スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
笠原 英彦(かさはら ひでひこ、1956年8月22日 - )… 笠原 英彦(かさはら ひでひこ、1956年8月22日 - )は、日本の政治学者、歴史学者。慶應義塾大学法学部教授。専門は日本政治史、日本行政史、皇室典範。 神奈川県立湘南高等学校卒業後、1980年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1985年同大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。法学博士。 1988年から1989年、2000年から2001年に、二度スタンフォード大学に客員研究員として研究留学している。 皇位継承問題の専門家として、メディアの出演機会も多い。 2012年4月、野田佳彦内閣により首相官邸で開かれた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」に招かれ、安定的皇位継承と皇室の活動について皇族の減少を指摘した。
佐々木 宏夫(ささき ひろお、1956年3月25日 - )は… 佐々木 宏夫(ささき ひろお、1956年3月25日 - )は、日本の経済学者。早稲田大学名誉教授、アステラス製薬取締役。 新宿区生まれ。神奈川県立湘南高等学校を経て、1979年 信州大学理学部数学科卒業、1981年 一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1987年 ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D.。 修士課程では二階堂副包の元で学ぶ。ロチェスター大学で学位取得後は名古屋市立大学助教授を経て、1993年 早稲田大学商学部助教授、1996年 同教授、2005年より大学院会計研究科教授も兼任し2010年より同研究科長。また、この間の1997年から1999年まで大蔵省に出向し、大蔵省大臣官房専門調査官兼財政金融研究所主任研究官、2001年にはライス大学経済学部客員教授をつとめる。
團 紀彦(だん のりひこ、1956年2月11日 - )は、日… 團 紀彦(だん のりひこ、1956年2月11日 - )は、日本の建築家。日本建築学会賞業績賞・吉岡賞・JIA新人賞など受賞。 作曲家・團伊玖磨の次男として、神奈川県三浦郡葉山町に生まれた。神奈川県立湘南高等学校、東京大学工学部卒業。同大学院修了。建築家・槇文彦に師事したのちイェール大学大学院に留学、帰国後に建築設計事務所を設立。 建築設計活動のかたわら、土木と建築の融合や新町屋論など建築と環境の関係性の改善に関する主導的な提言を行っている。台湾桃園国際空港及び日月潭における国際コンペで一等を獲得、国内では日本橋室町東地区開発のマスターアーキテクトに指名されるなど国内外のプロジェクトの活動とともに、“ユニヴァーサルフォーム論”や“多元的世界と建築”等の造形論に関する論文でも国際的に注目される。
大野 道夫(おおの みちお、1956年1月4日 - )は、日… 大野 道夫(おおの みちお、1956年1月4日 - )は、日本の歌人・社会学者。竹柏会「心の花」編集委員。大正大学心理社会学部人間科学科教授。曾祖父は佐佐木信綱。佐佐木幸綱は母の従兄弟にあたる。 神奈川県立湘南高等学校、東京大学文学部国史学科卒業。同大学院教育学研究科教育社会学専攻博士課程満期退学。 東大俳句会OBで、俳誌「天為」に所属して俳人としても活動する。1989年、「思想兵・岡井隆の軌跡―短歌と時代・社会との接点の問題」で第7回現代短歌評論賞受賞。1990年、谷岡亜紀、加藤孝男、大辻隆弘らと同人誌『ノベンタ』を創刊。2006年、東京大学本郷短歌会を創立。 歌人としての活動のほか、歌壇を社会学の見地から分析した本も上梓している。
大野 英士(おおの ひでし、1956年 - )は、日本のフラ… 大野 英士(おおの ひでし、1956年 - )は、日本のフランス文学者。研究分野はユイスマンス研究・フランス十九世紀末文学。精神分析・現代思想・オカルティズムなど。 弟の大野和士は指揮者。 東京都生まれ。神奈川県立湘南高等学校を経て、東京大学入学。同・文学部仏文科卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。1993年、パリ第七大学大学院に留学。一時、病気療養ため休学するが1995年、研究生活に復し博士論文を執筆。指導教授はジュリア・クリステヴァ。2000年、文学博士(Mention Très Honorable avec Félicitation à l’Unanimité) 2002年 以降、早稲田大学、駒澤大学、昭和女子大学、埼玉大学等でフランス語・フランス文学講師として教鞭をとる。
川島 誠(かわしま まこと、1956年 - )は、日本の児童… 川島 誠(かわしま まこと、1956年 - )は、日本の児童文学作家、小説家。本業は塾講師。 代表作は小説『800』で、同作は『800 TWO LAP RUNNERS』のタイトルで1994年に映画化された。 1956年東京都生まれ。神奈川県立湘南高等学校を経て京都大学文学部アメリカ文学科卒。今江祥智に師事。 1983年、「幸福とは撃ち終わったばかりのまだ熱い銃」でデビュー。それまでの児童文学ではあまり書かれてこなかった少年の性を題材とした作品を発表する。那須正幹は「従来の児童文学が、物事の道理を考えて行動する子ども像を提示して来たのに対して、川島作品は、好き嫌いとか、性欲に左右されて行動する子ども像を創作した」と評している。
廣木 重之(ひろき しげゆき、広木 重之、1955年5月22… 廣木 重之(ひろき しげゆき、広木 重之、1955年5月22日 - )は、日本の外交官。外務省儀典長を経て、駐スウェーデン特命全権大使。2022年退官。 東京都出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1979年に一橋大学法学部を卒業し、外務省入省。1980年から1982年までオックスフォード大学留学。オックスフォード大学留学同期に奥克彦(イラク日本人外交官射殺事件で殉職)がいる。 2009年から駐アフガニスタン特命全権大使。2010年には43億5500万円の無償資金協力「アフガニスタン平和・再統合プログラム」の書簡を交換。資金協力によって建設された1校目の高校の完成記念式典にワルダク教育大臣などと出席。
藤井 眞理子(ふじい まりこ、1955年3月9日 - )は、… 藤井 眞理子(ふじい まりこ、1955年3月9日 - )は、日本の経済学者、財務官僚、外交官、学術博士。東京大学先端科学技術研究センター教授を経て、駐ラトビア特命全権大使を務めた。 静岡県出身。1973年 神奈川県立湘南高等学校卒業。1977年 東京大学経済学部卒業、大蔵省(現財務省)入省(国際金融局調査課)。1979年3月 大蔵省国際金融局調査課(留学)。1979年9月 大蔵省国際金融局付(ブラウン大学経済学部大学院留学)。1981年7月 大蔵省大臣官房調査企画課財政金融研究室 。1982年7月 大蔵省理財局国庫課長補佐。1985年7月 大蔵省大臣官房調査企画課長補佐(調整)。1987年7月 大蔵省主計局調査課長補佐。
細川 周平(ほそかわ しゅうへい、1955年2月14日 - … 細川 周平(ほそかわ しゅうへい、1955年2月14日 - )は、日本の音楽学者。国際日本文化研究センター名誉教授、京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長。専門は音楽学。 1955年、大阪府生まれ。1973年3月 神奈川県立湘南高等学校卒業。東京大学理学部生物学科に進み、1978年3月に卒業。1988年3月、東京芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程単位取得満期退学。同年4月より、東京芸術大学音楽学部助手となった(1991年3月まで)。1989年3月、東京芸術大学に学位論文『音楽における複製技術の諸問題 : : レコードを中心に』を提出して学術博士の学位を取得。 1996年4月、東京工業大学工学部助教授となり、同年5月より東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。
藤原 美子(ふじわら よしこ、1955年 - )は、アメリカ… 藤原 美子(ふじわら よしこ、1955年 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州プリンストン生まれの心理学者、カウンセラー、翻訳家、エッセイスト。ハリウッド大学院大学教授、筑波大学附属視覚特別支援学校講師。専攻は発達心理学。 横浜国立大学学芸学部附属鎌倉小学校、横浜国立大学学芸学部附属鎌倉中学校、神奈川県立湘南高等学校、お茶の水女子大学卒業。同大学院修士課程修了。 夫は数学者の藤原正彦、父は化学者の田丸謙二、双子の姉は化学者の大山秀子、祖父は化学者の田丸節郎、大伯父(祖父の兄)は物理学者の田丸卓郎。 映画「劔岳 点の記」(木村大作監督)の原作者は義父の作家新田次郎である。映画撮影に入る前、監督と会った際、「3人の息子をどこかエキストラ出演させてもらえないか」とお願いしたところ、「陸軍測量部員のエキストラならいいが、頭を坊主にしなければならない」と条件を出された。
鞠谷 雄士(きくたに たけし、1954年 - ) は、日本の… 鞠谷 雄士(きくたに たけし、1954年 - ) は、日本の化学工学者。専門は高分子材料。東京工業大学名誉教授、米国繊維学会会長。元繊維学会会長。元プラスチック成形加工学会会長。 静岡生まれ。1973年神奈川県立湘南高等学校卒業。1977年東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部有機材料工学科卒業。1979年同大学大学院理工学研究科繊維工学専攻修士課程修了。1982年同博士後期課程修了、工学博士、東京工業大学工学部有機材料工学科助手。1986年アクロン大学客員研究員。1991年東京工業大学大学院有機・高分子物質専攻助教授。2001年東京工業大学大学院有機・高分子物質専攻教授。清水二郎門下。 2008年The Polymer Processing Society会長。
野村 雅道(のむら まさみち、1954年 - )は、日本の個… 野村 雅道(のむら まさみち、1954年 - )は、日本の個人投資家。FX湘南投資グループ代表、中京大学講師。 大学卒業後、東京銀行に入行し、ニューヨーク支店には属され国際投資業務と外貨資金業務に従事する。1987年米系銀行に転職し、外資系銀行を経験し、その後外国為替トレーディング業務、ヴァイス・プレジデント・チーフ・ディーラーとして辣腕を振るう。その後FX湘南投資グループを起業し代表を務め、その傍ら中京大学教員として学生に経済学を講義している。 東京大学在学中は野球部主将として活躍し、六大学戦においては法政大学の江川卓から3打数3安打し、敬遠を含む3四球も奪って、当時30年ぶりに東京六大学4位躍進に貢献した。
志賀 重範(しが しげのり、1953年12月13日 - )は… 志賀 重範(しが しげのり、1953年12月13日 - )は、日本の技術者、実業家。東京都出身。東芝の原子力部門を統括する地位にあり、2016年6月より2017年2月まで同社の会長。元日本電機工業会会長。 1953年(昭和28年)12月13日、東京都に生まれる。1972年3月神奈川県立湘南高等学校卒業。1979年3月に東北大学大学院工学研究科原子核工学科修士課程を修了、同年4月に東芝に入社。原子力システム設計部長などを歴任し、2006年に電力システム社WEC統括事業部長兼ウェスチングハウス(WH社)上級副社長に就任。2008年より電力システム社副社長兼WH社上級副社長、2010年より電力システム社副社長兼WH社会長、2011年より執行役常務兼電力システム社副社長兼WH社上級副社長、2014年には電力システム社社長に就任した。
岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )… 岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )は日本の大蔵・財務官僚。日本酒造組合中央会副会長。大阪国税局長、国税庁次長などを歴任。 山口県出身。神奈川県立湘南高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1976年 大蔵省入省(大臣官房調査企画課)。1981年7月 米沢税務署長。1982年7月 国税庁調査査察部査察課長補佐。その後は関税局企画課長補佐、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)などを務める。2001年1月6日 国税庁課税部課税総括課長。2002年7月 国税庁長官官房総務課長。2003年7月8日 広島国税局長。2004年7月2日 国税庁長官官房審議官(酒税等担当)。
加留部 淳(かるべ じゅん、1953年7月1日 - )は日本… 加留部 淳(かるべ じゅん、1953年7月1日 - )は日本の実業家。豊田通商代表取締役社長や、同社代表取締役会長、日本貿易会副会長、中部経済同友会代表幹事、名古屋商工会議所副会頭等を歴任した。レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ受章。 神奈川県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1976年横浜国立大学工学部電気工学科卒業、豊田通商入社。1999年物流部長。2004年取締役。2006年執行役員。2008年常務執行役員。 2011年から豊田通商代表取締役社長を務め、北中米、欧州、豪州、東アジアに加え、CFAOに資本参画するなど新たにアフリカへの注力を進めた。2017年には駐日フランス大使館でレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章した。
草間 文彦(くさま ふみひこ、1953年 - )は、日本の著… 草間 文彦(くさま ふみひこ、1953年 - )は、日本の著作権、商標権学者。元東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻専任教授、専攻研究分野は、著作権、商標権、キャラクター、ブランドの商品化権、およびWIPOで提唱されている Character Merchandising(『キャラクター・マーチャンダイジング』)。コンサルティングファーム、ブランドッグ 代表実務としては、主に日欧米の企業ブランド、アートブランド、スポーツブランドの日本でのライセンス展開のコンサルティング活動、代理人活動、共同事業を行っている。特にコーポレイト(企業名、商品名)ライセンスに関しては定評がある。 父は俳人の 草間時彦、祖父は鎌倉市長を務めた俳人草間時光、曾祖父は教育者で自由民権運動家の草間時福と文系の家系である。
芳賀 力(はが つとむ、1952年12月17日 - )は、日… 芳賀 力(はが つとむ、1952年12月17日 - )は、日本のキリスト教神学者。東京神学大学特任教授。同大学の第12代・14代学長を務めた。 神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高等学校卒。1977年東京神学大学卒、1979年同大学院修士課程修了。1983年西ドイツ・ハイデルベルク大学神学部留学。1987年神学博士。1988年東京神学大学講師、1991年助教授、1996年教授』(組織神学)。日本基督教団東村山教会牧師、季刊『教会』(QK)編集主幹を務めた。2013年4月から東村山教会を辞任し、東京神学大学学長。 聖餐論争においては、受洗者のみが聖餐に加われる、と主張した。 母(康)方の曾祖父は、クリスチャン政治家の武市安哉(高知県出身国会議員を経た後、ピルグリム・ファーザーズの理念を掲げ、青年を引き連れて北海道に渡り、聖園農場を開拓、聖園教会を設立)。
戸名 厚(とな あつし、1952年11月3日 - )は、日本… 戸名 厚(とな あつし、1952年11月3日 - )は、日本の実業家。日本食品化工代表取締役社長や、カンロ代表取締役社長、日本スターチ・糖化工業会会長、全日本菓子工業協同組合連合会副理事長を歴任した。 神奈川県出身。1971年神奈川県立湘南高等学校卒業。1976年東京工業大学工学部卒業、三菱商事入社。食糧・食品部門を歩み、九州支社生活産業部長や、中部支社副支社長兼生活産業部長を経て、2008年から日本食品化工代表取締役社長を務め、日本スターチ・糖化工業会会長も兼務した。 2014年からカンロ代表取締役社長を務め、同年12月期に約6億円の赤字を計上するなど経営不振に陥っていた同社の立て直しにあたった。
岸本 喜久雄(きしもと きくお、1952年11月 - )は、… 岸本 喜久雄(きしもと きくお、1952年11月 - )は、日本の工学者。専門は計算力学、材料力学、破壊力学。東京科学大学名誉教授。東京工業大学副学長、アメリカ機械学会フェロー、日本機械学会会長、自動車技術会技術会議議長、日本技術者教育認定機構副会長等を歴任した。 神奈川県茅ヶ崎市出身。茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校、神奈川県立湘南高等学校を経て、1975年東京工業大学(現東京科学大学)工学部機械物理工学科卒業。1977年東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻修士課程修了、1977年東京工業大学工学部機械物理工学科助手。1982年東京工業大学工学博士。坂田勝に師事。 1987年ケンブリッジ大学客員研究員。
重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は… 重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は、日本の外交官。フランクフルト総領事や、ホノルル総領事を経て、第3代駐リトアニア特命全権大使を務めた。2019年退官。 鹿児島県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1977年中央大学法学部卒業。1981年外務省入省。オーストリア、スイス、エジプトでの大使館勤務、大臣官房査察室長、通産省生活産業局関連産業課長、経済産業省大臣官房参事官(環境担当)、領事移住部旅券課長を経て、2004年在ウィーン国際機関日本政府代表部参事官。同公使や、フランクフルト総領事、ホノルル総領事を経て、2015年から駐リトアニア特命全権大使を務め、2017年には所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とリトアニア共和国との間の条約(日・リトアニア租税条約)の署名を行った。
すずき じゅんいち(本名・鈴木潤一、1952年5月21日 -… すずき じゅんいち(本名・鈴木潤一、1952年5月21日 - )は、日本の映画監督、映画プロデューサー、脚本家。 神奈川県茅ヶ崎市出身。神奈川県立湘南高等学校、東京大学文学部倫理学科卒業。 日活に助監督として入社後、神代辰巳、市川崑らに師事する。日活ロマンポルノ作品でデビューした。 1985年、青年海外協力隊としてモロッコに派遣(昭和60年度2次隊、職種:映像)。モロッコ保健省に配属され、要請の内容は視覚による避妊教育のための映画作成であった。しかし、任期半ばで臀部にできたせつの手術をモロッコで受けるが、予後の状況が芳しくなかった。このため任期を短縮し1年で日本に帰国した。 その後、フリーランスに転じ、多くの作品を発表する。
湯浅 健二(ゆあさ けんじ、1952年5月11日 - )は、… 湯浅 健二(ゆあさ けんじ、1952年5月11日 - )は、日本のサッカージャーナリスト、サッカー指導者。北海道出身。
飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実… 飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実業家。三井製糖代表取締役社長や精糖工業会会長を務めた。 神奈川県出身。1971年神奈川県立湘南高等学校卒業。1977年一橋大学商学部を卒業し、三井物産に入社。1992年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了、MBA(経営学修士)。東京ディズニーランド開園時のアトラクション輸入や横浜博覧会のイベント開催等を担当し、米国三井物産ゼネラルマネージャー等を経て、2002年三井物産ロジスティクス第3部長、2004年物流事業部長、2006年物流金融機能部長、2007年執行役員・物流本部長、2009年常務執行役員・物流本部長。この間三井物産ロジスティクス・パートナーズ取締役等を兼務。
田代 冬彦(たしろ ふゆひこ、1952年 - )は、東京放送… 田代 冬彦(たしろ ふゆひこ、1952年 - )は、東京放送ホールディングス(TBSHD)執行役員(グループ経営企画局付)、東通代表取締役社長[3]。元テレビプロデューサー。神奈川県小田原市生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒業。元妻は女優の秋野暢子。
小池 裕(こいけ ひろし、1951年7月3日 - )は、日本… 小池 裕(こいけ ひろし、1951年7月3日 - )は、日本の裁判官。水戸地方裁判所所長、東京高等裁判所部総括判事、東京地方裁判所所長、東京高等裁判所長官を経て、2015年4月2日から2021年7月2日まで最高裁判所判事。 新潟県長岡市で生まれ、その後、東京都、神奈川県で過ごす。藤沢市立藤ヶ岡中学校、神奈川県立湘南高等学校、東京大学法学部を卒業。 2021年1月25日、大津市で2011年に男子生徒(当時13歳)が元同級生により自殺に追い込まれたのち遺族が加害者らに損害賠償を求めた訴訟で、二審大阪高裁判決を不服とした両親の上告を退け、加害者2名に対して計400万円の支払いを命じた。 加害者の賠償額は一審大津地裁判決より大幅な減額となり、『被害者の両親は家庭環境を適切に整えられず、被害者を精神的に支えられなかった』などとして、賠償額を3750万から大幅に減額した。
小林 龍生(こばやし たつお、1951年7月 - )は、日本… 小林 龍生(こばやし たつお、1951年7月 - )は、日本の国際標準アーキテクトである。 1951年7月、東京都生まれ。神奈川県立湘南高等学校、東京大学教養学部科学史科哲学分科卒業。小学館で編集者として勤務の後、1989年(平成元年)7月、(株)ジャストシステムに転職。製品企画に携わる。かな漢字変換ATOK監修委員会の設立などを通して、テクノロジーと言語・文化の融合を志す。 文字コード問題では、(株)ジャストシステムの代表として、Unicode Technical Committeeに参加すると同時に、情報処理学会情報規格調査会JSC2委員会委員、漢字WG小委員会主査として、ISO/IEC JTC1/SC2、同SC2/WG2、同 SC2/WG2/IRGなどの国際会議に出席、ISO策定を行う。
小風 秀雅(こかぜ ひでまさ、1951年 - )は、日本の歴… 小風 秀雅(こかぜ ひでまさ、1951年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史(対外関係史・交通史)。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1995年)。お茶の水女子大学名誉教授、立正大学人文科学研究所研究員、交通史学会会長。 神奈川県出身。県立湘南高校卒。東京大学文学部卒。1995年、東京大学より博士(文学)の学位を取得。 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授。2017年3月、お茶の水女子大学定年退職。2018年より立正大学文学部史学科教授。2022年3月、立正大学を定年退職。
大塚 裕史(おおつか ひろし、1950年11月29日 - )… 大塚 裕史(おおつか ひろし、1950年11月29日 - )は、日本の法学者・弁護士。神戸大学名誉教授、元明治大学教授。専門は刑法。神奈川県出身。 1969年、神奈川県立湘南高等学校卒業。1975年、早稲田大学法学部卒業。1979年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。1986年、早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。 1986年、仙台法経専門学校兼任講師。1991年、海上保安大学校法学講座助教授。1994年、同教授。1998年、岡山大学法学部教授。2003年、神戸大学大学院法学研究科教授。2006年同大学法科大学院長。2014年、成蹊大学法科大学院教授、神戸大学名誉教授。2015年、明治大学法科大学院教授。
内藤 廣(ないとう ひろし、1950年(昭和25年) 8月2… 内藤 廣(ないとう ひろし、1950年(昭和25年) 8月26日- )は、日本の建築家。株式会社内藤廣建築設計事務所代表。東京大学名誉教授。多摩美術大学学長 海の博物館の設計で日本建築学会賞、第18回吉田五十八賞、芸術選奨新人賞美術部門などを受賞、牧野富太郎記念館で第13回1999年度村野藤吾賞を受賞。『高田松原津波復興祈念公園 国営追悼・祈念施設』の設計で第70回芸術選奨文部科学大臣賞美術部門を受賞。 土木、建築、都市計画、造園、インダストリアルデザインなどの都市景観に関連した異なる職域によるデザイン・コラボレーションを提唱し、2003年には織部賞を受賞。2005年に「GSデザイン会議」(GSはグラウンドスケープの略)を篠原修らと発足、同代表。
嘉山 孝正(かやま たかまさ、1950年2月19日 - )は… 嘉山 孝正(かやま たかまさ、1950年2月19日 - )は、日本の医師。専門は脳神経外科学(とりわけ脳腫瘍)。国際医療福祉大学特任教授・学事顧問。東京脳神経センター所長。学校法人栄戸学園横浜未来看護専門学校名誉顧問。TMG医療政策特別顧問。山形大学医学部名誉教授。同東日本重粒子センター名誉センター長。国立がん研究センター名誉総長。国立大学医学部長会議相談役。 山大医学部脳神経外科学講座教授、同附属病院長、同学部長として、医学部および附属病院の改革者として名を馳せ、2010年4月からは独立行政法人化した国立がん研究センター(旧国立がんセンター)の初代理事長を務め、短期間のうちに組織改革を断行し成果を上げた。
鹿取 克章(かとり よしのり、1950年2月15日 - )は… 鹿取 克章(かとり よしのり、1950年2月15日 - )は、日本の外交官。外務省領事局長、外務報道官、ASEAN担当特命全権大使、駐インドネシア特命全権大使等を経て、外務省参与。 東京都出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1973年に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。 2005年民間出身の高島肇久の後任として外務報道官就任。外務報道官として上海総領事館員自殺事件やドミニカ移住者問題などの対応に当たった。 上海総領事館員自殺事件については、2005年12月28日の緊急記者会見で、中華人民共和国公安部関係者によるウィーン条約上の義務に反する「遺憾な行為」があったと考え、中国側に抗議した旨を述べた。
井出 道雄(いで みちお、1950年 - )は日本の農林水産… 井出 道雄(いで みちお、1950年 - )は日本の農林水産官僚。(一財)日本穀物検定協会代表理事会長、農林水産事務次官、日本中央競馬会副理事長を歴任。みずほ銀行顧問。 1975年農林省入省。1995年食糧庁主計課長となる。その後各課課長を経て、2001年食糧庁計画流通部長。2005年経営局長。官房長、林野庁長官を経て、事務次官に就任。2010年辞職。
笛田 宇一郎(ふえだ ういちろう、1950年(昭和25年)-… 笛田 宇一郎(ふえだ ういちろう、1950年(昭和25年)- )は、日本の俳優・演出家。 神奈川県鎌倉市出身。神奈川県立湘南高等学校→東京大学英語英米文学科卒業。1976年、早稲田小劇場入団。リア王、ディオニュソスなどを演じる一方、富山県利賀村のサマースクールや海外で俳優の指導に当たる。1980年、池袋アトリエ開場記念公演『絶対値』を構成・演出。1990年〜1992年、水戸芸術館常任演出家として3公演を構成・演出。1995年、第二回読売演劇大賞優秀男優賞受賞。1996年、劇団を退団後、笛田宇一郎演劇事務所を設立。<二十一世紀演劇シリーズ>として3公演、<現在/演劇シリーズ>として3公演、そのほか、『ハムレット/オフィーリア』、『激しく待ち焦がれながら/悪こそは未来』などを構成・演出。
鹿島 茂(かしま しげる、1949年11月30日 - )は、… 鹿島 茂(かしま しげる、1949年11月30日 - )は、日本のフランス文学者、文芸評論家、翻訳家。専門は19世紀フランス文学。明治大学名誉教授。角川財団学芸賞選考委員。2024年2月より、横綱審議委員会委員。 息子は写真家の鹿島直。 神奈川県横浜市金沢区出身。神奈川県立湘南高等学校を経て 1973年東京大学文学部仏文科卒業。1978年同大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。大学院の指導教官は蓮實重彦[要出典]。共立女子大学助教授・教授を経て 2008年より明治大学国際日本学部教授。2020年に定年退職。
有馬 彰(ありま あきら、1949年 - )は日本の実業家。… 有馬 彰(ありま あきら、1949年 - )は日本の実業家。NTTコミュニケーションズ代表取締役社長や、MS&ADインシュアランスグループホールディングス取締役等を歴任。電気通信協会賞受賞。 神奈川県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1973年一橋大学商学部卒業、日本電信電話公社(NTT)入社。1979年スタンフォード大学経営大学院修了、MBA(経営管理学修士)。 NTT本社で経理や料金企画を担当したのち、1982年広島に赴任。1983年からNTT営業局制度課課長補佐として民営化後の契約約款作成を担当。北海道赴任を経て、1989年からNTT経営企画本部担当課長として新電電や郵政省との交渉を担当し、競争ルールの整備にあたった。
伊藤 邦武(いとう くにたけ、1949年(昭和24年)- )… 伊藤 邦武(いとう くにたけ、1949年(昭和24年)- )は、日本の哲学者。日本学士院会員。龍谷大学文学部教授、京都大学名誉教授。分析哲学・アメリカ哲学・パースを主として研究する。 京都大学に入学した頃から約30年間、哲学者の野田又夫とは親交を持っていた。
上杉 純雄(うえすぎ すみお、1948年(昭和23年)10月… 上杉 純雄(うえすぎ すみお、1948年(昭和23年)10月4日 - 2020年(令和2年)3月4日)は、日本の銀行家、実業家。UCカード社長、みちのく銀行代表取締役会長等を歴任した。 神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高等学校、早稲田大学法学部を卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)に入行。 同行時代は、主に証券、リテール部門を担い住宅ローンや、現在のみずほマイレージクラブの原型といえる富士ファーストクラブのほか、全店規模におけるデータベース構築にも携わり、常務執行役員等を歴任。 2002年、UCカード社長に転じ、銀行との関係強化、他のカード会社との事務処理共同化を進めたほか、日本クレジットカード協会会長も務めた。
新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は… 新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は、日本の作家、評論家、翻訳家。小説においては新田 正明名義も使用した。 日本SF作家クラブ会員。テスラ研究所所長、テスラ記念協会会員、日本セルビア協会会員。 神奈川県藤沢市出身。神奈川県立湘南高等学校、横浜市立大学文理学部卒業。 学生時代からSFファン活動を始め、山野浩一主催のNW-SFワークショップに参加。そこで知り合った志賀隆生・永田弘太郎らとSF同人誌『SF論叢』を1974年に創刊。また1982年、小説『汀線都市』でSFファンジン大賞を受賞。一時SFファンジン大賞の審査員もつとめた。 編集プロダクション「スタジオ・アンビエント」主宰者として、1982年から1986年まで9号刊行された、新時代社発行のSF評論誌『SFの本』の発行人をつとめ、自らもSFの評論活動を行う。
荒牧 幹人(あらまき みきと、1948年7月20日 - )は… 荒牧 幹人(あらまき みきと、1948年7月20日 - )は、日本の実業家。元パレスホテル代表取締役社長。日本宿泊施設マーケティング賞受賞。 神奈川県出身。1967年神奈川県立湘南高等学校卒業。1972年一橋大学商学部卒業、富士銀行入行。2001年富士銀行執行役員大阪支店長。2002年みずほ総合研究所専務取締役。2005年ホテルグランドパレス取締役。2005年パレスホテル常務取締役、パレスエンタープライズ取締役、パレスフードサービス取締役。2007年パレスホテル専務取締役。2014年からパレスホテル代表取締役社長を務め、パレスホテル東京などへの事業の集中を受け、リスク分散化のため営業拠点展開を進めた。
仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 -… 仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 - 2024年7月16日)は、日本の元裁判官。弁護士。神奈川県出身。神奈川県立湘南高校、東京大学法学部卒業。千葉地方裁判所部総括判事(民事第5部)などを歴任。 青年法律家協会の会員で、全国裁判官懇話会にも参加。日本裁判官ネットワークのメンバーの一人。
仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 -… 仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 - )は、日本の元裁判官。神奈川県出身。神奈川県立湘南高校、東京大学法学部卒業。千葉地方裁判所部総括判事(民事第5部)などを歴任。
杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月2… 杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月28日 - )は、日本の経産官僚。住友商事社外取締役。経済産業事務次官、商工組合中央金庫社長等を歴任。
小林 頼子(こばやし よりこ、1948年 - 2023年)は… 小林 頼子(こばやし よりこ、1948年 - 2023年)は、日本の美術史家、目白大学名誉教授。専門は17世紀オランダ美術史、日蘭美術交流史。 山口県防府市出身。神奈川県立湘南高等学校、早稲田大学文学部卒業。1982〜1985年ユトレヒト大学美術史研究所留学。1987年慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程満期退学。2000年『フェルメール論』『フェルメールの世界』で吉田秀和賞受賞。目白大学社会学部メディア表現学科教授。2019年退任。
門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11… 門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11月16日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省関東地方整備局長、河川局長、日本建設情報総合センター理事長を歴任。 1966年3月、神奈川県立湘南高等学校卒業。1967年4月、東京大学理科二類に入学。1971年3月、東京大学農学部林学科卒業。学士入学で同学工学部土木工学科に再入学し、1973年3月に卒業。東大では硬式野球部で投手として活躍し、再入学後は助監督も務めた。 1973年4月、建設省に入省し、近畿地方建設局(現・近畿地方整備局) 淀川工事事務所に配属。1974年4月、同局真名川ダム工事事務所。1975年4月、福島県土木部河川課主査。
鈴木 董(すずき ただし、1947年9月19日 - )は、日… 鈴木 董(すずき ただし、1947年9月19日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は、西アジア・イスラム世界の政治文化研究で、オスマン帝国を主なフィールドとする。 1947年、神奈川県藤沢市生まれ。1966年神奈川県立湘南高等学校を卒業後、東京大学文科一類入学、法学部第三類(政治学コース)へ進み、1970年東京大学法学部を卒業後、同大学院法学政治学研究科修士課程に入り、政治学・政治史・政治思想史を学ぶ傍ら、文学部で開講されていた護雅夫のトルコ語の授業に出席した。1972年、同大学院法学政治学研究科修士課程を修了し、博士課程に進学した。同年9月よりトルコ・イスタンブル大学に留学。1975年、帰国。
植松 二郎(うえまつ じろう、1947年8月30日 - )は… 植松 二郎(うえまつ じろう、1947年8月30日 - )は、日本の作家、児童文学作家。 兵庫県神戸市生まれ[要出典]、神奈川県藤沢市で育つ。神奈川県立湘南高校時代はサッカー部に在籍し、1965年に関東大会を制したメンバーの1人である。早稲田大学政治経済学部卒業[要出典]。 卒業後、株式会社日本デザインセンターに入社。制作局・コピーライターとして勤務。在職中に東京コピーライターズクラブ新人賞受賞。 独立後、フリーライターとして広告制作のほか、小説、取材記事などの仕事を続ける。1992年、『ペンフレンド』で第40回毎日児童小説最優秀賞。1996年、『春陽のベリーロール』で第12回織田作之助賞を受賞。
結柴 誠一(けしば せいいち、1947年5月21日 - )は… 結柴 誠一(けしば せいいち、1947年5月21日 - )は、日本の政治家、市民運動家。東京都杉並区議会議員(7期)。
綿貫 理明(わたぬき おさあき、1947年 - )は、日本の… 綿貫 理明(わたぬき おさあき、1947年 - )は、日本の工学者(電子工学、情報工学)、専修大学教授。 「社会知性の開発」という専修大学の教育研究の理念のもと、産官学連携により情報技術を環境問題・エネルギー問題に適用する教育・研究活動を行った。
碓井 敏正(うすい としまさ、1946年12月6日 -)は、… 碓井 敏正(うすい としまさ、1946年12月6日 -)は、日本の哲学者。京都橘大学名誉教授。福祉法人おひとりさま監事(前理事長)、大学評価学会顧問。 東京都出身。近代西洋哲学の研究から出発し、現在は規範哲学(正義論や人権論)を専門としている。貧困問題や格差問題に詳しい。左派系の知識人であるが、近年では社会主義的な立場から成熟社会論を展開し、市民運動や革新組織のあり方についても問題提起をしている。
合原 由作(ごうはら ゆうさく、1946年(昭和21年)8月… 合原 由作(ごうはら ゆうさく、1946年(昭和21年)8月26日 - 2014年(平成26年)1月3日)は、日本の陸上自衛官、政治家。北海道恵庭市長。 福岡県田川市出身。陸上自衛隊少年工科学校を経て、神奈川県立湘南高等学校卒業。陸上自衛官となり、恵庭に初期配属となる。退職後、恵庭市議会議員選挙に当選し、4期14年務める。浜垣実市長が持っていた厚い保守票の中にあった自衛隊票の切り崩しに成功し、1993年(平成5年)の恵庭市長選挙に予想外の大差で当選。しかし公共工事入札に絡む「天の声疑惑」で市議会に百条委員会を設置され、偽証罪で告発されるなど市政には批判の声が大きく、1997年(平成9年)の市長選では黒氏博実に敗れ、1期で退任した。