スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
淵田 仁(ふちだ まさし、1984年 - )は、日本の哲学者… 淵田 仁(ふちだ まさし、1984年 - )は、日本の哲学者・思想家。専門は18世紀フランス思想史・啓蒙思想。学位は博士(社会学)。城西大学現代政策学部准教授。。ジャン=ジャック・ルソー研究で渋沢・クローデル賞奨励賞を受賞。 福井県出身。藤島高等学校卒業。横浜市立大学商学部経済学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。グルノーブル大学文学部Master2修了。一橋大学大学院社会学研究科にて博士号(社会学)取得。
山岸 敬和(やまぎし たかかず、1972年12月25日 - … 山岸 敬和(やまぎし たかかず、1972年12月25日 - )は、日本の政治学者。南山大学国際教養学部教授。専門はアメリカ政治、福祉国家論、医療政策。 福井県福井市生まれ。福井市足羽中学校、福井県立藤島高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1999年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2006年政治学博士の学位をジョンズ・ホプキンス大学より取得。 ジョンズ・ホプキンス大学非常勤講師、南山大学外国語学部英米学科専任講師、准教授、教授を経て2017年4月より南山大学国際教養学部教授。 恩師は久保文明、アダム・シャインゲイト、マシュー・クレンソン。
三谷 宏治(みたに こうじ、1964年3月8日 - )は、K… 三谷 宏治(みたに こうじ、1964年3月8日 - )は、K.I.T.虎ノ門大学院(金沢工業大学虎ノ門キャンパス)教授、早稲田大学ビジネススクール客員教授、女子栄養大学客員教授。 永平寺ふるさと大使、NPO法人 アフタースクール理事、NPO法人3keys理事、Linkers株式会社アドバイザー。 前職は経営コンサルタント。福井県出身。 大阪府生まれ、福井県育ち。1982年 福井県立藤島高等学校卒業。1987年 東京大学理学部物理学科卒業。 1992年 INSEAD MBA修了(フランスフォンテーヌブロー校)。1987年 - 1996年 ボストンコンサルティンググループ勤務。 1996年 - 2006年 アクセンチュア勤務 戦略グループ統括 エグゼクティブパートナーとして活躍。
道下 眞弘(みちした まさひろ、1961年1月28日 - )… 道下 眞弘(みちした まさひろ、1961年1月28日 - )は、日本の起業家、ベンチャーキャピタリスト。内科医、医学博士(京都大学、1991年)、細胞生物学者。福井県福井市出身。
葛野 尋之(くずの ひろゆき、1961年 - )は日本の法学… 葛野 尋之(くずの ひろゆき、1961年 - )は日本の法学者。専門は、刑事法・少年法。学位は、博士(法学)(立命館大学・2003年)。一橋大学大学院法学研究科長・教授を経て、現青山学院大学法学部教授、一橋大学名誉教授。全国犯罪・非行協議会菊田クリミノロジー賞受賞。 福井県鯖江市生まれ。福井県立藤島高等学校を経て、1985年一橋大学法学部卒業。1987年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。1990年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。 日本学術振興会特別研究員、静岡大学人文学部助教授を経て、1999年立命館大学法学部助教授。2000年同教授。ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員を経て、2009年から一橋大学大学院法学研究科教授。
廣田 誠一(ひろた せいいち、1960年1月 - )は、日本… 廣田 誠一(ひろた せいいち、1960年1月 - )は、日本の医学者。大阪大学医学部附属病院病理部助教授などを経て、現在、兵庫医科大学病院病理学教授。主な研究分野は異所石灰化、消化管の非上皮性腫瘍、カハール介在細胞。
白石 恵理子(しらいし えりこ、1960年- )は、日本の教… 白石 恵理子(しらいし えりこ、1960年- )は、日本の教育学者。滋賀大学教授。 福井県生まれ。1978年福井県立藤島高等学校卒。1982年京都大学教育学部卒、84年同大学院修士課程修了。1990年京都大学教育学部助手、1993年大阪総合福祉専門学校(現大阪健康福祉短期大学)教員、1996年滋賀大学教育学部講師、97年助教授、2004年教授。全国障害者問題研究会研究推進委員。 夫は龍谷大学教授の白石正久。
葛野 浩昭(くずの ひろあき、1960年 - )は、日本の文… 葛野 浩昭(くずの ひろあき、1960年 - )は、日本の文化人類学者。立教大学観光学部交流文化学科教授。福井県出身。
石川 昭義(いしかわ あきよし、1959年11月 - )は、… 石川 昭義(いしかわ あきよし、1959年11月 - )は、日本の教育学者。名古屋経済大学人間生活科学部幼児保育学科教授を経て、仁愛大学人間生活学部子ども教育学科教授。幼児教育が専門。学位は、教育学修士(名古屋大学)。福井県出身。
前田 健康(まえだ たけやす、1959年8月 - )は、日本… 前田 健康(まえだ たけやす、1959年8月 - )は、日本の歯学者。新潟大学大学院医歯学総合研究科教授(摂食環境制御学講座)。専門分野は形態系基礎歯科学(Morphological Basic Dentistry)(口腔解剖学)。学位は歯学博士(新潟大学)。福井県出身。
山田 史生(やまだ ふみお、1959年5月17日 - )は、… 山田 史生(やまだ ふみお、1959年5月17日 - )は、日本の文学研究者、弘前大学教育学部・国語教育講座教授。専門は中国哲学。博士(文学)。 福井県出身。趣味は囲碁で、特技は尺八。尺八については根笹派錦風流尺八の青森県技芸保持者。
林 泰成(はやし やすなり、1959年 - )は、日本の教育… 林 泰成(はやし やすなり、1959年 - )は、日本の教育学者。上越教育大学学長。放送大学客員教授。 専攻は、道徳教育学、教育哲学。 大学院生の頃は、ウィトゲンシュタインを中心に分析哲学の研究に取り組んでいた。現在は、コールバーグに基づくモラルジレンマ授業の研究、ケアリング倫理に基づく道徳教育の研究、道徳授業に行動面の指導を取り入れたモラルスキルトレーニングの研究に取り組んでいる。 モラルスキルトレーニングの提唱者。哲学を吉田謙二に師事。教育学を佐野安仁に師事。 この他、放送大学客員教授などを兼務している。
斎藤 成也(さいとう なるや、1957年〈昭和32年〉1月1… 斎藤 成也(さいとう なるや、1957年〈昭和32年〉1月14日 - )は、日本の遺伝学者。国立遺伝学研究所教授、総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻教授、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授。日本学術会議会員。福井県出身。 中立進化論を主張している。アイヌと琉球人の近縁性についての研究結果を定期的に発表している。 1972年福井大学教育学部附属中学校卒業、1975年福井県立藤島高等学校卒業、1979年東京大学理学部生物学科人類学課程卒業、1987年同大学院理学系研究科博士課程人類学中退、1986年テキサス大学ヒューストン校生物医科学大学院修了(Ph.D.)。 1989年2月より東京大学理学部生物学科人類学教室助手を経て、1991年1月、国立遺伝学研究所進化遺伝研究部門助教授。
佐々木 閑(ささき しずか、男性、1956年〈昭和31年〉9… 佐々木 閑(ささき しずか、男性、1956年〈昭和31年〉9月27日 - )は、日本の仏教学者(インド仏教史、戒律)。真宗高田派の僧侶。花園大学教授。博士(文学)(佛教大学・論文博士・1999年)。 清水俊史と馬場紀寿(東京大学教授)は、ブッダゴーサの仏教史における位置づけをめぐり2016年から論争を続けている。この論争の過程で、清水はアカデミック・ハラスメント(アカハラ)や出版妨害を受けた。 大乗経典と漢訳『阿含経』とでは、『阿含経』の方が(漢訳される前のオリジナルの経典が)先にインドで成立したというのが通説である。大乗経典の内容に関して、『阿含経』などで説かれる部派仏教の教義を「小乗の教え」と蔑視・批判し、大乗の教義こそが真の仏説(釈迦の教説)であるという思想が教義の根底にあるが、『阿含経』側には大乗思想についての言及や批判が全く見られないため、『阿含経』の方が先に成立し、その後それを批判する形で大乗経典が成立したと説明される(加上説・大乗非仏説)。
小泉 令三(こいずみ れいぞう、1955年 - )は、日本の… 小泉 令三(こいずみ れいぞう、1955年 - )は、日本の教育学者。福岡教育大学教授。教育心理学・学校心理学・生徒指導を専門としている。 福井県芦原町(現・あわら市)出身。福井県立藤島高等学校、大阪大学理学部化学科卒業。 大学卒業後、福井県の公立小学校・中学校で教員として勤務する。その後、兵庫教育大学大学院修士課程、広島大学大学院教育学研究科博士課程前期を修了し、1987年から福岡教育大学で勤務する。 1995年11月22日、「小・中学校での環境移行事態における児童・生徒の適応過程 -中学校入学・転校を中心として」により広島大学から博士(心理学)を取得する。
白崎 博公(しらさき ひろきみ、1952年3月24日 - )… 白崎 博公(しらさき ひろきみ、1952年3月24日 - )は、日本の工学者。現在は玉川大学工学部機械情報システム学科教授。電磁波・光解析が専門。弾性表面波、導波管、マイクロストリップ線路の研究を経て、現在はスキャトロメトリ(光波散乱計測、Scatterometry)の研究開発を行っている。工学博士(大阪大学)。福井県出身。 その後学科改組により、現在は玉川大学工学部機械情報システム学科教授。
加藤 直三(かとう なおみ、1950年7月 - )は日本の工… 加藤 直三(かとう なおみ、1950年7月 - )は日本の工学者。大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻教授。福井県出身、藤島高校卒、東大卒。 研究内容は水中ロボット工学、バイオメカニクスなど。海中システム研究会を主催している。
坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科… 坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科学研究者、神経生物学者、分子生物学者、免疫学者。理学博士。東京大学名誉教授。 福井県の商人の家に生まれる。文筆家を志したこともあったが、大病を経て、研究者の進路を選ぶ。京都大学の小関治男研究室の志村令郎准教授の下でRNAのプロセシングの研究を行い、博士号を取得する。海外に渡り、利根川進研究室でのちにノーベル賞の受賞対象となるV(D)J遺伝子再構成の分子機構の解明を行う。カリフォルニア大学バークレー校教授を勤めた後、帰国し、東京大学で嗅覚神経を扱う神経生物学の研究室を主宰する。1つの嗅覚神経細胞の中には1000個もある嗅覚受容体の中からたった1つの嗅覚受容体のみが選択的に発現されているという「1神経・1受容体」ルールの解明や、嗅覚神経が嗅球へ秩序だって投射する機構の解明などを行った。
中村 耕三(なかむら こうぞう、1947年 - )は、日本の… 中村 耕三(なかむら こうぞう、1947年 - )は、日本の医学者。専門は外科、整形外科。東京大学大学院医学系研究科・医学部名誉教授(整形外科学講座)。現在の研究課題は脚延長、脊椎外科、慢性関節リウマチ。
似田貝 香門(にたがい かもん、1943年5月28日 - )… 似田貝 香門(にたがい かもん、1943年5月28日 - )は、日本の社会学者。東京大学名誉教授。地域社会学を専門とし、1970年代の住民運動論、阪神・淡路大震災後のボランティアをめぐる研究で知られる。
高宮 建一郎(たかみや けんいちろう、1943年1月4日 -… 高宮 建一郎(たかみや けんいちろう、1943年1月4日 - 2005年10月21日)は、日本の植物学者。元東京工業大学大学院生命理工学研究科教授(生体システム専攻)。研究分野は植物生理・光合成。福井県福井市出身。
菅原 利夫(すがはら としお、1943年 - )は、日本の歯… 菅原 利夫(すがはら としお、1943年 - )は、日本の歯学者。岡山大学大学院医歯学総合研究科歯顎口腔機能再建外科学分野(歯学系)教授。日本口腔科学会評議員。口腔、顎の外科的治療法についての研究と菅原式人工顎関節の開発で知られる。福井県立藤島高等学校、東京歯科大学卒業。1973年 大阪大学より歯学博士号を得る。論文の題は「口唇口蓋裂発生原因としての風疹ウイルスに関する血清疫学的および実験奇形学的研究」。
小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 -… 小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 - )は、日本の工学者。大阪大学名誉教授。専門は、材料プロセシング、材料科学。 工学博士(京都大学、1976年)(学位論文「アルミニウム-けい素合金の共晶凝固現象に関する研究」)。
吉岡 芳夫 (よしおか よしお、1937年3月 - )は、日… 吉岡 芳夫 (よしおか よしお、1937年3月 - )は、日本の工学者。現在、金沢工業大学教授。専門は、プラズマ応用、放電現象、遮断器などの電力用機器、計算機シミュレーション等。学位は工学博士。
児嶋 眞平(こじま しんぺい、1936年12月29日 - )… 児嶋 眞平(こじま しんぺい、1936年12月29日 - )は、日本の工学者。京都大学名誉教授。前・福井大学学長。専門は有機化学、有機金属の化学、環境化学。工学博士(京都大学、1969年)。福井県出身。 1936年京都府京都市生まれ。1944年に福井県丹生郡志津村(現・福井市)へ疎開。1955年藤島高校卒業まで清水町で育つ。1955年京都大学工学部工業化学科入学。1986年京都大学教養学部教授、1992年京都大学総合人間学部教授、1993年-96年総合人間学部長、1997年福井大学学長、現在に至る。 2012年瑞宝重光章受章。
西山 忠範(にしやま ただのり、1932年4月17日 - )… 西山 忠範(にしやま ただのり、1932年4月17日 - )は、東京都出身の商法学者。元武蔵大学経済学部長。
松下 圭一(まつした けいいち、1929年8月19日 - 2… 松下 圭一(まつした けいいち、1929年8月19日 - 2015年5月6日)は、日本の政治学者・法学博士。法政大学名誉教授。元日本政治学会理事長。専門は、政治学、政治思想史、地方自治論。 福井県福井市生まれ。旧制福井中学、第四高等学校を経て、1952年東京大学法学部卒業。在学中は東京大学新聞編集長を務めた。丸山眞男門下として名高く、法政大学法学部に赴任後、助教授、教授を経て、2000年に法政大学を定年退職。また、日本政治学会理事長や日本公共政策学会会長を歴任した。マルクス主義全盛の時代潮流において大衆社会論を唱えて論壇に登場し、江田三郎の構造改革論や、地方自治のイデオローグとして活躍した。 2015年5月6日午前1時20分、心不全のため死去。
南部 陽一郎(なんぶ よういちろう、英語: Yoichiro… 南部 陽一郎(なんぶ よういちろう、英語: Yoichiro Nambu、1921年1月18日 - 2015年7月5日)は、日系アメリカ人の理論物理学者。シカゴ大学名誉教授、大阪市立大学名誉教授・特別栄誉教授、大阪大学特別栄誉教授、立命館アジア太平洋大学アカデミック・アドバイザー。専門は素粒子理論。理学博士(東京大学・1952年)。 福井県福井市出身。1970年に日本からアメリカ合衆国へ帰化した。 日系アメリカ人(一世)の理論物理学者で1952年に渡米、1960年代に量子色力学と自発的対称性の破れの分野において先駆的な研究を行ったほか、弦理論の創始者のひとりとしても知られ、現在の素粒子物理学の基礎をなす様々な領域に多大な貢献をなした。
榊原 仟(さかきばら しげる、1910年(明治43年)10月… 榊原 仟(さかきばら しげる、1910年(明治43年)10月13日 - 1979年(昭和54年)9月28日)は、日本の医学者。心臓外科の世界的権威として知られた。 福井県福井市宝永上町に開業医の四男として生まれ、兄に榊原亨がいる。幕臣・榊原職直の後裔である。 旧制福井中学(現福井県立藤島高等学校)を経て、第六高等学校時代の1930年(昭和5年)、帝大生であった次兄・周と上京中の母が和田倉門辺りでタクシー乗車中に交通事故に遭い、母は頸髄損傷が元で、周も間もなく亡くなった。その後東京帝国大学に進み医学部を卒業。都築正男教授の医学部第二外科講座に入局。大学同期に、若月俊一、津川武一、近藤宏二など。 第二次世界大戦中は軍医としてフィリピン戦線に従軍し、1943年(昭和18年)には東京帝大医学部の支援で同仁会が設立した上海同仁大学の教授として赴任するが、日本の降伏後に同大は接収されたため、46年に帰国し東京帝大医学部第二外科講座で医局長を担う。
伊藤 義教(いとう ぎきょう、1909年2月23日 - 19… 伊藤 義教(いとう ぎきょう、1909年2月23日 - 1996年10月23日)は日本のイラン学者。京都大学名誉教授。 1909年、山口県大津郡三隅町で生まれた。旧制福井中学校、旧制姫路高等学校を経て、京都帝国大学文学部に進むと、梵語梵文学を専攻し榊保三郎、足利惇氏に師事。1935年に卒業した。 1940年、京都帝国大学大学文学部副手に採用された。翌1941年に同講師昇格。1947年からは新制大学発足に伴い、京都大学文学部講師。1953年、学位論文『マーヌシュチフル書翰集の解読』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1968年、文学部教授に昇格。1972年に京都大学を定年退官し、1974年名誉教授となった。
柳生 亮三(やぎゅう りょうぞう、1905年(明治38年)1… 柳生 亮三(やぎゅう りょうぞう、1905年(明治38年)10月26日 - 2013年(平成25年)3月31日)は、日本の動物学者。専門は原生動物学。位階は従四位。 1905年10月26日、現在の岐阜県揖斐郡揖斐川町出身。父親が税関職員であった為、日本国内やその当時の日本の領土であった朝鮮を転々とする幼年時代を過ごした。旧制岐阜中学校、旧制福井中学校、鎮南浦公立中学校(朝鮮)と転校を繰り返す。 1924年、教育者を志して高等師範学校の受験を決意し、東京高等師範学校と広島高等師範学校で悩んだ結果、広島高師に決め、第一志望の物理化学は外れたが第二志望の生物で広島高等師範学校理科第三部に合格した。 1928年、広島高等師範学校を卒業後、徳島女子師範学校、徳島県立徳島高等女学校、関東州公立高等女学校(大連市)で教師を務めた後に、旧制広島文理科大学生物学科で生物学を学び、天津日本高等女学校、天津日本商業学校教諭を経て、旧制広島文理科大学助手、広島高等師範学校教授などを歴任した。
横山 英太郎(よこやま えいたろう、1883年(明治16年)… 横山 英太郎(よこやま えいたろう、1883年(明治16年)7月31日 - 1966年(昭和41年)6月13日)は、日本の工学者(専攻は電気工学、電気通信)。 福井県坂井郡三国町(現坂井市)生まれ。福井県立福井中学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学を卒業。逓信省電気試験所に入所し、鳥潟右一・北村政治郎と世界初の無線電話機を発明した。 1914年(大正3年)12月16日から1916年(大正5年)4月10日まで、鳥羽・神島・答志島間で無線電話の実用試験を行い成功、無線電話の実用化としては世界初の偉業であった。この世界初の実用無線電話の名は開発した3人の頭文字(T:鳥潟 Torigata Y:横山 Yokoyama K:北村 Kitamura)からTYK式無線電話と名付けられた。
有馬 英二(ありま ひでじ/えいじ、1883年(明治16年)… 有馬 英二(ありま ひでじ/えいじ、1883年(明治16年)5月25日 - 1970年(昭和45年)4月6日)は、日本の明治時代・大正時代・昭和時代の医学者・政治家。位階は正三位。勲等は勲二等。北海道帝国大学名誉教授。衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)。旧姓・栗山。BCGの研究者としても知られる。 現在の福井県坂井市(旧坂井郡三国町)で旧福井藩藩医栗山英哉の次子として生まれ、1888年に有馬家の養嗣子となった。旧制福井中学校(現・福井県立藤島高等学校)、第四高等学校を経て、1908年東京帝国大学医科大学卒業。その後、同大学青山内科に入局。1914年朝鮮総督府医院内科に勤務。1916年朝鮮総督府医院第2内科科長。
八田 善之進(はった ぜんのしん、1882年(明治15年)2… 八田 善之進(はった ぜんのしん、1882年(明治15年)2月1日 - 1964年(昭和39年)1月7日)は、日本の内科医学者。枢密顧問官、医学博士。 福井県吉田郡上中村(現福井市上中町)で、八田善左衛門の二男として生まれる。福井中学校、第四高等学校を経て、1909年(明治42年)12月、東京帝国大学医科大学を卒業。同医科大学医科学教室、同医科大学助手を経て、1917年2月、愛知県立医学専門学校教授に就任した。 以後、愛知病院内科第一部長を務め、1917年(大正6年)11月12日、医学博士号を取得。1919年(大正8年)11月、宮内省に転じて侍医に就任し東宮御所詰となる。1921年(大正10年)、皇太子訪欧に随行した。
蘆田 伊人(あしだ これと、1877年(明治10年)9月28… 蘆田 伊人(あしだ これと、1877年(明治10年)9月28日 - 1960年(昭和35年)6月6日)は、明治から昭和にかけて活動した日本の歴史地理学者。旧福井藩士家に生まれ、早稲田大学卒業後、東京帝国大学史料編纂掛に所属、次いで越前松平家等華族諸家や帝国学士院の委嘱により歴史調査に携わった。『大日本地誌大系』『大日本読史地図』の編纂や、明治大学蔵蘆田文庫などで知られる。 1877年(明治10年)9月28日、石川県管下越前国足羽郡福井日ノ出下町(旧新屋敷、現・福井県福井市日之出)に、石川県第三師範学校(後の福井師範学校)漢学教授蘆田碩と福井藩士有沢権四郎娘岩子の間の長男に生まれた。1882年(明治15年)9月旭小学校に入学、1891年(明治24年)に福井県尋常中学校(現・福井県立藤島高等学校)に進んだ。
平瀬 作五郎(ひらせ さくごろう、安政3年1月7日(1856… 平瀬 作五郎(ひらせ さくごろう、安政3年1月7日(1856年2月12日) - 大正14年(1925年)1月4日)は、明治・大正期の植物学者。 1856年、福井市日之出町にて、福井藩士平瀬儀作の長男として生まれる。1872年、福井藩中学校(現・福井県立藤島高等学校)に入学、加賀野井成是に油絵を学ぶ。卒業後、同校の中進業生図画教授助手を拝命。1873年、山田成章の写実派油絵を学ぶために上京。 1875年、東京での油絵留学から帰郷し、岐阜県の中学・遷喬館(現・岐阜県立岐阜高等学校)に図画教員として就職した。1887年に退職するまでの13 年の教員生活の間に、図画教科書として『画学初歩』、『用器画法』、『図画指要』、『小学用器画法』を出版するなど、製図・図画の教育や普及への貢献も顕著である。
高島 英幸(たかしま ひでゆき)は、日本の英語教育学者。東京… 高島 英幸(たかしま ひでゆき)は、日本の英語教育学者。東京外国語大学名誉教授。Ed.D.(教育学博士)。福井県武生市(現・越前市)生まれ。
宮永 憲明(みやなが のりあき)は、大阪大学レーザー科学研究… 宮永 憲明(みやなが のりあき)は、大阪大学レーザー科学研究所教授。工学博士。専門はレーザー核融合・高出力レーザー工学、主な研究テーマは、フェムト秒・アト秒パルスレーザーの開発と応用、光の特徴を際だたせる先端レーザー制御技術、超短パルスレーザーによる機能性ナノ加工、高強度レーザー技術の開発である。
平石 秀幸(ひらいし ひでゆき)は、日本の医学者。獨協医科大… 平石 秀幸(ひらいし ひでゆき)は、日本の医学者。獨協医科大学消化器内科教授。専門領域は消化器病学。福井県出身。