寺西 成騎(てらにし なるき、2002年10月18日 - )… 寺西 成騎(てらにし なるき、2002年10月18日 - )は、石川県能美郡根上町(現:能美市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 能美市立浜小学校で3年生の時に根上学童野球クラブで野球を始める。能美市立根上中学校では軟式野球部に所属し、3年時にはBFA U-15アジア選手権の日本代表に選出された。その時のチームメイトには内山壮真(東京ヤクルトスワローズ)、根本悠楓、山城航太郎(ともに北海道日本ハムファイターズ)、平尾柊翔(くふうハヤテベンチャーズ静岡)がいる。 星稜高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会、2年春の第91回選抜高等学校野球大会、夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に控え投手として出場した。
ぷにたん(1996年6月24日 - )は、日本の女性アイドル… ぷにたん(1996年6月24日 - )は、日本の女性アイドル、グラビアアイドル。キャンディランド(石川県能美市)出身。 グラビアでは「能美 真奈」(のうみ まな)名義で活動している。かつては本名の「宮腰 愛美」(みやこし まなみ)名義でアイドルグループ・おやゆびプリンセス及び新生おやゆびプリンセスのメンバーとして活動していた。 2013年5月、おやゆびプリンセスのメンバーとしてデビュー、2015年度よりリーダーに就任。 2016年末、おやゆびプリンセス解散。2017年1月よりキャンディランド教団として地元・石川県を拠点に本格的に布教活動(ソロ活動)開始。 2018年12月、初のイメージDVDをリリース。
京田 陽太(きょうだ ようた、1994年4月20日 - )は… 京田 陽太(きょうだ ようた、1994年4月20日 - )は、石川県能美郡寺井町(現:能美市)出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 寺井町小杉の家庭で長男として出生。生後11か月から歩き出し、1歳を迎えたころには上手に歩けるようになっており、また好き嫌いもせず何でも食べていた。能美市立寺井小学校の2年時に、寺井学童野球クラブで軟式野球を始めた。小学校卒業後の2007年4月、能美市が主催した同市出身の松井秀喜(当時、ニューヨーク・ヤンキース)応援ツアーに応募し、当選。旧ヤンキー・スタジアムにて松井と握手をした(試合は雨で中止)。能美市立寺井中学校への進学後に白山能美ボーイズへ所属すると、日本少年野球選手権大会全国大会での準々決勝進出を経験した。
小堀 勇氣(こぼり ゆうき、1993年11月25日 - )は… 小堀 勇氣(こぼり ゆうき、1993年11月25日 - )は、石川県能美市出身の日本の競泳選手。専門は自由形。2016年リオデジャネイロオリンピック競泳4×200mフリーリレー銅メダリスト。 能美市立辰口中学校時代、地元の能美スイミングクラブに所属し多くの中学記録を打ち立てた。2008年の世界ジュニア選手権では4×200mリレーで銅メダルを獲得し、2009年のジュニアパンパシフィック選手権では200mバタフライで金メダルを獲得するなどジュニア時代から多くの実績を残した。金沢高校に進学後も実力を伸ばし、2010年に4×200mリレーの補充要員として初のシニア代表入りを果たした。なお、高校の同期生としてプロ野球・楽天の釜田佳直がいる。
桂 空治(かつら そらじ、1991年12月28日 - )は、… 桂 空治(かつら そらじ、1991年12月28日 - )は、落語芸術協会に所属する落語家。十一代目桂文治門下。本名∶山本 凌也。出囃子は「大名行列(奴の行列)」。 石川県能美市出身。石川県立小松高等学校、愛媛大学法文学部司法コース卒業。 実家は自動車屋を営む。法律家を目指していたが挫折し、東京でフェラーリのディーラーに就職した後、起業して飲食店を4店舗開く。その後落語好きの友人に落語を勧められ、YouTubeの動画を見て、2019年10月に十一代目桂文治に入門する。前座名「空治」。2020年2月に楽屋入り。 2024年3月上席より、二ツ目に昇進。同年4月より静岡文化芸術大学特別講師に就任。
高木 京介(たかぎ きょうすけ、1989年9月5日 - )は… 高木 京介(たかぎ きょうすけ、1989年9月5日 - )は、読売ジャイアンツに所属する石川県能美市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。
多嶋 沙弥(たじま さや、1988年6月10日 - )は、日… 多嶋 沙弥(たじま さや、1988年6月10日 - )は、日本の女性ファッションモデル。 石川県能美市出身。アドバンス社所属。
宮川 智志(みやかわ さとし、男性、1985年11月25日 … 宮川 智志(みやかわ さとし、男性、1985年11月25日 - )は、日本のインテリアデザイナー、建築士、経営者。 石川県能美市出身。設計事務所、デザイン事務所勤務を経て、2011年に独立。国内外でインテリアデザイン作品の受賞多数(後述)。2016年株式会社セイタロウデザイン金沢を設立。2021年に合同会社ヤボを設立し、地方創生活動も行っている。2011年よりIIDA Japan Chapter, Professional member。C-IDEA Design Award 審査員(2023年)。
ハンディやしき(本名:矢鋪 剛義(やしき たけのり)、197… ハンディやしき(本名:矢鋪 剛義(やしき たけのり)、1977年8月23日 - )は、日本のタレント。テレビ、ラジオ、イベントの司会、料理教室の講師やデジタルクリエイターとして幅広く活動している。石川県能美市(旧根上町)出身。血液型A型。 高校卒業後、芸能界を目指し上京。 2001年お笑いトリオ「こんらんチョップ」結成。ツッコミを担当。2008年に解散(なお、こんらんチョップ時代の他のメンバーは、コンビ「グーとパー」として活動)。 その後、ベガス味岡に師事し、通販マン「ハンディやしき」としてテレビショッピングのレポーター、イベントMC、司会、実演販売、俳優として活動。 2014年 拠点を出身地・石川県に移す。
松井 秀喜(まつい ひでき、1974年6月12日 - )は、… 松井 秀喜(まつい ひでき、1974年6月12日 - )は、石川県能美郡根上町(現:能美市)出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。現役引退後はニューヨーク・ヤンキースGM特別アドバイザーを務める。血液型はO型。
村本 秀岳(むらもと ひでたか、1972年5月20日 - )… 村本 秀岳(むらもと ひでたか、1972年5月20日 - )は、フリーアナウンサー。石川県能美市出身。金沢大学文学部を卒業後、1997年新潟テレビ21に入社。2000年に退社後、東京でフリーとして活躍後、韓国ソウルにて語学留学。 ハングル能力検定試験準2級、環境社会検定試験(eco検定)、夜景鑑賞士、アロマテラピー検定1級の資格を持つ。映画「デスノート the Last name」に出演。身長174cm、血液型AB型。
浅田 雅子(あさだ まさこ、1971年1月8日 - )は、日… 浅田 雅子(あさだ まさこ、1971年1月8日 - )は、日本の飛込競技選手。ソウルオリンピック日本代表。 石川県能美郡寺井町(現・石川県能美市寺井町)出身。寺井町立寺井中学校(現・能美市立寺井中学校)、小松市立女子高等学校(現・小松市立高等学校)、日本体育大学、日体大大学院(スポーツ運動学コース)卒業。元祖飛込み界のマドンナ。[独自研究?]
高塚 正浩(たかつか まさひろ、1968年 - )は、日本の… 高塚 正浩(たかつか まさひろ、1968年 - )は、日本のコンピュータサイエンティスト。現在、シドニー大学工学部コンピュータサイエンス学科 教授。専門は情報可視化、自己組織化人工神経回路網、Human-Computer Interface。 石川県能美市根上町生まれ。
浅井 祥仁(あさい しょうじ、1967年5月3日 - )は、… 浅井 祥仁(あさい しょうじ、1967年5月3日 - )は、日本の物理学者。東京大学教授。石川県能美市(旧寺井町)出身。高エネルギー加速器研究機構(KEK)機構長。 素粒子に有限な質量を与えるヒッグス粒子を発見したCERNのLHCを利用したATLAS検出器チーム3千人の中の日本人科学者110人のまとめ役(物理解析責任者)。父は日本絹人繊織物工業組合連合会(日絹工連)理事長を務めた浅井長一郎。
石浦 外喜義(いしうら ときよし、1961年7月10日 - … 石浦 外喜義(いしうら ときよし、1961年7月10日 - )は、日本の高校教諭。鳥取城北高等学校の校長・相撲部総監督。ちゃんこ店経営者。石川県能美市出身。 担当教科は保健体育。相撲選手時代の体格は身長178cm、体重90㎏。元大相撲力士・石浦鹿介(現23代間垣)の父。 小学校時代には村の相撲大会に出てはいたが、この頃は本格的に相撲を取っていたわけでなく、相撲大会には景品目当てで出場していた。幼少期の石浦は相撲より野球が好きで、甲子園へ出場してプロ野球選手になりたいという夢を持っていた。 金沢高校は横綱・輪島の出身校であり、野球も甲子園出場経験があるなど決して弱くはなかったが、学校で怖い先生として恐れられていた顧問の岡大和に相撲部へ勧誘される。
山岸 大成(やまぎし たいせい、1956年 - )は、日本の… 山岸 大成(やまぎし たいせい、1956年 - )は、日本の陶芸家、九谷焼作家。日本藝術院賞受賞者。 石川県能美郡寺井町(現在の能美市)に生まれる。1978年、金沢美術工芸大学美術工芸学部産業デザイン学科工芸を卒業し、同年、第10回日展に初入選した。以後、日展および日本現代工芸美術展を中心に活動した。 1990年に第22回日展特選、1996年に第28回日展特選を受賞した。2008年には第47回日本現代工芸美術展で文部科学大臣賞、2012年には第51回日本現代工芸美術展で内閣総理大臣賞を受賞した。2019年に日展特別会員となった。 山岸は、白磁を基調に、祈りや畏れ、神々の存在といった主題を造形化する作品を制作している。
酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月… 酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月2日 - )は、日本の政治家。元石川県能美市長(3期)。元寺井町長(3期)。旭日小綬章受章。 石川県寺井町出身。石川県立小松高等学校、金沢大学法文学部卒業。 1994年(平成6年)7月14日、寺井町長の中田良三が健康上の理由により辞職。同年8月28日に行われた寺井町長選挙に出馬し初当選。2002年(平成14年)、3選。 2005年(平成17年)2月1日、能美郡の根上町・寺井町・辰口町の3町が新設合併して能美市が発足。これに伴って2月27日に行われた市長選挙に自民党・民主党・公明党・社民党の推薦を得て出馬し初当選した。2009年(平成21年)、再選。
加賀 大介(かが だいすけ、1914年〈大正3年〉10月1日… 加賀 大介(かが だいすけ、1914年〈大正3年〉10月1日 - 1973年〈昭和48年〉6月21日)は、石川県能美郡根上町(現能美市)生まれの作詞家。出生名・中村 義雄。後に本名をペンネームの一つでもあった加賀大介に改名。 1948年に朝日新聞が募集した全国高等学校野球選手権大会の大会歌に、婚約者(後に妻)であった当時23歳の金沢地方貯金局職員・高橋道子(結婚後は中村道子)の名前を借りて「加賀道子」の筆名で応募し、5,252篇の中から選ばれた。この歌は『栄冠は君に輝く』として知られる。 妻の名前を借りて応募したのは、当時加賀が短歌や演劇の会を主宰し、脚本を書いていたプロの文筆家であったため「懸賞金目当て」と思われるのが嫌だったからである。
小枩山 貞造(こまつやま ていぞう、1913年3月11日 -… 小枩山 貞造(こまつやま ていぞう、1913年3月11日 - 1972年4月27日)は、石川県能美郡寺井野村小杉(現在の能美市小杉町)出身で井筒部屋に所属した大相撲力士。ただし、1944年に井筒親方が亡くなった後、双葉山相撲道場預かりになっていた。本名は竹田 貞造(たけだ ていぞう)。最高位は西前頭3枚目(1941年5月場所)。現役時代の体格は170cm、101kg。 得意手は右四つ、出し投げ、小股掬い、内掛け、肩透かし、櫓投げ。変わり身が速く、多彩な技を繰り出す取り口で人気が有った。 1941年1月場所4日目、西前頭14枚目の地位で東横綱男女ノ川を破っているが、これは大正時代に「金星」という相撲用語が見られるようになってからでは、長らく最も番付下位の力士による金星獲得の記録であった。
浅蔵 五十吉(あさくら いそきち、1913年2月26日 - … 浅蔵 五十吉(あさくら いそきち、1913年2月26日 - 1998年4月9日)は、日本の陶芸家である。浅蔵五十吉の二代目、本名は与作(よさく)。 石川県能美郡寺井町(現能美市)生まれ。初代徳田八十吉、北出塔次郎等に師事。 1981年(昭和56年)、日本芸術院賞受賞。1984年(昭和59年)に日本芸術院会員、1992年(平成4年)に文化功労者、1996年(平成8年)に九谷焼作家として初めてとなる文化勲章を受章した。 1993年(平成5年)、故郷の寺井町に「浅蔵五十吉美術館」が開館した。設計は池原義郎。 1998年(平成10年)4月9日、呼吸不全のため金沢大学医学部付属病院で死去。享年85。1999年(平成11年)には後継者が三代目を襲名した。
谷口 善太郎(たにぐち ぜんたろう、1899年10月15日 … 谷口 善太郎(たにぐち ぜんたろう、1899年10月15日 - 1974年6月8日)は、日本の小説家、政治家である。衆議院議員(6期)。小説家としては、ペンネームの須井一(すい はじめ)・加賀耿二(かが こうじ)で知られることも多い。愛称は「谷善(たにぜん)」。 石川県能美郡国造村和気(現在の石川県能美市和気町)出身。和気高等小学校卒業後、村の読書サークルに参加、谷口夢草の名前で短歌をつくる。その後上京、その後には京都で清水焼の労働をしながら労働運動に従事する。1928年の三・一五事件で検挙され、外出や執筆をしないという条件で仮釈放された。 しかし、1931年、東京から訪れた貴司山治のすすめにより、『須井一』のペンネームで執筆した「綿」が評判になる。
森 喜平(もり きへい、1875年〈明治8年〉- 1969年… 森 喜平(もり きへい、1875年〈明治8年〉- 1969年〈昭和44年〉2月22日)は、日本の政治家。息子は根上町長を務めた森茂喜。内閣総理大臣を務めた森喜朗の祖父である。 石川県能美郡根上村(のち根上町、現在の能美市)に江戸時代、庄屋を務めた旧家に生まれる。幼少時から俊才の誉れ高く、周囲から一目置かれる存在であった。 1917年、推挙されてに根上村長に就任。1934年には根上町の町制施行にともない町長に就任した。途中4ヶ月間を除き、28年間にわたって村政、町政を預かり、村民(町民)の生活水準向上に大きく貢献した。また、その影響力は村内(町内)にとどまらず、石川県政の重鎮として長く影響力を保持した。
新田 甚左衛門(甚左衞門、にった じんざえもん、1847年(… 新田 甚左衛門(甚左衞門、にった じんざえもん、1847年(弘化4年3月)- 1908年(明治41年)10月12日)は、明治期の篤農家、実業家、政治家。衆議院議員。北陸の繊維産業の振興に大きな貢献をした。 加賀国能美郡浜開発村(石川県能美郡江ノ島村、根上村字浜開発、根上町を経て現能美市浜開発町)で、代々農業の家に生まれた。 1877年(明治10年)長野県、群馬県から良質の桑苗を導入して桑園の改良を試みた。1879年(明治12年)から1881年(明治14年)にかけて私費で長野県から養蚕教師を招聘し、自宅を会場として近隣の農家に技術習得の機会を提供した。1884年(明治17年)5月、北陸繭改良本部小松出張所管内第11区総組長に就任。
角 英夫(かど ひでお)は、日本のジャーナリスト、テレビプロ… 角 英夫(かど ひでお)は、日本のジャーナリスト、テレビプロデューサー。NHK大型企画開発センター長、NHK広報局長、NHK専務理事等を経て、放送衛星システム代表取締役社長、能美市観光特使。 石川県能美市出身。石川県立小松高等学校を経て、1983年東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業、日本放送協会入局。社会情報番組部ディレクター、クローズアップ現代デスク、スペシャル番組部チーフ・プロデューサー、NHKスペシャル事務局長等を歴任。2010年大型企画開発センターエグゼクティブプロデューサー。2014年放送総局大型企画開発センター長。2016年NHK大阪放送局長。2019年広報局長。2020年理事(内部監査業務統括、考査業務統括、コンプライアンス統括、広報統括)。