大野 つや子(おおの つやこ、1934年2月27日 - 20… 大野 つや子(おおの つやこ、1934年2月27日 - 2021年1月26日)は、日本の政治家。位階は従四位。 元自由民主党所属の参議院議員(当選2回)。第2次森改造内閣で、初代法務大臣政務官を務めた。伊吹派に所属していた。 運輸大臣・労働大臣を務めた大野明の妻。参議院議員・元岐阜県議会議員の大野泰正は次男。自民党副総裁の大野伴睦は義父。 東京都生まれ。1952年、国府台女子学院高等学校卒業。1956年11月、第42・43代衆議院議長を務めた大野伴睦の四男・明と結婚。 1996年3月、夫・明死去に伴う参議院岐阜県選挙区補欠選挙において、当時の第1次橋本内閣の連立与党だった自民、社民、さきがけ各党推薦の無所属として立候補し、初当選。
抜山 映子(ぬきやま えいこ、1934年2月26日 - )は… 抜山 映子(ぬきやま えいこ、1934年2月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。元参議院議員(1期)。兵庫県神戸市垂水区出身。神戸大学大学院法学研究科修士課程修了。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
最首公司(さいしゅ こうじ、1934年2月26日- )は、日… 最首公司(さいしゅ こうじ、1934年2月26日- )は、日本のジャーナリスト。 東京生まれ。1956年上智大学新聞学科卒業。東京新聞入社。社会部、編集企画委員、経済部、編集委員、中日新聞編集委員。中東、エネルギー問題を担当。イスラム経済研究会会員。エネルギー業界を代表する「石油文化賞」、「エネルギーフォーラム/普及啓発賞」受賞。日本アラブ協会理事、NPO燃料電池・水素エネルギー・ネットワーク理事、(社)海洋産業研究会客員研究員、最首事務所代表。
藤井 正雄(ふじい まさお、1934年2月26日-2018年… 藤井 正雄(ふじい まさお、1934年2月26日-2018年6月9日)は、日本の宗教学者、大正大学名誉教授、浄土宗僧侶。宗教学専攻。 1934年、東京生まれ。大正大学文学部哲学科で学び、1957年に卒業。同大学大学院に進学し、1963年に博士課程を単位取得退学。 同1963年より大正大学講師。後に、助教授、教授に昇格。1997年から2000年まで文学部長を務めた。2005年に大正大学を定年退任し、名誉教授となった。2001~2002年には、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員。浄土宗勧学。文学博士(学位論文「祖先祭祀の儀礼構造と民族」) 学界では、日本生命倫理学会会長、また京都大学再生医科学研究所倫理委員会委員。
杉淵 玲子(すぎぶち れいこ、1934年2月26日 - 20… 杉淵 玲子(すぎぶち れいこ、1934年2月26日 - 2023年11月4日)は、日本の翻訳家、フリーライター。 1934年青森県青森市に生まれる。津田塾大学英文科を卒業後、日本ユネスコ協会連盟に勤務。米誌『ホライズン』東京連絡員、『リーダーズダイジェスト』極東版国際広告部を経て、『ジャパン・タイムズ』の『クーリエ』翻訳。1963年東京キワニスクラブ設立準備事務局に勤務し、1965年社会奉仕団体・キワニスの招待でケンタッキー州ルイビル大学に留学。1966年から1967年にかけてヨーロッパを旅行して帰国。
亀山 継夫(かめやま つぎお、1934年2月26日 - )は… 亀山 継夫(かめやま つぎお、1934年2月26日 - )は、日本の法律家、検察官、弁護士。元最高裁判所裁判官。 1956年、東京大学法学部卒業。司法修習生。1958年、横浜地方裁判所・家庭裁判所判事補。 1960年、法務省司法法制調査部付検事。1967年、法務省刑事局付検事。 1970年、法務省刑事局参事官。1976年、法務省刑事局青少年課長。 1979年、東京地方検察庁公判部副部長。1980年、東京地方検察庁刑事部副部長。 1981年、法務大臣官房審議官(刑事局担当)。1984年、東京高等検察庁刑事部長。最高検察庁検事。 1986年、札幌地方検察庁検事正。1988年、前橋地方検察庁検事正。1989年、最高検察庁総務部長。
蓮佛 宗宏(れんぶつ むねひろ、1934年2月26日 - … 蓮佛 宗宏(れんぶつ むねひろ、1934年2月26日 - 2017年10月24日)は、日本の経営者、銀行家。大東銀行頭取を務めた。 北海道出身。1956年に東北大学経済学部を卒業し、同年に大蔵省に入省した。1981年に大東銀行常務に就任し、1987年6月に専務を経て、1991年6月には頭取に就任。2003年6月には会長に就任。
高橋 幸翁(たかはし さちお、正確には髙橋 幸翁、1934年… 高橋 幸翁(たかはし さちお、正確には髙橋 幸翁、1934年(昭和9年)2月26日 - 2015年(平成27年)3月30日)は、日本の政治家。山形県米沢市長(5期)。2004年旭日中綬章受章。 1934年(昭和9年)、米沢市内の元細工町(当時)の高橋宮蔵・マサの長男として誕生する。 1959年(昭和34年)、米沢市議会議員に当選する。以来3期連続当選し、1971年(昭和46年)まで議員を務める。次いで1975年(昭和50年)に山形県議会議員に当選(米沢市選挙区)、1979年(昭和54年)まで議員を務める。1983年(昭和58年)の米沢市長選挙に出馬し、現職候補を僅差で破って初当選し、第28代米沢市長に就任する。
深瀬 昌久(ふかせ まさひさ、本名・よしひさ、1934年2月… 深瀬 昌久(ふかせ まさひさ、本名・よしひさ、1934年2月25日 - 2012年6月9日)は、日本の写真家。北海道中川郡美深町生まれ。写真表現を通して「私性」と「遊戯」を追求した写真家として知られる。 1908年に祖父・庸光が美深町に創設した深瀬写真館の長男として誕生したため、3代目跡継ぎとして期待された。6歳になるとプリント水洗の仕事を手伝わされ、外に遊びにいきたい気持ちをじっと我慢しながら従事したという。深瀬はのちに「私の写真への怨恨はたぶんこのころ芽生えたものであろう」と記すほどであった。日本大学芸術学部写真学科に入学するために上京し、その後は東京の広告会社である第一宣伝社に就職。これをきっかけに写真家としての道を歩むこととなり、深瀬写真館は後に弟の了暉が継ぐことになる。
ケーシー 高峰(ケーシー たかみね、1934年〈昭和9年〉2… ケーシー 高峰(ケーシー たかみね、1934年〈昭和9年〉2月25日 - 2019年〈平成31年〉4月8日)は、日本のコメディアン、タレント・俳優。本名:門脇 貞男(かどわき さだお)。主なギャグに、インターンからUターンして、セニュール、グラッチェ、よし子、などがある。 白衣姿で黒板やホワイトボードを用いる医事漫談の創始者だった。『笑点』など、テレビのお笑い/寄席番組でも人気を博した。俳優としても活躍した。シングル、アルバムもリリースしている。 山形県最上郡最上町出身。母方は先祖代々医師の家系であり、母・シヅエは生涯現役で診察を務めた産婦人科医であり、ケーシーの姉も医師、父は海外出張の多い商社マンで、レコードの収集家だった。
黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25… 黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25日 - 1987年(昭和62年)6月19日)は、日本の歴史学者・教育者。静岡大学教育学部教授。東京都杉並区出身。 歴史教育や日中戦争・太平洋戦争についての著作がある。教科書の自由発行、自由選択を支持し、家永教科書裁判当事者を支援した。 東京教育大学文学部史学科卒業。 中学教諭として新宿区立東戸山中学校、同四谷第一中学校で教鞭をとった後[要出典]、東京都立大学附属高等学校・東京学芸大学教育学部附属高等学校教諭となる。この間、和歌森の後任として1969年から10年間、NHK通信高校テレビ講座で日本史を担当した。 1975年から1977年まで東京学芸大学・中央大学の非常勤講師を併任、1979年に静岡大学教育学部助教授となる。
石橋 康正(いしばし やすまさ、1934年(昭和9年)2月2… 石橋 康正(いしばし やすまさ、1934年(昭和9年)2月24日 - )は、日本の皮膚科医。東京大学名誉教授。東京逓信病院名誉院長。 1934年、広島県豊田郡安芸津町(現東広島市)に生まれた。1952年広島県立呉三津田高等学校卒業。同年東京大学入学。1955年医学部医学科入学。1960年同卒業。同年生物系研究科大学院に入学。1964年東京大学医学博士。論文の題は「色素異常を中心とする癩性皮疹に於ける病理組織学的研究」。 1964年10月、東京大学付属看護学校講師。1965年茨城県立中央病院皮膚科医長。1966年、東京大学助手。同年11月、西ドイツ・ボン大学皮膚科(Prof. Reinbrock)留学。
水野 修孝(みずの しゅうこう、1934年2月24日 - )… 水野 修孝(みずの しゅうこう、1934年2月24日 - )は、徳島県生まれの作曲家。
笠 耐(りゅう たえ、女性、1934年2月24日 - 202… 笠 耐(りゅう たえ、女性、1934年2月24日 - 2025年3月6日)は、日本の物理教育者。元上智大学助教授。 福岡県生まれ。檀一雄の母と、高岩勘次郎の娘で、兄に高岩淡がいる。福岡県立修猷館高等学校を経て、お茶の水女子大学理学部物理学科卒業。上智大学理工学部専任講師、助教授。2002年、IUPAP-ICPE(国際純粋応用物理学連合-国際物理教育委員会)メダルを受賞。2004年上智大学定年。2025年3月6日死去。 夫は笠啓一(1928年広島県生まれ、1950年旧制第一高等学校卒業、文芸評論家)。 子は笠浩一郎(1958年生、(株)グリーンデザイン&コンサルティング代表取締役)、潤平(1959年生、香川大学教授)。
杉山 明子(すぎやま めいこ、1934年2月23日 - 20… 杉山 明子(すぎやま めいこ、1934年2月23日 - 2023年6月8日)は、日本の社会学者(社会調査)・統計学者である。神奈川県出身。 父は工学者の堀義路。祖父は実業家・聖職者の堀卯三郎。実業家の堀義人は甥。政治学者の秋野豊は従弟。政治学者の潮田江次は従叔父。 北海道生まれ。1957年に津田塾大学学芸学部数学科を卒業後、同年NHKに入局。同・放送世論調査所(現・放送文化研究所)主任研究員を経て、1988年より東京女子大学現代文化学部教授。日本行動計量学会理事長(2000 - 2006年)、社会調査士資格認定機構(現、社会調査協会)副機構長(2003 - 2007年)等を歴任。実業家でグロービス経営大学院大学学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの堀義人は甥。
池田 満寿夫(いけだ ますお、1934年〈昭和9年〉2月23… 池田 満寿夫(いけだ ますお、1934年〈昭和9年〉2月23日 - 1997年〈平成9年〉3月8日)は、日本の画家・版画家・挿絵画家・彫刻家・陶芸家・作家・映画監督などの従来の芸術の枠にとどまらず多彩に活躍した芸術家。エロスの作家といわれるように、官能的な作風が多い。しかし、多岐にわたる活動や多才さは、かえって“池田芸術”の高い知名度にふさわしい正当な評価を困難にしている。 旧満洲国奉天市(現在の瀋陽市)に生まれ、戦後長野県長野市で育つ。長野市立柳町中学校、長野北高等学校(現・長野県長野高等学校)定時制課程卒業。高校在学中に絵画が入選、画家を志し上京するが、東京芸術大学の受験に3度失敗し大学進学を断念。
鎌倉 孝夫(かまくら たかお、1934年2月23日 - )は… 鎌倉 孝夫(かまくら たかお、1934年2月23日 - )は、日本の経済学者。埼玉大学名誉教授、東日本国際大学名誉教授・元学長。専攻は経済理論、マルクス経済学。 東京都出身。マルクス経済学者の宇野弘蔵に学び、宇野の死後は鈴木鴻一郎、大島清、岩田弘、大内力、橋本寿朗、降旗節雄、大内秀明、桜井毅、山口重克らとともに宇野学派の研究者の一人とされる。 宇野のいわゆる三段階論(原理論・段階論・現状分析)を研究し、宇野原論をより一貫化した。宇野学派の原論(『経済原論』,1964)の理解には、大きく分けて二つの方向があり、一つは形態関係=歴史的論理重視の立場であり、もう一つは純粋資本主義のモデル的理論への純化の方向を志向する立場がある。
勝城 蒼鳳(かつしろ そうほう、1934年2月23日 - 2… 勝城 蒼鳳(かつしろ そうほう、1934年2月23日 - 2023年1月28日)は、日本の竹工芸家。重要無形文化財保持者(人間国宝)。本名は、勝城 一二(いちじ)。 栃木県那須郡高林村(黒磯町、黒磯市を経て、現在の那須塩原市)に生まれる。 1949年に15歳で菊地義伊に弟子入りして竹工芸を学び始め、八木澤啓造(蒼玕)や斎藤文石にも指導を受けた。1968年に日本伝統工芸展に初めて入選を果たし、以後「蒼鳳」の号を使用する。この号は八木澤から与えられたものだった。斎藤に師を変えたのは、八木澤が指導のためにフィリピンに渡航したことが理由だった。 1972年に日本工芸会正会員となる。 日本伝統工芸展では、第30回で東京都知事賞、第44回でNHK会長賞を受賞した。
玉木 襄(たまき のぼる、1934年(昭和9年)2月22日 … 玉木 襄(たまき のぼる、1934年(昭和9年)2月22日 - )は、日本の政治活動家。山口県熊毛郡田布施町出身。早稲田大学卒業。元日本青年団協議会副会長、元新自由クラブ山口県連代表、元進歩党幹事長。 父親が特定郵便局長を務める家に生まれる。 山口県立熊毛南高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部卒業。河野洋平前衆議院議長は大学時代の同級生で、玉木が新自由クラブに入党する最大のきっかけになる。在学中は卓球部マネジャー、日本学生卓球連盟幹事長を務めた。 農業を営みながら、熊毛郡連合青年団長、山口県連合青年団長、日本青年団協議会副会長と青年団活動一筋に上り詰めた。あすの山口を創る県民会議を結成し、山口県少年の船、山口県海外少年の船、山口県青少年1万人キャンプ大会などの青少年活動は現在も続けている。
財津 一郎(ざいつ いちろう、1934年〈昭和9年〉2月22… 財津 一郎(ざいつ いちろう、1934年〈昭和9年〉2月22日 - 2023年〈令和5年〉10月14日)は、日本の俳優、コメディアン、歌手。 本名:財津 永栄(ざいつ ながひで)、旧芸名:財津 肇メ。熊本県熊本市出身。熊本県立済々黌高等学校卒業。 財津家は神武天皇の時代から続くというほどの名家であった。父親は農林省(現:農林水産省)の役人で、3人兄弟の末っ子として東京に住んでいた、父が日中戦争で中国大陸へ出征したため、1944年に一家は故郷の熊本へ疎開した。 1947年に、阿蘇にある財津家の土地を守るために阿蘇郡黒川村(現・阿蘇市)へ移住、学校もそれまで通っていた済々黌中学校から阿蘇農業高等学校(現・熊本県立阿蘇中央高等学校)へ転校した。
竹内 己喜男(たけうち みきお、1934年2月22日 - 2… 竹内 己喜男(たけうち みきお、1934年2月22日 - 2013年5月)は、日本のフィギュアスケート選手(アイスダンス)。パートナーは金子恵以子。アイスダンスのフィギュアスケート審判員。 1957年から1964年まで全日本選手権アイスダンス8連覇。1962年世界フィギュアスケート選手権で17位。息子にはフィギュアスケート選手の竹内光明、竹内義明がいる。明治大学卒業。 1954年、全日本ジュニア選手権男子シングルに出場し、大橋和夫に次いで2位となる。 1957年、金子恵以子とカップルを組み全日本選手権に出場し優勝。アイスダンスの初代全日本チャンピオンとなる。その後、1964年まで全日本選手権で8連覇を達成する。
木下 崇俊(きのした たかとし、1934年〈昭和9年〉2月2… 木下 崇俊(きのした たかとし、1934年〈昭和9年〉2月21日 - 2022年〈令和4年〉4月4日)は、豊後国日出藩木下家第19代当主。 神奈川県川崎市に在住していた。 子爵・木下俊凞の長男として誕生。東京で育つ。 学習院大学を卒業。上皇明仁とは学友であった。 東京交通会館で勤務していたが、崇俊の姉の夫が恵比寿駅前で創業した、パチンコ店「恵比寿会館」に義兄に誘われ入社。常務取締役に就任したが、当初は店員として店で勤務をしていた。その後監査役等を務める。 また旧領の大分県速見郡日出町を年に3回訪問しており、晩年まで地元の人たちからは「殿」の愛称で親しまれた。 2022年4月に川崎市内の病院で死去。
栗原 成郎(くりはら しげお、1934年2月21日 - )は… 栗原 成郎(くりはら しげお、1934年2月21日 - )は、ロシア文学者、東京大学名誉教授。博士(文学)(東京大学、2005年)(学位論文「ロシア俚諺語法の研究」)。 東京市目黒区生まれ。1958年東京教育大学言語学科卒。1961年同大学院文学研究科修士課程修了。非常勤講師の木村彰一に学び、1962-1964年カリフォルニア大学バークレー校大学院スラヴ語スラヴ文学科留学。1966年東京大学教養学部専任講師、1975年文学部露文科助教授、のち教授、1992年北海道大学教授。1997年から2007年まで創価大学教授。ロシアのほか、ユーゴスラビア文学も翻訳している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
杉森 みど里(すぎもり みどり 1934年2月21日-)は、… 杉森 みど里(すぎもり みどり 1934年2月21日-)は、日本の看護学者。群馬県立医療短期大学学長、群馬県立県民健康科学大学学長を歴任。群馬県立県民健康科学大学名誉教授。 兵庫県生まれ。1955年国立東京第一病院附属高等看護学院卒業。以後1967年まで国立東京第一病院勤務。その間、1959年から1960年外務省による医療使節団員としてラオスへ派遣。1961年から1963年国際看護婦協会(I.C.N.)交換看護婦として渡米。1966から1967年厚生省看護教員養成講習会専任者として出向。1967年順天堂高等看護学校本科教務主任。1973年法政大学法学部法律学科卒業。同年東海大学医療技術短期大学助教授。
立木 大夫(たちき ともお、1934年〈昭和9年〉2月21日… 立木 大夫(たちき ともお、1934年〈昭和9年〉2月21日 - 2013年〈平成25年〉7月30日)は、日本の政治家。岡山県高梁市長(2期)。位階は正六位。旭日小綬章受章。 岡山県高梁市出身。立正大学文学部卒業。高梁市役所に入り、助役などを務める。1996年の市長選挙に立候補し、初当選。2000年の市長選挙は無投票で再選する。2004年高梁市は上房郡有漢町、川上郡成羽町、川上町、備中町と合併し、新たな高梁市が発足した。合併後の市長職務執行者となり、市長選挙には立候補しなかった。2005年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。2013年死去。死没日付をもって正六位に叙された。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
池田 良兼(いけだ よしかね、1934年2月20日 - )は… 池田 良兼(いけだ よしかね、1934年2月20日 - )は、日本の裁判官。石川県出身。金沢大学法文学部卒業。大阪地方裁判所所長、名古屋高等裁判所長官などを歴任。金沢大学法曹会会長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
白石 善章(しらいし よしあき、1934年2月20日 - 2… 白石 善章(しらいし よしあき、1934年2月20日 - 2016年3月25日)は、日本の経営学者。流通科学大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1974年神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。1977年神戸大学大学院商学研究科博士課程満期退学、1992年「流通過程における重層的競争の研究」で神戸大商学博士。福岡大学商学部助教授、西南学院大学教授、流通科学大学教授、流通科学大学副学長。2005年 流通科学大学 定年、流通科学大学名誉教授、熊本学園大学教授。 1991年~2004年 日仏経営学会 理事、1992年 - 2000年 日本商業学会 常任理事、1999年 - 2003年 日本商業教育学会 理事。
山下 弘文(やました ひろふみ、1934年2月19日 - 2… 山下 弘文(やました ひろふみ、1934年2月19日 - 2000年7月21日)は日本の自然保護活動家。長崎県出身。高知大学文理学部卒業。 長崎県長崎市出身。佐賀県水産試験場有明海分場(現・佐賀県有明水産振興センター)、長崎水族館勤務をへて、1973年長崎県諫早地区労事務局長。1989年エコロジカルプランニング研究所代表。1997年諫早干潟緊急救済本部代表。1991年日本湿地ネットワーク (JAWAN)代表。1998年ゴールドマン環境賞を受賞。 諫早湾干拓事業に反対するなど、干潟の保護活動に努めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
茶谷 正洋(ちゃたに まさひろ、1934年2月18日 ‐ 2… 茶谷 正洋(ちゃたに まさひろ、1934年2月18日 ‐ 2008年11月19日)は、日本の建築学者、建築家。建築意匠、図学、建築の構法と形態、視環境知覚を専門としていた。
日野 市朗(ひの いちろう、1934年2月17日 - 200… 日野 市朗(ひの いちろう、1934年2月17日 - 2003年7月6日)は、日本の弁護士、政治家。位階は従三位、勲章は勲一等瑞宝章。 仙台弁護士会副会長、衆議院議員(8期)、日本社会党政策審議会長(第14代)、衆議院災害対策特別委員長、衆議院農林水産委員長、郵政大臣(第61代)、社会民主党副党首などを歴任した。 宮城県桃生郡河北町(現石巻市)生まれ。仙台第二高等学校を経て、1956年中央大学法学部法律学科卒業、同大学院修了。1961年に司法試験に合格し、司法修習第16期を修了(同期に佐々木秀典)。1964年、宮城県仙台市で弁護士事務所を開業。1973年には仙台弁護士会副会長に就任した。 父である日野吉夫の衆議院議員引退に伴い、成田知巳日本社会党委員長(当時)の勧めを受け、1976年の第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧宮城県第2区から立候補し、初当選。
天野 明弘 (あまの あきひろ、1934年2月17日 - 2… 天野 明弘 (あまの あきひろ、1934年2月17日 - 2010年3月25日)は、日本の経済学者。神戸大学・関西学院大学名誉教授。元兵庫県立大学副学長。専門は国際経済学、環境経済学。 1934年に大阪府に生まれる。1956年に神戸大学経営学部卒業、1958年に神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了、直ちに同大学経営学部助手となる。1961年に講師、1964年に助教授となる。1963年にロチェスター大学からPh.D.を取得し、1966年に大阪大学から博士号を取得した。 1967年に大阪大学社会経済研究所助教授となり、1970年に再び神戸大学経営学部に戻る。1973年に同大学教授となる。1988年から1990年までは神戸大学経営学部の学部長を、1991年から1993年までは神戸大学総合情報処理センター長を務める。
新堀 俊明(しんぼり としあき、1934年(昭和9年)2月1… 新堀 俊明(しんぼり としあき、1934年(昭和9年)2月17日 - 2018年(平成30年)3月18日)は、日本のアナウンサー、ニュースキャスター、ジャーナリスト。TBS解説委員、日本大学芸術学部放送学科教授。 東京府東京市牛込区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。 1959年(昭和34年)4月、TBSにアナウンサー6期生として入社(同期にはアナウンサーの池田孝一郎、石井智、川野昌宏、里見恭夫、土屋統督、藤田和弘、料治直矢、相場君子、今井とも子、加藤かな子、加藤珪子、土井誉子、蛭田玲子がいる)。 主にニュース、報道番組、ナレーターを担い、1963年11月報道局ニュース部、1965年12月ニュース取材部、1967年10月ラジオニュース部兼テレビニュース部、1967年11月ラジオニュース部兼アナウンサー研修室付、1970年4月テレビ本部報道局テレビニュース部兼解説室委員に在籍し、報道記者として総理官邸、自民党、大蔵省(現・財務省)、通産省(現・経産省)、経済企画庁(現・内閣府)、科学技術庁(現・文部科学省)、財界などを担当。
熊谷 賢一(くまがい けんいち、1934年2月16日 - 2… 熊谷 賢一(くまがい けんいち、1934年2月16日 - 2017年10月9日)は、日本の作曲家。神奈川県横浜市生まれ。名古屋市立菊里高等学校音楽課程、1954年愛知学芸大学(現・愛知教育大学)卒業。1974年より1994年まで暁学園短期大学(現・四日市大学)教授。 1978年創作合唱曲公募受賞。1990年に朝日作曲賞受賞。日本作曲家協議会会員。日本室内管弦楽団代表。1949年に桜台高等学校の校歌を作曲している(出典:桜台高校広報紙「図書館の窓」)。NHKドラマ「中学生日記」の音楽も担当した。 2017年、腎不全で死去。 公式ウェブサイト“KUMA HOUSE”
貝塚 啓明(かいづか けいめい、1934年(昭和9年)2月1… 貝塚 啓明(かいづか けいめい、1934年(昭和9年)2月16日 - 2016年(平成28年)10月25日)は、日本の経済学者。専門は、財政学・金融論。学位は、経済学博士(東京大学・1963年)。東京大学名誉教授。財務総合政策研究所名誉所長。日本学士院会員。勲等は瑞宝重光章。 学習院大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部教授、東京大学経済学部学部長、中央大学法学部教授、中央大学研究開発機構教授、東京大学金融教育研究センターセンター長などを歴任。 京都府出身の経済学者である。財政学、金融論を専攻する。公共財の最適供給に関するポール・サミュエルソンの命題や、企業金融上の資本コストに関するフランコ・モディリアーニとマートン・ミラーの定理について、一般化する業績で知られている。
井上 一郎(いのうえ いちろう、1934年2月16日 - 2… 井上 一郎(いのうえ いちろう、1934年2月16日 - 2026年3月8日)は、日本の実業家。北海道小樽市出身。光合金製作所代表取締役会長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
柴川 林也(しばかわ りんや、1934年2月15日 - 20… 柴川 林也(しばかわ りんや、1934年2月15日 - 2022年2月24日 )は、日本の経営学者。位階勲等は従四位瑞宝中綬章。 一橋大学名誉教授。専門は金融工学。日本経営財務研究学会会長、日本経営学会常務理事、経済学会連合理事等を歴任した。日経・経済図書文化賞受賞。 北海道常呂郡野付牛町(現北見市)生まれ。1952年、北海道北見柏陽高等学校卒業。1956年、小樽商科大学商学部卒業。1958年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。古川栄一の弟子。1980年、九州大学より経済学博士の学位を取得。 1958年、東京経済大学経済学部助手。コロンビア大学経営大学院留学を経て、1961年、東京経済大経済学部講師。
田岡 利久(たおか としひさ、1934年2月15日 - )は… 田岡 利久(たおか としひさ、1934年2月15日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手。 埼玉県立熊谷高等学校では3年生の時に4番一塁手として第33回夏の甲子園に出場。決勝まで進出するが、平安高校に敗れて準優勝。 プロ野球では一年目から試合に出場し、ヒット、得点、四球を上げるなどの活躍をした。 1952年に大映スターズへ入団。1954年に退団した。
大塚善章(おおつか ぜんしょう、1934年2月15日 - )… 大塚善章(おおつか ぜんしょう、1934年2月15日 - )は、日本のジャズ・ピアニストである。大阪市天王寺区出身。 学生時代から今日まで65年を越えるジャズ演奏活動の中で、作曲や編曲でも数多くの作品があり、アメリカのジャズピアニストホレス・シルバーの影響を受けているといわれる。国内では数々のライブ演奏のほか、テレビ、ラジオや映画にも出演しており、海外でもスイス「モントルー・ジャズ・フェスティバル」に参加するなど、高い評価を得ている。 最近では、田中洋一(トランペット) 河村英樹(サックス)岩田晶・光岡尚紀(ベース)上場正俊・田中ヒロシ(ドラム)と共に「大塚善章カルテット」やトリオを編成し、関西を中心にライブで活躍している。
酒井 哲夫(さかい てつお、1934年(昭和9年)2月14日… 酒井 哲夫(さかい てつお、1934年(昭和9年)2月14日 - )は、日本の政治家。福井市長(3期)、福井県議会議員(6期)を務めた。 福井県生まれ。福井県立高志高等学校卒業。福井県庁職員を経て、1974年から福井県議会議員を6期務めた。 1994年、福井市長大武幸夫の死去に伴う福井市長選挙に出馬し、初当選。福井市長を3期12年間務めた。 2006年の福井市長選挙には出馬せず引退を表明し、福井市長を退任した。 その後福井県日中友好協会会長を務め、2024年6月からは同協会最高顧問。
丸山 暁鶴(まるやま ぎょうかく、1934年2月13日 - … 丸山 暁鶴(まるやま ぎょうかく、1934年2月13日 - 2014年8月6日)は、昭和・平成期の日本の書家・篆刻家。
安本 美典(やすもと びてん、1934年2月13日 - )は… 安本 美典(やすもと びてん、1934年2月13日 - )は、日本の心理学者・日本史研究家(古代史)。文章心理学、計量比較言語学日本古代史の分野で著書及び論文がある。日本行動計量学会会員。 満洲国奉天省鞍山市に生まれ、1946年に帰国して岡山県高梁市で育つ。1949年に岡山県立高梁高等学校へ入学。同期には公正取引委員会事務局長(事務方トップ)となる植木邦之がいる。同高校を卒業。京都大学文学部(心理学)卒業を経て、京都大学大学院文学研究科(心理学)修了。国家公務員採用上級甲種試験(現在の国家公務員総合職)の心理職試験にトップで合格し、旧労働省(現在の厚生労働省)に入省。 旧労働省退官後、社会心理学者の南博(一橋大学教授)が設立した日本リサーチセンターに入社。
中尾 俊夫(なかお としお、1934年2月13日 - 200… 中尾 俊夫(なかお としお、1934年2月13日 - 2000年5月13日)は、日本の言語学者、英語学者。 神奈川県横浜市生まれ。東京教育大学卒、1961年同大学院博士課程満期退学、1975年「後期中英語の強勢音韻論」で東京教育大学文学博士。宇都宮大学講師、助教授、津田塾大学助教授、教授。 2000年5月13日、肺癌のため死去。
登坂 哲朗(のぼりさか てつろう、1934年2月12日 - … 登坂 哲朗(のぼりさか てつろう、1934年2月12日 - 1978年8月30日)は、日本のバスケットボール選手。 中学校より姉の影響でバスケットボールを始め、高校時代に国体優勝等頭角を表し、慶應義塾大学に入学。日本鉱業でさらにバスケットボールに没頭し、日本代表に選ばれ1956年のメルボルンオリンピックに出場を果たした。現役引退後は、共同石油(現ENEOSホールディングス)の女子バスケットボール部の創設に参加し、後進の指導にあたった。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
金井裕(かない ゆう、1934年2月10日 - )は、フラン… 金井裕(かない ゆう、1934年2月10日 - )は、フランス文学者、翻訳家、茨城キリスト教大学名誉教授。 東京生まれ。本名・裕吉。京都大学文学部仏文科卒、1959年東京大学文学部仏文科卒。シオン短期大学教授、茨城キリスト教大学短期大学部教授、2004年定年退任、名誉教授。2006年のシオラン『カイエ1957-1972』で日本翻訳文化賞受賞。エミール・シオランを多く翻訳した。
松本 知則(まつもと とものり、1934年2月10日 - 2… 松本 知則(まつもと とものり、1934年2月10日 - 2003年6月14日)は、日本の経営者。九州朝日放送の社長を務めた。 大分県出身。1957年に一橋大学社会学部を卒業し、同年に朝日新聞社に入社。取締役、名古屋本社代表、常務を経て、1993年8月に専務に就任。 1997年6月に九州朝日放送の社長に就任し、全国朝日放送取締役も兼任した。 2003年6月14日、肝不全、腎不全により死去。69歳没。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
山口 博人(やまぐち ひろと、1934年2月10日 - 20… 山口 博人(やまぐち ひろと、1934年2月10日 - 2013年8月4日)は、日本の経営者。住友林業社長を務めた。 鹿児島県伊佐市(旧大口市)出身。1954年に早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業。 住友信託銀行での勤務を経て、1975年11月に住友林業に転職。1982年12月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1994年6月に社長に就任し、1999年4月には会長に就任。2001年6月には取締役相談役に就任し、2002年6月からは名誉顧問を務めた 2013年8月4日、心不全のために死去。79歳没。
有賀 秀子(ありが ひでこ、1934年2月9日 - 2024… 有賀 秀子(ありが ひでこ、1934年2月9日 - 2024年12月7日)は、日本の女性農芸化学者。専門は、応用生物化学、栄養化学、酪農食品科学。農学博士。 1934年2月9日に北海道帯広市で誕生。1946年帯広市立明星小学校卒業。1946年北海道庁立帯広高等女学校入学、1947年に教育改革により北海道立帯広高等女学校へ、1950年に教育改革により北海道帯広三条高等学校へ改称。1949年に同高等学校併置中学校卒業。1952年北海道帯広三条高等学校卒業。1952年に帯広畜産大学畜産学部酪農学科入学。1956年帯広畜産大学畜産学部酪農学科卒業。1956年に北海道幕別高等学校、1959年に北海道旭川北高等学校の教諭となり、家庭科を教える。
牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日… 牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日本の法学者。専門は、民法・環境法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1978年)。早稲田大学名誉教授。 長野県諏訪郡湖東村(現茅野市)出身。長野県諏訪清陵高等学校卒業、1958年早稲田大学法学部卒業、1963年同大学院博士課程満期退学、78年「公害裁判の展開と法理論」で法学博士。1962年早大法学部助手、65年講師、67年助教授、72年教授。2004年定年退職、名誉教授、大宮法科大学院大学教授。専門は、民法・環境法。
山田 知(やまだ さとる、1934年(昭和9年)2月9日 -… 山田 知(やまだ さとる、1934年(昭和9年)2月9日 - 2011年(平成23年)4月5日)は、日本の政治家。兵庫県西宮市長(3期)。近畿市長会会長、兵庫県市長会会長。 大阪市中央区出身。関西学院大学法学部卒業。1956年4月、西宮市役所に入庁。財政局税務部長、土木局土木部長、財政局長などを歴任。 1992年12月、西宮市教育委員会委員となり、1993年1月、市教委教育長に就任。 2000年11月19日投開票の西宮市長選挙に、現職の馬場順三の後継指名を受けて無所属で立候補。さらには自民党、民主党、公明党、社民党の4党の推薦を得ての出馬だったが、次点の元兵庫県議会議員の大前繁雄を28票差で振り切り初当選、接戦を制した。
エセル中田 (えせる なかだ、1934年2月9日 - ) は… エセル中田 (えせる なかだ、1934年2月9日 - ) は、日本のハワイアン歌手。愛称は「サコ」。 嶋岡緋佐子として東京府東京市芝区白金に生まれる。五女の末娘で、小学校4年生の頃から、姉たちの影響でハワイアン音楽に親しむ。 1950年、清泉女学院在学中に、姉の美穂子、都栄子らとともに「嶋岡美穂子とクイーン・シスターズ」を結成。メンバーは、美穂子(スティール・ギター)、都栄子(ギター)、長澤途枝子(ギター。後の和田弘夫人)、緋佐子(ウクレレ、ヴォーカル)、加藤久子(ウクレレ)、日下部敦子(ベース)。 1952年、学習院大学に進学し、バッキー白片や大橋節夫に師事した。グループ活動の傍ら、ソロ・シンガーとしての活動を開始。