スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
野末 睦(のずえ むつみ、1957年 - )は、日本の医師、… 野末 睦(のずえ むつみ、1957年 - )は、日本の医師、医学博士。医療法人あい友会理事長。日本フットケア・足病医学会評議員。日本医療マネジメント学会評議員。筑波大学附属病院経営協議会委員。大型訪問診療モデル「AIUモデル(あいゆうモデル)」を考案。訪問診療クリニック、および訪問介護ステーションを群馬県太田市、群馬県前橋市、山形県三川町で展開。 1957年(昭和32年)、岐阜県で生まれる。高校時代までを長野県で過し、長野県長野高等学校卒業。 1982年(昭和57年)、筑波大学医学専門学群を卒業し、医師免許を取得。 1991年(平成3年)、筑波大学臨床医学系(外科)講師に就任。 1993年(平成5年)、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院研究員に就任。
半田 靖史(はんだ やすし、1956年10月29日 - )は… 半田 靖史(はんだ やすし、1956年10月29日 - )は、日本の裁判官・弁護士。学習院大学法務研究科法務専攻教授。高松高等裁判所部総括判事、高知地方裁判所所長、福岡高等裁判所部総括判事を経て、弁護士登録。早稲田リガールコモンズ法律事務所に所属。長野県出身。長野県長野高等学校を経て、東京大学卒業。
北村 晴男(きたむら はるお、1956年〈昭和31年〉3月1… 北村 晴男(きたむら はるお、1956年〈昭和31年〉3月10日 - )は、日本の弁護士、政治家。日本保守党所属の参議院議員(1期)。同党国会対策委員長兼法律顧問。化粧品や健康食品を販売するネットワークビジネス会社クオリア顧問弁護士。所属は北村・加藤・佐野法律事務所。 長野県更埴市(現:千曲市)出身。 1971年(昭和46年)4月、長野県長野高等学校に入学。高校生時代、恵庭事件第1審判決の報道をきっかけに弁護士を目指す。高校では硬式野球部に所属し、セカンドを守っていた。 1974年(昭和49年)3月、長野高校を卒業。大学受験浪人生活を送り、1浪して1975年(昭和50年)4月、早稲田大学法学部へ入学する。
金澤 右(かなざわ すすむ、1955年9月26日 - )は、… 金澤 右(かなざわ すすむ、1955年9月26日 - )は、日本の医学者、医師。岡山大学教授、理事・病院長などを務めた。岡山大学名誉教授。現在は川崎医科大学総合医療センター放射線科特任教授。 専攻は医学(特に放射線診断学)。長野県出身。日本を代表する放射線科医。
山口 泉(やまぐち いずみ、1955年7月28日 - )は、… 山口 泉(やまぐち いずみ、1955年7月28日 - )は、日本の小説家。長野県長野市生まれ。男性。本名、同じ。沖縄県在住。 1974年、長野県長野高等学校卒業。東京藝術大学美術学部在学中の1977年に、「夜よ、天使を受胎せよ」で第13回太宰治賞優秀賞。1980年、株式会社径書房創業時から請われて顧問に就任、第1長篇小説『旅する人びとの国』、第2長篇小説『吹雪の星の子どもたち』の執筆と並行して、同社の企画相談・ブックデザイン等も担当するが、88年、辞任。1989年、「宇宙のみなもとの滝」で第1回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。 主要作品に『吹雪の星の子どもたち 翡翠の天の子どもたち』『旅する人びとの国』『悲惨観賞団』『神聖家族』『重力の帝国』『アジア、冬物語』『「新しい中世」がやってきた!』『宮澤賢治伝説』『原子野のバッハ』など。
春日 良一(かすが りょういち、1955年6月22日 - )… 春日 良一(かすが りょういち、1955年6月22日 - )は、日本のスポーツコンサルタント。ペンネームは「明日香 羊」(Yo Asuka)。妻は平泳ぎの選手だった長崎宏子。 長野県出身。長野県長野高等学校では、北村晴男(弁護士・タレント)と同学年だった。上智大学文学部哲学科を卒業した1978年に、日本体育協会に入る(1991年3月まで在籍)。 1991年4月に日本オリンピック委員会に入り(1995年5月まで在籍)、国際業務部参事として、上田宗良らと共に世界を駆け巡った。1998年に開催された長野オリンピックの招致委員会に出向し、招致活動の渉外参事も務めた。オリンピック日本代表選手団本部員を通算5大会で経験した。
井浦 秀夫(いうら ひでお、1955年 - ) は、日本の漫… 井浦 秀夫(いうら ひでお、1955年 - ) は、日本の漫画家。長野県上高井郡小布施町出身。長野県長野高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。 予備校、大学時代を通して朝日新聞社の新聞奨学生であった。早稲田大学在学中は早稲田大学漫画研究会に所属した。 早大漫研OBである東海林さだおのアシスタントを経て1979年に『私は人を殺した』(ホラーサスペンス)で双葉社の漫画アクション新人賞を受賞、プロデビューを果たす。 以後は読み切りで小気味の良いコメディーを執筆していたが、新人中学教師雨宮公平の奮戦期を描いた『雨森公平 先生です!』、高校生カップルの何気ないながら思春期に成長していく様子をみずみずしく描いた『やる気のまんま』(Weekly漫画アクション)をゲスト連載し、これらの作品は単行本も発売された。
曲渕 文昭(まがりぶち ふみあき、1954年10月30日 -… 曲渕 文昭(まがりぶち ふみあき、1954年10月30日 - )は、日本の実業家。アルピコホールディングス代表取締役社長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1978年横浜国立大学経済学部卒業、八十二銀行入行。2000年小布施支店長。2002年東京事務所長。2004年南松本支店長。2006年リスク統括部長。2007年執行役員本店本部長。2008年常務執行役員本店営業部長。2009年常務取締役に昇格。2011年代表取締役専務。2013年代表取締役副頭取。2017年からアルピコホールディングス代表取締役社長を務め、日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況に対応して経営改革を進めるなどした。
和田 肇(わだ はじめ、1954年1月28日 - )は、日本… 和田 肇(わだ はじめ、1954年1月28日 - )は、日本の法学者。専門は労働法。名古屋大学名誉教授。元民主主義科学者協会法律部会理事。 長野県上水内郡小川村生まれ。長野県長野高等学校を経て、1978年 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1980年 同大学院修士課程修了。 1982年 名古屋大学法学部助教授、1991年教授、同大学院法学研究科教授。この間、1986-87年西ドイツ・ギーセン大学、1993-95年レーゲンスブルク大学客員研究員。1991年冲永賞受賞。2019年名古屋大学定年退職、名誉教授。
久保 正彰(くぼ まさあき、1953年7月20日 - )は、… 久保 正彰(くぼ まさあき、1953年7月20日 - )は、長野県を拠点に活動している日本のフリーアナウンサー。 長野市出身。長野県長野高等学校を経て、早稲田大学卒業。 大学を卒業後、1977年に信越放送 (SBC) に入社。同局のアナウンサーになり、後に報道局アナウンス部長に就任する。1980年と1981年に『飛び出せ!全国DJ諸君』で優秀賞を受賞。 その後は地元を拠点にフリーアナウンサーとして活動。それと並行してSBCラジオのパーソナリティも務めていたが、2022年9月27日放送の『モーニングワイド・ラジオJ』への出演を最後にパーソナリティを卒業した。同番組には、途中出演休止期間を挿みつつも2003年3月の放送開始時から出演していた。
富澤 一誠(とみさわ いっせい、1951年4月27日 - )… 富澤 一誠(とみさわ いっせい、1951年4月27日 - )は、日本の音楽評論家。 1951年、長野県須坂市生まれ。長野県長野高等学校を卒業後、東京大学文科三類に入学するが2か月で中退。歌手を志したが挫折し、1971年、20歳の時から音楽評論活動に専念するようになった。現在、学校法人尚美学園副学長に就任。 2023年8月、尚美学園大学の学内施設のメディアセンター(図書館)内に「富澤一誠 Jポップ・ライブラリー」が開設された。「富澤一誠 Jポップ・ライブラリー」は、吉田拓郎、井上陽水、松任谷由実、小田和正、中島みゆきなど、1970~1990年代を代表するアーティストの資料を閲覧できる。
足立 正則(あだち まさのり、1951年(昭和26年)4月1… 足立 正則(あだち まさのり、1951年(昭和26年)4月16日 - )は、日本の政治家。元長野県飯山市長(3期)。 1970年(昭和45年)3月、長野県長野高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、東京工業大学工学部卒業。1978年(昭和53年)4月、飯山市役所に採用される。 2007年(平成19年)3月19日、市役所を退職。3月20日、飯山市助役に就任。 2010年(平成22年)の飯山市長選挙で初当選し、3期務めた。 2010年(平成22年)9月5日執行。元総務省大臣官房審議官の江澤岸生を破り初当選した。9月15日に市長就任。※当日有権者数:19,928人 最終投票率:71.81%(前回比:pts) 2014年(平成26年)9月7日執行。
大日方 純夫(おびなた すみお、1950年12月17日 - … 大日方 純夫(おびなた すみお、1950年12月17日 - )は、日本の歴史学者。早稲田大学文学学術院名誉教授。専門は日本近代史(政治史・警察史・社会史)。 長野県上水内郡中条村(現長野市)出身。日本、中国、韓国の研究者、教育者が共同で執筆にあたった『未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史』の日本側の編集委員長を務め、2005年に日本ジャーナリスト会議特別賞を受賞した。 2005年に日本・中国・韓国の研究者が編集した学校副教材『未来をひらく歴史』の執筆者であり、2010年には俵義文らと『日本の歴史歪曲教科書を正すため』として2冊目を出した。 この件について、当時毎日新聞ソウル支局長だった下川正晴は、大日方がハンギョレ新聞(2005年5月15日)のインタビューで「2005年春に出版することが実践的な課題だった」と発言しており、2005年の『新しい歴史教科書・改訂版』の検定・採択に対抗することが先決だったためだろうと推測している。
柄澤 康喜(からさわ やすよし、1950年〈昭和25年〉10… 柄澤 康喜(からさわ やすよし、1950年〈昭和25年〉10月27日 - )は、日本の実業家。MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社取締役会長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1975年京都大学経済学部卒業。住友海上火災保険株式会社(現:三井住友海上火災保険株式会社)に入社した。
菱田 雅晴(ひしだ まさはる、1950年10月19日 - )… 菱田 雅晴(ひしだ まさはる、1950年10月19日 - )は、日本の政治社会学者、法政大学法学部/大学院政治学研究科 名誉教授。専攻は、現代中国研究、中国政治社会論。社会学が出身であるが、国家社会関係、コーポラティズム等の視点を導入した科研費グループ研究を主宰し、「中南海研究会」と題して、中国共産党を組織として把握した研究プロジェクトを進め、近年は「中国廉政研究会」を主催し、腐敗学(coruptionology)にチャレンジしている。東京都渋谷区在住。 長野県長野市生まれ。1969年長野県長野高等学校卒業、1974年東京大学文学部社会学科を卒業。同年、日本貿易振興機構入会、経済情報部情報管理課中国班に配属され、中国経済調査を担当。
小野 学(おの まなぶ、1950年9月14日 - 2010年… 小野 学(おの まなぶ、1950年9月14日 - 2010年7月3日)は、長野県下高井郡山ノ内町湯田中温泉出身のスキージャンプ選手。スキージャンプ指導者。 湯田中温泉よろづや旅館の次男として誕生。実家は現在も同地で旅館を経営している。1969年3月、長野県長野高等学校を卒業し1970年4月に慶應義塾大学商学部入学。1973年1月に第46回全日本学生2部純ジャンプ優勝。1974年1月に第47回全日本学生2部純ジャンプ優勝。1975年3月に大学を卒業し1975年4月に日本楽器に入社、1976年2月には全日本選手権70メートル級を制した。1977年11月に地元の北野建設へ移籍し、1980年1月に第21回雪印杯ジャンプ大会準優勝。
若林 正丈(わかばやし まさひろ、1949年11月27日 -… 若林 正丈(わかばやし まさひろ、1949年11月27日 - )は、日本の政治学者。早稲田大学名誉教授。専門は、台湾現代史、政治。社会学博士(東京大学、1985年)(学位論文「台湾抗日運動史研究」)。長野県長野市生まれ。戴国煇の門下生。
武者 陵司(むしゃ りょうじ、1949年 - )は、日本の投… 武者 陵司(むしゃ りょうじ、1949年 - )は、日本の投資ストラテジスト。株式会社武者リサーチ代表。大和証券調査部、大和総研、ドイツ証券でアナリスト/ストラテジストを歴任し、2009年に独立した。2002年・2003年に米Institutional Investor誌「All-Japan Research Team」日本株ストラテジスト部門で1位評価を得ている。
篠原 孝(しのはら たかし、1948年7月17日 - )は、… 篠原 孝(しのはら たかし、1948年7月17日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(5期)。
市村 良三(いちむら りょうぞう、1948年5月31日 - … 市村 良三(いちむら りょうぞう、1948年5月31日 - 2023年6月14日)は、日本の政治家、実業家。元長野県上高井郡小布施町長(4期)。 1982年(昭和57年)から市村が親族とともに始めた町並み修景事業は観光まちづくりの成功例として知られている。観光庁から観光カリスマ百選に認定された。 長野県小布施町上町に生まれる。長野県長野高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年、ソニーに就職。27歳で帰郷。 1979年(昭和54年)12月30日、おじの小布施町長の市村郁夫が任期途中で死去。1980年(昭和55年)、市村郁夫の息子の次夫とともに和菓子店「小布施堂」の経営を引き継ぐ。
樋口 覚(ひぐち さとる、1948年1月20日 - 2022… 樋口 覚(ひぐち さとる、1948年1月20日 - 2022年11月24日)は、日本の文芸評論家。2005年に芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 祖父の樋口長衛は開成学園で斎藤茂吉と、東京帝国大学で岩波茂雄と同級生だった信州の教育者で長野県立長野中学校長を務めており、祖母の樋口志保子は島木赤彦門下のアララギ歌人。父の樋口寛は国文学者で、安曇野に疎開して以降長野在住だった斎藤史と交流があり、幼少期の覚は史に可愛がられていた。 長野県長野市出身。長野で過ごしていた頃はバロック音楽に心酔していた。長野県長野高等学校を経て、一橋大学社会学部卒業。大学時代には短歌に目覚め、斎藤史に歌を学んだ。株式会社医学書院編集部で編集者として活動するかたわら、歌人として活動を開始し、後に文芸評論の道に進む。
彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出… 彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出身の神経科学者、医師。アメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) 所属。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1973年に東京大学大学院から医学博士号を取得し、1978年には島津浩の指導下で前庭眼脳幹系の研究により博士号を取得した。同年から東邦大学講師、翌年からは助教授を務めた。その後は1982年までアメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) で博士研究員として研究を行った。 1983年に東邦大学の准教授に就任。1988年、生理学研究所に教授として移籍し、1993年に順天堂大学医学部第一生理学教室教授。2002年以降はアメリカ国立衛生研究所眼科研究所に戻り、感覚運動システムの研究グループリーダーを務めている。
中山 史郎(なかやま しろう、1947年7月9日 - 201… 中山 史郎(なかやま しろう、1947年7月9日 - 2018年9月8日)は、日本のテレビドラマの監督・演出家である。株式会社ザ・ワークス取締役副社長、株式会社The icon取締役。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1972年早稲田大学第一文学部卒業後、日本テレビに入社。入社後は「たんぽぽ」の演出補(AD)を務める。1980年「池中玄太80キロ」で演出デビュー。 1984年、日本テレビを退社。その後フリーとなり、ザ・ワークスに入社した。
中牧 弘允(なかまき ひろちか、1947年1月30日 - )… 中牧 弘允(なかまき ひろちか、1947年1月30日 - )は、日本の文化人類学者。国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。吹田市立博物館特別館長。(公財)千里文化財団理事長。(一社)日本カレンダー暦文化振興協会理事長。専攻は宗教人類学・経営人類学。 長野県上水内郡小川村出身。長野県長野高等学校を経て、1970年埼玉大学教養学部教養学科総合文化課程卒業。1976年東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学専攻博士課程修了。大学院では柳川啓一に師事する。国立民族学博物館第1研究部助手、同助教授・教授、先端民族学研究部教授・部長を経て、2003年より民族文化研究部教授。 1986年、東京大学より文学博士の学位を取得。
猪瀬 直樹(いのせ なおき、1946年〈昭和21年〉11月2… 猪瀬 直樹(いのせ なおき、1946年〈昭和21年〉11月20日 - )は、日本の作家、政治家。日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会国会議員団参議院幹事長。妻は女優、画家、映像作家の蜷川有紀。長野県出身。 『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。道路公団民営化推進委員会委員、地方分権改革推進委員会委員、日本文明研究所所長。東京都副知事、東京都知事(第18代、1期)、大阪府市特別顧問、東京工業大学世界文明センター特任教授、東京大学大学院人文社会系研究科客員教授、国際日本文化研究センター客員教授を歴任した。 長野県下水内郡飯山町(現在の飯山市)生まれ。2歳半から長野市に移る。
滝澤 正(たきざわ ただし、1946年(昭和21年)7月 -… 滝澤 正(たきざわ ただし、1946年(昭和21年)7月 - )は、日本の法学者(比較法学・フランス法)。学位は、法学博士。第14代上智大学学長。上智大学名誉教授(法学部・法科大学院)。 長野県中野市生まれ。1979年から2年間フランス政府給費留学生としてパリ第2大学パンテオン・アサスに留学。1986年に『フランス行政法の理論』で、文学・歴史分野以外では初めて日本側の渋沢・クローデル賞受賞者となった。
花岡 信昭(はなおか のぶあき、1946年4月2日 - 20… 花岡 信昭(はなおか のぶあき、1946年4月2日 - 2011年5月14日)は、日本のジャーナリスト、コラムニスト、産経新聞客員編集委員。拓殖大学大学院地方政治行政研究科教授。保守の論客として知られた。 長野県長野市生まれ。信州大学教育学部附属長野小学校、信州大学教育学部附属長野中学校、長野県長野高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。幼・小・中・高では作家の猪瀬直樹と同級であった。1969年産業経済新聞社入社。社会部を経て政治部に属し政治部長、論説副委員長を歴任。2002年退社し、評論活動に入る。2007年、産経新聞客員編集委員に就任。 2011年5月14日、心筋梗塞のため東京都新宿区の病院で死去、65歳。
小林 秀明(こばやし ひであき、1945年(昭和20年)12… 小林 秀明(こばやし ひであき、1945年(昭和20年)12月 - )は、日本の外交官。東宮侍従長、タイ駐箚特命全権大使、赤坂迎賓館館長などを歴任した。現在は帝京大学冲永総合研究所教授。長野県出身。 長野県長野高等学校、1968年(昭和43年)東京大学法学部を卒業し、外務省に入省した。
金井 由允(かない よしみつ、1945年1月 - )は、日本… 金井 由允(かない よしみつ、1945年1月 - )は、日本の言語学者(音声学・音韻論)。群馬大学名誉教授 ・1963年 長野県長野高等学校卒業 ・1969年 東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業 ・1972年 東京外国語大学大学院外国語学研究科(ゲルマン ・1972年 群馬大学教養部講師 ・1979年 群馬大学教養部助教授 ・1988年 群馬大学教養部教授 ・1991年 群馬大学教育学部教授 ・2010年 群馬大学教育学部定年退官 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
倉石 一旺(くらいし かずお、1944年4月19日 - )は… 倉石 一旺(くらいし かずお、1944年4月19日 - )は、日本の俳優、声優。本名及び旧芸名:倉石 和旺。 長野県出身。長野県長野高等学校卒。劇団俳優座養成所第15期生(同期は地井武男、夏八木勲、林隆三、前田吟、村井国夫、竜崎勝)。劇団雲、さち子プロ、村上事務所、東京俳優生活協同組合に所属していた。
篠原 勝美(しのはら かつみ、男性、1944年3月25日 -… 篠原 勝美(しのはら かつみ、男性、1944年3月25日 - )は、日本の裁判官。元福岡高等裁判所長官。長野県長野高等学校、東京大学法学部卒業。
荒井 寿光(あらい ひさみつ、1944年1月10日 - )は… 荒井 寿光(あらい ひさみつ、1944年1月10日 - )は、日本の通産官僚。元通商産業審議官。 長野県中野市出身。1966年(昭和41年)4月に通商産業省入省(通商局通商政策課配属)。同期には、広瀬勝貞(通商産業事務次官、大分県知事)、林康夫(中小企業庁長官)、小林興起(衆議院議員)、北修爾、前田正博、桑原茂樹、門脇秀一(NIRA理事、造水促進センター専務理事)、長藤史郎(荏原製作所常務執行役員)、小島襄(北海道通産局長)らがいる。 特許庁長官、知的財産戦略推進事務局長を歴任。知財事務局長時代には知的財産推進計画を取りまとめるなどして、日本の知財立国政策を推進した。自ら知財評論家と名乗っており、知的財産に関する多数の著作がある。
岡田 弘(おかだ ひろむ、1943年12月27日 - )は、… 岡田 弘(おかだ ひろむ、1943年12月27日 - )は、日本の地球科学者。北海道大学名誉教授。専門は火山物理学、火山噴火予知、火山災害。理学博士(北海道大学、1977年)。長野県長野市出身。 十勝岳、有珠山噴火の際にテレビ、新聞に現れ、俗世にまみれぬ真っ白な長髪の風体が、いかにも学者然として注目を集めた。また、2000年有珠山噴火を的確に予想した事から「有珠山の主治医」とも評された。同年には「長年の有珠山研究に基づく火山噴火予知と防災活動への貢献」の功績により北海道新聞文化賞特別賞を受賞。 しかし、有珠山は有史時代の噴火でほぼ例外なく体に感じるような地震を伴うことなどから噴火は予知しやすい火山とされており、有珠山の噴火を予知したことだけでなく火山の静穏な時期から地元に密着した住民への啓発活動等によってスムーズな事前避難をうながしたこと、自治体職員など防災機関の人たちと常に連携した活動をして有珠山の噴火期に的確な災害対策について助言をした功績により、平成13年(2001年)度防災功労者内閣総理大臣表彰を受賞した。
塩沢由典(しおざわ よしのり、1943年10月1日 - )は… 塩沢由典(しおざわ よしのり、1943年10月1日 - )は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授、前中央大学商学部教授。長野県塩尻市生まれ。
北澤 宏一(きたざわ こういち、1943年4月17日 - 2… 北澤 宏一(きたざわ こういち、1943年4月17日 - 2014年9月26日)は、日本の化学者。1986年末から1987年に起きた高温超伝導研究フィーバーの火付け役として知られる。東京大学名誉教授。元東京都市大学学長・独立行政法人科学技術振興機構顧問。第20期日本学術会議会員、朝日賞の選考委員も務めた。2002年 紫綬褒章、2014年従四位瑞宝中綬章。長野県飯山市出身。
茂原 信生(しげはら のぶお、1943年2月26日 - )は… 茂原 信生(しげはら のぶお、1943年2月26日 - )は、日本の自然人類学者。京都大学霊長類研究所教授を経て、京都大学名誉教授。 神奈川県で出生後、長野県に戦時疎開(プロフィール上、出身地を長野県とする)。1961年長野県長野高等学校卒、1966年京都大学理学部動物学科卒、同大学院理学研究科を修了。 1971年9月より12月にかけて、インド半島北部にあるシワリク丘陵のシワリク層およびカシミール地方のカレワ層、アフガニスタン・イラン・トルコの各地のシワリク層相当層において地質学的および古生物学的調査を行った。その後、1977年から1995年まで、南米のコロンビア、ボリビアで古い時代の霊長類の化石の発掘調査を行う。
加藤 昌男(かとう まさお、1943年2月25日 - )は、… 加藤 昌男(かとう まさお、1943年2月25日 - )は、元NHKアナウンサー。現在は日本語センター専属。 長野県出身。長野県長野高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業後、1966年入局。初任地は鳥取。FMリクエストアワーを担当。その後東京アナウンス室、札幌、福岡、名古屋などでニュース、報道番組、教育問題、ことば番組などを担当。1996年徳島放送局長、1998年アナウンス室エグゼクティブアナウンサー、1999年7月日本語センターエグゼクティブアナウンサー。2006年日本語センター専門委員。日本国語教育学会会員。
荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は… 荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は、日本の工学者・物理学者。専門は磁気工学。東北大学名誉教授。学位は工学博士。公益財団法人電磁材料研究所評議員。 長野県長野市出身。1971年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士(学位論文「磁気共鳴法を用いたスピネル型強磁性単結晶の磁気弾性結合に関する研究」)。東北大学電気通信研究所助手、同助教授を経て、1986年に同所電気通信材料学研究部門の教授に就任。2004年東北大学評議員、2005年東北大学総長候補者選考管理委員会委員長を務めた。 2005年、(独)情報通信研究機構の連携研究部門内に仙台リサーチセンターを立ち上げ、プロジェクトリーダーに就任。
加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8… 加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8日 - )は、日本の政治家、実業家。元長野県長野市長(2期)。現在は日本会議NAGANO会長を務める。 長野県長野市出身。1961年、長野県長野高等学校卒業。1965年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。内田産業株式会社を経て、1967年に株式会社本久入社。1985年に同社社長、2009年に本久ホールディングス社長に就任。インフラ整備、外食事業、ホテル国際21等のレジャー事業を手掛ける。 2007年から長野商工会議所会頭・長野県商工会議所連合会会長を務め、2009年には、しなの鉄道取締役会長にも就任した。 2013年10月27日に行われた長野市長選挙に立候補。
山田 作衛(やまだ さくえ、1941年6月11日 - )は、… 山田 作衛(やまだ さくえ、1941年6月11日 - )は、日本の物理学者。東京大学名誉教授。国際リニアコライダーの物理研究責任者。元KEK素粒子原子核研究所所長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1964年東京大学理学部物理学科卒業。1969年、同大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士。東京大学理学部助教授を経て、東京大学原子核研究所教授。小柴昌俊のもとで電子・陽電子衝突実験に従事。長年、DESY研究所の国際実験、HERAに貢献してきた。2007年より、国際リニアコライダーの物理研究責任者を担当している。2022年、瑞宝中綬章受章。
池田 魯參(いけだ ろさん、1941年〈昭和16年〉- )は… 池田 魯參(いけだ ろさん、1941年〈昭和16年〉- )は、日本の曹洞宗の僧侶(長野県長野市豊野町柳原寺住職)・仏教学者。第30代駒澤大学総長。専門は中国天台教学。幼名は悟。 埼玉県北足立郡与野町下落合(現さいたま市中央区)生まれ。1944(昭和19)年、父の本籍地である長野県上水内郡の柳原寺に戦時疎開。1957(昭和32)年、長野県長野高等学校入学。1960(昭和35)年に駒澤大学仏教学部禅学科入学、魯参に改名。1964(昭和39)年、同大学卒業。1969(昭和44)年、同大学院博士後期課程満期退学、同学部助手に着任。1972(昭和47)年に同大専任講師、1977(昭和52)年に助教授、1983(昭和58)年に教授就任。
鷲澤 正一(わしざわ しょういち、1940年(昭和15年)1… 鷲澤 正一(わしざわ しょういち、1940年(昭和15年)11月8日 - 2022年(令和4年)3月5日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。元長野県長野市長(3期)。 長野県長野市生まれ。長野県長野高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。大学在学中から生家が経営する炭平鷲澤(現炭平製作所)に入社し、1963年から代表取締役社長を務める。大学を卒業後、1965年長野陸送、1966年炭平運輸、1968年三国コンクリートの各代表取締役に就任。会社経営の傍ら、長野市及び長野県のPTA連合会会長、長野市教育委員会委員、長野商工会議所副会頭、東北信生コン事業協同組合理事長、長野市青年会議所理事長、長野県経営者協会常任理事などを歴任した。
田中 秀征(たなか しゅうせい、1940年〈昭和15年〉9月… 田中 秀征(たなか しゅうせい、1940年〈昭和15年〉9月30日 - )は、日本の政治家。福山大学経済学部客員教授。 衆議院議員(3期)、経済企画庁長官(第52代)、内閣総理大臣特別補佐(細川内閣)、新党さきがけ代表代行、学習院大学法学部特別客員教授等を歴任した。 1990年代前半の新党ブームの火付け役の一つ、新党さきがけの理論的指導者であった。 長野県更級郡篠ノ井町(現:長野市篠ノ井)生まれ。 早稲田大学第4代総長の田中穂積は一族にあたるという。長野県長野高等学校、東京大学文学部西洋史学科卒業。哲学、歴史、経済、法律を一通り学びたいと考えていたが、ウィンストン・チャーチル、石橋湛山、吉田茂、緒方竹虎に関心を抱いていたことから、まず歴史から学ぼうと考え、東大在学中は林健太郎ゼミに所属し、近代ヨーロッパ政治史を専攻、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの「危機の20年」が最大の関心事だった。
依田 巽(よだ たつみ、Tom Yoda、1940年5月27… 依田 巽(よだ たつみ、Tom Yoda、1940年5月27日 - )は、日本の男性実業家で、ドリーミュージック代表取締役会長、エイベックス元会長兼社長。元日本レコード協会(RIAJ)会長、元音楽産業・文化振興財団理事長。業界、政界や海外への強い影響力を持っている。エイベックスの実質的な創業者として経営の中心を担ってきたが、同じく創業者である松浦勝人との経営方針の確執が深刻化、2004年8月3日付けで会長兼社長を辞任。同日、日本レコード協会の会長も辞任し、エイベックス名誉会長に(2004年中に退任)。
倉石 忠彦(くらいし ただひこ、1939年12月15日 - … 倉石 忠彦(くらいし ただひこ、1939年12月15日 - 2023年6月25日)は、日本の民俗学者。國學院大學名誉教授。道祖神研究、都市民俗学論で知られる。妻の倉石あつ子、長女の倉石美都も民俗学者。 長野県長野市に生まれる。長野県立長野高等学校を経て、1959年に國學院大學文学部文学科に入学し、國學院大學民俗学研究会に入会する。1962年に日本民俗学会で「道祖神信仰の一考察」を発表する。1963年國學院大學文学部を卒業し、長野県内で高校教諭となる。1967年、前沢あつ子と結婚。1973年から長野県史民俗資料調査委員を務め、1975年には長野県史刊行会編纂委員になる。1980年、国立歴史民俗博物館設立準備委員会協力委員と長野県史刊行会常任編纂委員を務める。
金丸 龍之介(かなまる りゅうのすけ、1939年8月31日)… 金丸 龍之介(かなまる りゅうのすけ、1939年8月31日)は、日本の内科医。専門は、癌化学療法、分子生物学。医学博士。
山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、… 山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、日本の鳥類学者。山階鳥類研究所名誉所長。理学博士。 長野県須坂市に生まれる。長野県長野高等学校を経て、1961年信州大学教育学部卒業。大阪市立大学理学部教授、京都大学大学院理学研究科教授を歴任。1993~1997年日本鳥学会会長、次いで2002年に山階鳥類研究所所長に就任。 かたわら、2005年東京農業大学客員教授、2008年より新潟大学特任教授を務める。2010年3月山階鳥類研究所所長を退任し、名誉所長となる。2010年10月兵庫県立コウノトリの郷公園園長就任。 1999年 第8回山階芳麿賞受賞。 また、2003年5月1日から2004年4月30日にかけて、『朝日新聞』朝刊第1面にてコラム『けさの鳥』を連載していた。
綿貫 隆夫(わたぬき たかお、1938年(昭和13年)10月… 綿貫 隆夫(わたぬき たかお、1938年(昭和13年)10月2日 - 2020年(令和2年)12月25日)は、日本の政治家、弁理士。長野県中野市長。 長野県下高井郡中野町(現中野市)生まれ。長野県長野高等学校を経て、信州大学工学部卒業。高校卒業時から家業の醤油醸造業を承継し、学生生活と社長を兼ねた。 1973年に弁理士試験合格。科学技術翻訳士資格取得。その後、長野市に綿貫国際特許・商標事務所を開業し、クリエイ知的所有権研究所長も務める。 1996年、中野市長選挙に初当選した。2004年に退任し、2006年からは長野県教育委員長を務めた。 2009年、旭日双光章受章。2020年、紺綬褒章飾版受章。
才口 千晴 (さいぐち ちはる、男性、1938年9月3日 -… 才口 千晴 (さいぐち ちはる、男性、1938年9月3日 - 2024年4月17日)は、弁護士、元最高裁判所判事(2004年1月6日 - 2008年9月2日)。長野県上水内郡豊野町(現長野市)出身。 破産法の専門家で、ダイエー再建時の2003年頃、企業再生ファンド アドバイザーを務めた。2001年から2003年にかけて、ラジオ番組「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)に回答者として出演していた。現在はTMI総合法律事務所に所属。
別役 実(べっちゃく みのる、べつやく みのる 1937年4… 別役 実(べっちゃく みのる、べつやく みのる 1937年4月6日 - )は、劇作家、童話作家、評論家、随筆家である。名の正式な表記は實。サミュエル・ベケットの影響を受け、日本の不条理演劇を確立した第一人者である。日本藝術院会員。