村上 宣寛(むらかみ よしひろ、1950年 - )は、日本の… 村上 宣寛(むらかみ よしひろ、1950年 - )は、日本の心理学者、富山大学名誉教授。専門は教育心理学、教育測定学、認知心理学、統計分析、性格測定など。 愛媛県生まれ。大阪府堺市で育った。同志社大学を卒業後、1976年に京都大学大学院修士課程を修了した。1977年に京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程を中途退学した。同年、富山大学教育学部助手となった。富山大学教育学部で、講師、助教授、教授を歴任した。2005年から富山大学人間発達科学部教授を務めた。 教育心理学、教育測定学を専門とする。認知心理学、統計分析、性格測定に関するプログラム開発も専門とする。学習障害児の学習意欲と学力の関係に関する研究に携わり、学習意欲を測定する尺度の作成を担当した。
吉村 良一(よしむら りょういち、1950年 - )は、日本… 吉村 良一(よしむら りょういち、1950年 - )は、日本の法学者(民法・環境法)。立命館大学教授。博士(法学)(立命館大学・論文博士・1991年)。奈良県出身。第24期民主主義科学者協会法律部会理事長。 不法行為法および環境法の研究で著名。特に公害と不法行為についての研究を行っており、公害被害者救済の観点から古典的な過失責任論の再評価を主張していることで注目される。一般的な考えでは、過失責任主義は前近代社会にあっては個人の自由を保障するものとして妥当であったが、近代では被害者救済のために例外的に無過失責任主義が認められるようになったとされる。この立場からは、無過失責任主義は注意しても防げない損害について公平の見地から特別に責任を負わせるためのものであると位置付けられるが、吉村は無過失責任主義はその例外性ゆえに、被害者救済の面ではあまり機能していないことを主張する。
宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学… 宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学者。文学博士(大阪大学・論文博士・1992年)。国際日本文化研究センター名誉教授[リンク切れ]。帝塚山大学文学部客員教授。 熊本県出身。甲陽学院高等学校卒、1974年京都大学文学部史学科卒業、1977年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、京都大学埋蔵文化財研究センター助手。1985年富山大学人文学部助教授、1992年「律令社会の考古学的研究 -北陸を舞台として」で大阪大学より文学博士の学位を取得。1993年教授、1999年10月国際日本文化研究センター教授となり、2012年、副所長。2013年3月末もって退任、同年4月より帝塚山大学人文学部教授となり、その後は現職。
中岡 成文(なかおか なりふみ、1950年 - )は、日本の… 中岡 成文(なかおか なりふみ、1950年 - )は、日本の哲学者。大阪大学名誉教授。専門は、臨床哲学、倫理学。 山口県岩国市出身。広島学院高等学校卒、1973年京都大学文学部哲学科卒、1978年同大学院文学研究科博士課程哲学専攻単位習得満期退学。1980年福岡女子大学専任講師、1981年助教授、1987年大阪大学教養部助教授、1994年大阪大学文学部助教授、1996年同文学研究科教授。2001年医学系研究科「医の倫理学」教授を兼任。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター (CSCD) 初代センター長を務めた。2014年定年退任。 ヘーゲル哲学から出発して、西田幾多郎、田辺元、三木清などに取り組み、鷲田清一らと共に臨床哲学の運動を起こした。
森信 茂樹(もりのぶ しげき、1950年(昭和25年) )は… 森信 茂樹(もりのぶ しげき、1950年(昭和25年) )は、日本の財務官僚。中央大学大学院法務研究科教授。東京財団上席研究員。元財務省財務総合政策研究所長。大阪大学博士(法学)。
菱木 政晴(ひしき まさはる、1950年 - ) は、日本の… 菱木 政晴(ひしき まさはる、1950年 - ) は、日本の宗教学者。同朋大学大学院特別任用教授、真宗大谷派僧侶。 石川県金沢市生まれ。洛南高等学校、京都大学文学部宗教学専攻卒業。同大学院博士課程単位取得退学。 靖国アジア訴訟原告団、小泉靖国参拝訴訟原告団などの日本政府への訴訟活動に関与している。念仏者九条の会呼びかけ人。ホワイトヘッド哲学の研究も行っている。
八杉 佳穂(やすぎ よしほ・男性、1950年 - )は、日本… 八杉 佳穂(やすぎ よしほ・男性、1950年 - )は、日本の言語学者。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。専攻は中米言語学、中米文化史。主にマヤ文字やマヤ諸語を中心に行っている。学位は、博士(文学)。 広島県福山市出身。広島県立福山誠之館高等学校を経て、1972年に京都大学工学部を卒業し、1975年に同大学文学部卒業。1980年に国立民族学博物館助手、1990年に同助教授、1997年に同第2研究部教授、翌年1998年より同民族文化研究部教授となる。2015年3月末をもって、定年退職、4月1日付で名誉教授となる。 1991年より総合研究大学院大学 文化科学研究科を併任、2001年 同大学 文化科学研究科 地域文化学専攻長をつとめ、国立民族学博物館の定年退職に伴って2015年3月31日付で総研大の併任解除、名誉教授となる。
横山 修二(よこやま しゅうじ、1949年12月26日 - … 横山 修二(よこやま しゅうじ、1949年12月26日 - )は、日本の経営者。サンテレビジョン社長を務めた。大阪府出身。 1972年に京都大学経済学部を卒業し、同年に神戸新聞社に入社した。2006年に取締役に就任し、2009年6月には常務に就任。2009年6月から2014年6月までにサンテレビジョン社長を務めた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
水野 哲夫(みずの てつお、1949年12月11日 - )は… 水野 哲夫(みずの てつお、1949年12月11日 - )は日本の実業家。大阪府出身。京都大学卒業。元アルファドリーム代表取締役社長。元スクウェア代表取締役社長・会長。 1991年、宮本雅史の後を継ぎスクウェア代表取締役社長に就任。以降、SFCを中心とした人気タイトルの製作指揮、株式の店頭公開と黄金期の同社を経営面から支える。 1996年、デジキューブ設立などに合わせ、社長職を当時社長室長を務めていた武市智行に譲り、同社会長に就任する。 1998年、スクウェアを退社。2000年に藤岡千尋など元スクウェアのスタッフと共にアルファドリームを設立。2010年頃まで代表取締役社長を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
酒井 和広(さかい かずひろ、1949年12月9日 - )は… 酒井 和広(さかい かずひろ、1949年12月9日 - )は、日本の経営者。 岐阜県出身。1977年に京都大学大学院を修了した後に、同年に日本道路公団に入社。西日本高速道路で取締役、副社長などを歴任し、2018年5月に社長に昇格し、2020年までに務めた。2026年、旭日中綬章受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
神谷 武(かみたに たけし、1949年12月 - )は日本の… 神谷 武(かみたに たけし、1949年12月 - )は日本の外交官。国連公使等を経て、駐アルジェリア特命全権大使や駐パラグアイ特命全権大使を歴任。 京都府京都市出身。高槻高等学校を経て、1973年京都大学法学部を卒業し、外務省入省。妻はエッセイストで元NHK職員の神谷ちづ子。 法務省入国管理局政策課長、国際連合日本政府代表部公使、リオデジャネイロ総領事を経て、2006年国際研修協力機構常務理事兼国際部長を経て、2008年10月駐アルジェリア特命全権大使。 2011年駐パラグアイ特命全権大使に就任。パラグアイ政府との間で、総額150万ドルの草の根・人間の安全保障無償資金協力プロジェクトを締結した。
綾 史郎(あや しろう、1949年11月30日 - )は、日… 綾 史郎(あや しろう、1949年11月30日 - )は、日本の土木工学・環境工学者。大阪工業大学名誉教授、工学博士(京都大学)。国土交通省近畿地方整備局淀川水系流域委員会2008副会長。土木学会環境システム委員会元委員。日本河川協会河川功労者表彰2024受賞。 専門は、河川工学・水理学、地盤工学・環境工学。 岡山県倉敷市生まれ。1968年岡山県立倉敷青陵高等学校卒業。1972年京都大学工学部土木工学科卒業。1974年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。のちに工学博士(京都大学)。京都大学工学部助手を経て、1992年より大阪工業大学工学部土木工学科に着任し、都市デザイン工学科教授。
川崎 良孝(かわさき よしたか、1949年11月29日 - … 川崎 良孝(かわさき よしたか、1949年11月29日 - )は、日本の図書館学者・図書館情報学者。学位は、博士(教育学)(京都大学)。京都大学大学院教育学研究科教授を経て、同大学名誉教授。日本図書館研究会理事長・日本図書館情報学会理事を歴任。また、中国の「図書館雑誌」や国際図書館連盟 (IFLA) の「IFLA Journal」の編集委員を務める。兵庫県神戸市在住。主にアメリカの公立図書館に関して研究している。 以下の4つの研究を行っている。 なお、2007年度には京都大学教育学部の学部長を務めた。
油谷 幸利(ゆたに ゆきとし、1949年11月28日 - )… 油谷 幸利(ゆたに ゆきとし、1949年11月28日 - )は、日本の朝鮮語学者。同志社大学言語文化教育センター教授。文学修士。 京都府京都市出身。京都大学文学研究科修了。天理大学外国語学部助教授、富山大学人文学部助教授、愛知教育大学教育学部教授などを歴任した後、1997年に現職である同志社大学言語文化教育研究センターに教授として就任。研究分野は朝鮮語および朝鮮語情報処理。 NHKラジオ・ハングル講座講師や大学入試センター韓国語部会部会長なども務める。 2004年に大韓民国文化観光部からハングル発展有功者褒章を受賞するなど、日本における朝鮮語学の権威の一人と言える。
菅田 史朗(すがた しろう、1949年11月17日 - )は… 菅田 史朗(すがた しろう、1949年11月17日 - )は、日本の経営者。ウシオ電機社長を務めた。兵庫県神戸市出身。 神戸高校を経て、1972年に京都大学理学部物理学科を卒業し、同年4月にウシオ電機に入社した。2000年6月に取締役に就任し、2004年4月に専務を経て、2005年3月には社長に昇格した。2014年10月に取締役相談役を経て、2016年6月には相談役に退いた。
中本 道代(なかもと みちよ、1949年11月15日 - )… 中本 道代(なかもと みちよ、1949年11月15日 - )は、日本の詩人。 本姓・河辺。広島県佐伯郡(現広島市佐伯区)生まれ。広島女学院中学校・高等学校、京都大学文学部哲学科美学美術史専攻卒。1985年「悪い時刻」「卵割り」で第2回ラ・メール新人賞受賞、2009年『花と死王』で第18回丸山豊記念現代詩賞、2018年『接吻』で第26回萩原朔太郎賞受賞。「Ultra Bards」「オレンジ」同人。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
日置 弘一郎(ひおき こういちろう、1949年11月12日 … 日置 弘一郎(ひおき こういちろう、1949年11月12日 - )は、日本の経営人類学者、元京都大学教授、就実大学経営学部教授。専門は組織論・経営人類学(文化人類学の経営組織への適用を行う応用)。 京都府生まれ。1972年京都大学経済学部卒、1977年大阪大学大学院経済学研究科中退。99年「文明の装置としての企業」で京都大学より経済学博士の学位を取得。77年茨城大学人文学部助手、1980年京都学園大学経済学部講師、1983年九州大学経済学部助教授、1992年京都大学経済学部助教授、93-96年国際日本文化研究センター助教授(併任)、99年京都大学大学院経済学研究科・経済学部教授。2003-07年国立民族学博物館教授併任、2015年定年退任、公立鳥取環境大学経営学部教授。
高松 明(たかまつ あきら、1949年〈昭和24年〉11月1… 高松 明(たかまつ あきら、1949年〈昭和24年〉11月10日 - )は、日本の外交官。キューバ駐箚特命全権大使、スロバキア駐箚特命全権大使を歴任した。 京都府出身。京都府立洛北高等学校を経て、1974年(昭和49年)京都大学法学部を卒業し、外務省に入省する。ハーバード大学大学院、モスクワ大学にてロシア語研修。 大使館一等書記官としてソ連、フランスに在勤。本省では国際連合局、欧亜局、情報調査局に勤務し、総合外交政策局軍備管理軍縮課長を務める。 1996年在大韓民国大使館経済担当公使、1998年在ジュネーブ国際機関代表部経済担当公使、在ウラジオストク総領事、大臣官房審議官兼総合外交政策局(軍備管理・科学審議官組織)、内閣府大臣官房遺棄化学兵器処理担当室長、駐キューバ特命全権大使、独立行政法人科学技術振興機構審議役、理事、国際担当本部長を経て、2011年(平成23年)10月、駐スロバキア特命全権大使。
中坊 徹次(なかぼう てつじ、1949年11月8日 - )は… 中坊 徹次(なかぼう てつじ、1949年11月8日 - )は、日本の魚類学者、京都大学名誉教授。 1949年、京都府生まれ。1973年3月、京都大学農学部水産学科卒業。1981年、「A revision and systematics of the dragonets (Pisces : Callionymidae)(ネズッポ科魚類の系統分類学的研究)」により、京都大学から農学博士を取得。 京都大学農学部水産学科助教授を経て、1997年4月に京都大学総合博物館教授。その後、京都大学大学院農学研究科教授を兼任。魚類系統分類学を専攻。系統分析だけでなく、学名の再検討、新種の記載命名など分類学の基礎的な研究を行っている。
松本 修(まつもと おさむ、1949年11月5日 - )は、… 松本 修(まつもと おさむ、1949年11月5日 - )は、日本のテレビプロデューサー。 ABC朝日放送(朝日放送テレビ)でプロデューサー、コンテンツディビジョン製作局局長などを歴任した。 滋賀県高島郡海津村(現在の高島市マキノ町海津)出身。1972年、京都大学法学部卒業後、朝日放送に入社。『霊感ヤマカン第六感』、『ラブアタック!』をはじめ数々の番組の企画、ディレクターを担当した。1988年には『探偵!ナイトスクープ』をプロデューサーとして立ち上げた。 1970年代後半、『ラブアタック!』で「どんくさい」という近畿方言の単語を全国に広めた。 当時の副社長だった藤井桑正は、『ラブアタック!』のディレクターだった松本の制作能力を高く評価し、朝日放送の局部長会議で彼をプロデューサーとしたテレビ番組の制作が必要だと発言した。
松本 利明(まつもと としあき、1949年〈昭和24年〉10… 松本 利明(まつもと としあき、1949年〈昭和24年〉10月31日 - )は、日本の政治家。元自由民主党、大阪維新の会所属。大阪府議会議員(4期)、茨木市議会議員(4期)を歴任。勲位は旭日小綬章。 大阪府立茨木高等学校卒業、京都大学工学部卒業、同大学院修了。日立造船勤務を経て、茨木市議会議員に4期連続当選。2007年4月 大阪府議会議員選挙に自民党公認として出馬し、初当選。大阪維新の会に鞍替えし、2011年4月 大阪府議会議員選挙で2位に2倍近い差をつけトップ当選 (再選) 。2015年4月 大阪府議会議員選挙でやはり2位に大差をつけトップ当選(3選) 。2018年9月議会では「交番の適正数・最適配置と安全対策」「全国学力・学習状況調査、中学生チャレンジテスト」などを質問。
小野 紀明(おの のりあき、1949年10月31日 - )は… 小野 紀明(おの のりあき、1949年10月31日 - )は、日本の政治学者。専門は西洋政治思想史。学位は、(京都大学・論文博士・1987年)。京都大学名誉教授。 1949年、東京都で生まれた。北海道で育ち、京都大学法学部に進学。大学では勝田吉太郎に師事した。1973年3月に卒業し、京都大学大学院法学研究科に進学。1975年3月に修士課程を修了し、1978年3月に博士課程を退学。 1976年4月、京都大学法学部助手に採用された。1978年4月、神戸大学法学部助教授に就いた。1986年4月に同教授に昇格。1987年5月、学位論文『フランス・ロマン主義の政治思想』を京都大学に提出して法学博士号を取得。
中村 吉伸(なかむら よしのぶ、1949年10月30日 - … 中村 吉伸(なかむら よしのぶ、1949年10月30日 - )は、日本の経営者。住友重機械工業社長を務めた。京都府出身。 1973年に京都大学工学部を経て、1975年に京都大学大学院工学研究科を修了し、同年に住友重機械工業に入社。2002年6月に常務に就任し、2004年6月に専務を経て、2007年4月に社長に就任。2013年4月に会長に就任し、2019年4月から相談役を務めた。
辻本 雅史(つじもと まさし、1949年10月28日 - )… 辻本 雅史(つじもと まさし、1949年10月28日 - )は、日本の思想史家・教育学者。京都大学名誉教授、国立台湾大学教授。愛媛県出身。
新間一美(しんま かずよし、1949年10月14日- )は、… 新間一美(しんま かずよし、1949年10月14日- )は、日本の国文学者、京都女子大学元教授、和漢比較文学会常任理事。 父は国文学者の新間進一。 千葉県船橋市生まれ。板橋区立中台小学校、文京区立第四中学校、都立小石川高等学校を経て、1969年京都大学文学部入学。この年は東大紛争によって東大入試が行われなかったため、京都大学を志望した。学部より同大学院に進み、佐竹昭広や非常勤講師として出講していた小島憲之らに師事。大学院在学中の1977年に新間美緒と結婚し、1979年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 翌1980年、甲南大学文学部講師として赴任し、助教授(1984年)を経て、教授昇任(1993年)。
八木 誠(やぎ まこと、1949年10月13日- )は、日本… 八木 誠(やぎ まこと、1949年10月13日- )は、日本の実業家。 関西電力代表取締役社長であり、電気事業連合会の会長である。 また、非常勤で電源地域振興センターの会長、日本動力協会の副会長、日本原子力発電の取締役などを務め、 原子力発電環境整備機構の評議員にもなっている。
八木 誠(やぎ まこと、1949年(昭和24年)10月13日… 八木 誠(やぎ まこと、1949年(昭和24年)10月13日 - )は、日本の実業家。元関西電力代表取締役会長である。在任中善管注意義務違反により損害を与えたとして、関西電力から総額19億円を超える損害賠償請求訴訟を受けた。 非常勤で関西経済連合会の2025年日本国際博覧会担当副会長や、電源地域振興センターの会長、日本動力協会の副会長、日本原子力発電の取締役などを務め、原子力発電環境整備機構の評議員にもなっていた。大阪府高槻市在住。 福岡市出身。福岡県立修猷館高等学校を経て、1972年3月京都大学工学部電気工学科卒業。修猷館の同期には、大陽日酸代表取締役会長吉村章太郎、大阪証券取引所社長を務めた米田道生がいる。
桜井 邦雄(さくらい くにお、1949年10月10日 - )… 桜井 邦雄(さくらい くにお、1949年10月10日 - )は、日本の国土交通技官。気象庁長官を務めた。 兵庫県出身。1972年に京都大学理学部を卒業し、同年4月に気象庁に入庁。2003年4月に札幌管区気象台長、2004年4月に地震火山部長、2006年4月に予報部長を経て、2009年4月から2011年1月までに長官を務めた。 2019年11月に瑞宝重光章を受章。
道籏 泰三(みちはた たいぞう、1949年10月9日 - )… 道籏 泰三(みちはた たいぞう、1949年10月9日 - )は、日本のドイツ文学者、哲学者。京都大学名誉教授。 大阪府生まれ。1976年京都大学文学部独文科卒、1979年同大学院修士課程修了。1980年弘前大学講師、助教授、1985年京都大学教養部助教授、京都大学総合人間学部助教授、教授、2002年環境人間学研究科教授。2015年定年退任、名誉教授。
加納 正雄(かのう まさお、1949年10月 - 2024年… 加納 正雄(かのう まさお、1949年10月 - 2024年1月3日)は、日本の教育学者、経済学者。滋賀大学教育学部教授。 1972年に滋賀大学経済学部を卒業。京都大学大学院経済学研究科修士課程、博士課程等を経て滋賀大学教育学部教授。滋賀大学大津地区生協理事長、滋賀県生活協同組合連合会会長等を歴任。2024年1月3日死去。叙正四位、瑞宝中綬章追贈。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
家次 恒(いえつぐ ひさし、1949年9月17日 - )は、… 家次 恒(いえつぐ ひさし、1949年9月17日 - )は、日本の実業家。シスメックス会長を務めている。 大阪府立北野高等学校を経て1973年に京都大学経済学部を卒業、三和銀行に入行した。 1986年に東亞医用電子(現在のシスメックス)に転職し、常務、専務を経て、1996年から社長に就任し、シスメックスを190か国以上の国々を取引するグローバル企業に育て上げ、売上高も飛躍的に伸ばしていった。2013年から会長と兼任。 2001年から神戸商工会議所副会頭を務め、2016年に神戸商工会議所会頭に就任した。 2022年秋に旭日重光章を受章。 2023年6月に社長職を浅野薫に譲り会長となった。
山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8… 山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8日 ‐ )は、日本の政治家、実業家、通産官僚。元衆議院議員(1期)。 広島県福山市出身。京都大学工学部卒業、東京大学工学部大学院修了後、通産省入省。 2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙に民主党から立候補し、広島7区では自民党の宮澤洋一に敗れ落選したものの、比例中国ブロックで復活し、初当選した。 2003年、7月27日告示・8月3日投票の広島県福山市長選挙に立候補し、衆議院議員を失職。立候補に際し、民主党を離党した。しかし、三好章市長(2004年辞職直後に逝去)に敗れ、落選。同年の第43回衆議院議員総選挙にも無所属で立候補したが落選した。
鷲田 清一(わしだ きよかず、1949年9月2日 - )は、… 鷲田 清一(わしだ きよかず、1949年9月2日 - )は、日本の哲学者(臨床哲学・倫理学)。評論家、大阪大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授。サントリー文化財団副理事長、京都コンサートホール館長。関西大学文学部教授、大阪大学総長、京都市立芸術大学理事長・学長、せんだいメディアテーク館長などを歴任した。 京都大学文学部哲学科を卒業し、京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。フッサールや、メルロ=ポンティといった現象学、身体論の視点から、他者、所有、規範、制度などの諸問題を論じる。 ファッションと自己の相関を考察した『モードの迷宮』(1987年)、『顔の現象学』(1998年)などにより、独自の研究領域を開拓した。
三野 和雄(みの かずお、1949年8月21日 - )は、日… 三野 和雄(みの かずお、1949年8月21日 - )は、日本の経済学者。京都大学名誉教授、同志社大学経済学部特別客員教授。第47代日本経済学会会長。専門はマクロ経済学。妻の速水洋子は京都大学東南アジア地域研究研究所所長。
大村 哲夫 (おおむら てつお、1949年 <昭和24年> … 大村 哲夫 (おおむら てつお、1949年 <昭和24年> 8月20日 - ) は、日本の国土交通技官。北陸地方整備局長、中部地方整備局長を歴任。瑞宝中綬章受章。 大阪府出身、京都大学工学部卒業、東京工業大学大学院卒業、博士課程修了。1974年 運輸省入省、第一港湾建設局金沢港工事事務所長、国土交通省港湾局建設課積算企画調査室長、国際臨海開発研究センター第二調査部次長、北九州市港湾局長、1998年4月 沖縄開発庁振興局振興第3課長、国交省大臣官房技術参事官、2004年1月 鬼頭平三の後任として北陸地方整備局長。同年10月に発生した新潟県中越地震では復旧・復興本部を設置し、自ら本部長として指揮した。
常松 洋(つねまつ ひろし、1949年8月20日 - )は、… 常松 洋(つねまつ ひろし、1949年8月20日 - )は、アメリカ史学者、京都女子大学名誉教授。 島根県生まれ。1972年島根大学文理学部卒、1980年京都大学大学院文学研究科博士課程中退。大阪産業大学教養部助教授、1995年京都女子大学文学部教授。2007年「ヴィクトリアン・アメリカの社会と政治」で京大博士(文学)。2015年退任、名誉教授。
森山 裕丈(もりやま ひろたけ、1949年8月20日 - 2… 森山 裕丈(もりやま ひろたけ、1949年8月20日 - 2016年11月17日)は、日本の化学者。京都大学名誉教授。元京都大学原子炉実験所(現:京都大学複合原子力科学研究所)長。専門は核材料工学、放射化学。 森山は内閣府原子力安全委員会委員および専門委員でありながら、原発関連企業である日立GEニュークリア・エナジーから120万円を受け取っており、原発の推進側と規制側の癒着構造が「安全規制ガバナンス」における根本的な問題であると指摘されている。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
上垣 猛(うえがき たけし、1949年〈昭和24年〉8月16… 上垣 猛(うえがき たけし、1949年〈昭和24年〉8月16日 - )は、日本の裁判官。2010年(平成22年)2月26日より大阪高等裁判所部総括判事(第5刑事部)を務め、2014年(平成26年)に定年退官。 京都大学法学部を卒業後、1974年(昭和49年)4月に第28期司法修習生。1976年(昭和51年)4月9日に大阪地方裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )… 笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )は、日本の歴史学者。国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は日本近世史・武家社会論。博士(文学)(京都大学、1994年)(学位論文「近世武家社会の政治構造」)。 兵庫県神戸市出身。甲陽学院高等学校卒業、1973年京都大学文学部史学科卒業、1978年同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得退学、国文学研究資料館史料館助手。1988年『主君「押込」の構造』でサントリー学芸賞を受賞、1989年国際日本文化研究センター助教授、1996年教授。2015年定年退官、名誉教授。帝塚山大学教授、2016年退職。2018年4月大阪学院大学法学部教授、2021年3月退職。
泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日… 泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日 - )は、日本の政治家、元滋賀県米原市長(1期)。旭日双光章受章。 滋賀県出身。滋賀県立彦根東高等学校を経て、京都大学農学部卒。1972年滋賀県庁に入る。農村整備、耕地の各課長、東京事務所長を経て、2008年退職。2009年の米原市長選挙に立候補し、現職の平尾道雄を破り当選。2013年の米原市長選挙で平尾に敗れた。2019年秋の叙勲で旭日双光章を受章。
中島経夫(なかじま つねお、1949年8月 - )は、日本の… 中島経夫(なかじま つねお、1949年8月 - )は、日本の魚類学者である。琵琶湖博物館名誉学芸員。 1949年東京都生まれ。1982年京都大学大学院理学研究科修了。理学博士(学位論文:「コイ目魚類における咽頭歯系の個体発生に関する比較形態学的研究」)取得。日本学術振興会奨励研究員。岐阜歯科大学(現在朝日大学)歯学部助手。1991年琵琶湖博物館準備室主査。1997年琵琶湖博物館専門学芸員、2010年琵琶湖博物館を上席総括学芸員として退職、同名誉学芸員。2010年総合地球環境学研究所客員教授。2012年岡山理科大学生物地球学部・同大学大学院総合情報研究科教授。2018年退官。専門分野はコイ科魚類の咽頭歯に関する形態学的研究、およびそれに基づく古生物学的および考古学的研究。
松永 守央(まつなが もりお、1949年8月 - )は、日本… 松永 守央(まつなが もりお、1949年8月 - )は、日本の工学博士、九州工業大学学長。 大阪府出身。1977年京都大学大学院工学研究科工業化学専攻博士課程修了、1977年米国テネシー大学博士研究員、1978年九州工業大学工学部講師、1980年工学部助教授、1996年工学部教授、2002年附属図書館長・副学長、2003年大学院工学研究科教授、2004年理事兼副学長、2010年九工大学長。2025年、瑞宝中綬章受章。
望月 晴文(もちづき はるふみ、1949年7月26日 - )… 望月 晴文(もちづき はるふみ、1949年7月26日 - )は、日本の経産官僚。現在は、東京中小企業投資育成代表取締役社長、日立製作所取締役会議長。内閣官房参与 経済産業事務次官、資源エネルギー庁長官、中小企業庁長官などを歴任。 神奈川県出身。栄光学園高校を経て、京都大学法学部に進学。1973年に京大卒業後、通商産業省に入省。入省同期には鈴木隆史(特許庁長官)がおり、京大かでは語学のクラスから民法のゼミまで机を並べた間柄である。その他の入省同期には、東大紛争による東大入試中止の年度に当たるため、望月・鈴木のほかに小川洋(特許庁長官から内閣広報官)なども京大出身にあたる。他に豊田正和(経済産業審議官)、松島茂(東京理科大専門職院・法大経営学部教授、中部通産局長)、大井篤などがいる。
實川 幹朗(じつかわ みきろう、1949年7月15日 - )… 實川 幹朗(じつかわ みきろう、1949年7月15日 - )は、日本の臨床心理学者。姫路獨協大学元教授。 千葉県船橋市生まれ。1974年東京大学文学部哲学科卒業。1976年同大学院文学研究科修士課程修了。1984年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程満期退学(臨床心理学)、心の相談塾こころほぐしを開設。1987年姫路獨協大学一般教育部助教授、1998年教授、2011年法学部教授。
西村 則夫(にしむら のりお、1949年7月4日 - 202… 西村 則夫(にしむら のりお、1949年7月4日 - 2024年5月30日)は、日本の裁判官。大阪高等裁判所部総括を経て、横浜家庭裁判所所長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
中根 猛(なかね たけし、1949年(昭和24年)6月24日… 中根 猛(なかね たけし、1949年(昭和24年)6月24日 - 2022年10月12日)は、日本の元外交官。在ウィーン国際機関日本政府代表部大使、ドイツ駐箚特命全権大使、外務省参与、日本電産株式会社社外取締役(監査等委員)などを歴任した。位階は従三位。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
久和 進(きゅうわ すすむ、1949年6月22日 - )は、… 久和 進(きゅうわ すすむ、1949年6月22日 - )は、日本の経営者。北陸電力社長、会長を務めた。富山県出身。 1972年に京都大学工学部を卒業し、同年に北陸電力に入社した。2003年6月に執行役員に就任し、2004年6月に常務、2007年6月に副社長を経て、2010年4月に社長に就任。2015年6月に会長に就任。
鈴木 隆史(すずき たかし、1949年6月21日 - )は、… 鈴木 隆史(すずき たかし、1949年6月21日 - )は、日本の通産官僚、弁護士。大阪府出身。一般財団法人工業所有権協力センター理事長、特許庁長官、経済産業政策局長、経済産業省大臣官房長、貿易経済協力局長等を歴任。 大阪府立大手前高等学校を経て、京都大学法学部に進み、在学中に司法試験合格。卒業後、通商産業省に入省。同期入省には、通商産業事務次官の望月晴文、同じく特許庁長官となった小川洋らがいる。その他に、北爪由紀夫(駐カタール大使、日本貿易保険理事、特許庁総務部長、東北大法卒)、羽山正孝(サハリン石油ガス開発社長、中小企業庁次長、京大法卒)、大井篤など。 大臣官房長、経済産業政策局長といった経済産業省の主流の役職を歴任し、事務次官の最有力候補と目されて、同期の望月と次官の座を争ったが、望月が資源エネルギー庁長官から次官へと異例の抜擢を受け、鈴木は特許庁長官に転ずることとなった。
松井 健(まつい たけし、1949年6月17日 - )は、日… 松井 健(まつい たけし、1949年6月17日 - )は、日本の人類学者。東京大学名誉教授。 1949年、大阪府大阪市生まれ。1972年に京都大学理学部動物学科を卒業し、同大学院に進んだ。1976年、同大学院博士課程中退。同年、京都大学人文科学研究所助手に採用された。1983年に神戸学院大学教養部助教授となる。1991年に教授昇進。1992年からは東京大学東洋文化研究所助教授、1994年に教授昇進。2015年、東京大学東洋文化研究所を定年退任し名誉教授。 1980年「琉球諸島における貝類のエスノ・サイエンスと民俗分類」で京都大学より理学博士の学位を取得。
稲葉 陽二(いなば ようじ、1949年〈昭和24年〉6月10… 稲葉 陽二(いなば ようじ、1949年〈昭和24年〉6月10日 - )は、日本の経済学者。専門は、日本経済、ソーシャル・キャピタル。現日本大学法学部教授、経済産業省産業構造審議会臨時委員、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構技術委員、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター協力研究員。 1973年京都大学経済学部卒業。1978年、スタンフォード大学経営大学院修士課程修了 (MBA)。2015年、博士(学術)(筑波大学)。 1973年、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。経済協力開発機構(OECD)、国際エネルギー機関 (IEA)、日本開発銀行ワシントン首席駐在員、財団法人日本経済研究所常務理事、電気事業審議会専門委員、日本政策投資銀行設備投資研究所所長、中央大学法学部非常勤講師、日本女子大学家政学部経済学科非常勤講師、立教大学大学院社会学研究科特別講師などを経て、現職。