スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高野 秀行(たかの ひでゆき、1966年10月21日 - )… 高野 秀行(たかの ひでゆき、1966年10月21日 - )は、日本のノンフィクション作家、翻訳家。東京都八王子市出身。 ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。 都立高校の英語教師の子として生まれる。早稲田大学高等学院、早稲田大学第一文学部仏文科卒業。 在学中は早稲田大学探検部所属。東京農業大学探検部OBの山田高司と知り合い、師匠としている。探検部の後輩に、平井竜一(のち逗子市長)、四倉幹木(のち朝日新聞記者)らがいた。また、関野吉晴は大学は一橋大学だが、早稲田大学探検部に所属しており、高野の先輩にあたる。 大学在学中に、探検部での探検行をまとめた、『幻の怪獣・ムベンベを追え』でデビュー。
舛井 一仁(ますい かずひと、1953年3月30日 - )は… 舛井 一仁(ますい かずひと、1953年3月30日 - )は、日本の弁護士、大学教授、起業家、作家。第二東京弁護士会所属。国際魅力学会副会長。日本ペンクラブ所属。早稲田大学法学部卒業、ビジネス法修士(ロンドンギルドホール大学)。元国士舘大学法学部教授。
柳谷 晃(やなぎや あきら、1953年 - )は、日本の数学… 柳谷 晃(やなぎや あきら、1953年 - )は、日本の数学者、作家。早稲田大学高等学院数学科教諭、早稲田大学理工学部兼任講師、早稲田大学複雑系高等学術研究所研究員。専門は微分方程式とその応用。早稲田大学理工学部数学科卒業、同大学院理工学研究科博士課程修了。東京都生まれ。
立花 ハジメ(たちばな はじめ、1951年10月28日 - … 立花 ハジメ(たちばな はじめ、1951年10月28日 - )は東京都出身のミュージシャン及びグラフィックデザイナー、映像作家。
東 秀紀(あずま ひでき、1951年3月27日 - )は、作… 東 秀紀(あずま ひでき、1951年3月27日 - )は、作家、建築・都市史家。東京都立大学特任教授。英国王立都市計画家協会正会員。一級建築士資格所有。2001年日本建築学会文化賞を受賞。日本文藝家協会正会員。 和歌山県生まれ。1969年早稲田大学高等学院卒業、1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業。NKK(日本鋼管、現JFEスチール・JFEエンジニアリング)に入社後、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン建築環境学部都市計画学コース大学院に留学、博士前期課程修了。 海外留学での知見をもととし、都市計画と文学をからませた『漱石の倫敦、ハワードのロンドン』、『荷風とル・コルビュジエのパリ』などの著作を執筆したのち、1994年『鹿鳴館の肖像』で歴史文学賞を受賞し、小説家としてもデビュー。
藤田 宜永(ふじた よしなが、1950年4月12日 - )は… 藤田 宜永(ふじた よしなが、1950年4月12日 - )は、日本の小説家。別名義に入江香。
青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )… 青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )は、日本の翻訳家、エッセイスト、アメリカ文学研究者、文芸評論家、絵本作家。早稲田大学名誉教授。日本文藝家協会理事。本名、杉山茂(すぎやましげる)。 福島県福島市出身。1967年早稲田大学高等学院卒業。1971年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1972年、早稲田大学大学院在学中『早稲田文学』編集部に入る。 1973年、ジョン・ドス・パソスの『さらばスペイン』を刊行し翻訳家デビュー。 1975年早稲田大学大学院文学研究科アメリカ演劇専攻修士課程修了。早稲田大学文化構想学部教授、2019年定年退任、名誉教授となる。 1979年から常盤新平、川本三郎とともに編集委員として『ハッピーエンド通信』を刊行。
さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2… さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2016年3月7日)は日本の児童文学作家・劇作家。 東京出身。1972年に『地べたっこさま』で日本児童文学者協会新人賞・野間児童文芸推奨作品賞、1979年に『ジャンボコッコの伝記』で小学館文学賞、1986年に『東京石器人戦争』で産経児童出版文化賞をそれぞれ受賞。『なまけんぼの神さま』、『おこんじょうるり』、『かっぱのめだま』、『神がくしの八月』、『ゆきこんこん物語』などの創作・評論多数。 劇作の分野では、1973年、大阪の劇団2月で『ゆきと鬼んべ』を上演したのを皮切りに、泰西名作が幅をきかす関東圏と違い、創作劇の上演が比較的自由だった関西圏を活躍の場に選んだ。
鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 … 鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 - 2021年1月6日)は、日本の作家、ゲームデザイナー。有限会社翔企画取締役。愛称は「G大佐」「(ヒゲの)大佐」「銀爺」など。妻を将軍と称していたために、「大佐」を名のったという。 日本におけるカードゲーム・ブームの火付け役となった『モンスターメーカー』シリーズのデザイナーとして知られるほか、ボードゲーム(ウォー・シミュレーションゲーム)、テーブルトークRPG(モンスターメーカー関連など)のデザインも手がけている。同じゲームデザイナーである鈴木一也は実子である。 1934年(昭和9年)11月24日、東京生まれ。早稲田大学高等学院卒、早稲田大学政治経済学部中退。
今西 祐行(いまにし すけゆき、1923年10月28日 - … 今西 祐行(いまにし すけゆき、1923年10月28日 - 2004年12月21日)は、日本の児童文学作家。 大阪府中河内郡縄手村字六万寺(現東大阪市六万寺町)に生まれ、奈良県生駒市で育つ。1936年、旧制奈良県立奈良中学校(現・奈良県立奈良高等学校)に入学、5年間植物採集とテニスに熱中する。1940年、中学5年生の夏、病気になり大阪の病院に入院、この頃より文学書をむさぼり読む。1941年、第二早稲田高等学院入学。同年、大久保同胞教会(現在の日本基督教団新宿西教会)にて受洗。 1942年、早大童話会に入り、坪田譲治を知る。同年、童話会機関紙『童話界』に、最初の童話「ハコちゃん」を発表、好評を博す。
戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月1… 戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月16日 - 2000年(平成12年)4月17日)は、日本の画家、民俗研究家、作家。兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。息子は作家の戸井十月。 早稲田高等学院在学中に学徒出陣で中国に赴任。敗戦により捕虜となった後に復員し、早稲田大学に復学するが中退。1946年に共産党に入党し、1950年に脱党。 人形劇団プークでの民主主義的文化活動などを経て画家となる。それと並行して日本の民俗史や民衆史などを研究。特に秩父事件の研究では第一人者とされている。 人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子と結婚。 2000年4月17日、胃がんにより死去。
石川 利光(いしかわ としみつ、1914年2月3日 - 20… 石川 利光(いしかわ としみつ、1914年2月3日 - 2001年7月14日)は、日本の作家。宮中研三名義の官能小説も発表した。 弁護士を父に持ち、三男として大分県日田市に生まれる。日田中学(現在の大分県立日田高等学校)を卒業し、1932年早稲田高等学院を経て早稲田大学に入るが、1937年近藤忠義に誘われて法政大学国文科に転学し、1940年に卒業。1941年に同人誌を統合した『文藝主潮』の編集委員となる。1944年に日本文学報国会会員となり、日本航空機工業に勤務。1946年に九州書院を興す。丹羽文雄を中心とした会合に参加し、『文学者』の刊行を引き受ける。 1951年に執筆活動に入り、第25回芥川賞を『春の草』で受賞した。
岡本 良雄(おかもと よしお、1913年6月10日 - 19… 岡本 良雄(おかもと よしお、1913年6月10日 - 1963年2月6日)は、日本の児童文学作家。 「あすもおかしいか」「生きているレントゲン」「三人の0点くん」などの作品がある。 大阪府大阪市北区(現:此花区)で生まれる。1931年に上京、第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学文学部国文学科を卒業。大学在学中から早大童話会に入会し、口演童話や創作活動を行った。また卒業論文の題は「童話作家小川未明論」であった。 卒業後の1938年に大阪府に戻り、下畑卓や花岡大学らと同人「新児童文学集団」を結成。機関紙『新児童文学』に童話などを発表した。また、そこで発表した「八号館」が第1回日本新人童話賞を受賞、授賞式後すぐに上京、豊島区に下宿した。
金 来成(キム・ネソン、1909年旧暦5月29日 - 195… 金 来成(キム・ネソン、1909年旧暦5月29日 - 1957年2月19日)は、大韓民国の小説家。平安南道(ピョンアンナムド)生まれ。 1935年に日本の探偵小説専門誌『ぷろふいる』でデビューし、のちに朝鮮半島で探偵作家、大衆文学作家として活躍した。韓国推理小説の創始者とされる。 大韓帝国末期の1909年旧暦5月29日、平壌(ピョンヤン)近郊の平安南道(ピョンアンナムド)大同郡(テドンぐん)に生まれる。1925年、平壌公立高等普通学校(ko)に入学。当時この学校では、のちに翻訳家となる龍口直太郎が英語教師をしており、金来成はその授業でアーサー・コナン・ドイルやエドガー・アラン・ポー、江戸川乱歩についての話を聞き、探偵小説の魅力を知った。
長見 義三(おさみ ぎぞう、1908年5月23日 - 199… 長見 義三(おさみ ぎぞう、1908年5月23日 - 1994年4月21日)は、日本の小説家。 北海道夕張郡長沼町生まれ。北海道農産物検査所に勤めるかたわら創作を始める。1928年「母胎より塚穴へ」が「小樽新聞」の懸賞小説1等入選となる。上京して谷崎精二に師事、早稲田高等学院卒後、1938年早稲田大学文学部仏文科卒。八木義徳と親交を結ぶ。1939年『姫鱒』で第9回芥川賞候補。敗戦後は千歳市の米軍キャンプで通訳を務める。最初の妻(死別)は野村尚吾の妹。1985年千歳市文化功労賞受賞、1990年北海道文化賞受賞。
佐藤 義美(さとう よしみ、男性、1905年1月20日 - … 佐藤 義美(さとう よしみ、男性、1905年1月20日 - 1968年12月16日)は、大分県竹田市出身の童謡作詞家、童話作家、詩人。代表曲に『犬のおまわりさん』など。ひらがな表記のさとう・よしみ名義の作品も存在する。 代表作の『犬のおまわりさん』は、2007年(平成19年)に日本の歌百選に選出されている。他に童謡の代表的な作品に、『グッドバイ』、『月の中』、『ともだちシンフォニー』、『おすもうくまちゃん』、『アイスクリームのうた』などがある。 また、童話集『あるいた雪だるま』は1954年(昭和29年)に第1回産経児童出版文化賞を、『佐藤義美全集』(全6巻)は1975年(昭和50年)に第5回赤い鳥文学賞を受賞している。
尾崎 一雄(おざき かずお、1899年(明治32年)12月2… 尾崎 一雄(おざき かずお、1899年(明治32年)12月25日 - 1983年(昭和58年)3月31日)は、日本の小説家。三重県生まれ。早稲田大学文学部国文科卒。志賀直哉に師事。生活苦の中で執筆し、短編集『暢気眼鏡』で芥川賞受賞。その後大病を患い、療養生活の中で自然や生き物への観察眼を深め、身近に迫る死を見つめた心境小説を発表して高い評価を受けた。昭和期の代表的な私小説作家であり、『虫のいろいろ』や『美しい墓地からの眺め』などの作品は、作者のみならず心境小説の代表的作品として知られている。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 実家は祖父の代まで神奈川県小田原市北東部の宗我神社の神官を務めた一族だが、父・尾崎八束(1872-1920)は東京帝国大学文学部史学科卒、神宮皇學館講師をしており、三重県宇治山田町(現・伊勢市)で生まれる。
前田 晁(まえだ あきら、1879年(明治12年)1月15日… 前田 晁(まえだ あきら、1879年(明治12年)1月15日 - 1961年(昭和36年)9月9日)は、日本の小説家・翻訳者。号は木城。妻は童話作家の徳永寿美子。