江崎 勝久(えざき かつひさ、1941年(昭和16年)8月2… 江崎 勝久(えざき かつひさ、1941年(昭和16年)8月27日 - )は、日本の実業家。江崎グリコの社長。灘中学・灘高等学校同窓会会長。
神戸大学:908人
江崎 勝久(えざき かつひさ、1941年(昭和16年)8月2… 江崎 勝久(えざき かつひさ、1941年(昭和16年)8月27日 - )は、日本の実業家。江崎グリコの社長。灘中学・灘高等学校同窓会会長。
原田 敬三(はらだ けいぞう、1941年5月15日 - )は… 原田 敬三(はらだ けいぞう、1941年5月15日 - )は、日本の経営者。フジタ社長を務めた。 京都府出身。1964年に神戸大学工学部を卒業し、同年に藤田組(のちのフジタ)に入社。1998年6月に取締役に就任し、2000年6月に常務、2001年6月に専務を経て、2002年7月に副社長に就任し、同年10月には社長に昇格。2005年6月に社長を退任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
吉原 英樹(よしはら ひでき、1941年4月2日 - 202… 吉原 英樹(よしはら ひでき、1941年4月2日 - 2022年2月7日)は、日本の経営学者。神戸大学名誉教授。位階勲等は正四位瑞宝中綬章。 大阪市出身。1966年神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。占部都美ゼミ出身。神戸大学経済経営研究所助手、1971年助教授、教授。2006年定年退官、名誉教授、南山大学教授。 1981年、占部ゼミの後輩にあたる加護野忠男や、一橋大学商学部の伊丹敬之及び佐久間昭光との、日本初の本格的な日本企業の実証研究『日本企業の多角化戦略 経営資源アプローチ』(共著)で日経・経済図書文化賞受賞。1988年「戦略的企業革新の研究」で神戸大経営学博士。 2022年2月7日、死去。
井上 治典(いのうえ はるのり、1941年3月5日 - 20… 井上 治典(いのうえ はるのり、1941年3月5日 - 2005年10月5日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。学位は、博士(法学)(神戸大学・論文博士・1993年)(学位論文「多数当事者訴訟の法理」)。甲南大学教授、神戸大学教授、九州大学教授、立教大学教授などを歴任。弁護士。 山口県下関市にて生まれる。妻と三男も弁護士である。父は「連合赤軍事件」の弁護を務めた九州大学名誉教授の井上正治(刑法・刑事訴訟法・刑事学専攻)。母方の祖父は、不破武夫(九州帝国大学法文学部刑法講座担任)。 吉村徳重を指導教官として研究生活に入る。当初の研究課題は多数当事者訴訟の研究であり、従来共同訴訟と称されていたこの分野を多数当事者訴訟という観点から再構成した。
門脇 延行(かどわき のぶゆき、1941年2月22日 - … 門脇 延行(かどわき のぶゆき、1941年2月22日 - )は、日本の経営学者。滋賀大学名誉教授。2019年、瑞宝中綬章受章 1941年2月22日、大阪府に生まれる。1963年、神戸大学経営学部卒業。1967年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程中退。1967年、滋賀大学に助手として着任、1988年、滋賀大学経済学部教授に就任した。2000年、滋賀大学副学長。2006年、滋賀大学名誉教授の称号を受ける。その間、比較経済体制学会幹事(1985年-1988年)、JSSEES 編集委員(1979年-1986年)1979 - JSSEES 理事(1979年)、比較経営学会理事(1976年-1978年)を歴任した。
岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は… 岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は、日本の教育者、政治家。元兵庫県神崎郡市川町長(2期)。 市川町出身。神戸大学教育学部卒業。中学校教員を37年間務めたのち、区長6年間を経て2011年の市川町議会議員選挙に立候補し初当選を果たす(日本共産党公認)。 当選後は町議会議長を務めていたが、任期満了に伴う2015年の町長選挙に際して議員を辞職。「市川町 絆の会」の支援を得て無所属で出馬を表明する。選挙戦では子どもや高齢者の福祉の充実などを盛り込んだ「市川町ひまわりプラン2015」を掲げ、投開票の結果、再選を目指していた現職の岡本修平を下し初当選。兵庫県では隣接する嶋田正義福崎町長についで2人目(通算では山田兼三元南光町(現佐用町)長、工藤崇元上郡町長を含め4人目)の日本共産党員首長が誕生した。
岸本 哲也(きしもと てつや、1941年 - )は、日本の経… 岸本 哲也(きしもと てつや、1941年 - )は、日本の経済学者。神戸大学大学院経済学研究科教授、早稲田大学政治経済学術院教授を経て、神戸大学名誉教授。 兵庫県立星陵高等学校を経て、1964年神戸大学経済学部卒業。1967年神戸市外国語大学助手。1969年神戸大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1970年神戸大学教養部講師。1974年ロチェスター大学経済学研究科博士課程修了、Ph.D.。1977年神戸大学経済学部助教授。1982年神戸大学経済学部教授。1996年日本公共政策学会理事。1998年日本経済学会常任理事。2000年神戸大学大学院経済学研究科長・経済学部長、日本政策学会理事。2004年早稲田大学政治経済学術院教授。
石川 義之(いしかわ よしゆき、1941年 - )は、日本の… 石川 義之(いしかわ よしゆき、1941年 - )は、日本の社会学者。大阪樟蔭女子大学人間科学部教授。神戸大学文学部社会学科卒業。九州大学大学院の文学研究科で博士号を取得。 徳島大学専任講師、鳴門教育大学助教授、島根大学教授を経て、大阪樟蔭女子大学人間科学部教授。児童虐待と近親姦、タルコット・パーソンズの社会学を研究テーマとする。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
梶本 日出夫(かじもと ひでお、1941年〈昭和16年〉 -… 梶本 日出夫(かじもと ひでお、1941年〈昭和16年〉 - )は、日本の地方公務員。神戸市保健福祉局長、神戸市副市長、神戸市立博物館長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1965年 神戸大学経営学部卒業、1960年 神戸市役所入職、1995年 衛生局参与兼中央市民病院事務局長、1997年4月 中島龍の後任として市民局長、2000年 保健福祉局長、2001年11月 鵜崎功、松下綽宏とともに神戸市助役就任。地方公務員共済組合連合会監事を兼任し、財団法人神戸市斎園管理協会の解散を行った。2005年11月 助役 (後に副市長) 再任、2009年11月 中村三郎と小柴善博を後任に、鵜崎とともに副市長を任期満了退任、2010年 しあわせの村を運営する (財) こうべ市民福祉振興協会副会長、神戸市立博物館館長。
小嶋 博(こじま ひろし、1941年 - )は、日本の経営学… 小嶋 博(こじま ひろし、1941年 - )は、日本の経営学者。元名古屋学院大学学長。元日本経営財務研究学会会長。 兵庫県神戸市生まれ。福岡県立修猷館高校卒業。1968年神戸大学経営学部卒業。1974年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。1978年名古屋学院大学経済学部助教授。1982年ケルン大学客員教授。1985年名古屋学院大学経済学部教授。1992年名古屋学院大学商学部長。2005年名古屋学院大学学長。2011年名古屋学院大学商学部教授。2012年名古屋学院大学大学院特任教授。2013年日本経営財務研究学会会長。2014年名古屋学院大学名誉教授。2020年瑞宝中綬章受章。
松下 綽宏 (まつした のぶひろ、1941年または1942年… 松下 綽宏 (まつした のぶひろ、1941年または1942年 - )は、日本の地方公務員。神戸市都市計画局長、同市助役、神戸ハーバーランド社長を歴任。瑞宝小綬章受章。 1965年(昭和40年)3月神戸大学工学部土木工学科卒業、1965年(昭和40年)4月神戸市役所入職。 入職後は主に都市計画畑を歩み、都市計画局計画部計画課長、土木局道路部広域幹線推進室長、都市計画局計画部長を歴任後、1997年4月 鶴来紘一の後任として都市計画局長、2001年11月 梶本日出夫、鵜崎功とともに神戸市助役就任。株式会社神戸ハーバーランド情報センター代表取締役社長、神戸新交通株式会社社長を兼務。ポートアイランド線の神戸空港延伸に取り組んだ。
酒井 泰弘(さかい やすひろ、1940年12月19日 - )… 酒井 泰弘(さかい やすひろ、1940年12月19日 - )は、日本の経済学者。筑波大学名誉教授、滋賀大学名誉教授。経済学博士(ロチェスター大学)。 大阪府大阪市出身。大阪府立住吉高等学校を経て、1963年神戸大学経済学部卒業。1965年神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。1970年にロチェスター大学大学院経済学研究科修士課程を修了し、ピッツバーグ大学経済学部の助教授となる。1972年ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了。広島大学政経学部助教授、筑波大学社会科学系教授等を経て、2002年より滋賀大学経済学部教授。退官後も同大学や龍谷大学で教鞭を執る。専門は理論経済学、経済政策、リスク研究。
赤井 紀男(あかい のりお、1940年11月29日 - )は… 赤井 紀男(あかい のりお、1940年11月29日 - )は、日本の経営者。日立マクセル社長を務めた。兵庫県出身。 1963年に神戸大学教育学部を卒業し、同年に日立マクセルに入社。1993年に取締役に就任し、1995年6月に常務を経て、1997年6月に専務に就任。1999年6月には社長に昇格。2006年6月に相談役に就任。
西村 忠禧(にしむら ただよし、1940年10月4日 - … 西村 忠禧(にしむら ただよし、1940年10月4日 - )は、日本の経営者。みなと銀行頭取を務めた。 兵庫県出身。1963年に神戸大学法学部を卒業。三井住友銀行での勤務を経て、2001年6月にみなと銀行顧問に就任し、同年6月には頭取に就任。2006年6月に特別顧問に就任。
宝谷 紘一(ほうたに ひろかず、1940年8月15日 - 2… 宝谷 紘一(ほうたに ひろかず、1940年8月15日 - 2019年7月21日)は、日本の生物物理学者。名古屋大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。朝倉昌、大沢文夫の門下生。理学博士。バイオ系超分子・ソフトナノマシンの日本のリーダーの1人。 名古屋大学の理学研究科・分子生物学専攻の大学院生の時から、朝倉昌、大沢文夫のもとで、細菌の鞭毛タンパク質であるフラジェリンのインビトロでの重合・脱重合を生物物理学的に研究した。この研究を30代前半までつづけ、いくつかの論文を発表していた。細菌の遊泳運動は光学顕微鏡で観察できるが、運動器官である鞭毛は細いために光学顕微鏡では観察できない。乾燥して電子顕微鏡で観察するしかなかった。
柳田 浩(やなぎた ひろし、1940年7月10日 - 201… 柳田 浩(やなぎた ひろし、1940年7月10日 - 2017年7月19日)は、日本の経営者。日本触媒社長を務めた。大阪府出身。 1963年に神戸大学経営学部を卒業し、同年に日本触媒化学工業(後の日本触媒)に入社。1995年2月に取締役に就任し、1998年6月に常務を経て、2000年6月には社長に就任。2005年6月から相談役を務めた。 2017年7月19日、死去。77歳没。
山家 悠紀夫(やんべ ゆきお、1940年6月16日 - )は… 山家 悠紀夫(やんべ ゆきお、1940年6月16日 - )は、日本の経済学者。 1964年、神戸大学経済学部卒業。第一銀行に入行。1982年、第一勧業銀行虎ノ門支店副支店長に就任。1994年、第一勧銀総合研究所専務理事に就任。2001年、神戸大学大学院経済学研究科教授( - 2003年)。 ケインズ派の経済学者であり、小泉政権の新自由主義に基づく構造改革を批判している。 女性史研究者の山家悠平は子。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
湯浅 浩史(ゆあさ ひろし、1940年5月24日 - )は、… 湯浅 浩史(ゆあさ ひろし、1940年5月24日 - )は、日本の植物学者、文筆家。前東京農業大学教授。 神戸市生まれ。1963年、兵庫農科大学(現・神戸大学)農学部農林生物学科卒業。1968年、東京農業大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。1968年、同大学育種学研究所所員、1975年、進化生物学研究所研究員、2000年、東京農業大学短期大学部教授、2005年、東京農業大学農学部バイオセラピー学科教授、2011年、退任。一般財団法人進化生物学研究所理事長・所長、生き物文化誌学会会長。1994年松下幸之助花の万博記念奨励賞受賞。村田源とともにベンケイソウ科のセトウチマンネングサをツシママンネングサの新変種 Sedum yabeanum var. setouchiense として記載した(後に大場秀章によるツシママンネングサに対応する学名の変更に伴い Sedum polytrichoides var. setouchiense と改められた)。
磯部 修三(いそべ しゅうぞう、1940年4月15日 - )… 磯部 修三(いそべ しゅうぞう、1940年4月15日 - )は、高校野球の指導者、高校・大学教員。 1978年、浜松商業高校、2007年には、常葉菊川高校野球部を、それぞれ選抜高等学校野球大会全国優勝に導いた。 静岡県生まれ。1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。神戸大学卒業。 1965年、掛川西高校社会科教諭・野球部副部長、1972年、浜松商業高校社会科教諭・野球部監督に就任。1978年、センバツ大会優勝。1980年、選手権大会8強。1984年3月で浜松商業高校を退任後、浜松南高校社会科教諭を経て、磐田南高校社会科教諭・野球部監督を務めた。 その後は一時、野球部の指導から離れ、県教育研究所指導主事・浜名高校教頭、磐田北高校教頭など歴任した。
中西 公(なかにし いさお、1940年3月1日 - 2009… 中西 公(なかにし いさお、1940年3月1日 - 2009年6月24日)は、日本の経営者。JCB社長を務めた。香川県出身。 1963年に神戸大学経済学部を卒業し、同年に三和銀行に入行。1989年6月に取締役に就任し、1992年12月に常務、1995年6月に専務を経て、1997年5月に副頭取に就任。1998年6月にJCB社長に就任し、2003年6月には特別顧問に就任。 2009年6月24日脳腫瘍のために死去。69歳没。
豊田 利久(とよだ・としひさ、1940年 - )は岡山県生ま… 豊田 利久(とよだ・としひさ、1940年 - )は岡山県生まれの経済学者。 1940年、岡山県新見市出身。1959年、岡山朝日高等学校を卒業。 1963年神戸大学経済学部卒業、1965年同大学大学院経済学研究科修士課程(経済学・経済政策専攻)修了、1971年米国カーネギーメロン大学産業管理大学院(現 Tepper School of Business)博士課程修了(Ph. D. ) (Omicron Delta Epsilon)。 1966年、神戸大学経済学部助手に就任。同学部専任講師、助教授を経て、1980年同学部教授。1993~2004年同大大学院国際協力研究科教授。2004~2012年広島修道大学教授。
山鳥 重(やまどり あつし、1939年9月29日 - )は、… 山鳥 重(やまどり あつし、1939年9月29日 - )は、日本の神経心理学者、脳科学者、医師。 専門は、神経心理学、失語症・記憶障害などの高次脳機能障害。 兵庫県生まれ。兄は解剖学者・山鳥崇(1932年 - 2019年、神戸大学名誉教授、姫路獨協大学名誉教授、元神戸大学医学部長)。 神戸医科大学卒業、神戸大学大学院医学研究科博士課程修了。1969年に神戸大学より医学博士の学位を取得、学位論文の題は「Role of spindles in the onset of sleep(入眠時における紡錘波の役割)」。 69‐72年ボストン大学医学部ニューロロジー教室のレジデント・プログラムに在籍、ボストン・ヴェテランズ・アドミニストレーション病院で失語症など高次脳機能障害の臨床に従事。
山口 直彦(やまぐち なおひこ、1939年9月23日 - 2… 山口 直彦(やまぐち なおひこ、1939年9月23日 - 2019年8月30日)は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。元甲南大学文学部教授。医学博士。 1939年兵庫県神戸市生まれ。1965年神戸医科大学卒業。1970年神戸大学大学院医学研究科修了、医学博士。その後神戸大学医学部精神神経科助教授、兵庫県立光風病院長、甲南大学文学部人間科学科教授 を経て、兵庫県こころのケアセンター長、光風病院名誉院長。2019年8月30日没。
片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月… 片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月28日 - 2010年〈平成22年〉)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。キャッチコピーは『地球人・未来人・片上公人』 神戸市出身。神戸大学経済学部卒業。神戸市職員、創価学会の地元役員、聖教新聞記者などを経て1986年の第14回参議院議員通常選挙に兵庫県選挙区より公明党公認で出馬し、当選。1992年の選挙で再選を果たす。 1995年秋、女性秘書に対するセクハラで告訴される。1995年11月16日には自民党、日本社会党、新党さきがけ、日本共産党の全女性議員22人が事実関係の調査と片上議員の議員辞職を求める超党派の声明を出した。22日には、自民党の石井道子、南野知惠子、社会党の千葉景子、日下部禧代子、大脇雅子、栗原君子、さきがけの堂本暁子、共産党の吉川春子、阿部幸代が参院議長に対して「多くの女性の憤りや疑問に答えるためにも速やかな事実の解明を求める」との申し入れ書を手渡した。
保田 茂(やすだ しげる、1939年6月3日 - )は、日本… 保田 茂(やすだ しげる、1939年6月3日 - )は、日本の農学者、農学博士。神戸大学名誉教授、兵庫農漁村社会研究所代表。 兵庫県出身。1973年、兵庫県有機農業研究会を設立。事務局長として有機農業の普及につとめる。1974年より「食品公害を追放し安全な食べ物を求める会」を組織し、安全な食べ物を求める消費者運動を推進。日本有機農業学会会長、日本有機農業研究会副理事長を歴任。農業経営・地域活性化分野で活動、農業経営学に有機農業という新しい分野を切り開き、理論と実践を統合。最近では食育に取り組んでいる。1985年、京都大学農学博士、論文の題は「有機農業の展開過程に関する経済的研究」。2015年、兵庫県社会賞受賞。
井上 和雄(いのうえ かずお、1939年4月28日 - )は… 井上 和雄(いのうえ かずお、1939年4月28日 - )は、日本の経済学者、音楽評論家,神戸商船大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。神戸大学大学院経済研究科博士課程中退。大阪府立大学教養部助手、同経済学部講師、神戸商船大学(現・神戸大学海事科学部)教授。1962年、中央公論社『モーツァルト大全』の懸賞論文に「読者のモーツァルト論」が入選。1987年『モーツァルト心の軌跡』でサントリー学芸賞受賞。2003年定年退官、名誉教授。自身で弦楽四重奏団を結成し、画も描く。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
大坪 清(おおつぼ きよし、1939年〈昭和14年〉3月15… 大坪 清(おおつぼ きよし、1939年〈昭和14年〉3月15日 - )は、日本の実業家。住友商事代表取締役副社長を経て、レンゴー代表取締役会長。関西経済連合会副会長、日本製紙連合会副会長、凌霜会理事長なども務めている。 大阪府豊中市生まれ。大阪府立大手前高等学校を経て、1962年(昭和37年)神戸大学経済学部卒業。住友商事に入社後「一番弱い分野」を希望し紙・パルプ課に入る。 兵庫県尼崎市にある摂津製紙(のちのセッツ。レンゴーと合併した)への出向を経て、1966年に扶桑紙業(のちの住商紙パルプ、現国際紙パルプ商事)専務取締役。 1988年マレーシアの住友商事クアラルンプール支店長。1992年(平成4年)取締役。
川口 章(かわぐち あきら、1939年1月29日 - 199… 川口 章(かわぐち あきら、1939年1月29日 - 1998年12月21日)は、日本の経営者。尼崎信用金庫理事長を務めた。 兵庫県出身。1956年に神戸大学法学部を卒業し、同年に尼崎信用金庫に入社した。1977年に理事に就任し、1980年に常務、1983年に専務、1989年5月に副理事長を経て、1992年2月には理事長に就任。 1998年12月21日心不全のために死去。59歳没。
西田 耕三(にしだ こうぞう、1938年11月1日 - )は… 西田 耕三(にしだ こうぞう、1938年11月1日 - )は、日本の経営学者、名古屋市立大学名誉教授。愛知県名古屋市生まれ。 全て著者はDon Hellriegel,John W.Slocum, Jr.、発売は同朋舎メディアプラン、発売年は2003年。
土橋 芳邦(どばし よしくに、1938年8月21日 - )は… 土橋 芳邦(どばし よしくに、1938年8月21日 - )は、日本の実業家。クボタ代表取締役社長、学校法人大阪産業大学理事長などを務めた。 兵庫県宝塚市出身。1961年神戸大学経済学部卒業、久保田鉄工(現クボタ)入社。1982秘書室長。1989年取締役広報室担当。1991年常務取締役。1993年専務取締役。1999年から代表取締役社長を務め、不採算事業の整理などを進め全事業の黒字化を達成した。同年、日本ダクタイル鉄管協会会長に就任。2003年に相談役に退いた。2008年社友。2009年学校法人大阪産業大学理事長。
橋本 卓(はしもと たかし、1938年(昭和13年)8月16… 橋本 卓(はしもと たかし、1938年(昭和13年)8月16日 - 2009年(平成21年)3月)は、日本の政治家。元大阪府箕面市長(2期)。 広島県出身。神戸大学教育学部卒。箕面市役所に入り、助役などを務める。 1993年箕面市長選挙に立候補し、当選する。1997年に再選。2000年自身の健康問題を理由に市長を辞職した。2009年死去。
白藤 禮幸(しらふじ のりゆき、1938年6月13日 - )… 白藤 禮幸(しらふじ のりゆき、1938年6月13日 - )は、日本の言語学者・国語学者。東京大学名誉教授。専門は古代日本語。 1961年神戸大学文学部国文科卒、68年東京大学大学院国文科博士課程中退、茨城大学助教授、お茶の水女子大学助教授、教授、1995年東京大学文学部教授、1999年定年退官、名誉教授、2000年帝京大学教授、2002年二松學舍大学教授、同大学文学研究科長、特任教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 202… 吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 2025年2月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算2期)。 兵庫県豊岡市出身。兵庫県立豊岡高等学校卒業。神戸大学電気電子工学科卒業。 電電公社(現在のNTT)に入社し、豊岡局に勤務しつつ、労組活動に入る。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧兵庫5区から出馬するが落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙に再び出馬し初当選。以後2期連続当選。 議員在任中は外務委員などを務める。本岡昭次参議院議員らと共に自社さ連立政権反対派として知られた。1994年に土肥隆一と共に日本社会党を離党し、民主改革連合に入党。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では民主改革連合公認及び連合・五党協議会統一候補として兵庫5区より出馬するも落選。
狩野 忠正(かのう ただまさ、1938年3月2日 - 201… 狩野 忠正(かのう ただまさ、1938年3月2日 - 2018年5月30日)は、日本の建築家、狩野忠正建築研究所代表、竹中工務店プリンシパルアーキテクト、神戸大学、大阪芸術大学教授。 1938年に、当時日本統治下にあった朝鮮の全羅南道麗水(現・大韓民国内)で生まれる。終戦後、佐賀県の唐津港に引き揚げ、両親の実家のあった長崎県島原市に移り住む。小学5年生までを島原で過ごした後、兵庫県明石市に再度転居した。建築家を目指したのは幼少期に岡山県の閑谷学校を訪問してその建物を見たことが原点であると回想している。 1962年に神戸大学工学部建築学科(堯天義久研究室)を卒業して竹中工務店に入社し、設計部に配属された。
鳥井 信一郎(とりい しんいちろう、1938年1月22日 -… 鳥井 信一郎(とりい しんいちろう、1938年1月22日 - 2004年7月5日)は、日本の実業家でサントリー(現サントリーホールディングス)元社長・元会長。元関西経済連合会副会長。大阪府出身。位階は正五位。 1956年大阪府立池田高等学校卒業。1960年ノースウェスタン大学卒。1963年神戸大学法学部卒業。住友銀行(現・三井住友銀行)を経て、1967年にサントリーに入社。国際本部長を経て1972年取締役となり、1990年3代目の創業家社長に就任する。「サントリーホップス」「マグナムドライ」といった発泡酒のジャンルを切り開くキーパーソンとなった。 1995年サントリー文化財団理事長。その後2001年にサントリー会長に退き、2004年3月からは相談役になっていたが、同年7月5日、肺炎のため死去。
吉田 修(よしだ おさむ、1938年 - )は、日本の経営… 吉田 修(よしだ おさむ、1938年 - )は、日本の経営学者。滋賀大学名誉教授、帝塚山大学名誉教授。2017年瑞宝中綬章受章 1938年新潟県十日町市生まれ。1961年3月に滋賀大学経済学部を卒業。同年4月神戸大学大学院経済学研究科に進学し、1963年3月同修士課程修了、1966年3月同博士課程単位取得退学。同年滋賀大学経済学部に着任、1979年同教授。1999年3月同大学を退官、名誉教授の称号を受ける。退官後は帝塚山大学教授を務めた。専攻は経営学総論、経営学史、経営思想。経済学博士(神戸大学)。 2017年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大谷 順彦(おおたに よしひこ、1938年 - 2025年1… 大谷 順彦(おおたに よしひこ、1938年 - 2025年1月7日)は、日本の経済学者。専攻は理論経済学、国際経済学、数理経済学。筑波大学名誉教授。パデュー大学経済学部准教授や、カンザス大学経済学部教授、筑波大学社会工学系教授、筑波大学社会工学系長等を歴任した。 1960年神戸大学経済学部卒業、昭和石油入社。1969年ミネソタ大学大学院修了、Ph.D。同年ミネソタ大学経済学部助教授。1970年パデュー大学経済学部助教授。1974年同准教授。1976年カンザス大学経済学部准教授。1981年同教授。同年筑波大学社会工学系教授。1993年日本経済学会理事。1996年筑波大学社会工学系長。2000年九州産業大学経済学部教授。
池上 洵一(いけがみ じゅんいち、1937年9月15日 - … 池上 洵一(いけがみ じゅんいち、1937年9月15日 - )は、日本の国文学者。神戸大学名誉教授。 岡山県津山市生まれ。1960年、神戸大学文学部卒業。1966年東京大学大学院博士課程単位修得中退。 同年熊本大学に勤務、1973年静岡女子大学助教授、のち神戸大学文学部教授に就任。2001年同大学を退官し名誉教授となる。2002年に「説話と記録の研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。 永積安明の研究を継ぎ、『今昔物語集』『三国伝記』を専門とする。校訂、著作が多数あり、著作集が刊行されている。
坂元 良章(さかもと よしあき、1937年5月22日 - 2… 坂元 良章(さかもと よしあき、1937年5月22日 - 2025年2月2日)は、日本の経営者。栗本鐵工所社長、会長を務めた。 兵庫県出身。1961年に神戸大学経済学部を卒業し、同年に栗本鐵工所に入社した。1991年6月に取締役に就任し、1995年6月に常務を経て、1999年6月には社長に就任。2002年6月には会長も兼任し、2003年4月には会長に専任し、2004年6月からは顧問を務めた。 2025年2月2日、大腸癌のために死去。87歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
神崎 克郎(かんざき かつろう、1937年(昭和12年)4月… 神崎 克郎(かんざき かつろう、1937年(昭和12年)4月1日 - 2006年(平成18年)2月15日)は、日本の法学者。専門は商法。学位は法学博士(神戸大学・論文博士・1969年)。神戸大学名誉教授。叙正四位・受勲瑞宝中綬章。兵庫県出身。弟子に伊勢田道仁など。 商品取引所審議会委員、商品取引所審議会会長、公認会計士審査会委員、証券取引所審議会委員、証券取引審議会不公正取引特別部会委員、大学設置審議会専門委員、司法試験第二次試験考査委員、信託法学会理事、日本私法学会理事、日米法学会日本支部理事、日米法学会日本支部評議員、金融法学会理事、日本海法学会理事、村田奨学財団選考委員、信託協会信託研究奨励金選考委員、村田製作所社外取締役、証券保管振替機構社外取締役を歴任。
小松 健一(こまつ けんいち、1937年3月10日 - 20… 小松 健一(こまつ けんいち、1937年3月10日 - 2011年6月25日)は、日本の経営者。関西銀行(現在の関西みらい銀行)社長を務めた。 兵庫県出身。1961年に神戸大学経済学部を卒業し、同年に住友銀行に入行。1986年6月に取締役に就任し、1989年6月に常務、1991年11月に専務を経て、1993年6月に関西銀行顧問と副社長に就任し、1994年6月には社長に昇格。1999年6月に会長を経て、2002年6月に特別顧問に就任。 2011年6月25日に心不全のために死去。74歳没。
岩田 信義(いわた のぶよし 1937年 - )は、日本の教… 岩田 信義(いわた のぶよし 1937年 - )は、日本の教育者、著作家、歴史家。神戸連続児童殺傷事件当時加害者の通っていた神戸市立友が丘中学校校長であり、事件に関わる著作を行った。 兵庫県神戸市出身。神戸大学教育学部卒業。神戸市内の学校教諭を経て神戸市立友が丘中学校校長に就任。事件当時は校長として、ことあるごとに記者会見を開き、記者からの質問には一つ一つ答えていた。 1998年には日本精神衛生会の広報誌で、メンタルヘルスについての連載を行っていた。 2000年には新潮45で、神戸連続児童殺傷事件が起きてから3年後に思うことの手記を掲載する。 2001年には『校長は見た!酒鬼薔薇事件の「深層」』という書籍を出版した。
木村 健(きむら けん、1937年-)日本の医師、アイオワ大… 木村 健(きむら けん、1937年-)日本の医師、アイオワ大学名誉教授、小児外科医、エッセイスト。 数多くの手術術式を開発して多くの小児外科領域の難病患者を救った。 日本並びにアメリカの医学教育、卒後研修、医療制度、病院経営論理に詳しく、講演会などで両国の比較などを通して啓発活動をしている。 1986年日本エッセイストクラブ「ベストエッセイ集、母の加護」に作品「肥後守」が選ばれた。ネットブログ「ドクターキムラのオピニオン」などに定期的にエッセイを掲載している。 2004年、広島大学より招聘を受け特別顧問に就任した。広島大学医学部付属病院を大学本部直属の広島大学病院と組織替して病院改革を行った。結果、診断確定から手術までの待ち時間が短縮されスピーディな手術が出来た。
濵島 正士(浜島 正士、はましま まさじ、1936年12月6… 濵島 正士(浜島 正士、はましま まさじ、1936年12月6日 - )は、日本の建築史学者。国立歴史民俗博物館名誉教授。 大阪府生まれ。1959年神戸大学工学部建築学科卒業。1983年「日本仏塔の形式,構造と比例に関する研究」で東京大学工学博士。京都府教育庁技師、文化庁文化財調査官として文化財建造物の修理・調査に従事。国立歴史民俗博物館助教授、教授。2000年、定年退官、同博物館名誉教授、別府大学教授。2007年退職。文化財建造物保存技術協会理事長・会長、顧問。専門は、日本建築(社寺建築)史。京都府で海住山寺五重塔の解体修理工事に従事したことで、仏塔に関心をもつ。
岡田 昌義(おかだ まさよし、1936年2月18日 - )は… 岡田 昌義(おかだ まさよし、1936年2月18日 - )は、日本の心臓外科医。専門分野は心臓血管外科・胸部外科・レーザーと医学・補助循環法など。 昭和36年、兵庫県立神戸医科大学卒業。昭和41年、同大学院博士課程(外科学専攻)修了、医学博士の学位を取得。助手として、ドイツのハイデルベルク大学(外科学教室)に国費留学し、とくに、心臓血管外科学を研鑚した。その後、神戸大学医学部第二外科の講師、助教授、教授を歴任した。平成11年、神戸大学医学部教授(外科学第二講座)を定年にて退官。心筋内血管形成術に関し、1985年11月12 日に臨床例で本法単独の世界初の成功例を得た 神戸循環器クリニック院長、国際先端総合医学研究所 所長、加古川総合保健センター理事、兵庫大学教授(健康科学部)、兵庫大学健康管理センター所長、大阪府済生会中津病院顧問、新日鉄広畑病院顧問、神鋼加古川病院顧問などを歴任。
武部 宏(たけべ ひろし、1935年12月24日 - 202… 武部 宏(たけべ ひろし、1935年12月24日 - 2023年7月21日)は、ラジオパーソナリティ、司会者、プランツコーポレーション代表取締役会長であり、KBS京都の元アナウンサー。香川県立小豆島高等学校、神戸大学文学部卒業。宇治市に在住していた。既婚、1男2女あり。 京都府中郡峰山町(今の京丹後市)生まれ。3人兄弟の末っ子。父親は税務署員で、3歳で神戸に引っ越し、鵯越小学校に通った。小学校2年生当時の1943年、戦争の激化をうけて父親の本籍地である小豆島に引っ越し、高校卒業までを小豆島で過ごした。中学、高校と演劇をしていて、主役で活躍。神戸大学に進学し、サンドイッチマン、スナックのバーテンダー(アルバイト)などを経て、1959年に京都放送へ入社。
桂 音也(かつら おとや、1935年10月4日 - 1978… 桂 音也(かつら おとや、1935年10月4日 - 1978年3月28日)は、上方落語の落語家(上方噺家)で、フリーアナウンサー。本名は今井 清之。 大阪府箕面市に生まれる[要出典]。 神戸大学法学部卒業後、1960年に朝日放送にアナウンサーとして入社した。スポーツ番組や歌番組、演芸番組を担当する。後輩の道上洋三、乾浩明らと落語研究会を作り趣味で落語を始めた、この会には客として桂米朝一門の3代目桂米朝、2代目桂枝雀(当時は桂小米)や漫才作家の三田純市らが見に来ていた。会では主に古典落語を演じていた、これがきっかけで桂枝雀の教えを乞うようになる。[要出典] 1967年に朝日放送を退職してフリーの司会者となる。
高崎 正弘(高﨑正弘、たかさき まさひろ、1935年〈昭和1… 高崎 正弘(高﨑正弘、たかさき まさひろ、1935年〈昭和10年〉9月7日 - 2026年〈令和8年〉3月15日)は、日本の経営者。さくら銀行(現在の三井住友銀行)会長を務めた。 兵庫県神戸市出身。1959年に神戸大学経営学部を卒業し、同年に神戸銀行に入行した。1988年6月に太陽神戸銀行取締役に就任し、1992年6月にさくら銀行常務、1994年6月に専務を経て、1997年6月には会長に就任。2001年4月に三井住友銀行相談役を経て、2002年6月には特別顧問に退いた。 2007年10月から2015年10月までに兵庫県教育委員会委員長を務め、関西経済連合会副会長、神戸商工会議所副会頭、住生活グループ非常勤取締役なども務めた。
小林 哲夫(こばやし てつお、1935年9月 - )は、日本… 小林 哲夫(こばやし てつお、1935年9月 - )は、日本の会計学者。原価計算、管理会計が専門。神戸大学における管理会計学・原価計算論講座の溝口一雄の門下。後輩に谷武幸ら。
今井 泉(いまい いずみ、1935年6月5日 - 2013年… 今井 泉(いまい いずみ、1935年6月5日 - 2013年3月7日)は、日本の小説家。 1935年、高知県高知市に生まれる。1958年神戸商船大学航海科卒業後、同年、国鉄に入社。青函連絡船に乗務し、1970年に船長となる。1981年に宇高連絡船に移り、船長、航路監督を歴任する。 勤務の傍ら執筆活動を行い、1977年に函館市民文芸賞を受賞、1978年、1979年に国鉄文芸年度賞を受賞。1980年に『二等航海士石川達雄』を出版。1984年に『死の海図』で香川菊池寛賞を受賞 1988年4月の宇高航路連絡船廃止を期に3月にJRを退職、執筆活動に専念。 1984年『溟い海峡』、1993年『ガラスの墓標』で直木賞候補。