スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
茂木謙之介(もてぎ けんのすけ、1985年3月 - )は、日… 茂木謙之介(もてぎ けんのすけ、1985年3月 - )は、日本の表象文化論研究者、東北大学大学院准教授。 埼玉県大宮市(現さいたま市)に生まれる。埼玉県立浦和高等学校を経て、東北大学文学部日本史専修卒業、同大学院人間科学専攻宗教学科博士課程前期二年の課程修了。東京大学大学院総合文化研究科表象文化論博士課程修了、「近代皇族表象の研究 昭和戦前・戦中・戦後期における直宮イメージを中心に」で博士(学術)。2018年足利大学工学部講師、2019年東北大学大学院文学研究科准教授。日本近代文化史・表象文化論・日本近代文学。
猪瀬 浩平(いのせ こうへい、1978年 - )は、日本の文… 猪瀬 浩平(いのせ こうへい、1978年 - )は、日本の文化人類学者。明治学院大学教養教育センター教授、同大学ボランティアセンターセンター長。 日本ボランティア学会運営委員。NPO法人のらんど代表理事。元日本学術振興会特別研究員(DC1)。元東京大学「21世紀COE 共生のための国際哲学交流センター」特任研究員。 1978年、埼玉県浦和市(現:さいたま市)に生まれる。 1997年に埼玉県立浦和高等学校卒業、大阪大学人間科学部人間科学科に入学。大学在学中の1999年から見沼田んぼ福祉農園の活動に参加し、のちに見沼・風の学校事務局長に就任。2001年に卒業。2003年、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(文化人類学)修士課程修了。
庄司 昌彦(しょうじ まさひこ 、1976年 - )は、日本… 庄司 昌彦(しょうじ まさひこ 、1976年 - )は、日本の情報社会学者。国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)准教授・主任研究員。2019年から武蔵大学社会学部教授に就任。一般社団法人オープンナレッジファウンデーションジャパン代表理事。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)理事。一般社団法人情報法制研究所上席研究員。 東京都出身。埼玉県立浦和高等学校、中央大学総合政策学部卒業、中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。2002年より国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員。2006年より地域SNS研究会を主宰。2010年から2012年まで政府IT戦略本部の「電子行政に関するタスクフォース」構成員を務めるなど、電子行政分野で政府の委員会委員等を務めている。
青山 拓央(あおやま たくお、1975年 - )は、日本の哲… 青山 拓央(あおやま たくお、1975年 - )は、日本の哲学者。専門は分析哲学、時間論、心の哲学、心身問題など。学位は博士(哲学)(慶應義塾大学・2016年)。京都大学大学院人間・環境学研究科教授。
和田 信貴(わだ のぶたか、1964年〈昭和39年〉1月19… 和田 信貴(わだ のぶたか、1964年〈昭和39年〉1月19日 - )は、日本の建設・国土交通官僚。 長野県出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1987年3月に東京大学法学部第二類を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格して、同年4月に建設省入省。 2020年7月21日、国土交通省住宅局長に就任(就任会見)。 2021年7月1日、国土交通省総合政策局長に就任。 2023年7月4日、国土交通事務次官に就任。
野﨑 浩成(のざき ひろなり、1963年 - )は、日本の経… 野﨑 浩成(のざき ひろなり、1963年 - )は、日本の経済学者、東洋大学教授。 1986年慶應義塾大学経済学部卒業。1991年エール大学経営大学院修了。2010年千葉商科大学大学院博士課程修了、「金融システム安定化に向けた銀行政策 邦銀経営者特性、報酬体系、モラルハザードの視点」で博士(政策研究)。2001年HSBC証券会社株式調査部シニアアナリスト兼調査部長、2004年シティグループ証券マネジングディレクターなどを経て2015年京都文教大学総合社会学部教授。2018年東洋大学国際学部教授。2015年、金融審議会専門委員。
松本 秀之 (まつもと ひでゆき、1962年 - )は、埼玉… 松本 秀之 (まつもと ひでゆき、1962年 - )は、埼玉県出身の情報システム学者。研究領域は、グローバリゼーション論、金融市場論、投資銀行論、情報システム戦略論、多国籍企業論、および比較文化論。 埼玉県立浦和高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業後、アイルランド国立大学において経営情報学 修士号 (M.Sc.)、ロンドン大学バークベック・カレッジコンピューターサイエンス情報システム研究所において情報システム学 博士号 (Ph.D.) を取得。 博士研究のテーマは、「多国籍投資銀行におけるグローバル情報システム戦略の比較文化研究」。社会調査の質的調査手法であるグラウンデッド・セオリーを用い、帰納的理論構築を行うことで「スポンサー確定モデル」を導き出し、欧米系投資銀行と日系投資銀行との間には、グローバル情報システム戦略のマネジメントメカニズムに、根本的な差異があることを指摘した。
古澤 明(ふるさわ あきら、1961年12月1日 - )は、… 古澤 明(ふるさわ あきら、1961年12月1日 - )は、日本の物理学者。専門は、非線形光学・量子光学、特に量子テレポーテーションの研究。学位は工学博士。東京大学大学院工学系研究科教授。 専門は非線形光学、量子光学。1998年、留学先のカリフォルニア工科大学で、量子テレポーテーション実験に成功。1997年に世界で初めて量子テレポーテーションを実現したD. Bouwmeesterの実験は条件付きで計測できるものであったのに対し、古澤は完全な状態の量子テレポーテーションを実現した。2004年、3者間の量子もつれ制御に成功。さらに2009年には、9者間の量子もつれ制御に成功した。2013年、これまでの100倍以上という61%の高い成功率(超大規模量子もつれ)を達成。
齋藤 理一郎(さいとう りいちろう、1958年3月13日 -… 齋藤 理一郎(さいとう りいちろう、1958年3月13日 - )は、日本の物理学者。東北大学大学院理学研究科物理学専攻教授。専門は、物性理論、特にカーボンナノチューブの理論。
榊原 哲也(さかきばら てつや、1958年 - )は、日本の… 榊原 哲也(さかきばら てつや、1958年 - )は、日本の哲学者。東京大学名誉教授。専門はドイツ現代哲学、特にフッサール、ディルタイ、ハイデガーらによって展開された現象学・解釈学。近年では、看護、医療、ケアといったテーマについての現象学的・応用哲学的考察も行っている。
堀尾 正明(ほりお まさあき、1955年〈昭和30年〉4月2… 堀尾 正明(ほりお まさあき、1955年〈昭和30年〉4月24日 - )は、日本のフリーアナウンサー、総合司会者、ニュースキャスター、ラジオパーソナリティ、明海大学外国語学部客員教授、元日本体育大学客員教授、エフエム戸塚取締役。元NHKエグゼクティブアナウンサー(局次長級)。 父親は鉱山技術者で、マンガンなどの鉱脈を探して全国を転居した。岡山県岡山市で生まれ、山形県、愛知県、神奈川県と移り、中学から埼玉県大宮市で育つ。埼玉県立浦和高等学校、早稲田大学第一文学部哲学科を卒業する。中学校の卓球部で大宮市大会で優勝し、高校生時代はサッカー部でレギュラーメンバーとして活動する。大学在学中に文学座附属演劇研究所研究生としてミュージカルに出演、劇団俳優座映画放送部に所属して『大空港』(フジテレビ系)で東南アジアから来たマフィアの「ジミー」役など、テレビドラマに出演した。
中里 実(なかざと みのる、1954年〈昭和29年〉7月28… 中里 実(なかざと みのる、1954年〈昭和29年〉7月28日 - )は、日本の法学者、東京大学名誉教授、元政府税制調査会会長。租税法、財政法、法と経済学を専門とする。金融取引の国際課税についても詳しい。 埼玉県出身。中学生の時に、税務署・全国納税貯蓄組合連合会の作文コンテストで表彰されたことをきっかけに、税制に興味を持つ。埼玉県立浦和高等学校在学中の1972年に、AFSの交換プログラムでアメリカの高校に留学し、卒業後、1973年に帰国して、1974年に浦和高等学校を卒業して、1978年に東京大学法学部卒業。大学では、法学部助手として、租税法の大家である金子宏に師事した。一橋大学法学部助教授、1995年に東京大学大学院法学政治学研究科助教授等を経て、1997年より東京大学大学院法学政治学研究科教授。
藤江 昌嗣(ふじえ まさつぐ、1954年 - )は、日本の統… 藤江 昌嗣(ふじえ まさつぐ、1954年 - )は、日本の統計学・経済学者、明治大学教授。 北海道釧路市生まれ、帯広市を経て、埼玉県浦和市に転居。1973年埼玉県立浦和高等学校卒業、1978年京都大学経済学部卒業、日本鋼管勤務、1979年退社、1984年神戸大学大学院博士課程退学、1984年岩手大学人文社会科学部専任講師。1987年東京農工大学農学部助教授。1992年明治大学経営学部助教授、1993年教授、明治大学副学長 (2012 ‐ 2016)。1994年「移転価格税制と地方税還付」で京都大学博士(経済学)。MOS明治大学マネジメント・オブ・サスティナビリティ研究所所長 (2012 ‐ )。
永田 恭介(ながた きょうすけ、1953年〈昭和28年〉10… 永田 恭介(ながた きょうすけ、1953年〈昭和28年〉10月14日 - )は、日本の科学者。専門は分子生物学、ウイルス学、分子ウイルス学。筑波大学医学医療系教授、筑波大学学長(第9代)。 愛知県一宮市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1976年に東京大学薬学部を卒業し、1981年に同大学院薬学系研究科博士課程を修了。薬学博士(東京大学、1981年)。 専門は分子生物学、ウイルス学、構造生物化学で、研究テーマは、ウイルスと真核細胞のゲノム/クロマチンの複製と転写の分子機構、ウイルスの増殖と病原性発現の分子機構、細胞周期制御と細胞がん化の分子機構。2009年には横浜市立大学との共同研究でインフルエンザウイルスの増殖に必要な酵素(RNAポリメラーゼ)の構造を解明し、欧州分子生物学機構機関誌(英語版)に発表した。
根来 龍之(ねごろ たつゆき、1952年9月19日 - )は… 根来 龍之(ねごろ たつゆき、1952年9月19日 - )は、日本の経営情報学者。鉄鋼メーカー、産業能率大学、文教大学、早稲田大学などを経て、2023年から、名古屋商科大学ビジネススクール教授 (2023-) 兼 大学院大学至善館特命教授(2023-)。デジタル経営研究センター所長。三重県生まれ。 専攻は、ビジネスモデル論、ネットビジネス論、プラットフォームビジネス論、システム方法論。埼玉県立浦和高等学校卒業。京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業(1977)後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(1983) (MBA)。 大学教員になる前に、大同特殊鋼株式会社にて、知多工場鋼材作業課(工程管理担当)、本社生産管理部、本社社長室、磁材事業部企画に勤務した。
井上 登美夫(いのうえ とみお、1952年 - )は、日本の… 井上 登美夫(いのうえ とみお、1952年 - )は、日本の医師、医学者。学位は医学博士(群馬大学)。横浜市立大学名誉教授。専門は放射線医学、核医学。医療法人沖縄徳洲会湘南鎌倉総合病院先端医療センター長。横浜市立大学医学部放射線医学講座教授、先端医科学研究センター長、附属市民総合医療センター病院長、医学部長などを歴任した。ポジトロン断層法を用いた分子イメージングに関する研究を行い、日本におけるPET検査の普及に貢献した。 放射線科医としてPET検査の黎明期から研究に取り組み、後にPET検査やMRI検査を応用して細胞や分子レベルの生物学的現象を可視化する分子イメージング分野で研究を展開した。また、PET検査の第一人者として、2005年から2014年まで日本学術会議連携会員、2011年から2015年まで日本核医学会理事長を務めながら、日本におけるPET検査関連法令の整備と普及に携わった。
中島 映至(なかじま てるゆき、1950年 - ) は、日本… 中島 映至(なかじま てるゆき、1950年 - ) は、日本の地球科学者。東京大学名誉教授。東京大学大気海洋研究所地球表層圏変動研究センター長、宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター長を経て、国際気象学・大気科学国際協会(IAMAS)事務局長。 埼玉県立浦和高等学校を経て、1973年東北大学理学部物理学科卒業。1977年東北大学大学院理学研究科博士課程単位修得退学、東北大学理学部地球物理学科技官。1980年東北大学理学部付属超高層物理学研究施設助手、国立公害研究所客員研究員。1981年東北大学より理学博士の学位を取得。1987年アメリカ航空宇宙局ゴダード宇宙飛行センターNRC上席客員研究員。1990年東北大学理学部付属大気海洋変動観測研究センター助手。
志村 史夫(しむら ふみお、1948年7月19日 - )は、… 志村 史夫(しむら ふみお、1948年7月19日 - )は、日本の物理学者。 ノースカロライナ州立大学終身教授 (Tenured Professor) 、応用物理学会フェロー・終身会員、日本文藝家協会会員。 東京都豊島区駒込生まれ。1967年埼玉県立浦和高等学校卒業、1972年名古屋工業大学窯業工学科卒業、1974年同大学大学院修士課程修了(無機材料工学)。1982年「シリコン単結晶中の不純物酸素および微小欠陥に関する研究」で名古屋大学工学博士(応用物理)。 1974年日本電気中央研究所、1983年モンサント・セントルイス研究所、1987年ノースカロライナ州立大学教授 (Tenure:終身在職権付) 。
村上 隆夫(むらかみ たかお、1947年12月 - )は、日… 村上 隆夫(むらかみ たかお、1947年12月 - )は、日本の倫理学者、群馬大学名誉教授。専門は倫理学(模倣論・身体論・人格論)。
内田 和彦(うちだ かずひこ、1947年2月18日 - )は… 内田 和彦(うちだ かずひこ、1947年2月18日 - )は、日本の福音派牧師、新約聖書学者、神学校教師、哲学博士 (Ph.D.)、新改訳聖書刊行会編集委員。2008年4月より前橋キリスト教会牧師。 埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ。埼玉県立浦和高等学校在学時、浦和福音自由教会で洗礼を受ける。 東京大学文学部、聖書神学舎(現聖書宣教会)を卒業。埼玉県大宮市(現さいたま市)の片柳福音自由教会で牧師をした後、1975年から1980年までアメリカのトリニティ神学校とイギリスに留学する。 福音書の研究で、スコットランドのアバディーン大学よりPh.D.を取得した。 帰国後、埼玉県草加市で牧師を10年間務めた後、聖書宣教会の教師会議長(校長)を2005年3月まで務める。
柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )… 柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )は、日本の有機化学者。学位は、薬学博士(東京大学・1974年)(学位論文「α-amino acidを用いる光学活性テルペン類の合成に関する研究」)。北海道大学名誉教授、東京大学名誉教授。財団法人微生物化学研究会微生物化学研究センター化学研究センター長、同常務理事(2010-)。2006年度日本薬学会会頭。埼玉県鴻巣市出身。 ビナフトール (BINOL) 骨格を有するものを中心に多数の不斉触媒を開発。それまで難しいとされてきたヘンリー反応、シアノヒドリン化、ストレッカー反応、ヘック反応、マイケル反応など多くの反応を、高い不斉収率で不斉化することに成功した。
柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )… 柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )は日本の有機化学者。財団法人微生物化学研究会微生物化学研究センター化学研究センター長、同常務理事(2010–)。2006年度日本薬学会会頭。埼玉県鴻巣市出身。
大庭 健(おおば たけし、1946年(昭和21年)5月18日… 大庭 健(おおば たけし、1946年(昭和21年)5月18日 - 2018年(平成30年)10月12日)は、日本の哲学者(倫理学)。専修大学名誉教授。日本倫理学会会長。専攻は英米哲学・分析哲学。 専門の倫理学・分析哲学を駆使し、人間存在、善と悪、責任などの問題を追究。根本原理を平易に解説する著書も多い。著書に『他者とは誰のことか』(1989年)、『いのちの倫理』(2012年)などがある。 埼玉県浦和市(現・さいたま市)生まれ。埼玉県立浦和高等学校を経て、1971年(昭和46年)に東京大学文学部倫理学専修課程を卒業。1978年(昭和53年)同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。 1979年(昭和54年)、専修大学文学部助教授を経て教授。
土橋 陸夫(どばし みちお、1942年- 2022年[要出典… 土橋 陸夫(どばし みちお、1942年- 2022年[要出典])は、日本の医学者、民俗学者。専門分野とは別に、草木塔に関する資料の収集もおこなった。 埼玉県白岡町出身[要出典]。1961年埼玉県立浦和高等学校卒業。1966年宇都宮大学農学部農芸化学科卒業。翌1967年から1976年まで福島県立医科大学に勤務。 山形大学より医学博士の学位を取得。山形大学医学部で助手となり、1998年7月から同大学環境保全センターに勤務、のちに講師となり、2008年3月に退職した。 山形大学が独立行政法人化された際、当時の学長だった仙道富士郎が実施した「自然と人間の共生」をテーマとしたプロジェクト募集(対象は学外も含む)に「草木塔ネットワークの設立と調査・研究・利用の推進」で最優秀賞(学長賞)を獲得し、最優秀賞に対して実施されるプロジェクトに従事した。
関根 賢司(せきね けんじ、1940年5月26日 - )は、… 関根 賢司(せきね けんじ、1940年5月26日 - )は、日本の日本古典学者。静岡大学教授等を歴任。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1964年國學院大學文学科卒業、1970年同大学院博士課程中退、昭和学院短期大学専任講師、1974年助教授、1975年琉球大学法文学部助教授、1993年樟蔭女子短期大学教授、2000年静岡大学教授、2006年定年退任。物語研究会創設メンバーのひとり。
岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )… 岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )は、日本の児童文学研究者・作家、京都女子大学名誉教授。 埼玉県立浦和高等学校卒業、立教大学卒、同大学院、米国パシフィック・ウェスタン大学(ディプロマ・ミル)で学術博士。京都女子大学児童学科教授。附属小学校長を兼務。2010年定年、名誉教授。湯布院こども童話館館長。日本児童文芸家協会監事。日本児童図書評議会会員。
神本 武征(かみもと たけゆき、1939年1月8日 - 20… 神本 武征(かみもと たけゆき、1939年1月8日 - 2018年8月28日)は、日本の工学者。専門は内燃機関工学。東京工業大学名誉教授。東京工業大学工学部長、ロンドン大学シティ校客員教授、ウィスコンシン大学マディソン校客員教授、ものつくり大学学長、自動車技術会会長等を歴任した。 静岡県沼津市生まれ。1958年埼玉県立浦和高等学校卒業。1963年東京工業大学理工学部機械工学科卒業。1965年東京工業大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、東京工業大学助手。1976年東京工業大学工学博士。1981年東京工業大学助教授。1987年東京工業大学教授。 1990年航空宇宙技術研究所客員研究員。1997年東京工業大学工学部長。
上田 惇生(うえだ あつお、1938年11月9日 - 201… 上田 惇生(うえだ あつお、1938年11月9日 - 2019年1月10日)は、日本の経営学者。ものつくり大学名誉教授、立命館大学客員教授、ドラッカー学会代表。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1964年慶應義塾大学経済学部卒。経団連会長秘書、国際経済部次長、広報部長、ものつくり大学教授(マネジメント、社会論)を経て、同大学名誉教授。立命館大学客員教授。ピーター・ドラッカー自身からもっとも親しい友人、日本での分身とされてきた。ドラッカー学会代表のほかに、渋沢栄一賞選考委員、埼玉ちゃれんじ企業経営者選考委員会代表も務める。ドラッカー経営思想の普及によりベスト・リスクマネジャー・オブ・ザ・イヤー2001(リスクマネジメント協会)受賞。
吉田 康彦 (よしだ やすひこ、1936年2月4日 - )は… 吉田 康彦 (よしだ やすひこ、1936年2月4日 - )は、日本の国際問題評論家、元埼玉大学教授。大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授。
村上 淳一(むらかみ じゅんいち、1933年3月31日 - … 村上 淳一(むらかみ じゅんいち、1933年3月31日 - )は日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は比較法、ドイツ法。京都府生まれ。日本におけるドイツ法研究の第一人者。日本学士院会員。東京高等裁判所長官や最高裁判所長官を歴任した村上朝一の長男。
神吉 敬三(かんき けいぞう、1932年5月8日 - 199… 神吉 敬三(かんき けいぞう、1932年5月8日 - 1996年4月18日)は、日本の美術史家。上智大学名誉教授。専攻は16世紀のバロック期(スペイン黄金時代美術)からパブロ・ピカソに至るスペイン美術史。 山口県下関市長府町生まれ。浦和市(現さいたま市)に転居し、1948年(昭和23年)埼玉県立浦和高等学校を卒業、1956年上智大学経済学部を卒業。在学中に聖イグナチオ教会で受洗し、カトリック信者となる。同年から1959年までスペイン政府給費留学生としてマドリード・コンプルテンセ大学に留学、1965年に上智大学外国語学部助教授、1969年に教授。1970年にスペインの芸術文化勲章である「賢王アルフォンソ十世章」を受章。
石原 守一(いしはら もりかず、1930年6月29日 - 2… 石原 守一(いしはら もりかず、1930年6月29日 - 2012年9月18日)は、日本の科学者、歴史情報研究者。専門は理論生物学など。統計遺伝学においての数少ない理論家。理系文系にまたがる幅広い研究領域を持つ研究者。理学博士・農学博士・工学博士。東京生まれ。1984年6月19日より母方の石原姓を名乗る。出生名は志方 守一(しかた もりかず)。 母方の祖父:石原正治(1873 - 1945)は、工科大学(現東京大学工学部)機械科卒。新橋起点の蒸気機関鉄道山陽鉄道等の発展に寄与し、鉄道高速化により日露戦争勝利にも貢献した。旅順工科学堂(旅順工科大学の前身)創設機械科科長教授。偉大な実践的学究といわれ、南満州鉄道超特急アジア号開発に注力し、世界初の冷房設備搭載客車を創設した。
原 昭二(はら しょうじ、昭和2年(1927年)1月 5日 … 原 昭二(はら しょうじ、昭和2年(1927年)1月 5日 - 令和5年(2023年)6月 8日)は薬学者。東京薬科大学名誉教授。世界に先駆けて、光学異性体(対掌体)を高速液体クロマトグラフィー (HPLC)で分割することに成功し、核磁気共鳴(NMR)によって、鏡像体過剰率(混合比率)の高精度な計測法を確立した。さらに二酸化炭素の超臨界流体を用いて、秒単位の光学分割技術を開発したことで知られる。 原 昭二は、昭和25年(1950年)、東京大学医学部薬学科を卒業し、東京大学大学院に進んで、薬化学を専攻した。初期の研究は、分析化学、合成化学の基礎を研鑽することに始まり、業績として液体クロマトグラフィーの技術革新、天然有機化合物の構造研究、合成研究(猛毒成分として知られるアコニット・アルカロイドの構造決定、サラマンダーアルカロイド の全合成 など)、広領域にわたって先導的な成果を得た。
鴨澤 巌(かもざわ いわお、1924年3月 - 2003年2… 鴨澤 巌(かもざわ いわお、1924年3月 - 2003年2月4日)は、日本の経済地理学者、トルコ研究者、法政大学名誉教授、特定非営利活動法人難民支援協会初代代表理事。 1924年3月、当時の東京市本郷区(現在の文京区の一部)に生まれ、後に埼玉県北足立郡浦和町(浦和市を経て、現在のさいたま市)へ移り、浦和町立浦和尋常高等小学校分校(現在のさいたま市立常盤小学校)、埼玉県女子師範学校付属小学校に学び、1936年に埼玉県立浦和中学校(現在の埼玉県立浦和高等学校)、1942年に浦和高等学校 (旧制)(理科乙類)に入学した。浦和高等学校では気管支喘息の悪化のため留年を余儀なくされ、また、学徒勤労動員で理化学研究所の圧延工場での労働も経験した。
小川 信(おがわ まこと、1920年12月31日 - 200… 小川 信(おがわ まこと、1920年12月31日 - 2004年11月15日)は、日本の日本史学者。日本学士院賞受賞者。國學院大學名誉教授。 専門は日本中世史。室町時代政治史をテーマとし、考証に重きをおいた。晩年、歴史地理的な研究にも取り組んだ。自身が中心となって『久我家文書』編纂・刊行に従事。 東京市に生まれる。1938年暁星中学校卒業。1940年國學院大學予科修了。1942年9月國學院大學史学科卒業。卒業論文は「荘園内に於ける番頭に就いて」。同年10月応召。後、陸軍少尉に至る。1945年8月シベリア抑留。1948年5月復員。10月埼玉県立浦和高等学校教諭。1949年暁星高等学校講師。1952年麻布高等学校講師。
須之部 量三(すのべ りょうぞう、1918年2月15日 - … 須之部 量三(すのべ りょうぞう、1918年2月15日 - 2006年2月14日)は、日本の外交官・外務事務次官・杏林大学名誉教授。東京府出身。 旧制浦和中学(浦和高校)、旧制静岡高校文科甲類(静岡大学)を経て、東京帝国大学法学部卒業。 1941年12月、外務省に入省。1950年ガリオア基金にて米国留学。経済局第四課長(イギリス連邦担当)、1955年在連合王国大使館一等書記官、1958年大臣官房人事課長、1961年条約局外務参事官、1964年在ソ連大使館参事官、1966年駐米公使、1968年外務省アジア局長。駐オランダ大使、駐インドネシア大使、駐韓国大使を経て、1981年に外務事務次官に就任した。
笹間 良彦(ささま よしひこ、本名: 笹間 恒雄(ささま つ… 笹間 良彦(ささま よしひこ、本名: 笹間 恒雄(ささま つねお)、1916年10月6日 - 2005年11月5日)は、日本の歴史家、武具研究家。文学博士。 専門の武具関係を中心に、歴史・民俗に関する著書多数。 1916年、東京府東京市下谷区(現在の台東区)にて生まれる。1935年、埼玉県立浦和中学校卒業。 30歳前後から、武具、風俗史、民俗学研究の為、長期間日本全国を行脚し資料を収集する。以来半世紀以上にわたって歴史学研究を続ける事となる。甲冑研究の第一人者で、日本甲冑武具歴史研究会会長に就任し、武具の歴史研究で成果を上げた。その後も江戸時代の制度や司法に関する著作を著し、『江戸幕府役職集成』では海音寺潮五郎から推薦の辞を寄せられる。
武井 武(たけい たけし、1899年〈明治32年〉7月15日… 武井 武(たけい たけし、1899年〈明治32年〉7月15日 - 1992年〈平成4年〉3月12日)は、電気化学者。東京工業大学名誉教授、慶應義塾大学名誉教授。元電気化学協会会長。理学博士(東北帝国大学、1932年)。埼玉県北足立郡与野町(現・さいたま市中央区)生まれ。 妻の万寿は大幸勇吉の娘。
空閑 良壽(くが よしかず)は、日本の化学工学者。室蘭工業大… 空閑 良壽(くが よしかず)は、日本の化学工学者。室蘭工業大学学長。 1974年埼玉県立浦和高等学校卒業。1979年東京工業大学工学部化学工学科卒業。1981年東京工業大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程修了、理化学研究所入所。1988年テキサス大学化学工学科博士研究員兼任、東京工業大学より工学博士の学位を取得。1996年室蘭工業大学助教授。2001年室蘭工業大学教授。2005年日本エアロゾル学会論文賞受賞。2009年室蘭工業大学副学長。2011年国立大学法人室蘭工業大学理事・副学長。2014年日本エアロゾル学会高橋幹二賞受賞。2015年室蘭工業大学学長。2018年化学工学会優秀論文賞受賞。
木村 理(きむら わたる)は、日本の消化器外科医、医学者。専… 木村 理(きむら わたる)は、日本の消化器外科医、医学者。専門は消化器外科学、特に膵臓外科。東都春日部病院病院長。日本消化器外科学会名誉会長、山形大学名誉教授。 埼玉県立浦和高等学校、東京大学医学部医学科を卒業後、キッコーマン総合病院外科、東京大学医学部第一外科、獨協医科大学越谷病院外科講師などを経て、ドイツのヴュルツブルク大学に研究留学した。1998年に山形大学医学部第一外科学講座主任教授に就任。 2019年4月より東都春日部病院病院長を務め、日本消化器外科学会名誉会長、東都大学臨床教授、ハルビン医科大学客員教授などの役職を兼任している。 膵臓の外科治療、特に膵臓癌やIPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)などの診療・手術手技で知られるオピニオンリーダー。