スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
服部 誠太郎(はっとり せいたろう、1954年〈昭和29年〉… 服部 誠太郎(はっとり せいたろう、1954年〈昭和29年〉9月11日 - )は、日本の政治家。福岡県知事(2期)。無所属。 福岡県小倉市(現北九州市)出身。北九州市立泉台小学校、北九州市立篠崎中学校、福岡県立小倉高等学校、中央大学法学部卒業。1977年、福岡県入庁。長年財政部門を担当し、2006年には生え抜き福岡県庁職員としては初となる財政課長に就任。2009年、総務部次長。2010年、福祉労働部長。 2011年、福岡県副知事。2017年には福岡県知事職務代理者を務めた。この間、久留米リサーチ・パーク取締役副会長なども兼務。 2021年1月20日、福岡県知事小川洋が病気療養で九州大学病院に再検査入院。
木村 朗(きむら あきら、1954年8月23日 - )は、日… 木村 朗(きむら あきら、1954年8月23日 - )は、日本の政治学者、鹿児島大学教授。専門は平和学。 北九州市小倉生まれ。北九州工業高等専門学校を中退、福岡県立小倉高等学校を経て九州大学法学部に入学し、政治学を専攻。九州大学大学院法学研究科に進学、1984年3月九州大学法学修士。博士課程在籍中の1985年9月-1987年3月、政府交換留学生としてベオグラード大学政治学部に留学。 1988年3月九州大学大学院法学研究科政治学専攻単位取得後退学。 九州大学法学部助手を経て、1988年10月に鹿児島大学法文学部に赴任。1997年4月より現職。 社会人も対象とする自主ゼミ「平和問題ゼミナール」を開講。
尾﨑 春樹(おざき はるき、1953年 - )は、目白大学や… 尾﨑 春樹(おざき はるき、1953年 - )は、目白大学や目白研心中学校・高等学校を運営する学校法人目白学園理事長。長らく文部官僚として教育行政の政策決定に関わり、国立教育政策研究所の所長としてPISA(OECD生徒の学習到達度調査)の開発や調査、運営を指揮した。特に、ゆとり教育の主要政策の一つであった総合的な学習の時間の学校現場での習熟と、ゆとり教育後の全国学力学習状況調査の導入等があいまって、活用力等の学力の向上につながったと主張したことで知られる。 福岡県立小倉高等学校に学び、東京大学法学部を卒業して、1982年に当時の文部省に入省した。 厚生労働省保育課長などを経験した後、文部科学省では、初等中等教育局財務課長(2006年7月 - 2007年6月)、大臣官房政策課長(2007年7月 - 2008年6月)、大臣官房審議官(スポーツ・青少年局担当)(2008年7月 - 2010年6月)、大臣官房審議官(初等中等教育局担当)(2010年7月 - 2012年7月)などを歴任した。
門司 健次郎(もんじ けんじろう、1952年(昭和27年)9… 門司 健次郎(もんじ けんじろう、1952年(昭和27年)9月22日 - 、64歳)は日本の外交官。外務省広報文化交流部長を経て、駐カナダ特命全権大使(在加大使館)。
高木 美智代(たかぎ みちよ、1952年9月13日 - )は… 高木 美智代(たかぎ みちよ、1952年9月13日 - )は、日本の政治家。公明党アドバイザー。 衆議院議員(6期)、経済産業大臣政務官(第1次安倍内閣)、厚生労働副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)などを歴任した。 在任中に携わり成立した議員立法は25本にのぼる。
福崎 伸一郎(ふくざき しんいちろう、1952年7月15日 … 福崎 伸一郎(ふくざき しんいちろう、1952年7月15日 - )は、日本の元裁判官、弁護士(東京弁護士会)。控訴審で逆転無罪を連発する裁判長として有名になっていた。 村山浩昭・葛野尋之 編『再審制度ってなんだ?』岩波書店、2024年1月10日。ISBN 978-4-00-271087-7。 “無実の罪”を生む刑事司法の構造的問題に迫る - 日本放送協会 【全編配信】退官直前に“逆転無罪”を連発した裁判長 “弁護士記者”が謎に迫るミステリー|逆転裁判官の真意|福崎伸一郎 上田大輔〈カンテレ・ドキュメンタリー〉 - 関西テレビ放送
楠城 徹(くすき とおる、1950年12月22日 - )は、… 楠城 徹(くすき とおる、1950年12月22日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手(捕手)。
平出 隆(ひらいで たかし、1950年11月21日 - )は… 平出 隆(ひらいで たかし、1950年11月21日 - )は、日本の詩人、散文家。芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。 「詩人、散文家として、数々の詩書を刊行。国際的ベストセラー小説『猫の客』の著者。みずからのデザインや写真による、極小の本 «via wwalnuts» 叢書を刊行中。多摩美術大学名誉教授、芸術人類学研究所所員。大江健三郎により「詩の中から新しい散文を生み出す詩人」とされる。」 福岡県門司市(現北九州市門司区)出身。福岡県立小倉高等学校を経て、一橋大学社会学部に入学。神田神保町の「美学校」にも通う。1976年に一橋大学を卒業。 1972年、大学在学中に連作詩篇「花嫁」を『ユリイカ』に発表。
宮本 隆治(みやもと りゅうじ、1950年10月8日 - )… 宮本 隆治(みやもと りゅうじ、1950年10月8日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、総合司会者である。サイバー大学客員教授。元・日本放送協会(NHK)アナウンサー。ノースプロダクション(旧イースト・プロダクション)所属。 福岡県門司市(現:北九州市門司区)出身。母親は、初代ミス門司みなと祭(現:門司みなとアンバサダー)を務めていた。また、ボランティア活動に熱心であった。父親は、市長秘書でGHQの通訳も務めていた。多忙な両親のために、幼い頃から自分と弟の食事を作ることも多かった。この時に『きょうの料理』を視聴していたのが、NHKとの出会いであった。小学生時代には、ボーイスカウトに入団。
白川 方明(しらかわ まさあき、1949年(昭和24年)9月… 白川 方明(しらかわ まさあき、1949年(昭和24年)9月27日 - )は、日本の中央銀行家、経済学者(金融政策・決済システム)。2008年(平成20年)に、第30代日本銀行総裁に就任、2013年(平成25年)に辞任。その後、青山学院大学の特任教授に就任。 学位は経済学修士(シカゴ大学)。日本銀行審議役、日本銀行理事、京都大学大学院公共政策教育部教授、東京大学金融教育研究センター客員研究員等を歴任した。日本銀行総裁退任後、2013年9月1日付で、青山学院大学国際政治経済学部特任教授に就任。 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)出身。福岡県立小倉高校、東京大学経済学部卒業。シカゴ大学大学院(経済学専攻)修了。
佐藤 義雄(さとう よしお、1949年8月25日 - )は、… 佐藤 義雄(さとう よしお、1949年8月25日 - )は、日本の実業家。住友生命保険代表取締役社長、同社代表取締役会長、生命保険協会会長、経済同友会副代表幹事を歴任した。 福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1973年九州大学法学部卒業。松尾憲治元明治安田生命保険社長は高校の同級生で、大学受験浪人時にも同じ予備校に通った。大学卒業後、住友生命保険に入社し、主に営業、運用畑を歩んだ。1995年徳島支社長。1998年株式運用部長。1999年証券投資部長。2000年取締役総合法人本部長。2002年常務取締役。 2007年住友生命保険代表取締役社長に昇格。前任の横山進一社長の路線を引き継ぎ財務健全化を進めたほか、アジアでの投資を行った。
松尾 憲治 (まつお けんじ、1949年6月22日 - )は… 松尾 憲治 (まつお けんじ、1949年6月22日 - )は日本の実業家。明治安田生命代表取締役社長や、生命保険協会会長、日本野球関東地区連盟会長、ダイヤ高齢社会研究財団会長等を歴任した。 福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1973年神戸大学経済学部卒業。佐藤義雄元住友生命保険社長は高校の同級生で、大学受験浪人時にも同じ予備校に通った。大学卒業後明治生命保険(現明治安田生命保険)入社。長野支社長、不動産部長などを経て、2005年常務。同年代表取締役社長に昇格し、保険金不払い事件に対応した。2012年生命保険協会会長。2013年明治安田生命保険特別顧問、三菱財団理事。 2016年日本野球関東地区連盟会長。
大渕 敏和(おおぶち としかず 1948年11月5日 - )… 大渕 敏和(おおぶち としかず 1948年11月5日 - )は、日本の裁判官(25期)、公証人、弁護士。福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。 最高裁判所調査官、東京高等裁判所判事を経て、東京地方裁判所の裁判長(部総括判事)として、のちに冤罪と発覚した東電OL殺人事件で無罪判決を出したことで知られる。その後、八王子、広島、福井、大阪と転任し、一度も東京に戻ることなく定年に2年余を残して依願退官・公証人となった。2012年に、東電OL事件被告が東京高裁再審で無罪となる。翌2013年から一般財団法人東京公証人協会評議員を務め、2017年には同議長に就任した。
緒方 昭一(おがた しょういち、1948年6月20日 - )… 緒方 昭一(おがた しょういち、1948年6月20日 - )は、日本のフリーアナウンサー、事件レポーター。 福岡県出身。1972年に上智大学卒業後、福島中央テレビに入社。後に同社を退社し『プロポーズ大作戦』(朝日放送)のコーナー司会などを経て、フジテレビ専属のレポーターとなる。また、オフィスCHKに所属していた時期がある。フジテレビで約28年に渡り事件レポーターを務めた。また、全日空61便ハイジャック事件に遭遇し、番組向けにリポートをしていた。2011年10月をもって『とくダネ!』の事件レポーターを降板。以後は複数のアナウンス学校や声優養成学校のにてアナウンス講師を務めている。
宮永 俊一(みやなが しゅんいち、1948年4月27日 - … 宮永 俊一(みやなが しゅんいち、1948年4月27日 - )は、日本の経営者。三菱重工業社長を務めた。福岡県北九州市出身。 福岡県八幡市(現:北九州市)出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1972年に東京大学法学部を卒業し、同年に三菱重工業に入社した。常務執行役員などを経て、2011年に副社長に就任。2013年4月には社長に昇格。2019年4月に会長に就任。 2015年から日本経済団体連合会副会長を務めた。 2023年6月14日、公益社団法人2027年国際園芸博覧会協会の理事に新任。
安田 猛(やすだ たけし、1947年4月25日 - )は、福… 安田 猛(やすだ たけし、1947年4月25日 - )は、福岡県北九州市出身のプロ野球選手(投手)。
入口 紀男(いりぐち のりお、1947年 - )は、日本の工… 入口 紀男(いりぐち のりお、1947年 - )は、日本の工学者。熊本大学名誉教授、東京工業大学大学院理工学研究科特任教授、熊本大学大学院社会文化科学研究科客員教授、放送大学客員教授を務める。専門は生命体画像工学。工学博士(東京大学)。また故郷である水俣市の歴史や水俣病についての著作も刊行している。
岡本 義行(おかもと よしゆき、1947年 - )は、日本の… 岡本 義行(おかもと よしゆき、1947年 - )は、日本の経営学者、経済学者。勲等は旭日中綬章。法政大学名誉教授、大正大学地域構想研究所教授(地域創生学)、元法政大学地域研究センター所長・法政大学大学院政策創造研究科教授。専門は企業論、産業論。 東京都生まれ。公務員の父の転勤に従い、神戸市・小樽市・東京・塩竈市・門司市・名古屋市など各地で生活。福岡県立小倉高等学校、横浜国立大学経済学部卒業。1976年法政大学社会学部助手(1978年専任講師)、1978年京都大学大学院経済研究科博士課程単位取得退学。2000年博士(経済学)取得(京都大学(理論経済学))。 1980年法政大学社会学部助教授、1984年エイナウディ財団(イタリア・トリノ)研究員を経て、1987年法政大学社会学部教授・経済学部兼担教授、2003年法政大学地域研究センター副所長。
荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は… 荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は、日本の哲学者・歌人・評論家。哲学・論理学・倫理学を軸として、心理学・医学・文学・スポーツ科学等との学際的研究、講義と著述、評論、実践指導。短歌、エセー等創作。尾道学の提唱者である。 福岡県生まれ。福岡県立小倉高等学校卒、1971年名古屋大学文学部哲学科卒業。1977年九州大学大学院文学研究科哲学・哲学史専攻科博士課程単位取得退学。1978年梅光女学院大学専任講師、84年助教授、1990年福岡女学院大学助教授、94年教授、2001年日本赤十字九州国際看護大学教授、福岡歯科大学教授、文京学院大学教授。文学博士(ph.d.)。名誉博士(フィリピン国立サマール大学)
今西 祐一郎(いまにし ゆういちろう、1946年8月6日 -… 今西 祐一郎(いまにし ゆういちろう、1946年8月6日 - )は、日本の国文学者。国文学研究資料館名誉教授・元館長。九州大学名誉教授。文学博士。日本学術会議会員。児童文学作家の今西祐行は叔父。 福岡県北九州市生まれ。1969年京都大学文学部国文科卒、1972年同大学院修士課程修了、1974年静岡県立静岡女子大学講師、のち助教授、1978年京都府立大学助教授、1985年九州大学助教授、教授、文学部学部長を経て、九州大学副学長・理事。2009年3月、九州大学退職。同4月、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻教授、国文学研究資料館館長に就任。2017年3月末をもって、退職。 『蜻蛉日記』が専門で、同書は藤原兼家の協力を得て書かれた、兼家家集の宣伝のためのものだという説を唱えている。
自見 庄三郎(じみ しょうざぶろう、1945年〈昭和20年〉… 自見 庄三郎(じみ しょうざぶろう、1945年〈昭和20年〉11月5日 ‐ )は、日本の政治家、医師。 ハーバード大学公衆衛生学部主任研究員、九州大学医学部講師、衆議院議員(7期)、参議院議員(1期)、郵政大臣(第63代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)・郵政改革担当大臣(菅直人内閣、野田内閣)、国民新党代表(第3代)、同幹事長(第2代)などを歴任した。 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生まれ。1958年に小倉市立堺町小学校(現・北九州市立小倉中央小学校)、1961年に福岡学芸大学附属小倉中学校(現・福岡教育大学附属小倉中学校)、1964年に福岡県立小倉高等学校を卒業し、九州大学医学部へ入学。
大迫 忍(おおさこ しのぶ、1945年8月13日 - 200… 大迫 忍(おおさこ しのぶ、1945年8月13日 - 2005年6月18日)は、日本の実業家、馬主。 中国・北京市生まれ、大分県宇佐市出身。1968年に中央大学文学部を卒業、すぐに父・大迫正冨が創業した善隣出版社(のちの株式会社ゼンリン)に入社。父が1980年に在職のまま亡くなり、同年に後を継いで代表取締役社長に就任。実地調査を元に地図情報のデータベース化を推し進め、電子地図やカーナビゲーションなど時代を先取りした事業展開を行い住宅地図業界で売り上げ日本一を達成し、カーナビゲーションソフト業界の大手にも育てて国外進出も果たした。1994年に福証、次いで1996年に東証・大証の各2部に株式上場を果たした。
金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月… 金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月5日 - )は、日本の経営コンサルタント、警察官僚。元警察庁警備局長。日本における危機管理の第一人者。 1945年4月5日、熊本県山鹿市生まれ。1964年3月福岡県立小倉高等学校卒業。1969年3月京都大学法学部卒業。1975年6月ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS修了、国際関係学修士。 1969年4月、警察庁に入庁。入庁同期に漆間巌、林則清、中田好昭(関東管区警察局長)黒澤正和など。京都府警察本部、大阪府警察本部の課長を経て、警視庁に勤務。教育訓練、警備関連の課長職を経て、1988年3月より警視庁第一方面本部長。その後、人事・監察・制度調査関連の課長・参事官、警備部長、静岡県警察本部長を経て、1997年4月より警察庁長官官房総務審議官(現:総括審議官)。
わたせ せいぞう(本名:渡瀬 政造、1945年2月15日 -… わたせ せいぞう(本名:渡瀬 政造、1945年2月15日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。福岡県北九州市出身。 兵庫県神戸市で生まれ、生後まもなく小倉市(現北九州市)に転出し、高校まで同地で過ごした。 小倉市立堺町小学校(現北九州市立小倉中央小学校)、明治学園中学校、福岡県立小倉高等学校、早稲田大学法学部卒業。 大学卒業後は、同和火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)の総合職として勤務。 入社して3年目に作家の永井路子の講演会を聞きに行き、直接話す機会を得る。この時自作の4コマ漫画を持っていったところ、「渡瀬さん、漫画家になりたいんだ!」と言われ、漫画家になることを意識する。永井から『週刊漫画サンデー』の編集長を紹介され、園山俊二に師事する。
西垣 克(にしがき まさる、1945年2月14日 - 202… 西垣 克(にしがき まさる、1945年2月14日 - 2025年5月11日)は、日本の保健学者(国際保健学・地域医療・病院管理)。位階は正五位。静岡県立大学 名誉教授。学位は保健学博士(東京大学・1993年)。 東京大学大学院医学系研究科助教授、静岡県立大学看護学部教授、日本福祉大学福祉経営学部教授、学校法人日本福祉大学執行役員、静岡県立大学学長(第4代)、静岡県立大学短期大学部学長(第4代)、静岡県公立大学法人副理事長、公立大学法人宮城大学理事長(第2代)、宮城大学学長(第4代)などを歴任した。 1945年、大阪府大阪市にて生まれた。その後、福岡県に転居し、福岡県立小倉高等学校を卒業した。高等学校卒業後は上京し、東京大学の医学部保健学科にて保健学を修め、1970年に卒業した。
弘友 和夫(ひろとも かずお、1944年8月17日 - )は… 弘友 和夫(ひろとも かずお、1944年8月17日 - )は、日本の政治家。公明党所属の元参議院議員(2期)、元衆議院議員。 姉は元宝塚歌劇団の小文字まり(44期。上田睦子)。剣道教士七段、居合道二段。全日本剣道連盟顧問、武道議員連盟副会長、日本武道館理事。
中島 三千男(なかじま みちお、1944年7月19日 - )… 中島 三千男(なかじま みちお、1944年7月19日 - )は、日本の歴史学者。神奈川大学名誉教授、元同学長。専門は日本近代思想史。近代天皇制を近代日本における国家と宗教の関りから研究。 個別的には①国家神道研究、②天皇の代替わり研究、③海外神社研究、④大山崎(京都府)地域史研究の四つの分野を手掛けている。 1944年7月 福岡県に生まれる 1963年3月 福岡県立小倉高等学校卒業 1967年3月 京都大学文学部史学科国史学専攻 卒業 1969年3月 京都大学大学院文学研究科国史学専攻修士課程修了 文学修士 1973年3月 同上 博士課程 単位取得満期退学 1976年4月 奈良大学文学部専任講師 1980年4月 神奈川大学外国語学部助教授 1988年4月 神奈川大学日本常民文化研究所所員 1992年4月 神奈川大学外国語学部教授 1993年4月 神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科教授 1995年4月 神奈川大学外国語学部長(~1999年3月) 1996年9月 学校法人神奈川大学理事(~1999年3月、2002年9月~2013年9月) 2003年7月 神奈川大学副学長(学術研究担当)(~2007年3月) 2007年4月 神奈川大学学長・神奈川大学大学院委員長(~2013年3月) 2015年3月 神奈川大学定年退職 2015年4月 神奈川大学名誉教授(~現在に至る) 2015年4月 神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員(~現在に至る) 2015年4月 同上 非文字資料研究センター客員研究員(~現在に至る) 天理大学文学部、立命館大学文学部、橘女子大学文学部、千葉大学教養部、静岡大学人文学部、北海道教育大学旭川分校、横浜国立大学教育学部、岡山大学文学部、大阪市立大学文学部、一橋大学社会学部、千葉大学文学部、東京商船大学商船学部 (国外、招待講演を含む) カナダ・ブリティシュコロンビア大学(2003年10月)、中国・上海師範大学(2009年3月)、同・復旦大学(2009年3月)、韓国・慶南大学校(2009年5月)、アメリカ・カンザス大学(2010年8月)、台湾・国立台湾大学(2012年5月)、同・国立台湾師範大学(2012年5月)、同・国立成功大学(2012年5月)、中国・清華大学(2012年8月) 1968年8月 歴史科学協議会全国委員(~1971年8月、1977年7月~1980年7月)
佐藤 征一(さとう せいいち、1944年4月28日 - )は… 佐藤 征一(さとう せいいち、1944年4月28日 - )は、福岡県北九州市出身のフリーアナウンサー。 小倉高校時代の同級生には漫画家・イラストレーターのわたせせいぞうがいる。法政大学卒業後の1967年にテレビ西日本へ入社し、主にプロ野球・公営競技などのスポーツ中継を担当。特に競馬中継→エキサイティング競馬→ドリーム競馬の小倉開催分のメインキャスターを務め、退職までの数年間はプロデューサーも兼務。これは後輩の川﨑聡にも引き継がれた。プロ野球ニュースでは福岡からのコーナーキャスターも担当し、時間終わりの「佐藤アナ・今日の一句」は番組名物となった。TVQ開局前の1990年まで小倉競輪場・飯塚オートレース場の特別競走を実況し、特に小倉の競輪祭はテレビ東京系列でも放送された。
八田 達夫(はった たつお、1943年3月23日 - )は、… 八田 達夫(はった たつお、1943年3月23日 - )は、日本の経済学者。専門は、応用ミクロ経済学・公共経済学・都市経済学・法と経済学など。アジア成長研究所理事長。大阪大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授、東京財団政策研究所名誉研究員。 大阪大学社会経済研究所所長、アジア成長研究所所長・経済同友会政策分析センター所長・政策研究大学院大学学長・経済産業研究所ファカルティフェロー・電力・ガス取引監視等委員会委員長を歴任。Ph.D.(ジョンズ・ホプキンス大学、1973年)。北九州市小倉北区出身。
田中 萬年(たなか かずとし、1943年 - )は、日本の職… 田中 萬年(たなか かずとし、1943年 - )は、日本の職業訓練学者、職業訓練大学校名誉教授。 満州国大連市生まれ。北九州市門司区で印刷見習工として働く。福岡県立小倉高等学校定時制卒業。中央職業訓練所入所、1965年職業訓練大学校と改称、同卒業。長崎総合職業訓練所(現ポリテクセンター長崎)指導員、職業訓練大学校助教授、1994年教授、2007年退職、名誉教授。95年「わが国における公的職業訓練とそのカリキュラムの歴史的展開に関する研究」で東京工業大学学術博士。職業訓練・職業能力開発に取り組む。
角田 由紀子(つのだ ゆきこ、1942年 - ) は、日本の… 角田 由紀子(つのだ ゆきこ、1942年 - ) は、日本の弁護士。第二東京弁護士会、角田愛次郎法律事務所所属。 性暴力被害者の権利擁護活動、セクハラ、DV、ポルノグラフィーの問題を専門としている。東京・強姦救援センター法律顧問、人権団体イクオリティ・ナウ理事、希望のたね基金顧問。 ミシガン大学客員教授、明治大学法科大学院教授、ジェンダー法学会理事、日本学術会議特任連携会員、ポルノ・買春問題研究会共同代表、NPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」代表理事、日弁連両性の平等に関する委員会委員などを歴任した。
小川 弘毅(おがわ ひろき、1941年9月21日 - )は、… 小川 弘毅(おがわ ひろき、1941年9月21日 - )は、日本の実業家。西部ガス代表取締役社長や、同社代表取締役会長、日本ガス協会副会長などを歴任した。 福岡県北九州市出身。1960年福岡県立小倉高等学校卒業。1964年明治大学政治経済学部卒業。同年西部ガス入社。1994年西部ガス取締役。1998西部ガス常務取締役。2000年西部ガス専務取締役。2002年西部ガス代表取締役副社長。2003年山崎宮市、塩屋義之に続く明大出身者として3人目となる西部ガス代表取締役社長に昇格。同年日本ガス協会常任理事、日本ガス協会九州部会長。2004年天然ガス導入促進センター理事。2008年西部ガス代表取締役会長、日本ガス協会副会長。
利島 康司(としま こうじ、1941年6月11日 - 202… 利島 康司(としま こうじ、1941年6月11日 - 2025年7月17日)は、日本の経営者。安川電機社長、会長を務めた。福岡県出身。 福岡県立小倉高校を経て、1964年に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、同年に安川電機製作所(のちの安川電機)に入社した。1992年9月に理事に就任。1995年にロボット事業部長に就任し、年間15億円の赤字をだすロボット事業部を黒字に変えた。取締役、常務、専務を経て、2004年3月に社長に就任した。2010年6月に会長に就任した。2013年6月に特別顧問に就任し、2023年に退任。 社外では、在九州フィンランド名誉領事館名誉領事、一般社団法人日本ロボット工業会会長、北九州商工会議所会頭、福岡県行政改革審議会会長などを務める。
延吉 正清(のぶよし まさきよ、1940年〈昭和15年〉6月… 延吉 正清(のぶよし まさきよ、1940年〈昭和15年〉6月11日 - )は、日本の医師。前小倉記念病院院長、京都大学医学部循環器内科臨床教授、日本心血管インターベンション学会名誉理事長。 福岡県北九州市小倉南区出身。福岡県立小倉高等学校卒業後、京都大学医学部卒業。1974年より社会保険小倉記念病院内科に勤務。 1981年に心臓のカテーテル治療(血管内治療)を日本で初めて行った医師として知られる。普通の医師ならカテーテルを心臓まで送るのに数分かかるが、延吉は同様の処置を10秒ほどで行うため、通常であれば1時間かかる治療を10分程度で済ませることができるという。 多い時は1日に20件以上、年間3,000件に上る心臓カテーテル治療を行い、これまでに5万人以上もの心臓疾患の患者を救ったことから「心臓カテーテルの神様」と呼ばれる。
田中 浩二(たなか こうじ、1938年〈昭和13年〉2月23… 田中 浩二(たなか こうじ、1938年〈昭和13年〉2月23日 - 2022年〈令和4年〉8月11日)は、日本の実業家。九州旅客鉄道(JR九州)第2代社長、第2代会長を歴任し、相談役。富山県警察本部長・警視長なども務めた。位階勲等は正四位旭日重光章。 熊本県天草郡河浦町(現天草市)出身。福岡県立小倉高等学校から1960年3月東京大学法学部卒業。1960年(昭和35年)日本国有鉄道(国鉄)に入社。1972年高崎鉄道管理局(現東日本旅客鉄道高崎支社)総務部長、1974年新潟鉄道管理局(現東日本旅客鉄道新潟支社)経理部長、1975年新潟鉄道管理局総務部長、1978年東京西鉄道管理局営業部長、1979年新幹線総局(現東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部等)営業部長、1981年職員局厚生課長、1983年監察局監察役兼監察局調査課長、1984年富山県警察本部長、1986年日本国有鉄道総裁室審議役。
畑 隆幸(はた たかゆき、1937年12月24日 - )は、… 畑 隆幸(はた たかゆき、1937年12月24日 - )は、大分県日田市出身のプロ野球選手(投手)である。左投左打。
高倉 やえ(たかくら やえ、1937年 - )は、日本の小説… 高倉 やえ(たかくら やえ、1937年 - )は、日本の小説家。 福岡県立小倉高等学校を経て、東京女子大学英米文学科卒業。1983年に通訳者・翻訳者養成学校ISS(現・ISSインスティチュート)を卒業後、会議通訳者として活躍しており、これまでに、アジア人口会議、北京女性会議、日・米・欧教科書会議、北方生物会議など多くの会議を担当。2004年より朝日カルチャーセンターの小説教室で根本昌男(元『海燕』編集長)の指導を受ける。2015年2月、投稿作「ものかげの雨」で第1回林芙美子文学賞佳作を受賞。
志村 正道(しむら まさみち、1936年(昭和11年)4月5… 志村 正道(しむら まさみち、1936年(昭和11年)4月5日-2017年(平成29年)7月23日)は、日本の情報工学者。位階は従四位。 情報工学、特に人工知能や機械学習の分野における研究の発展に貢献を果たした。 東京都世田谷区出身。東京工業大学名誉教授、東京都市大学名誉教授。人工知能学会第四代会長、全国理工系情報学科協議会会長、大学評価・学位授与機構審査会専門委員、文部省教科用図書検定調査審議会調査員、文部省私立大学研究設備費等補助金選定委員、日本学術会議情報工学研究連絡委員会委員、新エネルギー産業技術総合開発機構全国地熱資源総合調査委員等の要職を歴任。また情報通信分野において顕著な功績のあった者を顕彰する大川出版賞の審査委員を長年務めた(1992年 - 2017年)。
正野 寛治(しょうの かんじ、1936年3月1日 - 202… 正野 寛治(しょうの かんじ、1936年3月1日 - 2023年9月29日)は日本の実業家。三菱化学代表取締役社長や、同社代表取締役会長、化学工学会会長、石油化学工業協会会長などを務めた。 福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1959年東京工業大学理工学部化学工学科卒業、三菱化成工業(のちの三菱化学、現三菱ケミカル)入社。1979年黒崎工場製造四部長。1989年取締役水島工場長。1992年常務生産技術本部長。1994年三菱化学常務機能化学品カンパニープレジデント。1997年専務医薬カンパニープレジデント。1999年から代表取締役社長を務め、ROA経営による収益改善を進めた。三菱化学生命科学研究所代表取締役、化学工学会会長、石油化学工業協会会長、日本プラスチック工業連盟会長、ダイヤ高齢社会研究財団理事長なども務めた。
明石 博義(あかし ひろよし、1936年1月7日 - 202… 明石 博義(あかし ひろよし、1936年1月7日 - 2022年9月25日)は、日本の実業家。元西日本鉄道社長・会長。 福岡県北九州市出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1953年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、西日本鉄道に入社。1987年に取締役に就任し、常務、専務を経て、1997年から2003年まで社長を務めた。2003年から2008年まで会長を務めた。 その他、福岡交通センター会長、RKB毎日放送取締役なども歴任。 2015年に旭日重光章を受章。 2022年9月25日、大腸がんで死去。86歳没。死没日付をもって正四位に叙された。
有町 昌昭(ありまち まさあき、1935年11月13日 - … 有町 昌昭(ありまち まさあき、1935年11月13日 - )は、福岡県京都郡行橋町(現:行橋市)出身の元プロ野球選手。
入江 伸明(いりえ のぶあき、1934年(昭和9年)12月3… 入江 伸明(いりえ のぶあき、1934年(昭和9年)12月3日 - 2008年(平成20年)2月18日)は、日本の実業家。 福岡県北九州市八幡東区出身。1953年(昭和28年)福岡県立小倉高等学校卒業。早稲田大学卒業後、三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。 1961年(昭和36年)1月帰郷後、家業である入江興産(現社名・アステック入江)入社・常務取締役就任、1975年(昭和50年)9月代表取締役社長に就任。2005年(平成17年)10月には代表取締役会長に就任した。また、2005年(平成17年)6月~2007年(平成19年)6月の間、高田工業所社外監査役を務めた。 1999年(平成11年)4月、西日本工業大学理事長就任、2006年(平成18年)4月1日より九州歯科大学経営協議会学外委員を務めた。
大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 20… 大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 2025年1月21日)は、日本の文部官僚・法学者。久留米大学名誉教授。 北九州市小倉北区出身。1953年福岡県立小倉高等学校卒業。1958年京都大学法学部卒業。 1960年11月16日文部省管理局振興課へ入り、1963年体育局学校給食課。1965年から2年間、総理府審議室・内閣審議室に出向し、「建国記念の日」制定、明治100年記念事業等に従事した。ユネスコ国内委員会教育課、名古屋大学庶務課長を経て、1970年文化庁著作権課長補佐。1974年文化庁庶務課課長補佐、1977年文化庁著作権課著作権調査官。1979年から3年間、内閣官房インドシナ難民対策連絡調整会議事務局員を命ぜられ、難民への日本語教育を担当した。
三隅 佳子(みすみ よしこ、1934年〈昭和9年〉9月7日 … 三隅 佳子(みすみ よしこ、1934年〈昭和9年〉9月7日 - 2018年〈平成30年〉9月7日)は、日本の地方公務員、教育者である。専門は家政学、ジェンダー問題。 福岡県北九州市出身。福岡県立小倉高校、共立女子大学を卒業後、5年間小学校の教員を務めた。退職後は子育てに専念する中でPTAや母の会の活動を始め、1978年(昭和53年)、北九州市社会教育指導員となる。 その後短大講師を経て1982年(昭和57年)、北九州市役所で初めて民間出身の女性管理職となり、翌1983年(昭和58年)には初代の婦人対策室室長に就任。1990年(平成2年)には市民局女性行政推進部長、併せて財団法人アジア女性交流・研究フォーラムの専務理事にも就任した。
鎌田迪貞(かまた みちさだ、1934年8月21日 - )は、… 鎌田迪貞(かまた みちさだ、1934年8月21日 - )は、日本の実業家であり、九州電力第6代会長である。九州・山口経済連合会会長など様々な役職を務める九州経済界の大物の一人である。趣味は読書とゴルフ、座右の銘は弱者にも配慮した「暖かい志」。2018年春の叙勲で旭日大綬章を受章。 鎌田迪貞と松尾新吾の間には、眞部利應社長の就任ややらせメール事件後の対応で、確執があったと言われる(下記参照)。 福岡県北九州市出身。1941年(昭和16年)に国民学校に入学。5年生の時に終戦を迎える。志望校であった福岡県立小倉高等学校は学区外であったが、学区内の禅宗の寺の小僧になり進学した。国語と数学が得意であった。
福地 茂雄(ふくち しげお、1934年6月11日 - 202… 福地 茂雄(ふくち しげお、1934年6月11日 - 2024年1月29日)は、日本の経営者。位階は正四位、旭日重光章受章。 アサヒビール(旧朝日麦酒)社長・会長・相談役、第19代日本放送協会(NHK)会長を歴任したほか、日本相撲協会横綱審議委員会委員も務めた。2011年、財団法人新国立劇場運営財団理事長に就任。2014年2月、一般財団法人防災検定協会顧問に就任。 福岡県戸畑市(現北九州市戸畑区)出身。福岡県立小倉高等学校商業科(その後同科は福岡県立小倉商業高等学校となる)を経て長崎大学経済学部卒業後、1957年4月、朝日麦酒に入社。以後、長く営業畑を歩んだ。 京都支店長、本社営業部長を経て、住友銀行(現三井住友銀行)出身の樋口廣太郎に抜擢され1988年3月に取締役就任、大阪支店長を兼務した。
石田 泰三(いしだ やすぞう、1934年6月11日 - )は… 石田 泰三(いしだ やすぞう、1934年6月11日 - )は、福岡県豊前市出身の元プロ野球選手(内野手)。
小田 富士雄(おだ ふじお、1933年8月13日 - )は、… 小田 富士雄(おだ ふじお、1933年8月13日 - )は、日本の考古学者。学位は、文学博士(九州大学・論文博士・1980年)(学位論文「九州考古学研究 歴史時代篇」)。福岡大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。福岡県立小倉高等学校卒、1957年九州大学文学部史学科卒業。1960年同大学院博士課程中退、九州大学文学部助手、1971年別府大学文学部助教授。1980年「九州考古学研究 歴史時代篇」で九州大学より文学博士の学位を取得。1983年北九州市立考古博物館館長。1988年福岡大学人文学部教授。1995-1999年下関市立考古博物館館長を兼ねる。2004年福岡大学定年退職、名誉教授。1977年西日本文化賞団体賞、1992年『日韓交渉の考古学』で雄山閣考古学賞受賞。
堀尾 輝久(ほりお てるひさ、1933年〈昭和8年〉1月5日… 堀尾 輝久(ほりお てるひさ、1933年〈昭和8年〉1月5日 - )は、日本の教育学者。東京大学名誉教授。専攻は教育学、教育思想史。元NHKアナウンサーの杉山邦博は実兄。美術史家で文化学園大学名誉教授の堀尾真紀子は妻。 勝田守一の「国民の教育権」論、宗像誠也の内外事項区分論を継承し、それらを発展させつつ、コンドルセ Condrcet1743-94ら、近代初期の教育思想に、幸徳秋水やホブソンなどの先駆的な「帝国主義」に関する論など国家論・社会論を接続して、その現代的再構成を試みた。現代公教育を、支配者階級による被支配者階級の「教化 indoctorination」システムと定位し、近代における教育拡大(教育の機会均等・義務教育の普及など)を批判的に把捉した。
大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の… 大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の医学者。九州大学医学部第一内科元准教授。医学博士(1967年、同大学にて取得)。専門は内科、消化器病、糖尿病、肝臓病。 福岡県小倉市(現・北九州市)生まれ。福岡県立小倉高等学校を卒業。九州大学医学部を卒業。同大学第一内科に入局し、1967年、同大学にて医学博士を取得。同年から同大学第一内科講師、1978年から1985年まで同大学同科助教授を歴任。その間、1969年アメリカのオクラホマ大学に留学。公益社団法人日本糖尿病協会員。1992年から1999年まで北九州市立医療センター総括副院長。新栄会病院南ヶ丘病院最高顧問、北九州市保健福祉局嘱託医(2009-2019)、公益社団法人日本糖尿病協会療養指導医である。