宮本 茉由(みやもと まゆ、1995年5月9日 - )は、日… 宮本 茉由(みやもと まゆ、1995年5月9日 - )は、日本のファッションモデル、女優。オスカープロモーション所属。 秋田県生まれ、東京都育ち。実践女子大学文学部国文学科卒業。 2014年「ミス実践女子コンテスト」グランプリを受賞。 2015年から芸能活動を開始。11月、ファッション雑誌『CanCam』1月号でモデルデビュー。12月、相鉄ジョイナスのイメージモデルに抜擢される。 2016年9月、第1回「ミス美しい20代コンテスト」にて審査員特別賞受賞。同年12月22日発売の『CanCam』2017年2月号より専属モデルとなった。 2018年10月期放送のテレビ朝日系連続ドラマ『リーガルV〜元弁護士・小鳥遊翔子〜』にて中沢淳美役で女優デビューを果たした。
木竜 麻生(きりゅう まい、1994年7月1日 - )は、日… 木竜 麻生(きりゅう まい、1994年7月1日 - )は、日本の女優。新潟県新発田市出身。モノポライズ所属。 14歳のとき観光で訪れた原宿でスカウトされ、2010年にテレビCMに出演しタレントデビュー。新潟県立新発田南高等学校卒業まで地元・新潟県で暮らし、実践女子大学文学部進学を機に上京。大学では近代文学を学び、卒業論文は「雑誌で生まれた造語」。卒業後、役者の道を本格的に志し、2014年に映画『まほろ駅前狂騒曲』で女優デビュー。多数のCMにも出演し、CM美女として話題を呼ぶ。 2018年、瀬々敬久監督の映画『菊とギロチン』では新人女力士の花菊役にオーディションで300人の中から選ばれ、映画初主演を果たし、映画『鈴木家の嘘』でもオーディションを兼ねたワークショップで400人の中から選ばれ、ヒロインを務めた。
CYBORG KAORI(サイボーグかおり、1992年2月1… CYBORG KAORI(サイボーグかおり、1992年2月12日 - )は、日本のヒップホップ・ミュージシャン、女優。主にビートボクサーとして活動している。 岩手県盛岡市出身で、盛岡白百合学園高等学校を経て実践女子大学人間社会学部人間社会学科に在籍していた。実践女子大学アカペラサークルJAC総代表としてヒューマンビートボクサーTATSUYAに出会い、ヒューマンビートボックスを始める。 「ノイズベース」という、音階調節ができる分厚いベース音を使いこなせる。CYBORG KAORI名義は、ヒューマンビートボクサーのTATSUYAらの命名によるものである。 現在は[いつ?]都内ライブハウスを中心に、各種イベントやインターネット番組などで活動。
百瀬さつき(ももせ さつき 1991年5月11日 - )は、… 百瀬さつき(ももせ さつき 1991年5月11日 - )は、松竹芸能所属のピン芸人。長野県出身。身長162 cm、体重77 kg、血液型A型、靴サイズ24.5 cm。 部活は中学生時代が卓球部、高校生時代はダンス部に所属していた。 大学生時代は一橋大学が本拠の演劇サークル「劇団コギト」に在籍。そこで出会った小野綾香に誘われ松竹芸能養成所へ入学。コンビ「ガール座」を結成し、2014年にデビュー。 2019年にコンビ解散後、ピン芸人として活動するようになる。女芸人No.1決定戦 THE W 2023では準決勝に進出。 2021年、同じ松竹芸能所属のむろみさ、坊あかねとの3人組の「食わせたくなるアイドル」ユニット「ザ・トキメキハニーズ」を結成。
篠原 さや(しのはら さや、旧名:篠原沙弥、1985年9月2… 篠原 さや(しのはら さや、旧名:篠原沙弥、1985年9月24日 - )は、愛媛県出身のダンサー。元女性ファッションモデル。血液型O型、身長164cm。実践女子大学卒業。愛称はSAYA(ELEVENPLAY)、しのちゃん、ニコモ時代はサヤ©。 初代 井手麻実(2007.3-2008.9) / 2代目 菅緑(2008.9-2008.12) 佐藤友香 / 出口紗智子 / 松尾翠 / 水木香 / 宮前景 市野瀬瞳 / 阪中香織 / 坂本洋子 / 成嶋早穂 / 原渕由布奈 篠原さや / 多田紗耶子 荒木麻里子 / 井手麻実 / 木村佳那子 / 八田牧子 大平真理子 / 菅緑 / 副島優子 / 坪井安奈 / 東紗友美 / 楪望 田原彩香 / 中村衣里 / 林藍菜 この項目は、ファッション関係の人物に関連した書きかけの項目です。
城間 恵子(しろま けいこ、1982年6月22日 - )は日… 城間 恵子(しろま けいこ、1982年6月22日 - )は日本の女優、タレント。 東京都出身。所属事務所は、株式会社エス・プログレス。実践女子大学卒業。1996年に家庭教師のトライのCMでデビュー。身長160cm。特技は霊感があること。2008年10月よりBSジャパンにて経済評論家・コメンテータの伊藤洋一との番組「世の中進歩堂」のレギュラーMCをつとめる。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
八木 依子(やぎ よりこ、1982年6月8日 - )は、群馬… 八木 依子(やぎ よりこ、1982年6月8日 - )は、群馬県出身の女性タレント。元セント・フォース所属で、現在は株式会社サイドエーに所属している。
橘 さつき(たちばな さつき、本名:銘苅 由佳(めかる ゆか… 橘 さつき(たちばな さつき、本名:銘苅 由佳(めかる ゆか)、1982年 - )は、橘流寄席文字書家。女性。 静岡県熱海市出身。2004年に実践女子大学美学美術史学科卒業、2006年同大学大学院文学研究科美術史学専攻修了。大学卒業後は印刷会社に就職。 SAKEROCKのイベントに出演した春風亭昇太をきっかけに落語に関心を持った後、「芸協らくごまつり」の実演で寄席文字を知る。その後2011年荒川区の「匠育成事業」に応募し、橘右橘に師事。2017年、橘流寄席文字一門の総意のもと「橘さつき」の名前を許される。2022年、勘亭流で「荒井三都季(あらい さつき)」の名前を許される。同年、荒川区伝統工芸技術保存会会員となる。
鈴木 智草(すずき ちぐさ、1975年9月18日 - )は、… 鈴木 智草(すずき ちぐさ、1975年9月18日 - )は、岐阜県高山市出身の元山梨放送 (YBS) のアナウンサー。 実践女子大学を卒業後、1998年、山梨放送に入社。同局のアナウンサーになり、テレビ・ラジオの双方に出演した。 後に山梨放送を退社。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
別府 彩(べっぷ あや、1975年5月30日-)は、日本の女… 別府 彩(べっぷ あや、1975年5月30日-)は、日本の女性フリーアナウンサー。
篠崎 ゆき(しのざき ゆき、1974年7月30日 - )は、… 篠崎 ゆき(しのざき ゆき、1974年7月30日 - )は、日本のタレント、女性モデル、元レースクイーン。 東京都出身、実践女子大学卒業。以前の所属事務所はマラケッシュ → スーパーウイング。現在はタレント活動をしながら芸能プロダクションスノウライジングを経営。 他多数(サントリー以外) この項目は、アイドル(グラビアアイドル・ライブアイドル・ネットアイドル・レースクイーン・コスプレイヤーなどを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル:アイドル/プロジェクト:芸能人/プロジェクト:ジャニーズ/プロジェクト:女性アイドル)。
本沢 みなみ(ほんざわ みなみ、1974年4月27日 - )… 本沢 みなみ(ほんざわ みなみ、1974年4月27日 - )は、ライトノベル小説家。埼玉県出身。実践女子大学文学部卒業。 1994年下期コバルト・ノベル大賞で佳作入選。受賞作は「ゴーイング・マイ・ウェイ」。 高校生が暗殺者として活躍するアクションストーリー「東京ANGEL」とファンタジーシリーズ「新世界」が代表作。
小山 真理(こやま まり、1972年6月7日 - )は、日本… 小山 真理(こやま まり、1972年6月7日 - )は、日本のフリーアナウンサー。ホリプロアナウンサーズプロモーション(旧・ホリプロアナウンス室)所属。神奈川県海老名市出身。実践女子大学生活科学部卒業。身長157cm。血液型O型。 大学卒業後、1996年にテレビ愛知にアナウンサーとして入社。その後、2003年1月末に同局を退社した。 テレビ愛知退社後はフリーアナウンサーへ転向し、ホリプロに所属しながら活動を続けている。2011年現在は、ラジオ日本の番組を中心に活動している。
小松 みゆき(こまつ みゆき、1971年6月5日 - )は、… 小松 みゆき(こまつ みゆき、1971年6月5日 - )は、日本の女優、グラビアモデルである。福島県いわき市出身。旧芸名は小松 美幸(読み方同じ)。イエローキャブ、マツ・カンパニー、オフィスミラクルボックスを経てサンズエンタテインメントに所属していた。2018年11月よりテンダープロに所属。 身長156 cm、スリーサイズはB84 W60 H86。 10代の頃、1980年代前半に人気だったたのきんトリオの映画を好んで見るようになる。磐城女子高校に進学すると、高校の出身者に秋吉久美子がいたことや先述の映画などの影響を受けて役者に憧れ始める。 実践女子大学在学中に原宿でスカウトされ、1990年に「小松 美幸」として『週刊プレイボーイ』10月23日号の水着グラビアでデビュー。
小松 みゆき(こまつ みゆき、1971年6月5日 - )は、… 小松 みゆき(こまつ みゆき、1971年6月5日 - )は、日本の女優。福島県いわき市出身。身長155cm・体重43kg。 B83 W56 H82。血液型 B型。旧芸名は小松 美幸(読み方同じ)。イエローキャブ、マツ・カンパニー、オフィスミラクルボックスを経てサンズエンタテインメントに所属していた。
角田 久美子(つのだ くみこ、1970年7月10日 - )は… 角田 久美子(つのだ くみこ、1970年7月10日 - )は、日本テレビスポーツ局プロデューサー、元アナウンサー。 苗字の「角」は、中心の縦線が下に突き抜ける異体字である。 東京都出身。1978年から1979年にかけ、イラク・バグダードに在住。東京都立新宿高等学校、実践女子大学文学部英文学科を卒業。1993年に日本テレビへ入社し、アナウンサーとしておよそ10年間勤務した。同期入社は藤井恒久、山王丸和恵がいる。2003年12月1日、アナウンス部から編成局マーケティング部、2010年7月1日、編成局宣伝部、2017年12月1日、スポーツ局へ、それぞれ異動。 大学在学中、ラジオたんぱの『合格いっぽん道』に飯塚よし照のアシスタント(合格レディ)として1年間レギュラー出演する。
飯田 ミカ(いいだ ミカ、1969年8月31日 - )は、1… 飯田 ミカ(いいだ ミカ、1969年8月31日 - )は、1994年4月~1995年3月の1年間、NHK衛星第2テレビジョン(BS2)で放送された子供向け番組「あさごはんだいすき」のうたのおねえさんである。 東京都出身。実践女子大学卒業後、「あさごはんだいすき」のうたのおねえさんに起用される。「ミカおねえさん」として、「あゆむおねえさん(美咲あゆむ)」と共に親しまれた。卒業後は女優として活動を続けている。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
河合 亞美(かわい あみ、1967年12月15日 - )は、… 河合 亞美(かわい あみ、1967年12月15日 - )は、日本の女優。東京都出身。身長168cm。サティスファクション所属。旧芸名河合 亜美(読み同じ)。 実践女子学園中学校・高等学校、実践女子大学文学部英文学科卒。 小学校卒業までは劇団こまどりに所属し、子役として活動するも学業上の都合により活動を休止。その後、大学在学中にスカウトを受け芸能活動を再開。 1992年恐竜戦隊ジュウレンジャーでラミイ役を演じ脚光を浴びる。2005年に日本舞踊藤間流(勘右衛門派)の名取となり、藤間 絢也(ふじま あや)を名乗る。
秋山 博子(あきやま ひろこ、1967年6月4日 - )は、… 秋山 博子(あきやま ひろこ、1967年6月4日 - )は、日本の青森放送(RAB)に在職する営業局次長・CM部長、ディレクターで、元アナウンサー。岩手県盛岡市出身。血液型はA型。身長は157cm。 1991年4月、実践女子大学卒業後、青森放送に入社する。 2003年3月、青森放送を退社し、フリーに転向。TBSテレビ『ベストタイム』のリポーターを担当する。 2004年9月、青森放送にアナウンサーとして復帰する。 2010年、NNSアナウンス大賞ラジオ部門を受賞。 2015年4月、報道局アナウンス部副参事。10月1日、報道局アナウンス部部長。 アナウンス職に携わる一方、同局での公開収録番組を兼ねたイベント「津軽弁の日」にも主催者である「津軽弁の日やるべし会」特別会員として出演。
石川 小百合(いしかわ さゆり、1965年3月22日 - )… 石川 小百合(いしかわ さゆり、1965年3月22日 - )は、女性のフリーアナウンサー。テレビ静岡の元アナウンサー。既婚。所属事務所は太田プロダクション。 東京都出身。実践女子大学文学部英文学科卒業。 1987年、テレビ静岡に入社。1989年に退社し、1990年からフリー・アナウンサーとして活動。 フジテレビ『プロ野球ニュース』でスポーツキャスターを務めた。その後、JFN系『ヒルサイドアヴェニュー』のラジオパーソナリティーを10年間担当すると同時に、TBSで情報・報道番組でリポーターを務め、新潟県中越地震・スマトラ沖地震・奈良女児殺害事件・秋葉原無差別殺傷事件なども報道していた。その他、著名人などへのインタビューも多数担当した。
政井 貴子(まさい たかこ、1965年3月8日 - )は、日… 政井 貴子(まさい たかこ、1965年3月8日 - )は、日本の実業家、SBI金融経済研究所取締役理事長。日本銀行政策委員会審議委員、新生銀行執行役員 市場営業本部市場調査室長、新生銀行執行役員 金融調査部長などを歴任した。愛媛県出身。 本名は西田貴子(にしだたかこ)。国会や辞令などでは西田姓が使用されている。 愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校を経て、実践女子大学文学部を卒業後、1988年、ノヴァ・スコシア銀行東京支店に入行。2007年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了後、新生銀行キャピタルマーケッツ部部長に就任。2013年、同銀行の執行役員となった。 2016年4月19日、安倍内閣が6月29日で任期満了となる石田浩二審議委員の後任に、新生銀行執行役員の政井を起用する人事案を国会に提示。
牧野 美千子(まきの みちこ、1964年10月3日 - )は… 牧野 美千子(まきの みちこ、1964年10月3日 - )は、日本のタレント。本名 (旧姓)、芸名と同じ。 埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。実践女子大学卒業。既婚。 中学生時代の部活は陸上部で、数々の入賞経験がある。大学在学中に「ミス実践」に選ばれたことがきっかけでモデルとして活動を始め、『週刊朝日』の表紙などで活躍。 1984年の特撮ドラマ『超電子バイオマン』(テレビ朝日系)で女優デビュー。バイオマンが「スーパー戦隊シリーズ」で初めて女性2人体制を導入するにあたり、戦闘的なイエローとは対照的に「普通の女の子」が求められたピンク役の選考が難航する中、鈴木武幸プロデューサーの机に偶然置いてあった「週刊朝日」の表紙の牧野が鈴木の目に止まり、鈴木は大学の学生課を通して牧野にオファーした。
高梨 亜矢(たかなし あや、1964年3月18日 - )は、… 高梨 亜矢(たかなし あや、1964年3月18日 - )は、日本の元女優。かつて所属していた事務所は「オフィスばん」。 千葉県野田市出身。実践女子大学在学中から女優を志し、『スチュワーデス物語』(TBS / 大映テレビ)でデビュー。 1992年のアメリカ映画『ミスター・ベースボール』のヒロイン役を射止め、それ以降も日本のドラマに端役として出ていたが、2003年のテレビドラマ『夜逃げ屋本舗』での出演を最後に、芸能活動は確認されていない。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
木島 葉子(きじま ようこ、1963年3月 - )は、日本の… 木島 葉子(きじま ようこ、1963年3月 - )は、日本の実業家。元アフラック生命保険株式会社取締役常務執行役員。学校法人実践女子学園理事長。2018年のアフラック生命保険株式会社の日本法人化を指揮した。 東京都生まれ。1986年、実践女子大学家政学部卒業。同年4月、アメリカンファミリーライフアシュアランスカンパニーオブコロンバス(現 アフラック生命保険株式会社)に入社。2006年、契約管理企画部長、2007年、コンタクトセンターサービス部長。2012年、執行役員。2015年~2016年にかけて、コンプライアンス・オフィサーを担当。2017年、同社常務執行役員。2018年、同社取締役常務執行役員。
近藤 みゆき(こんどう みゆき、1960年2月23日 - 2… 近藤 みゆき(こんどう みゆき、1960年2月23日 - 2019年12月16日)は、日本の国文学者。専攻は中古文学、特に王朝和歌。元実践女子大学教授。夫は日本語学者の近藤泰弘。 1960年、大阪府大阪市に生まれる。日本女子大学附属高等学校を経て、1978年、日本女子大学文学部国文学科に入学。同大学卒業後、1983年、東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程修士課程入学。修了後、1986年、同大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程へ進学。1988年中途退学し、千葉大学教養部専任講師となる。1992年、同大学教養部助教授、1994年、同大学文学部助教授、同大学大学院文学研究科助教授。
三島 早苗(みしま さなえ、1957年5月3日 - )は、日… 三島 早苗(みしま さなえ、1957年5月3日 - )は、日本の元女子サッカー選手。元サッカー日本女子代表。 実践女子大学、FC PAFでプレー。FC PAF在籍時の1981年に1981 AFC女子選手権のために初めてサッカー日本女子代表が編成された際に代表に選出された。6月11日、この大会の2戦目、タイ代表との試合で日本代表デビューした。その後、9月9日のポートピア'81国際女子サッカーのイタリア戦にも出場した。イタリア戦では0-9で敗れ、この試合は日本代表史上最大の点差での敗戦となった。日本代表には通算で2試合に出場した。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
大原 智子(おおはら ともこ、1957年 - )は、三重県出… 大原 智子(おおはら ともこ、1957年 - )は、三重県出身のサッカージャーナリストで女子サッカー選手。元サッカー日本女子代表。日本女子代表での登録ポジションはミッドフィールダー。 1976年に実践女子大学に入学した後に学内にサッカー同好会を作ったのがきっかけでサッカーを始め、望月三起也(漫画家)が結成していた女子サッカーチーム「ワイルド11レディース」との練習試合を行ったことで望月との縁が出来る。望月の肝煎りで出来た女子サッカーリーグ「チキンフットボールリーグ」にて、実践女子大学サッカー同好会選手としてプレーし、大学卒業後の1980年には実践女子大学時代の同窓生らとサッカーチーム「FC PAF」を結成した。
茂市久美子(もいち くみこ、1951年4月29日 - )は、… 茂市久美子(もいち くみこ、1951年4月29日 - )は、日本の童話作家。 岩手県新里村(現在の宮古市)出身。実践女子大学英文科卒業。大学在学中より那須辰造に師事。 1992年に岩泉線を舞台にした『おちばおちばとんでいけ』で第3回ひろすけ童話賞を受賞。岩手県が提唱する銀河系いわて大使の一人である。趣味は山歩きで、ネパールやヨーロッパの山岳地方を多く訪ねている。夫は山岳写真家の藤田弘基。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
江後 迪子(えご みちこ、1934年11月15日- )は、日… 江後 迪子(えご みちこ、1934年11月15日- )は、日本の食文化史学者。 兵庫県神戸市生まれ。山口女子短期大学卒業、実践女子大学卒、1974年同大学院修士課程修了。広島文教女子大学短期大学助教授、教授を経て、別府大学短期大学部教授を務めた。江戸期の食文化をテーマに研究を続けてきた。
鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - … 鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - )は、日本の英文学者、実践女子大学名誉教授。 大阪市東淀川区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1955年京都大学文学部英文科卒業。1962年同大学院博士課程満期退学。1965年龍谷大学文学部助教授、68年実践女子大学文学部助教授、75年教授、2004年定年、名誉教授、創価大学客員教授。2006-2010年日本ギャスケル協会会長。
安井 匡子(やすい きょうこ、1933年〈昭和8年〉 - )… 安井 匡子(やすい きょうこ、1933年〈昭和8年〉 - )は、日本の家政学者・栄養学者。元学校法人藤学園理事長。北海道出身。専門は家政学、食物栄養学。 実践女子大学生活科学部卒業。同大学院生活科学研究科修士課程修了。藤女子短期大学家政科講師。のちに、同家政科助教授。1973年(昭和48年)藤女子大学人間生活学部教授。1998年(平成10年)藤学園理事長に就任。2007年(平成19年)理事長退任。藤女子大学退職。同名誉教授 この他、藤女子大学人間生活学部長など務め、栄養士や管理栄養士輩出に尽力。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月2… 向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月28日 - 1981年〈昭和56年〉8月22日)は、日本のテレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。 週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。 父親の転勤で全国を転々とするが、本人は鹿児島時代が文学の原点と語った。実践女専国語科を卒業後、映画雑誌の記者を経て、ラジオ・テレビの台本・脚本を書く。『七人の孫』『寺内貫太郎一家』等、自分の実感をもとに庶民の生活を温かくかつその暗部をも描いて「ホームドラマの旗手」といわれた。 1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。
北沢 杏子(きたざわ きょうこ、1929年11月23日 - … 北沢 杏子(きたざわ きょうこ、1929年11月23日 - )は、日本の脚本家・性教育研究家。アーニ出版共同代表、性を語る会代表。 埼玉県浦和市(現:さいたま市)生まれ。実践女子大学国文科、舞台芸術学院、東京綜合写真専門学校卒業。2007年現在、東京都世田谷区在住。 日本放送作家協会会員として、演劇・ミュージカル・テレビドラマなど多くの脚本を手がけ(ウルトラQ 第22話「変身」〈原案は金城哲夫〉・第25話「悪魔ッ子」〈原案は当時の円谷プロのプロデューサー・熊谷健〉・未発表作「怪しき隣人」の脚本に参加している)、1960年、「アーニクーニの歌」で東京都児童演劇祭最優秀賞を受賞。1965年より性教育を中心とする言論出版活動を展開する。
小山内 富子(おさない とみこ、1929年8月5日 - 20… 小山内 富子(おさない とみこ、1929年8月5日 - 2019年3月24日)は、日本の随筆家、児童文学作家。別筆名に小山内 繭。日本文藝家協会会員。 佐賀県生まれ。実践女子専門学校に進学、国文科を卒業。東京大学総合図書館の司書となり、小山内薫の次男・小山内宏と結婚。 1977年の夫の死後、随筆や児童文学を書く。代表作『ちょっとコーヒーのみにきて』は日本図書館協会の選定図書となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
牟礼 慶子(むれ けいこ、1929年〈昭和4年〉2月1日 -… 牟礼 慶子(むれ けいこ、1929年〈昭和4年〉2月1日 - 2012年〈平成24年〉1月29日)は、日本の詩人・教師。主な著作として『見えないだけ』『鮎川信夫 路上のたましい』『満身創痍』『夢の庭へ』など。 本名は谷田慶子で、ペンネームの牟礼は三鷹市の牟礼町に因む。夫は堀辰雄の研究者で「新潮」の編集長なども務めた、文芸評論家の谷田昌平。2012年、82歳で脳梗塞のため死去。 東京府出身。4人兄弟の長女として生まれる。出生名殿岡慶子。 東京市立啓明小学校、 東京都立北野高等女学校、 實践女子専門学校(現在の実践女子大学)国文科卒業。 学生時代は井坂洋子の母親らと回覧雑誌に参加して短歌を作っていたが、のちに詩に転向した。
元藤 燁子(もとふじ あきこ、1928年9月22日 - 20… 元藤 燁子(もとふじ あきこ、1928年9月22日 - 2003年10月19日)は、舞踏家。(本名:元藤明子)、土方巽記念資料館館長、アスベスト館館長。 東京生れ、1936年、礼儀見習い奉公のため奉公していた隣家の斎藤実内大臣(前海軍大将)の私邸(四ツ谷仲町3丁目44)で、二・二六事件に遭遇している。実践女子大学卒、日本大学芸術科卒、石井みどり舞踏研究所入所、小牧正英バレエ団入団。津田近代舞踊学校(津田・元藤近代舞踊研究所)の主宰者(津田信敏、1910-1984)との結婚を経て、1968年「暗黒舞踏」創始者である土方巽(1928-1986)と再婚した。 1952年、元藤は津田信敏近代舞踊学校(津田・元藤近代舞踊研究所)を目黒区下目黒(現・中町)に設立した(後のアスベスト館)。
塩沢 とき(、1928年〈昭和3年〉4月1日 - 2007年… 塩沢 とき(、1928年〈昭和3年〉4月1日 - 2007年〈平成19年〉5月17日)は、日本の女優。本名及び旧芸名は塩沢 登代路()。 東京市牛込区中里町出身。実践高等女学校卒。亡くなるまで東宝芸能に所属。 1947年、越後憲や杉葉子らと東宝ニューフェイス第2期に合格。芸能界入りからしばらくは、三越のファッションショーにモデルとしてたびたび出演した。1950年に端役で『女三四郎』で映画初出演。以降、1950年代の東宝作品に出演し、デビューからしばらくは本名の塩沢登代路で活動した。 1958年、舌癌を病み、手術の際に総入れ歯となったが、幸運にも担当医が舌癌の最新療法(当時)を学んでいたことで、寛解する。
中島 道子(なかじま みちこ、本名:中嶋、1928年 - 2… 中島 道子(なかじま みちこ、本名:中嶋、1928年 - 2021年6月21日)は、日本の作家。 福井県三国町(現・坂井市)生まれ。実践女子大学国文科卒業。福井県内の中学校で国語教諭として勤務。50代半ばより執筆活動を開始。戦国~江戸期の武将とその妻に関する歴史小説を多く手掛けた。日本ペンクラブ会員。明智光秀公顕彰会副会長。福井工業大学客員教授。
逸見 久美(いつみ くみ、1926年7月12日 - 2025… 逸見 久美(いつみ くみ、1926年7月12日 - 2025年11月3日)は、日本の歌人・日本近代文学研究者。特に与謝野鉄幹・晶子の研究では第一人者である。 翁久允の三女として兵庫県芦屋に生まれる。1947年青山学院女子専門部国文科卒、1950年早稲田大学文学部国文科卒、1953年同大学院修士課程修了、1973年実践女子大学大学院国文科博士課程終了、1977年「評傳與謝野鐵幹晶子」で文学博士の学位を取得する。女子聖学院短期大学教授、徳島文理大学教授、聖徳大学教授。 1948年に金沢の百貨店「大和」の出版部勁草書房設立の際の中心人物だった逸見俊吾(富山県出身、1923-2002)の妻。俊吾はのち青林書院を設立するが1961年倒産、青林書院新社(1984年青森書院に改称)となり、1964年社長に復帰、のち会長。
田中 里子(たなか さとこ、1925年10月7日-2007年… 田中 里子(たなか さとこ、1925年10月7日-2007年3月28日)は、市民運動家、元全国地域婦人団体連絡協議会事務局長。 東京都京橋生まれ。1945年実践女子専門学校卒。在学中は学徒動員で「風船爆弾」を作るも、東京大空襲の影響で世田谷に移住する。 生田花世の松花塾で詩や短歌を習い、山高しげりのもとで1952年から全地婦連事務局に勤め、1963年、事務局長(1986年まで)。国民生活審議会委員。原水爆禁止の3団体(原水禁、原水協、市民運動)の統一行動に挺身した。 1978年、第1回国連軍縮特別総会において日本代表として演説した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
長野 ハル(ながの はる、1925年4月26日 - 2025… 長野 ハル(ながの はる、1925年4月26日 - 2025年1月1日)は、日本のプロボクシング・マネージャー。東京都出身、帝拳ジム所属。女性。 1948年に実践女学校卒業後、第二次世界大戦後の大就職難のさなか、帝拳ジムに就職し、当時の会長で日本プロボクシング協会初代会長でもあった本田明の秘書となった。入社するまで長野は、帝拳がボクシングの会社だということを知らなかったという。 しかし明は1965年7月3日、64歳で死去。明は、後継者を次男・明彦にするよう遺言した。長野はこれを守るべく尽力する。しかし明彦は当時17歳(立教高校3年)と若すぎ、協会は明彦の就任を拒否した。そこで明の未亡人で明彦の母でもある本田ハルを名目上の会長に据え、数年後に明彦を会長に就任させた。
旭 輝子(あさひ てるこ、1924年(大正13年)10月30… 旭 輝子(あさひ てるこ、1924年(大正13年)10月30日 - 2001年(平成13年)12月31日)は、日本の女優である。本名、杉 輝子(すぎ てるこ)。東京都台東区浅草出身。1938年(昭和13年)、実践女学校(現・実践女子学園中学校)を中退し松竹少女歌劇学校に入る。翌年、松竹少女歌劇団に入団。1947年(昭和22年)に退団。映画やドラマ、舞台にと幅広く活躍した。
楠田 芳子(くすだ よしこ、1924年(大正13年)3月12… 楠田 芳子(くすだ よしこ、1924年(大正13年)3月12日 - 2013年(平成25年)12月3日)は、日本の脚本家。 1924年(大正13年)、静岡県浜松市出身。木下恵介(映画監督)と木下忠司(作曲家)は兄。 1942年(昭和17年)、実践女子専門学校家政研究科を卒業。1944年(昭和19年)、楠田浩之(映画カメラマン)と結婚した。楠田泰之(テレビプロデューサー・演出家)は息子である。 1965年から木下恵介プロダクション(ドリマックス・テレビジョンの前身)に参加し、1970年にフリーとなる。1993年(平成5年)には「シナリオ功労賞(第17回)」を受賞した。 2013年12月3日に死去。
浜田 百合子(はまだ ゆりこ、1923年3月31日 - 消息… 浜田 百合子(はまだ ゆりこ、1923年3月31日 - 消息不明)は日本の女優。佐賀県佐賀市生まれ、東京育ち。プロデューサーの本木荘二郎は元夫。日本映画学校卒業。 1945年に東宝入社。1946年の『民衆の敵』でデビューする。1958年に引退。引退して以降、現在までに70年近くも経っているため、生死も含めて消息不明である。
築地 正子(ついじ まさこ、1920年(大正9年)1月1日 … 築地 正子(ついじ まさこ、1920年(大正9年)1月1日 − 2006年(平成18年)1月27日、享年86歳)は、日本の歌人。本名は築地 正(ついじ まさ)。 1920年(大正9年)1月1日、東京に生まれた。実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科在学中から作歌を始め、短歌結社「鶯」をへて竹柏会「心の花」の同人となった。戦後、二十六歳の時に熊本県長洲町に両親と共に移り住み、五十年以上をそこで土を耕しながら過ごした。一時期絵画を志したが、熊本移住後に断念している。熊本ではその地になじめず、最後まで東京への望郷の思いを持ち続けた。彼女は人間嫌いとも言われるほど世俗を退け、家に電話も置いていなかったところから、「孤高の歌人」と呼ばれたが、長洲町の豊な自然(鳥や虫、植物など)との交感や老いを題材に、彼女独特の美学や哲学に基づいた清新な歌風の作品を残している。
山脇 百合子(やまわき ゆりこ、1918年6月5日 - 20… 山脇 百合子(やまわき ゆりこ、1918年6月5日 - 2019年1月31日)は、英文学者、実践女子大学名誉教授。 東京で童話作家・横山寿篤、横山美智子の長女として生まれる。1936年3月に女子学院卒業、1940年3月に東京女子大学英文科卒業、1942年3月に早稲田大学英文科業卒。早稲田大学文学部大学院に1年間在籍。1944年4月に啓明学園女学校で英語教師になった後の同年10月から1947年4月まで朝日新聞東京本社に勤める。英国文化振興会の奨学金を利用して1952年7月から1953年10月までリヴァプール大学大学院に留学。 1954年4月、東京女子大学講師。 1957年4月、女子美術大学講師。 1958年4月、実践女子学園短期大学講師。
渡辺 静子(わたなべ しずこ、1916年8月11日 - 20… 渡辺 静子(わたなべ しずこ、1916年8月11日 - 2011年5月2日)は、日本の国文学者・俳人。 東京生まれ。筆名・渡辺 しおり。1937年実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科卒、結婚するが夫を亡くしたあと、1966年東洋大学大学院博士課程満期退学、清和女子短期大学教授、1972年大東文化大学教授、87年名誉教授。1991年「中世日記文学論序説」で大東文化大学文学博士。専門は中世・中世日記文学。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
太田 絢子(おおた あやこ、1916年3月17日 - 200… 太田 絢子(おおた あやこ、1916年3月17日 - 2009年10月31日)は、昭和・平成期の歌人。歌誌『潮音』主宰を務めた。歌人・漢文学者の太田青丘は夫。『潮音』現主宰の木村雅子は娘。旧姓・近藤。 北海道利尻町生まれ。実践女子専門学校(現実践女子大学)国文科卒。在学中は高崎正秀の指導を受ける。同校助手を経て、北海道岩見沢農業高等学校、北海道小樽潮陵高等学校などの教員を歴任。小樽市を第二の故郷として愛した。 1950年(昭和25年)、歌誌『新墾』及び『潮音』に入社。後に『新墾』選者も務める。1957年(昭和32年)、師の小田観螢の媒酌により、太田青丘の後妻に入り、北海道を離れ鎌倉市に住む。1996年(平成9年)に夫の太田青丘の没後、『潮音』主宰を継承。
牧瀬 菊枝(まきせ きくえ、1911年9月3日 - 1997… 牧瀬 菊枝(まきせ きくえ、1911年9月3日 - 1997年)は、昭和期に活動した女性史研究者、生活記録運動家。旧姓島崎。 1911年(明治44年)に生まれる。1932年(昭和7年)、実践女子専門学校(現在の実践女子大学)を卒業。同年岩波書店に入社し、1940年(昭和15年)まで勤務する。1937年(昭和12年)に牧瀬恒二と結婚。戦後に、生活記録運動や思想の科学研究会の活動に参加し、聞き書きの手法で庶民生活の歴史を発掘した。 1911年(明治44年)9月3日、静岡県富士市の禅寺に生まれる。実践女子専門学校国文科に進むが、良妻賢母の養成を旨とする校風にはなじめなかったという。1932年(昭和7年)に実践女子専門学校を卒業後、岩波書店に就職し編集者となった。
守随 憲治(しゅずい けんじ、1899年3月10日 - 19… 守随 憲治(しゅずい けんじ、1899年3月10日 - 1983年2月7日)は、近世日本文学研究者、東京大学教養学部・実践女子大学名誉教授。