辛坊 治郎(しんぼう じろう、1956年〈昭和31年〉4月1… 辛坊 治郎(しんぼう じろう、1956年〈昭和31年〉4月11日 - )は、日本のフリージャーナリスト、元読売テレビアナウンサー、元ニュースキャスター、シンクタンク経営者、YouTuber、セーラー。読売テレビでは報道局局長待遇解説委員長などを歴任。妻は元読売テレビ報道局報道部記者で現・ラジオパーソナリティの西岡香、実兄は株式会社大阪綜合研究所代表で元住友ファイナンスエイシア代表取締役社長の辛坊正記。 鳥取県米子市生まれ。男2人兄弟の二男として生まれる。鳥取県での生活はわずか2か月で記憶が非常に薄く、航空自衛隊所属の自衛官である父親の転勤で宮城県東松島市、岐阜県各務原市と小学校入学前まで全国を転々とし、物心がついたころから大学時代まで埼玉県入間市で過ごした。
江森 敬治(えもり けいじ、1956年 - )は、日本のジャ… 江森 敬治(えもり けいじ、1956年 - )は、日本のジャーナリストである。元毎日新聞編集委員。 1956年、埼玉生まれ。早稲田大学卒業後、毎日新聞に入社。京都支局、東京本社社会部宮内庁担当を経て編集委員を歴任。毎日新聞を定年退職し、フリーの皇室ジャーナリストとして活動をしている。2022年5月上程した『秋篠宮』(小学館)がベストセラーとなった。 秋篠宮文仁親王に親しく、親王に関する著作を数多く著している。妻がかつて学習院大学経済学部の副手をしており、その関係で親王妃紀子や父の川嶋辰彦と知己であった。上記『秋篠宮』の執筆の動機は「世間で報じられる秋篠宮像と実際のそれの間にあまりにもギャップがあり」自分が身近で知る親王像を伝えたかったからとしている。
安田 賢治(やすだ けんじ、1956年 - 2022年3月1… 安田 賢治(やすだ けんじ、1956年 - 2022年3月13日)は、日本の教育ジャーナリスト。大学通信常務取締役、情報調査・編集部ゼネラルマネージャー。 兵庫県生まれ。灘中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、大学通信入社。入社後は、情報調査・編集部門を統括し、小・中・高校入試から大学入試、就職関連まで幅広い情報発信をこなしていき、大学通信の刊行物をはじめ、週刊誌、ビジネス誌、新聞などに数多くの記事を提供していった。大正大学非常勤講師。2022年3月13日、病気のため死去した。
萩尾 信也(はぎお しんや、1955年(昭和30年)6月 -… 萩尾 信也(はぎお しんや、1955年(昭和30年)6月 - )は、日本のジャーナリスト。毎日新聞の記者、2011年7月〜東京本社 社会部 部長委員。早稲田大学卒 2003年(平成15年)、末期ガン患者の最期ルポ「生きるものの記録」(佐藤健と取材班)で、第3回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞。 2011年(平成23年)、東日本大震災の被災地ルポ「三陸物語」を新聞連載 及び同名の著書を出版。 2012年(平成24年)、「三陸物語」で、本年度の「日本記者クラブ賞」(公益社団法人・日本記者クラブ・吉田慎一理事長)を受賞。 担当した主な連載企画は以下のとおり。 著書は以下のとおり。 萩尾信也のプロフィール・来歴は以下のとおり。
木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7… 木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7日 - )は、日本の編集者、ジャーナリスト。文藝春秋常務取締役を歴任後、岐阜女子大学教授、副学長・理事を経て、大阪キリスト教短期大学客員教授・OCC教育テック上席研究員を務める。 京都市生まれ。父は京都市会議長をつとめた木俣秋水。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。文藝春秋入社。『週刊文春』、月刊『文藝春秋』各編集長、第二出版局長などをへて常務取締役。2018年退社後、危機管理会社リスクヘッジ取締役。同年9月より岐阜女子大学教授、副学長・理事。専門はマスメディア論、日本語文章表現の基礎。現在は、大阪キリスト教短期大学のA保育やICT教育の実験授業のメディア宣伝担当。
宮嶋 泰子(みやじま やすこ、1955年1月9日 - )は、… 宮嶋 泰子(みやじま やすこ、1955年1月9日 - )は、スポーツ文化ジャーナリスト。一般社団法人カルティベータ代表理。元テレビ朝日スポーツコメンテーター、元同局アナウンサーで、編成局アナウンス部エグゼクティブアナウンサー兼編成部。富山県高岡市出身で、後の2歳から25歳までを神奈川県鎌倉市で過ごす。早稲田大学スポーツ科学部で非常勤講師(2006年から2011年まで)。日本女子体育大学招聘教授(2015年から)。順天堂大学客員教授(2015年から2020年まで)。2020年1月末日テレビ朝日を正式に退職。2020年2月5日に一般社団法人カルティベータを立ち上げ代表理事となり、スポーツ文化ジャーナリストとして活動を始める。
柴田 直治(しばた なおじ、1955年 - )は、日本のジャ… 柴田 直治(しばた なおじ、1955年 - )は、日本のジャーナリスト、元朝日新聞記者。元近畿大学国際学部教授 早稲田大学第一文学部卒。1979年、朝日新聞社入社。徳島支局、神戸支局から大阪社会部員、マニラ支局長(1994年 - 96年)、大阪社会部、東京社会部デスク、論説委員、神戸総局長、外報部長代理を経てアジア総局長(2005年 - 09年)、特別報道センター長、論説副主幹、国際報道部機動特派員を務め、「ザ・コラム」を担当した。2015年12月に定年退社した。 その後、近畿大学国際学部の開学に合わせて教授に就任する。2022年に定年退官し、その後フリーに。https://toyokeizai.net/list/author/%E6%9F%B4%E7%94%B0+%E7%9B%B4%E6%B2%BB 大阪社会部の勤務経験が長く、神戸総局長を経て外報グループに移り、マニラ支局長、アジア総局長を経験している。
藤野 彰(ふじの あきら、1955年-)は、中国問題ジャーナ… 藤野 彰(ふじの あきら、1955年-)は、中国問題ジャーナリスト、北海道大学名誉教授、読売新聞東京本社社友。専門は現代中国論。中国政治、中国共産党史を中心に研究。東京都生まれ。 1978年早稲田大学政治経済学部卒業。同年読売新聞東京本社入社。地方部、社会部を経て1986-1987年中国山東大学に留学(中国政府奨学金留学生)。1987年外報部に転じ、1988年上海特派員、1990年北京特派員。1993年以降、本社外報部主任、シンガポール支局長、国際部次長、中国総局長(2回)、編集委員(中国問題担当)などを歴任。2007-2010年日中ジャーナリスト交流会議(日本側座長:田原総一朗)メンバー。記者活動の傍ら青山学院大学、神戸大学、大阪大学、同志社大学、目白大学などで非常勤講師として現代中国問題等を講義。
渡辺 延志(わたなべ のぶゆき、1955年 - )は、日本の… 渡辺 延志(わたなべ のぶゆき、1955年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。歴史認識や歴史をめぐる謎を主なテーマとしている。 著書に『歴史認識 日韓の溝』『関東大震災「虐殺否定」の真相』『日清・日露戦史の真実』『虚妄の三国同盟』『軍事機密費』『関東大震災虐殺の謎を解く』などがある。 福島県に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。 朝日新聞社に記者として勤務し、三内丸山遺跡の出現、中国・西安の遣唐使墓誌発見、千葉・加曽利貝塚再評価、神奈川県の日本最古キリシタン信仰画の確認などの報道を担当。 2013年、「松岡外交」の舞台裏とその内実を描いた『虚妄の三国同盟 : 発掘・日米開戦前夜外交秘史』を上梓した。
岡本 厚(おかもと あつし、1954年3月26日 - )は、… 岡本 厚(おかもと あつし、1954年3月26日 - )は、日本のジャーナリスト、岩波書店代表取締役社長、元『世界』編集長。
瀬川 至朗(せがわ しろう、1954年 - )は、日本の科学… 瀬川 至朗(せがわ しろう、1954年 - )は、日本の科学ジャーナリスト、早稲田大学教授。岡山県岡山市出身。 1954年岡山県岡山市生まれ。1973年岡山県立岡山朝日高等学校卒業。1977年東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。1978年東京大学大学院工学系研究科修士課程中退。毎日新聞社に入社し、ワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長などを務める。早稲田大学政治経済学術院教授。早稲田大学ジャーナリズム大学院プログラムマネージャー。『科学報道の真相――ジャーナリズムとマスメディアの共同体』で科学ジャーナリスト賞2017を受賞。
一橋 文哉(いちはし ふみや、1954年 - )は、日本のジ… 一橋 文哉(いちはし ふみや、1954年 - )は、日本のジャーナリスト。本名・広野伊佐美。 東京生まれ。早稲田大学卒業。 ペンネームは毎日新聞記者・サンデー毎日副編集長であった事から「一ツ橋のブン屋」を捻ってつけたものである。1995年「ドキュメント『かい人21面相』の正体」(雑誌ジャーナリズム賞受賞)でデビュー。新潮社発行の『新潮45』で執筆。昭和から平成の大事件に関する著書がある。本名で発表した著書を立花隆に酷評されたことがきっかけで、変名にした。「個人」としては存在せず、複数記者による取材班のチーム名とも言われている(暴力団や裏社会を取材する際の、身の安全上必要と思われる)。 毎回“犯人”に会うなどして“新事実を発見”し、“世紀の大スクープ”を連発しているものの、その後、新聞やテレビが後追い報道したことは無く、内容には過剰な創作表現や盗作が含まれるとの声もある。
鈴置 高史(すずおき たかぶみ、1954年(昭和29年) -… 鈴置 高史(すずおき たかぶみ、1954年(昭和29年) - )は、日本のジャーナリスト。韓国経済に詳しい韓国ウォッチャーであり、韓国観察者を自称する。 日本経済新聞社でソウル特派員・香港特派員・経済解説部長・編集委員を務めた。2018年(平成30年)3月に退社し、「デイリー新潮」に韓国関連のコラムを連載している。「BSフジLIVE プライムニュース」では韓国をテーマにした回に度々出演している。 2003年(平成15年)から2009年(平成21年)までNIKKEI NETの「NETアイ プロの視点」で東アジアに関するコラム「アジアが変える日本」を不定期連載していた。 2012年(平成24年)から2019年(平成31年)まで『日経ビジネスオンライン』誌上のアジア・国際コラム「早読み 深読み 朝鮮半島」で引き続き韓国を中心に東アジア情勢を報告・評論していた。
木村 伊量(きむら ただかず、1953年11月16日 - )… 木村 伊量(きむら ただかず、1953年11月16日 - )は、日本の新聞記者、ジャーナリスト。朝日新聞社元代表取締役社長。 香川県高松市出身。 損害保険会社員だった父親の転勤に伴い、新居浜、徳島、大宰府、佐賀、大分で育つ。大分県立大分上野丘高等学校、香川県立高松高等学校を経て、1976年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。学生時代は西洋政治思想史を専攻し、藤原保信ゼミに属した。1911年設立の古い伝統を誇る学術サークル政治経済攻究会でおもに活動。チューターは大学院生の姜尚中(別名・永野鉄男)だった。 同年4月、朝日新聞社に入社。最初の赴任地は岐阜支局だった。平野三郎県知事らが収賄罪に問われた岐阜県政汚職や、9・12豪雨による長良川水害を経験(本人も岐阜市北部で取材中、決壊した支流の濁流に呑み込まれる)。
柳澤 秀夫(やなぎさわ ひでお、1953年9月27日 - )… 柳澤 秀夫(やなぎさわ ひでお、1953年9月27日 - )は、日本の放送・国際ジャーナリスト。元NHK解説委員長。 福島県若松市 (現・会津若松市) 出身。 子供の頃から典型的な天文少年で、天文学者になる事が夢だった。どうしても手に入れたかった天体望遠鏡を手に入れるため、母が勤める食料品店の手伝いをしたり、親戚に頼まれことを引き受けるアルバイトをしたり、小学生なりに堅実に小遣いを稼いだ。小学6年生の時に大彗星の美しい姿に大いに興奮した。中学一年生の時に、念願だった天体望遠鏡を手に入れた[要出典]。 また、機械工作などを趣味として秋葉原ラジオ会館へ部品探しに通い、アマチュア無線技士として自作の無線機を用いてアマチュア無線家ともなる。
影山 日出夫(かげやま ひでお、1953年9月17日 - 2… 影山 日出夫(かげやま ひでお、1953年9月17日 - 2010年8月12日)は、日本のジャーナリスト。 日本放送協会(以下、NHK)政治部副部長、NHK解説委員、同副委員長などを歴任した。 京都府京都市出身で、京都教育大学附属京都小学校、同中学校、京都教育大学教育学部附属高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部で内田満に学ぶ。 大学卒業後の1976年(昭和51年)にNHKへ入局して福岡放送局を経て、1982年に政治部記者となり内閣総理大臣官邸と自由民主党をそれぞれ担当した。 政治部副部長、『おはよう日本』編集責任者を務めたのち、2000年に解説委員となった。解説委員室では政治を担当し、『あすを読む』で解説、『日曜討論』の司会、2008年から解説副委員長などを務めた。
板野 裕爾(いたの ゆうじ、1953年8月11日 - )は、… 板野 裕爾(いたの ゆうじ、1953年8月11日 - )は、ジャーナリスト、日本放送協会(NHK)役員である。 東京都出身。父は元KDD社長の板野学。1977年3月、早稲田大学商学部卒業。 同年4月、NHKに入局。同年6月NHK岡山放送局放送部、1982年8月NHK名古屋放送局報道部、1986年8月報道局取材センター、1989年7月報道局ニュースセンター(経済)に所属。1993年6月報道局ニュースセンター(経済)記者、1994年6月NHK仙台放送局放送センター(放送)記者、1997年6月報道局取材センター(経済)記者、1998年6月報道局取材センター(経済)副部長、2000年5月報道局制作センター(おはよう日本)チーフプロデューサー、2002年6月報道局取材センター(経済)担当部長、2004年6月報道局取材センター(経済)統括担当部長、2005年6月報道局取材センター(経済)部長、2006年6月NHK福島放送局長、2008年6月内部監査室長、2011年6月経営委員会事務局長を歴任した。
伊奈 久喜(いな ひさよし、1953年6月14日 - 201… 伊奈 久喜(いな ひさよし、1953年6月14日 - 2016年4月22日)は、日本のジャーナリスト。日本経済新聞特別編集委員。同志社大学客員教授。 東京都出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1976年[要出典]、日本経済新聞社に入社。政治部編集委員、論説副委員長、特別編集委員(外交・安全保障担当)などを歴任した。1999年、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。 2016年4月22日、胃がんのため死去。62歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
丸山 昌宏(まるやま まさひろ、1953年(昭和28年)5月… 丸山 昌宏(まるやま まさひろ、1953年(昭和28年)5月5日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。毎日新聞グループホールディングス相談役。 愛知県豊橋市出身。1979年(昭和54年)に早稲田大学法学部を卒業後、毎日新聞社に入社した。 2012年(平成24年)取締役に選任され、常務を経て、16年に社長に昇格。 2022年(令和4年)2月21日に毎日新聞が創刊150年を迎えるのを機に、経営陣の世代交代を図るべく、4月1日付けで会長に退いた。毎日新聞グループホールディングス社長は続投する。 2021年(令和3年)からは山口寿一の後任として、日本新聞協会会長を務める。 2023年6月27日、毎日新聞グループホールディングス代表取締役会長就任。
高世 仁(たかせ ひとし、1953年[要出典] - )は、日… 高世 仁(たかせ ひとし、1953年[要出典] - )は、日本のジャーナリスト。日本電波ニュース社報道部長を経て、報道制作会社ジン・ネット前代表。 1953年(昭和28年)[要出典]、山形県南陽市[要出典]生まれ。早稲田大学大学院法学研究科博士課程を中退し[要出典]、1982年(昭和57年)に日本電波ニュース社入社。バンコク、マニラで特派員を経験。主にアジア各地の反政府ゲリラ支配地も取材の経験があるので、麻薬売買、武器密輸、密航などアジアの裏社会事情にも精通している。フィリピン囚人の臓器売買疑惑をスクープしたために、ガンマンから狙われるなど、危険な取材も多々経験している。1994年(平成6年)に同社報道部長。
東谷 暁(ひがしたに さとし、1953年 - )は、日本のジ… 東谷 暁(ひがしたに さとし、1953年 - )は、日本のジャーナリスト 。 山形県出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、雑誌『ザ・ビッグマン』編集長、『発言者』編集長、『表現者』編集委員などを歴任する。1997年よりフリーのジャーナリストとして活動する。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
樋田 毅(ひだ つよし、1952年 - )は、日本のジャーナ… 樋田 毅(ひだ つよし、1952年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 愛知県出身。1968年4月、愛知県立旭丘高等学校に入学。1972年4月、早稲田大学第一文学部に入学。同年11月、川口大三郎事件に遭遇、自治会再建運動の先頭に立ち、1年生ながら第一文学部学生自治会臨時執行部委員長、同執行委員長を務める。運動終息後は革マル派の妨害で登校困難ながら早稲田大学第一文学部社会学専修を卒業した。 1978年、朝日新聞社に入社。高知支局、阪神支局を経て大阪社会部へ移る。大阪府警察担当となり、朝日新聞阪神支局襲撃事件取材班キャップを務めたのち、和歌山総局長などを歴任した。 2012年から17年まで朝日新聞社社主村山美知子の大阪秘書役。
岩田 昭男(いわた あきお、1952年 - )は、日本の消費… 岩田 昭男(いわた あきお、1952年 - )は、日本の消費生活評論家、ジャーナリスト。特にクレジットカード業界や電子マネーについての書籍を数多く発表し、業界のオピニオンリーダーとして活動している。 早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院修士課程修了後、月刊誌記者等を経た後ジャーナリストとして独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動するが、中でもクレジットカードと消費者金融について20年以上もの取材、執筆活動を続けており、消費者信用分野でのセミナー等の講師等も務めている。 NPO法人「ICカードとカード教育を考える会」 の理事長も兼ねており、毎月全国各地の商店街を対象にキャッシュレス導入や促進に関する講演会を行なっているほか、様々なWebメディアでキャッシュレスの記事監修や寄稿をおこなっている。
小孫 茂(こまご しげる、1951年11月5日 - )は、日… 小孫 茂(こまご しげる、1951年11月5日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。テレビ東京ホールディングス代表取締役会長、テレビ東京代表取締役会長、日本経済新聞社取締役、日本民間放送連盟副会長。社内では「コマゴーン」(カルロス・ゴーンになぞらえたもの)と呼ばれている。 東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、1976年4月日本経済新聞社入社。東京本社編集局記者として経済部、証券部で取材活動を行う。またアメリカ合衆国特派員として、ニューヨーク、ワシントン支局での勤務経験もある。 1997年にワシントン支局長を務め、その後に東京本社編集局次長兼産業部長を経て2008年に取締役東京本社編集局長、2010年に常務取締役、2012年に専務取締役へと昇進。
髙橋 雄一(たかはし ゆういち、1951年8月12日 - )… 髙橋 雄一(たかはし ゆういち、1951年8月12日 - )は、東京都出身の日本のジャーナリスト、実業家。テレビ東京並びにテレビ東京ホールディングス元代表取締役会長。 1975年に早稲田大学第一文学部卒業と同時に日本経済新聞社へ入社、新聞記者としては産業部を中心に歩み、外国特派員としてロンドン、ジュネーブ、ミラノに勤務する。ニューヨークの日本経済新聞社米州総局では1993年 - 1997年に次長、2000年 - 2003年に総局長を務めた。 2006年に日本経済新聞社編集局長に昇格、2007年に取締役に昇進する。2008年には子会社の日本経済新聞デジタルメディアに転じて常務取締役に就任、2009年1月に社長に就任した。
熊谷博子(くまがい ひろこ、1951年 - )は、日本の映画… 熊谷博子(くまがい ひろこ、1951年 - )は、日本の映画監督・映像ジャーナリスト。東京都出身。
牧村 健一郎(まきむら けんいちろう、1951年 - )は、… 牧村 健一郎(まきむら けんいちろう、1951年 - )は、日本のジャーナリスト。 神奈川県大船生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、朝日新聞入社。校閲部、文芸部、AERA編集部、文化くらし報道部be編集部などを経て退職、以後は夏目漱石の研究者として活動。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
清丸 惠三郎(せいまる けいざぶろう、1950年9月17日 … 清丸 惠三郎(せいまる けいざぶろう、1950年9月17日 - )は、編集・出版プロデューサー・ジャーナリスト。石川県小松市出身。雑誌『プレジデント』の元編集長。 1969年に石川県立小松高等学校卒業。1973年早稲田大学第一政経学部政治学科卒。日本短波放送(現・日経ラジオ社)入社、報道部プロデューサー、記者などを経て、1977年ダイヤモンド・タイム社(現・プレジデント社)入社。『ビッグサクセス』『プレジデント』編集長を歴任。社長をつとめた本多光夫(作家・諸井薫)譲りの「人間は人間に一番興味がある」を主題に『プレジデント』をビジネス誌ナンバーワン部数に押し上げる。「性」や「教育」などを特集、ビジネス誌のテーマを大きく広げたことで評価される。
川崎 隆生(かわさき たかお、1950年6月2日 - 202… 川崎 隆生(かわさき たかお、1950年6月2日 - 2021年4月19日)は、日本のジャーナリスト。西日本新聞社元社長。 1950年、福岡県福岡市出身。1969年、福岡県立修猷館高等学校卒業。1974年早稲田大学第一文学部卒業、西日本新聞社入社。2003年同社経営企画委員長、2006年同社広告局長、2007年同社取締役広告局長[要出典]、2008年同社代表取締役社長。2014年同社グループ経営会議議長[要出典]、2016年、同社取締役会長。2019年6月同社相談役。 社外では日本新聞協会副会長(2017年6月~2019年6月)をはじめ、九州文化協会会長や西日本新聞民生事業団理事長を歴任した。
船瀬 俊介(ふなせ しゅんすけ、1950年〈昭和25年〉4月… 船瀬 俊介(ふなせ しゅんすけ、1950年〈昭和25年〉4月27日 - )は、消費者問題や環境問題を専門とするジャーナリスト、評論家。 化粧品や酒類の品質を問うシリーズ書でミリオンセラーを記録するほか、60冊以上の著書を持つ一方で、政治や医学の分野においては疑似科学・陰謀論者との批判もある。 福岡県田川郡添田町出身。福岡県立田川高等学校卒業、九州大学理学部中退、早稲田大学第一文学部社会学科卒業。大学在学中より生協活動に携わる。 日本消費者連盟の編集者を経て、1986年に独立。 週刊誌『週刊金曜日』で1996年に連載が始まった『買ってはいけない』シリーズの共著者として知られている。同連載をまとめた書籍はベストセラーとなり、多くの類似書を生むなど社会現象となり、消費者意識を高めたと評価される一方、船瀬がマクドナルドの肉に食用ミミズが使われていると主張するなど、科学的妥当性には批判も多い(買ってはいけない#批判を参照)。
伊藤 洋一(いとう よういち、1950年1月22日 - )は… 伊藤 洋一(いとう よういち、1950年1月22日 - )は、日本の経済評論家、エコノミスト、ジャーナリスト。 株式会社三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。CS-TBS番組審議委員。コメンテイターとしてテレビ番組やラジオ番組に出演することもある。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て1973年早稲田大学政治経済学部卒業。 1973年 時事通信社入社。外国経済部の報道記者。1976年 ニューヨーク特派員として4年間を過ごすが、国内での記者経験はない。その後中途入社で1986年 住友信託銀行に為替営業室長として入社。資金為替部為替カスタマー調査役、市場金融部調査役、為替営業室長を歴任。
後藤 謙次(ごとう けんじ、1949年10月5日 - )は、… 後藤 謙次(ごとう けんじ、1949年10月5日 - )は、日本のジャーナリスト、アンカーマン。 白鷗大学名誉教授。元共同通信社記者、編集局長。「政治コラムニスト」「政治ジャーナリスト」の肩書きでも活動している。東京都出身。 1968年、東京都立八潮高等学校卒業。1973年、早稲田大学法学部を卒業。共同通信社に入社し、函館支局、札幌支社編集部などに勤務する。 1982年以降、共同通信社本社政治部、首相官邸、自民党(旧田中派担当)、外務省、野党担当、自民党クラブキャップ、首相官邸クラブキャップなどを担当。 1997年、同社編集局編集委員兼論説委員に就任。2002年に同社政治部部長、2004年には同社論説副委員長兼編集委員に就任する。
恵谷 治(えや おさむ、1949年3月28日 - 2018年… 恵谷 治(えや おさむ、1949年3月28日 - 2018年5月20日)は、日本のジャーナリスト。早稲田大学地域・地域間研究機構アジア研究所客員教授。著作上の氏名表記の「恵」は旧字体の「惠」を用いている。 民族紛争、軍事情報、特に北朝鮮問題が専門。 東京都墨田区に生まれ、その後広島県尾道市向東町に転居。1967年、広島県立尾道北高等学校卒業後、早稲田大学法学部卒。 冷戦時代はソ連の領土拡張主義や軍事的プレゼンス(ソ連脅威論)を取り上げていたが、その後北朝鮮に焦点を移す。北朝鮮の長距離ミサイルや反体制運動等の事情に関して、「SAPIO」に寄稿している。また北朝鮮が拉致した日本人について、50人程度と推定している[要出典]。
曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャー… 曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、阪南大学教授。 イランイラク戦争、レバノン戦争、湾岸戦争(イスラエル)など4つの戦争を取材。外国人労働者問題でバングラデシュ取材。終戦50年「ヒットラーの子供たちの国は今」取材。聾唖者窃盗裁判継続取材。95年に環境ホルモンを扱った「2つの海の物語」取材。98年に北朝鮮取材。99年に特攻の妻取材。2007年から「限界集落」を継続取材。豊島報道ではJNN「筑紫哲也NEWS23」に15回超の特集 〇印は豊島ドキュメンタリー*印は聾唖者裁判ドキュメンタリー
加藤 信夫(かとう のぶお、1948年9月14日 - )は、… 加藤 信夫(かとう のぶお、1948年9月14日 - )は、宮崎県串間市出身のジャーナリスト。
藤澤 秀敏(ふじさわ ひでとし、1948年(昭和23年)7月… 藤澤 秀敏(ふじさわ ひでとし、1948年(昭和23年)7月8日 - )は、日本のジャーナリスト。元東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会広報局長。元NHK解説委員長(2008年 - 2012年)。 徳島県出身。1964年4月 徳島県立脇町高等学校に入学。高校時代にAFSプログラムにより米国へ1年間留学。徳島県立脇町高等学校を卒業後、早稲田大学政治経済学部に入学。同大学を卒業後の1973年、記者としてNHKに入局。初任地は『札幌放送局』。1978年より放送総局報道局外信部(現在の国際部)に配属。東京での勤務を経て、1982年より海外特派員として香港に駐在。1984年に渡米し、ロサンゼルス、ワシントン特派員を経験。
河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月2… 河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月28日 - )は、長く読売新聞記者として、おもに歌舞伎を取材した芸能ジャーナリスト、演劇評論家、兵庫県出身。 1973年に早稲田大学第一法学部を卒業し、読売新聞東京本社に入社した。水戸支局や整理部を経て、1985年に芸能部(後の文化部)に移って歌舞伎を中心とした演劇担当となった。その後、部次長、専門委員などを経て退社し、2008年から読売・日本テレビ文化センター勤務となった。この間、文化庁芸術祭、芸術選奨、鶴屋南北戯曲賞の選考委員や、放送大学非常勤講師、日本演劇協会会員なども務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日… 小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日本のジャーナリスト。 総合月刊誌、週刊誌等を中心に政治、企業から各種社会問題、スポーツ、医療、人物論、インタビュー等で署名記事を発表している。 父親はNHK東京放送劇団の声優・俳優の小山源喜。遠戚に作家の小山清、書道家の小山やす子。高祖父に東京向島料亭八百松の主人小山松五郎がいる。 東京都立墨田川高等学校・早稲田大学政経学部卒業。 ■『東京人』(都市出版) ■『プレジデント』(プレジデント社) ■『DIAS』(光文社) ■『調査情報』(TBSメディア総合研究所) ■月刊誌『宝石』(光文社) ■『週刊宝石』(光文社)
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャー… 佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、星槎大学大学院教授、共同通信社客員論説委員。 1948年、北海道茅部郡森町出身。函館ラ・サール高等学校、早稲田大学商学部を卒業後の1972年4月、共同通信社に入社。外信部畑でバグダッド、テヘラン移動特派員を5年、ワシントン特派員を5年、ベイルート支局長、カイロ支局長を経て外信部副部長を歴任。 2003年6月19日付で、ニュースセンター長、2004年9月1日付で編集局長。しかし、編集局長時代、2004年11月、イラク日本人人質事件の誤報問題での業務、監督責任にて編集局長の任を更迭され、総務総本部付。 2005年4月1日付で総務局長、総務局長時代は共同通信会館専務も兼任。
阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャー… 阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。北朝鮮による日本人拉致事件をスクープした。産経デジタル代表取締役社長兼CEO。産業経済新聞社常務取締役など兼務。東京都生まれ。 1972年、早稲田大学政経学部卒業、産業経済新聞社に入社。1980年1月7日、サンケイ新聞朝刊一面トップにおいて「アベック三組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」などの見出しで、日本人拉致事件を初めて報じた。このスクープは世間ではほとんど等閑視され、被害者家族の要請で公明党議員が国会でアベック連続蒸発に言及するも「原因不明」と回答された。当時について、阿部自身は「他社は北朝鮮に忖度して報道を控えたとの指摘がある。
清田 治史(きよた はるひと、1947年9月27日- )は、… 清田 治史(きよた はるひと、1947年9月27日- )は、日本のジャーナリスト。朝日新聞社取締役、帝塚山学院大学教授・国際理解研究所所長を歴任。日本マスメディア学会会員、大学朝日人の会大阪支部長。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1971年に朝日新聞入社後、大阪社会部、韓国延世大学校留学、マニラ支局長、1993年‐1996年ソウル支局長、1996年ハーバード大学日米プログラム研究員、外報部長、東京本社編集局次長、総合研究本部長、事業本部長などを経て、2008年、取締役西部本社代表に就任。2010年に朝日新聞を退社した後は、兼務していた福岡ケーブルビジョン理事、九州朝日放送の監査役等を経て、2012年4月から帝塚山学院大学人間科学部の非常勤講師に、2013年4月には教授に就任した。
町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6… 町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6日 - )は、福祉介護評論家・ジャーナリスト。NHKの元アナウンサー。 東京都出身。東京都立日本橋高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業後、1971年(昭和46年)入局。以後八戸、岡山、東京、名古屋などで勤務。情報系の番組を担当することが多かったが、のちに社会福祉系の番組を専門とするようになる。2007年10月1日に嘱託職へ移行し、64歳となった2011年秋に嘱託終了。
小林 穂波(こばやし ほなみ、1947年(昭和22年)8月2… 小林 穂波(こばやし ほなみ、1947年(昭和22年)8月27日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。仙台放送専務取締役、フジテレビ報道キャスターを務めた。東京都出身。
天笠 啓祐(あまがさ けいすけ、1947年2月3日 - )は… 天笠 啓祐(あまがさ けいすけ、1947年2月3日 - )は、日本のジャーナリスト。環境問題を専門とするフリージャーナリスト。市民バイオテクノロジー情報室代表。 東京都杉並区出身。早稲田大学理工学部卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
佐野 眞一(さの しんいち、1947年(昭和22年)1月29… 佐野 眞一(さの しんいち、1947年(昭和22年)1月29日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。東京都葛飾区出身。
宮崎 正弘(みやざき まさひろ、1946年〈昭和21年〉7月… 宮崎 正弘(みやざき まさひろ、1946年〈昭和21年〉7月19日 - )は、日本の国際政治評論家、作家、ジャーナリスト。 拓殖大学日本文化研究所客員教授。「南シナ海問題を考える会」代表。石川県金沢市出身。 金沢市立十一屋町小学校、金沢市立野田中学校、石川県立金沢二水高等学校卒業。早稲田大学教育学部英語英文学科除籍。早大在学中は日本学生同盟に所属し「日本学生新聞」編集長を務めた。 雑誌「浪漫」企画室長を経て、貿易会社を経営。1982年、講談社から「もうひとつの資源戦争」を刊行し、論壇へデビュー。以降、「日米先端特許戦争」「軍事ロボット戦」「中国、次の10年」「中国大分裂」「人民元大暴落」「中国広東軍、反乱す」「金正日の核弾頭」などの著作がある。
城島 明彦(じょうじま あきひこ、1946年7月10日 - … 城島 明彦(じょうじま あきひこ、1946年7月10日 - )は、日本の小説家、ノンフィクション作家・ジャーナリスト。 三重県桑名市(母親の実家)生まれ。小学3年生の夏、同県員弁郡(現大安町)から四日市市内に転居し、大学入学まで同地に居住[要出典]。三重県立四日市高等学校を経て、1970年早稲田大学政経学部卒業。 東宝助監督を経て、1973年ソニー入社、ソニーでは宣伝部門・広報部門に籍を置く[要出典]。東宝時代に師事した監督は、入社時の保証人だった森谷司郎、小谷承靖、堀川弘通、石田勝心ほか[要出典]。 1983年に「けさらんぱさらん」で文藝春秋「オール讀物新人賞」を受賞し、作家デビュー。以後、幅広いテーマで小説、ノンフィクションを執筆。
戸谷 真人(とや まこと、1946年7月6日 - 2024年… 戸谷 真人(とや まこと、1946年7月6日 - 2024年12月27日)は、文化放送の元アナウンサーでフリージャーナリスト。 神奈川県鎌倉市出身、栄光学園高等学校を経て、早稲田大学第一政治経済学部経済学科へ進学。早稲田大学では、数多くのアナウンサーを輩出している放送研究会で活動していた。 大学卒業後の1969年に、アナウンサーとして文化放送に入社した。入社後は、プロ野球や大相撲を中心に、スポーツ中継の実況で活躍。モスクワ・ロサンゼルス・バルセロナの各オリンピックでも実況を担当した。ロサンゼルスオリンピックで実況を任された柔道無差別級決勝のラジオ中継では、山下泰裕による金メダル獲得の瞬間を伝えている。
若宮 清(わかみや きよし、1946年6月25日 - )は、… 若宮 清(わかみや きよし、1946年6月25日 - )は、日本のジャーナリスト。 ワカミヤアンドアソシエーツ(コンサルタント会社)代表、元早稲田大学社会システム工学研究所客員研究員、太平洋経済研究所東京所長、アジア太平洋研究会会員、ビーイング・レコード顧問、フィリピン共和国観光省顧問、黒岩地域福祉研究所顧問、医療法人徳洲会東京本部顧問、日刊まにら新聞顧問。 兵庫県淡路島洲本市生まれ。東京都港区東麻布在住。 1980年に『月刊プレイボーイ』の取材でフィリピン追放中のベニグノ・アキノ(当時はハーバード大学で国際問題の研究員をしていた)にインタビューし、その純粋さにほれ込む。1983年にアキノがフィリピン帰国を企てた際に経由地の台北で合流。