矢島 脩三(やじま しゅうぞう、1933年〈昭和8年〉12月… 矢島 脩三(やじま しゅうぞう、1933年〈昭和8年〉12月6日 - 2024年〈令和6年〉9月13日)は、日本の計算機科学者。京都大学名誉教授。学位は工学博士(京都大学・1964年)位階勲等は正四位瑞宝中綬章。 1956年(昭和31年)に京都大学工学部電気工学科を卒業、1958年(昭和33年)同大大学院工学研究科電気工学専攻修士課程を修了。 博士課程1年生の時、日立製作所戸塚工場に派遣され、前田憲一を代表者とした京都大学ディジタル型万能電子計算機第1号KDC-Iの開発に参画する。同機は1961年(昭和36年)に発足した京都大学の計算センターにて約15年に渡り運用された。 のち京都大学工学部助手、講師、助教授を経て1971年(昭和46年)からは情報工学科論理回路講座の担任教授となった。
白井 成雄(しらい しげお、1933年(昭和8年)12月6日… 白井 成雄(しらい しげお、1933年(昭和8年)12月6日 - 2014年(平成26年)11月7日)は、日本のフランス文学者、名古屋大学名誉教授。専攻、20世紀仏文学・思想。 倫理学者・白井成允の四男。朝鮮の京城府(ソウル特別市)生まれ。1957年東京大学文学部仏文科卒業、1959年同大学院修士課程修了。1960年弘前大学文理学部助手、1961年同講師、1963年北海道大学講師、助教授、1971年名古屋大学教養部助教授、1979年1月教授、同年4月総合言語センターへ配置換、1991年総合言語センター長、言語文化部長、1997年定年退官、名誉教授。 2014年11月7日、肺炎のため死去。80歳没。
鎮西 清高(ちんぜい きよたか、1933年12月6日 - 2… 鎮西 清高(ちんぜい きよたか、1933年12月6日 - 2023年7月27日)は、日本の地質学・古生物学者。京都大学名誉教授。元日本古生物学会会長。専門は、軟体動物化石の古生態・日本列島の地史。 理学博士(東京大学・1961年)(学位論文「馬渕川谷新第三系の地質学的及び古群集生態学的研究」)。長野県下伊那郡下條村出身。
武 邦保(たけ くにやす、1933年〈昭和8年〉12月5日 … 武 邦保(たけ くにやす、1933年〈昭和8年〉12月5日 - 2002年〈平成14年〉7月23日)は、日本の宗教学者。元同志社女子大学教授。神学修士、法学修士。 群馬県伊勢崎市出身。群馬県立前橋高等学校卒。1965年(昭和40年)同志社大学大学院神学研究科卒。 四国学院大学を経て、同志社女子大学に1969年に着任。 2002年7月23日、肝不全のため死去。
後藤総一郎(ごとう そういちろう、1933年12月5日 - … 後藤総一郎(ごとう そういちろう、1933年12月5日 - 2003年1月12日)は、日本の思想史学者。 長野県下伊那郡和田組合村遠山郷(現飯田市)出身。1952年長野県飯田東高等学校(現長野県飯田高等学校)卒業。病気療養を経て、1955年明治大学法学部入学後、同大学政治経済学部に再入学。東京教育大学講師、明治大学政治経済学部助教授、1987年同教授。1996-1999年に図書館長。1990年-2003年1月柳田國男記念伊那民俗学研究所初代所長。 橋川文三に師事、柳田國男研究を軸に『全集』(筑摩書房)編集委員を務め、「柳田國男研究会」、市民講座「常民大学」を主宰した。2003年神奈川県鎌倉市の病院で悪性リンパ腫のため死去。
竹山 裕(たけやま ゆたか、1933年〈昭和8年〉12月5日… 竹山 裕(たけやま ゆたか、1933年〈昭和8年〉12月5日 - )は、日本の政治家、自由民主党の元参議院議員(4期)。元裁判官弾劾裁判所裁判長。父は元静岡県知事・元衆議院議員の竹山祐太郎。静岡県出身。 2004年の倉田寛之参議院議長の後任として取り沙汰されたが、公設第一秘書に登録していた夫人の勤務実態に関する問題が取り沙汰され、参議院議長になることがなかった。
向坂 松彦(さきさか まつひこ、1933年12月5日 - 2… 向坂 松彦(さきさか まつひこ、1933年12月5日 - 2000年11月8日)は、元NHKアナウンサー。 早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、1956年NHK入局。同期に山川静夫、松川洋右がいる。1962年春場所から大相撲の実況担当アナウンサーとなる。大相撲に限らず、競馬など幅広い種目のスポーツ中継の実況を担当した。1964年東京、1972年冬季札幌、1976年のモントリオールの各オリンピックでも実況を担当。特にモントリオールオリンピックの体操で金メダルを獲得した、ルーマニアのナディア・コマネチを“白い妖精”と実況し、彼女のキャッチフレーズとなった。 大相撲では、1981年初場所の千代の富士初優勝や、1985年初場所の北の湖現役最後の一番、1989年名古屋場所の千代の富士と北勝海による横綱同士の同部屋優勝決定戦、1990年春場所の千代の富士1000勝達成など、数多くの名勝負の実況を担当したが、特に千代の富士に関しては度重なる脱臼癖に苦しんでいた十両力士の頃から「いつの日か土俵の天下を取るものと見ている」と素質を見抜いていた。
深川 誠(ふかがわ まこと、1933年12月5日 - )は、… 深川 誠(ふかがわ まこと、1933年12月5日 - )は、日本の経営者。東京都出身。 1956年に早稲田大学政治経済学部新聞学科を卒業し、同年に日本経済新聞社に入社。1983年6月に取締役に就任し、1988年6月に常務、1991年6月に専務、1994年6月に副社長を経て、1995年6月にはテレビ大阪社長に就任。1999年6月に会長に就任し、2001年6月に相談役を経て、2003年には顧問に就任。
林 えいだい(はやし えいだい、本名・林 栄代〔しげのり〕、… 林 えいだい(はやし えいだい、本名・林 栄代〔しげのり〕、1933年12月4日 - 2017年9月1日)は、日本の記録作家。アリラン文庫主宰。強制動員真相究明ネットワーク呼びかけ人。 福岡県田川郡採銅所村(現・香春町)生まれ。神主だった実父は、脱走してきた朝鮮人炭鉱労働者を匿い、特高警察に検挙され、拷問の後間もなく死去した。林は2017年の新聞記事で「私を奮い立たせるものは何か。元をたどればそこに行き着く」と述べている。早稲田大学文学部在学中に荒畑寒村の「谷中村滅亡史」を読み社会主義運動に傾倒する。大学を中退し故郷に帰る。北九州市教育委員会などに勤めた後にフリーライターとなった。独立したのは37歳の時である。
河津 憲一(かわづ けんいち、1933年12月4日 - )は… 河津 憲一(かわづ けんいち、1933年12月4日 - )は長崎県長崎市出身の元プロ野球選手。1958年から1961年までは、河津 宏紀(-ひろき)。
野田 宣雄(のだ のぶお、1933年12月4日 - 2020… 野田 宣雄(のだ のぶお、1933年12月4日 - 2020年12月29日)は、日本の政治学者・歴史学者。専門はドイツ政治史。京都大学名誉教授。 1933年、岡山県岡山市で生まれた。京都大学文学部西洋史学科で学び、会田雄次の指導を受けた。卒業後は、同大学院に進んだ。博士課程を中退し、ベルリン自由大学に留学。 帰国後、京都大学助手に採用された。後に京都大学教養部助教授となり、教授昇格。後に京都大学法学部教授に配置換え。1990年、学位論文『教養市民層からナチズムへ:比較宗教社会史のこころみ』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。大学外では、保守派評論家として論壇誌に寄稿し、また対談者として積極的に活動した。
濱川 勝彦(はまかわ かつひこ、1933年12月4日 - 2… 濱川 勝彦(はまかわ かつひこ、1933年12月4日 - 2017年9月24日)は、日本近代文学者。奈良女子大学・神戸女子大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。1956年京都大学文学部国文科卒。三重県立上野高等学校教諭を務める。1970年松蔭女子学院大学助教授、1975年京都女子大学助教授、のち教授、1985年奈良女子大学教授、1997年定年退官し、名誉教授となり、神戸女子大学教授、2004年退任、名誉教授。 中島敦、梶井基次郎など、昭和初年の作家を研究した。 2017年9月24日、敗血症のため死去。83歳没。
芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日… 芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日)は、日本の喜劇俳優。本名は西部 秀郎()。所属事務所は小雁倶楽部、さち子プロ。 京都府京都市出身。生家は友禅染工場であったという。兄に俳優の芦屋雁之助、弟に芦屋雁平(初代芦屋凡凡)がいる。雁之助の娘の西部里菜は姪。父親も芸界が好きで、漫才師になり、雁之助と地方巡業していたことがあった。芸人にならなかった長兄は、京都の交通局に勤務したが、職場の劇団でプロレタリア演劇にかかわっていた。 旧制中学中退後、さまざまな職業についた後、絵が好きだったことから、商業美術の世界に入り、映画看板などを描く。 やがて、雁之助と漫才コンビ「若松ただし・きよし」を結成して活動する。
紺野 修司(こんの しゅうじ、1933年12月3日 - 20… 紺野 修司(こんの しゅうじ、1933年12月3日 - 2013年5月12日)は、日本の画家、元・アニメーター、アニメーション演出家。主体美術協会会員。1957年北海道美術協会主催第32回道展知事賞。東映動画のアニメーター、虫プロダクションの初のテレビアニメ「鉄腕アトム」の原画担当者・演出家としても知られる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
南出 和寛(みなみで かずひろ、1933年12月3日 - … 南出 和寛(みなみで かずひろ、1933年12月3日 - )は、日本の経営者。紀陽銀行頭取を務めた。 和歌山県出身。1956年に早稲田大学法学部を卒業し、同年に紀陽銀行に入行した。1987年6月に取締役に就任し、1991年6月に常務、1994年7月に専務を経て、1995年5月に頭取に就任し、1998年5月までに務めた。 2010年11月に旭日小綬章を受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年… 阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年11月13日)は、日本の医学者。医学博士。国立がんセンター名誉総長。横浜労災病院名誉院長。神奈川県出身。
旗 照夫(はた てるお、1933年12月2日 - )は、日本… 旗 照夫(はた てるお、1933年12月2日 - )は、日本のジャズ・シンガー。本名:中山照男。
藤子・F・不二雄(ふじこ エフ ふじお、1933年〈昭和8年… 藤子・F・不二雄(ふじこ エフ ふじお、1933年〈昭和8年〉12月1日 - 1996年〈平成8年〉9月23日)は、日本の漫画家。富山県高岡市定塚町出身。富山県立高岡工芸高等学校電気科卒業。本名は藤本 弘(ふじもと ひろし)。 数多くの作品を発表し、児童漫画の新時代を築き、第一人者となる。独立を発表した1987年までは安孫子 素雄(独立後は藤子不二雄Ⓐ)と共に藤子不二雄として活動した。 代表作は『オバケのQ太郎』(合作)、『ドラえもん』、『パーマン』(旧作は合作)、『キテレツ大百科』、『SF短編』シリーズである。「F」とは「藤本(フジモト)」の頭文字を意味する。死後、作品の著作権管理は生前に活動拠点としていた藤子・F・不二雄プロが担当している。
犬童一男(いんどう かずお、1933年12月1日 - 200… 犬童一男(いんどう かずお、1933年12月1日 - 2007年3月28日)は、日本の政治学者(イギリス政治史)。神戸大学名誉教授(法学部)。 長男は日本経済新聞記者で広報室長、犬童文良。 熊本県生まれ。九州大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修了。神戸大学法学部教授・大阪経済法科大学教授を歴任。 2007年3月28日、食道癌のため死去。
新良 篤(にいら あつし、1933年12月1日 - 2021… 新良 篤(にいら あつし、1933年12月1日 - 2021年5月19日)は、日本の経営者。元住友信託銀行社長。東京都出身。 1956年に東京大学法学部を卒業し、同年に住友信託銀行に入行。東洋工業(現在のマツダ)へ出向し、常務も務め、1984年6月に取締役に就任、1987年6月に常務、1989年6月に専務、1991年6月に副社長を経て、1993年6月に社長に就任。1998年6月に取締役相談役に就任。 南海電気鉄道取締役も務めた。 2021年5月19日がん性胸膜炎のために死去。87歳没。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
東 孝行(ひがし たかゆき、1933年12月 - 2018年… 東 孝行(ひがし たかゆき、1933年12月 - 2018年2月21日)は、日本の法学者。専門は民事系(民法・民事訴訟法)。熊本県出身。 1933年12月熊本県生まれ。元久留米大学法科大学院法務研究科教授・法学博士(神戸大学)。元判事・久留米大学法科大学院法務研究科初代研究科長(2004.4-2007.3)。神戸大学大学院時代は、柚木馨に師事した。裁判官が民事裁判において作られる「手控え」と呼ばれるものを、「訴訟メモ」と称して、要件事実の整理に用いることを提唱している。 以後、大阪地裁、大阪高裁を中心に、福岡、岡山、秋田(大館支部)、甲府、長崎(佐世保支部)等勤務 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
馬場 豊(ばば ゆたか、1933年11月30日 または 19… 馬場 豊(ばば ゆたか、1933年11月30日 または 1934年1月18日 - )は、日本の飛込競技選手、指導者。元飛び込み日本代表。 兵庫県立神戸高等学校を経て、早稲田大学水泳部に所属、1953年から1955年まで日本学生選手権水泳競技大会の男子飛び板飛び込みで3連覇。マニラで行われた1954年アジア競技大会の同種目で銅メダルを獲得、1955年の日本選手権水泳競技大会でも同種目で優勝している。 早稲田大学理工学部卒業後は株式会社天御津に就職し、1956年の日本選手権水泳競技大会の3m飛び板飛び込みで2連覇を達成。1956年メルボルンオリンピックに出場するも、大会中、現地の五輪プールで練習中に負傷し、高飛び込みで11位、板飛び込みで12位に終わり入賞を逃した。
金子 務(かねこ つとむ、1933年11月30日 - 202… 金子 務(かねこ つとむ、1933年11月30日 - 2020年12月16日)は、日本の科学史家、大阪府立大学名誉教授。 埼玉県川越市生まれ。1957年東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学卒。読売新聞社記者、中央公論社編集者、『自然』編集部次長。1981年『アインシュタイン・ショック』でサントリー学芸賞受賞。1985年大阪府立大学人間文化学研究科教授。1997年定年退官、名誉教授、図書館情報大学教授、1999年帝京平成大学教授。2007年退職。国際日本文化研究センター共同研究員、形の文化会会長、(財)日本科学協会理事。 2020年12月16日、死去。87歳没。
富永 美沙子(とみなが みさこ、1933年11月30日 - … 富永 美沙子(とみなが みさこ、1933年11月30日 - 1975年5月2日)は、日本の女優、声優。東京市豊島区雑司が谷町(現東京都豊島区雑司が谷)出身。父親は挿絵画家の富永謙太郎。 日本大学第二高等学校を経て、1949年、敷島高校を中退し松竹歌劇団に5期生として入団。同期には草笛光子がいる。その後はテアトル・エコー、現代座、劇団新劇場、赤坂プロに所属していた。 1955年頃からはテレビで活躍。初出演作はラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)の『おやゆび姫』。1959年に始まった『うちのママは世界一』で主役のドナ・リードを吹き替えて以降は声優としても活動し、ソフィア・ローレンやドリス・デイなどを吹き替えた。
竹市 明弘(たけいち あきひろ、1933年11月28日 - … 竹市 明弘(たけいち あきひろ、1933年11月28日 - 2019年6月15日)は、日本の哲学者、京都大学名誉教授。 愛知県一宮市出身。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。関西大学助教授、同教授、京都大学教養部助教授、同教授、1991年に京都大学総合人間学部教授、同環境・人間学初代研究科長を歴任。1997年に定年退官、同時に名誉教授称号授与。その後、岡崎学園国際短期大学学長と改組および校名変更後の人間環境大学学長を歴任。アウクスブルク大学名誉博士。2017年4月、瑞宝中綬章を受章。
三枝 正幸(さいぐさ まさゆき、1933年11月28日 - … 三枝 正幸(さいぐさ まさゆき、1933年11月28日 - 2025年10月22日)は、日本の実業家。 京王電鉄第8代社長。山梨県出身。1957年慶應義塾大学文学部社会学科卒業後、同年京王帝都電鉄(現・京王電鉄)入社。 経理部長、自動車事業部長を経て、1987年取締役、1990年常務、1992年取締役兼京王観光社長、1995年専務、1997年副社長。1999年社長に就任。2003年会長。2007年相談役。 2025年10月22日、老衰のため死去。91歳没。
山田 選(やまだ ひとし、1933年11月28日 - )は… 山田 選(やまだ ひとし、1933年11月28日 - )は、日本の経営者、銀行家。武蔵野銀行頭取を務めた。 愛媛県出身。1957年に東京大学法学部を卒業し、同年に大蔵省に入省した。1982年6月に東北財務局長、1983年7月に青森県副知事、1985年7月に関東財務局長を歴任。1988年6月に武蔵野銀行常務に就任し、1989年6月に専務を経て、1992年6月には頭取に就任。1998年6月に会長を経て、2002年6月には相談役に退いた。 2004年11月に瑞宝中綬章を受章。
国正 武重(くにまさ たけしげ、1933年11月27日 - … 国正 武重(くにまさ たけしげ、1933年11月27日 - 2019年11月21日)は、日本の政治評論家、ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。愛媛県出身。 1958年早稲田大学法学部第一法学部卒業、早稲田大学院入学。1959年朝日新聞に入社、1967年東京本社政治部に配属される。以来、佐藤栄作内閣を皮切りに歴代政権を担当した。1978年政治部次長、大平内閣の首相官邸クラブ責任者となる。1981年編集委員(政治担当)、1993年役員待遇。1995年退社、以後フリージャーナリストとして活躍した。 1999年に月刊誌『世界』に発表した湾岸戦争に関する論説記事で、同年度の日本記者クラブ賞を受賞。
柿澤 弘治(かきざわ こうじ、1933年〈昭和8年〉11月2… 柿澤 弘治(かきざわ こうじ、1933年〈昭和8年〉11月26日 - 2009年〈平成21年〉1月27日)は、日本の政治家、大蔵官僚。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。衆議院議員(7期)、参議院議員(1期)、外務大臣(第117代)、自由党党首、自由連合代表を歴任。長男は元衆議院議員の柿沢未途。 東京府東京市日本橋区小伝馬町(現東京都中央区日本橋小伝馬町)に柿澤常次郎の子として生まれる。生家は江戸時代創業の葛籠屋「柿澤常次郎商店」。東京都立両国高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1958年、大蔵省(現財務省)に入省。本省勤務の他、外務省や経済企画庁への出向やフランス、ベルギーでの海外勤務を経験し、ベルギーに赴任中には長男の未途が誕生した。
永美 ハルオ(ながみ はるお、1933年11月26日 - 2… 永美 ハルオ(ながみ はるお、1933年11月26日 - 2024年9月30日)は日本の漫画家、イラストレーター。永見 ハルオ、永美 はるお名義の作品もある。本名は堀ノ内史旺(ほりのうち・ふみお)。 東京生まれ。東京都立第一商業高等学校を経て、1957年、中央大学経済学部卒業。1966年に漫画家デビュー。日本漫画家協会会員。 講談社ブルーバックスなどのイラストで知られる。 2024年9月30日、死去。90歳没。
天野 等(あまの ひとし、1933年11月26日 - )は、… 天野 等(あまの ひとし、1933年11月26日 - )は、日本の元政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。弁護士。 茨城県水戸市出身。1959年東京大学文学部国文学科卒。神奈川県で高校の教員などを務め、司法試験に合格し弁護士となった。1983年の第37回衆議院議員総選挙で茨城1区から社会党公認で立候補して当選。1986年の第38回衆議院議員総選挙で落選した。その後は土浦市で法律事務所を開いた。
竹内 日出男(たけうち ひでお、1933年11月26日 - … 竹内 日出男(たけうち ひでお、1933年11月26日 - 2022年8月30日)は、日本の脚本家・作家。兵庫県西脇市生まれ。東京大学文学部卒業。 1957年、東京大学文学部を卒業すると同時に日本放送協会に入局。 5年間の盛岡放送局勤務を経て東京の本部に移り、主としてドラマ番組の演出とプロデュースに当たる。 その間、ラジオドラマの演出作品では文化庁芸術祭に度々入賞し、日本放送作家協会賞演出者賞なども受賞。 1972年に移ったテレビドラマ部門では、連続テレビ小説『北の家族』(1973年〜1974年)、金曜ドラマ『新・坊っちゃん』(1975年〜1976年)、『ドラマ人間模様の5シリーズ――『妻たちの2.26事件』(1976年)、『冬の桃』(1977年)などのチーフプロデューサーを務めた。
水谷 貞雄(みずたに さだお、1933年11月26日 - 2… 水谷 貞雄(みずたに さだお、1933年11月26日 - 2025年9月29日)は、日本の俳優。劇団民藝所属。神奈川県横浜市出身。 1953年早稲田大学法学部入学。 大学在学中の1956年に劇団民藝水品演劇研究所に入門。 1962年に劇団民藝所属となる。 2019年上演の『新・正午浅草』永井荷風役で読売演劇大賞優秀男優賞受賞。 2025年9月29日、心不全のため東京都町田市内の病院で死去した。91歳没。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日… 田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日 - 2013年3月5日)は、日本の民俗学者、民俗民具研究家、著述家。アミューズミュージアム名誉館長。渋沢敬三に傾注し、在野の民族研究家として民具の調査・収集にあたった。 1933年(昭和8年)11月26日、青森県下北郡川内町(現・むつ市)生まれ。 23 歳から単独で、平内町にある槻の木遺跡・一本松遺跡を 10 年間発掘する。その後、平内町教育委員会の勤務を経て、1977年から、布類を中心とした民具の収集を行う。三沢市小川原湖民俗博物館館長を務めた後、青森市歴史民俗展示館 稽古館の館長に就任する。民俗学へ転じて以降、半世紀近くにわたり、集落の姥や古老から昔の話を聞き取るフィールドワークを行った。
赤瀬 雅子(あかせ まさこ、1933年11月25日 - )は… 赤瀬 雅子(あかせ まさこ、1933年11月25日 - )は、日本の比較文学者。桃山学院大学名誉教授。 主として永井荷風の比較文学的研究を行った。 東京市(現 新宿区)生まれ。1957年、早稲田大学文学部卒業。1962年、パリ大学文学部比較文学専攻中退。1968年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1968年、桃山学院大学文学部専任講師、1970年助教授、1974年教授。1990年11月、第4回物集索引賞受賞。2003年、定年退職、名誉教授。
吉松 安弘(よしまつ やすひろ、1933年11月24日 - … 吉松 安弘(よしまつ やすひろ、1933年11月24日 - )は日本の映画監督、脚本家。元帝京大学教授。専門は表象文化、比較民俗学。 1933年に東京都で生まれる。1957年に東京大学教育学部を卒業後、東宝撮影所に助監督として入社する。黒澤明などのもとで下積みをした後、1973年に東宝を映画監督として契約し退社した。そして、映画『さえてるやつら』を発表し監督デビューする。1976年には文化庁芸術家在外研修員としてニューヨーク大学などに留学した。また、脚本家、ノンフィクション作家としても著作を発表する。後に帝京大学短期大学情報ビジネス学科教授として教育・研究に従事し、日本映画監督協会理事などを歴任した。
田中 秀夫(たなか ひでお、1933年11月24日 - 20… 田中 秀夫(たなか ひでお、1933年11月24日 - 2011年7月9日)は、映画・テレビドラマ作品の元監督・演出家。 愛知大学法経学部卒業。岐阜県出身。 1956年に愛知大学法経学部を卒業した後、1958年に東宝映画撮影所で助監督となり、監督の山本嘉次郎に師事。数々の映画作品に助監督として携わった後、山本の紹介で、山本の義弟が初代所長を務めた東映テレビ・プロダクションに移籍。テレビドラマの助監督として務め、1965年に『特別機動捜査隊』にて監督デビューした。以降、主に東映のテレビ作品に参加し、刑事ドラマ・アクションドラマなどを多く手掛けた。『どっこい大作』以降は子供向け番組も多い。 自他共に認める監督生活の代表作として挙げられる『スケバン刑事』シリーズではメイン監督を務め上げ、2本の長編映画も成功に導いている。
江﨑 善三郎(えざき ぜんざぶろう、1933年〈昭和8年〉1… 江﨑 善三郎(えざき ぜんざぶろう、1933年〈昭和8年〉11月23日 - 2016年〈平成28年〉3月13日)は、日本の実業家。江﨑新聞店会長。静活社長。毎日新聞東京懇話会最高顧問。江崎とも表記される。旧姓田中。位階は従六位。 静岡市出身。1952年(昭和27年)、静岡県立静岡城内高等学校卒業。1956年(昭和31年)、慶應義塾大学文学部英文学科卒業。明治42年創業の江﨑新聞店3代目社長。1980年(昭和55年)、静活入社。静活、静岡オリコミ各社長、毎日新聞の主要販売所長で作る毎日新聞東京懇話会会長を務めた。1996年(平成8年) - 2012年(平成24年)、静岡県文化協会会長。2007年(平成19年)、静岡県と浙江省の友好提携二十五周年を記念して交流する派遣団団長。
河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - … 河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - 2018年5月25日)は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京府生まれ。福島県立白河高等学校卒業後、学資のため三年間働き、東京外国語大学イタリア語科を卒業、同大学副手、助手、専任講師、助教授、1960年からチェーザレ・パヴェーゼ全集の半ばを翻訳、1960年代後半にローマ大学に留学、1979年、東京外大教授。 イタリア文学の研究、翻訳に業績をあげ、1988年、『ウンガレッティ全詩集』でピーコ・デッラ・ミランドラ賞、1990年、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の翻訳で日本翻訳文化賞、1991年、BABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞、2006年、『イタリア・ユダヤ人の風景』で読売文学賞受賞。
関根 友彦(せきね ともひこ、Thomas T. Sekin… 関根 友彦(せきね ともひこ、Thomas T. Sekine、1933年11月22日 - 2022年1月16日)は、日本出身の経済学者。元ヨーク大学教授。宇野経済学などを研究し、宇野弘蔵著『経済原論』の英訳者としても知られていた。 東京で仏文学者関根秀雄の次男として生まれる。国文学者の関根正直は祖父。聖書学者の関根正雄は叔父。国文学者の関根慶子は叔母。倫理学者の関根清三は従弟。学習院初等科、学習院中・高等科では第125代天皇の同級生で、特に中等科時代は親しく交流した。 1957年一橋大学社会学部卒業。杉田元宜教授の尽力で社会学部生ながら一橋大学経済研究所の都留重人ゼミで学んだ。都留ゼミの同期に、仲澤泰彦(元日本電気常務)、近藤久也(元フジテレビディレクター)、岩崎八男(通産官僚、元中小企業庁長官)、加野忠(元ソロモン・ブラザーズ銀行日本代表)などがいる。
森 晴秀(もり はるひで、1933年11月22日 - 201… 森 晴秀(もり はるひで、1933年11月22日 - 2012年7月7日)は、英文学者、神戸大学名誉教授。 1956年神戸大学文学部英文科卒、1963年大阪大学大学院文学研究科英文学博士課程中退。1978年「D・H・ロレンス研究 長編小説の構造と文体」で大阪大学より文学博士。神戸大学教養部助教授、教授。1994年定年退官、名誉教授。広島女学院大学教授を経て、京都女子大学教授、2006年退職。英国小説、比較文学。 2012年7月7日に下咽頭がんのため死去。
石川 不二子(いしかわ ふじこ、1933年11月22日 - … 石川 不二子(いしかわ ふじこ、1933年11月22日 - 2020年6月25日頃)は、日本の歌人。神奈川県藤沢市出身。岡山県吉備中央町在住。歌誌「心の花」選者。本名は黒井不二子。 父は東京朝日新聞の学芸部長を務めた人物。1950年に短歌結社竹柏会「心の花」に入会し、佐佐木信綱に師事。東京農工大学農学部在学中の1954年、『農業実習』にて第1回短歌研究50首詠(現在の短歌研究新人賞)に二席入選。この時の受賞者は中城ふみ子だった。 大学を卒業後、高校教師を経て島根県三瓶山麓の集団共同開拓農場に入植。1973年、岡山県に鳴滝農場を設立し、酪農業に従事する。1977年、第一歌集『牧歌』で第1回現代短歌女流賞受賞。
水野 卓史(みずの たくし、1933年11月21日 - )は… 水野 卓史(みずの たくし、1933年11月21日 - )は日本のグラフィックデザイナー、アートディレクター。元・資生堂宣伝文化部顧問。水野デザイン事務所主宰。大阪府大阪市西区靭町出身。多摩美術大学卒業。子に川柳家の水野タケシ。 日本画家の父を持つ家庭に生まれる。のちに大阪府立寝屋川高等学校に進学後、美術部に入部し、デッサンを学んだことから、本格的なデザインへの道を志すと共に、そのまま多摩美術大学に進学。1955年、多摩美術大学図案科を卒業後、資生堂に入社。大阪支社宣伝文化部別室に配属される。 元々は大阪支社の別室チーフになるべき存在であったが、その当時、宣伝部に所属していた主任デザイナーが交通事故で物故したことから、急遽1959年に東京へ異動。
平 幹二朗(ひら みきじろう、1933年〈昭和8年〉11月2… 平 幹二朗(ひら みきじろう、1933年〈昭和8年〉11月21日 - 2016年〈平成28年〉10月22日)は、日本の俳優・演出家。ケイファクトリー所属。長男は俳優の平岳大。 主に舞台演劇役者の主演として活躍し、国内外で高い評価を受けている日本を代表する名優の一人である。その他にも、大河ドラマなどのテレビドラマや映画などでも活躍した。 平幹二朗は1933年11月21日、広島県広島市中区小網町(こあみちょう)に生まれた。生後9か月の時に父・文雄が病死。家の造りは京都の町家のように間口は狭いが奥行きのある二階家で、1階が十畳、八畳が二間、中庭、それが土間に面して奥に続いて、2階は八畳二間と物干しだった。
砂田 圭佑(すなだ けいすけ、1933年11月21日 - 2… 砂田 圭佑(すなだ けいすけ、1933年11月21日 - 2015年9月6日)は、日本の政治家。衆議院議員(3期)を務めた。 兵庫県神戸市出身。おじの砂田重政、従兄の砂田重民も衆議院議員を務めている。 中央大学経済学部卒業後、議員秘書などを歴任し、第40回総選挙に砂田重民の後継候補として自民党公認で旧兵庫1区より出馬したが落選。次の第41回総選挙では兵庫1区で敗れたものの、比例近畿ブロックで自民党名簿1位で復活し初当選。 第42回総選挙においても同様に小選挙区では新進党→民主党の石井一に敗れての比例復活当選となる。中央省庁再編後の第2次森改造内閣で、財務大臣政務官に就任。 第1次小泉内閣で、財務大臣政務官に2度目の就任。
横塚 実亮(横塚 實亮、よこつか まさあき、1933年11月… 横塚 実亮(横塚 實亮、よこつか まさあき、1933年11月21日 - 2026年2月22日)は、日本の経営者。住友製薬社長を務めた。 栃木県出身。1957年に東京大学法学部公法学科を卒業し、同年に住友化学工業に入社。 1987年3月に取締役に就任し、1991年3月に常務、1995年3月に専務を経て、1997年6月に副社長に就任し、1998年6月には住友製薬社長に就任。 2003年6月に会長に就任。 2026年2月22日死去。92歳没。
丹羽 雅子(にわ まさこ、1933年11月21日 - 201… 丹羽 雅子(にわ まさこ、1933年11月21日 - 2019年1月25日)は、日本の家政学者。奈良女子大学名誉教授。専門は被服学。 工学に女性らしい感性の視点を取り入れ、川端季雄京大教授と風合いの研究を行った。 日本の国立大学における初の女性学長として、1997年4月1日に奈良女子大学第8代学長に就任した。2003年3月31日まで学長を務めた。その後、国立大学法人評価委員会委員(第一期)、中央教育審議会委員を務めた。 夫は体育学者・奈良女子大学名誉教授の丹羽劭昭(たかあき、1931年 - )。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
伊藤 貞夫(いとう さだお、1933年(昭和8年)11月20… 伊藤 貞夫(いとう さだお、1933年(昭和8年)11月20日 - 2021年11月16日)は、日本の西洋史学者、東京大学名誉教授。専門は古代ギリシア史、特に紀元前4・5世紀のアテネ研究。 1933年、東京で生まれた。東京大学文学部西洋史学科で学び、1959年に同大学を卒業。同大学大学院に進み、1964年に東京大学大学院人文科学研究科博士課程を中退して同大学文学部助手となった。 1968年に文学部講師、1970年に助教授、1981年に教授に昇進。1994年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は放送大学教授を務めた。学界では、2001年6月より日本西洋古典学会委員長(第8代)を務めた(2004年6月まで)。
谷 䚮(たに あつし、1933年11月19日 - )は、日本… 谷 䚮(たに あつし、1933年11月19日 - )は、日本の元競泳選手。愛知県海部郡弥富町前ヶ須出身。1956年メルボルンオリンピック日本代表。100m自由形の元日本記録保持者。 愛知県立津島高等学校併設中学校、早稲田大学高等学院、早稲田大学商学部卒業。 1954年8月8日、早稲田大学対愛知の100m自由形で19年ぶりに遊佐正憲の日本記録を更新した。1955年8月23日、日米対抗戦奈良大会において日本初となる100m自由形で56秒台となる56秒8の日本記録を樹立した。決勝ではさらに記録を更新する56秒4を出した。 1956年のオリンピック選考会で100m自由形で2位に入り、メルボルンオリンピック日本代表に選出された。
藤岡 重慶(ふじおか じゅうけい、1933年11月19日 -… 藤岡 重慶(ふじおか じゅうけい、1933年11月19日 - 1991年7月23日)は、日本の俳優、声優。兵庫県神戸市出身。本名は読みが「ふじおか しげよし(漢字表記同じ)」。 父親は警察官だったが、小学校しか出てなかったためエリートコースに乗れず、晩年は資格を取って弁護士になった。重慶は旧制姫路中学(現 兵庫県立姫路西高等学校)を経て、父と同様弁護士を目指し、早稲田大学法学部に進む。在学中の1955年、第七期生として、劇団俳優座の養成所に入る。同期には田中邦衛、露口茂、山本學、井川比佐志らがいた。 1958年に劇団青年座に参加。創作演劇の舞台に立ちながら、同年NHKで、放送をスタートした長寿ドラマ『事件記者』に遠藤刑事役で出演。