反田 恭平(そりた きょうへい、1994年9月1日 - )は… 反田 恭平(そりた きょうへい、1994年9月1日 - )は、日本のピアニスト、指揮者、実業家。ジャパン・ナショナル・オーケストラ代表取締役社長兼CEO。血液型はAB型。妻はピアニストの小林愛実。 東京都出身(北海道札幌市生まれ)。生まれた時は逆子で、心肺停止状態だったという。これについて、本人は「僕は一度死んでいるんですよ」と語っている。父はサラリーマン、母は主婦という家庭に育つ。音楽好きな母が弾いたエレクトーンでミッキーマウス・マーチを聴き、それを瞬時に弾いて、母が驚き、連れられた音楽教室で絶対音感があるとわかり入って習い始めた。小学5年生の時に、サッカーの試合中に手首を骨折し、接骨時の痛みのトラウマでサッカー選手の夢を諦めた(尚、現在ではガンバ大阪のサポーターであることを公言している)。
鷹羽 弘晃(たかは ひろあき、1979年2月21日 - )は… 鷹羽 弘晃(たかは ひろあき、1979年2月21日 - )は、日本の作曲家、ピアニスト、指揮者。 東京都に生まれる。千葉県在住。桐朋女子高等学校音楽科(共学)作曲専攻、2001年桐朋学園大学作曲理論学科卒業。NTTドコモ奨学金受賞。作曲とピアノを三瀬和朗、作曲を権代敦彦、ピアノをローラン・テシュネ、指揮を小泉ひろし、秋山和慶に師事する。 1998年、隅田川左岸劇場ベニサン・ピットにて藤原大巌脚本・演出「月魂沈海(つきしろ、うみにしずむ)」の音楽を担当。1999年、弦楽六重奏のための「サーキット」で第68回日本音楽コンクール作曲部門入選。「NHK東京児童合唱団が選ぶ日本の歌50選」の編曲に携わる。
村上 寿昭(むらかみ としあき、1974年(昭和49年7月2… 村上 寿昭(むらかみ としあき、1974年(昭和49年7月22日 - )は日本の指揮者。オーストリア・リンツ州立歌劇場指揮者兼コレペティトール。ドイツ・ハノーファー州立歌劇場専属第2指揮者(2006-2014) 。東京藝術大学、桐朋学園大学講師(2018年現在)。2024年オペラカンパニー「東京オペラNEXT」を立ち上げる。 東京都生まれ。神奈川県立川和高等学校を経て桐朋学園大学指揮科卒業。大学卒業後、ベルリン、ウィーンヘ留学。2004年よりオーストリア・リンツ州立歌劇場にて、また2006年から2014年までドイツ・ハノーファー国立歌劇場にて常任指揮者として活動。 桐朋学園学生時代より小澤征爾のアシスタントとして活動。
菅野 宏一郎(かんの こういちろう、1971年6月12日 -… 菅野 宏一郎(かんの こういちろう、1971年6月12日 - )は、日本のクラシック音楽指揮者。東京都中野区出身、ルーマニア・ブラショフ市・オーストリア・ウィーン在住。東京室内管弦楽団指揮者。
杉山 洋一(すぎやま よういち、1969年 - )は、日本… 杉山 洋一(すぎやま よういち、1969年 - )は、日本の現代音楽の作曲家、指揮者。 桐朋学園大学作曲科を卒業後、1996年にイタリアへ留学。指揮をエミリオ・ポマリコ、岡部守弘に、作曲を三善晃、フランコ・ドナトーニ、サンドロ・ゴルリ(英語版)に師事。2021年、現在はミラノに在住し、ミラノ市立クラウディオ・アッバード音楽院で教鞭を取っている。
篠崎 靖男(しのざき やすお、1968年2月19日 - )は… 篠崎 靖男(しのざき やすお、1968年2月19日 - )は、京都府京都市生まれ、滋賀県大津市育ちの指揮者。川崎市在住(2022年7月時点)。 桐朋学園大学にて、指揮を山本七雄、飯守泰次郎、声楽を木村俊光に師事。同研究科修了後、『フィガロの結婚』でオペラデビュー。1993年、アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて最高位を受賞。その後、シエナ・キジアーナ音楽院でイリヤ・ムーシン、チョン・ミュンフンに、ウィーン国立音楽大学でレオポルド・ハーガーに、タングルウッド音楽センターで小澤征爾、ベルナルト・ハイティンクに学び研鑽を積んだ。 1998年、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団定期演奏会で日本デビュー。
曽我 大介(そが だいすけ、1965年 - )は、日本の指揮… 曽我 大介(そが だいすけ、1965年 - )は、日本の指揮者。ジャパン・アーツ所属。現在、東京ニューシティ管弦楽団正指揮者。
沼尻 竜典(ぬまじり りゅうすけ、1964年10月9日 - … 沼尻 竜典(ぬまじり りゅうすけ、1964年10月9日 - )は、日本の指揮者、作曲家、ピアニスト。桐朋学園大学教授。三鷹市名誉市民。 東京都出身。桐朋学園大学卒業後、ベルリン芸術大学に留学。指揮を小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、ハンス=マルティン・ラーベンシュタイン、作曲を三善晃、ピアノを徳丸聡子、藤井一興に師事。 ブザンソン国際指揮者コンクール優勝後、国内オーケストラの主要ポストを歴任。海外での活動も多く、ロンドン交響楽団、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団、シドニー交響楽団、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、デュッセルドルフ交響楽団、ダルムシュタット国立歌劇場管弦楽団、ワイマール国立歌劇場管弦楽団、オーデンセ交響楽団(デンマーク)、ハイファ交響楽団(イスラエル)、香港フィルハーモニー管弦楽団などを指揮している。
飯森 範親(いいもり のりちか、1963年(昭和38年)5月… 飯森 範親(いいもり のりちか、1963年(昭和38年)5月17日 - )は、日本の指揮者。山形交響楽団桂冠指揮者、東京佼成ウインドオーケストラ首席客演指揮者、中部フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者、パシフィックフィルハーモニア東京音楽監督を務める。 ドイツ音楽などの他、西村朗やマウリシオ・カーゲルなど現代音楽も得意とする。 神奈川県鎌倉市生まれ。神奈川県立追浜高等学校、桐朋学園大学指揮科卒業(芸術学士)。大学卒業後、ベルリンに留学。1985年、民音コンクール指揮第2位(1位なし)。1987年、ブザンソン国際指揮者コンクールで2名の同格入選者のうちの一人となる(Mentions ex.aequo)。
福島 章恭(ふくしま あきやす、1962年(昭和37年) -… 福島 章恭(ふくしま あきやす、1962年(昭和37年) - )は、日本の音楽評論家、合唱指揮者。桐朋学園大学声楽科卒業。音楽評論家として1994年(平成6年)柴田南雄音楽賞奨励賞を受賞。2015年7月、大阪フィルハーモニー合唱団の合唱指揮者に就任。 福島章恭 合唱指揮とレコード蒐集に生きるⅢ
山下 一史(やました かずふみ、1961年9月10日 - )… 山下 一史(やました かずふみ、1961年9月10日 - )は、日本の指揮者。東京藝術大学音楽学部指揮科招聘教授。
寺神戸 亮(てらかど りょう、1961年、ボリビア、サンタク… 寺神戸 亮(てらかど りょう、1961年、ボリビア、サンタクルス - )は日本人のヴァイオリニスト、指揮者である。ベルギー、ブリュッセル在住。 ボリビア東部サンタクルスの生まれ。4歳から幼稚園の音楽教室でヴァイオリンを始める。桐朋学園大学でヴァイオリンを久保田良作、室内楽を三善晃、安田謙一郎らに師事。 桐朋の古楽科講師(現教授)のフルート奏者、有田正広の影響で古楽演奏に興味を持ち、1982年に有田らとともに演奏グループ、「コンセール・スピリテュエル」を結成、オランダ留学まで演奏活動を行う。 在学中の1983年に日本音楽コンクールで第3位入賞。1984年、同大学を首席で卒業すると同時に東京フィルハーモニー交響楽団にコンサートマスターとして入団した。
十束 尚宏(とつか なおひろ、1960年 - )は、日本の指… 十束 尚宏(とつか なおひろ、1960年 - )は、日本の指揮者、作曲家。東京都生まれ。 桐朋学園大学音楽学部指揮科卒業、同研究科修了。森正、小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明らに師事。在学中に「第17回民音指揮者コンクール」第1位入賞。1982年タングルウッド音楽祭にフェローシップ・コンダクターとして研鑚をつみ、クーセヴィツキー賞指揮大賞を受賞。 1984年、ボストン交響楽団に副指揮者、同年、新日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会で日本デビュー。 1989年以降、日本各地の主要オーケストラを指揮。NHK交響楽団では、1989年・1992年・1997年の定期演奏会を指揮した。以降、群馬交響楽団正指揮者(1988年 - 1992年)、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者(1992年 - 1997年)、広島交響楽団音楽監督(1994年 - 1998年)をつとめた。
尾崎 晋也(おざき しんや、1959年1月28日 - )は、… 尾崎 晋也(おざき しんや、1959年1月28日 - )は、日本の指揮者。鹿児島県谷山市(現鹿児島市)生まれ。現在はルーマニア国立トゥルグ・ムレシュ交響楽団常任指揮者、芸術監督。ルーマニア国立ディヌ・リパッティ交響楽団常任指揮者(サツ・マーレ市)。ルーマニアで二つの楽団の常任指揮者、およびトランシルバニア室内管弦楽団音楽監督を務める。 4歳よりピアノを始める。 桐朋学園大学で指揮を小澤征爾、秋山和慶、黒岩英臣、森正に師事。卒業後、ヨーロッパ各地、アメリカで研鑚を積み、同地ペンシルベニア州で指揮活動を始める。その間、ジャン・フルネ、オットー・ウエルナー・ミューラーに師事。1992年、ルーマニアで行われたディヌ・ニクレスク国際指揮コンクールにて入賞。
大友 直人(おおとも なおと、1958年5月19日 - )は… 大友 直人(おおとも なおと、1958年5月19日 - )は、日本の指揮者。梶本音楽事務所所属。
鈴木 秀美(すずき ひでみ、男性、1957年10月29日 -… 鈴木 秀美(すずき ひでみ、男性、1957年10月29日 - )は、日本のバロック・チェリスト、指揮者。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
北原 幸男(きたはら ゆきお、1957年8月29日 - )は… 北原 幸男(きたはら ゆきお、1957年8月29日 - )は、日本の指揮者。父は都山流尺八奏者の北原篁山。 東京都出身。指揮を尾高忠明、秋山和慶、小沢征爾、C.ブジャーヌ、W.ピーチニクの各氏に師事。桐朋学園大学卒業後、NHK交響楽団指揮研究員に就任。その後、タングルウッド音楽祭において、小澤征爾、レナード・バーンスタインの指導を受ける。 1985年、プラハの春国際音楽コンクール第3位入賞。同年、インスブルック州立歌劇場(オーストリア)専属指揮者に就任(1992年退任)。 国内では、1986年、札幌交響楽団定期演奏会に出演。以来、NHK交響楽団の定期演奏会を始め、読売日本交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、東京都交響楽団等、全国各地のオーケストラに客演。
大植 英次(おおうえ えいじ、1956年10月3日 - )は… 大植 英次(おおうえ えいじ、1956年10月3日 - )は、日本のクラシック音楽の指揮者。大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者。 広島市、現在の佐伯区で生まれ、4歳よりピアノをはじめる。5歳から7年間、戸田繁子の音楽教室でピアノとソルフェージュを学ぶ。ティンパニ、トロンボーン、フルート、ホルンなど多くの楽器を経験する。桐朋学園で斎藤秀雄に師事、1978年に小澤征爾の招きで渡米、ボストンのニューイングランド音楽院で学んだ。タングルウッド音楽祭に参加。幼少の頃からの憧れであったバーンスタインと出会い、各地の演奏会で助手をつとめた。1985年にはバーンスタインと共に広島平和コンサートに出演し、糀場富美子の『広島レクイエム』を指揮した。
高関 健(たかせき けん、1955年4月21日 - )は、日… 高関 健(たかせき けん、1955年4月21日 - )は、日本のクラシック音楽指揮者。 東京都出身。幼少期にピアノとヴァイオリンを学ぶ。桐朋女子高等学校音楽科を卒業。桐朋学園大学在学中には、齋藤秀雄、秋山和慶、小澤征爾、森正、山本七雄らに師事し、指揮法を学んだ。1978年に桐朋学園大学を卒業した後ベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミーに留学し、1979年3月から1985年12月までカラヤンのアシスタントを務める。 1981年のタングルウッド音楽祭ではバーンスタイン、小澤征爾、クルト・マズア、アンドレ・プレヴィン、イーゴリ・マルケヴィチらの指導を受ける。またこの時期にボストン交響楽団のオペラ公演で副指揮者を担当した(演目はムソルグスキーのボリス・ゴドゥノフ)。
金 洪才(キム・ホンジェ、朝鮮語: 김 홍재、1954年10… 金 洪才(キム・ホンジェ、朝鮮語: 김 홍재、1954年10月10日 - )は、兵庫県伊丹市出身の指揮者。 朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団、並びに尹伊桑管弦楽団に客演した経験がある。 桐朋学園大学音楽学部卒業。指揮を堤俊作、秋山和慶、小澤征爾らに師事。1978年、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団特別演奏会でデビュー。1979年、東京国際音楽コンクール〈指揮〉部門で第2位と、初めての特別賞(齋藤秀雄賞)を受賞。1980年、テレビ番組『オーケストラがやって来た』の専属指揮者に、また1981年にはNTV系『私の音楽会』の専属指揮者に選ばれる。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、広島交響楽団の指揮者を歴任の傍ら、読売日本交響楽団、東京都交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団をはじめ全国の主要オーケストラに客演。
円光寺 雅彦(えんこうじ まさひこ、1954年9月16日 -… 円光寺 雅彦(えんこうじ まさひこ、1954年9月16日 - )は、日本の指揮者。 東京生まれ。桐朋学園大学指揮科卒業。指揮を斎藤秀雄、ピアノを井口愛子に師事。1980年、ウィーン国立音楽大学に留学、オトマール・スウィトナーに師事。 東京フィルハーモニー交響楽団副指揮者を経て、1986年より1991年まで同楽団指揮者。1989年より1999年まで、仙台フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者を務め、ブラームスの交響曲第1番などの録音を残す。 1998年より2001年まで、札幌交響楽団正指揮者。 2011年より2019年まで、名古屋フィルハーモニー交響楽団正指揮者。 NHK交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団など日本各地のオーケストラに客演。
田中 一嘉(たなか かずよし、1953年 - )は、日本の指… 田中 一嘉(たなか かずよし、1953年 - )は、日本の指揮者。 東京都出身。高校時代、岩城宏之の門を叩き、1972年桐朋学園大学音楽学部入学。指揮を斎藤秀雄、小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明に師事。コントラバスを江口朝彦、堤俊作に師事する。在学中より同大オーケストラ定期演奏会、オペラ公演等を指揮し、森正、ブローダス・アール、河野俊達、フランコ・フェラーラらの指導を受ける。学外では、日本オペラ協会、長門美保歌劇団、東京アカデミー合唱団指揮者として、数多くのオペラ、合唱曲、特に宗教音楽分野での実績を積む。 1976年、大学在学中に、第4回民音指揮者コンクール(現:東京国際音楽コンクール)入選、奨励賞受賞。
児玉 宏(こだま ひろし、1952年4月5日 - )は日本の… 児玉 宏(こだま ひろし、1952年4月5日 - )は日本の指揮者。 大学卒業後すぐにドイツに渡り、オトマール・スウィトナーに師事。劇場の下積みからキャリアをはじめ、1996年バイエルン州立コーブルク歌劇場の音楽総監督に就任(2001年まで)。プロ楽団での日本デビューは2000年(1974年にアマチュアの千葉大学管弦楽団、1990年、1992年に早稲田大学交響楽団を指揮している)。 2008年4月、大阪交響楽団(大阪シンフォニカー交響楽団)音楽監督・首席指揮者に就任。2016年、第196回定期演奏会の功績により芸術選奨文部科学大臣賞(音楽部門)受賞。 歌劇の他、ロマン派の知られざる曲、イギリス音楽、現代音楽などレパートリーは多岐にわたっている。
有田 正広(ありた まさひろ、1949年7月22日 - ) … 有田 正広(ありた まさひろ、1949年7月22日 - ) は、日本の音楽家、フルート(フラウト・トラヴェルソ)奏者、指揮者、音楽教育者。 バロック時代のフルート曲を中心に幅広いレパートリーを持ち、ルネサンスから近代までのフルートを、曲目によって使い分ける。録音媒体への収録も多く、解説文の多くは自身の執筆による。桐朋学園大学特任教授、昭和音楽大学客員教授、昭和音楽大学ピリオド楽器研究所所長。妻の有田千代子はチェンバロ奏者。 1949年東京に生まれる。ヴァイオリニストの叔父の影響で音楽に親しみ、小学性の時にビゼーのフルート曲を聴いてフルートの魅力に目覚める、13歳からフルート奏者の林リリ子に師事する。
武藤 英明(むとう ひであき、1948年(昭和23年)11月… 武藤 英明(むとう ひであき、1948年(昭和23年)11月28日 - )は日本の指揮者。 長崎県雲仙市生まれ。3歳で千葉県習志野市に移る。9歳でピアノを始め、中学3年生のときに船橋吹奏楽団に所属し、トランペットを担当する。その後、桐朋学園大学に進み、斎藤秀雄、戸田邦雄、小倉朗らに学ぶ。1976年、チェコのプラハに渡り、ズデネェク・コシュラー、ヴァーツラフ・ノイマン、ヴァーツラフ・スメターチェクに師事。また、長きに亘り交流のあったスメタナ弦楽四重奏団からも多くの影響を受ける。 1986年にプラハ放送交響楽団の客演常任指揮者に就任、1990年には同団を率いて“プラハの春”国際音楽祭に出演。また、1997年以降、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団およびプラハ合唱団を率いてドイツ、オランダ、ベルギーへ演奏旅行を行い、その公演回数は現在までに100回を超える。
尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は… 尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は、日本の指揮者。大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督。東京藝術大学音楽学部指揮科名誉教授。 作曲家・指揮者である尾高尚忠の次男として神奈川県鎌倉市に生まれる。兄は作曲家尾高惇忠。妻の尾高遵子(ゆきこ)はピアニストである。父方の伯父の尾高朝雄は西田幾多郎門下の東大法学部元教授(法哲学)、同じく伯父の尾高邦雄は東大文学部元教授(労働社会学)、従兄の尾髙煌之助は一橋大学経済研究所元教授、曾祖父の尾高惇忠は富岡製糸場の初代工場長などを務めた明治期の実業家である。曾祖父惇忠の従弟で妹婿であった実業家渋沢栄一もまた忠明の曾祖父であり、作曲家諸井三郎・誠親子とも渋沢家、および従兄の会計学者諸井勝之助を通じて縁戚関係にある。
大山 平一郎(おおやま へいいちろう、1947年7月31日 … 大山 平一郎(おおやま へいいちろう、1947年7月31日 - )は、日本の指揮者、ヴィオリスト、室内楽奏者、教育者。 現在、ながさき音楽祭音楽監督。米国のサンタバーバラ室内管弦楽団音楽監督兼常任指揮者。シャネル・ピグマリオン・デイズ・コンサート・シリーズ(CHANEL Pygmalion Days Special Concert Series)アーティスティック・ディレクター。および、ザ・チェンバー・プレイヤーズ(The Chamber Players)メンバー。 博多出身の両親のもと、京都府に生まれる。父・平四郎は石庭の研究を志し、戦後京都へ住みはじめる。復活幼稚園、ノートルダム学院小学校(第一期生)、京都市立烏丸中学校に進学するかたわら、5歳からヴァイオリンを中心に音楽教育を受ける。
小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 20… 小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 2013年3月30日)は、日本の指揮者。 桐朋学園大学指揮科卒業後、ライン・ドイツ・オペラで研修を受けた 。 関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者(1982-1988年)、札幌交響楽団専属指揮者(1988年 - 1992年) 、サンクトペテルブルク交響楽団やプラハ交響楽団、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団等の常任客演指揮者を務めたほか、中央大学管弦楽団の音楽監督兼名誉指揮者としてタクトを振っていた。52歳の頃は、年間の1/3を海外での活動で過ごした。 レパートリーは日本人作曲家を含む現代作品にいたるまで幅広く、戦前の日本の作曲家貴志康一の作品の発掘にも取り組んでいた(後述)。
井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - … 井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - )は、日本の指揮者・ピアニスト・作曲家。2007年1月から2018年3月までオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督、2014年4月から2017年3月まで大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者を、それぞれ務めた。2024年に引退した。 東京生まれ。実の父はアメリカ人であり、育ての父が亡くなった数年後の45歳のとき母に問うたところ、アメリカ人であることを知った。父母ともに子供が外国人との間に生まれた子であったことを周囲に隠していたという。父はアメリカ合衆国生まれで、祖父は広島県からの移民。 成城学園出身。ピアノを室井摩耶子、山岡優子に学ぶ。
堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2… 堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2013年9月1日)は、日本の指揮者。 1946年生まれ。桐朋学園大学卒業。指揮を齋藤秀雄に師事。東京交響楽団副指揮者、及び 同正指揮者を経て、1975年に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を設立、常任指揮者として17年にわたってその育成に努めた。1974年、ロンドンでルパート指揮者コンクールに入賞。1978年、ジュネーブ国際音楽コンクール指揮部門で最高位を受賞。ロンドン交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、シモン・ボリバール交響楽団などに客演。バレエ音楽の指揮者としても活動。1988年から1992年まで札幌交響楽団の専属指揮者。その間、三枝成彰のヴァイオリン協奏曲の委嘱公演、東南アジア演奏旅行などを行った。
黒岩 英臣(くろいわ ひでおみ、1942年 - )は、日本の… 黒岩 英臣(くろいわ ひでおみ、1942年 - )は、日本の指揮者。東京都出身。 1942年、東京に生まれる。1960年、桐朋学園大学指揮科入学。齋藤秀雄に師事した。在学中は、ステージ、ラジオ、テレビなどで同大学オーケストラを指揮するほか、ヴィオラ奏者としてNHK「朝のリサイタル」などに出演。ピアノ奏者としても活躍した。1964年、桐朋学園大学弦楽オーケストラのアメリカ公演に指揮者として同行、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコなどで指揮を担当した。 1965年、桐朋学園大学を卒業。NHKテレビ「今年のホープ」に出演。同年、修道士となり、1975年まで修道士の生活を送った。その間、神学、哲学、ラテン語、グレゴリオ聖歌、ポリフォニーを学び、典礼音楽の指揮・作曲を行う。
秋山 和慶(あきやま かずよし、1941年1月2日 - )は… 秋山 和慶(あきやま かずよし、1941年1月2日 - )は、日本の指揮者。東京交響楽団桂冠指揮者、バンクーバー交響楽団桂冠指揮者、広島交響楽団終身名誉指揮者。日本指揮者協会会長(第5代)。
飯守 泰次郎(いいもり たいじろう、1940年〈昭和15年〉… 飯守 泰次郎(いいもり たいじろう、1940年〈昭和15年〉9月30日 - 2023年〈令和5年〉8月15日)は、日本の指揮者。 満洲国・新京生まれ。父は裁判官の飯守重任、兄はロゴデザイナーの飯守恪太郎。文部大臣、最高裁判所長官を歴任した田中耕太郎は伯父。母方の祖父母に日向輝武、林きむ子。 桐朋学園大学指揮科卒業。斎藤秀雄に師事。アメリカ留学中にミトロプーロス国際指揮者コンクールに入賞。のちにカラヤン国際指揮者コンクールに入賞。 ドイツでの活動が長くバイロイト音楽祭の音楽助手をつとめる。またマンハイム、レーゲンスブルクなど各地の歌劇場で活動をする。ドイツでの活動を継続出来るよう朝比奈隆が一度助けてくれたという逸話がある。
小澤 征爾(おざわ せいじ、1935年〈康徳2年 / 昭和1… 小澤 征爾(おざわ せいじ、1935年〈康徳2年 / 昭和10年〉9月1日 - 2024年〈令和6年〉2月6日)は、日本の男性指揮者。1973年からボストン交響楽団の音楽監督を29年間務め、2002年 - 2003年のシーズンから2009年 - 2010年のシーズンまでウィーン国立歌劇場音楽監督を務めた。 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団名誉団員、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団名誉団員、ボストン交響楽団桂冠音楽監督、セイジ・オザワ 松本フェスティバル総監督、小澤征爾音楽塾塾長・音楽監督、新日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者など。 1935年満洲国奉天省奉天市(現:中華人民共和国遼寧省瀋陽市)で生まれる。
濱田 芳通(はまだ よしみち)は日本の指揮者、リコーダーとコ… 濱田 芳通(はまだ よしみち)は日本の指揮者、リコーダーとコルネット(ツィンク)のヴィルトゥオーゾ。古楽アンサンブル≪アントネッロ≫主宰。 父は音楽理論家、指揮者、作曲家の濱田徳昭。曽祖父は東洋音楽学校(現・東京音楽大学)創立者の鈴木米次郎。弟は多摩美術大学教授の濱田芳治。祖母は淡谷のり子に声楽を指導した久保田(鈴木)稲子。祖父は海軍少将の久保田芳雄。また父方の祖父は大蔵官僚の濱田徳海。 リコーダーとコルネットのヴィルトゥオーゾとして国内外にて数多くの演奏活動、録音を行い、海外でリリースされたCDは全てディアパソン5つ星を獲得、高い評価を受けている。 バロック・オペラの指揮者として、モンテヴェルディの3大オペラ《オルフェオ》《ウリッセの帰還》《ポッペアの戴冠》、カッチーニ作曲《エウリディーチェ》(本邦初演)、ヘンデル作曲《ジュリオ・チェーザレ》、レオナルド・ダ・ヴィンチが関わったとされる劇作品《オルフェオ物語》(本邦初演)等、オペラ創成期からバロックに至る初期のオペラ作品を取り上げている。
川本 統脩(かわもと つなのぶ)は、日本の指揮者。 広島県呉… 川本 統脩(かわもと つなのぶ)は、日本の指揮者。 広島県呉市出身。広島県立呉三津田高等学校から桐朋学園大学(作曲理論学科音楽学専攻)へ進学。指揮科に転科し卒業。広島交響楽団を中心に指揮活動。 1985年、第1回「アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクール」でセミ・ファイナリストに選出され、プロの指揮者のための特別コースを修了する。以降、イタリア各地でトスカニーニ・オーケストラやエミリヤ・ロマーニャ州立オーケストラを指揮した。 1999年、「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」で御前演奏された、YOSHIKI作曲の「アニバーサリー」を指揮。 2000年からソニー吹奏楽団音楽監督・常任指揮者に就任。
梅田 俊明(うめだ としあき)は、東京都出身の指揮者である。… 梅田 俊明(うめだ としあき)は、東京都出身の指揮者である。指揮を小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、コントラバスを小野崎充、ピアノと室内楽を三善晃に師事する。桐朋学園在学中にはN響で鍵盤楽器を担当していろいろな指揮に親しむ。その後1986年にウィーン国立音楽大学の聴講生としてオトマール・スイトナークラスに出席し、同時にウィーン楽友協会の練習に通い指揮の研鑽を積む。1988年に帰国し仙台の外山雄三の下で更に実地の研鑽を積む。
藤田 雅(ふじた みやび)は、日本のピアニスト、フルート奏者… 藤田 雅(ふじた みやび)は、日本のピアニスト、フルート奏者、指揮者、音楽教育者。 4歳より音楽教育を受け13歳よりフルートを、15歳より作曲を学ぶ。 桐朋学園大学音楽学部フルート専攻卒業、同研究科修了。フルートを峰岸壮一に師事。三村園子、根岸道子、工藤重典、ジェームズ・ゴールウェイ、クリスティアン・ラルデ (Christian Lardé) の指導も受ける。室内楽を数住岸子、山崎伸子、中川良平、カール・ライスター、アンリエット・ピュイグ=ロジェに師事。ピアノを大原宣子に、作曲・和声学を森垣桂一、香月修に師事。 1987年(昭和62年)渡米、インディアナ大学大学院アーティスト・ディプロマ・コースにて引き続きフルートを学び、室内楽をジョーゼフ・ギンゴールドに学ぶが、1989年(平成元年)同大学院ピアノ科に転科し練木繁夫に師事。
増井 信貴(ますい のぶたか )は、日本の指揮者。 桐朋女子… 増井 信貴(ますい のぶたか )は、日本の指揮者。 桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学指揮科卒業、同研究科修了。 岡部守弘、齋藤秀雄、小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、フランコ・フェラーラ、レナード・バーンスタインに師事。 1978年タングルウッド音楽祭にスカラシップコンダクターとして参加。1982年パリ・オペラ座でオペラ上演に関わりつつ研鑚を積む。また1989年文化庁派遣在外研修員としてバイエルン国立歌劇場に留学し、ヴォルフガング・サヴァリッシュの助手として数多くのオペラ上演に参加した。 1989年群馬交響楽団の指揮者に就任。1992年ウィーン木管アンサンブルと共演し、その様子はウィーンフィル創立150周年記念ドキュメンタリー番組「ウィーンはいつまでもかわらない」にとりあげられ全世界で放送された。