森 吉弘(もり よしひろ、1967年7月2日 - )は、日本… 森 吉弘(もり よしひろ、1967年7月2日 - )は、日本の教育学者。帝京大学准教授。元NHKアナウンサー。 愛知県豊橋市出身。愛知県立時習館高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。在学中に『森ゼミ』を立ち上げ、就職活動支援のアドバイスを行う。 1993年NHKにアナウンサーとして入局。ニュース番組のリポーターやスポーツ実況、番組制作など幅広く携わる。2008年にNHKを退職。 大阪産業大学経済学部客員教授、文京学院大学非常勤講師を経て、帝京大学総合教育センター特任准教授に就任した。 現在、高崎商科大学にて教授を勤めてもいる。
青木 康晋(あおき やすゆき、1959年3月3日 - )は、… 青木 康晋(あおき やすゆき、1959年3月3日 - )は、日本の出版社経営者、ジャーナリスト、大学教員。元朝日新聞出版社長・会長、元週刊朝日編集長、元朝日新聞記者。その後、日本大学林真理子理事長サポートスタッフ、東日本国際大学副学長・教授、BS朝日放送番組審議会委員、朝日カルチャーセンター講師。 愛知県豊橋市生まれ。1977年愛知県立豊橋南高等学校卒業、1981年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1981年朝日新聞社入社。岐阜、伊勢両支局、名古屋本社社会部、東京本社政治部で記者、アエラ副編集長、政治部次長、アエラ編集長代理のあと、2004年週刊朝日編集長、2006年土曜版be編集長、2008年オピニオン編集長。
下澤 嶽(しもさわ たかし、1958年 - )は、日本の市民… 下澤 嶽(しもさわ たかし、1958年 - )は、日本の市民活動家、社会学者(国際協力・NGO/NPO)。ジュマ・ネット共同代表、特定非営利活動法人国際協力NGOセンター理事、静岡文化芸術大学文化政策学部国際文化学科学科長。 特定非営利活動法人シャプラニール=市民による海外協力の会事務局長、特定非営利活動法人国際協力NGOセンター事務局長などを歴任した。 愛知県豊橋市出身。1981年 愛知大学法経学部経済学科卒業。英国 CSV (Community Service Volunteers) の1年間ボランティアに参加。帰国後、日本青年奉仕協会、世田谷ボランティア協会を経て、1988年にはシャプラニール(市民による海外協力の会)の駐在としてバングラデシュへ。
水藤 真(すいとう まこと、1945年3月17日 - )は、… 水藤 真(すいとう まこと、1945年3月17日 - )は、日本の日本史学者。 愛知県豊橋市出身。1970年東京大学文学部国史学科卒業。1995年「絵画・木札・石造物に中世を読む」で文学博士。福岡市教育委員会、福井市教育委員会朝倉氏址調査委員、国立歴史民俗博物館歴史研究部助教授、教授。1996年東京女子大学文理学部教授。2013年退任。
伊丹 敬之(いたみ ひろゆき、1945年3月16日 - )は… 伊丹 敬之(いたみ ひろゆき、1945年3月16日 - )は、日本の経営学者。一橋大学名誉教授、国際大学前学長、組織学会元会長。経営学分野初の文化功労者。 愛知県豊橋市生まれ。愛知県立時習館高等学校を経て、一橋大学商学部で宮川公男、今井賢一らの指導を受けた。カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了、経営学博士。スタンフォード大学経営大学院客員准教授、一橋大学商学部教授、INSEAD客員教授、ザンクトガレン大学客員教授等を歴任し、日本の経営学界において、日本企業の実証研究を第一世代として行った。東芝取締役、JFEホールィングス監査役、商船三井監査役等も務めた。紫綬褒章受章。日経・経済図書文化賞等受賞。
藤田 佳久(ふじた よしひさ、1940年(昭和15年)11月… 藤田 佳久(ふじた よしひさ、1940年(昭和15年)11月1日 - )は、日本の地理学者。愛知大学名誉教授。 1940年、愛知県豊橋市生まれ。愛知学芸大学学芸学部で学んだ後、名古屋大学大学院文学研究科へ進み、1967年(昭和42年)に博士課程中退。(後の1976年(昭和51年)「日本における育成林業地域の形成に関する研究」で東京教育大学理学博士号を取得している。) その後は名古屋大学教育学部附属高等学校教諭を務め、その後奈良大学助教授となる。愛知大学文学部助教授を経て、教授。2011年に定年退任し、名誉教授となる。近年は東亜同文書院大学について研究を続けている。
宮田 和明(みやた かずあき、1937年6月5日 - 201… 宮田 和明(みやた かずあき、1937年6月5日 - 2010年2月5日)は、日本の社会福祉学者。第5代日本福祉大学学長。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立福岡小学校、豊橋市立南部中学校、愛知県立時習館高等学校を経て、1961年名古屋大学経済学部卒。1963年同大学院経済学研究科修士課程修了、1966年同博士課程単位取得満期退学。1998年「現代日本社会福祉政策論」で東洋大学より博士(社会福祉学)の学位を取得。名大経済学部助手、1969年日本福祉大学講師、1976年助教授、1983年教授、1991年社会福祉学部長、1993年副学長、2003-09年学長。名誉教授。
塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2… 塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2015年8月25日)は、日本の経済学者、一橋大学名誉教授、名古屋大学特別教授。1991年日本学士院賞、2002年文化功労者。経済哲学やヨーゼフ・シュンペーターの研究の第一人者。第12代一橋大学学長、国立大学協会副会長、国立社会保障・人口問題研究所長等を歴任。愛知県豊橋市生まれ。 父は経済学者の塩野谷九十九(元名古屋大教授)、妻は山内得立(哲学者、文化功労者、京都大学名誉教授)長女。一橋大学大学院で山田雄三の指導を受けた。スタンフォード大学教授等を務めた経営学者の今井賢一は山田ゼミの同期。著書に『シュンペーターの経済観』『価値理念の構造』など。
芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年… 芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年2月26日)は、日本の日本史学者。筑波大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1951年東京文理科大学史学科卒業後、高校教師を経て、大阪教育大学に赴任。東京教育大学が廃止され、筑波大学が設立されるにあたって同大教授に就任。大江志乃夫ら東京教育大学日本史教室の教員は、東京教育大学の廃止に反対して全員が筑波大学に横滑りしなかったため、井上辰雄・田沼睦・岩崎宏之・大濱徹也らは芳賀の招請によって筑波大学に赴任した。副学長を務め、1990年に定年を2年前に退官、東京家政学院大学教授、理事長を務めた。日本風俗史学会会長も務めた。 幕末の国学を専門とするが、著作の分野は多岐にわたる。
五味 克夫(ごみ よしお、1924年11月17日 - 202… 五味 克夫(ごみ よしお、1924年11月17日 - 2023年10月10日)は、日本史学者、鹿児島大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1950年東京大学文学部国史学科卒業。1955年旧制大学院修了。日本常民文化研究所研究員、開成学園高等学校教諭、鹿児島大学文理学部助教授、同大学法文学部助教授・教授を務め、1990年定年退官、名誉教授となり、鹿児島女子大学教授を務めた。鹿児島県史料編さん顧問。2002年、勲三等旭日中綬章を受章。
岩原 信九郎(いわはら しんくろう、1923年1月2日 - … 岩原 信九郎(いわはら しんくろう、1923年1月2日 - 1978年2月3日)は、日本の心理学者。愛知県豊橋市出身。 愛知県豊橋市出身。1947年東京文理科大学心理学科卒。1949年ミズーリ大学に留学。帰国後、奈良女子大学助教授、東京教育大学助教授を経て、1972年教授、1976年筑波大学教授併任。薬理心理学、生理心理学の発展に寄与した。 1978年1月3日、急性心不全のため東京都豊島区西池袋の平塚胃腸病院にて死去。55歳。
山本 二三丸(やまもと ふみまる、1913年3月10日 - … 山本 二三丸(やまもと ふみまる、1913年3月10日 - 2011年12月3日)は、日本のマルクス経済学者、立教大学名誉教授。 愛知県豊橋市出身。第一高等学校卒、1936年東京帝国大学経済学部卒。1954年「再生産論」で立教大学経済学博士。1936年東京貯蓄銀行書記、1938年東亜研究所所員、1940年日本鉄鋼連合会書記、1941年鉄鋼統制会書記、日本鋼管書記、1946年立教大学経済学部助教授、1948年教授となり、1978年定年退任、名誉教授。愛知大学教授を務めた。マルクス経済学の厳密な検証において功績があったが、現実の世界経済、世界の社会主義国の崩壊など、理論と現実の乖離は大きく、大きな課題を残して2011年12月3日、98歳で逝去。
石川 鴻斎(いしかわ こうさい、1833年 - 1918年9… 石川 鴻斎(いしかわ こうさい、1833年 - 1918年9月13日)は、日本の詩文家、漢学者、画家。 本名は英。字は君華。通称は英助。芝山外史、雲泥居士などの号をもつ。 1833年5月20日(天保4年4月1日)、三河国吉田(豊橋)花園町の紙商大野屋石川平五郎の長男として生まれる。数学を彦坂菊作、漢学を西岡翠園、太田晴軒、曽我耐軒らに学んだ。 神奈川県傭史になったが、1877年(明治10年)東京に転居。同じ三河出身の和泉屋市兵衛が経営する書店に勤め、編集に携わる。また、1887年(明治20年)芝増上寺の浄土宗学校の開校に際し、漢学の教師に就任。 同年、清国の全権公使、副使、随員らが宿所として増上寺に滞在した際に、筆談をもって会談に加わり、後に贈答した詩中文より十数編を選んで1878年、東京文昇堂より詩文集『芝山一笑』を刊行。