京芸術大学音楽学部器楽科卒。トランペットを中山富士雄、北村源三、永田粋睦らに師事。埼玉県吉川市在住。 芸大在学中より作曲家・近藤譲率いる現代音楽アンサンブル「ムジカ・プラクティカ」に参加し、その解散までに内外の新作を100曲以上初演。1994年(大阪)から日本人トランペット奏者として初めて全曲現代作品によるリサイタルを開き、2001年にはヨーロッパ各地でソロリサイタルを開催した)。
安達 博文(あだち ひろふみ、1952年 - )は画家。現在… 安達 博文(あだち ひろふみ、1952年 - )は画家。現在は国画会会員、日本美術家連盟会員、富山大学名誉教授。
森田 一浩(もりた かずひろ 1952年 - 2021年8月… 森田 一浩(もりた かずひろ 1952年 - 2021年8月25日)は、日本の作曲家、編曲家。 東京都生まれ。東京芸術大学卒業。編曲を長谷川良夫に師事。 主に吹奏楽編成による楽曲の作曲・編曲を多く手掛け、1985年度全日本吹奏楽コンクール課題曲の「ポップ・ステップ・マーチ」、「ユングフラウへの前奏曲」、「花時計」、「ガリヤルドとフーガ」、「十月のマナ」などで知られる。 1991年から1994年まで日本バンドクリニック委員会委員を勤めた。 また2015年からは全日本吹奏楽コンクール課題曲の選考委員にも選ばれた。2021年8月25日に多発性骨髄腫で死去した。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
高田 みどり(たかだ みどり、1951年12月21日 - )… 高田 みどり(たかだ みどり、1951年12月21日 - )は、日本の打楽器奏者、作曲家。東京都出身。 日本を代表するアバンギャルドなパーカッショニスト、アンビエント/ミニマル・ミュージックの作曲家。舞台俳優として活動することもある。 現代音楽の演奏家としてだけでなく、アジア/アフリカ音楽/ジャズのミュージシャンとの共演のほか、アート/ダンスとのコラボレーション等、ジャンルにとらわれない広範な活動で知られる。当時の日本ではアフリカ音楽など世界の伝統音楽の情報を得るのが難しかったが、伝統音楽演奏家との共演の中で体得していった。その結果は、ミニマル・ミュージックと伝統的なアフリカ音楽のドラム演奏を統合した音楽ユニットのムクワジュ・アンサンブルやソロの活動に生かされている。
小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は… 小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は、日本のフォーク、ロックミュージシャン、ベーシスト。林小 和生(りんこ わせい、リンコワッショー)こばやし やわおとも。RCサクセション時代の愛称は「リンコ」「リンコさん」。 東京都国分寺市出身。忌野清志郎とは小学生の時からの同級生。忌野とともにRCサクセションの最古参メンバー。1966年に忌野、破廉ケンチと共にバンド「ザ・クローバー」を結成。ザ・クローバーは1968年にRCサクセションとなる。 RCサクセションの不遇時代には東京芸術大学のベース科に入学して腕と理論を強化した。実弟の小林キンスケ(一樹)もPAエンジニアとしてRCサクセションと関わっている。
松下 功(まつした いさお、1951年11月23日 - 20… 松下 功(まつした いさお、1951年11月23日 - 2018年9月16日) は日本の現代音楽の作曲家。 東京都出身。東京芸術大学、及び同大学院にて作曲を南弘明、黛敏郎に師事。1977年、日本音楽コンクール作曲部門入賞。 1979年、ドイツ政府学術交流会(DAAD)給費留学生としてベルリン芸術大学にて、尹伊桑に師事。 1985年、ドイツ・メンヒェングラートバッハ市国際作曲コンクール1位。1986年、入野賞受賞。 1988年から2003年まで、東京芸術大学音楽学部作曲科非常勤講師、1991年から99年まで尚美学園短期大学音楽学科助教授、1999年から2003年まで尚美学園大学情報芸術学部教授を歴任、また、2003年には「アジア音楽祭2003in東京」実行委員長、1999年から2004年にはアジア作曲家連盟会長を務めた。
北川原 温(きたがわら あつし、1951年(昭和26年)10… 北川原 温(きたがわら あつし、1951年(昭和26年)10月31日 - )は、日本の建築家(一級建築士)。長野県千曲市生まれ。元東京芸術大学教授(2019年3月退任)、元「北川原温建築都市研究所」代表取締役所長。現在東京芸術大学名誉教授、「MET株式会社」フェロー職。日本建築学会賞作品賞、日本芸術院賞、日本建築大賞、村野藤吾賞、ケネス・F・ブラウン建築文化大賞、など多数受賞。 東京芸術大学建築科在学中に国際設計コンペで1位となり、大学院ではサウジアラビアで都市計画の仕事に携わる。20代から設計活動を始め、これまでに多くの作品が世界に紹介されている。 日本建築学会賞、村野藤吾賞、グッドデザイン賞金賞、アルカシア賞ゴールドメダル、ケネス・F・ブラウン大賞をはじめ国内外の多数の建築賞を受賞。
石桁 冬樹(いしけた ふゆき、1951年〈昭和26年〉9月1… 石桁 冬樹(いしけた ふゆき、1951年〈昭和26年〉9月13日 - )は、千葉県出身の日本の作曲家。 桐朋学園大学音楽学部作曲理論科卒業、東京芸術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。作曲家の石桁真礼生は父親。 教育芸術社にて音楽の教科書向けの作曲を行う。 洗足学園音楽大学講師、日本作曲家協議会、JASRAC各会員。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本… 深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本の彫刻家。 1951年、群馬県高崎市に生まれる。1970年群馬県立高崎高等学校卒業。浪人時代は早稲田の古本屋街をうろちょろし、BTや美術書を買い漁っていた。 1976年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。1978年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。1984年より東京藝術大学彫刻科専任講師。 1988年第19回中原悌二郎賞優秀賞、1989年第14回平櫛田中賞、同年第13回上毛芸術奨励賞特別賞受賞。2005年東京藝術大学美術学部彫刻科教授、2019年より東京藝術大学名誉教授、COI拠点特任教授。2013年に紫綬褒章を受章、2014年に板橋区民文化特別賞を受賞した。
甲斐 正人(かい まさと、1951年8月6日 - )は、日本… 甲斐 正人(かい まさと、1951年8月6日 - )は、日本の音楽家。 東京都出身。東京藝術大学作曲科卒業後、広瀬健次郎に師事し、現代制作に入社。映画、テレビ、演劇などの幅広いジャンルに楽曲を提供している。 1983年、映画『蒲田行進曲』で第6回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。 1986年、宝塚歌劇団の演出家である岡田敬二からの誘いで、月組公演『ラ・ノスタルジー』で初めて楽曲提供をする。以降数々の楽曲提供を行っている。 1988年に松山善三と共にミュージカルショップを結成。 1994年、映画『虹の橋』にて、94年度「日本アカデミー賞」優秀音楽賞受賞・94年度「おおさか映画祭」最優秀音楽賞受賞。
中野 富雄(なかの とみお、1951年5月12日 - 201… 中野 富雄(なかの とみお、1951年5月12日 - 2013年8月4日)は、日本のフルート奏者。 1951年(昭和26年)5月12日、福島県郡山市生まれ。東京芸術大学を卒業後同大学院を1978年(昭和53年)に修了。湯川和雄、吉田雅夫、金昌国、H・ペーターシュミッツに師事。この間、1976年(昭和51年)に第45回日本音楽コンクールに入選。翌年の1977年には、東京フィルハーモニー交響楽団に入団。1986年(昭和61年)まで首席奏者として活躍。大学院修了後の1980年(昭和55年)、ベルリン芸術大学に入学し翌年の1981年(昭和56年)同大学を首席で卒業。同年のプラハの春国際音楽コンクールでディプロマ賞を受賞。
松本 猛(まつもと たけし、1951年4月18日 - )は、… 松本 猛(まつもと たけし、1951年4月18日 - )は、日本の随筆家。 松本善明(弁護士、元衆議院議員)、いわさきちひろ(絵本画家)夫妻の長男として東京都に生まれる。乳児期は、安曇野の祖父母のもとに預けられた。当時ちひろの乳を飲んでいた三宅裕司は乳兄弟。 1957年 学芸大学付属大泉小学校に入学。体育だけは誰にも負けなかった。 1963年 学芸大学付属小金井中学校に入学。最初の英語の授業で先生にたたかれ、絶対に英語は勉強しまいと心に決める。後になって後悔したが、最初のつまずきが高校受験、大学受験にまで影響を及ぼすことになった。野球部に入り、キャッチャーで3番を打つ。中学時代は野球と女の子だけの人生だった。
安生 健(やすお けん、1951年3月23日 - )は、日本… 安生 健(やすお けん、1951年3月23日 - )は、日本の言語系自然科学教育者。 自然科学や身近な事柄を10か国語もの言語や古典からの視点を通して捉える教育方法を提唱し、講師として日々生徒に教授している。また、数多くの著書を出版し、現代における訳語の誤りについて批判している。 なお、東京大学の研究室において、科学演劇家/教育者の和田重雄氏の後輩に当たり、現在巣鴨中学校・高等学校においても同僚関係にある。 ラテン語・ギリシア語・古典ギリシア語・ドイツ語・古典ドイツ語・英語・フランス語・デンマーク語・ロシア語など、10か国語に精通しており、言語学に基づく教育法を提唱し、自身の講義の中で日々生かしている。
宮廻 正明(みやさこ まさあき、1951年1月24日 - )… 宮廻 正明(みやさこ まさあき、1951年1月24日 - )は、日本画家。 島根県松江市生まれ。島根県立松江南高等学校を経て、1975年、東京芸術大学美術学部デザイン科入学。大藪雅孝に師事し、1979年に同大学を卒業。1981年、同大学院修士課程修了、東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究室非常勤助手となり平山郁夫に師事。1986年、同非常勤講師。1995年、東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学日本画助教授。2000年、同教授。2009年、東京芸術大学学長特命社会連携センター長。2018年、東京芸術大学を定年退職し、同名誉教授。 1984年、日本美術院院友。1995年、日本美術院同人。
朝比奈 逸人(あさひな やすと、1951年 - 2024年1… 朝比奈 逸人(あさひな やすと、1951年 - 2024年11月)は、大阪教育大学教授などを務めた、日本の画家。青年期には俳優やシンガーソングライターとしての活動もしていた。 神奈川県川崎市生まれ。兄の朝比奈尚行は、長じて俳優、演出家となった。 1971年に公開された森谷司郎監督の映画『潮騒』で、オーディションによって主役の久保新治役を得て、俳優として映画デビューし、翌1972年に公開された渡辺邦彦監督の映画『白鳥の歌なんか聞えない』では、主人公・薫の友人、横田を演じた。 その後、渡米し、帰国後、吉祥寺のぐゎらん堂などでブルースやオリジナル曲の演奏をするようになった。当時の朝比奈は、オリジナル曲として「おさと」、「なまけもの」、「ライ・ウィスキー」、「トンネルの唄」などを演奏していたが、特に「トンネルの唄」は高田渡が取り上げ、後に長く歌い継がれることになった。
川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声… 川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声楽家、テノール歌手。東京藝術大学名誉教授。山梨県甲府市出身。 その他、数多くステージで活躍し、オペラでは、「イドメネオ」「コシ・ファン・トゥッテ」、「ポッペーアの戴冠」、「ノルマ」、「トスカ」、「アイーダ」、「オルフェオとエウリディーチェ」「サロメ」、「スペードの女王」他、のオペラに出演している。 コンサートでは1989年、1990年と「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演。またNHK交響楽団などの主要オーケストラを中心にバッハ「ロ短調ミサ」、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」、ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」、「第九」、ヴェルディ「レクイエム」、ファリャ「はかなき人生」、マーラー「千人の交響曲」、「大地の歌」、ヤナーチェク「グラゴル・ミサ」、ブルックナー「テ・デウム」、ロッシーニ「小荘厳ミサ」、「スターバト・マーテル」などを共演している。
クリストファー遙盟(Christopher Yohmei B… クリストファー遙盟(Christopher Yohmei Blasdel、1951年 - )は、アメリカ合衆国出身・日本在住の尺八奏者、執筆家、民族音楽研究家。 1972年に来日し竹盟社宗家・山口五郎(後に人間国宝)に師事。1978年東京芸術大学に入学、1982年同大学院を修了。1984年に山口五郎より師範・雅号「遙盟」を授かる。 国際文化会館芸術監督(1987−2013)、テンプル大学講師(日本音楽)、プラハ尺八フェスティバルのシニア・アドバイザーなどを務める。現在ハワイ大学講師(日本音楽)。合気道五段。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
杉本 竜一(すぎもと りゅういち、1951年 - )は、日本… 杉本 竜一(すぎもと りゅういち、1951年 - )は、日本のソングライター。東京都出身。東京藝術大学大学院修了後、ウィーン国立音楽アカデミーで学ぶ。映画音楽・ドラマ音楽、舞台音楽、合唱曲等幅広く手掛けてる。特に「生きもの地球紀行」のテーマ「Tomorrow」「この星に生まれて」「BELIEVE」は杉本竜一三部作と呼ばれ人気である。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
松熊 由紀(まつくま ゆき、1951年 - )は、日本の歌手… 松熊 由紀(まつくま ゆき、1951年 - )は、日本の歌手。福岡県出身。NHKの幼児向け教育番組『おかあさんといっしょ』11代目うたのおねえさん。同じく11代目として登場したのが斉藤伸子である。1974年4月- 1979年3月までの5年間、斉藤と同じ期間うたのおねえさんとして務めた。お姉さん時代の愛称は「くまちゃん」。なお、同じ代で同時期に出演したのは松熊と斉藤の代だけである。東京芸術大学声楽科卒業。 おかあさんといっしょでの歌唱曲 はやくてんきになあれ ニャニュニョのてんきよほう 初代:真理ヨシコ(1961年4月3日 - 1962年9月22日)2代目:中野慶子(1961年4月10日 - 1964年10月3日)3代目:竹前文子(1962年10月1日 - 1964年4月4日)4代目:水谷玲子(1964年4月13日 - 1967年3月25日)5代目:中川順子(1964年10月12日 - 1967年7月31日)6代目:片桐和子(1967年4月3日 - 1970年3月11日)7代目:瀬端優美子(1967年8月1日 - 1970年4月4日)8代目:斉藤昌子(1970年4月6日 - 1972年3月31日)9代目:森晴美(1970年4月7日 - 1971年10月30日)10代目:小鳩くるみ(1972年4月3日 - 1974年3月29日)11代目:斉藤伸子、松熊由紀(1974年4月1日 - 1979年3月16日)13代目:奈々瀬ひとみ(1979年4月2日 - 1981年4月3日)14代目:しゅうさえこ(1981年4月6日 - 1983年4月2日)15代目:森みゆき(1983年4月4日 - 1987年4月4日)16代目:神崎ゆう子(1987年4月6日 - 1993年4月5日)17代目:茂森あゆみ(1993年4月5日 - 1999年4月3日)18代目:つのだりょうこ(1999年4月5日 - 2003年4月5日)19代目:はいだしょうこ(2003年4月7日 - 2008年3月28日)20代目:三谷たくみ(2008年3月31日 - 2016年4月2日)21代目:小野あつこ(2016年4月4日 - 2022年4月2日)22代目:ながたまや(2022年4月4日 - )
室瀬 和美(むろせ かずみ、1950年(昭和25年)12月2… 室瀬 和美(むろせ かずみ、1950年(昭和25年)12月26日 - )は、日本の男性漆芸家。蒔絵の重要無形文化財保持者(人間国宝)。東京都出身。父は同じく漆芸家の室瀬春二。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
佐々木 正子(ささき まさこ、1950年12月5日 - )は… 佐々木 正子(ささき まさこ、1950年12月5日 - )は、日本画家、美術研究家。嵯峨美術大学学長。夫は、美術史家の佐々木丞平。 1950年、神奈川県に生まれる。東京藝術大学美術学部絵画科卒業。2005年、京都嵯峨芸術大学(現嵯峨美術大学)教授。 1997年に国華賞、1999年に日本学士院賞、2000年にフンボルト賞を各・受賞。 2026年1月、皇居での講書始にて「江戸時代の日本絵画」を進講した。
高田 和子(たかだ かずこ、1950年(昭和25年)11月8… 高田 和子(たかだ かずこ、1950年(昭和25年)11月8日 - 2007年(平成19年)7月18日)は、山田流箏曲家、三絃奏者。和楽器の人材派遣玉手箱代表。 本名は野津和子。箏を中能島欣一と谷珠美に、さらに大学院を出てから、三絃を杵屋正邦に師事高校1年のときに箏を習い始め、大学入学の1年前から三味線の手ほどきを受けた。。NHK邦楽技能者育成会18期首席修了。東京芸術大学卒業。1976年(昭和51年)同大学院修了。1983年(昭和58年)より一柳慧、福士則夫、石井眞木らへの委嘱初演のリサイタルを重ね話題を呼ぶ。1990年(平成2年)4月に高橋悠治と出会い、以後共同で作品の制作を続ける。1991年(平成3年)9月、高橋・高田共作のコンピュータと三絃弾き語りのための『水……』を池袋電脳カフェにて初演。
樋田 豊次郎(ひだ とよじろう、1950年10月31日 - … 樋田 豊次郎(ひだ とよじろう、1950年10月31日 - )は、日本の美術史家。 専門は、工芸デザイン分野における日本・東洋・西洋の交流史。元東京都庭園美術館館長。 筆名は樋田豊郎(ひだとよろう)。 長者町岬(ちょうじゃまち みさき)。 東京都生まれで、神奈川県藤沢市で育つ。1974年に東京芸術大学美術学部芸術学科を卒業、続いて同大学院芸術学専攻に進み、1976年に修了する。 1979年より東京国立近代美術館の工芸課研究員となる。この時期までは、国家主義を象徴する明治工芸を調査していた。1985年10月より半年間、文部省在外研修としてパリ装飾美術館で学ぶ。1987年に東京国立近代美術館主任研究員に就任。
志村 洋子(しむら ようこ、1950年10月18日 - )は… 志村 洋子(しむら ようこ、1950年10月18日 - )は、日本の音楽教育学者、埼玉大学名誉教授。 和歌山県生まれ。1973年東京芸術大学音楽学部声楽科卒、1977年同大学院修士課程修了、1978年埼玉大学教育学部講師、1983年助教授、1997年教授。2005-2008年埼玉大学教育学部附属中学校校長を併任。2016年定年退任、名誉教授となる。2003年「乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究」で東京学芸大学博士(教育学)。
直井 研二(なおいけんじ、1950年9月30日 - )は日本… 直井 研二(なおいけんじ、1950年9月30日 - )は日本のオペラ演出家。 栃木県塩谷郡塩谷村(現塩谷町)東房出身。1950年9月30日、父米一、母マサヱの次男として生まれる。 中学校2学年と3学年の時、TBSラジオ「こども音楽コンクール」独唱重唱の部で二年連続日本一となり、その偉業を称えられ、作曲家、山田耕作賞を授与される。 須賀学園(現在の宇都宮短期大学付属高等学校)音楽科の田淵教諭に気に入られ、縁あって、同高校に入学する。それまで楽器という楽器は習ったことがなく、高校入学後ピアノを猛勉強。当時大変だったと後に語っている。 東京藝術大学音楽学部声楽科に現役合格。声楽家の道へ進むのかと思われたが、大学時代に演出の魅力にひかれ、その道に進もうと思うようになった。
向井 隆豊(むかい りゅうほう、1950年9月19日 - )… 向井 隆豊(むかい りゅうほう、1950年9月19日 - )は、日本の画家。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
松岡 貴史(まつおか たかし、1950年(昭和25年)9月6… 松岡 貴史(まつおか たかし、1950年(昭和25年)9月6日 - )は、日本の現代音楽作曲家。鳴門教育大学名誉教授。徳島文理大学音楽学部教授。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。同大学大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了。長崎県佐世保市出身。 妻は鳴門教育大学講師で作曲家の松岡みち子。長男は東京藝術大学演奏芸術センター准教授で作曲家、編曲家の松岡あさひ。 1975年に東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業。1979年に同大学大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了。1981年にはDAAD奨学生としてデュッセルドルフ音楽大学に留学。これまでに作曲を長谷川良夫、平吉毅州、小林秀雄、南弘明に師事。デュッセルドルフ音楽大学ではギュンター・ベッカーに師事。
山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )… 山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )は、日本のクラリネット奏者。東京都生まれ。 父は東京芸術大学名誉教授の山本正人、母も音楽家で兄はNHK交響楽団のホルン奏者・山本真という音楽一家に生まれ、幼少より英才教育を施された。 東京芸術大学附属音楽高校、東京芸術大学を卒業。クラリネットを三島勝輔に師事。 1972年、第41回日本音楽コンクール・クラリネット部門第1位受賞。1973年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト(現デトモルト音楽大学)に留学。J.ミヒャエルスに師事。1976年、フランス・コルマール国際室内楽コンクール 木管トリオ部門第2位受賞。1979年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト、ソリスト試験を終了した。
池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本… 池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本の声楽家(バス・バリトン)、オペラ歌手、音楽学者。東京二期会所属。日本大学元教授。 鹿児島県姶良郡蒲生町出身で、父は鹿児島県職員から後に第11代蒲生町長となった池田正辰。ラ・サール中学校・高等学校に入った後、父の異動にともない東京都に転居し東京都立目黒高等学校に編入、卒業。1973年東京芸術大学音楽学部声楽科卒業(首席)、1976年同大学院音楽研究科修士課程修了、1980年10月から1年間文化庁芸術家在外研修員としてドイツ留学。中山悌一、小島琢磨、ハンス・ホッターに師事。二期会(東京二期会)のオペラ歌手・演者として活動し、1992年より幹事を務める。
山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月1… 山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月17日 - 1988年(昭和63年)12月19日)は、1970年代から1980年代にかけてヨーロッパの歌劇場で活躍した日本のテノール歌手、音楽教育者。 三重県津市に、警察官の四男(末子)として生まれる。中学生の頃より声楽を学び始め、三重県立津高等学校を経て1969年(昭和49年)東京芸術大学音楽学部に入学した。伊藤亘行、疋田生次郎に師事。 1976年(昭和51年)同大学院を修了した後は二期会に所属した。翌1977年(昭和52年)にイタリア政府給費留学生としてローマ サンタ・チェチーリア国立アカデミアに進学。1978年(昭和53年)ミラノ・スカラ座研究所に入る。