古谷 拓郎(ふるや たくろう、2000年4月21日 - )は… 古谷 拓郎(ふるや たくろう、2000年4月21日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校2年時に野球を始め、所属チームの人数が少なかったこともあり、投手を務める。鎌ヶ谷市立第二中学校時代は県大会ベスト8が最高成績だった。 高校は習志野高校に進学。1年秋からベンチ入りし、2年夏の千葉大会では4回戦や準々決勝で先発登板を果たした。木更津総合との決勝では救援登板したが、打者2人に対し1安打1四球で降板している。2年秋には背番号16ながら、県4強入りに貢献し、この頃からプロを意識し始めた。3年春にはエースナンバーを初めて着け、関東大会出場に貢献。3年夏の西千葉大会は背番号10でベンチ入りし、4回戦で7回に初登板すると、3回無失点の好投を見せる。
是澤 涼輔(これさわ りょうすけ、2000年4月19日 - … 是澤 涼輔(これさわ りょうすけ、2000年4月19日 - )は、三重県いなべ市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 暁中学校時代は三重川越ヤングでプレー。 柘植世那に憧れて進学した健大高崎高校では2番手の控えとして過ごし、2年春に甲子園出場も自身はメンバーに入れず実績はなかった。高校の1学年先輩に湯浅大、同級生に山下航汰、2学年後輩に下慎之介、麦谷祐介(※ 1年次に大崎中央高等学校へ転校)がいる。 指定校推薦で進学した法政大学では、3番手の控え捕手であり試合ではもっぱらブルペン捕手を務めていた。4年春に東京六大学リーグ戦デビューし、通算4試合で3打数0安打。 2022年10月20日に開催された2022年度ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから育成4巡目で指名を受けた。
根尾 昂(ねお あきら、2000年4月19日 - )は、岐阜… 根尾 昂(ねお あきら、2000年4月19日 - )は、岐阜県吉城郡河合村(現:飛騨市)出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 飛騨市立河合小学校2年時に「古川西クラブ」に入団し野球を始める。主に投手と三塁手を務め、ドラゴンズジュニアにも選抜された。飛騨市立古川中学校時代は「飛騨高山ボーイズ」に所属。投手と遊撃手を務め、中学3年時には最速146km/hを記録したことから「スーパー中学生」として注目される存在だった。 大阪桐蔭高等学校進学後は1年夏からベンチ入り。2年春からは主力となり、投手、遊撃手に加えチーム状況によっては外野手もこなしながら、2年春から3年夏まで4季連続で甲子園大会出場を果たし、そのうち2年春、3年春、3年夏で全国優勝。
重松 凱人(しげまつ かいと、2000年4月12日 - )は… 重松 凱人(しげまつ かいと、2000年4月12日 - )は、福岡県北九州市門司区出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼稚園から小学校低学年まで空手で北九州市の大会で6度の優勝。北九州市立萩ヶ丘小学校時代から「萩ヶ丘ソフトボールクラブ」でソフトボールを始め、北九州市立戸ノ上中学校時代から「北九州中央リトルシニア」で硬式野球を始める。同校では陸上部に所属し110メートルハードル走で全国大会3位となる。 高校は同市戸畑区の福岡県立戸畑高校に進学。甲子園の出場はなく、3年生の夏は第100回全国高等学校野球選手権北福岡大会に1番・中堅手で出場するも、3回戦で小倉工業高校に敗れる。
中村 貴浩(なかむら たかひろ、2000年4月9日 - )は… 中村 貴浩(なかむら たかひろ、2000年4月9日 - )は、福岡県筑後市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 筑後市立松原小学校1年の時に松原ライオンズで野球を始め、筑後市立筑後北中学校時代は硬式野球(ヤングリーグ)の筑後ドジャースに所属していた。 九州国際大学高等学校では、1年夏にチームが第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し、自身は背番号13でベンチ入りしたが試合出場はなかった。1年秋に二塁手のレギュラーを獲得し、3年時は「1番・三塁手」でチームを牽引したが、3年夏は北福岡大会2回戦で敗退した。高校時代の同級生に生海(甲斐生海)がいる。 九州産業大学では外野手に転向し、1年秋から試合に出場。
万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )… 万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )は、岡山県備前市生まれ、東京都練馬区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 友達に誘われ、練馬区立開進第二小学校の2年時に、投手としてブルーフェニックスで野球を始めた。 練馬区立開進第二中学校への進学後は、陸上競技部と東練馬シニアに所属。陸上競技の東京都大会では、1年時に100メートル障害決勝で2位、3年時に砲丸投5kgの部で優勝した(記録は14m85)。その一方で、3年時には東練馬リトルシニアの外野手兼エースとして、リトルシニアの日本選手権大会でチームを準決勝進出に導いた。この時点で身長がおよそ190cmにまで達していたほか、ストレートで最速138km/h、バットのスイングで150km/hを超えるスピードを計測。
三浦 大輝(みうら だいき、2000年4月7日 - )は、愛… 三浦 大輝(みうら だいき、2000年4月7日 - )は、愛知県豊橋市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 豊橋市立吉田方小学校1年生の時に小坂井メッツで野球を始める。豊橋市立吉田方中学校時代は軟式野球部と吉田方前芝クラブでプレーした。 愛知県立時習館高等学校では2年夏に捕手から投手に転向、3年夏はエースで4番として愛知県大会に臨んだが2回戦で敗れた。 野球で勝負するため中京大学のスポーツ科学部へ進学、愛知大学野球連盟リーグ戦では、3年秋に防御率0.84で最優秀防御率選手賞とベストナインのタイトルを獲得した。 2022年10月20日に開催された2022年度ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから育成3巡目で指名を受けた。
戸郷 翔征(とごう しょうせい、2000年4月4日 - )は… 戸郷 翔征(とごう しょうせい、2000年4月4日 - )は、宮崎県都城市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 2023年シーズンからは同チームの投手キャプテンを、2024年シーズンからは選手会副会長を務める。 三股町立三股西小学校1年生の時に三股西ファイターズで野球を始め、都城市立妻ケ丘中学校では同校の軟式野球部に所属し、1年生は捕手、2年生から投手としてプレーした。 高校は延岡市の聖心ウルスラ学園高等学校に進学し、1年生の秋からベンチ入りを果たす。エースピッチャーとなった2年夏には第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。対早稲田佐賀高校戦では、完投勝利で初戦突破するが、2回戦で聖光学院高校に4対5で敗れた。
土居 豪人(どい ひでと、2000年4月2日 - )は、愛媛… 土居 豪人(どい ひでと、2000年4月2日 - )は、愛媛県宇和島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 宇和島市立城東中学校を卒業後、聖カタリナ学園高等学校に進学したが、1年夏に松山聖陵高等学校に転校(2学年先輩にはアドゥワ誠がいた)。2年秋の秋季愛媛大会で優勝し、秋季四国大会に出場。準決勝の明徳義塾で市川悠太と投げ合ったが1-3で敗れる。秋の公式戦では、7試合中6試合で完投した。翌年の第90回記念選抜高等学校野球大会の出場校に選出され、初戦の近江戦で先発するが5回2/3を投げ8失点で降板し、チームも5-8で敗れた。3年夏の選手権愛媛大会は初戦(2回戦)で新田と対戦し、8回を142球で完投するも、被安打11、5失点で敗れた。
岡田 桃香(おかだ ももか、2000年3月29日 - )は、… 岡田 桃香(おかだ ももか、2000年3月29日 - )は、茨城県出身の女子野球選手。つくば国際大学東風高等学校卒業。ポジションは外野手。血液型はA型。 2017年11月9日、10日に開催された入団テストに合格しプロ入り。 2019年9月19日から10月6日まで期間限定で埼玉アストライアへ移籍することが発表された。 2019年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。 2020年からは新たに創設されるGOOD・JOB女子硬式野球部に所属する。2024年からは茨城ゴールデンゴールズでプレーする。初年度から女子チームのキャプテンを務めている。 50走7秒60、遠投66m。 女子プロ野球が開催した「美女9総選挙」では2018年は7位、2019年は6位に選出された。
上村 知輝(うえむら ともき、2000年3月23日 - )は… 上村 知輝(うえむら ともき、2000年3月23日 - )は、東京都出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 八王子市立横川小学校時代は横川スーパースターズ、八王子市立横川中学校時代は八王子桑都ボーイズでプレー。小学5年生のときから投手を務め、創価高等学校の2年生のときからサイドスローに転向した。 東京新大学野球連盟の創価大学硬式野球部時代の登板は1年生時に1試合と、4年生時に2試合の合計3試合であったと自身で話している。 2022年に当時ベースボール・チャレンジ・リーグ加盟球団だった新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに入団。1年目はリーグ最多の46試合に登板した。
下川 隼佑(しもかわ しゅんすけ、2000年3月22日 - … 下川 隼佑(しもかわ しゅんすけ、2000年3月22日 - )は、神奈川県横浜市金沢区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 年長で野球を始める。横浜市立富岡小学校では並木ジャイアンツ、横浜市立富岡東中学校では横浜東金沢リトルシニアでプレーした。 湘南工科大学附属高等学校に進学後は、二塁手から投手に転向し、アンダースローで投球するようになった。アンダースローにした理由について、「体も小さかったので、何か特徴があれば可能性はあるかなと思った」としている。高校3年の夏の大会は初戦敗退。その後は指定校推薦で神奈川工科大学に進学した。 大学時代も3年次まで公式戦登板がなかった。
佐藤 琢磨(さとう たくま、2000年3月18日 - )は、… 佐藤 琢磨(さとう たくま、2000年3月18日 - )は、新潟県新潟市出身のプロ野球選手(投手、育成選手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 新潟市立下山小学校2年から新潟ポニーで野球を始め、下山中学校でもポニーリーグの同チームに所属。 新潟青陵高等学校では1年夏から登板し、1年秋からはエースとなった。3年夏は初戦敗退し、甲子園出場経験はない。 大学は関甲新学生野球連盟に所属する新潟医療福祉大学に進学。同級生の桐敷拓馬が下級生時から結果を残し注目を集める中、リーグ戦での登板機会を得られなかったが、3年秋にリーグ戦デビューし、4年春にリーグ戦初勝利を挙げた。 2021年10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト13位で指名された。
日隈 モンテル(ひぐま モンテル、2000年3月18日 - … 日隈 モンテル(ひぐま モンテル、2000年3月18日 - )は、沖縄県中頭郡北谷町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。NPBでの登録名はモンテル。 かつて東京ヤクルトスワローズでプレーしたジュリアスは実兄。 兄・ジュリアスと同じ、少年野球チーム「生野シルバーヤンキース」で軟式野球を始める。兄が少年野球チームに入ったとき、ついでで弟のモンテルも入れられ、まだモンテルは3歳だった。桑江中では「大矢ベースボールクラブ」でプレーした他、陸上選手として110mハードル走にも取り組んだ。小中学生時代のポジションは二塁手だった。 高校は野球の名門校である金光大阪高校に進学。2年生冬に野手から投手に転向。
仲村 来唯也 (なかむら らいや、2000年3月17日 - … 仲村 来唯也 (なかむら らいや、2000年3月17日 - )は、沖縄県出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 中学校時代は名護市立大宮中学校に在籍。 高校は福岡県の筑紫台高等学校に進学し、2年時より主に3番を打った。3年時には主に1番として活躍するが甲子園には出場できなかった。 大学は環太平洋大学に進学した。硬式野球部では1年時より三塁のレギュラーをつかみ、主に5番で出場した。第49回明治神宮野球大会では佐藤輝明を擁する近畿大学に勝利し決勝に進んだ。決勝では小郷裕哉、伊藤裕季也、糸川亮太らを擁する立正大学に敗北し準優勝だった。2年時には第68回全日本大学野球選手権大会に出場するが宮崎産業経営大学に1回戦で敗北する。
鈴木 勇斗(すずき ゆうと、2000年3月17日 - )は、… 鈴木 勇斗(すずき ゆうと、2000年3月17日 - )は、鹿児島県日置市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 日置市立吉利小学校4年生から野球を始める。日置市立日吉中学校時代は串木野黒潮に所属。 鹿屋中央高校では2年秋からエース。3年夏の鹿児島県大会では準々決勝の鹿児島城西高校戦で3安打完封勝利を挙げた。準決勝の鹿児島高校戦では延長サヨナラ負けを喫しベスト4で敗退。甲子園出場はなし。 創価大学では2年春からリーグ戦に登板。3年秋には防御率1.72、4勝を記録しMVP、最優秀投手、ベストナインの3冠を獲得した。同年の関東地区大学野球選手権大会では2回戦の国際武道大学戦で3失点完投勝利を挙げるなどの活躍で準優勝に貢献。
吉住 晴斗(よしずみ はると、2000年3月12日 - )は… 吉住 晴斗(よしずみ はると、2000年3月12日 - )は、山形県鶴岡市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 鶴岡市立朝暘第五小学校3年時から「大宝寺スターファイブ」で軟式野球を始め、中学生になってすぐにシニアのクラブに所属し、中学2年生から鶴岡市立鶴岡第二中学校の軟式野球部に所属。当時は遊撃手がメインだったがたまに投手もしていた。 思うように上達できない葛藤などから「中学で野球をやめようか」と揺れ動いた時期もあるが、硬式野球部のある鶴岡東高校の関係者から入学を誘われたため、同校に進学し硬式野球部でプレーを継続。入学時は体重67kgと細身だったが、野球部の佐藤俊監督が体格などを総合的に判断し投手として育成する方針を決定。
大川 茉由(おおかわ まゆ、2000年3月10日 - )は、… 大川 茉由(おおかわ まゆ、2000年3月10日 - )は、栃木県佐野市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。ホンダリヴェルタ所属。ソフトボール日本代表。 兄の影響で9歳からソフトボールを始める。埼玉県の花咲徳栄高等学校を卒業後、東京女子体育大学に進学。大学時代は主将を務めた。 2022年、JDリーグのホンダリヴェルタに入団。ルーキーイヤーからレギュラーに定着して27試合に出場すると、打率.282(東地区14位)の成績を残し、同地区の新人賞(野手)を受賞した。 2024年3月、日本代表に初選出された。 ホンダリヴェルタでは主にファーストを守っている。右足を大きく上げる一本足打法を特徴としている。
澤柳 亮太郎(さわやなぎ りょうたろう、2000年3月8日 … 澤柳 亮太郎(さわやなぎ りょうたろう、2000年3月8日 - )は、東京都青梅市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 青梅市立第二小学校5年生のときに青梅ファイヤーホークスで野球を始め、青梅市立第二中学校では硬式野球の福生シニアでプレーし、投手であった。 明治学院東村山高校では3年春から背番号1を付け、3年夏は西東京大会ベスト32であった。 明治学院大学へ進学し、1年春から起用され、2年春からエース。3年時からはチーム事情により、試合の中盤以降にマウンドへ上がり、最後まで投げ切る役割を任された。4年間首都大学リーグ二部でプレーし、プロ志望届を提出するも指名漏れ。
安田 悠馬(やすだ ゆうま、2000年3月3日 - )は、兵… 安田 悠馬(やすだ ゆうま、2000年3月3日 - )は、兵庫県神戸市須磨区出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。2026年シーズンからの登録名は YG安田(ワイジーやすだ)。 高校野球の指導者である父の影響で、幼少期より野球を始める。 神戸市立妙法寺小学校時代は妙法寺少年野球部に所属し、神戸市立横尾中学校時代は軟式野球部に所属して神戸市の大会で優勝している。 神戸市立須磨翔風高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年春から主に一塁手でプレーした。高校通算5本塁打。高校時代の1学年上に才木浩人がいた。 高校卒業後は愛知大学に進学。入学直後の2018年春季リーグ戦から主に指名打者として出場し、打率.267、5打点で新人賞を受賞。
井上 絢登(いのうえ けんと、2000年2月23日 - )は… 井上 絢登(いのうえ けんと、2000年2月23日 - )は、福岡県筑紫野市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 筑紫野市立二日市小学校、筑紫野市立天拝中学校卒業で、小学時代は二日市ジュニアーズで、中学時代は二日市ボーイズでプレー。小学時代のチームメイトに1学年下の河野聡太がいる。 久留米市立久留米商業高等学校では当初はミート重視のアベレージヒッターだったが、将来的なプロ入りを見据えて3年春にプレースタイルを一新。スイング力を強化し、高校通算20本塁打を記録した。3年夏に県大会準決勝まで進出した。1学年上に古川裕大がいる。 高校卒業後は福岡大学商学部に進学。野球部では1年次からレギュラーの座を掴み、2年春の全日本大学野球選手権大会で本塁打を放った。
折下 光輝(おりした こうき、2000年2月14日 - )は… 折下 光輝(おりした こうき、2000年2月14日 - )は、徳島県阿南市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 阿南市立大野小学校1年のときに野球を始め、阿南市立阿南第一中学校では遊撃手としてプレー。 徳島県立新野高等学校では1年秋から正三塁手になる。2年秋からは主将を務め、投手に転向してエースで4番を務めた。投手としては最速140km/h、打者としては高校通算35本塁打。2017年6月に読売ジャイアンツのスカウトに声をかけられたことでプロを目指す気持ちが強くなり、9月に行われた新人入団テストを受験すると、8人の合格者に入り、同年のドラフト会議の育成指名候補になった。 10月26日に行われたドラフト会議で読売ジャイアンツから育成選手ドラフト7位で指名され、11月12日に支度金200万円、年俸230万円で仮契約を結んだ。
芦田 丈飛(あしだ たけと、2000年2月9日 - )は、千… 芦田 丈飛(あしだ たけと、2000年2月9日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。オリックス・バファローズ所属。 八千代市立大和田西小学校2年生のときに野球を始め、八千代市立大和田中学校を経て、千葉英和高校へ進学。2年秋に芦田が故障し、控え内野手であった山﨑凪が投手に転向したが、3年夏にはエースの座を奪い返した。甲子園出場経験はなし。 国士舘大学へ進学し、1年時から登板機会を得たが、2年夏に疲労骨折で右肘を手術。公式戦に復帰できたのは4年時であり、プロや強豪チームからは声がかからず、社会人野球のオールフロンティアに入社した。 NPBを目指してオールフロンティアを入社1年で退社し、2022年度のBCリーグ特別合格選手として埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。
伊藤 康祐(いとう こうすけ、2000年2月3日 - )は、… 伊藤 康祐(いとう こうすけ、2000年2月3日 - )は、愛知県蒲郡市出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 兄はJR東海に所属する社会人野球選手の伊藤寛士。 小学1年生で野球を始める。小学4年生から中学3年生まで「岡崎葵ボーイズ」に所属して、投手兼遊撃手を務めた。中学1年生時には、ボーイズリーグの日本代表として「カル・リプケン12歳以下世界少年野球大会」に出場し、同大会で「2番・二塁手」を務め、日本チームの優勝に貢献。最優秀選手を受賞した。中学3年生時には、NOMOベースボールクラブが行っている「JUNIOR ALL JAPAN BOY MEETS WORLD」(通称:野茂ジャパン)に選出され、ロサンゼルス遠征を経験した。
山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は… 山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 甲子園球場からほど近い兵庫県宝塚市仁川で育ち、大の阪神タイガースファンであり、少年時代はファンクラブ会員として、シーズン中に月2回ほどのペースで甲子園球場へ実父と共に観戦していた。 3歳時(2003年)に阪神が18年ぶりのセントラル・リーグ優勝を果たしたことをきっかけに野球に興味を持ち、宝塚市立仁川小学校1年生のときに仁川ユニオンズで本格的に野球を始めた。宝塚市立宝塚第一中学校では将来プロ野球選手になりたいと考え、ヤングリーグの兵庫タイガースに入団。セカンド・サード・ショート・ピッチャーと複数ポジションを守っていたが、身体の小ささからピッチャーとしての登板機会はあまり与えられず、主にセカンドを務めていた。
渡辺 明貴(わたなべ あき、2000年1月29日 - )は、… 渡辺 明貴(わたなべ あき、2000年1月29日 - )は、山梨県笛吹市一宮町出身の日本のプロ野球選手(投手)。NPBでは育成選手だった。 日本で初めて、高等学校に在学しながらプロの独立リーグ選手となった。 笛吹市立一宮西小学校1年の時に1歳上の兄に影響されて一宮スポーツ少年団で軟式野球を始め、笛吹市立一宮中学校入学後は笛吹ボーイズでプレーしていた。中学卒業後は静岡県内の高等学校に進学し、硬式野球部に入部するも環境に馴染めず3か月で退部。学校も中退して故郷に戻り、一旦は現役を引退していた。中退後はすき家やホテル、ヤマト運輸といったアルバイトを転々としていた。 2015年9月から通信制の第一学院高等学校甲府キャンパスに入学。
権田 琉成(ごんだ りゅうせい、2000年1月28日 - )… 権田 琉成(ごんだ りゅうせい、2000年1月28日 - )は、東京都世田谷区生まれ、長野県長野市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 東京都世田谷区生まれ。長野市立共和小学校時代に野球を始め、長野市立川中島中学校では『長野南シニア』でプレー。中学時代は宮澤太成とチームメイトであった。 上田西高校では故障もあり、最速147km/hは計測していたが、3年夏の県大会では背番号11であった。 明星大学に進学すると、主戦になったのは4年時からであったものの、春の首都大学野球二部リーグ戦でチームを優勝に導き、武蔵大との入れ替え戦では完封勝利も挙げた。秋の開幕戦では二部リーグながらプロ5球団のスカウトが視察するなど、注目度が高く、プロ志望届を提出したが、指名漏れとなった。
湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬… 湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 丹生小学校2年で軟式野球を始め、富岡西中学校では富岡ボーイズに所属した。 健大高崎高校進学後は、1年夏の予選から控えメンバー入りし、秋には遊撃手のレギュラーに定着。2年秋からはリードオフマン兼主将を務め、2017年春のセンバツに出場を決めていたが、直前の2月中旬に右手首舟状骨を骨折し手術したため、センバツには代走・守備固めでの出場となった。3年夏の群馬県大会には復帰して主に7番として出場。決勝で前橋育英高校に敗れ、準優勝に終わる。1学年後輩に、後に巨人でチームメイトとなる山下航汰がいる。
椋木 蓮(むくのき れん、2000年1月22日 - )は、山… 椋木 蓮(むくのき れん、2000年1月22日 - )は、山口県山陽小野田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 山陽小野田市立本山小学校1年の時に本山ベアーズで野球を始め、高川学園中学校では高川学園リトルシニアに所属。 高川学園高等学校では2年夏に控え投手としてベンチ入りし、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場したが登板はなく、チームも1回戦で敗れた。同年秋からはエースを務めたが、3年夏は山口県大会準々決勝で下関国際に敗れた。1学年上に山野太一がいた。 その後、山野と同じ東北福祉大学に進学。同大学出身の元プロ野球選手である大塚光二が監督を務め、4年間指導を受けていた。
綱島 龍生(つなしま りゅうせい、2000年1月21日 - … 綱島 龍生(つなしま りゅうせい、2000年1月21日 - )は、新潟県糸魚川市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 小学1年時から軟式野球を始め、中学では捕手としてプレーした。 新潟県立糸魚川白嶺高等学校では1年春から「3番・捕手」を任され、夏の県予選では同校の4年ぶりの勝利に貢献した。1年秋に遊撃手に転向した。高校時代は春夏を通じ甲子園出場経験はないものの、巧打で俊足強肩の遊撃手としてプロスカウトから評価されていた。 2017年度プロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズより6位で指名を受け、11月15日に仮契約を結んだ。背番号は63。 2018年は二軍で56試合に出場し、110打席で打率.238であった。
岡田 悠希(おかだ ゆうき、2000年1月19日 - )は、… 岡田 悠希(おかだ ゆうき、2000年1月19日 - )は、愛知県犬山市生まれ、広島県東広島市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 東広島市立八本松小学校1年生の時に軟式野球を始め、安芸リトルを経て東広島市立八本松中学校では硬式野球のクラブチームである府中広島2000に所属した。岡田と同じ2021年度の巨人ドラフト7位・花田侑樹は同クラブの後輩。 龍谷大学付属平安高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年秋からレギュラーに定着した。2年春の第88回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト4に進出。明徳義塾との1回戦で本塁打を放った。しかし、同年秋の新チーム結成時は練習や生活の態度に問題があったとしてベンチを外され、京都府大会一次予選ではボールボーイであった。
大江 海透(おおえ かいと、2000年1月13日 - )は、… 大江 海透(おおえ かいと、2000年1月13日 - )は、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町出身の元プロ野球選手(投手)。NPBでは育成選手であった。 小学校5年生のときに『三田川少年野球クラブ』で野球を始め、中学時代は『佐賀ドリームス』に所属。 神埼清明高校に進学し、3年夏の県大会では鳥栖商業との2回戦で敗れた。甲子園出場経験はなし。 久留米工業大学機械システム工学科に入学。九州地区大学野球連盟所属の硬式野球部では監督の平嶋千義に「プロに行く」と伝え、常に目的をもって練習していたが、卒業時に12球団から声はかからなかった。ただ、独立リーグなどの複数球団からは声がかかり、2年でNPBに入ると決めて、九州アジアリーグの福岡北九州フェニックス(当時)に入団した。
比嘉 賢伸(ひが けんしん、2000年1月12日 - )は、… 比嘉 賢伸(ひが けんしん、2000年1月12日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 大阪市立大正東中学校では大正ボーイズに所属。チームメイトには阪口皓亮がいた。 進学した盛岡大学附属高等学校では、2年夏、3年春、3年夏と3度甲子園に出場。2年秋からは主将を務め、4番・遊撃手として春夏連続のベスト8進出に貢献した。高校通算37本塁打。 2017年10月26日、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから育成選手ドラフト1位指名を受け、11月9日に支度金200万円、年俸250万円で仮契約を結んだ。背番号は001。 左の長距離砲として期待されていたが、2018年はイースタン・リーグの出場は1試合のみ、2019年もイースタン12試合出場、13打数2安打、打率.154の成績にとどまった。
北浦 竜次(きたうら りゅうじ、2000年1月12日 - )… 北浦 竜次(きたうら りゅうじ、2000年1月12日 - )は、栃木県黒磯市(現:那須塩原市)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 幼少期は右投げだったが小学2年で軟式野球を始めた際、国体出場経験のある母親(ソフトボールの元埼玉県代表)に勧められ、左投げに転向した。中学時代は地元の硬式野球ボーイズリーグのチームである大田原ボーイズに所属し、投手兼外野手としてプレーした。[要出典] 白鷗大学足利高校入学後は1年秋からベンチ入りを果たした。2年秋は「4番・投手兼左翼手」として出場し、県3位で関東大会にも進出した。3年春は県大会で優勝した。[要出典]3年夏は準々決勝で文星芸大附高校に破れチームはベスト8止まり、甲子園出場はならなかった。
永井 敦士(ながい あつし、2000年1月10日 - )は、… 永井 敦士(ながい あつし、2000年1月10日 - )は、埼玉県草加市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 小学校2年時にあおぞらベースボールクラブで野球を始める。草加市立花栗中学校時代は草加ボーイズに所属し、3年時には世界大会に日本代表として出場。 二松學舍大学附属高校へ進学してからは1年時から主砲を任され、3年夏には第99回全国高等学校野球選手権大会に「4番・左翼」で出場。初戦(2回戦)の明桜戦で5打数5安打1打点の活躍。3回戦の三本松戦は本人も1安打に終わり、チームも敗れた。高校通算47本塁打。 2017年のNPBドラフト会議にて広島から4巡目で指名され、11月9日に契約金3500万円、年俸500万円(いずれも推定)で仮契約を結ぶ。
佐藤 隼輔(さとう しゅんすけ、2000年1月3日 - )は… 佐藤 隼輔(さとう しゅんすけ、2000年1月3日 - )は、山形県山形市生まれ、宮城県仙台市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 山形県山形市で生まれ、宮城県仙台市で育った。 仙台市立愛子小学校4年生のときに愛子スポーツ少年野球団で野球を始め、小学6年生の冬から仙台市立広瀬中学校1年生の夏まではリトルリーグの折立スパローズに所属し、全国大会での優勝を経験。その後は広瀬中学校の軟式野球部に所属し、宮城県選抜にも選ばれた。 仙台高校に進学すると、1年夏は背番号18でベンチ入りし、宮城広瀬との初戦に先発。9回10安打9奪三振3失点という内容で完投勝利を挙げた。2年秋から背番号1。
奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - … 奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 静岡市清水区に生まれる。静岡市立清水船越小学校2年生のときに船越リトルグリーンズで野球を始める。中学時代は東海大静岡翔洋中等部の軟式野球部に所属した。 東海大学付属静岡翔洋高等学校に進学し、3年生時には主軸を務めた。しかし、進学した東海大学ではほとんど試合に出られず、3年時には指導者から野球を断念して就職活動すべきと告げられてしまった。高校通算は29本塁打。 野球選手を続行する道を選び、ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の群馬ダイヤモンドペガサスのトライアウトを受験。
白石 美優(しらいし みう、1999年12月22日 - )は… 白石 美優(しらいし みう、1999年12月22日 - )は、兵庫県出身の元女子プロ野球選手(外野手)、女子野球日本代表。2025年から阪神タイガース Womenに所属。 兄の影響で8歳のころに軟式野球を始め、中学女子硬式クラブチーム、福知山成美高校を卒業後の2018年に女子プロ野球のレイアに入団。 2019年京都フローラへ移籍。2020年愛知ディオーネへ移籍。同年限りで女子プロ野球を退団したことを2021年1月4日、自身のTwitterで公表した。 2021年3月3日、教員免許取得のため大阪体育大学に進学することを公表。在学中の2023年から2024年には日本代表に選出され、第3回アジアカップ、第9回WBSCワールドカップのグループラウンド・決勝ラウンドの2大会に出場し、大会MVP獲得およびオールワールドチーム (ベストナイン)に選出されるなどW杯・7連覇達成に貢献した。
青木 悠華(あおき ゆうか、1999年12月22日 - )は… 青木 悠華(あおき ゆうか、1999年12月22日 - )は、愛知県出身の元女子プロ野球選手(捕手、内野手)。 2017年11月9日、10日に開催された入団テストに合格しプロ入り。 2019年9月19日から10月6日まで期間限定で京都フローラへ移籍することが発表された。 2019年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。女子プロ野球では通算2試合で1四球以外の3打席は全て空振り三振だった。 2020年からは新創設される東海NEXUSに所属する。2023年2月に退団。 この項目は、野球に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球/P野球)。
早川 太貴(はやかわ だいき、1999年12月18日 - )… 早川 太貴(はやかわ だいき、1999年12月18日 - )は、北海道江別市出身のプロ野球選手(投手)、元地方公務員(北海道北広島市元職員)。右投右打。阪神タイガース所属。 大麻泉小学校3年時に東大麻グランドキングスで野球を始め、江別市立大麻東中学校では軟式野球部に所属した。 北海道大麻高等学校では2年時の秋に背番号1を任されたが、3年時の春の札幌支部大会中に右腕を疲労骨折し、夏の大会前も右肘頭を骨折し、大会では右肘を包帯で吊ったままベンチ入りしていた。甲子園出場経験はなし。当時の最高球速は125〜130k/mと公言している。 高校卒業後は小樽商科大学に進学し、当時札幌学生野球連盟の2部に所属していた硬式野球部に入部した。
石川 翔(いしかわ しょう、1999年12月14日 - )は… 石川 翔(いしかわ しょう、1999年12月14日 - )は、東京都板橋区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。 弟は栃木ゴールデンブレーブスでプレーした石川慧亮。 小学3年生の時に徳丸原パンダースで外野手として野球を始め、小学校5年生から中学校1年夏まで東板橋リトルリーグで投手兼外野手としてプレーした。中学1年夏からは中学校卒業まで板橋シニアで投手兼外野手としてプレーした。当時、投手としてはチームでも2、3番手と言うレベルだった。中学時代に右膝の分離症の手術を受け、以後高校卒業に至るまで怪我に悩まされることとなる。 高校は練習環境が整っているとしてセレクションを経て栃木県にある青藍泰斗高校に入学。
東 晃平(あずま こうへい、1999年12月14日 - )は… 東 晃平(あずま こうへい、1999年12月14日 - )は、兵庫県小野市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 幼少期に室内での壁当てで腕の使い方が良いと見た父親から野球を勧められ、幼稚園児の頃から肩甲骨のストレッチを日課にしていた。小野市立小野小学校2年生のときに小野スポーツ少年団で野球を始め、投手と遊撃手を務めた。小野市立小野中学校では硬式野球の神戸美蹴館ロケッツに所属し、1年春には全国大会に出場。2年夏からは中学の軟式野球部に所属した。 神戸弘陵学園高校では1年秋からベンチ入りし、2年春からチームのエースを務めた。3年春の県大会地区予選で腰を痛め、左4番目の椎間板骨折と診断された。
池田 来翔(いけだ らいと、1999年12月11日 - )は… 池田 来翔(いけだ らいと、1999年12月11日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 八千代市立八千代台小学校1年の時に北東タイガースで野球を始めた。6年時には千葉ロッテマリーンズジュニアに選出され、NPB12球団ジュニアトーナメントにも出場した。八千代市立八千代中学校時代は東都京葉ボーイズに所属し、主に遊撃手を守った。 習志野市立習志野高等学校では2年秋から三塁手のレギュラーを獲得。3年夏の千葉県大会は、準決勝の検見川戦で先頭打者本塁打を放つなど打率.455と活躍し、チームは決勝に進出したが、山下輝擁する木更津総合に3-4で敗れ、甲子園に出場することはできなかった。
高木 渉(たかぎ わたる、1999年12月6日 - )は、福… 高木 渉(たかぎ わたる、1999年12月6日 - )は、福岡県朝倉市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 朝倉市立福田小学校3年生からソフトボールを始め、朝倉市立南陵中学校では硬式野球の「球道ベースボールクラブ」に所属する。投手として中学時代には130km/h台中盤のストレートを投げ、3年生の時にはフレッシュリーグにおいて全勝優勝を果たす。 真颯館高等学校に進学後は、1年生の春から一塁手として試合に出場し、2年生の春にはエースで4番打者を務める。甲子園出場経験は無いが、2年生の夏の第98回選手権福岡大会では準決勝進出を果たす。しかし秋に右肩を痛め、3年生の春から外野手として出場する。3年生の夏の第99回選手権福岡大会では、短いイニングながら2番手投手として復帰登板し、2回戦の対宗像高校戦において逆転の2ラン本塁打を放つなど活躍するが、京都高校に6対9で敗れ、4回戦敗退となった。
髙島 泰都(たかしま たいと、1999年12月3日 - )は… 髙島 泰都(たかしま たいと、1999年12月3日 - )は、北海道赤平市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 赤平市立赤間小学校1年生のときに「赤平レッドレイズ」で野球を始め、赤平市立赤平中学校では軟式野球部に所属した。 滝川西高校に進学し、2年秋に背番号11でベンチ入り。3年夏は背番号10でチーム19年ぶり3回目となる甲子園に出場し、仙台育英との1回戦で2番手として登板して最速141km/hを計測するも、1回2/3を5失点であった。 準硬式野球部のスポーツ推薦で明治大学に入学。1年春からリーグ戦に登板し、当初は制球に苦しんだが、1年夏のオープン戦で「コントロールのこつを急につかんだ」と突如制球が安定し、その後はリーグ戦の1戦目を任されるなど、先発としての地位を確立した。
福元 悠真(ふくもと ゆうま、1999年12月1日 - )は… 福元 悠真(ふくもと ゆうま、1999年12月1日 - )は、奈良県高市郡明日香村出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 明日香村立明日香小学校2年時より明日香フレッシュジュニアーズで野球を始める。U-12日本代表にも選ばれ世界大会に出場した。聖徳中学時は奈良葛城ボーイズでプレーし、全国大会4強。 智辯学園高等学校では高校通算45本塁打。2年春の第88回選抜高等学校野球大会では全試合で4番打者を任される。2回戦の鹿児島実業高校戦では2点本塁打を放つなど活躍し、チームの初優勝に貢献した。2年夏、3年春の甲子園にも出場。3年夏は県大会準決勝で天理高校に敗れ、出場はならなかった。
柿崎 颯馬(かきざき そうま、1999年12月1日 - )は… 柿崎 颯馬(かきざき そうま、1999年12月1日 - )は、神奈川県平塚市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。右投左打。 平塚市立吉沢小学校1年次に兄と姉がプレーしていた少年野球チームで野球を始める。小学6年次には横浜DeNAベイスターズJr.に選出され、第7回NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。 平塚市立土沢中学校在学時には横浜緑リトルシニアに在籍し、第8回全日本中学野球選手権大会ジャイアンツカップでベスト4進出を果たした。チームの一年後輩には後にチームメイトとなる岡本哲弥がいた。 中学卒業後は桐蔭学園高等学校に進学。2学年上には後にチームメイトとなる海老根拓弥が、2学年下には横浜DeNAベイスターズでプレーする森敬斗がいた。
黒原 拓未(くろはら たくみ、1999年11月29日 - )… 黒原 拓未(くろはら たくみ、1999年11月29日 - )は、和歌山県海南市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 海南市立日方小学校1年生の時に軟式野球を始め、海南市立海南中学校では軟式野球部に所属していた。 高校は智辯学園和歌山高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋からエースとなった。3年夏は左肘を痛め、登板が制限された。チームは和歌山県大会で優勝し第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。興南との1回戦では登板がなく、続く大阪桐蔭との2回戦で先発して大会初登板を果たし、6回途中1失点と好投したが敗れた。1学年下には林晃汰、2学年下に東妻純平、黒川史陽がいた。 卒業後は関西学院大学社会学部に進学し、1年春からベンチ入りを果たす。
平良 海馬(たいら かいま、1999年11月15日 - )は… 平良 海馬(たいら かいま、1999年11月15日 - )は、沖縄県石垣市出身のプロ野球選手(投手)、YouTuber。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 パシフィック・リーグにおける連続登板無失点記録(39試合)保持者。 たいらげーむのチャンネル名でゲーム実況YouTuberとしても活動していたが、2025年より野球動画をメインの活動に変更している。 小学校から捕手として野球を始め、真喜良サンウエーブに所属。中学校では石垣島唯一の硬式チームである八重山ポニーズに所属。2年から投手に転向。3年にはポニーリーグで全国大会に出場した。なお八重山ポニーズは平良の代が卒団すると、人数不足で活動休止となった(2021年に活動再開)。
富田 龍(とみだ りゅう、1999年11月11日 - )は、… 富田 龍(とみだ りゅう、1999年11月11日 - )は、香川県高松市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 高松市立牟礼南小学校時代は軟式野球の牟礼南クラブに所属。高松市立牟礼中学校では軟式野球部に所属するとともに、元プロ野球選手の高橋浩司が開く「高橋野球塾」で硬式野球の指導を受けていた。 香川県立志度高等学校では2年秋に背番号11で公式戦デビュー。3年春からエースとなり、3年夏の香川県大会は初戦(2回戦)の高松商戦に先発したが、1/3回で3安打を打たれて降板し、チームは0-10で6回コールド負けを喫した。甲子園出場経験はなし。 四国学院大学では、13試合に登板して通算1勝ながら、43回2/3を投げ42奪三振と高い奪三振率を誇った。