伊與田 好彦(いよだ よしひこ、1955年10月28日 - … 伊與田 好彦(いよだ よしひこ、1955年10月28日 - )は、日本のバスケットボール指導者である。 西尾高校から日体大に進み、卒業後は高校教員となり、愛知県教員チームでプレーを続ける。 1983年の愛知商業高校顧問を皮切りに指導者としてのキャリアを始める。 2001年より愛知学泉大女子ヘッドコーチを務め、インカレ準優勝に導く。 2012年にはユニバーシアード女子日本代表ヘッドコーチに就任するが、週刊誌の記事が問題となったため本大会を前に辞任。 一方、愛知学泉大のヘッドコーチは2016年まで務め、同年からは京都精華学園高校顧問に就任。 2018年、山梨クィーンビーズのアシスタントコーチに就任するが、前任者の水上豊ヘッドコーチの退任に伴い同年12月にヘッドコーチ昇格。
佐光 正義(さこう まさよし、1955年〈昭和30年〉10月… 佐光 正義(さこう まさよし、1955年〈昭和30年〉10月28日 - )は、日本の経営者。大王製紙社長、会長を務めた。愛媛県出身。 1978年に創価大学法学部を卒業し、同年に大王製紙に入社した。2005年に常務に就任し、2006年に専務、2008年に副社長を経て、2011年6月には社長に就任。2021年4月に会長を経て、2022年6月から名誉顧問を務めた。
大谷 隆男(おおたに たかお、1955年〈昭和30年〉10月… 大谷 隆男(おおたに たかお、1955年〈昭和30年〉10月28日 - )は、日本の実業家。秩父鉄道代表取締役社長、日本民営鉄道協会副会長。 岡山県出身。1978年横浜国立大学経営学部卒業、秩父セメント(現太平洋セメント)入社。1994年秩父小野田経理課長。2001年太平洋セメント熊谷工場業務部長兼秩父鉄道監査役。2007年太平洋セメント監査役室長。2009年太平洋セメント情報システム部長。2010年秩父鉄道常務取締役。 2011年から秩父鉄道代表取締役社長を務め、2017年には約14年ぶりとなる新駅としてソシオ流通センター駅を開設。2018年にはふかや花園駅を新設するなどし、熊谷市等の地方自治体の取り組みと連携するかたちでの旅客事業を進めるなどした。
石蔵 文信(いしくら ふみのぶ、1955年〈昭和30年〉10… 石蔵 文信(いしくら ふみのぶ、1955年〈昭和30年〉10月27日 - 2022年〈令和4年〉10月3日)は、日本の医学者。医学博士。循環器科専門医。心療内科医。 京都府出身。大阪府立高津高等学校を経て三重大学医学部卒業。大阪樟蔭女子大学学芸学部健康栄養学科教授を退職後、大阪大学大学院人間科学研究科未来共創センター招へい教授を歴任。 2022年(令和4年)10月3日、前立腺がんのため大阪市内の自宅で死去、66歳没。
遠藤 彰良(えんどう あきよし、1955年(昭和30年)10… 遠藤 彰良(えんどう あきよし、1955年(昭和30年)10月27日 - )は、日本の政治家。徳島県徳島市長(2期)。元四国放送アナウンサー・ラジオ局次長兼アナウンス部長。 徳島県名西郡石井町出身。石井町立高川原小学校卒業。石井町立石井中学校卒業。徳島県立城北高等学校卒業後、青山学院大学法学部へ進む。大学卒業後、1980年に四国放送へ入社。 大学在学中は落語研究会に所属。落語研究会の先輩に落語家の6代目三遊亭円楽、後輩にフリーアナウンサーで元読売テレビ放送執行役員待遇編成局エグゼクティブアナウンサーの森武史がいる。入社したその年に『あんたがたいしょう』がスタート、同番組のパーソナリティとなり、2008年の番組終了まで出演。
浦田 泰生(うらた やすお、1955年10月26日 - )は… 浦田 泰生(うらた やすお、1955年10月26日 - )は、日本の実業家。「がんを切らずに済ませる」ことを目指す薬「テロメライシン」などを開発している日本の創薬ベンチャー企業オンコリスバイオファーマの創業者、代表取締役社長研究開発担当、薬剤師。 オンコリスバイオファーマの子会社Oncolys USA, Inc. 取締役。 大学院では酵素の研究をし、JTで医薬品の開発に携わった。上司や社長を説得してがん治療薬のプロジェクトを3つ立ち上げた。そして4番めに、ウイルス治療をしようと目をつけた。がんの遺伝子治療を開発した岡山大学の田中紀章教授(現、名誉教授)と藤原俊義助手(現、教授)に出会い、最新の成果から腫瘍溶解ウイルスのアイデアを得ることができた。
村田 千尋(むらた ちひろ、男性、1955年10月26日 -… 村田 千尋(むらた ちひろ、男性、1955年10月26日 - )は、音楽学者、東京音楽大学教授。 東京生まれ。東京大学文学部美学科卒、国立音楽大学大学院音楽学専攻修士課程修了。弘前大学教育学部専任講師、助教授、北海道教育大学札幌校助教授、教授、2006年東京音楽大学教授。 フランツ・シューベルト、ヨハン・フリードリヒ・ライヒャルトを中心に、18・19世紀のドイツリートを研究。音楽社会史、環境美学、近代日本音楽教育史などにも関心を持っている。
左伴 繁雄(ひだりとも しげお、1955年10月26日 - … 左伴 繁雄(ひだりとも しげお、1955年10月26日 - )は日本の経営者。これまで複数のサッカークラブの経営を手がけたことで知られる。 東京都出身。神奈川県立希望ケ丘高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、日産自動車に入社。日産では英国日産自動車製造の設立に携わるなど、主に生産畑を歩んだ。宇都宮徹壱の取材に依れば、この時点でサッカーのことはほとんど知らなかったという。 2001年、45歳にして横浜F・マリノスの運営会社で日産が出資する横浜マリノスの社長に就任。同年降格の危機に瀕したクラブの建て直しに尽力すると、2003年には元日本代表監督の岡田武史を招聘してリーグ連覇を達成させた。
富田 薫(とみた かおる 、1955年〈昭和30年〉10月2… 富田 薫(とみた かおる 、1955年〈昭和30年〉10月26日 - )は、元九州朝日放送のアナウンサー。東京都出身。 小学生の終わり頃から聴き始めた『オールナイトニッポン』のDJに憧れ、本人曰く「深夜放送のDJになるため」にアナウンサーを目指したとのこと。 日本大学商学部卒業後、1978年アナウンサーとして入社。2007年10月、人事異動でラジオ局ラジオ制作部に移り、ラジオ制作部担当部長を歴任、ラジオパーソナリティとして一部出演を継続。4年後の2011年、人事異動でアナウンサーに復帰した[要出典]。 この他、長らく『オールナイトニッポン』の時間帯に富田による「オールナイトの、KBCラジオです。
白石 哲(しらいし てつ、1955年10月26日 - )は、… 白石 哲(しらいし てつ、1955年10月26日 - )は、日本の裁判官。愛媛県出身。福岡地方裁判所所長を経て、東京高等裁判所部総括判事。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
土建屋 よしゆき(どけんや よしゆき、本名:廣部 吉行、19… 土建屋 よしゆき(どけんや よしゆき、本名:廣部 吉行、1955年〈昭和30年〉10月25日 - 2014年〈平成26年〉7月31日)は、京都府京都市伏見区に在住し、主に関西で活動していたタレント。 所属事務所はオフィスとんで。
ふとがね 金太(ふとがね きんた 本名 : 占部 隆一 19… ふとがね 金太(ふとがね きんた 本名 : 占部 隆一 1955年10月25日 〜 )元ツイストのドラマー&リーダー ミュージシャン ナレーター。
石井 洋児(いしい ようじ、1955年10月25日 - )は… 石井 洋児(いしい ようじ、1955年10月25日 - )は、日本のゲームクリエイター、実業家。東京都出身。アーゼスト代表取締役会長。 1955年10月、東京都町田市にある建築資材会社の経営者の息子として生まれ、幼稚園から大学まで玉川学園系列の学校に通っていた。小学生のころから昆虫採集が好きで、中学生のころには玉川大学の農学部にある昆虫学研究室に出入りしていた。大学では昆虫を研究するつもりだったが、知り合いの「これからは電子工学だ」という言葉に興味を持ち、玉川大学工学部に進学して、電子工学を専攻した。この時専門課程にて、半導体の制作や応用の研究を行った。 一方、3歳年上の兄からは常にフリスビーやスケートボードといった新しいものをもたらされていた。
遊川 和彦(ゆかわ かずひこ、1955年10月24日 - )… 遊川 和彦(ゆかわ かずひこ、1955年10月24日 - )は、日本のテレビドラマの脚本家。東京都出身。広島県大竹市育ち。修道高等学校、広島大学政経学部卒業。 既婚。
坂本 達哉(さかもと たつや、1955年10月24日 - )… 坂本 達哉(さかもと たつや、1955年10月24日 - )は、日本の社会思想史研究者。慶應義塾大学名誉教授。 東京府生まれ。1974年麻布高等学校卒業。1979年慶應義塾大学経済学部卒業。1984年同大学院経済学研究科博士課程単位取得。1984-1986年日本学術振興会海外特別研究員としてグラスゴー大学に学ぶ。1989年慶應義塾大学経済学部助教授。1996年同教授。2019年慶應義塾大学名誉教授。2019年-2024年早稲田大学政治経済学術院(政治経済学部)教授。1996年「ヒュームの文明社会 -勤労・知識・自由」で博士(経済学)。同年義塾賞、サントリー学芸賞、2001年日本学士院賞受賞。2005-2009年慶應義塾常任理事。
添田 馨(そえだ かおる、男性、1955年10月24日 - … 添田 馨(そえだ かおる、男性、1955年10月24日 - )は、日本の詩人・批評家。 宮城県仙台市生まれ。1979年、慶應義塾大学文学部独文科卒業。大学在学中は「第七次 三田詩人」に参加。卒業後は会社勤務の傍ら、詩作・評論活動を展開。 1995年以降は「現代詩手帖」等で時評を展開し、詩誌「GENIUS」を瀬尾育生、福間健二、神山睦美らと刊行し、また小浜逸郎、佐藤幹夫らと読書研究会「ショートピースの会」を結成、さらに加藤典洋、竹田青嗣、橋爪大三郎らの「間共同体研究会」にも関わりを持つ。その傍ら、西村俊一主宰の「国際教育研究」のプロジェクトに参加し、さらに、室伏志畔の「越境としての古代」に執筆、「古代史最前線」の執筆メンバーとしても活動。
山口 裕子(やまぐち ゆうこ、1955年10月24日 - )… 山口 裕子(やまぐち ゆうこ、1955年10月24日 - )は、高知県高知市出身のキャラクターデザイナー。第3代ハローキティデザイナー。サンリオ所属。サンリオでの役職は取締役キャラクター制作部長。 中学2年生のとき、美術の先生に美大進学を勧められ、高校に入ると同時にデッサン教室に通い始める。高校3年生のとき、「HOW ABOUT MILK?」という猫の絵で高知県の県展の褒状を受賞。女子美術大学に合格し、大学進学のために上京する。1978年、女子美術大学芸術学部産業デザイン科デザイン専攻卒業。 1978年、サンリオに入社。1980年、ハローキティの3代目デザイナーに就任する。本人によれば、最初はキティはあまり好きではなく、キキララのほうが好きだったという。
坂口 良子(さかぐち りょうこ、1955年〈昭和30年〉10… 坂口 良子(さかぐち りょうこ、1955年〈昭和30年〉10月23日 - 2013年〈平成25年〉3月27日)は、日本の女優。北海道余市郡余市町出身。身長163cm。B82cm、W60cm、H108cm(1976年2月)。 余市町立東中学校を卒業し、小樽双葉女子学園高校(現在:双葉高等学校)に入学、堀越高等学校卒業。 1971年、15歳で出場したミス・セブンティーンコンテストで優勝し芸能界入りする。1972年、シングル「あこがれ」で歌手デビュー。フジテレビのドラマ『アイちゃんが行く!』で主演に抜擢され、女優デビューも果たした。 以降次々とドラマに出演するようになり、ドラマ『サインはV』(1973年版)では主役・江川ゆかを演じ、主題歌も担当。
篠田 節子(しのだ せつこ、1955年10月23日 -)は、… 篠田 節子(しのだ せつこ、1955年10月23日 -)は、日本の小説家、ホラー作家、SF作家、推理作家。 東京都生まれ。八王子の典型的な商業地区で育つ。実家は戦前、大きな機屋を営んでいた。一人っ子で、小学生時代に冒険小説やSF、コナン・ドイルの『失われた世界』に夢中になり、中学生時代には、『コンチキ号漂流記』や『沈黙の世界』など自然科学系のノンフィクションを中心に、中尾明『黒の放射線』などに読み耽ったという。 東京都立富士森高等学校、東京学芸大学教育学部卒業後、八王子市役所に勤務する。(教育実習に2回行って小学校教諭に向いていないと感じ、裁判所調査官試験を受けるも失敗し、市役所職員となった。) 26歳のときに仕事関係の勉強会で知り合った4歳上の夫(都庁職員)と結婚。
大城戸 功(おおきど いさお、1955年〈昭和30年〉10月… 大城戸 功(おおきど いさお、1955年〈昭和30年〉10月23日 - )は、日本の剣道家(範士八段)、元愛媛県警察官。第7回(1988年)世界剣道選手権大会個人戦優勝者。現在、松風舘舘長、愛媛県剣道連盟副会長、新田青雲中等教育学校講師。 次男である大城戸知は大阪府警察所属。幼少期は松風舘にて父親である功から剣道を学び、地元新田高等学校から鹿屋体育大学に進学。その後、大阪府警察に奉職。第15回(2012年)世界剣道選手権大会日本代表(個人戦出場)。第17回(2018年)世界剣道選手権大会日本代表(主将として団体戦出場)。平成28年度全国警察剣道選手権大会優勝者。
深田 吉孝(ふかだ よしたか、1955年10月23日 - )… 深田 吉孝(ふかだ よしたか、1955年10月23日 - )は、日本の生化学者・神経科学者、東京大学名誉教授。学位は、理学博士(京都大学・1983年)。 生命科学研究(特に体内時計に関する生化学的研究)の分野で、40年間にわたり教育研究活動に尽力し、2021年からは「体内時計プロジェクト」の客員研究員を務めている。 1978年、京都大学理学部卒業。1980年、京都大学大学院理学研究科修士課程修了。1983年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了 1982年、日本学術振興会博士課程特別奨励研究員(1982 - 1983年)。1983年、札幌医科大学第一生化学教室助手(1983 - 1986年 ) 1986年、京都大学理学部生物物理学教室助手として京都大学に復帰(1986 - 1993年) 1993 年、東京大学教養学部基礎科学科第一 助教授(1993 - 1995年)。
橋元 良明(はしもと よしあき、1955年10月22日 - … 橋元 良明(はしもと よしあき、1955年10月22日 - )は、日本の社会心理学者、東京女子大学現代教養学部教授、前東京大学教授。専攻はコミュニケーション論。 京都府京都市生まれ。1978年、東京大学文学部心理学科卒業。1982年、同大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学新聞研究所助手、社会情報研究所助教授、教授、2000年に情報学環教授。2020年定年退職。東京女子大学現代教養学部教授。
福本 博文(ふくもと ひろふみ、1955年10月22日- )… 福本 博文(ふくもと ひろふみ、1955年10月22日- )は、日本のノンフィクション作家。 東京都生まれ。東洋大学法学部法律学科卒業。「流行通信」・「スタジオボイス」編集者を経て著述に専念。現代人の心の闇を探求するノンフィクション作品が多い。
山口 保吉(やまぐち やすきち、明治生まれ - 1955年(… 山口 保吉(やまぐち やすきち、明治生まれ - 1955年(昭和30年)10月22日)は、の郷土学者。愛知県豊川市御津町生まれ。
浜田 靖一(濱田 靖一、はまだ やすかず、1955年〈昭和3… 浜田 靖一(濱田 靖一、はまだ やすかず、1955年〈昭和30年〉10月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)。 防衛大臣(第6・24代)、防衛庁副長官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、防衛政務次官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、衆議院議院運営委員長、同政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同国家基本政策委員長、同情報監視審査会長、同予算委員長、同我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員長、同テロ防止・イラク復興支援特別委員長、同安全保障委員長、自由民主党水産総合調査会長、同党国会対策委員長(第53・59代)、同党一億総活躍推進本部長、同党国際局長、同党幹事長代理、同党千葉県支部連合会会長、同党政務調査会副会長、同党国防部会長、同党青年局長などを歴任。
杉森 務(すぎもり つとむ、1955年10月21日 - )は… 杉森 務(すぎもり つとむ、1955年10月21日 - )は、日本の元実業家。ENEOSホールディングス代表取締役会長、石油連盟会長、日本経団連副会長を務めた。 石川県金沢市生まれ。父親は石川県警の警察官。石川県立金沢泉丘高等学校卒業(26期卒)。1979年一橋大学商学部卒業。一橋大学では準硬式野球部に所属。また、大学1年次には社交舞踏研究会で大会に出場し、クイックステップ部門7位に入賞した。小長井義正富士市長は野球部の同期。 エネルギー関係のゼミで学んでいたことなどから、一橋大学を卒業して日本石油(現:ENEOS)に入社。根岸製油所勤労課や本社人事課で人事を計10年間経験した。1985年度日本生産性本部経営アカデミー人事労務コース修了。
篠田 謙一(しのだ けんいち、1955年〈昭和30年〉10月… 篠田 謙一(しのだ けんいち、1955年〈昭和30年〉10月20日 - )は、日本の分子人類学者、医学博士。2025年度末まで国立科学博物館館長を務めた。 静岡県生まれ。新潟に住んだ。1979年京都大学理学部卒業、産業医科大学解剖学講座助手、1986年佐賀医科大学解剖学講座助手、1994年講師、1996年助教授、同年「マカク属近縁数種の長管骨のアロメトリーについて」で佐賀医科大学医学博士。2003年国立科学博物館人類第一研究室室長、2007年研究部研究主幹、2009年人類史研究グループ長、2011年人類研究部研究グループ長、研究主幹。2014年人類研究部長、2015年研究調整役、2016年同博物館副館長。
松富 重夫(まつとみ しげお、1955年10月19日 - )… 松富 重夫(まつとみ しげお、1955年10月19日 - )は、日本の外交官。駐イスラエル特命全権大使、駐ポーランド特命全権大使を務めた。 兵庫県出身。甲陽学院中学校・高等学校(55回)を経て、外務公務員採用上級試験に合格。1978年東京大学法学部卒業後、外務省へ入省。在パキスタン日本国大使館、在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官(経済担当)、在ニュージーランド日本国大使館を経て、1995年1月に外務省アジア局南東アジア第一課長、1997年7月に外務省経済局開発途上地域課長、2001年3月に在トルコ日本国大使館参事官(公使)、2002年9月に経済協力開発機構日本政府代表部公使。 外務省大臣官房参事官、外務省国際情報局参事官を経て、2008年7月に外務省大臣官房総括審議官、2010年に中東アフリカ局長に就任。
大門 匡(だいもん たすく、1955年10月19日 - )は… 大門 匡(だいもん たすく、1955年10月19日 - )は、日本の裁判官。東京家庭裁判所所長などを経て、広島高等裁判所長官を務めた。 大阪府生まれ。徳島市立富田中学校、徳島県立城南高校を卒業後、京都大学法学部に進学。1979年、司法試験合格。1989年 から1991年まで大蔵省へ出向。1995年4月1日、最高裁判所事務総局家庭局第二課長。1998年4月1日、同 第一課長・広報課付。2000年4月1日、東京家庭裁判所判事。2002年4月1日、東京地方裁判所判事。2003年4月1日、東京地方裁判所部総括判事。2014年10月2日、千葉家庭裁判所所長。2016年2月21日、横浜家庭裁判所所長。2017年9月22日 、東京家庭裁判所所長。
ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお… ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお笑いタレント、声優、俳優、司会者、脚本家、演出家、著作家、政治家、コラムニスト。社会民主党所属の参議院議員(1期)、社会民主党副党首。第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。 ラ・サール高等学校卒業、早稲田大学第一文学部除籍。石井光三オフィス所属。 大阪府大阪市住吉区帝塚山出身。大阪市立住吉小学校、住吉中学校卒業。快活で、児童会の会長に立候補して当選するほど目立つ子どもであった。松竹新喜劇や吉本の漫才を見て育ち、姉に連れられて宝塚歌劇団も鑑賞していた。コメディアンに憧れはあったが、クラスには必ず自分よりも面白い子がおり、二番手では無理であろうとあきらめていた。
梶山 弘志(かじやま ひろし、1955年〈昭和30年〉10月… 梶山 弘志(かじやま ひろし、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)、自由民主党国会対策委員長(第61代)。 経済産業大臣(第25-26代)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・産業競争力担当大臣・国際博覧会担当大臣・ロシア経済分野協力担当大臣・原子力経済被害担当大臣(第4次安倍第2次改造内閣・菅義偉内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)・まち・ひと・しごと創生担当大臣・行政改革担当大臣・国家公務員制度担当大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、国土交通副大臣(第2次安倍内閣)、国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、衆議院災害対策特別委員長、同国土交通委員長、自由民主党幹事長代行(第8代)、同政務調査会長代理、同経理局長、同政務調査会副会長、同広報戦略局長、同副幹事長、自由民主党茨城県支部連合会長などを歴任。
天野 篤(あまの あつし、1955年10月18日 - )は、… 天野 篤(あまの あつし、1955年10月18日 - )は、日本の外科医。順天堂大学医学部心臓血管外科特任教授。学位は博士(医学)。 専門は心臓血管外科、虚血性心疾患、弁膜症に関する研究。BS-TBS番組審議会委員。 冠動脈バイパス術の専門医として年間400件以上の心臓手術を執刀し、『ゴッドハンド(神の手)』、『98%の成功率を持つ心臓外科医』などと称される。 2012年(平成24年)、第125代天皇・明仁の冠動脈バイパス術を執刀して成功し、「天皇陛下の執刀医」と広く知られるようになった。心臓外科を扱ったテレビドラマ「医龍-Team Medical Dragon-」や、映画「チーム・バチスタの栄光」の監修にも携わっている。
池田 洋二(いけだ ようじ、1955年10月18日 - )は… 池田 洋二(いけだ ようじ、1955年10月18日 - )は、鳥取県出身のサッカー選手、サッカー指導者。中野区立第六中学校/東京都立鷺宮高等学校/東京学芸大学卒業。 中学時はFW、高校時はセンターバック、高校3年時に東京代表となり関東大会に出場。また、東京都予選の決勝(帝京戦)での活躍により、帝京の古沼貞雄監督の目にとまり 廣瀬龍(帝京)、加藤好男(本郷)らと共に国体東京代表となり順当に勝ち上がるが、準決勝で西野朗(浦和西)を擁する埼玉代表に敗れて全国ベスト4。大学時も大学選抜選手(大学の後輩には久留米高校監督の齋藤登がいる)。 1975年に1985年国体が鳥取県開催に決定し、出身の鳥取県に戻り、小・中・高校の体育教師を務める。
郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年〈昭和30年〉10月18… 郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の男性歌手、俳優、タレント、実業家、アイドル。新御三家の1人。本名、原武 裕美(はらたけ ひろみ)。福岡県出身。バーニングプロダクション所属。所属レコード会社はソニー・ミュージックエンタテインメント、レーベルはソニー・ミュージックレーベルズ内のSony Records。男性ソロアーティストとして歴代4位のCDシングルセールスを誇る。身長176cm。 主にホールを敢行するコンサートツアーを毎年開催している。郷はライブについて「約2時間のなかでいかに多くの自分を観ていただけるか」を意識し、魅せる要素が大きいからこそ楽しんでもらうステージングを心掛けているという。
西村 和平(にしむら かずひら、1955年〈昭和30年〉10… 西村 和平(にしむら かずひら、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家。兵庫県加西市長(3期)。 兵庫県加西市出身。加西市立九会小学校、加西市立加西中学校、兵庫県立北条高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、神戸大学法学部卒業。同年4月、加西市役所に採用される。2010年(平成22年)12月28日、退職。 2022年12月22日の市議会定例会で、2023年5月の任期満了に伴う次期市長選に立候補しない事を表明した。自身の事実上の後継として副市長の河尻悟を挙げており、河尻は西村の市長退任表明と同日に副市長を辞職し、次期市長選への出馬を表明している。投開票の結果、河尻は元市教育長の高橋晴彦に敗れ落選した。
山村 隆 (やまむら たかし、1955年10月18日 - )… 山村 隆 (やまむら たかし、1955年10月18日 - )は、日本の医師(神経内科専門医)、医学博士。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所特任研究部長、および、多発性硬化症センター・センター長。京都大学大学院医学研究科特任教授。専門は神経内科(多発性硬化症の病態と治療法開発)、免疫学、神経免疫学。妻はノンフィクション作家の中丸美繪。世界でもっとも早期から脳神経疾患における「腸―免疫―脳」の関係を提示し、その分野を国際的に発展させた研究者の一人である。また臨床診療を行いながら基礎研究によって医療を進歩させるトランスレーション研究の先駆けであり、視神経脊髄炎(NMOSD)の新薬開発に成功したことでも知られる。
松岡 靖之(まつおか やすゆき、1955年10月18日 -)… 松岡 靖之(まつおか やすゆき、1955年10月18日 -)は、日本の実業家、紀陽銀行頭取。 和歌山県出身。関西大学商学部卒業後、1978年に紀陽銀行に入行。 2013年に専務就任を経て、コンサルティング部門の責任者として、コンサルティングサービス全体の品質向上を主導した。2015年5月、紀陽銀行頭取に就任。2021年6月に会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中島 敏雄(なかじま としお、1955年10月18日 - )… 中島 敏雄(なかじま としお、1955年10月18日 - )は、日本の医師(内科医)。 学位は博士(医学)。専門は消化器内科、ピロリ菌感染症認定医で、ピロリ菌に関する研究を行っている。 内視鏡の専門医としてクリニック全体で年間2000-3000件の検査をこなす消化器内科医である。 医者が選ぶ専門医Best Doctors in Japan2020-2021に選出されている。
武藤 容治(むとう ようじ、1955年〈昭和30年〉10月1… 武藤 容治(むとう ようじ、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。自由民主党岐阜県支部連合会長。 経済産業大臣(第31・32代)兼原子力経済被害担当大臣兼GX実行推進担当大臣兼産業競争力担当大臣兼内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、外務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、総務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、衆議院農林水産委員長、自由民主党岐阜県支部連合会会長、自由民主党国会対策委員会副委員長、同総合エネルギー戦略調査会事務局長、同副幹事長、同政務調査会経済産業部会長などを歴任した。
赤松 一朗(あかまつ いちろう、1955年10月17日 - … 赤松 一朗(あかまつ いちろう、1955年10月17日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手(投手)。 丸岡高校では、1973年夏の甲子園県予選準々決勝に進むが三国高に敗退。地元の福井工業大学へ進学し、北陸大学野球リーグで活躍。3年秋に明治神宮大会初戦で先発したが、大宮龍男、石毛宏典らが出場した駒澤大に敗れた。大学卒業後は電電北陸へ入社。エースとして1979年の都市対抗に13年ぶりに出場。1回戦は新日鐵堺を延長10回の末降すが、2回戦では日本楽器の武居邦生に逆転打を喫し敗退。サイドハンドから、カーブ、シュート、シンカーを武器とした。 1979年ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名され入団。1983年に一軍初登板を果たすが、故障もあって同年限りで現役を引退した。
門 あさ美(かど あさみ、1955年<昭和30年>10月17… 門 あさ美(かど あさみ、1955年<昭和30年>10月17日 - )は愛知県名古屋市出身の女性シンガーソングライター。代表曲に「ファッシネイション」「Lonely Lonely」「月下美人」など。 金城学院大学卒業。ヤマハポピュラーソングコンテスト出身。 1975年4月6日 愛知県勤労会館 第9回ポプコン中部グランプリ大会 入賞「世界中の光を」詩・小野峰人 曲・秋山雅一 歌・門あさ美・安藤こうじ この回の中部グランプリは、八神純子と柴田容子。 1977年4月3日 愛知県勤労会館 第13回ポプコン中部グランプリ大会にて2曲歌う。「バラード」「あれから」 1979年9月5日シングル『ファッシネイション』でテイチク(現在のテイチクエンタテインメント。
横山 幾夫(よこやま いくお、1955年〈昭和30年〉10月… 横山 幾夫(よこやま いくお、1955年〈昭和30年〉10月17日 - )は、日本の政治家。高知県安芸市長(3期)。 高知県安芸市井ノ口乙に生まれる。1978年(昭和53年)3月、広島電機大学(のちの広島国際学院大学)工学部電子科卒業。同年11月、安芸市役所に採用される。2006年(平成18年)4月、環境課長に就任。2009年(平成21年)4月、教育次長兼学校教育課長に就任。2010年(平成22年)12月、安芸市教育長に就任。 2013年(平成25年)8月25日に行われた安芸市長選挙に出馬し現職の松本憲治を破り初当選。9月3日、市長就任。 2017年(平成29年)8月13日告示の安芸市長選挙では横山以外の立候補者がなく、無投票で再選。
原 知遙(はら ちはる、本名:原 千春、1955年10月16… 原 知遙(はら ちはる、本名:原 千春、1955年10月16日 - )は、株式会社夢大陸および株式会社夢人・代表取締役社長、福岡コミュニティ放送元代表取締役社長。「六本木の巫女」と自称していた。架空の投資話で投資家から数十億円の金をだまし取った無登録金融取引の容疑で逮捕起訴された。 山口県下関市出身。梅光女学院高校を卒業後「イースタン・ワシントン大学」および「シカゴ大学」を修了と自称していたが、のちに経歴偽装が明らかになる。 2001年、インターネットのウェブサイト企画会社として有限会社夢大陸を設立。主に女性向けメールマガジンの配信サービスなどで2万人の会員を集めたという。 そののち2003年頃には投資コンサルタント事業をうたい、株式会社夢大陸に組織変更。
飯冨 章宏(いいとみ あきひろ、1955年(昭和30年)10… 飯冨 章宏(いいとみ あきひろ、1955年(昭和30年)10月16日 - )は小鼓方大倉流の能楽師で、重要無形文化財総合認定保持者である。 1955年、能楽脇方(高安流)飯冨家長男として熊本県熊本市に生まれる。熊本市在住。熊本県立熊本高等学校、一橋大学を卒業後、1977年(昭和52年)に能楽小鼓入門。「猩々乱」「石橋」「道成寺」「安宅」「定家」「翁頭取」等を披演。 鵜澤壽(人間国宝)、鵜澤速雄並びに大倉源次郎(大倉流十六世宗家・人間国宝)に師事。 (公益社団)能楽協会社員、(社)日本能楽会会員、福岡市能楽協議会 元会長、筑紫女学園大学非常勤講師(日本芸能論)。尚絅大学非常勤講師。現在は福岡県立大濠公園能楽堂をはじめおもに九州各地で活動。
小笠原 司(おがさわら つかさ、1955年(昭和30年)10… 小笠原 司(おがさわら つかさ、1955年(昭和30年)10月16日 - )は、日本のロボット研究者。東京大学工学博士、奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。東京大学の博士課程では知能ロボットプログラミングシステム「COSMOS」を開発。その後も電子技術総合研究所知能システム研究部でロボット研究に従事し、1998年から2021年まで奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授。小笠原が主宰するロボティクス研究室では案内ロボット「ASKA」、「たけまる」などの案内ロボットを開発した。2021年4月から2年間は、同大学で理事・副学長を務めた。 小笠原はものづくりが苦手で、数学や物理が好きな子供であった。
野又 穫(のまた みのる、1955年10月16日 - )は日… 野又 穫(のまた みのる、1955年10月16日 - )は日本の美術家。女子美術大学教授。 東京都出身。1986年に佐賀町エキジビットスペース(1983-2000年 東京都江東区、主宰:小池一子)において初の個展を開催。実在しない建造物を絵画として独自の視点から描き続けている。 1996年に本名を「稔」から「穫」へ改める。1991年に出版した画集「NOMATA - Standing Still」(発行:ゲイン)は「野又稔」での著作。「穣」は誤り。
小竹 篤(こたけ あつし、1955年〈昭和30年〉10月15… 小竹 篤(こたけ あつし、1955年〈昭和30年〉10月15日 - )は、日本の政治家。三重県鳥羽市長(1期)。 三重県鳥羽市桃取町(答志島)出身。三重県立伊勢高等学校、三重大学教育学部卒業。市内の小中学校に勤め、市教育委員会学校教育課長や鳥羽東中学校校長などを経て、2017年7月から2024年12月まで市教育長を務めた。 2025年2月5日、同年4月6日告示・13日投開票の鳥羽市長選への立候補を表明。同市長選では自民党が現職の中村欣一郎と元市議の山本哲也の両方に推薦を出す異例の対応を採ったが、小竹が2人を破り初当選した。第一に掲げた公約は鳥羽駅前の再開発であった。選挙時はオレンジをイメージカラーとして用い、4月21日の初登庁に際して、オレンジ色のネクタイを着用した。
今尾 文昭(いまお ふみあき、1955年10月15日 - )… 今尾 文昭(いまお ふみあき、1955年10月15日 - )は、日本の考古学者。 兵庫県尼崎市生まれ。1974年同志社高等学校卒業。1978年同志社大学文学部文化学科文化史学専攻卒業。奈良県立橿原考古学研究所総括研究員。2008年「律令期陵墓の成立と都城」で奈良大学より博士(文学)を取得。
はた真弥(はた しんや、1955年10月15日 - )は、鹿… はた真弥(はた しんや、1955年10月15日 - )は、鹿児島県を拠点に活躍する日本の司会者。同県揖宿郡喜入町(現在の鹿児島市喜入地区)出身。南日本放送の元MBCタレント。血液型はO型。ニックネームは「はたっち/マダム・ハタ」。 さつまお笑い劇場(現在は放送されていない)内の再現ドラマの寸劇で、ばってん荒川もどきの割烹着にまるまげの婆さんの扮装(マダム・ハタと称されることもある。)が名刺代わりの芸風で活躍し、その後ズバッと!鹿児島やどーんと鹿児島などの情報番組に出演。2010年1月まで長年MBCタレントとして活躍した。 現在は、主として鹿児島県内に置いてイベント等の司会を主に活動している。
高垣 伸博(たかがき のぶひろ、1955年10月15日 - … 高垣 伸博(たかがき のぶひろ、1955年10月15日 - )は、元毎日放送社員(テレビプロデューサー、アナウンサー室長などを歴任)。ワッハ上方プロモーション委員会(放送事業者)事務局プロデューサー。追手門学院大学国際教養学部国際日本学科元教授。 大阪府東大阪市出身。関西学院大学文学部へ進学し、文化総部甲山落語研究会に所属。卒業後の1978年に毎日放送へ入社、同期には元アナウンサーの増田一樹がいる。制作局に所属し、数々のテレビ番組のディレクター・プロデューサーを務め、テレビ制作部副部長などを歴任。2005年7月よりアナウンサー室へ異動し、室次長兼アナウンサーセンター長を務め、周りのアナウンサーからは「高垣部長」と呼ばれていた。