章憲王(あきのりおう、昭和4年(1929年)8月17日 - … 章憲王(あきのりおう、昭和4年(1929年)8月17日 - 平成6年(1994年)11月4日)は日本の旧皇族。賀陽宮恒憲王の第3王子。
1920年代生まれ:8,552人
章憲王(あきのりおう、昭和4年(1929年)8月17日 - … 章憲王(あきのりおう、昭和4年(1929年)8月17日 - 平成6年(1994年)11月4日)は日本の旧皇族。賀陽宮恒憲王の第3王子。
仙田 左千夫(せんだ さちお、1929年8月16日 - )は… 仙田 左千夫(せんだ さちお、1929年8月16日 - )は、日本の経済学者。経済学博士(京都大学・論文博士・1976年)(学位論文『イギリス公債制度発達論』)。滋賀大学名誉教授。 1929年8月愛知県に生まれる。1947年愛知県立一宮中学校(旧制)卒業、1949年3月彦根経済専門学校1年修了の後、同年4月滋賀大学経済学部に入学し、1953年3月経済学部経済学科卒業。その後京都大学大学院経済学研究科に進学、1958年3月同研究科博士課程単位取得退学。 1958年より2年間中京大学に勤務。1961年4月滋賀大学経済学部講師として母校に着任し、1964年2月に助教授、1976年4月に教授昇任。1988年4月からは経済学部長を務めた。
大塚 国夫(おおつか くにお、1929年〈昭和8年〉8月15… 大塚 国夫(おおつか くにお、1929年〈昭和8年〉8月15日 - 1989年〈平成元年〉6月9日)は、日本の男性俳優、声優。劇団青年座に所属していた。本名は大塚 国男(読み同じ)。 新潟県南魚沼郡石打村(現在の同県南魚沼市)出身。実家は印刷業を経営していた。幼少期から東京で育ち、東京都立九段高等学校卒業後、1953年に俳優座養成所5期生として入り、1956年、養成所卒業とともに劇団青年座に入団。 同年、東宝の稲垣浩監督映画『囚人船』の新人募集に合格し映画デビュー。完成後の同年9月、東宝に入社したため一時問題となったが、そのままの形で多数の作品に出演した。1962年、東宝を退社した後も映画、テレビドラマに多数出演していたが、後年になると青年座を拠点とした舞台活動を中心に活躍するようになり、多数の作品で主演を務めた。
河瀬 断魚(かわせ だんぎょ、1929年〈昭和4年〉8月14… 河瀬 断魚(かわせ だんぎょ、1929年〈昭和4年〉8月14日 - 2010年〈平成22年〉10月25日)は、島根県平田市(現:出雲市)出身の日本の書家。本名は、河瀬喜重(かわせきじゅう)で、雅号を断魚としていた。昭和の三筆の一人と称されている手島右卿に師事。実弟には、考古学者で広島大学名誉教授の河瀬正利が存在したが2008年6月に病気の為兄より先に他界している。日本の漢字書家一覧 島根県平田市(現:出雲市)に河瀬家の三男として生まれる。長男は生後間も無く亡くなり、次男寿三郎も戦時中に戦死している。三男である喜重も通信兵として戦争に出兵したが幸いにして無事生還し次男寿三郎に代わり河瀬家の跡取となる。
安居 洋(やすい ひろし、1929年(昭和4年)8月13日 … 安居 洋(やすい ひろし、1929年(昭和4年)8月13日 - )は、日本の経済学者。専門は、経済政策および財政学・金融論。神戸市外国語大学名誉教授(法経商コース)、元岡山商科大学教授。 神戸大学名誉教授の三木谷良一(三木谷浩史 楽天代表取締役会長兼社長の父)は、旧制神戸経済大学予科からの同期であり親友。
大藪 郁子(おおやぶ いくこ、1929年〈昭和4年〉8月13… 大藪 郁子(おおやぶ いくこ、1929年〈昭和4年〉8月13日 - )は、日本の脚本家。 本名は斎藤郁子。出身地は旧朝鮮京城(現ソウル)。 香川県立丸亀高等学校、東京女子大学英米文学科卒業。大学では、有吉佐和子と同級だったという。 学生時代から芝居好きであった。大学卒業後にアメリカ人の秘書を務めるが、会社の近くでテレビドラマ研究所のポスターを見つけて惹かれ、そこの第一期生として入所。同研究所の卒業制作として自ら制作した韓国人差別問題を扱ったストーリー『船着き場』が雑誌に掲載され、それがテレビ局関係者の目に留まり、脚本家デビューのきっかけをつかむ。1962年にNHK教育テレビで放送された創作劇場『うわさ島』で脚本デビュー。
今村 治輔(いまむら はるすけ、1929年8月13日 - )… 今村 治輔(いまむら はるすけ、1929年8月13日 - )は、日本の経営者。清水建設社長を務めた。 大分県出身。1954年に東京大学工学部建築学科を卒業し、同年に清水建設に入社。1983年6月に取締役に就任し、1985年6月に常務、1987年1月に専務を経て、1988年6月に副社長に就任し、1990年6月には社長に昇格。1999年1月に会長に就任し、2004年6月に相談役に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
長戸路 政行(ながとろ まさゆき、1929年8月13日 - … 長戸路 政行(ながとろ まさゆき、1929年8月13日 - )は、日本の弁護士。敬愛大学名誉教授。 千葉県千葉市生まれ。長戸路政司の三男。千秋、長戸路信行の弟。1955年東京大学法学部卒。東京弁護士三会交通事故処理委員、毎日新聞社交通事故法律相談所嘱託相談員、千葉敬愛経済大学教授、千葉県土地収用委員、千葉県建築紛争審査委員。1996年兄信行の死による学校法人千葉敬愛学園理事長・敬愛大学学長。2001年退任。2009年4月旭日中綬章受章。
高橋 崇(たかはし たかし、1929年8月13日 - 201… 高橋 崇(たかはし たかし、1929年8月13日 - 2014年7月29日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。 静岡県生まれ。1953年、東北大学文学部国史学科卒業。1963年、「律令官人給与制度の研究」で東北大学文学博士。弘前大学講師、東北大学教養部助教授、岩手大学教授を歴任。
正司 歌江(しょうじ うたえ、本名:平井歌江、1929年〈昭… 正司 歌江(しょうじ うたえ、本名:平井歌江、1929年〈昭和4年〉8月13日 - 2024年〈令和6年〉1月19日)は、日本の漫才師であり、漫才トリオ「かしまし娘」の長女である。 旅役者だった両親の巡業先・北海道歌志内市で生まれと多くの出版物などに記載されているが、2003年(平成15年)6月18日に北海道天塩郡遠別町で行われた、遠別町民大学第1講座で正司が講演した際のことが掲載された「広報えんべつ」平成15年7月号によると遠別町字歌越(うたこし)生まれとある。正司はこのことを知らなかったらしく地元住民から告げられた。3歳で初舞台を踏む。1941年(昭和16年)頃、妹の正司照枝と組んだ姉妹コンビは天才少女漫才と喝采をあびた。
野口 幸一(のぐち こういち、1929年〈昭和4年〉8月13… 野口 幸一(のぐち こういち、1929年〈昭和4年〉8月13日 - 1993年〈平成5年〉10月29日)は、日本の政治家。日本社会党衆議院議員(5期)。 滋賀県彦根市生まれ。旧制滋賀県立彦根中学校(現・滋賀県立彦根東高等学校)中退。1950年(昭和25年)逓信講習所卒。その後、郵政事務官になり、全逓滋賀県委員長、滋賀地評議長などを経て、1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙で滋賀全県区から日本社会党公認で立候補して当選。5期務めた。 1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に立候補せず、政界から引退する。 1993年10月29日、死去。64歳没。同年11月12日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付で従四位勲二等に叙され、瑞宝章を追贈された。
湯浅 譲二(ゆあさ じょうじ、1929年8月12日 - 20… 湯浅 譲二(ゆあさ じょうじ、1929年8月12日 - 2024年7月21日)は、日本の現代音楽の作曲家。 1929年、福島県郡山市にて開業医、寿泉堂病院(現:寿泉堂綜合病院)二代目院長湯浅大太郎(医学博士)の次男として生まれる。芸術愛好家だった父の影響で幼時より音楽に親しむ。郡山市金透尋常小学校の3年生頃からブラスバンドに入り、トランペットを担当した。 旧制福島県立安積中学校を卒業したのち上京し、慶應義塾大学医学部に進む。当時は外科医志望であり作曲は趣味として行うつもりだったが東京で日本の現代音楽の状況を知るうちに「このぐらいなら自分でもできる」と思うようになり1951年、「10年間は面倒みてやるから」との父親の合意のもとに医学部教養課程を中退して作曲の道に進む。
尾藤 三柳(びとう さんりゅう、1929年8月12日 - 2… 尾藤 三柳(びとう さんりゅう、1929年8月12日 - 2016年10月19日)は、川柳作家。父は川柳作家の尾藤三笠、子も川柳作家の尾藤一泉。 東京生まれ。本名・源一。学習院大学文学部卒業。前田雀郎に師事。丹雀会同人などを経て、1975年から「川柳公論」主宰。1988年から2009年までよみうり時事川柳(読売新聞東京本社・北海道支社・北陸支社・中部支社)の選者を務めたほか、サラリーマン川柳(第一生命主催)や新聞、雑誌、放送、公募川柳選者も務めた。その他、日本川柳ペンクラブ理事長、全日本川柳協会相談役、川柳学会名誉会長などを歴任した。 2016年10月19日、肺水腫のため死去。87歳没。
小松 健男(こまつ たけお、1929年8月12日 - 202… 小松 健男(こまつ たけお、1929年8月12日 - 2022年1月28日)は、日本の経営者。ロイヤルホテル社長を務めた。長野県松本市出身。 1954年に東京大学教養学部教養学科を卒業し、同年に住友銀行に入行。1978年6月に取締役に就任し、1981年6月に常務、1984年4月に専務を経て、1988年6月から1993年11月までにロイヤルホテル社長を務めた。1998年5月から2002年4月までに関西棋院理事長を務めた。 2022年1月28日、死去。92歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
槙田 家和(まきた いえかず、1929年8月12日 - 20… 槙田 家和(まきた いえかず、1929年8月12日 - 2014年4月30日)は、日本の経営者、銀行家。八千代銀行頭取を務めた。 東京都出身。1953年に東京大学法学部政治学科を卒業し、同年に八千代信用金庫(のちの八千代銀行)に入社。1977年5月に理事に就任し、1978年5月に常務、1988年5月に専務、1991年に副頭取を経て、1994年4月には頭取に就任。1999年6月には相談役に退いた。 2014年4月30日、死去。84歳没。
近藤 鉄雄(近藤 鐵雄、こんどう てつお、1929年8月11… 近藤 鉄雄(近藤 鐵雄、こんどう てつお、1929年8月11日 ‐ 2010年3月4日)は、日本の政治家。位階は正三位。自由民主党衆議院議員。三木派・河本派に所属した。愛称は「コンテツ」。 母の実家のあった現在の山形県南陽市で生まれ、米沢市で育った。父の道雄は海軍軍人で、近藤が小学校3年時に37歳で戦死した。以後、織物工場の寮母となった母の手ひとつで育てられた。 海軍兵学校(77期)、高等商船学校を経て1953年3月に一橋大学経済学部を卒業。マルクス経済学の杉本栄一ゼミ出身。在学中は、ゼミの同期の宮川公男(一橋大学名誉教授)、玉井龍象(金沢大学名誉教授)とともに、日曜日朝から杉本の家で開かれるゼミで、杉本の指導の他、ゼミの特別研究生であった伊東光晴(京都大学名誉教授)や浅野栄一(中央大学名誉教授)、ゼミOBの宮崎義一(京都大学名誉教授)、宮崎犀一(元東京女子大学教授)からも指導を受けた。
井出 義光(いで よしみつ、1929年8月11日 - 201… 井出 義光(いで よしみつ、1929年8月11日 - 2011年4月19日)は、日本の歴史学者。専門はアメリカ史。特にアメリカ南部史専攻。筑波大学名誉教授。静岡市出身。 1929年、静岡市に生まれる。1947年、静岡県立静岡中学校卒業。東京大学教養学部教養学科卒、同大学大学院修士(西洋史)課程、フロリダ大学博士課程修了。Ph.D. 日本女子大学教授、立教大学教授、筑波大学教授を歴任。筑波大学名誉教授。筑波大学を離れた後、共立女子大学においてアメリカ研究を含む地域研究新学部を設立し、国際文化学部長に就いた。その後、女子教育に従い城西大学女子短期大学部副学長、定年後一年間、客員教授。アメリカ学会会長(1990年〜1992年)。
早坂 暁(はやさか あきら、1929年〈昭和4年〉8月11日… 早坂 暁(はやさか あきら、1929年〈昭和4年〉8月11日 - 2017年〈平成29年〉12月16日)は、日本の脚本家、小説家。 本名、富田 祥資(とみた よしすけ)。 愛媛県温泉郡北条町(現松山市)生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒業。 戦後の日本を代表する脚本家のひとりである。 愛媛県温泉郡北条町(後の愛媛県北条市、現在の松山市北条)で、遍路道の大商家に生まれ育ち、幼少の頃からお遍路さんに接した。 旧制松山中学校(現在の愛媛県立松山東高等学校)を経て、海軍兵学校在学中に終戦。海軍兵学校からの復員途中に広島で一夜を明かし、被爆直後の広島の惨状を目撃した。旧制松山高等学校(現在の愛媛大学文理学部の構成母体)卒業後、東京大学医学部に合格するも、医業に疑問を持ち入学せず[信頼性要検証]、日本大学芸術学部演劇学科に進学し同校卒業。
岡 誠(おか まこと、1929年8月10日 - )は、日本の… 岡 誠(おか まこと、1929年8月10日 - )は、日本の実業家。 福岡県に生まれる。1947年福岡県中学修猷館を経て、1954年九州大学経済学部を卒業しNHKに入社。 1972年トリオ(後にケンウッドと改称、日本ビクターと合併して現在JVCケンウッド)に入社。1973年1月取締役となり、1980年8月常務、1983年8月専務、1989年2月副社長を経て、1990年2月社長に就任。1999年6月会長、2000年6月相談役となる。
菊池 幸雄(きくち ゆきお、1929年8月10日 - 201… 菊池 幸雄(きくち ゆきお、1929年8月10日 - 2017年4月29日)は、日本の国土交通技官、理学博士。気象庁長官を務めた。 北海道小樽市出身。1957年に北海道大学理学部を卒業し、同年に気象庁に入庁。1983年に名古屋気象台長、1984年7月に観測部長、1985年4月に予報部長を経て、1987年4月から1990年4月までに長官を務めた。 1999年11月に勲二等瑞宝章を受章。 2017年4月29日に多臓器不全のために死去。87歳没。
磯村 尚徳(いそむら ひさのり、1929年(昭和4年)8月9… 磯村 尚徳(いそむら ひさのり、1929年(昭和4年)8月9日 - 2023年(令和5年)12月6日)は、日本のジャーナリスト、ニュースキャスター。NHK専務理事待遇特別主幹。ニュースセンター9時(NC9)編集長兼キャスター。 東京生まれ。初め(小学校)と終わり(旧制高等科→新制大学)が学習院で、間に挟んで都立第四高校(都立戸山高校)に通った。陸軍の駐在武官だった父・磯村武亮の勤務の関係で、小学時代の大半をトルコで過ごした。トルコではフランス人学校で学び、フランス語を習得する。帰国後、学習院に入りなおした。 1953年に学習院大学政経学部卒業後、NHKに入局。当時NHKではフランス語の使い手が必要だったため、たった一人東京報道局に配属になった。
安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日… 安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日 - 1999年〈平成11年〉5月14日)は、日本の国文学者・国語教育学者。位階は正五位。 静岡県沼津市出身。1953年東京文理科大学国文科卒。東京都立高校教諭、東京成徳短期大学教授、上越教育大学教授、上越教育大学附属小学校長、上越教育大学附属図書館長、1995年定年退官、名誉教授、十文字学園女子大学教授。1999年、脳内出血のため死去。死没日付をもって正五位に叙された。
高瀬 一太郎(たかせ いちたろう、1929年(昭和4年)8月… 高瀬 一太郎(たかせ いちたろう、1929年(昭和4年)8月9日 - 2010年(平成22年)9月11日)は、昭和から平成時代前期の政治家。埼玉県加須市長。加須市名誉市民。 埼玉県北埼玉郡加須町(現加須市)出身。東京農業大学専門部卒業。埼玉県農業振興公社理事長、加須市助役を経て、1994年(平成6年)加須市長に当選した。2006年(平成18年)12月、加須市名誉市民に推挙された。2008年、旭日小綬章受章。没後叙従五位。
石上 善應(いしがみ ぜんのう、1929年8月8日 - 20… 石上 善應(いしがみ ぜんのう、1929年8月8日 - 2020年11月29日)は、日本の仏教学者。専門は印度哲学、仏教文化史。大正大学名誉教授、前淑徳短期大学学長、浄土宗僧侶。北海道小樽市生まれ。 1929年、北海道小樽市生まれ。1953年、大正大学仏教学部仏教学科卒業。1956年、同大学大学院文学研究科仏教学修士課程修了。芝中学校・高等学校講師を経て、1963年大正大学仏教学部助教授。1971年同教授。1993年同大学人間学部教授。2000年、大正大学名誉教授、浄土宗総合研究所所長、韓国東国大学校碩座教授。2002年淑徳短期大学学長(- 2014年)。2014年、淑徳大学教授、瑞宝中綬章受章。
小山 觀翁(小山 観翁、こやま かんおう、1929年(昭和4… 小山 觀翁(小山 観翁、こやま かんおう、1929年(昭和4年)8月8日 - 2015年(平成27年)3月30日)は、日本の古典芸能評論家。 学習院大学国劇部創立メンバー。伝統歌舞伎懇話会会長、江戸勘亭流書道家元、国立劇場講師、日本演劇興行協会理事、松竹顧問。宗家神崎流理事(神崎秀扇)。本名:小山 昭元(こやま てるもと)。 歌舞伎座や国立劇場などにおいて歌舞伎と文楽のイヤホンガイド導入の中心的人物として著名。 東京府出身。初等科から大学まで学習院に在籍。戦後、川尻清譚に師事、歌舞伎の研究をするかたわら雑誌「歌舞伎」の編集に参画。1952年(昭和27年)に電通に入社し、おもに放送番組企画制作畑を歩み、1975年(昭和50年)に同社を退職。
猪瀬 慎一郎(いのせ しんいちろう、1929年8月5日 - … 猪瀬 慎一郎(いのせ しんいちろう、1929年8月5日 - 2006年8月23日)は、日本の裁判官、法学者。専門は少年法・少年司法制度。東京家庭裁判所所長、福岡高等裁判所長官、元東洋大学法学部教授などを歴任した。 最高裁判所家庭局付、札幌家庭・地方裁判所判事、司研刑裁教官、最高裁判所家庭局第三課長・第一課長、東京家庭裁判所判事・家事第6部総括判事、最高裁判所家庭局長、千葉家庭裁判所所長、東京高等裁判所第2民事部総括判事などを歴任。 退官後は東洋大学で教鞭を執り、少年法改正論議が活発化した1990年代後半から2000年代初頭にかけて、少年審判制度の実務的視点からの研究・提言を行った。 共編著『少年法のあらたな展開 理論・手続・処遇』(有斐閣、2001年、ISBN 4-641-04192-X) - 森田明、佐伯仁志と共編。
瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)… 瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は意志決定論(意思決定論ではない)、経営環境分析論。経済学博士(東京大学・1967年)。大阪市出身。
小泉 進(こいずみ すすむ、1929年〈昭和4年〉8月5日 … 小泉 進(こいずみ すすむ、1929年〈昭和4年〉8月5日 - 2024年〈令和6年〉10月31日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授、帝塚山大学名誉教授。専門は計量経済学、マクロ経済学、産業組織論。兵庫県神戸市出身。
内藤 茂(ないとう しげる、1929年8月5日 ‐ 2005… 内藤 茂(ないとう しげる、1929年8月5日 ‐ 2005年5月15日)は、日本の在野の日本語学者・日本文学者。八丈方言・和歌を専門とする。
小山内 富子(おさない とみこ、1929年8月5日 - 20… 小山内 富子(おさない とみこ、1929年8月5日 - 2019年3月24日)は、日本の随筆家、児童文学作家。別筆名に小山内 繭。日本文藝家協会会員。 佐賀県生まれ。実践女子専門学校に進学、国文科を卒業。東京大学総合図書館の司書となり、小山内薫の次男・小山内宏と結婚。 1977年の夫の死後、随筆や児童文学を書く。代表作『ちょっとコーヒーのみにきて』は日本図書館協会の選定図書となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
神山 圭介(かみやま けいすけ、1929年8月3日 - 19… 神山 圭介(かみやま けいすけ、1929年8月3日 - 1985年1月16日)は、日本の作家・小説家。 神奈川県横浜市生まれ。本名・金子鉄磨(カネマロ)。東京大学文学部独文科卒。在学中より雑誌『現代文学』に参加。 卒業後、中央公論社に勤めるかたわら執筆活動を行う。 1976年「鴾色の武勲詩」で芥川賞候補。文化学院講師を務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中坊 公平(なかぼう こうへい、1929年〈昭和4年〉8月2… 中坊 公平(なかぼう こうへい、1929年〈昭和4年〉8月2日 - 2013年〈平成25年〉5月3日)は、日本の弁護士(大阪弁護士会)。法学士(京都大学)。元日弁連会長。新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)特別顧問。 森永ヒ素ミルク中毒事件や豊田商事事件の被害者救済に弁護団長、破産管財人として尽力し、日本弁護士連合会会長や整理回収機構の初代社長を務めた。 1999年に設置された司法制度改革審議会において委員として参加し、法科大学院や裁判員制度の導入に尽力した。戦後日本を代表する弁護士であり、「平成の鬼平」とマスコミ各社に名付けられ呼ばれた。 京都府京都市で、父・中坊忠治、母・富の次男として生まれる。
小松 英雄(こまつ ひでお、1929年8月2日 - 2022… 小松 英雄(こまつ ひでお、1929年8月2日 - 2022年2月20日)は、日本の国語学者。筑波大学名誉教授。文学博士。専門は日本語史。 東京生まれ。東京教育大学大学院修了。 (東京都以外は集中講義、※は複数年度) 宇都宮大学 愛媛大学 ※学習院大学 ※金沢大学 千葉大学 東京大学 ※東洋大学 名古屋大学 新潟大学 ※二松学舎大学 弘前大学 ※北海道大学(札幌校) ※山形大学 琉球大学 ※早稲田大学 (現在)※四国大学(大学院文学研究科日本文学書道文化専攻) 文献学的アプローチによる表現解析により、日本語古典文学における定説を覆すような新しい仮説の提案を数多く行なってきた。 平安前期の仮名文に独特の構文を「連接構文」と名づけた。
清水 嘉治(しみず よしはる、1929年8月2日- 2012… 清水 嘉治(しみず よしはる、1929年8月2日- 2012年9月9日)は、日本の経済学者。専攻、世界経済論、ヨーロッパ経済論。 茨城県生まれ。1953年横浜市立大学商学部卒、55年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、関東学院大学経済学部助手、講師、助教授、教授、74年「帝国主義論研究序説」で京都大学経済学博士。83年神奈川大学経済学部教授、2000年定年退任、名誉教授。
菅原 勝伴(すがわら かつとも、1929年(昭和4年)8月1… 菅原 勝伴(すがわら かつとも、1929年(昭和4年)8月1日 - 2021年12月26日)は、日本の法学者。専門は民法、特に道路交通法・農地法。北海学園大学名誉教授。北海学園大学法学部の草創期を支え、大和哲夫・松浦栄らと共に教員確保に尽力した一人。小林巳智次の弟子。ゼミ生に佐藤のりゆきなど。 このほか、北海道大学法学部、同農学部、小樽商科大学の非常勤講師も務めた。
福田 洋(ふくだ ひろし、1929年8月1日 -)は日本の推… 福田 洋(ふくだ ひろし、1929年8月1日 -)は日本の推理作家、ノンフィクション作家。別名義に桜田 忍(さくらだ しのぶ)。 推理小説のほか、実際の犯罪事件を題材としたノンフィクション・ノベルなどを多数執筆している。 1929年(昭和4年)8月1日、大分県に生まれる。1950年(昭和25年)、大分経済専門学校(現・大分大学)卒業。経済雑誌の出版、不動産会社、クラブなどの経営に従事したのち、40歳を過ぎてから小説の執筆を始める。 1971年(昭和46年)、福田洋名義の短編『空白のダイヤル』が第2回サンデー毎日新人賞推理小説部門佳作二席となり、『小説サンデー毎日』1971年6月増刊号に掲載され作家デビュー。
穐山 貞登(あきやま たかのり、1929年8月1日 - 20… 穐山 貞登(あきやま たかのり、1929年8月1日 - 2001年9月20日)は、日本の教育心理学者。東京工業大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年東京教育大学教育学部心理学科卒業、1960年同大学院教育研究科博士課程満期退学、東京工業大学助手、1965年助教授、1974年教授、1976年「モーダル・パーソナリティーの社会心理学的研究」で東京教育大学より教育学博士の学位を取得。1990年東京工業大学退官、名誉教授、芝浦工業大学教授、2000年退職。財団法人たばこ総合研究センターの研究審議員、評議員、理事。 2001年9月20日、肝臓癌のため死去。
青木 貞伸(あおき さだのぶ、1929年8月1日 - 200… 青木 貞伸(あおき さだのぶ、1929年8月1日 - 2000年8月22日)は、日本の放送評論家。 東京生まれ。東北大学理学部卒。東北大学助手を経て、産経新聞社に入社後、東京大学新聞研究所講師、『放送批評』編集長などを務めた。
室橋 昭(むろはし あきら、1929年〈昭和4年〉8月1日 … 室橋 昭(むろはし あきら、1929年〈昭和4年〉8月1日 - 2011年〈平成23年〉3月27日)は、日本の政治家。東京都江東区長(4期)。 現在の東京都江東区出身。早稲田大学政経学部卒。江東区議会議員を2期、東京都議会議員(自由民主党)を4期務める。1991年〈平成3年〉江東区長に初当選する。区長を4期務め、2007年〈平成19年〉に退任した。同年旭日中綬章を受章した。2011年〈平成23年〉死去。
大崎 磐夫(おおさき いわお、1929年8月 - 2025年… 大崎 磐夫(おおさき いわお、1929年8月 - 2025年1月19日)は日本の実業家。元ホテルオークラ社長。 東京四番町で生まれ育つ。父は常磐炭鉱会長を務めた大崎新吉。 旧制東京都立第四中学校(のちの東京都立戸山高等学校)を経て、1953年旧制東京商科大学(のちの一橋大学)卒業。常磐炭鉱入社。秋山富一(元住友商事社長)は大学予科の同級生。 1960年ホテルオークラ開業にともない、大成観光入社、1973年取締役、1981年常務業務管理室長施設担当、1989年専務、1992年副社長。新規プロジェクトを多く手掛け、切れ者と評された。 1995年、佐藤晃一の後任として、ホテルオークラ社長に就任。初の生え抜き社長となった。
平野 清(ひらの きよし、1929年7月31日 - 2002… 平野 清(ひらの きよし、1929年7月31日 - 2002年5月18日)は、日本の政治家。位階は正五位。元参院議員(1期)。元サラリーマン新党代表。 東京・板橋出身。神奈川大学法経学部卒。1953年に読売新聞社入社。整理部次長を経て、1986年に第14回参議院議員通常選挙で参議院議員に当選。1989年サラリーマン新党代表に就任。翌年自由民主党に移籍。1991年、環境政務次官就任。1992年の第16回参議院議員通常選挙で移籍がひびいて落選、政界引退。 1999年、勲三等旭日中綬章を受章。2002年5月18日、胆のうがんのため死去。正五位叙勲。 『現代政治家人名事典』(日外アソシエーツ編集・発行、1999年) この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
松井 和浩(まつい かずひろ、1929年7月30日 - )… 松井 和浩(まつい かずひろ、1929年7月30日 - )は、日本の運輸官僚。 東京都出身。1953年に東京大学法学部法律学科を卒業。海上保安庁、運輸省での勤務を経て、1981年1月に運輸省航空局長に就任し、1983年6月に大臣官房長を経て、1984年7月から1986年6月までに事務次官を務めた。1986年10月に新東京国際空港公団副総裁を経て、1988年12月から1993年1月までに総裁を務めた。1993年7月に東京海上火災保険顧問に就任し、1995年3月に日本海事財団会長を経て、2003年7月には相談役に就任した。 2002年11月に勲二等旭日重光章を受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
渡辺 四郎(渡邊 四郎、わたなべ しろう、1929年(昭和4… 渡辺 四郎(渡邊 四郎、わたなべ しろう、1929年(昭和4年)7月29日 - 2007年(平成19年)12月24日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。 現在の大分県日田市出身。大分県立日田林工学校卒。1947年(昭和22年)、福岡県庁に入り、1970年(昭和45年)、福岡県職員労組委員長。1979年(昭和54年)、自治労福岡県本部委員長。 1986年(昭和61年)の第14回参議院議員通常選挙福岡県選挙区に日本社会党公認で立候補して当選。2期務めた。1998年(平成10年)に引退。 1999年(平成11年)、秋の叙勲で勲二等瑞宝章受章。 2007年(平成19年)12月24日午後8時27分、胃癌のため福岡県筑紫野市の病院で死去、78歳。
小崎 隆雄 (こさき たかお、1929年7月29日 - 20… 小崎 隆雄 (こさき たかお、1929年7月29日 - 2015年9月21日) は、日本の洋画家である。 東北大学教育学部卒。大学時代から、洋画家杉村惇(仙台市名誉市民)に師事。大学卒業後、中学校の美術教師をしながら宮城県仙台市太白区にて活動。絵画を制作し、日展、日洋会展、河北展、県芸術展などで作品を発表した。 1973年に第1回東北・北海道選抜美術展出品し、1978年に日展新人選抜展出品。1982年に日洋会展審査員となる。 1985年から1990年まで、「仙台市彫刻のある街づくり」委員を務める。1985年から1998年まで宮城県美術館協議会の委員を務める。 1988年から1992年まで、仙台市勤労者美術展の審査員を務める。
笹原 正三(ささはら しょうぞう、1929年(昭和4年)7月… 笹原 正三(ささはら しょうぞう、1929年(昭和4年)7月28日 - 2023年(令和5年)3月5日)は、日本の元アマチュアレスリング選手。山形県山形市出身。 中央大学でレスリングを始め、1956年メルボルンオリンピックで日本選手団の旗手を務め、レスリング競技(フリースタイル・フェザー級)で金メダルを獲得、得意技は「またさき」であった。東京オリンピックではフリースタイルのコーチを務めた。 国際レスリング連盟副会長、JOC副会長、1995年夏季ユニバーシアード団長、シドニーオリンピック日本選手団副団長などを歴任し、1989年から2003年まで日本レスリング協会会長に就いた。2006年には国際レスリング連盟殿堂に表彰された。
七田 眞(しちだ まこと、1929年7月28日 - 2009… 七田 眞(しちだ まこと、1929年7月28日 - 2009年4月22日)は、日本の教育研究家。右脳を重視する幼児教育を提唱した。 中国東北部生まれ、島根県出身。ニューポート大学の日本校で教育学部教授。 1958年、島根県江津市に「児童教育研究所」という塾を開いた。高校生クラスからAFS日本協会試験の合格者を出すなど、次第に評判を呼び、その後、「右脳」の力を引き出すことを目的とした幼児教育(七田式教育)を提唱した。 『0歳教育』を提唱して反響を呼び、1976年に江津市に本部教室を開設。 1978年には「有限会社七田児童教育研究所」(現「株式会社しちだ・教育研究所」)を創立するとともに、七田式教室の日本国内での展開を開始。
岡 三郎(おか さぶろう、1929年7月28日 - 2020… 岡 三郎(おか さぶろう、1929年7月28日 - 2020年8月2日)は、英文学・比較文学者、青山学院大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1954年青山学院大学大学院文学研究科修士課程修了。青山学院大学文学部助教授、教授、88年「夏目漱石研究」で青山学院大学文学博士。2000年定年退任。94-95年日本中世英語英文学会会長。中世英文学、近代ロマン派などを専攻、ほか中世イタリア文学も翻訳する。 妻は英語史学者の岡富美子(青山学院大学名誉教授、1930-2017)。 2020年8月2日午後6時、消化器不全のため群馬県藤岡市の病院で死去。91歳没。
坪井 洋文(つぼい ひろふみ、1929年(昭和4年)7月28… 坪井 洋文(つぼい ひろふみ、1929年(昭和4年)7月28日 - 1988年(昭和63年)6月25日)は、日本の民俗学者。音読みで「ようぶん」と呼ばれることもある。 広島県出身。國學院大學卒。國學院大學助教授、教授、1981年国立歴史民俗博物館教授。1984年「稲を選んだ日本人 民俗的思考の世界」で國學院大學文学博士。 農耕文化を研究。柳田國男の稲作単一文化論を批判し、『イモと日本人』で焼畑文化を主張した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
三輪 公忠(みわ きみただ、1929年7月25日 - )は、… 三輪 公忠(みわ きみただ、1929年7月25日 - )は、日本の国際政治学者、上智大学名誉教授。専門は、国際関係史。