坂本 竜太郎(さかもと りゅうたろう、1980年3月28日 … 坂本 竜太郎(さかもと りゅうたろう、1980年3月28日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)、自由民主党遊説局長代理。いわき市議会議員(1期)、福島県議会議員(2期)を務めた。 福島県いわき市出身。いわき市立植田小学校、いわき市立植田中学校、福島県立磐城高等学校を経て、中央大学法学部を卒業。 父の坂本剛二の秘書を務めた後、2009年の補欠選挙でいわき市議会議員に選出されたものの、翌年に辞職(後述)。 2015年11月の福島県議会議員選挙にいわき市選挙区から立候補し、定数10人に対し10位で当選。 2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では、前回選挙で落選していた父の政界引退表明により、福島5区からの立候補が取り沙汰されたが不出馬を表明。
高野 貴裕(髙野 貴裕、たかの たかひろ、1979年9月24… 高野 貴裕(髙野 貴裕、たかの たかひろ、1979年9月24日 - )は、日本の政治家。東京都議会議員(1期)。元TBSテレビアナウンサー。 福島県いわき市出身。血液型はA型。1年の浪人を経て入学した福島県立磐城高等学校を経て、青山学院大学文学部仏文科卒業後、2003年4月1日付で、アナウンサーとしてTBSに入社した。同期入社のアナウンサーには小林麻耶と高畑百合子。入社後は、報道・情報・バラエティなど、幅広いジャンルのテレビ番組へ出演した。『王様のブランチ』では、「高野ボンバー貴裕」と称して、DVDの新作ソフトを紹介するコーナー「熱血・DVD野郎」を担当した。その一方で、2006年の10月から2008年2月1日までは、『筑紫哲也 NEWS23』でキャスターを担当した。
田頭 弘毅(たがしら こうき、1973年9月25日 - )は… 田頭 弘毅(たがしら こうき、1973年9月25日 - )は、日本の重量挙げ選手、政治家。いわき市議会議員(3期)。 福島県いわき市小名浜出身。福島県立勿来工業高等学校、国士舘大学卒業。日栄薬品興業に所属した。 ウエイトリフティング56kg級 スナッチ115kg、トータル255kg 元日本記録保持者。 2000年シドニーオリンピック ウエイトリフティング男子56kg級日本代表 13位。 1999年アジア選手権4位、世界選手権12位。 全日本選手権大会優勝2回、国民体育大会優勝1回、全日本実業団優勝1回。 2016年9月11日、自由民主党公認で立候補したいわき市議会議員選挙で初当選を果たした。定数37に対して37番目の得票、つまり最少得票での当選者であり、落選した次点者との差は1票であった。
内田 広之(うちだ ひろゆき、1972年〈昭和47年〉3月2… 内田 広之(うちだ ひろゆき、1972年〈昭和47年〉3月25日 - )は、日本の政治家、文部・文科官僚。福島県いわき市長(2期)。文科省教育改革推進室長、福島大学理事兼事務局長、東日本国際大学地域振興戦略研究所長などを歴任した。 1972年3月25日生まれ。福島県いわき市出身。いわき市立草野小学校、いわき市立草野中学校、福島県立磐城高校、東北大学教育学部卒業。2014年(平成26年)東京大学大学院教育学研究科修了。 1996年(平成8年)文部省(当時)入省。 2002年(平成14年)ユネスコ本部(パリ)にてアフリカ・アジアの教育支援に携わる。 2006年(平成18年)、秋田県教育庁高校教育課長。
森 まさこ(森 雅子、もり まさこ、1964年〈昭和39年〉… 森 まさこ(森 雅子、もり まさこ、1964年〈昭和39年〉8月22日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の参議院議員(4期)、自由民主党組織運動本部長代理。本名は「三好 雅子(みよし まさこ)」。 弁護士を経て、金融庁で検査局金融証券検査官や総務企画局課長補佐を歴任し、第21回参議院議員選挙で初当選。 初当選後、内閣総理大臣補佐官(LGBT理解増進担当)(第2次岸田第1次改造内閣)、同(女性活躍担当)(第2次岸田内閣・第2次岸田第1次改造内閣)、法務大臣(第102代)、女性活力・子育て支援担当大臣、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全、少子化対策、男女共同参画)・特定秘密保護関連担当大臣(第2次安倍内閣)、参議院環境委員長、同行政監視委員長、自由民主党参議院筆頭副幹事長、同女性活躍推進特別委員会委員長、同女性活躍推進本部長、同治安・テロ調査会長、同環境部会長、同副幹事長、同法務部会長、同人事局長を歴任した。
染谷 絹代(そめや きぬよ、1954年〈昭和29年〉7月5日… 染谷 絹代(そめや きぬよ、1954年〈昭和29年〉7月5日 - )は、日本の政治家。静岡県島田市長(4期)。 福島県いわき市出身。目黒区立鷹番小学校、目黒区立第六中学校(現在の目黒区立目黒中央中学校)、実践女子学園高等学校卒業。1975年8月、実践女子大学国文学科中退。同年、文化人類学者の染谷臣道と結婚。夫の転勤(国立大学教師)に伴い、北海道帯広市、インドネシア、福岡県飯塚市など転居したのち、島田市の市民となる。2001年9月放送大学教養学部人間の探求専攻を卒業。静岡県男女共同参画センター理事、島田市行政改革推進委員会副委員長、島田市教育委員長(4期)などを歴任。 2013年5月19日執行の島田市長選挙に無所属で出馬。
岩城 光英(いわき みつひで、1949年〈昭和24年〉12月… 岩城 光英(いわき みつひで、1949年〈昭和24年〉12月4日 - )は、日本の政治家。 法務大臣(第96代)、内閣官房副長官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣・福田康夫改造内閣)、国土交通大臣政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、参議院議院運営委員長(第61代)、自由民主党参議院政策審議会長、参議院議員(3期)、いわき市長(2期)、福島県議会議員(2期)、いわき市議会議員(2期)等を歴任した。 福島県いわき市生まれ。会津美里町で幼少期を過ごし、町立尾岐小学校に入学したが、父の転勤のため一日だけの在校で、小野町立小野新町小学校に転校した。いわき市立小名浜第二中学校、福島県立磐城高等学校、上智大学法学部法律学科卒業。
吉田 泉(よしだ いずみ、1949年(昭和24年)2月26日… 吉田 泉(よしだ いずみ、1949年(昭和24年)2月26日 ‐ )は、日本の元政治家。 衆議院議員(5期)、財務大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣)・復興大臣政務官(野田第1次改造内閣)、復興副大臣・内閣府副大臣(野田第2次改造内閣)、いわき市議会議員(1期)などを歴任した。 福島県いわき市生まれ。福島県立磐城高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、石川島播磨重工業勤務を経て、福島県へ帰郷し、生家のお茶屋を継いだ。1996年、いわき市議会議員選挙に立候補し、トップ当選。2000年、市議を任期途中で辞職し、第42回衆議院議員総選挙に福島5区から民主党公認で立候補したが、自由民主党の吉野正芳に敗れ、落選。
宮川 えみ子(みやかわ えみこ、1946年〈昭和21年〉2月… 宮川 えみ子(みやかわ えみこ、1946年〈昭和21年〉2月14日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の福島県議会議員(5期)。元いわき市議会議員(7期)。日本共産党福島県議会議員団副団長を務める。 福島県いわき市出身。福島県立磐城女子高等学校(現・福島県立磐城桜が丘高等学校)卒業。卒業後は呉羽化学工業(現・クレハ)に勤務した。 1980年、いわき市議会議員選挙に初当選。以後、2007年まで連続7期にわたり市議会議員を務める。 2007年、福島県議会議員選挙(いわき市区)に立候補し、初当選。以後、2011年、2015年、2019年、2023年の各選挙において当選を重ね、現在5期目を務める。市議会議員と県議会議員を合わせた通算の当選回数は12回に及ぶ。
坂本 剛二(さかもと ごうじ、1944年〈昭和19年〉11月… 坂本 剛二(さかもと ごうじ、1944年〈昭和19年〉11月2日 - 2018年〈平成30年〉11月4日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(7期)、経済産業副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、福島県議会議員(3期)、いわき市議会議員(1期)などを歴任した。 元参議院議員の増子輝彦は義弟。 福島県石城郡勿来町(現いわき市)生まれ。福島県立磐城高等学校、中央大学経済学部卒業。1972年、いわき市議会議員に初当選。1975年、いわき市議会議員を辞職し、福島県議会議員選挙に立候補して当選した。以後、県議を3期15年間務める。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に自由民主党公認候補として旧福島3区(定数3)に立候補。
鈴木 久(すずき ひさし、1940年8月23日 - )は、日… 鈴木 久(すずき ひさし、1940年8月23日 - )は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。 福島県いわき市出身。磐城高校卒業後、電電公社に入社。いわき市議、福島県議を経て、1990年の総選挙で旧福島3区から立候補して当選。次の1993年の総選挙で落選した。1996年の総選挙で福島5区から民主党公認で立候補したが落選した。1997年と2001年のいわき市長選挙に立候補したがいずれも落選した。2009年の総選挙で民主党から比例東北ブロックで立候補したが、名簿順位が最下位だったため落選した。
中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月1… 中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月18日 - )は、日本の俳優、作家、脚本家、ニュースキャスター、政治家。 本名は中村 敦雄(読み同じ)。旧姓は遠藤()。身長179cm。株式会社中村企画(1976年 - 2014年)を経て、クロスポイント所属。 勲等は旭日中綬章。参議院議員(1期)、さきがけ代表、みどりの会議代表、同志社大学大学院総合政策科学研究科講師、日本ペンクラブ環境委員長などを歴任した。 東京府東京市豊島区(現在の東京都豊島区)千早に遠藤家の長男として生まれる。父親は新聞記者。幼少期の1945年に東京大空襲をはじめとする連合国軍による空襲があり、福島県平市(現在のいわき市平地区)に疎開。
戸田 菊雄(とだ きくお、1924年3月6日 - 2013年… 戸田 菊雄(とだ きくお、1924年3月6日 - 2013年7月13日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。参議院議員(2期)。 福島県いわき市出身。1944年仙台鉄道教習所普通部卒業。国労仙台地本委員長、宮城県労評議長を経て、1962年の参院選で宮城地方区から日本社会党公認で立候補したが、落選。1965年の参議院宮城補欠選挙に社会党公認で立候補したが、落選。同年の参院選で社会党公認で立候補して初当選。2期務めた。1977年の参院選では自民党公認の大石武一に敗れて落選。1979年の総選挙で宮城1区から社会党公認で立候補したが、落選(同じ選挙区から立候補した西宮弘も落選)。次の1980年の総選挙で初当選し、衆議院議員を4期務める。
上坂 昇(こうさか のぼる、1918年〈大正7年〉7月6日 … 上坂 昇(こうさか のぼる、1918年〈大正7年〉7月6日 - 2013年〈平成25年〉7月2日)は、日本の政治家。 福島県いわき市出身。磐城中学校(現・福島県立磐城高等学校)を経て、早稲田大学政治経済学部を卒業。日本水素(現・日本化成)に入社し、労働組合書記長、同委員長、平市議会議員、福島県議会議員等を経て、1972年(昭和47年)の第33回衆議院議員総選挙で、旧福島3区より日本社会党公認で初当選。連続6回当選し1990年(平成2年)の総選挙では立候補しなかった。その後、いわき市長選に立候補するが、岩城光英に敗北する。 1989年4月の春の叙勲で勲二等に叙され旭日重光章を受章する。 2013年7月2日、肺炎のため死去。
小沢 専七郎(小澤、おざわ せんしちろう、1905年(明治3… 小沢 専七郎(小澤、おざわ せんしちろう、1905年(明治38年)3月1日 - 1966年(昭和41年)12月4日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。実業家。 福島県石城郡上遠野村(のち遠野町、現在のいわき市)出身。東京高等工科学校(現在の日本工業大学駒場高等学校)電機科で学ぶ。法律事務所勤務を経て、1938年(昭和13年)日本防空食糧株式会社(のち大日本防空食糧株式会社)を設立する。ほか日本国民食糧、日本製塩、茨城県合同罐詰、小沢木材工業などを創立、各社長となった。 1947年(昭和22年)の第23回衆議院議員総選挙において、福島3区から民主党より出馬し、当選。同党総務委員となる。翌1948年(昭和23年)6月には民主党を離党し、「日本国民党結成準備会」を結成、10月には会派を「新自由党準備会」に改名。
正木 清(まさき きよし、1900年(明治33年)5月30日… 正木 清(まさき きよし、1900年(明治33年)5月30日 - 1961年(昭和36年)4月12日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(7期)。衆議院副議長(第40代)を務めた。 福島県石城郡好間村(現いわき市)出身。小学校卒業後、炭坑の給仕などを経て1921年(大正10年)に上京するが、関東大震災で帰郷。1924年(大正13年)24歳の時北海道小樽市に移住し、鉄筋工などとして働く。小樽総労働組合に参加し、北海道地方評議会常任執行委員として多数の争議を指導する。1928年(昭和3年)の三・一五事件で2年間投獄される。出獄後は日雇労働を経て、1931年(昭和6年)、新労農党に参加。1934年(昭和9年)、全札幌労働者組合の支持を得て8年ぶりとなる無産派の札幌市議に選出される。
木村 守江(きむら もりえ、1900年4月6日 - 1996… 木村 守江(きむら もりえ、1900年4月6日 - 1996年11月3日)は、日本の政治家、医師。福島県知事(公選第6-9代)、衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)を務めた。男性。 現在の福島県いわき市四倉生まれ。旧制磐城中学(現福島県立磐城高等学校)、慶應義塾大学医学部を経て医学博士、開業医となる。1938年1月、歩兵第65連隊の軍医として南京での捕虜の扱いについて『磐城時報』に軍事郵便で報告を寄せている。第二次世界大戦でも軍医でニューギニアなどで従軍。 1950年の第2回参議院議員通常選挙に福島県選挙区からで自由党から立候補し、当選。参議院議員を1期務めた後、衆議院に鞍替えし、1958年の第28回衆議院議員総選挙で旧福島3区から出馬して初当選(自民党)、以後3期連続当選を果たす。
関内 正一(關内、せきうち しょういち、1897年(明治30… 関内 正一(關内、せきうち しょういち、1897年(明治30年)3月4日 - 1962年(昭和37年)4月26日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員。旧姓・新妻。 福島県岩城郡大浦村上仁井田(四倉町を経て現いわき市)で素封家・新妻伊之助の長男として生まれ、岩城郡平町(平市を経て現いわき市平)の老舗・関内家の養子となる。福島県立磐城中学校(現福島県立磐城高等学校)を経て早稲田大学商科で学んだ。 28歳で平町会議員に就任。同議長、福島県会議員、平市会議員、同議長を務めた。1947年(昭和22年)4月、第23回衆議院議員総選挙で福島県第3区から自由党公認で出馬して当選。第24回総選挙で再選され、1952年(昭和27年)10月の第25回総選挙では次点で落選。
鈴木 辰三郎(すずき たつさぶろう、1877年(明治10年)… 鈴木 辰三郎(すずき たつさぶろう、1877年(明治10年)10月1日 - 1952年(昭和27年)1月6日)は、明治から昭和時代前期の政治家、実業家。衆議院議員(2期)。福島県平市長。 のちの福島県磐前郡夏井村(石城郡夏井村、平市を経て現いわき市)に生まれる。夏井村会議員、石城郡会議員、同参事会員を経て福島県会議員に当選。ついで同参事会員となったほか、磐城実業銀行、磐城建物各専務取締役、磐城国産工業、磐城片倉製糸各取締役、磐城海岸軌道、磐城林業各重役を歴任した。 1932年(昭和7年)2月の第18回衆議院議員総選挙では福島県第3区から立憲政友会所属で出馬し当選。つづく第19回衆議院議員総選挙でも当選し、衆議院議員を通算2期務めた。
星 一(ほし はじめ、1873年(明治6年)12月25日 -… 星 一(ほし はじめ、1873年(明治6年)12月25日 - 1951年(昭和26年)1月19日)は、福島県いわき市出身の実業家・政治家。略称、ホシピン。SF作家星新一の父。写真植字機を開発した石井茂吉と森澤信夫が出会うきっかけとなった星製薬を築いた。また、星薬科大学の創立者。
安島 重三郎(あじま じゅうざぶろう、明治3年5月19日(1… 安島 重三郎(あじま じゅうざぶろう、明治3年5月19日(1870年6月17日) - 昭和25年(1950年)2月13日)は、大正時代から昭和前期にかけての日本の政治家。家系は安島氏。福島県磐城郡会議員、県会議員、衆議院議員。父は安島重三郎。勲等は勲四等旭日小綬章。称号は日本赤十字社特別社員。妻は茨城県士族 加藤亀三郎の女 安島トシ子。子に安島きし子、安島きよ子、安島八重子がある。 福島県磐城郡山田村に生まれる。明治30年(1897年)、磐城郡大地主郡会議員に、明治32年(1899年)、28歳にて福島県会議員に当選する。県会にあっては土木常設委員を務め、2期目当選以後は福島県参事会員、山田村長、日本赤十字社特別社員、地方森林会議員を歴任し、明治37年(1904年)、33歳で衆議院議員(憲政本党)に当選する。
佐藤 庄太郎(さとう しょうたろう、1870年3月11日(明… 佐藤 庄太郎(さとう しょうたろう、1870年3月11日(明治3年2月10日)- 1954年(昭和29年)4月29日)は、明治後期から昭和前期の農業経営者、実業家、政治家。衆議院議員、福島県石城郡神谷村長。旧姓・渡辺、横山。 陸奥国磐城郡泉崎村(福島県石城郡草野村泉崎、平市を経て現いわき市平泉崎)で、庄屋・渡辺市重郎の三男として生まれる。同郡大野村の横山家の養子となるが、事情により1884年(明治17年)同郡神谷村大字中神谷(平市を経て現いわき市平中神谷)の農業、酒造業・佐藤昌三郎の養子となる。大野小学校を経て神谷小学校を卒業。平中学校に進むが、同校が郡山中学校と合併して廃校となり中退。同郡平窪村、室直養の培根塾に入り漢学を学んだ。
白井 博之(しらい ひろゆき、1870年1月19日(明治2年… 白井 博之(しらい ひろゆき、1870年1月19日(明治2年12月18日)- 1934年(昭和9年)2月7日)は、明治後期から昭和初期の実業家、政治家。衆議院議員。旧名・貞蔵。1913年(大正2年)5月、博之に改名。 白河県磐城郡上小川村(福島県石城郡上小川村大字上小川、小川町を経て現いわき市小川町上小川)で、実業家白井遠平の長男として生まれる。郷里の小学校を卒業し、同郡平窪村、室直養の培根塾に入り漢学、数学を学んだ。1885年(明治18年)11月に上京し、東京英語学校(現日本学園中学校・高等学校)で英語、数学を学び1887年(明治20年)7月に修業。東京農林学校に進んだが病のため1888年(明治21年)3月に中退し帰郷した。
青沼 鋒太郎(あおぬま みねたろう、1867年12月1日(慶… 青沼 鋒太郎(あおぬま みねたろう、1867年12月1日(慶応3年11月6日) - 1943年(昭和18年)8月28日)は、明治から昭和時代前期の政治家、警察官。福島県平市長。 磐城平藩領出身。1888年(明治21年)10月、裁判所書記福島始審裁判所詰を振り出しに福島県監獄書記兼看守長、監獄所第一課長、同県白河監獄支署長、長野県警部、同県福島警察署長、同県塩崎警察署長、長野警察署長、同県警察部衛生課長兼高等警察課長、岩手県警部兼属、警察部警務課長兼巡査教習所長、岩手県警視、同県盛岡警察署長を経て、1905年(明治38年)6月、岩手県和賀郡長に任じる。 1908年(明治41年)7月、福島県東白川郡長に転じ、同年10月、同県耶麻郡長、1913年(大正2年)8月、岩城郡長、1918年(大正7年)5月、伊達郡長を経て、同年11月に退官した。
高岡 唯一郎(たかおか ただいちろう、1865年8月7日(慶… 高岡 唯一郎(たかおか ただいちろう、1865年8月7日(慶応元年6月16日)- 1931年(昭和6年)12月9日)は、明治から昭和初期の実業家、政治家。衆議院議員、福島県石城郡草野村長。旧姓・酒井。 陸奥国磐城郡中神谷村(福島県磐城郡神谷村、石城郡神谷村、平市を経て現いわき市平中神谷)で、笠間藩士で神谷陣屋の儒者・酒井喜八郎義正の三男として生まれた。明治維新後、父は飴の製造を行い子どもたちが行商して生計を立てていたが、ある時、行商中に唯一郎が侮辱を受け、帰途に飴箱を捨てて帰ったところ父の叱責を受けたため東京に出奔した。 小学校の教員を務めた。1898年(明治31年)3月、石城郡草野村下神谷(平市を経て現いわき市平下神谷)の高岡寅吉の養子となり家督を相続した。
赤坂 亀次郎(龜次郎、あかさか かめじろう、1858年6月1… 赤坂 亀次郎(龜次郎、あかさか かめじろう、1858年6月13日(安政5年5月3日)- 1942年(昭和17年)12月12日)は、明治から昭和前期の出版人、実業家、政治家。衆議院議員。 陸奥国菊多郡、のちの福島県菊多郡上遠野村(石城郡上遠野村、遠野町を経て現いわき市遠野町上遠野)で、赤坂吉忠の息子として生まれる。村儒・小沢政美に師事し漢籍を学び、1873年(明治6年)磐前県立英学校・惜陰舎に入学。1875年(明治9年)5月に上京して慶應義塾に入塾し、成績優秀で1878年(明治11年)12月に卒業した。 福澤諭吉の勧めで横浜丸善商店に入店し、輸出入業に従事して一年余り在勤し、東京丸善本店(現丸善雄松堂)に転じ支配人となる。
柏原 左源太(かしわら / かしわばら さげんた、1852年… 柏原 左源太(かしわら / かしわばら さげんた、1852年11月17日(嘉永5年10月6日) - 1920年(大正9年)12月1日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員。 陸奥国磐城郡赤井村(現福島県いわき市平赤井)の旧家に生まれた。磐城平藩儒・大須賀筠軒に学び漢学を修めた。 自由民権運動に参加し興風社に加盟。赤井村長、福島県会議員を歴任。三島通庸県令への反対運動に加わるが福島事件での逮捕は避けられた。 その後、立憲政友会に加わり福島支部の発起人となる。1908年5月の第10回衆議院議員総選挙に福島県郡部区から出馬し当選。衆議院議員を一期務めた。その他、三星炭鉱 (株) 取締役、平銀行 (株) 取締役、赤井軌道 (株) 常務取締役などを務めた。