吉村 優花(よしむら ゆうか、2003年2月5日 - )は、… 吉村 優花(よしむら ゆうか、2003年2月5日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 高知県出身。高知高等学校時代は全日本高等学校選手権大会(春高バレー)に出場。 順天堂大学では4年生で副主将を務めた。 2024年12月、アランマーレ山形への入団内定が発表された。 2025年1月18日、2024-25シーズン第13節のヴィクトリーナ姫路戦に内定選手としてSVリーグ初出場。
舩田 璃々香(ふなだ りりか、2001年5月25日 - )は… 舩田 璃々香(ふなだ りりか、2001年5月25日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 千葉県袖ケ浦市出身。 國學院大學栃木高等学校を経て、2020年、順天堂大学に進学。4年時の2023年、秋季関東大学1部リーグでリベロ賞を受賞した。2023-24シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するPFUブルーキャッツの内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
亀山 拓巳(かめやま たくみ、2001年2月27日 - )は… 亀山 拓巳(かめやま たくみ、2001年2月27日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 常翔学園高等学校、順天堂大学を経て、2022/23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属する東京グレートベアーズの内定選手となった。内定選手としてV1男子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、大学卒業後に、東京グレートベアーズに入団した。 同年、12月23日に開催されたV1男子の東レアローズ戦で負傷し、右足リスフラン関節損傷により全治3か月と診断された。 2025年5月、フィンランドリーグのフリカーニ・ロイマー(フィンランド語版)へのレンタル移籍が発表された。
高橋 和幸(たかはし かずゆき、2000年1月26日 - )… 高橋 和幸(たかはし かずゆき、2000年1月26日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 東京都杉並区出身。家族の影響を受けて7歳のときにバレーボールを始める。 駿台学園高等学校、順天堂大学を経て、2021-22シーズン、ジェイテクトSTINGSの内定選手となり、V1リーグの試合にも出場した。大学卒業後、正式入団。 2022年、日本代表登録メンバーに選出された。日本代表として、AVCカップで全試合にスタメン出場し、チームの準優勝に貢献した。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
古市 梨乃(ふるいち りの、1999年6月18日 - )は、… 古市 梨乃(ふるいち りの、1999年6月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 大阪府豊能郡豊能町出身。両親と姉の影響で小学2年生からバレーボールを始める。 四天王寺高等学校、順天堂大学を経て、2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年、大学卒業後に、ヴィクトリーナ姫路に入団した。 2023-24シーズンより、姫路での背番号が18から12に変更となった。 2024年、姫路を退団。KUROBEアクアフェアリーズ富山に入団した。
志摩 美古都(しま みこと、1999年1月18日 - )は、… 志摩 美古都(しま みこと、1999年1月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 長野県佐久市出身。小学校1年生のころに、兄の友人から誘われたことをきっかけにバレーボールを始める。地元の中学校に進学し、バレーボール部に入部。部員が少なかったことから家庭科部の生徒に一時的にバレー部に入部をしてもらうことで試合に出場するような状態であったが、家庭科部の生徒のセンスが良かったこともあり、県大会まで出場。 中学3年生の時にJOCの選抜に選ばれたことでバレーボールを本気でやってみたいと考えるようになる。敬愛学園高等学校が長野県に合宿に来ていたこと、中学の監督の教え子が同校で監督をやっていたことなどの縁から、敬愛学園高等学校に進学。
野嶋 華鈴(のじま かりん、1998年11月19日 - )は… 野嶋 華鈴(のじま かりん、1998年11月19日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県大和市出身。八王子実践高等学校、順天堂大学を経て2020年12月、V.LEAGUE DIVISION2のルートインホテルズブリリアントアリーズの内定選手となり、2021年に入団。 2022-23シーズンからはGSS東京サンビームズでプレーした後、2024年7月にSV.LEAGUEの東レアローズ滋賀の公式サイトにて入団が発表され、10月13日の大阪マーヴェラス戦でSVリーグデビューを果たした。 SV.LEAGUEの個人成績は下記の通り(チャンピオンシップ含む)。
島田 美紅(しまだ みく、1998年10月11日 - )は、… 島田 美紅(しまだ みく、1998年10月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 奈良県高市郡出身。TVでW杯を観戦したことをきっかけにバレーボールを始めた。 2014年、金蘭会高等学校に進学。同年10月、第10回アジアユース女子選手権大会(U-17)の代表12名に選出。主にリリーフサーバーとして要所で起用され日本代表の優勝に貢献した[リンク切れ]。 2017年、順天堂大学に進学。同年7月13日、ベラクルス州コルドバおよびボカ・デル・リオで開催される第19回世界ジュニア女子選手権大会(U-20)に出場する全日本女子ジュニアチームの選手に選出された。 2020年12月16日、KUROBEアクアフェアリーズ公式サイトにて入団内定が発表された。
中村 竜輔(なかむら りゅうすけ、1997年12月26日 -… 中村 竜輔(なかむら りゅうすけ、1997年12月26日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 茨城県土浦市出身。中学1年生からバレーボールを始める。 土浦日本大学高等学校、順天堂大学を経て、2019-20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、VC長野トライデンツに入団した。入団1年目の2020-21シーズン、V1の試合に出場しVリーグデビューも果たした。 2021-22シーズン、V1のシーズン中にVC長野トライデンツを退団した。 2022年、V1男子の大分三好ヴァイセアドラーに入団した。
瀬戸 杏華(せと きょうか、1997年12月21日 - )は… 瀬戸 杏華(せと きょうか、1997年12月21日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 石川県河北郡内灘町出身。中学1年生のとき、友達と一緒にバレーボール部に入部したのがきっかけでバレーボールを始めた。 金沢商業高等学校、順天堂大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するPFUブルーキャッツの内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2020年7月31日、背番号が「18」から「2」へ改められた。 2024年、PFUを退団。7月にデンソーエアリービーズ入団が発表された。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り。
角 雅也(かど まさや、1997年4月2日 - )は、日本の… 角 雅也(かど まさや、1997年4月2日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 石川県金沢市出身。兄の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 創造学園高等学校(現・松本国際高等学校)、順天堂大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、VC長野トライデンツに入団した。入団1シーズン目となる2020/21シーズンにV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年3月27日のリーグ最終戦をもって現役引退。引退後の4月より教員を務める。
羽富 琉偉(はとみ るい、1996年6月13日 - )は、日… 羽富 琉偉(はとみ るい、1996年6月13日 - )は、日本のタレント(モデル・俳優)、バレーボール選手である。(株)リボーン所属。本名及び旧芸名は羽富 和大(はとみ かずひろ)。 茨城県立境高等学校入学後、「厳しくなさそうだから」という理由でバレーボールを始める。 高校時代に元日本代表の柴田恭平の指導を受け、県選抜への選出や国体出場を果たしている。 順天堂大学に進学しバレーボール部に所属するが、周りとの実力差を感じたこととモデル活動に興味を持ったことが重なり2年進級時に退部している。 2018年と2019年のハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」出演を機に再度バレーボールに挑戦したいという熱が高まり、2020年にトライアウトを経てV.LEAGUE DIVISION3の千葉ZELVAに入団。
熊倉 允(くまくら あたる、1995年12月17日 - )は… 熊倉 允(くまくら あたる、1995年12月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 福島県郡山市出身。小学校の頃は色々なスポーツをしていたが、両親の影響で中学1年生のときに本格的にバレーボールを始める。中学時代にJOCのメンバーに選ばれ、行けるところまで行きたいと思ったという。 2011年、郡山北工業高等学校に進学。全国大会に縁がないチームであったが、1年生の頃からレギュラーとなり、3年生の2013年、インターハイ出場を決め、グループ戦も突破した。2014年1月の春高バレーにも出場を果たした。 2014年、順天堂大学に進学。2015年、U-21日本代表に選出され、世界ジュニア選手権に出場。
柳沢 紫子(やなぎさわ しいこ、1995年2月8日 - )は… 柳沢 紫子(やなぎさわ しいこ、1995年2月8日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 東京都新宿区出身。小学4年生からバレーボールを始める。 細田学園高等学校、順天堂大学を経て、2016/17シーズン、V・チャレンジリーグII(当時のVリーグ3部リーグ)に所属するプレステージ・インターナショナルアランマーレの内定選手となった。内定選手としてV・チャレンジリーグIIの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2017年、大学卒業後に、プレステージ・インターナショナルアランマーレに入団した。 2018年、チームは新生V.LEAGUEにおいてDIVISION2在籍となった。2018-19シーズン、V2女子の試合に出場し、V2デビューを果たした。
栁田 百織(やなぎだ もおり、1992年9月6日 - )は、… 栁田 百織(やなぎだ もおり、1992年9月6日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 東京都江戸川区出身。小学校時代にバレーボールを始める。 船橋市立船橋高等学校を経て順天堂大学に進学。大学4年時にはキャプテンを務めた。 大学在学中の2014年、V・チャレンジリーグ在籍の富士通カワサキレッドスピリッツの内定選手となる。 リーグがV.LEAGUE DIVISION2となった2018-19シーズンからチームのキャプテンに就任。2017-18シーズンから続くリーグ4連覇に貢献し、2019-20シーズン、2020-21シーズンでは最高殊勲選手賞を受賞した。 2023年5月、第71回黒鷲旗を最後に現役引退。
藤井 直伸(ふじい なおのぶ、1992年1月5日 - 202… 藤井 直伸(ふじい なおのぶ、1992年1月5日 - 2023年3月10日)は、日本の男子バレーボール選手。元日本代表。 宮城県石巻市雄勝町出身。入学した中学ではスポーツ系のクラブ活動がバレーボール部しかなく、同部へ入部した。大崎市古川(旧・古川市)にある県内のバレーボール強豪校宮城県古川工業高等学校を経て、順天堂大学に進学。大学1年の時に実家が東日本大震災で被災。津波で実家が流され、仮設住宅を転々とした。家族が職を失いバレーを続けられる状況ではなくなったが、大学は藤井ら被災者に学費免除の救済措置を取ったことでバレーを続けることができた。2013年11月にV・プレミアリーグの東レアローズの内定選手となった。
伏見 大和(ふしみ やまと、1991年12月24日 - )は… 伏見 大和(ふしみ やまと、1991年12月24日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者である。 静岡県静岡市出身。スポーツ好きで小学3年からは野球、中学入学後はサッカーをしていたが足の故障により断念。先輩の勧めで1年次からバレーボールを始める。身長が小学4年次に148cmであったが、小学校卒業時には既に200cm以上あったという。 市立豊田中学校在学中の2006年12月には、JOCジュニアオリンピックに出場し、出耒田敬とともにオリンピック有望選手賞・優秀選手賞に輝いた。 高校は地元の古豪である静岡市立清水商業高校(現・静岡市立清水桜が丘高校)に進学したが、静岡県及び東海ブロックは強豪校が多く、高校三大全国大会の出場はわずかであった。
細中 久里寿(ほそなか くりす、1991年5月25日 - )… 細中 久里寿(ほそなか くりす、1991年5月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 千葉県鎌ケ谷市出身。 船橋市立船橋高等学校を経て、順天堂大学に進む。2009年の第64回国民体育大会で優勝。大学時代は全日本インカレで優勝した。 2011年にブラジルで行われたバレーボール男子ジュニア世界選手権日本代表メンバーとなる。 大学卒業後の2014年、豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)に入団した。天皇杯優勝、Vリーグ優勝を果たす。 2017年の第66回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会を最後に現役を引退した。 2020年現在はVリーグの解説、英会話教室のマネージャー、小学校体育の講師を勤める。
山田 要平(やまだ ようへい、1988年10月9日 - )は… 山田 要平(やまだ ようへい、1988年10月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 山形県南陽市出身。10歳の頃、スポーツ少年団にバレーボールしかなかったことを理由にバレーボールを始める。 山形南高等学校、順天堂大学を経て、大分三好ヴァイセアドラーに入団。 2015年、FC東京に移籍。大分三好同期入団の橘裕也も2シーズン前にFC東京に移籍している。 2020-21シーズン、2021年3月21日の堺ブレイザーズ戦でVリーグ通算230試合出場を達成し、Vリーグ栄誉賞を受賞した。 2021-22シーズン終了をもってFC東京を退団。移籍希望をしていたが、現役は続行せず、V3所属の千葉ZELVAのコーチに就任した。
渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - … 渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道江別市出身。幼なじみに無理やり連れていかれたのがきっかけで小学3年生からバレーボールを始める。 埼玉県立深谷高等学校、順天堂大学を経て、2010/11シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属する東レアローズの内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2011年、大学卒業後に、東レアローズに入団した。 2015年より2シーズン、東レの主将を務めた。 2016年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。 2019年、東レアローズを退団することになり、海外移籍を決断。
今村 駿(いまむら しゅん、1987年7月20日 - )は、… 今村 駿(いまむら しゅん、1987年7月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 千葉県印西市出身。東京学館総合技術高等学校(現東京学館船橋高等学校)から順天堂大学へ進学。大学ではチームの主将を務め、2009年全日本インカレで準優勝し、敢闘選手賞を受賞。大学在学中の2009年に堺ブレイザーズの内定選手となった。 2010年1月に正セッター金井修也の左手骨折により、シーズン中盤から急遽チームのセッターに抜擢され活躍。内定シーズンながら2009/10Vプレミアリーグの最優秀新人賞を受賞した。 2010年、日本代表登録メンバーに初選出された。けがの影響で代表を離れていた宇佐美大輔にかわって2010年世界選手権にセッターとして出場した。
石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日… 石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 埼玉県秩父市出身。中学まではサッカーをしており、埼玉県立深谷高等学校入学後からバレーボールを始める。2つ上に石島雄介、小川旭、金丸晃大ら。2001年1年次から試合出場を果たし、同年のインターハイ優勝、2002年2年次にはインターハイ準優勝、春高バレーおよび国体3位入賞に貢献した。 2004年、順天堂大学へ進学。同年から3年連続で全日本インカレに出場し同年には3位入賞。。 2008年、JTサンダーズへ入団した。同期に井上俊輔。2012/13シーズンは久保義人監督に評価されレギュラーとして活躍した。2014年に退団し、JTでの社業に就いた。
河雲 栄樹(かわくも えいき、1985年6月12日 - )は… 河雲 栄樹(かわくも えいき、1985年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 順天堂大学在学中にVプレミアリーグの東レアローズの内定選手になり、大学卒業後の2008年に地元静岡県の東レに入団した。在籍時には、東レ所属の日本人選手の中では最長身のミドルブロッカーであった。 前年に手術した怪我の回復度の関係から、2011年4月1日をもって引退し、社業に専念することとなった。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
山岡 祐也(やまおか ゆうや、1985年5月17日 - )は… 山岡 祐也(やまおか ゆうや、1985年5月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 高知県高知市出身。高知高等学校を卒業後、順天堂大学へ進学。大学では東日本大学バレーボール選手権大会でベストセッター賞を受賞した経歴を持つ。大学卒業後の2008年にFC東京へ入団した。 2009-2010年Vプレミアリーグ・レギュラーラウンドではスタメン出場の機会も増え、セッターとしてチームに貢献した。 2017年、2016/17シーズン終了をもって引退。
佐別當 賢治(さべっとう けんじ、1985年1月25日 - … 佐別當 賢治(さべっとう けんじ、1985年1月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 三重県津市出身。母親と姉の影響で小学2年からソフトバレーを始め、小学3年からバレーボールを始める。皇學館高校卒業後、順天堂大学へ進学。 大学在学中の2006年11月にサントリーサンバーズの内定選手となり、卒業後の2007年4月に入団。同期に冨士田裕大、二木健太。 持ち前の瞬発力を活かしたプレーで、第62回黒鷲旗全日本男女バレーボール大会ではフル出場し、優勝に大きく貢献した。また2013/14シーズンでは副主将として年間を通して出場し、サーブレシーブ成功率ランキング第3位(71.9%)とキャリアハイの成績を残した。
小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本… 小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県さいたま市出身。さいたま市立七里中学校1年時からバレーボールを始める。このころの同級生に金丸晃大がいる。その後埼玉県立深谷高等学校へ進学、同級の金丸や石島雄介と共に数々の栄冠に輝き、2001年3年生時には春高バレー・インターハイ・国体と3冠達成した。 2002年、順天堂大学へ進学。2004年には全日本インカレ猛打賞受賞。2005年にはユニバーシアード代表に選ばれインスブルック大会に出場し準優勝。 2006年、JTサンダーズへ加入。同期に中山大祐。2008年、ゴードン・メイフォースによエースに抜擢される。
近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は… 近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は、日本の男子元バレーボール選手。静岡県掛川市出身。ポジションはセッター。Vプレミアリーグの東レ・アローズ所属。
越谷 章(こしや あきら、1979年6月12日 - )は、日… 越谷 章(こしや あきら、1979年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。バレーボール指導者。 神奈川県横須賀市出身。兄の影響で中1よりバレーボールを始める。全日本ユース代表やジュニア代表を経験し、大学卒業後、東レアローズへ入団。 2003年から2004年にかけて、バレーボール日本男子代表に選抜され活躍した。 2003年ワールドカップバレーボールでのねんざや、2007年の肘の手術など、度々ケガや故障に悩まされて来たが、2007/08シーズンVプレミアリーグで復活を果たし、レシーブ賞を受賞した。 2012年にはロンドンオリンピックへの切符を賭けた全日本代表に8年ぶりに招集され、世界最終予選に出場したが、オリンピック出場を果たすことは成らなかった。
尾上 健司(おのうえ けんじ、1978年5月12日 - )は… 尾上 健司(おのうえ けんじ、1978年5月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手(全日本代表)。 神奈川県足柄上郡中井町出身。小学校の頃はサッカー少年だったが、長続きしなかった。実兄の影響で、中井中学1年よりバレーボールを始める。近所に富士フイルム・プラネッツの本拠地があり、当時の憧れは青山繁だった。 秦野南が丘高校、順天堂大学卒業。 2001年、青山に憧れ富士フイルムに入団するも、同シーズン末に廃部となった。 2002年、JTサンダーズに移籍、主力センターとして活躍した。 2003年、全日本代表に初選出され、同年ワールドカップに出場。2005年、2006年に再び全日本代表に選出され、2006年世界選手権に出場した。
千葉 進也(ちば しんや、1977年12月5日 - )は、日… 千葉 進也(ちば しんや、1977年12月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。親の勧めで大道中学1年よりバレーボールを始める。釜利谷高校を経て、順天堂大学を卒業後、2000年に堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)へ入団した。 2002年、全日本代表に初選出され、2002年世界選手権に出場。堺ブレイザーズでは主将を務めるかたわら、第12回Vリーグで8年ぶりの優勝に貢献するとともに最高殊勲選手賞を受賞し、2006年に全日本代表に再選出。2006年世界選手権、2007年ワールドカップに出場した。2007年ワールドリーグでは全日本の主将も務めた。 2008年6月25日、グラビアアイドルの番ことみとの結婚を発表。
川北 元(かわきた げん、1976年3月25日 - )は、日… 川北 元(かわきた げん、1976年3月25日 - )は、日本のバレーボール指導者。妻は北京オリンピック日本代表の狩野美雪。 東京都出身。東京都立千歳丘高等学校を卒業後、順天堂大学に進学しバレーボール部に在籍。コーチング科学を学び、1999年に順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科で修士号を取得。その後は、同大学のバレーボール部コーチをしながら、幼稚園・中学・高校の講師を掛け持ちしていた。 2001年に渡米し、ユタ州プロボにあるブリガムヤング大学のカール・マクガウン(Carl McGown)監督のもとで1ヶ月学んだ後、ペンシルベニア州にある州立大学(ロックヘブン大学)のトム・ジャスティス(Tom Justice)監督に誘われて同大学のアシスタントコーチに就いた。
青木 一平(あおき いっぺい、1974年8月31日 - )は… 青木 一平(あおき いっぺい、1974年8月31日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。千葉県習志野市出身。ポジションはミドルブロッカー。 中学1年からバレーボールを始める。船橋市立船橋高等学校を経て順天堂大学へ進学。 1997年4月大学卒業後、NECホームエレクトロニクス・ホワイトブリッツに入団。廃部により1997年6月NECブルーロケッツに移籍。 1999年Vリーグ優勝、1999年、2003年黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会優勝などに貢献し、2006年現役引退。 2008年NECブルーロケッツコーチに就任。2009年チーム休部。
井上 謙(いのうえ ゆずる、1963年2月15日 - )は、… 井上 謙(いのうえ ゆずる、1963年2月15日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 広島県広島市生まれ。大手製紙会社に勤務した父親の転勤が多く、長野県岡谷市や静岡県由比町(現・静岡市清水区)などで育つ。 岡谷工業高等学校、順天堂大学を経て1985年日本鋼管(現JFE)に入社。同年全日本代表入りし、1985年神戸ユニバーシアード優勝に貢献。 サウスポーの高い打点からの重いスパイクを武器に、1985年のワールドカップや1988年のソウル五輪などで大車輪の活躍を見せた。しかし、自身の試合中の怪我もあり、ソウルでの順位は全日本バレーのオリンピック史上最悪(当時)の10位に終わった。 1990年、椎間板ヘルニアを手術。
古川 靖志(ふるかわ やすし、1961年5月28日 - )は… 古川 靖志(ふるかわ やすし、1961年5月28日 - )は、元バレーボール選手、現指導者。 東京都新宿区出身。川崎市立生田中学校でバレーボールを始める。 1979年、藤沢商業高等学校(現:藤沢翔陵高等学校)2年のとき、春の高校バレーで優勝。1980年、順天堂大学に進学し、3年のときに全日本入り。 1982年に世界選手権代表。翌1983年のアジア選手権ではベスト6に選ばれ、セッター賞も獲得した。 1984年、大学卒業後、日本鋼管に入社。同年のロサンゼルスオリンピックに出場した。 2008年より尚絅学院大学女子バレーボール部コーチを務め、2011年に仙台ベルフィーユのコーチを兼任。 2012年4月に仙台を退部。