住永 翔(すみなが かける、1998年10月6日 - )は、… 住永 翔(すみなが かける、1998年10月6日 - )は、北海道三笠市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 北海道三笠市出身で北海道コンサドーレ札幌U-15から青森山田高校へ進学。青森山田では主将として高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグと全国高等学校サッカー選手権大会の2冠に貢献。高校卒業後は、明治大学へ進学。選手層が厚い名門でなかなか出番がなかったが、4年生になるとコンスタントに出場。2020年12月、AC長野パルセイロへの加入が内定した。 2021年3月21日、J3リーグ第2節のテゲバジャーロ宮崎戦でJリーグデビューを飾った。 2022年11月18日、AC長野パルセイロは契約期間の満了と来季に向けた契約更新を行わないことを発表。
伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は… 伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は、日本のプロボクサー。北海道三笠市出身。新日本木村ボクシングジム所属。元日本スーパーウェルター級王者。 駒澤大学附属岩見沢高等学校1年生でボクシング部員になる(同級生で野球部中心選手に本間満)。3年でインターハイ、国体に出場するも上位に入れず。道都大学3年、全日本アマチュアボクシング選手権大会準決勝で中央大学の天田広美(天田ヒロミ)に3RTKOで敗れ、中退し木村ジムの所属プロボクサーとなる。 1994年5月9日(フジテレビ/ダイヤモンドグローブ)、ミドル級で、日本タイトル経験者の大竹永寿(グリーンツダ)を3RTKOで退け、デビュー戦を飾る。
吉岡 宏高(よしおか ひろたか、1963年 - 2022年1… 吉岡 宏高(よしおか ひろたか、1963年 - 2022年11月26日)は、日本の地理学者、観光学者。まちづくりコーディネーター。専門は、観光まちづくりの政策展開プロセスを研究。 北海道三笠市出身。父は北炭幌内炭鉱の事務職員であった。北海道岩見沢東高等学校卒業。1986年福島大学経済学部卒業。1986年日本甜菜製糖に入社。1992年たくぎん総合研究所研究員。その後、たくぎん総合研究所主任研究員。 1997年からまちづくりコーディネーターとして独立。1998年北海道二十一世紀総合研究所客員研究員、その後、道都国際観光専門学校インターナショナルトラベル学科、日本ビジネス綜合専門学校観光学科、札幌商工会議所付属専門学校、札幌市立高等専門学校の各非常勤講師を経て、2004年札幌国際大学観光学部専任講師。
野口 伸(のぐち のぼる、1961年7月17日 - ) は、… 野口 伸(のぐち のぼる、1961年7月17日 - ) は、日本の農業工学者。北海道大学大学院農学研究院研究院長・教授。日本学術会議連携会員、日本生物環境工学会理事長。専門は農業情報工学、農業ロボット工学。食料生産システムのロボット化やICTに関わる研究に取り組んでいる。 北海道三笠市生まれ。山口県下関市で育ち、山口県立豊浦高等学校を卒業後、「生まれ故郷で農業の勉強をしたい」と思い、北海道大学農学部に入学。1990年北海道大学大学院農学研究科農業工学専攻博士課程修了後、北海道大学農学部助手に採用される。1997年同大学大学院農学研究科助教授、2004年教授に就任する。2016年10月から2019年3月まで内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第1期「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクターを務めた。
倉橋 ルイ子(くらはし るいこ、1959年12月9日 - )… 倉橋 ルイ子(くらはし るいこ、1959年12月9日 - )は、北海道三笠市幾春別出身の歌手。倉橋ルイ華と名乗っていた時期もある。 レコード会社にスカウトされ、約1年半レッスンを受けた後、1981年「ガラスのYESTERDAY」でレコードデビュー。 芸名はレッスンを受けていた時期に世話になり、デビュー曲の作詞者となった岡田冨美子が名付けた。当時岡田の愛読書が倉橋由美子の本であり、その倉橋の作品に中性的性格の登場人物が多かったことからそのイメージを拝借し、フランス語圏の男性名「ルイ」をとって、字画の関係を考えて「子」を付けた。 一時期歌手(芸能)活動を休止していたが1999年4月26日、南青山マンダラにて復活した。
松野 哲(まつの さとる、1956年5月4日 - )は、日本… 松野 哲(まつの さとる、1956年5月4日 - )は、日本の政治家。北海道岩見沢市長(4期)。 北海道三笠市生まれ。北海道岩見沢東高等学校卒業。1981年3月、北海道大学法学部卒業。同年4月、岩見沢市役所に入所。 以後、岩見沢市役所企画調整課長、同市長室長、同ふるさとづくり推進室長、同学校教育課長、同観光物産課長、北海道岩見沢緑陵高等学校事務長、岩見沢市役所税務課長、同収納対策担当次長を歴任。 2012年夏、岩見沢市長の渡辺孝一は、次期衆院選に比例北海道ブロックから自由民主党単独1位で出馬することの内定を受ける。同年7月31日、渡辺は市長を辞任。同年同月、松野は収納対策担当次長を最後に岩見沢市役所を退職。
須藤 茂光(すどう しげみつ、1956年4月2日 - )は、… 須藤 茂光(すどう しげみつ、1956年4月2日 - )は、北海道三笠市奔別 出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック、センターバック)。 中学2年の時に神奈川県に移る。中央大学在学中の1978年に日本代表に初選出され、代表Aマッチ13試合に出場。日立製作所に進み、1979年のJSLで新人王を獲得した。 引退後はフットサル日本代表や中央大学の監督、柏レイソルのコーチ、日本サッカー協会のナショナルトレセンコーチなどを歴任。2001年よりU-16日本代表の監督に就任。2005年にJFAエリートプログラムU-13監督、2006年にJFAエリートプログラムU-14監督を務めた。
今野 敏(こんの びん、1955年9月27日 - )は、日本… 今野 敏(こんの びん、1955年9月27日 - )は、日本の小説家、元漫画原作者、武道家。本名は敏(さとし)。血液型はO型。 北海道三笠市に生まれ、高校の教師をしていた父親の転勤に伴い、岩見沢市、江差町で育つ。函館ラ・サール高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。中学は剣道部、高校・大学は茶道部(裏千家)、高校では他に演劇部、大学では空手同好会(糸東流で伊藤四郎師範に師事)に所属。函館ラ・サール高校では1年次のみ大部屋寮生活を経験しており、「流行作家は伊達じゃない」及び「寮生 一九七一年、函館。」にて在寮当時の様子が描かれている。 上智大学在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説新人賞を受賞しデビュー。
山田 清志(やまだ きよし、1955年5月16日 - )は、… 山田 清志(やまだ きよし、1955年5月16日 - )は、日本の経済学者で専門は経済法、消費者法。株式会社エフエム東京取締役。東海大学パシフィックセンター所長(ハワイ州・ホノルル)や米国・ハワイ東海インターナショナルカレッジ学長職など経て、第17代東海大学学長職を務める(2023年3月末まで)。2023年4月から学校法人東海大学理事。松前家の娘婿。北海道三笠市出身。 夕張炭鉱職員の子として生まれ、中学から札幌市で育つ。早稲田大学在学中は雄弁会に所属し、同期には黒岩祐治、1期上に下村博文、2期上に山本有二がいた。法学部設立にあたって東海大学に招聘され、その後長く国際部門を担当。ハワイ東海インターナショナルカレッジ学長には、最初から学校を整理する目的での就任だった。
名和 豊春(なわ とよはる、1954年(昭和29年)4月11… 名和 豊春(なわ とよはる、1954年(昭和29年)4月11日 - ) は、日本の工学者。学位は博士(工学)(東京工業大学)。専門は建築学、土木工学。第19代北海道大学総長。日本コンクリート工学会賞、土木学会吉田賞等受賞。さくらサイエンスプログラム・顧問委員会・元日本委員。 北海道三笠市出身。1973年北海道岩見沢東高等学校卒業。1977年北海道大学工学部建築工学科卒業。1980年北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻修士課程修了、秩父セメント株式会社入社、中央研究所勤務。1992年東京工業大学より博士(工学)の学位を取得。博士論文は「分散剤を用いたモルタルの流動性に及ぼすセメントのキャラクターの影響」。
西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和2… 西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和29年〉3月13日 - )は、日本の漫画家。北海道三笠市出身。 大和和紀のアシスタントを経て、1976年に別冊少女フレンド1月号増刊の『ティータイム』でデビュー。以後、「少女フレンド」を中心に活躍し、1990年代後半からは「mimi」を経て「BE・LOVE」「ミステリーサラ」などの女性誌に発表の場を移している。 代表作に『まひろ体験』『美人秘書香都子さんの事件簿シリーズ』『お姑()さまといわれても』『あかりとシロの心霊夜話シリーズ』など。 1985年、『まひろ体験』で第9回講談社漫画賞を受賞。 2001年、『お姑さまといわれても』が、TBS系列で「バトルファミリー - 私、恋します - 」のタイトルでテレビドラマ化。
小日向 文世(こひなた ふみよ、1954年〈昭和29年〉1月… 小日向 文世(こひなた ふみよ、1954年〈昭和29年〉1月23日 - )は、日本の俳優、ナレーター。愛称は、コヒさん。 北海道三笠市出身。東京写真専門学校(現:専門学校東京ビジュアルアーツ)卒業。ファザーズコーポレーション所属。 3人兄弟の末っ子。三笠市立三笠中学校、北海道三笠高校卒業。高校では美術部に所属し、主に油絵を描いていた。グラフィックデザイナーを目指して、御茶ノ水にあるデザインの専門学校に通っていた18歳の時、スキーで複雑骨折し骨盤や大腿部の筋を移植するなど2年間で8回の手術をする怪我を負う。そんな自分があまりにもかわいそうになり、これだけ痛い思いをしたのだから後は好きなことをやろうと、より熱心に写真の専門学校に通い始める。
高橋 伸彰(たかはし のぶあき、1953年7月31日 - )… 高橋 伸彰(たかはし のぶあき、1953年7月31日 - )は、日本の経済学者。立命館大学国際関係学部教授。専門は、日本経済論、経済政策。北海道三笠市出身。 北海道札幌南高等学校では外岡秀俊、久間十義と同期。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本開発銀行入行。日本経済研究センター経済分析部エコノミスト、通商産業大臣官房企画室主任研究官、日本開発銀行設備投資研究所主任研究員、同行総務部次長などを経て、1999年から2019年まで立命館大学国際関係学部教授。現在は立命館大学名誉教授。武蔵大学教授で同大学学長の高橋徳行は実弟。 日本開発銀行時代の先輩に竹中平蔵がおり、竹中の最初の著書『研究開発と設備投資の経済学 経済活力を支えるメカニズム』には高橋の作成したグラフが無断使用されていたという。
川俣 正(かわまた ただし、1953年7月24日 - )は、… 川俣 正(かわまた ただし、1953年7月24日 - )は、北海道三笠市出身の芸術家、造形作家。作品は日本のみならず、世界各国で展開されている。 作品制作スタイルについては、ワーク・イン・プログレスと呼ばれるプロジェクトを組み、現地で制作されることが特徴。国内でのワーク・イン・プログレス例としてはコールマイン田川(福岡県田川市)、ワーク・イン・プログレス豊田(愛知県豊田市美術館)、直島スタンダード2や越後妻有トリエンナーレ等がある。東京藝術大学教授、フランス国立高等美術学校教授などを歴任。 クリエイティブオフィスキューに所属している、タレント・パーソナリティの北川久仁子は従妹。
西城 賢策(さいじょう けんさく、1951年〈昭和26年〉3… 西城 賢策(さいじょう けんさく、1951年〈昭和26年〉3月11日 - )は、日本の政治家。北海道三笠市長(3期)。 1951年(昭和26年)3月11日、北海道三笠市で生まれる 北海道三笠高等学校卒業後、1969年(昭和44年)、三笠市役所に奉職。 三笠市職員として採用後、企画部振興開発課振興開発係長、ふれあい健康センター保健福祉センター次長兼介護支援センター次長、市立三笠総合病院事務局管理課長、経済建設部商工観光課長、経済建設部長、総務部長などを歴任 2007年(平成19年)10月15日、三笠市議会の臨時会で三笠市副市長に選任され、三笠市副市長に就任。 2015年(平成27年)4月26日に執行された、小林和男の任期満了に伴う三笠市長選挙に出馬し、無投票で初当選。
貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる、1948年 - )は、日本の教… 貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる、1948年 - )は、日本の教育者である。三鷹市教育委員会教育委員長、教育再生実行会議委員を歴任し、現在、東京都教育会会長、連合教育会副会長を務める。専門は学校経営、コミュニティ・スクール論。 北海道三笠市出身、東京育ち。中央大学経済学部卒、電気通信大学大学院博士後期課程中退。東京都公立小学校教諭、東久留米市教育委員会指導主事等を経て、1998年から三鷹市立第四小学校校長。その後、三鷹市教育長、同教育委員長(現在退任)。 中央教育審議会委員や国の教育再生実行会議委員になる。また、全国コミュニティ・スクール連絡協議会会長なども(現在、顧問)。文部科学省参与を経て、視学委員を務める。
林 竧(はやし たつみ、1947年10月1日 - 2025年… 林 竧(はやし たつみ、1947年10月1日 - 2025年2月9日)は、日本の法学者。専門は商法。北海道大学名誉教授。北海道三笠市生まれ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
三笠山 護(みかさやま まもる、1935年1月2日 -没年不… 三笠山 護(みかさやま まもる、1935年1月2日 -没年不明 )は、出羽海部屋に所属した元力士。本名は戸田 護(とだ まもる)。現在の北海道三笠市出身。170cm、83kg。最高位は西十両13枚目。得意技は左四つ、寄り。 1952年5月場所に初土俵、1957年3月場所に十両昇進し連続6場所務めた。1958年9月場所に23歳で廃業した。
能登 和夫(のと かずお、1931年(昭和6年)3月24日 … 能登 和夫(のと かずお、1931年(昭和6年)3月24日 - 1994年(平成6年)8月28日)は、日本の政治家。北海道三笠市長。位階は従六位。勲五等双光旭日章。 北海道三笠市出身。1948年(昭和23年)空知農業高等学校卒、北海道三笠高等学校定時制卒。 1948年(昭和23年)三笠町役場に入り、1954年(昭和29年)三笠高等学校の定時制に入学、勤労学生となる。三笠市教育長を経て、1983年(昭和58年)三笠市長に初当選。以後、連続2期務め、1991年(平成3年)に勇退。1994年死去。死没日付をもって従六位に叙され、勲五等双光旭日章を追贈された。
太刀光 電右エ門(たちひかり でんえもん、1897年3月29… 太刀光 電右エ門(たちひかり でんえもん、1897年3月29日 - 1952年5月15日)は、北海道三笠市出身で高砂部屋(入門時は友綱部屋)に所属した大相撲力士。本名は八田 政次(はった まさつぐ(まさじ))。最高位は東大関。 1897年3月29日に北海道空知郡(現:北海道三笠市)で鉱夫の二男として生まれる。1912年の夏に太刀山峯右エ門一行が札幌へ巡業に来た際に兄に付き添われて直接弟子入りを志願したが、小兵だったことで見込みが無いと判断され、諭された上に断られた。それでも政次少年は熱心に入門を志願したため、太刀山自ら「厳しい修行に耐えられるか」と問い、その様子を傍で見ていた代議士も口添えしてくれたため、友綱部屋への入門を許可された。
黒川 利雄(くろかわ としお、1897年〈明治30年〉1月1… 黒川 利雄(くろかわ としお、1897年〈明治30年〉1月15日 - 1988年〈昭和63年〉2月21日)は、日本の内科学者、医学博士。東北大学医学部教授・学部長、同大学第10代総長。専門は内科学、消化器病学、臨床放射線学、特に消化管のレントゲン診断学。財団法人宮城県対がん協会を設立、日本初のがん集団検診(胃がん)を行った。正三位。勲一等瑞宝章。勲一等旭日大綬章。文化勲章受賞、文化功労者。日本学士院長。仙台市名誉市民。東京都名誉都民。北海道三笠市出身。東京で死去、享年91。子息に黒川雄二。 1897年1月15日、北海道空知郡三笠山村大字幾春別(現:三笠市幾春別町2丁目)で、福井県人黒川利三吉と熊本県人母ツネの5男3女の長男として誕生。
安達 悦二郎(あだち えつじろう、1889年(明治22年) … 安達 悦二郎(あだち えつじろう、1889年(明治22年) - 1987年(昭和62年))は、日本の政治家・実業家。北海道三笠市出身。1916年(大正5年)札幌師範学校(現・北海道教育大学札幌分校)卒業。北海道遠軽町長(1951年 - 1955年)。 学校卒業後、旧制中学校教諭、北見市教育委員会、遠軽営林署署長などを経て、1951年に営林署を辞職して、遠軽町長選挙に出馬し初当選。しかし、1955年(昭和30年)の遠軽町長選挙では落選。同年、北海林業代表取締役社長に就任。1956年より遠軽森林組合長や遠軽観光協会長、遠軽職業訓練校校長などを務めた。1960年(昭和35年)から遠軽商工会議所会頭( - 1978年)や北見工業短期大学客員教授( - 1966年)、旭川女子短期大学非常勤講師(1967年 - 1969年)も務めた。
もんでん あきこは、日本の漫画家。女性。北海道三笠市出身、札… もんでん あきこは、日本の漫画家。女性。北海道三笠市出身、札幌市在住。血液型はAB型。北海道岩見沢東高等学校卒業。 代表作に『竜の結晶』、『アイスエイジ』『エロスの種子』など。 1983年、20歳の時に『週刊マーガレット』(集英社)でデビュー。その後、レディースコミック誌『Ami Jour』(双葉社)や、青年誌『ヤングアニマル』(白泉社)などでの活動を経て、現在は『コーラス』(集英社)などの女性誌に作品を発表している。 近年は『ビッグコミックスペリオール』(小学館)などの青年誌にも作品を発表。2010年には年に数回の頻度で描いていたBL作品も「モンデンアキコ」名で出している。 若い頃からのバイク乗りで「2サイクル車は私の青春」との発言がある[要出典]。