石川 達紘(いしかわ たつひろ、1939年〈昭和14年〉4月… 石川 達紘(いしかわ たつひろ、1939年〈昭和14年〉4月4日 - )は、日本の元検察官、元弁護士(2023年5月15日付で法曹資格を喪失)。 山口県出身。1958年下松工業高校工業化学科卒業。1962年中央大学法学部を卒業後、同年に23歳で司法試験合格。司法修習生17期を経て、1965年に検事任官。任官同期に原田明夫(検事総長)ら。 1982年東京地検特捜部副部長に就任。岡田茂の三越事件、リッカー事件、平和相互銀行事件、新薬スパイ事件、撚糸工連事件などに関わる。 1986年10月、河井信太郎以来、私立大学出身者としては2人目の法務省刑事局刑事課長に就任。 その後、法務省大臣官房会計課長を経て、1989年に東京地検特捜部長に就任し、金丸信の巨額脱税事件、ゼネコン汚職事件などを指揮した。
豊嶋 秀直(とよしま ひでなお、1939年3月30日 - )… 豊嶋 秀直(とよしま ひでなお、1939年3月30日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁公安部長や、最高検察庁検事、公安調査庁長官、福岡高等検察庁検事長等を歴任した。 1961年中央大学法学部卒業。1962年旧司法試験合格。1965年東京地方検察庁検事。1988年東京高等検察庁検事。1990年東京地方検察庁公安部長。1991年公安調査庁総務部長。1993年最高検察庁検事。1994年長崎地方検察庁検事正。1995年熊本地方検察庁検事正。1996年浦和地方検察庁検事正。1997年大阪地方検察庁検事正。同年公安調査庁長官。1999年高松高等検察庁検事長。2000年福岡高等検察庁検事長。2001年東京弁護士会弁護士登録。
伊佐山芳郎(いさやま よしお、1939年 -2025 )は、… 伊佐山芳郎(いさやま よしお、1939年 -2025 )は、日本の弁護士。1965年中央大学法学部卒業。東京弁護士会所属。「嫌煙権確立を目指す法律家の会」を結成し、喫煙規制を呼びかける。 1980年、国鉄・国・日本専売公社を相手にいわゆる「嫌煙権訴訟」を起こす。列車・飛行機や公共施設などの禁煙分煙化、飲食店などの禁煙席設置を促すきっかけとなる。 1998年に国と日本たばこ産業およびその歴代社長を相手に、たばこが原因による疾病に対する製造物責任を問う「たばこ病訴訟」(正式名称:たばこ病損害賠償等請求事件)を起こす。 日本におけるたばこ問題に関する運動家として渡辺文学らと並び著名である。
泉 德治(いずみ とくじ、1939年 - )は、日本の弁護士… 泉 德治(いずみ とくじ、1939年 - )は、日本の弁護士(TMI総合法律事務所顧問)。福井県朝日町(現:越前町)出身。2002年11月6日から2009年1月24日まで、裁判官から最高裁判所判事となる。退官後は弁護士となる。弁護士登録上の表記は泉 徳治。2010年秋の叙勲で旭日大綬章受章。 補足意見を含め個別意見を36件書いており、そのうち反対意見は25件ある。
森本 清一(もりもと せいいち、1939年(昭和14年) -… 森本 清一(もりもと せいいち、1939年(昭和14年) - 2012年(平成24年) 3月11日)は、日本の弁護士。大阪府出身。 弁護士活動として東京都内にて人権擁護活動を行っている。東京都の墨田区民に対し、生きがいと健康の増進を得ること、そして豊かな地域づくりのため生涯学習の機会を提供する活動をしている。たとえば、区民に対して生涯学習に関する情報を提供をしたり、区民からの相談や生涯学習団体等の活動を支援する事業を行っている。 2000年(平成12年)9月25日に認証された特定非営利活動法人・すみだ学習ガーデンでは代表を務め、すみだ生涯学習センターの「すみだプラネタリウム」を運営している。墓所は築地本願寺和田堀廟所。
野間 美喜子(のま みきこ、1939年 - 2020年3月1… 野間 美喜子(のま みきこ、1939年 - 2020年3月1日)は、日本の弁護士、平和運動家。ピースあいち初代館長。 1939年に東京府に生まれ、三重県下への疎開を経て、名古屋の親戚のもとで高校時代を過ごす。 名古屋大学在学中に司法試験に合格し、1962年に法学部卒業、1964年弁護士登録。民事事件を中心に、公害訴訟などを手掛け、反核運動にも参加。1989年に名古屋弁護士会副会長。 1993年、「戦争メモリアルセンターの建設を呼びかける会」の事務局長に就任し、愛知県や名古屋市に戦争資料館建設を訴えるも、受け入れられなかったため、篤志者から土地と資金の寄付を受け、2007年、私立の「ピースあいち」の設立にこぎつける。
稲見 友之(いなみ ともゆき、1938年12月25日 - )… 稲見 友之(いなみ ともゆき、1938年12月25日 - )は、日本の弁護士。東京弁護士会所属。 敬天総合法律事務所所長。 ロッキード事件で逮捕・起訴された田中角栄の裁判で弁護団事務局長や主任弁護人を務めた。 竹早高校卒業。中央大学法学部在学中の1963年に24歳で司法試験合格。1964年3月卒業。1966年、司法修習修了(18期)、弁護士登録(登録番号10082)。 田中角栄が逮捕・起訴された後、田中派の2年生議員で中央大学の同級生だった保岡興治に請われて訴訟対策を行い、弁護団の事務局長に就任した。1審で敗訴した際には、越山会の機関紙「月刊越山」に「人権無視 恐るべき偏向判決」との一文を寄せた。
飯田 英男(いいだ ひでお、1938年11月15日 - )は… 飯田 英男(いいだ ひでお、1938年11月15日 - )は、日本の検察官、弁護士。札幌高等検察庁検事長や、福岡高等検察庁検事長を経て、定年退官後、関東学院大学教授、りそなホールディングス取締役、日本無線取締役等を歴任した。瑞宝重光章受章。 中央大学法学部卒業後、1965年札幌地方検察庁検事。1994年和歌山地方検察庁検事正。1995年大阪高等検察庁次席検事。1996年神戸地方検察庁検事正。1997年大阪地方検察庁検事正。1999年札幌高等検察庁検事長。2001年福岡高等検察庁検事長。同年定年退官、東京弁護士会弁護士登録。2002年奥野総合法律事務所入所、エコス監査役。2003年関東学院大学法学部教授。
津野 修(つの おさむ、1938年〈昭和13年〉10月20日… 津野 修(つの おさむ、1938年〈昭和13年〉10月20日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。勲等は旭日大綬章。第一東京弁護士会所属。 大蔵省主税局税制第三課課長、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官、最高裁判所判事などを歴任した。 愛媛県出身の大蔵官僚である。大蔵省においては、主税局の税制第三課長を務めた。のちに内閣法制局に出向し、総務主幹を経て、第三部や第一部にてそれぞれ部長を務めるなど、要職を歴任した。1996年には内閣法制次長に就任した。1999年には大森政輔の後任として内閣法制局長官に就任し、小渕第1次改造内閣から第1次小泉内閣にかけて同職を務めた。
安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は… 安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は、日本の弁護士・元官僚。安西法律事務所所長。イカイほか企業顧問を多く務める。元・中央大学教授。香川県出身。専門は、労働法や社会保障法(特に労働保険法)。中央大学法学部通信教育課程出身の生え抜き法曹の一人 この他、東京基督教大学神学部兼任講師、中央労働災害防止協会参与会議長、法務省司法書士簡裁訴訟代理等能力認定考査委員、厚生労働省特定社会保険労務士紛争解決手続代理業務試験委員なども務めた
才口 千晴 (さいぐち ちはる、男性、1938年9月3日 -… 才口 千晴 (さいぐち ちはる、男性、1938年9月3日 - 2024年4月17日)は、弁護士、元最高裁判所判事(2004年1月6日 - 2008年9月2日)。長野県上水内郡豊野町(現長野市)出身。 破産法の専門家で、ダイエー再建時の2003年頃、企業再生ファンド アドバイザーを務めた。2001年から2003年にかけて、ラジオ番組「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)に回答者として出演していた。現在はTMI総合法律事務所に所属。
藤野 義昭(ふじの よしあき、1938年8月22日 - )は… 藤野 義昭(ふじの よしあき、1938年8月22日 - )は、日本の弁護士、政治活動家。北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)名誉会長、北朝鮮による拉致と人権問題にとりくむ法律家の会代表共同代表、日本会議北海道本部前議長、2007年夏まで維新政党・新風講師団。 満洲国新京生まれ。1961年中央大学法学部法律学科卒業。会社員生活を経て、1971年に32歳で司法試験合格、司法修習26期、1974年弁護士登録(札幌弁護士会)。 2008年7月3日、佐藤勝巳の後任として救う会代表に選出。7月7日、自民党幹事長経験者加藤紘一が日本BS放送の番組において、「(2002年小泉純一郎総理大臣の訪朝後に一時帰国した)拉致被害者は北朝鮮に戻すべきだった」と発言。
福田 雅章(ふくだ まさあき、1938年7月22日 - )は… 福田 雅章(ふくだ まさあき、1938年7月22日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は犯罪学、刑事政策。一橋大学名誉教授。
則定 衛(のりさだ まもる、1938年7月21日 - )は、… 則定 衛(のりさだ まもる、1938年7月21日 - )は、日本の元検察官、弁護士。大阪府出身。 1999年、月刊誌「噂の眞相」5月号が「高検検事長が愛人ホステスを公費出張に同伴し偽名で宿泊、愛人と別れる際には慰謝料をパチンコ業者に肩代わりさせた」という女性スキャンダルをスクープとして報道し、朝日新聞が同年4月9日付でこれを引用する形で一面トップ記事としたことから主要新聞、スポーツ紙、週刊誌も大々的にこの問題を報じ、混乱の責任をとらされる形で辞任に追い込まれた。女性スキャンダルがここまで大きくなった背景には、時の法相・中村正三郎が指揮権を発動しようとするなど権力の私的行使により辞職するなど法務省・捜査当局に対する世間の厳しい風当たりや、ゴシップ誌の「噂の真相」を新聞が引用する形で一面記事にするという極めて異例な報道展開であったことも一因にある。
北村 哲男(きたむら てつお、1938年5月19日 - )は… 北村 哲男(きたむら てつお、1938年5月19日 - )は、日本の弁護士、政治家。元国会議員(参議院1期、衆議院1期)。 山口県で出生。東京都立広尾高等学校を経て、1963年、中央大学法学部を卒業。同年、24歳で司法試験に合格し、1966年司法修習18期経て弁護士登録。 1989年第15回参議院議員通常選挙で日本社会党新人比例候補として初当選、6年後1995年第17回参議院議員通常選挙は離党・不出馬。 中大法学部の先輩 山花貞夫が会計責任者の市民リーグから旧民主党結党に参加し、第41回衆議院議員総選挙に出馬、本来希望していた母校の広尾高校がある東京7区ではなく、比例南関東ブロックで出馬し当選。
金城 清子(きんじょう きよこ、1938年4月10日 - )… 金城 清子(きんじょう きよこ、1938年4月10日 - )は、日本の弁護士、法学者、フェミニスト。津田塾大学教授、龍谷大学法科大学院教授を歴任。 東京出身。1961年東京大学法学部卒、東京大学法学部助手。1968年夫の金城睦(ちかし、1937-2014、1995年離婚)とともに沖縄で弁護士を開業。1983年東京家政大学教授となり、1989年津田塾大学教授、のち龍谷大学法科大学院教授。2011年退職。男女平等論の視点から法女性学を提唱。生命倫理の問題にもとりくむ。
稲葉 威雄(いなば たけお、1938年〈昭和13年〉1月15… 稲葉 威雄(いなば たけお、1938年〈昭和13年〉1月15日 - )は、日本の元裁判官、弁護士(第一東京弁護士会、鳥飼総合法律事務所)。 京都大学法学部卒業。名古屋地方裁判所長、広島高等裁判所長官などを歴任。専門は商法で、法務省(出向)時代には商法改正を手がけた。定年退官後は早稲田大学法科大学院客員教授として商法を担当した。2005年商法改正には批判的で、「企業会計」(58巻6号)では、会社法立案担当者であった郡谷大輔と会社法の主要論点について議論の応酬を繰り広げた。 1960年(昭和35年)に京都大学法学部を卒業後、第14期司法修習生。1962年(昭和37年)4月10日に東京地方裁判所・東京家庭裁判所判事補任官。
本林 徹(もとばやし とおる、1938年1月5日 - )は、… 本林 徹(もとばやし とおる、1938年1月5日 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会元会長。現在、松田綜合法律事務所の顧問である。森綜合法律事務所(森・濱田松本法律事務所の前身事務所)の創設メンバー。 森綜合法律事務所時代の特徴の1つとして、「弁護士一人ひとりの個性や自由を大切にし、楽しく仕事をすることをモットーにしました」という点を挙げている。「雰囲気が楽しいと、仕事がきつくても精神的ストレスが意外とありません。例えば、裁判に勝ったとか、大きな案件が落着したときは、担当弁護士が事務所の全員にケーキをおごることが慣例でした」 得意分野は、企業法務全般、国内・国際商取引および各種紛争解決。本林弁護士が、米国ハーバード・ロースクールに留学して得たことは、アメリカでは市民が裁判を起こしやすいこと、事件に関連のある証拠を、裁判所が強制的に命令して出させる制度があることであった。
白井 博文(しらい ひろふみ、1938年1月1日 - )は、… 白井 博文(しらい ひろふみ、1938年1月1日 - )は、日本の政治家、裁判官、弁護士。元山口県山陽小野田市長(3期)。 山口県山陽小野田市出身。九州大学法学部卒業。 1968年から2002年12月まで裁判官を務めた。2003年1月、法律事務所を開設。2005年3月まで旧小野田市顧問弁護士を務めた。
後藤 孝典(ごとう たかのり、1938年 - )は、日本の弁… 後藤 孝典(ごとう たかのり、1938年 - )は、日本の弁護士および税理士。東京弁護士会・東京税理士会所属。 水俣病被害者救済運動に関わり、一株運動を提案発起、チッソ株主総会議決取消訴訟、熊本県知事による水俣病認定否定の行政処分の取消を求める行政不服審査請求をはじめとする数々の民事・行政事件で勝訴を勝ち取ってきた。著書に『現代損害賠償論』(日本評論社)など。 チリ人女性アニータ・アルバラードと結婚した同公社職員が多額の横領を行ったことが発覚、職員が逮捕された。横領額のうち約11億円がチリ人妻に渡ったとされ、チリ人妻はサンティアゴ郊外に豪邸を建てた。チリの法律によれば、妻の財産は夫の財産となるため、夫の財産権を行使し、裁判手続きによらないで、1回目に7200万円、2回目に2100万円をそれぞれ回収した。
大国 和江(おおくに かずえ、1938年 - )は、日本の法… 大国 和江(おおくに かずえ、1938年 - )は、日本の法律家、弁護士。和法律総合事務所代表。 1938年生まれ。広島女学院中学校・高等学校、中央大学卒業。1968年弁護士登録。広島弁護士会所属。1986年から1987年広島弁護士会副会長、1996年から1997年には広島弁護士会会長、中国地方弁護士連合会理事長を歴任。2003年から2004年には日本弁護士連合会副会長をつとめた。女性で同会副会長に選任されたのは1949年発足以来初。法務局人権擁護委員会、広島県人権擁護委員連合会会長、中国人権擁護委員連合会会長、全国人権擁護委員連合会副会長、財団法人広島市母子寡婦福祉連合会顧問など委員も歴任。ひろしま女性大学、エソールひろしま大学法律講座講師。
堀口 勝正(ほりぐち かつまさ、1937年12月22日-)は… 堀口 勝正(ほりぐち かつまさ、1937年12月22日-)は、日本の弁護士。元次長検事。 香川県生まれ。1960年中央大学法学部卒業。1961年司法修習生、検事任官。 1990年最高検察庁検事、1991年奈良地検検事正、1993年水戸地検検事正、1995年7月最高検総務部長、1996年6月同・刑事部長。北島敬介のあとを受けて、次長検事(1997年12月2日-1999年12月22日)を務めて退官した。2006年4月現在、弁護士、帝京大学客員教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
木谷 明(きたに あきら、1937年〈昭和12年〉12月15… 木谷 明(きたに あきら、1937年〈昭和12年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月21日)は、日本の弁護士、裁判官。位階勲等は従三位瑞宝重光章。東京高等裁判所部総括判事等を歴任し、退官後に法政大学法科大学院教授を務めた。 囲碁棋士・木谷實九段の次男。神奈川県平塚市に生まれる。女流棋士の小林禮子、アナウンサーの吉田智子は妹。 神奈川県立平塚江南高等学校を経て、東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、1961年(昭和36年)に大学を卒業して司法研修所に入所。司法修習を経て、1963年(昭和38年)に判事補任官(東京地裁)。最高裁事務総局刑事局付、最高裁判所調査官、水戸家裁所長、水戸地裁所長などを経て、2000年(平成12年)5月に東京高裁部総括判事を最後に依願退官。
熊本 典道(くまもと のりみち、1937年〈昭和12年〉10… 熊本 典道(くまもと のりみち、1937年〈昭和12年〉10月30日 - 2020年〈令和2年〉11月11日)は、日本の裁判官、弁護士。袴田事件第1審の担当判事(左陪席)として無罪の心証を形成しつつも裁判長・右陪席の説得に失敗し死刑判決を下したが、後年良心の呵責から合議の秘密を破って被告人(袴田巌)の無実を訴えた人物として知られる。 1937年(昭和12年)佐賀県東松浦郡打上村(後の鎮西町、現:唐津市)に生まれる。父母ともに小学校教員をつとめる家庭の長男として厳格な教育を受ける。 1953年(昭和28年)に鎮西町立打上中学校(現:唐津市立海青中学校)卒業、佐賀県立唐津高等学校(在学中に分離により佐賀県立唐津東高等学校となる)入学。
前野 育三(まえの いくぞう、1937年8月10日 - )は… 前野 育三(まえの いくぞう、1937年8月10日 - )は、日本の法学者、弁護士。関西学院大学名誉教授。専門は、刑事法(刑法、刑事政策、少年法)。元民主主義科学者協会法律部会理事。法学修士。兵庫県出身。2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
金子 晃(かねこ あきら、1937年(昭和12年)7月31日… 金子 晃(かねこ あきら、1937年(昭和12年)7月31日 - )は、日本の会計学者、弁護士、法学博士、慶應義塾大学名誉教授、元会計検査院長(2期)、会計検査院検査官。公認会計士・監査審査会(金融庁)会長。瑞宝大綬章受章。 公共調達と競争政策に関する研究会座長、独占禁止法基本問題懇談会座長代理、社会保険庁の在り方に関する有識者会議座長、経済企画庁国民生活審議会委員、公正取引委員会独占禁止懇話会委員、国民生活センター非常勤理事、再販問題検討小委員会座長、建設業適正取引推進機構内官製談合防止法遵守の手引研究委員会座長、日本証券業協会規律委員会委員等を歴任。
佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013… 佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013年1月23日)は、日本の通産官僚、政治家、弁護士(登録番号:32402)。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。
角田 義一(つのだ ぎいち、1937年〈昭和12年〉6月9日… 角田 義一(つのだ ぎいち、1937年〈昭和12年〉6月9日 - 2024年〈令和6年〉2月23日)は、日本の政治家、弁護士。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 参議院議員(3期)、参議院副議長(第25代)、法務政務次官(村山内閣)、群馬県議会議員(3期)、民主党群馬県連会長、立憲民主党群馬県連最高顧問などを務めた。 群馬県勢多郡横野村(赤城村を経て現・渋川市)生まれ。弁護士・角田儀平治の長男。群馬県立前橋高等学校から京都大学法学部に進み、1962年卒業。同年司法試験合格。司法修習を経て1965年群馬弁護士会に登録し弁護士となる。 1971年、群馬県議会議員選挙に日本社会党公認で立候補し初当選。県議会では「県情報公開条例」の制定や「県央処理場設置問題」の調停などに取り組む。
神田孝夫(かんだ たかお、1937年6月3日 - )は、日本… 神田孝夫(かんだ たかお、1937年6月3日 - )は、日本の法学者(民法)、弁護士。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1989年)。小樽商科大学名誉教授、元北海学園大学大学院法務研究科教授。北海道斜里郡斜里町出身。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023年2月7日)は、日本の弁護士。弁護士法人髙井・岡芹法律事務所の創業者、元代表社員。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。 この他、財団法人カシオ科学振興財団監事、財団法人労働科学研究所評議員、財団法人日本盲導犬協会理事長等々を歴任。
高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025… 高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025年8月3日)は、日本の法学者・法務官僚・弁護士。学位は、法学博士(京都大学)。立教大学法学部教授・京都大学大学院法学研究科教授・帝京大学教授などを歴任。 東京市渋谷区生まれ。1955年東京都立小石川高等学校卒業、1959年司法試験合格、1960年東京大学法学部卒業。 1962年東京地方裁判所判事補、その後法務省民事局参事官(外務省条約局併任)、1968年コロンビア大学修士課程修了。1976年辞職。1988年立教大学法学部教授、1993年京都大学大学院法学研究科教授、2000年定年、帝京大学教授、2003年成蹊大学大学院法務研究科教授、2013年退職。
岡村 堯(おかむら たかし、1937年1月2日 - )は、日… 岡村 堯(おかむら たかし、1937年1月2日 - )は、日本の法学者・弁護士・環境運動家。学位は、法学博士(九州大学・1974年)(学位論文「ヨーロッパ共同体裁判所による司法的規制の研究 ヨーロッパ共同体裁判所判例を中心としたヨーロッパ共同体法の実証的研究」)。上智大学名誉教授、 中国生まれ。九州大学法学部卒、1965年同大学院法学研究科修士課程修了、同大学法学部助手。 西南学院大学法学部助教授、教授、1982年上智大学法学部教授、地球環境研究所長、2007年定年、名誉教授。 1974年学位論文「ヨーロッパ共同体裁判所による司法的規制の研究 ヨーロッパ共同体裁判所判例を中心としたヨーロッパ共同体法の実証的研究」で九州大学より法学博士の学位を取得。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護士。髙井・岡芹法律事務所会長。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。 専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。
北島 敬介(きたじま けいすけ、1936年11月27日 - … 北島 敬介(きたじま けいすけ、1936年11月27日 - 2008年3月2日)は、東京都出身の検事総長、弁護士。正三位瑞宝大綬章。東京地検検事正時代には、ゼネコン汚職事件の捜査を指揮したことでしられている。
山崎 正友(やまさき まさとも、1936年(昭和11年)11… 山崎 正友(やまさき まさとも、1936年(昭和11年)11月26日 ‐ 2008年(平成20年)12月29日)は、日本の元弁護士。岡山県出身。京都大学法学部卒業。創価学会の元副理事長・創価学会の元顧問弁護士などの役職を務めた。「山友(やまとも)」と略称されることもある。池田大作(名誉会長)が執筆した小説『新・人間革命』の登場人物「山脇友政」のモデルとなる。 1980年(昭和55年)頃に創価学会から除名された。 詳細は「創価学会#創価学会に対する批判」を参照。 1936年(昭和11年)に岡山県で生まれた。岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、1955年(昭和30年)に京都大学法学部に入学。大学入学後に腎臓病を患い入退院を繰り返した。
梶谷 剛(かじたに ごう、1936年11月22日 - )は、… 梶谷 剛(かじたに ごう、1936年11月22日 - )は、日本の弁護士。梶谷綜合法律事務所主宰者。元日本弁護士連合会会長、元日本司法支援センター理事長。東京都出身。
滝井 繁男(たきい しげお、1936年(昭和11年)10月3… 滝井 繁男(たきい しげお、1936年(昭和11年)10月31日 - 2015年(平成27年)2月28日)は、日本の弁護士。2002年から2006年まで最高裁判所判事。大阪弁護士会所属。兄は小説家の和久峻三。 1961年、京都大学法学部卒業後に司法修習。1963年弁護士登録。法制審議会民訴法部会委員、大阪弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長などを歴任。いわゆる人権派弁護士として、大阪空港騒音訴訟や医療過誤訴訟の原告代理人を務めた。また尾上縫の破産管財人を務め、日本興業銀行の責任を追及した。 2002年、最高裁判所判事に就任。グレーゾーン金利判決で、多重債務者を救済し、その後の過払い金返還訴訟によって、サラ金を”殺した”男として知られる。
山根 二郎(やまね じろう、1936年9月27日 - )は、… 山根 二郎(やまね じろう、1936年9月27日 - )は、日本の弁護士(登録番号9881、長野県弁護士会所属)、思想家。現在は山根二郎法律事務所の代表を務めている。日本の法曹界において数々の大事件に関与し、環境問題や社会問題にも積極的に取り組んでいる。特に、法廷闘争の在り方に革新をもたらし、その名は『朝日人物事典』にも記載されている。 1936年、東京都千代田区隼町で生まれる。名付け親は父親と親交があった川島浪速で、当初「興亞」(おきつぐ)と名付けられるも、高校3年時に「二郎」に改名。幼少期には隼町から平河町に転居。1943年4月、永田町国民学校(現・永田小学校)に入学し、翌年には東條英機首相の挨拶を最前列で聴いた経験を持つ。
加地 和(かじ やまと、1936年9月16日 - 2008年… 加地 和(かじ やまと、1936年9月16日 - 2008年9月14日)は、日本の政治家(衆議院議員)、弁護士、税理士。京都府出身。自由民主党所属の京都市会議員、加地浩は二男。妻の勝子は元京都府議会議員(綾部市選挙区)・綾部市議会議員の長岡巻太郎の二女。父の加地弥一は元京都市会議員(上京区選出)。
坂本 恭一(さかもと きょういち、1936年(昭和11年)8… 坂本 恭一(さかもと きょういち、1936年(昭和11年)8月22日 - )は、日本の政治家・弁護士。熊本県出身。中央大学法学部卒業。元衆議院議員(2期)。現在は、坂本恭一法律事務所長。 熊本県に生まれる。1960年(昭和35年)中央大学法学部を卒業する。在学中は真法会に所属していた。1961年(昭和36年)司法試験合格。司法修習生を経て、1964年(昭和39年)弁護士登録。主に人権派弁護士として活動する。 1972年(昭和47年)12月10日、第33回衆議院議員総選挙に、熊本県第1区より日本社会党公認候補として立候補し、初当選する(以降2期)。1973年(昭和48年)には日ソ親善協会青年代表団団長としてソビエト連邦を訪問した。
永田 恒治(ながた つねはる、1936年8月8日 - 201… 永田 恒治(ながた つねはる、1936年8月8日 - 2016年3月28日)は、日本の弁護士。松本サリン事件において、事件の第一通報者で、一時は事実上の容疑をかけられる状態にあった河野義行を、弁護士として支援したことで知られる。 長野県東筑摩郡山形村出身。 東京大学法学部卒業。当初は官僚を目指していたが、60年安保闘争の中で、向坂逸郎の指導下で政治運動に関わり、公安条例違反での逮捕も経験した。30歳を過ぎてから弁護士を志し、1972年に弁護士登録して、松本市で弁護士事務所を開業し、1991年から1992年にかけては長野県弁護士会の会長も務めた。 松本サリン事件の際には、警察が、被疑者不詳のまま河野宅を家宅捜索し、さらに河野に長時間の事情聴取を行なったこと、また、マスコミが河野を犯人同然に扱う報道を展開したことを厳しく批判し、河野の人権擁護と、後の名誉回復に尽力した。
冬柴 鐵三(ふゆしば てつぞう、1936年〈昭和11年〉6月… 冬柴 鐵三(ふゆしば てつぞう、1936年〈昭和11年〉6月29日 - 2011年〈平成23年〉12月5日)は、日本の弁護士、政治家。
木下 毅(きのした つよし、1936年6月10日 - )は、… 木下 毅(きのした つよし、1936年6月10日 - )は、日本の法学者(英米法)、弁護士(第一東京弁護士会)。法学博士(東京大学・課程博士・1971年)。 山口県下関市出身。伊藤正己に師事。 大木雅夫から盗作を指摘され、中央大学から調査を受けたが、著作権法違反とは断定できないが、引用先を明示していない個所が多数あり、学者として倫理上問題があったとして、2004年に職務停止3か月の懲戒処分を受けた。問題となった著書は『比較法文化論』と『アメリカ法入門・総論』の2冊。
濱田 邦夫(はまだ くにお、1936年5月24日 - )は、… 濱田 邦夫(はまだ くにお、1936年5月24日 - )は、日本の弁護士、裁判官。学位はLL.M.(ハーバード大学・1966年)。勲等は旭日大綬章。日比谷パーク法律事務所客員弁護士。「濱」が旧字体のため、新字体で浜田 邦夫(はまだ くにお)と表記されることもある。
増本 一彦(ますもと かずひこ、1936年5月9日 - 20… 増本 一彦(ますもと かずひこ、1936年5月9日 - 2022年2月6日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認)。日本共産党神奈川県後援会代表委員。 神奈川県藤沢市出身。中央大学卒業後、弁護士を開業。日本共産党神奈川県委員や同県憲法会議幹事長を経て、1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧神奈川県第3区から立候補し初当選を果たす。当選1回。 政界を引退した後は、現役の弁護士(横浜弁護士会所属)として、消費税をなくす会の常任世話人などを務めた。 2022年2月6日、胆管がんのため、鎌倉市内の病院で死去。85歳没。
佐藤 歳二(さとう としじ、1936年4月23日 - )は、… 佐藤 歳二(さとう としじ、1936年4月23日 - )は、日本の裁判官、弁護士。東京地方裁判所部総括判事、最高裁判所上席調査官、司法研修所上席教官、横浜地方裁判所所長、早稲田大学法学部特任教授、司法協会理事長、TMI総合法律事務所顧問弁護士等を歴任。 1955年秋田県立角館高等学校卒業。1959年中央大学法学部卒業。1964年裁判官任官、仙台地方裁判所判事補。東京地方裁判所判事、司法研修所教官(民事裁判担当)、東京地方裁判所判事、最高裁判所事務総局民事局第一課長兼第三課長、東京地方裁判所部総括判事、司法研修所教官(第一部裁判官担当・民事)、最高裁判所上席調査官、東京地方裁判所所長代行等を経て、1996年新潟地方裁判所所長。
山花 貞夫(やまはな さだお、1936年〈昭和11年〉2月2… 山花 貞夫(やまはな さだお、1936年〈昭和11年〉2月26日 - 1999年〈平成11年〉7月14日)は、日本の政治家、弁護士。 政治改革担当大臣(細川内閣)、衆議院懲罰委員長、衆議院議員(8期)、民主党選挙対策委員長(初代)、日本社会党委員長(第12代)、日本社会党書記長(第12代)などを歴任。 父は日本社会党副委員長、衆議院議員、参議院議員などを務めた山花秀雄。長男は衆議院議員を務めた山花郁夫。 東京都出身。早稲田中学校・高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。22歳で司法試験に合格し、司法修習第13期を修了。司法修習の同期には堀田力、横山昭二、一井淳治らがいる。1961年に弁護士登録し、日本労働組合総評議会(総評)弁護団に加わっていた。
宮本 康昭(みやもと やすあき、1936年〈昭和11年〉2月… 宮本 康昭(みやもと やすあき、1936年〈昭和11年〉2月26日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は刑法。ひめしゃら法律事務所所属、元東京経済大学現代法学部教授、元裁判官。満洲国チチハル市出身。 九州大学法学部法律学科卒業。司法試験合格後、司法修習(13期)を経て、1961年(昭和36年)4月に判事補へ任官にする。1964年(昭和39年)、簡易裁判所判事に任官し、簡易裁判所判事が本務、判事補が兼務となる。なお、司法修習の同期には、のちに最高裁判所長官に就任した町田顕、のちに法務省官房長に就任した堀田力がいた。 1967年(昭和42年)5月、東京地方裁判所に赴任。1970年(昭和45年)4月、熊本地方・家庭裁判所に赴任。
一井 淳治(いちい じゅんじ、1936年2月11日 - 20… 一井 淳治(いちい じゅんじ、1936年2月11日 - 2023年10月31日)は、日本の政治家、弁護士(岡山弁護士会、一井法律事務所)。参議院議員(2期)を務め、民主党結成にも加わった。 東京大学法学部中退。1958年、司法試験に合格し司法修習13期(同期に堀田力、横山昭二、山花貞夫らがいた)。公明党顧問弁護士、岡山弁護士会副会長等を務めた。 1986年の第14回参議院議員通常選挙で岡山県選挙区に無所属で立候補し初当選。当選後、日本社会党に入党。1992年の第16回参議院議員通常選挙で再選。1995年、村山改造内閣の農林水産政務次官に就任。その後、社会民主党から旧民主党へ移籍。民主党結成後の1998年に行われた第18回参議院議員通常選挙で落選した。
大巻 忠一(おおまき ちゅういち、1936年(昭和11年) … 大巻 忠一(おおまき ちゅういち、1936年(昭和11年) - )は、日本の弁護士。岩手大学出身の法曹の一人。函館弁護士会会長、北海道弁護士会連合会副会長、日本弁護士連合会理事を歴任。 岩手県出身。1962年(昭和37年)岩手大学農学部卒業。1966年(昭和41年)旧司法試験に合格。1969年(昭和44年)弁護士登録。大巻忠一法律事務所を開設。1972年(昭和47年)函館弁護士会副会長に就任。1980年(昭和55年)函館弁護士会会長に就任。北海道弁護士会連合会副理事長や、日本弁護士連合会理事にも就任。1985年(昭和60年)函館弁護士会会長、北海道弁護士連合会副会長、日本弁護士連合会理事に再任。