東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3… 東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3月19日 - )は、日本の政治家、新潟市議会議員(2期)。新潟県新潟市を拠点に活動するレポーター。AB型。 栃木県足利市生まれ。国士舘大学政経学部政治学科卒業。長野県のコミュニティテレビこもろアナウンサー、新潟県のエフエム新津アナウンサーを経て2007年(平成19年)、フリーアナウンサーとして独立。レポーター等でラジオに出演している。2010年(平成22年)結婚、その後離婚。 2019年(平成31年)4月7日の新潟市議会議員選挙では、秋葉区選挙区から無所属で出馬し5634票を獲得して候補者7名中2位で初当選。会派は翔政会に所属。2023年(令和5年)の市議選も同区から無所属で出馬し5405票を獲得して候補者7名中トップ当選を果たした。
早川 尚秀(はやかわ なおひで、1972年6月6日 - )は… 早川 尚秀(はやかわ なおひで、1972年6月6日 - )は、日本の政治家。栃木県足利市長(2期)。元栃木県議会議員(5期)。 栃木県足利市生まれ。足利市立南小学校、足利市立山辺中学校、桐蔭学園高等学校、早稲田大学卒業。足利銀行に就職。 2001年3月19日、父親で足利市長の早川一夫が任期中に死去。これにより政界進出を決意し、足利銀行を退社。2003年、第15回統一地方選挙の一環として行われた栃木県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。平成28年4月に第110代栃木県議会副議長、令和元年5月に第106代栃木県議会議長を歴任。 2021年1月15日、足利市長選挙への立候補を表明。同年4月25日に行われた選挙で現職の和泉聡を破り初当選した。
和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本… 和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。元栃木県足利市長(2期)。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校卒業。1986年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1987年12月、朝日新聞社に入社。仙台支局、千葉支局、本社社会部に勤務。事件担当や天声人語の補佐を務める。 1997年7月、アメリカ合衆国ハーバード大学ケネディ行政大学院に社費留学。2002年4月、ブラジル・サンパウロ支局長に就任。2009年6月、社会部筆頭次長に就任。2010年9月、宇都宮総局長に就任。 2013年1月、朝日新聞社を退社。 2013年4月の足利市長選挙に自由民主党の推薦と連合栃木の支援を受け、無所属で立候補。
茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月… 茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)、外務大臣(第155-156代)。内閣総理大臣臨時代理就任順位第2位。自由民主党栃木県支部連合会会長。 栃木県足利市出身。足利市立北郷小学校月谷分校に1年生から4年生まで通う。5年生から同小学校本校に通った。栃木県立足利高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、丸紅社員を経て読売新聞社政治部記者を務めた後に、ハーバード大学ケネディ行政大学院に留学し、公共政策を学んだ。行政学修士を取得し帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しコンサルタントを務めた。1992年にマッキンゼー・アンド・カンパニー幹部の大前研一が代表を務める平成維新の会事務局長に就任した。
稲村 利幸(いなむら としゆき、1935年10月29日 - … 稲村 利幸(いなむら としゆき、1935年10月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(8期)。 栃木県足利市出身。1954年、栃木県立足利高等学校卒業。 高校時代から政治家を志し、旧栃木2区選出の自由民主党衆議院議員小平久雄の事務所などに出入りする。1958年、学習院大学政経学部政治学科卒業。 政界に人脈を広げるために雄弁会に入会しようと考え、早稲田大学政治経済学部経済学科に学士入学。1961年、早稲田大学政治経済学部卒業。早大在学中、三木武夫の秘書として活動。大学卒業後、小平の秘書となる。 1963年、第30回衆議院議員総選挙に旧栃木2区から自由民主党公認で立候補し落選。
武藤 山治(むとう さんじ、1925年7月8日 - 2001… 武藤 山治(むとう さんじ、1925年7月8日 - 2001年5月29日)は、日本の政治家。位階は正三位。日本社会党衆議院議員。 栃木県足利市出身。青年時代は勤労学生で、衆議院議員・金子益太郎の秘書をしながら早稲田大学政経学部を卒業する。その後、同大の大学院に進むが、1952年に大学院を中退して群馬県立館林女子高等学校の教員に就職。1955年、栃木県県議会議員に当選して2期務めたあと1960年の第29回衆議院議員総選挙で初当選を果たし、通算10期務めた。この間1977年に党政審会長、1986年に党副委員長、1988年に党代議士会会長を歴任した。一方で党内右派の政権構想研究会代表を務め、1981年に行われた日本社会党委員長選挙では飛鳥田一雄委員長の対抗馬として立候補し、落選。
栗田 英男(くりた ひでお、1912年(大正元年)12月20… 栗田 英男(くりた ひでお、1912年(大正元年)12月20日 - 1996年(平成8年)10月4日)は、日本の商人(肥料商)、実業家(東京毎夕新聞社主、鉱山経営者)、総会屋、衆議院議員、美術評論家(栗田美術館創設者)。中央大学法学部中退。 栃木県足利市の豪商出身。復員後の1946年第22回衆議院議員総選挙に、栃木県全県区から諸派扱いで初出馬したが落選。 翌1947年の第23回衆議院議員総選挙では、新設の旧栃木県第2区から民主党公認で立候補し、初当選。政界進出と同時に栗田政治経済研究所を設立した。 在職中、栗田の拠出した金が汚職に用いられた疑惑が持ち上がり、1948年の衆議院不当財産取引調査特別委員会で証人喚問された。
仁井田 一郎(にいだ いちろう 1912年(明治45年) -… 仁井田 一郎(にいだ いちろう 1912年(明治45年) - 1975年(昭和50年))は栃木県足利郡御厨町(現足利市)町議会議員・実業家・農業技術研究家。栃木県のイチゴ栽培技術を確立し、同県を日本有数のイチゴ生産地に発展させた。
荻山 音吉(おぎやま おときち、1885年〈明治18年〉6月… 荻山 音吉(おぎやま おときち、1885年〈明治18年〉6月26日 - 1945年〈昭和20年〉7月)は、日本の商人(酒醤油商)、栃木県多額納税者、実業家、政治家。栃木県会議員。日本鉱泉社長。宇都宮モーター商会社長。宇都宮実業学校理事。 栃木県足利市の酒醸造業植田家に三男として生まれる。23歳の時に栃木県宇都宮市荻山家の養子となり、1913年に家督を相続して襲名する。「大津屋」と称し、酒類醤油商を営む。1919年、宇都宮酒類商組合長となる。 1922年、日本鉱泉を創立、社長となる。1926年、宇都宮市会議員に当選する。市会においては中立派である。1945年、宇都宮空襲によって戦災死した。 貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する。
殿岡 利助(とのおか りすけ、1883年〈明治16年〉10月… 殿岡 利助(とのおか りすけ、1883年〈明治16年〉10月8日 - 1952年〈昭和27年〉12月26日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。参議院議員。幼名・福三。 栃木県足利郡足利町栄町(現足利市)で、織物製造業(元織)、先代・殿岡利助の長男として生まれる。父の死去に伴い1893年(明治26年)家督を相続した。1897年(明治30年)東京日本橋の織物問屋・安田源蔵商店に奉公し6年間勤めた。その後、3年間兵役に就いて帰郷した。 帰郷後、利助を襲名し、家業の復興に尽くし、殿利織物工場に成長して有限会社となる。「足利銘仙」の開発改良に尽力し、1934年(昭和9年)足利織物同業組合組長に就任。また、足利市会議員、同参事会員、同議長、足利市消防団組頭、同警防団長、大政翼賛会栃木県支部常務などを務めた。
3代 阿由葉 勝作(あゆば かつさく、1877年(明治10年… 3代 阿由葉 勝作(あゆば かつさく、1877年(明治10年)10月13日 - 1952年(昭和27年)8月19日)は、明治時代後期から昭和時代前期の政治家、実業家。衆議院議員(3期)。幼名は長之助。 2代阿由葉勝作の長男として栃木県足利郡利保村(北郷村を経て現足利市利保町)で生まれる。1894年(明治27年)7月、家督を相続する。慶應義塾に学び、農業を営む傍ら、北郷村長、同村会議員、栃木県会議員、同参事会員、同議長を歴任する。実業家としては東海銀行、足利瓦斯各取締役、野洲新聞社長、東野鉄道取締役、宇都宮常設家畜市場取締役、宇都宮米券倉庫監査役、第二特許織物取締役を歴任する。 1920年(大正9年)5月の第14回衆議院議員総選挙では栃木県第6区から憲政会所属で出馬し当選。
横田 千之助(よこた せんのすけ、1870年9月17日〈明治… 横田 千之助(よこた せんのすけ、1870年9月17日〈明治3年8月22日〉- 1925年〈大正14年〉2月4日)は、日本の政治家。栃木県足利市出身。法制局長官や司法大臣を歴任し、普通選挙の実現や貴族院改革に取り組む。通称「横千」(よこせん)。立憲政友会のニューリーダーとして期待されたが急逝した。 下野国足利の織物商の次男として生まれる。実家が没落したため、織物商の丁稚奉公を経て上京し、東京法学院(現:中央大学)に通いながら新聞記者や星亨の書生を務める。1893年(明治26年)に代言人(今の弁護士)試験に合格して星の主宰する法律事務所に所属、1899年(明治32年)に独立した。翌年の立憲政友会の結党に星とともに参加、その頃より実業界にも進出して複数の企業の役員も務めた。
4代 木村 半兵衛(半兵衞、きむら はんべえ、1857年1月… 4代 木村 半兵衛(半兵衞、きむら はんべえ、1857年1月18日(安政3年12月23日)- 1934年(昭和9年)9月12日)は、明治期の実業家・政治家。衆議院議員、栃木県会議長。幼名は勇三。 下野国足利郡小俣村(栃木県足利郡小俣町、坂西町を経て現足利市坂西地区)で、豪商・3代木村半兵衛の長男として生まれる。小俣学校の川上広樹から漢籍、政経学を、詩人・高林五峯から漢詩を学んだ。1886年(明治19年)父の死去に伴い家督を相続し4代半兵衛を襲名し、織物買継商を営む。 1875年(明治8年)頃、物産の改良、人心の啓蒙のため弘業談話会を設立し田口卯吉などによる講演会を開催し、1882年(明治15年)8月の足利工商会の設立を実現した。
阿由葉 吟次郎(あゆば ぎんじろう、1845年(弘化2年9月… 阿由葉 吟次郎(あゆば ぎんじろう、1845年(弘化2年9月)- 1907年(明治40年)4月28日)は、明治時代の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。大地主。旧姓・石川。 下野国足利郡松田村(栃木県足利郡三和村、坂西町を経て現足利市坂西地区)の名主石川家に生まれる。足利郡利保村(北郷村大字利保を経て、現在の足利市利保町)の初代・阿由葉勝作の婿養子となる。1880年(明治13年)より利保村会議員、北郷村会議員、足利郡会議員を歴任。ほか、足利銀行、四十銀行各監査役、足利綿糸、足利模範撚糸各取締役などを歴任する。栃木県多額納税者として貴族院議員に互選され、1904年(明治37年)9月29日から務めたが、在任中に宇都宮で死去した。
大豆生田 実 は、日本の政治家、薬剤師。