佐藤 慎一(さとう しんいち、1945年 - )は、日本の中… 佐藤 慎一(さとう しんいち、1945年 - )は、日本の中国学者、東京大学名誉教授。 1969年 東京大学法学部第3類(政治コース)卒業、東京大学法学部助手、1972年 東北大学法学部助教授(比較政治制度論)、1979年から1981年までカリフォルニア大学バークレー校客員研究員、1987年 東京大学文学部助教授(中国哲学)、1993年 教授、1997年評議員、2001年 人文社会系研究科長・文学部長(2003年まで)、2009年3月 定年退職。2009年4月より、国立大学法人東京大学理事(副学長)に就任(2014年3月まで)。2024年、瑞宝中綬章受章。
茂木 弘行(もぎ ひろゆき、1945年 - )は、日本の彫刻… 茂木 弘行(もぎ ひろゆき、1945年 - )は、日本の彫刻家である。東京藝術大学大学院修了。新樹会展招待出品。無所属。 新潟県出身。新潟県立巻高等学校卒業。東京藝術大学美術学部彫刻科(山本豊市教授に師事)を経て、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了。舟越保武教室。1966年より新樹会展に出品(日本橋三越本店。以降毎回)。1969年にサロン・ド・プランタン賞受賞。1971年より同大学助手。1973年に同大学を退官し、彫刻制作専業の道へと進む。1977年にヨーロッパを巡遊し、イタリア・ローマに滞在する。制作に専念できる環境を求めて、1983年にアトリエを東京・世田谷から郷里の新潟に移す。 いずれの公募展にも出品せず、一貫して個展・グループ展のみを発表の場とするとともに、国内外からモニュメントなどの制作依頼を数多く受けるなど、昭和~平成~令和にわたり、具象彫刻界の第一線で活動している。
名倉弘雄(なぐらひろお、1945年 - )は、洋画から日本画… 名倉弘雄(なぐらひろお、1945年 - )は、洋画から日本画に転向した日本画家。浄土宗西山深草派の不退院第27世の住職(方丈)でもある。能を主題にした作品を描いている。 浄土宗西山深草派の寺院である不退院の長男として生まれる。油絵画家であった伯父の影響もあって、早くから絵に興味をもつ。寺の跡継ぎを余儀なくされていたため、東京へ進学はできず、地元にある国立愛知教育大学美術科に進学する。この学校は師範学校の流れをくむ学校であったため、全教科の習熟を必然とした。その学習が後の彼にとって、創作にプラスになったことを述べている。 卒業後は、公立校の美術教師を勤めながら、制作を続ける。ヨーロッパ遊学を経て20年ほど洋画家として地元を中心に、作品を発表する。
吉村 武彦(よしむら たけひこ、1945年〈昭和20年〉 -… 吉村 武彦(よしむら たけひこ、1945年〈昭和20年〉 - )は、日本の歴史学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1997年)(学位論文「日本古代の社会と国家」)。明治大学文学部史学地理学科名誉教授。専門は日本古代史。2025年、瑞宝中綬章受章。
豊川 義明(とよかわ よしあき、1945年 - )は、日本の… 豊川 義明(とよかわ よしあき、1945年 - )は、日本の弁護士。法学士(京都大学)。関西学院大学客員教授。元大学院司法研究科長。労働法学会、法社会学会に所属。 大阪府立八尾高等学校、1969年、京都大学法学部を卒業。司法試験合格。 司法修習を経て、1971年、弁護士登録。朝日放送事件など多数の労働事件に訴訟代理人として関与した。 日本弁護士連合会労働法制委員会副委員長、大阪弁護士会副会長、日本弁護士連合会理事、日本弁護士連合会法曹養成問題委員会委員長、大阪弁護士会法科大学院設立・運営協力大阪センター委員長を歴任。 2004年から、関西学院大学大学院司法研究科(法科大学院)教授。2008年4月から、同研究科長(2010年3月まで)。
豊下 楢彦(とよした ならひこ、1945年 - )は、日本の… 豊下 楢彦(とよした ならひこ、1945年 - )は、日本の政治学者。専門は、国際関係論・外交史。学位は、博士(法学)(京都大学・論文博士・1995年)。前関西学院大学法学部教授。 兵庫県生まれ。甲陽学院高等学校、京都大学法学部卒業。 京都大学法学部助教授、立命館大学法学部教授、関西学院大学法学部教授を歴任。1995年、京都大学より博士(法学)の学位を取得。京都大学では立川文彦に師事した。 『安保条約の成立』で、首相だった吉田茂が講和条約・安保条約締結をめぐる交渉の中で米国に対して安易に妥協を行い、その国益を損なったとして吉田の外交手腕に疑念を提示し、同時期に発表され、同じく否定的な吉田評価を行った三浦陽一の研究と共に論争を呼んだ。
門口 正人(もんぐち まさひと、1945年 - )は、日本の… 門口 正人(もんぐち まさひと、1945年 - )は、日本の元裁判官。兵庫県西宮市出身。甲陽学院高等学校(45回卒)を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。元名古屋高等裁判所長官。 現在は昭和女子大学理事。
菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物… 菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物理学の研究者である。工学博士(東京大学)。大阪大学名誉教授。専門は放射光、高エネルギー分光、光電子分光、ナノ磁性。35年間にわたり日独の国際共同研究を推進した。岡山県岡山市出身。
磯田憲一(いそだ けんいち、1945年 - )は、日本の元地… 磯田憲一(いそだ けんいち、1945年 - )は、日本の元地方公務員、社会起業家、市民活動家。元北海道副知事で、北海道農業企業化研究所理事長などを務める。北海道旭川市出身。
林 正儀(はやし まさのり、1945年 - )は、日本のオー… 林 正儀(はやし まさのり、1945年 - )は、日本のオーディオ評論家。
和泉家 志ん治(いずみや しんじ 1945年 - )は、日本… 和泉家 志ん治(いずみや しんじ 1945年 - )は、日本の落語家、ローカルタレント。
本家 正隆(ほんけ まさたか、1945年(昭和20年) - … 本家 正隆(ほんけ まさたか、1945年(昭和20年) - )は、広島県出身の銀行家。日本銀行発券局長等を務めた。
落合 正勝(おちあい まさかつ、1945年 - 2006年8… 落合 正勝(おちあい まさかつ、1945年 - 2006年8月7日)は、日本の服飾評論家、ジャーナリスト。 東京都中央区築地生まれ。立教大学法学部卒業。『ジャパンタイムズ』を経て服飾評論家として独立。1994年5月、男性向けファッション雑誌『MEN'S EX』(世界文化社)の連載で「クラシコ・イタリア」という言葉を紹介し、「ファッションとは流行を追うばかりでなく普遍的なクラシックがある」と主張し、服飾評論の世界に一石を投じた。1997年、フィレンツェ市長よりベスト・ペン・プライズを受賞。1998年、東洋人として初めてクラシコ・イタリア大賞を受賞。ファッション誌に限らず、中日新聞や生活雑誌『サライ』(小学館)などでも連載を勤めた。
日下部 光雄(くさかべ みつお、1945年- )は、日本のア… 日下部 光雄(くさかべ みつお、1945年- )は、日本のアニメーション監督・演出家。スタジオ・ザイン所属。 昭和38年、東京都立新宿高等学校を卒業。 虫プロダクションの撮影マンとしてアニメ業界のキャリアをスタート。その後アニメーターに鞍替えした後演出家に転向。スタジオ・ザインのメンバーとして様々な作品に参加する。 初監督作品は『生徒諸君!心に緑のネッカチーフを』。『星のカービィ』では、吉川惣司の下でアニメーション監督を勤め、2年間に渡る長期シリーズを支えた。海外のアニメーション作品にも演出家として携わっており、近年の国内での活動が少ないのもそのためである。
堀越 謙三(ほりこし けんぞう、1945年 - 2025年6… 堀越 謙三(ほりこし けんぞう、1945年 - 2025年6月19日)は、日本の映画プロデューサー。映画製作配給興行会社ユーロスペース代表。東京藝術大学名誉教授。開志専門職大学 アニメ・マンガ学部教授(2021年 - )。レオス・カラックス監督とのコラボレーションで知られている。 1967年早稲田大学第一文学部独逸文学専修を卒業して渡独。1970年にマインツ市で会員制旅行代理店「欧日協会」を友人と創業。1971年マインツ大学ドイツ文学科修士課程を中退して帰国。 1976年に、カンヌでの上映前にミュンヘンで「さすらい」を見て、ヴィム・ヴェンダースに電話し、会い、「(この映画を)日本で上映したい」と申し入れる。
城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交… 城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交官。2009年3月から2011年11月までモンゴル駐箚特命全権大使。 神奈川県平塚市に生まれ、すぐに伊勢原市池端に移る。伊勢原市立伊勢原小学校、伊勢原市立伊勢原中学校、神奈川県立平塚高等学校、神奈川県立厚木高等学校を経て、1969年東京外国語大学外国語学部モンゴル語学科を卒業後、外務省に入省。文学士。名誉経済学博士、名誉外交学博士。 1971年からリーズ大学留学。1973年から新設の在モンゴル日本国大使館で三等書記官に就任。大使1名、参事官1名、三等書記官1名、専門調査員2名の5人体制であった。1976年まで在モンゴル日本国大使館同二等書記官。
柳沢 泰典(やなぎさわ やすのり、1945年 - 1999年… 柳沢 泰典(やなぎさわ やすのり、1945年 - 1999年8月22日)は、神奈川県横浜市出身の元アマチュア野球選手、高校野球指導者。 1945年、横浜市に生まれた。日本大学高等学校(高校時代は甲子園出場なし)、日本大学時代は外野手。日大時代の1966年には、春季1部リーグ優勝、第15回全日本大学野球選手権大会に貢献したが、怪我のために選手生活を断念。学生コーチに転身した。 1967年3月、日本大学経済学部を卒業。そして翌4月に学校法人石川高等学校へ社会科教諭として赴任した。これには柳沢の恩師が学法石川出身でもあり、日大野球部での柳沢の活躍に注目したからだと言われている。社会科教諭とは名目であり、実際は野球部の監督着任が本当の目的だった。
藤江 正克(ふじえ まさかつ、1945年 - )は、日本のロ… 藤江 正克(ふじえ まさかつ、1945年 - )は、日本のロボット工学者。早稲田大学名誉教授。 長く日立製作所でロボット開発に従事し、4足歩行ロボットの歩行機構の新たな方式を発明した。その後は、高齢者向け歩行支援ロボットや脳外科手術支援ロボットなど、医療・福祉分野におけるロボットの開発に取り組んでいる。グローバルCOEプログラム「グローバルロボットアカデミア」拠点リーダー、早稲田大学次世代ロボット研究機構機構長などを歴任。
山浦 嘉久(やまうら よしひさ、1945年 - 2019年9… 山浦 嘉久(やまうら よしひさ、1945年 - 2019年9月15日)は、民族派の思想活動家。評論家。研究者。主に日本文明と国際政治研究を課題に活躍している。 1945年、長野県上田市に生まれる。長野県上田高等学校を経て、1969年、早稲田大学政治経済学部卒業。2019年9月15日、脳梗塞のため病院にて死去。74歳没。 学生時代から民族派学生組織『日本学生会議』議長を務め従事、卒業後も主に民族派社会運動の発展に人生を託す。その間商社業務を手がけ、欧米アジアを歴訪、国際政治、地政学、古代史、古伝などを学び「日本文明の本質と世界性」をライフワークと定める。北朝鮮事情やヤルタ会談について詳しい。文明地政学協会代表を務め同協会発行の世界戦略情報誌 みち 言論活動に従事。
田村 正勝(たむら まさかつ、1945年 - 2025年12… 田村 正勝(たむら まさかつ、1945年 - 2025年12月20日)は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授、一般社団法人 社会科学総合研究機構(RISS)名誉会長。難波田春夫の弟子。長野県松本市出身。 長野県松本深志高等学校卒業。1968年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。1974年、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程修了。1982年、早稲田大学教授。2015年、早稲田大学名誉教授。2020年、一般社団法人社会科学総合研究機構(RISS)名誉会長。2023年、瑞宝中綬章受章。 社会科学も自然科学と同様に、専門分化しながら発展してきた。これは厳密な科学であるためには、一面では不可欠な方向である。
小田垣 孝(おだがき たかし、1945年 - )は、日本の物… 小田垣 孝(おだがき たかし、1945年 - )は、日本の物理学者。九州大学名誉教授。前東京電機大学理工学部教授。科学教育総合研究所株式会社代表取締役。専門は物性理論、統計力学、不規則系の物理学、社会物理学 (英語版)。 2020年5月6日 新型コロナウイルスに関して、パンデミック感染を抑制するには、検査と隔離が重要であることを理論的に示した。パンデミックの拡大防止のためには、新規感染者が出ないようにすることと隔離によって市中の感染者を速く減らすことが大切であり、経済活動と感染拡大防止の両立の「かぎ」は、行動自粛によって感染者の増加をできるだけ低くし、かつ効率的なPCR検査によって市中感染者を隔離することが重要であることを定量的に示した。
岡部 守(おかべ まもる、1945年- )は、日本の農学者。… 岡部 守(おかべ まもる、1945年- )は、日本の農学者。農学博士(東京大学)。農業経済学の専門。東京農業大学名誉教授、吉林大学客員教授、ノースカロライナ州立大学客員教授、農村振興庁客員研究員、上海財経大学客員研究員、浙江海洋学院客員教授を歴任。専門は土地改良区、産地直結事業、水の文化誌などの研究。
矢野 米雄(やの よねお、1945年 - )は、日本の計算機… 矢野 米雄(やの よねお、1945年 - )は、日本の計算機科学者。徳島大学名誉教授。四国4県の大学関係者による「キャンパスSNS『さとあい』(郷愛)」を運営する四国キャンパスSNS協議会の会長。大阪府出身。 1963年、大阪府立清水谷高等学校卒業。1969年、大阪大学工学部通信工学科卒業。1974年、大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。同年、徳島大学工学部の助手に。1975年から講師。1979年、米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員。1981年、徳島大学工学部助教授に就任、1990年から教授。1997年、カナダアカディア大学、米国マサチューセッツ大学アマースト校、文部省短期在外研究員。
篠原 総一(しのはら そういち、1945年 - )は、日本の… 篠原 総一(しのはら そういち、1945年 - )は、日本の経済学者で、専門は国際経済学、マクロ経済学。京都先端科学大学学長。同志社大学経済学部名誉教授。中国人民大学経済学院客座教授。日本経済教育センター理事長。2025年、瑞宝中綬章受章。 岡山県出身。大阪府立北野高等学校を経て、1969年東京大学経済学部卒業。1973年シカゴ大学大学院修士課程修了(M.A.)、1976年ウォータールー大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。中国人民大学・西北大学名誉博士。 1973年ウォータルー大学講師。同大助教授を経て、1978年より同志社大学経済学部講師、1980年同大助教授、1984年より同大教授。2015年より京都学園大学学長、同志社大学名誉教授。
杉原 左右一(すぎはら そういち、1945年 - )は、日本… 杉原 左右一(すぎはら そういち、1945年 - )は、日本の統計学者。関西学院大学商学部名誉教授、第7代学長。 1945年11月、和歌山県に生まれ、まもなく尼崎市に移る。関西学院中学部・高等部を経て1964年に関西学院大学理学部入学。物理学科で数学を専攻し1968年に卒業。その後、同大学大学院商学研究科へ進学。統計学を研究し1970年に商学修士取得。1973年の博士課程単位取得後、同大学商学部にて専任講師に就任。1977年に助教授、1983年に教授に昇任。1987年には商学博士号取得。同大学にて学生部長(1994年~1996年度)、商学部長(2000~2001年度)、総合教育研究室長(2002~2006年度)、図書館長(2007年度)を歴任し、2008年4月から2011年3月まで関西学院大学学長。
竹井 清(たけい きよし、1945年 - )は、日本の国際コ… 竹井 清(たけい きよし、1945年 - )は、日本の国際コミュニケーター、ガーナのアチュワの部族長(酋長)である。生涯学習振興財団評議員。 徳島県牟岐町出身。徳島県立城東高等学校、上智大学卒業。 1981年、竹井は海外青年協力隊の村落開発普及員としてガーナのアチュワ村に入った。僻地とされた地方の生活の向上が目的であった。 現地の人々は日本人の来訪に、学校、病院の建築、道路の整備など大規模な援助を期待していたが、竹井が課せられた条件は、金銭的援助は提供されず、方法は自由、資材は現地調達というものであったから、失望を与えた。 竹井がなしえたのは、隊員に支給された薬品で、救急所を設立すること、日本の古本の絵本で小型図書館を設立すること、現地の人々とともに耕作狩猟に従事することであった。
近藤 勝重(こんどう かつしげ、1945年 - 2024年5… 近藤 勝重(こんどう かつしげ、1945年 - 2024年5月10日)は、日本のジャーナリスト、編集者、コラムニスト。サンデー毎日編集長、毎日新聞客員編集委員を務めた。 愛媛県新居浜市出身。愛媛県立西条高等学校、早稲田大学政治経済学部を卒業した。愛媛県を放送対象地域に定めている南海放送の記者を経て、1969年に毎日新聞へ入社した。 毎日新聞大阪本社社会部への配属後は、警察担当記者を10年ほど務めた後に、遊軍記者として1980年代に関西で頻発した大事件(グリコ・森永事件や豊田商事事件など)を取材した。また、関西の芸能・文化に対する造詣が深く、「大阪スペクタクル」(三省堂)「やすし・きよしの長い夏 ― 大阪狂騒曲」(新潮社)「笑売繁盛 ― よしもと王国」(毎日新聞社)などを著した。
佐竹 研一(さたけ けんいち、1945年 - 2016年12… 佐竹 研一(さたけ けんいち、1945年 - 2016年12月18日)は、日本の環境学者。初代生物地球化学研究会会長。 高知県生まれ。土佐高等学校卒業。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。環境庁国立環境研究所酸性雨研究チーム総合研究官を経て、立正大学地球環境科学部環境システム学科教授、中国廈門大学客員教授。 その他 中国廈門大学客員教授、東京大学非常勤講師
梅本 龍平(うめもと りゅうへい、1945年 - 1998年… 梅本 龍平(うめもと りゅうへい、1945年 - 1998年1月2日)は、元西日本新聞論説委員。 中国・大連に生まれる。福岡市に育ち、福岡県立福岡高等学校を経て西南学院大学を卒業後、1970年(昭和45年)西日本新聞社に入社。社会部、スポーツ部、東京支社報道部などを経て、1994年(平成6年)論説委員。1998年(平成10年)1月2日没、享年52。
鬼海 弘雄(きかい ひろお、1945年 - )は、写真家。山… 鬼海 弘雄(きかい ひろお、1945年 - )は、写真家。山形県寒河江市生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。
東樋口 護(とうひぐち まもる、1945年 - )は日本の工… 東樋口 護(とうひぐち まもる、1945年 - )は日本の工学者、公立鳥取環境大学教授。奈良県生駒郡平群町出身、京都市在住。
日下部 元雄(くさかべ もとお、1945年 - )は、日本の… 日下部 元雄(くさかべ もとお、1945年 - )は、日本の官僚。世界銀行の元副総裁。
早野 透(はやの とおる、1945年 - )は、日本のジャー… 早野 透(はやの とおる、1945年 - )は、日本のジャーナリスト、コラムニスト。桜美林大学教授。神奈川県生まれで東京都育ち。元朝日新聞編集委員。
幕内 博康(まくうち ひろやす、1945年 - )は、日本の… 幕内 博康(まくうち ひろやす、1945年 - )は、日本の外科医である。専門は食道外科手術。東海大学常勤理事、東海大学伊勢原校舎・付属病院本部本部長。
松浦 茂長(まつうら しげなが、1945年 - )は日本のジ… 松浦 茂長(まつうら しげなが、1945年 - )は日本のジャーナリストで日本記者クラブ会員、元フジテレビ解説委員。京都府出身。
井上 元(いのうえ げん、1945年 - )は化学者、名古屋… 井上 元(いのうえ げん、1945年 - )は化学者、名古屋大学教授。
田中 素香(たなか そこう、1945年 - )は日本の経済学… 田中 素香(たなか そこう、1945年 - )は日本の経済学者。中央大学経済研究所客員研究員、東北大学名誉教授。経済学博士。専門は国際金融論、経済統合論、ヨーロッパ経済論。欧州危機や欧州統合の研究で知られており、ユーロ研究の権威[3]、ヨーロッパ経済研究の第一人者と言われる[4]。
磯野 宏夫(いその ひろお、1945年 - 2013年5月2… 磯野 宏夫(いその ひろお、1945年 - 2013年5月28日 )は、日本の画家、イラストレーター。愛知県出身。愛知教育大学教育学部美術科卒業。デザイン会社勤務を経て1970年に独立。 1970年代半ばに熱帯雨林に興味を持ち、以来「生命(いのち)の森」をテーマに森を描き続けた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
髙木 保興(たかぎ やすおき、1945年- )は、日本の経済… 髙木 保興(たかぎ やすおき、1945年- )は、日本の経済学者。専門は開発経済学。放送大学名誉教授。 大連(中華人民共和国)に生まれる。1968年3月に大阪大学経済学部を卒業。1970年3月に同大学大学院経済学研究科博士前期課程を修了。1975年12月に米国・ヴァンダービルト大学よりPh.D。1976年4月に同志社大学経済学部専任講師に採用され、1978年10月に助教授、1982年4月に教授へ昇任し、1996年4月に東京大学大学院総合文化研究科教授、1999年4月に同大学大学院新領域創成科学研究科教授に就任した。2005年4月に放送大学教授、2015年3月31日に退職。放送大学名誉教授。専攻は開発経済学。
吉田 總一郎(Soichiro "Sol" Yoshida、… 吉田 總一郎(Soichiro "Sol" Yoshida、1945年 - 2026年2月24日)は、日本の実業家、経済学者、環境学研究者、ディーゼル燃料・ディーゼルエンジン研究者。長野県長野市生まれ。 現在、長野、東京をベースに、環境、CSR、代替エネルギー、動植物性脂肪酸(油脂)分野の研究及びビジネス・アプリケーション、コンサルティング、講演、執筆活動を国際的に展開している。
坂田 和実(さかた かずみ 1945年 - 2022年11月… 坂田 和実(さかた かずみ 1945年 - 2022年11月6日)は、日本の美術評論家・数寄者、骨董収集鑑定家、随筆家、骨董商。古美術店「古道具坂田」店主。 1945年福岡県生れ。上智大学卒業後、商社勤務を経て、1973年、東京・目白に古道具屋を開く。以来年に数回、海外へ仕入の旅に出かけ、ヨーロッパ、アフリカ、朝鮮、日本、南米など、さまざまな国の品物を扱う。1994年、千葉県長生郡長南町に美術館 as it is(中村好文設計)を開館。著書に『ひとりよがりのものさし』(新潮社)、共著に『骨董の眼利きがえらぶ ふだんづかいの器』『日本民藝館へいこう』(ともに新潮社)など。 白洲正子や秦秀雄、芹沢銈介などに影響を受ける。
長谷川 浩(はせがわ ひろし、1945年または1946年 -… 長谷川 浩(はせがわ ひろし、1945年または1946年 - 2001年10月15日)は、日本のジャーナリスト。日本放送協会(NHK)政治部記者、国際部記者、解説委員主幹などを歴任した。 外交・防衛などを担当するNHK解説委員。2001年の9・11アメリカ同時多発テロ事件について解説した人物。 東京大学法学部卒業。1971年、NHKに記者として入局。NHK大阪放送局、NHK名古屋放送局などの地方局勤務ののち、政治部に配属され、福田赳夫内閣で首相番を務めたほか、外務省や防衛庁を担当した。その後国際部に異動、1991年からバンコク支局長となり、カンボジア内戦を現地から精力的に取材・報告した。1997年より解説委員、1998年から解説主幹となり、主に「あすを読む」「視点・論点」「ラジオ夕刊」などの解説番組を担当した。
土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10… 土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10月29日)は、東京大学名誉教授・日本教育史研究者、父は元住友化学社長・元経団連副会長の土方武(1915年 - 2008年)、夫は一橋大学名誉教授・西洋経済史家の藤田幸一郎。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高桑 守史(たかくわ もりふみ、1945年 - 2018年4… 高桑 守史(たかくわ もりふみ、1945年 - 2018年4月4日)は、日本の民俗学者。大東文化大学名誉教授。本名は守。学位は博士(文学)(1992年、筑波大学にて取得)。 石川県松任市(現・白山市)に生まれる。1970年に早稲田大学第一文学部史学科東洋史専修を卒業して東京教育大学大学院文学研究科日本史学(民俗学)専攻に進み、1975年に修士課程を修了した。 石川県白山自然保護センター技師、山口大学教養部助教授、国立歴史民俗博物館民俗研究部助教授、筑波大学歴史・人類学系教授、大東文化大学教授を歴任。1992年 筑波大学より博士(文学)の学位を取得した。 能登半島を中心として漁村の調査をおこない、その類型化をおこなった。
島村 武男(しまむら たけお、1945年 - 2024年6月… 島村 武男(しまむら たけお、1945年 - 2024年6月6日)は日本の音楽家。声楽家(バリトン歌手)、オペラ歌手。 大阪府出身。東京藝術大学音楽学部を経て、同大学院修了。イタリアに留学しベルカント唱法とイタリアオペラを学ぶ。ミュンヘン音楽大学に特別推薦で入学し、専攻科のオペラ科とリート科で歌唱法を学ぶ。 国立ブラウンシュバイク歌劇場(西ドイツ)と専属契約を結び、年間100回を超える公演に出演。帰国後はNHK-FMリサイタル、二期会公演、新国立劇場公演、オーケストラの演奏会など、数多くの公演に出演。 東京藝術大学音楽学部在学時に「アンサンブル・ボッカ」として、アニメ「巨人の星」の主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」のレコーディングに参加。
大場 信義(おおば のぶよし、1945年 - 2020年1月… 大場 信義(おおば のぶよし、1945年 - 2020年1月31日)は、日本の生物学者。理学博士。 ホタルを主とした生物の発光行動の研究や水辺の環境保全活動などを行い、ホタル博士として知られた。 大場蛍研究所所長、横須賀市長井海の手公園ソレイユの丘ホタル館顧問、中国科学院昆明動物研究所客員教授、横須賀市自然・人文博物館研究員、独立行政法人産業技術総合研究所客員研究員、全国ホタル研究会名誉会長などを務めた。 1945年、神奈川県鎌倉市に生まれる。東京理科大学理学部に入学し分子生物学を学んだ。大学卒業後は東レ株式会社基礎研究所に入り、そこで横須賀市博物館の館長をしていた羽根田弥太を紹介され、週末は博物館に通いホタルの研究をするようになる。
ルース 利子(ルース としこ、1945年(昭和20年)- 1… ルース 利子(ルース としこ、1945年(昭和20年)- 1987年(昭和62年)12月18日)は、日本の社会事業家である。旧姓は沢田。 富山県富山市に生まれ、同志社大学に入学する。卒業後は富山キリスト教青年会(YMCA)に勤務し、同地で英語の教鞭を執った。後にロナルド・ルースと同教会で結婚し、その後は夫と共にボランティア活動のためイギリス領香港およびベトナムに活動拠点を移す。特にベトナムでは当時ベトナム戦争の真っ只中であり、1975年4月30日のサイゴン陥落まで同地の戦災者のためのボランティア活動に携わった。 後に渡米しニューヨークおよびヒューストンのYMCAの平和教育担当者として活動し、ボランティア活動を行ったベトナムおよびカンボジアの4人の孤児の救済にも携わる。
高橋 良臣(たかはし よしおみ 1945年 - 2021年1… 高橋 良臣(たかはし よしおみ 1945年 - 2021年10月29日)は、登校拒否文化医学研究所所長、臨床心理士、獣医師、牧師。東京都大田区在住。 立教大学社会福祉研究所客員所員、NPO法人日本フリースクール協会理事、NPO法人ホース・フレンズ事務局副理事長、信頼しあえるカウンセラーを探す会世話人。 保健センター又は保健所の思春期・ひきこもり相談を担当し、教育委員会などの講師も務めている。 1981年に高橋が東京都大田区に設立したNPO(任意団体)の登校拒否文化医学研究所では不登校及びひきこもりを対象にカウンセリングを行い(心の相談室)、好文堂教室(フリースクール)、大須成学園(共同生活体験施設、山梨県身延町)及び各地親の会(東京都、埼玉県、静岡県、香川県)を運営又は主宰している。
結城 登美雄 (ゆうき とみお、1945年 - )は、地元学… 結城 登美雄 (ゆうき とみお、1945年 - )は、地元学プロデューサー。東北地方の農村に深くかかわり、2011年の3・11東日本大震災後は、その復興に東奔西走した。宮城教育大学非常勤講師も務めた。2004年には芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)を受賞した。地元学プロデュ―サーという概念も次第に広く研究され、受け入れられ始めている。 1945年、旧満洲国に生まれたが、戦後帰国し、母の実家が有る山形県大江町で育つ。ふるさとの田代集落は、標高450mの山あいに9軒の家があったが、昭和30年代、60人ほどあった人口が、30数年前(1970~80年代)村人は家を挙げて離村し、山を下りた。毎冬雪2m、少ない田と空しい林業、自給の作物とたばこなどの換金作物で生計を立てる、貧乏村というのだろうが、みんな一所懸命働いて、いつも笑顔があった、という。
太田 正一(おおた しょういち、1945年 - 2018年3… 太田 正一(おおた しょういち、1945年 - 2018年3月24日)は、日本の詩人、ロシア文学者。筆名にキキ。 宮城県出身。早稲田大学大学院修了。第7次「早稲田文学」再開とともに小説・詩を発表。静岡大学、慶應義塾大学、宇都宮大学、明治学院大学その他で、ロシア語・ロシア文学・ロシア文化論を講じた。ロシアの作家ミハイル・プリーシヴィンの半世紀にわたる「日記」(「プリーシヴィンの日記」成文社)を翻訳していた。さいたま市在住。 2018年3月24日、低酸素脳症のため死去。