松藤 竹二郎(まつふじ たけじろう、1949年 - )は日本… 松藤 竹二郎(まつふじ たけじろう、1949年 - )は日本の作家・ジャーナリスト。 娘はオペラ歌手の松藤夢路。 1973年、慶應義塾大学法学部卒業後、毎日新聞社入社。主に出版局で文化・社会・スポーツなどの分野を担当して、サンデー毎日や毎日グラフなどで活動した。その後事業本部、メディア局勤務を経て出版社毎日ワンズに移り、現在同社代表取締役。 近年は記者時代にヘンリー・キッシンジャー米国務長官やアルベルト・フジモリ大統領らを取材した経験をもとに「戦後史」「地球化時代のリーダー」をテーマに執筆活動を続けている。
竹間忠夫(ちくま ただお、1949年 - )は、日本の経済ジ… 竹間忠夫(ちくま ただお、1949年 - )は、日本の経済ジャーナリスト。 東京都出身。埼玉大学理工学部化学科卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
一ノ宮 美成(いちのみや よしなり、1949年 - 2024… 一ノ宮 美成(いちのみや よしなり、1949年 - 2024年)は、日本のフリーランスジャーナリスト。大分県出身。 同志社大学文学部卒業後、新聞記者(紙名未詳)を経てフリーランス。『蠢く懲りない面々』『同和利権の真相』シリーズなどの著書でグループK21や寺園敦史らとともに同和利権に対する批判記事を執筆。とくにハンナン事件を疑惑の段階から報道を続け結果として浅田満逮捕への道を開いた。その後も大阪市と部落解放同盟関係者・関連団体との癒着ぶり(飛鳥会事件で逮捕される小西邦彦やのちに破たんする芦原病院への補助金の流れなど)も2006年に問題が発覚する以前に報じ、關淳一市政(2期目)以降の大阪市役所の同和予算打ち切り措置にも大きな影響を与えた[要出典]。
熊木 茂夫(くまき しげお、1949年 - )は、日本のジャ… 熊木 茂夫(くまき しげお、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、作家。長野県生まれ。 流通経済大学卒業。卒業後、物流専門誌記者を経てフリージャーナリストとなる。 1988年より、株式会社通運情報社代表取締役社長。物流業界誌「日刊通運情報」を発刊すると共に、ジャーナリスト・作家として著作を発表している。 物流業界誌で構成される「日本物流記者会」の会長も務めている。
曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャー… 曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、阪南大学教授。 イランイラク戦争、レバノン戦争、湾岸戦争(イスラエル)など4つの戦争を取材。外国人労働者問題でバングラデシュ取材。終戦50年「ヒットラーの子供たちの国は今」取材。聾唖者窃盗裁判継続取材。95年に環境ホルモンを扱った「2つの海の物語」取材。98年に北朝鮮取材。99年に特攻の妻取材。2007年から「限界集落」を継続取材。豊島報道ではJNN「筑紫哲也NEWS23」に15回超の特集 〇印は豊島ドキュメンタリー*印は聾唖者裁判ドキュメンタリー
山口 正紀(やまぐち まさのり、1949年 - 2022年)… 山口 正紀(やまぐち まさのり、1949年 - 2022年)は、日本のジャーナリスト。元読売新聞記者。 1949年、大阪府堺市生まれ。大阪市立大学経済学部卒業。1973年、読売新聞入社。宇都宮支局、甲府支局、東京本社地方部、婦人部・生活情報部、情報調査部、データベース部などを経て2003年12月末退社。以後、フリージャーナリストとして活動。 1997年から『週刊金曜日』に「人権とメディア」を隔週連載中。 2022年12月、癌のため死去。
斎藤 勉(さいとう つとむ、1949年 - )は日本のジャー… 斎藤 勉(さいとう つとむ、1949年 - )は日本のジャーナリスト。産業経済新聞社論説顧問。ソ連が独裁体制を放棄することを世界に先駆けスクープした。 埼玉県熊谷市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。産経新聞社に入社。水戸支局、社会部、外信部を経てテヘラン特派員、モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長、正論調査室長などを歴任し、2007年、取締役編集局長、2008年、常務取締役編集局長、2011年、専務取締役サンケイスポーツ・夕刊フジ担当、2017年、副社長大阪代表、2018年、論説顧問。 ソ連とロシアに特派員として通算9年近く在住し、一連のソ連・東欧報道でボーン・上田記念国際記者賞(1989年)、「ソ連、共産党独裁を放棄へ」のスクープ(産経新聞1990年2月3日)で日本新聞協会賞(1990年)を受賞している。
宮田 一雄(みやた かずお、1949年 - )は、日本のジャ… 宮田 一雄(みやた かずお、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、産経新聞特別記者兼論説委員、iRONNA編集長。長年、AIDSやHIVなど感染症の取材を続けており、公益財団法人エイズ予防財団の理事も務める。
多賀 幹子(たが みきこ、1949年 - )は、東京都出身の… 多賀 幹子(たが みきこ、1949年 - )は、東京都出身のフリージャーナリストである。 東京都生まれ。東京都杉並区の区立中学校の生徒であった時期がある。お茶の水女子大学文教育学部国文科 卒。広告会社の編集者、編集長を経て、フリージャーナリストへ。女性・教育・異文化を取り上げる。 メーカー勤務の夫の転勤のため、1983年から5年間アメリカ合衆国のニューヨークに滞在。 帰国後の1989年6月23日付け朝日新聞「論壇」に、「米国型誘拐に警戒を強めよ」を掲載し、米国におけるチャイルドミッシングを紹介。その後現在に至る「子供を狙った事件の頻発」論に道を開くと同時に、男の子であっても油断はならないと主張した。
室谷 克実(むろたに かつみ、1949年(昭和24年) - … 室谷 克実(むろたに かつみ、1949年(昭和24年) - )は、日本の評論家・ジャーナリスト。 東京都出身。慶應義塾大学法学部を卒業後に時事通信社へ入社し、政治部記者、ソウル特派員、宮崎支局長、宇都宮支局長、時事解説編集長、時事評論編集長、地域づくり編集長などを歴任。2009年(平成21年)の定年退職後より評論活動に入り、大韓民国に関する書籍・記事を出版している。『夕刊フジ』で毎週木曜日にコラム「新・悪韓論」を連載している。 『Voice』に掲載されている「超韓流猫コリにゃん」の単行本化作品。 定年退職(2009年)以降の論説をリストにあげる。 2013年(平成25年)6月25日から同年7月9日まで、連載コラム「韓国の真実」を産経新聞グループに寄稿した。
沢田 猛(さわだ たけし、1948年12月 - )は日本のジ… 沢田 猛(さわだ たけし、1948年12月 - )は日本のジャーナリスト、 ノンフィクション作家。元毎日新聞記者。 炭坑労働者のじん肺患者や東京大空襲、中国・重慶爆撃の空襲被害者らの追跡ルポルタージュを書いている。 東京都大田区生まれ。1972年(昭和47年)3月、法政大学社会学部卒業。1975年(昭和50年)5月、毎日新聞社入社、静岡支局に配属され、整理本部、西部本社整理部、東京本社学芸部、生活家庭部、社会部を経て、2008年12月、社会部編集委員で退職。 この間、中央大学法学部、法政大学社会学部で兼任講師として「メディア表現論」「卒業演習」を担当。
東 玲治(ひがし れいじ、1948年11月 - 2008年1… 東 玲治(ひがし れいじ、1948年11月 - 2008年10月21日)は、愛媛県出身のジャーナリスト。元サンケイ新聞(現産経新聞)記者。 愛媛県温泉郡南吉井村(後の重信町、現東温市)生まれ。愛媛県立松山東高等学校、松山商科大学(現松山大学)経済学部卒。 1971年、サンケイ新聞入社。高松、松山支局、大阪本社等で勤務。 1974年、甲山事件で逮捕された容疑者について、犯人であるとする警察・検察側の論拠が成立しないことをつかみ他社に先駆けスクープ。検察は証拠不十分で容疑者を釈放した。 1984年、愛媛県の県立高校新設に関し、県が地方財政法で禁止されている負担金を松山市に要求したとの疑惑を報道。同内容の記事を書き県から取材拒否された日刊新愛媛が県を相手取り提訴に踏み切ると、日刊新愛媛側の証人として法廷に立った。
小滝 透(こたき とおる、1948年9月27日 - )は、日… 小滝 透(こたき とおる、1948年9月27日 - )は、日本出身のジャーナリスト、ノンフィクション作家である。 盛岡市立桜城小学校卒、京都市立旭丘中学卒、京都市立紫野高校卒、金沢大学法文学部文学科中退、サウジアラビア王立リヤド大学文学部アラビック・インスティチュート卒、ノンフィクション作家。主として、宗教、歴史、政治等をフィールドとする。第2回・第9回毎日21世紀賞を受賞。これを契機に作家活動を始める。 金沢大学在学中は全共闘運動に参加。運動の終息期に師・築山力(蒙古善隣協会・興亜義塾モンゴル班三期生出身)に勧められ、イスラム青年同盟を結成。全共闘の友人らと共にアラブ・イスラーム世界に留学。小滝自身はサウジアラビアでアラビア語とイスラームを学ぶ。
高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、… 高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、日本の国際ジャーナリスト、中国研究者、北海道大学名誉教授、桜美林大学教授。中国メディアの研究を中心に日中関係、現代中国政治などが専門。 兵庫県神戸市生まれ。1972年東京外国語大学中国語学科卒業。読売新聞社入社、福島支局、千葉支局、社会部、1980年外報部、1982-1984年テヘラン支局、1986年北京支局、1987-1990年北京特派員、上海特派員、北京支局長、外報部次長、論説委員。天安門事件、鄧小平死去などを現地で取材。1999年北海道大学言語文化部教授。2000年同国際広報メディア観光学院教授。学院長をへて2012年定年退任、名誉教授。
小宮山 洋子(こみやま ようこ、1948年〈昭和23年〉9月… 小宮山 洋子(こみやま ようこ、1948年〈昭和23年〉9月17日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家。 厚生労働大臣(第14代)、内閣府特命担当大臣(少子化対策)(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、厚生労働副大臣(菅直人第1次改造内閣)、衆議院議員(4期)、参議院議員(1期)、民主党財務委員長、NHK解説委員・アナウンサーを務めた。 元東京大学総長の加藤一郎は実父。現在の本名は「小宮山洋子」。出生名は「加藤洋子」。かつての本名は「根岸洋子」であった。 東京大学総長や成城学園学園長を歴任した加藤一郎の娘として東京都に生まれた。母方の祖父は大蔵大臣や初代大東亜大臣を務めた青木一男、父方の祖父は北海道銀行頭取を務めた加藤守一。
加藤 信夫(かとう のぶお、1948年9月14日 - )は、… 加藤 信夫(かとう のぶお、1948年9月14日 - )は、宮崎県串間市出身のジャーナリスト。
神志名 泰裕(かしな やすひろ、1948年9月9日 - )は… 神志名 泰裕(かしな やすひろ、1948年9月9日 - )は、政治ジャーナリスト。元NHK解説委員長。担当分野は政治。 大分県出身。大分県立佐伯鶴城高等学校、大阪大学法学部卒業後、1971年NHKに入局。 政治部を中心に30年以上の記者経験を元に、日本放送協会(NHK)の番組でのニュース解説等を行っている。 2005年6月から、今井義典元・NHK副会長の後を継ぎ解説委員長を3年間務めた。この間、ニュース解説の特集で司会進行役となった。2008年6月から、解説主幹。2013年10月1日定年退職。政治ジャーナリスト、公益財団法人明るい選挙推進協会評議員、日本政治総合研究所理事を務める。 2020年、日本政治法律学会より報道学会賞を受賞。
伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28… 伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家(政治アナリスト)。 神奈川県出身。学習院大学法学部を卒業後、出版社勤務を経て、1973年に自由民主党本部事務局へ入職。自民党では広報を担当し、1989年から1992年まで自民党政治改革事務局主査補として政治改革大綱を取りまとめる。その後、羽田孜らと行動を共にして1994年に自民党を退職、1995年から新進党総務局、1996年から太陽党、1998年に民政党および民主党の事務局に勤務。太陽党以後は、いずれも事務局長を務めた。 新党の結成に次々と立ち会ったことから「新党請負人」の異名を持つ。2001年、民主党を退職し、政治アナリストとして独立。
太田 公子(おおた きみこ、1948年8月 - )は、日本の… 太田 公子(おおた きみこ、1948年8月 - )は、日本のアナウンサー、福祉ジャーナリスト、政治家。旧姓、中川(なかがわ)。 東京都出身、神奈川県川崎市育ち。東京都立新宿高等学校を経て共立女子短期大学英語学科卒業。福島中央テレビ、テレビ神奈川にて初代アナウンサーとして在職後にフリーアナウンサーに。その後、川崎市議会議員(1期)を歴任した。 高校での現代国語の授業での朗読でのセンスを買われ担当教師からアナウンサーへの道を勧められる。短大に通いながらアナウンスアカデミーにて勉強の末、1970年4月1日、福島中央テレビにアナウンサーとして入社、放送界入り。1972年、テレビ神奈川初代アナウンサーを経てフリーアナウンサーとして活動。
浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月2… 浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )は、日本のジャーナリスト。「人権と報道・連絡会」世話人。元同志社大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。
萩谷 順(はぎたに じゅん、1948年7月11日 - )は、… 萩谷 順(はぎたに じゅん、1948年7月11日 - )は、日本のジャーナリスト、法政大学名誉教授。元朝日新聞編集委員。 東京都出身。祖父は大阪の医師の萩谷理平治。父萩谷朴は国文学者、二松學舍大学と大東文化大学の名誉教授。母松江は安田銀行(現みずほ銀行)創業者の安田善次郎の三男で安田銀行頭取の安田善五郎の四女。戦前の歌手の徳山璉は義理の叔父にあたる。 学習院初等科、学習院中・高等科、東京大学法学部を卒業し1971年朝日新聞社入社。学習院の同級生に政治家の鳩山邦夫、作曲家の都倉俊一、東京大学名誉教授の能見善久、日本郵政社長の長門正貢などがいる。学習院高等科では第一外国語としてドイツ語を専攻。 宇都宮、長野両支局勤務の後、政治部、外報部、Deutsche Welle(ドイツ国際放送)派遣、カイロ特派員、ウィーン特派員、外報部次長、ボン特派員、英文雑誌ジャパン・クオータリー編集長などを歴任した。
藤澤 秀敏(ふじさわ ひでとし、1948年(昭和23年)7月… 藤澤 秀敏(ふじさわ ひでとし、1948年(昭和23年)7月8日 - )は、日本のジャーナリスト。元東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会広報局長。元NHK解説委員長(2008年 - 2012年)。 徳島県出身。1964年4月 徳島県立脇町高等学校に入学。高校時代にAFSプログラムにより米国へ1年間留学。徳島県立脇町高等学校を卒業後、早稲田大学政治経済学部に入学。同大学を卒業後の1973年、記者としてNHKに入局。初任地は『札幌放送局』。1978年より放送総局報道局外信部(現在の国際部)に配属。東京での勤務を経て、1982年より海外特派員として香港に駐在。1984年に渡米し、ロサンゼルス、ワシントン特派員を経験。
青木 冨貴子(あおき ふきこ、1948年7月7日 - )は、… 青木 冨貴子(あおき ふきこ、1948年7月7日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 青木書店創業者青木春雄(春男、1917年 - 2006年)の二女として東京都千代田区神田神保町で生まれた。成城大学経済学部卒業後、音楽専門誌『Gutsガッツ』(集英社発行)で働き、当時人気の出てきた「学生街の喫茶店」のガロ、「ひこうき雲」を出した荒井由実、「青春の影」のチューリップほか、吉田拓郎、かぐや姫、キャロル、井上陽水などニューミュージックの担い手たちに取材して記事を書いた。洋楽ではデヴィッド・ボウイにインタビュー、ジョン・レノンとヨーコ・オノについても多くの記事を発表している。1978年に音楽の仕事を辞め、短期間アメリカ滞在したのち、1981年にノンフィクションのデビュー作『ライカでグッドバイ』を発表し、第2作『アメリアを探せ』刊行後の1984年、『ニューズウィーク日本版』ニューヨーク支局長に抜擢された。
奥野 修司(おくの しゅうじ、1948年7月5日- )は、日… 奥野 修司(おくの しゅうじ、1948年7月5日- )は、日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家。 大阪府出身。立命館大学経済学部卒業。1978年より移民史研究者で評論家の藤崎康夫に師事して南米で日系移民調査を行う。帰国後、フリージャーナリストとして女性誌などに執筆。1998年「28年前の『酒鬼薔薇』は今」(文藝春秋1997年12月号)で、第4回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞受賞。 2006年『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、第27回講談社ノンフィクション賞・第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。同年発行の『心にナイフをしのばせて』は高校生首切り殺人事件を取り上げ、8万部を超えるベストセラーとなった。
河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月2… 河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月28日 - )は、長く読売新聞記者として、おもに歌舞伎を取材した芸能ジャーナリスト、演劇評論家、兵庫県出身。 1973年に早稲田大学第一法学部を卒業し、読売新聞東京本社に入社した。水戸支局や整理部を経て、1985年に芸能部(後の文化部)に移って歌舞伎を中心とした演劇担当となった。その後、部次長、専門委員などを経て退社し、2008年から読売・日本テレビ文化センター勤務となった。この間、文化庁芸術祭、芸術選奨、鶴屋南北戯曲賞の選考委員や、放送大学非常勤講師、日本演劇協会会員なども務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
澤 雄二(さわ ゆうじ、1948年〈昭和23年〉4月22日 … 澤 雄二(さわ ゆうじ、1948年〈昭和23年〉4月22日 - 2025年〈令和7年〉1月3日)は、日本のジャーナリスト、テレビプロデューサー、政治家。 フジテレビ国際局次長を経て、参議院議員(1期)、農林水産大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、参議院法務委員長などを務めた。 大阪府大阪市天王寺区に生まれる。千代田区立麹町中学校を経て、東京都立城南高等学校卒業。シンガーソングライターの山本コウタローと俳優の角野卓造は麹町中学校時代の同級生で、山本とは参議院議員時代に自身の公式サイト(現在は閉鎖)にて対談を行っている。 1971年3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業(石川忠雄ゼミ)。同年4月、フジテレビ(旧法人/現・フジ・メディア・ホールディングス)に入社。
山口 進(やまぐち すすむ、1948年〈昭和23年〉2月23… 山口 進(やまぐち すすむ、1948年〈昭和23年〉2月23日 - 2022年〈令和4年〉12月23日)は、日本の昆虫植物写真家、自然ジャーナリスト。自然科学写真家協会会員、日本鱗翅学会会員。 1948年、三重県に生まれる。小学校3年時から長崎県長崎市に移り、長崎市立西町小学校、長崎市立緑が丘中学校を経て長崎県立長崎西高等学校卒業まで長崎で過ごした。海洋研究者だった父親の影響を受けて、子どもの頃は昆虫図鑑や冒険小説などの本を読むことや自然が大好きだったという。高校2年の時に長崎の古書店で眺めた高山蝶の写真集に感銘を受け、自身の目で国外の虫や花を見たくなり、翌年には台湾へ60日間の一人旅に出かけた。
高成田 享(たかなりた とおる、1948年2月19日 - )… 高成田 享(たかなりた とおる、1948年2月19日 - )は、日本のジャーナリスト・コラムニスト。元朝日新聞論説委員・ニュースキャスター・仙台大学教授。 小宮悦子1 - 渡辺真理 岡田洋子3 - 小谷真生子3・9 - 丸川珠代3 - 白木清か - 上山千穂 小林一喜 - 田所竹彦 - 和田俊 - 高成田亨 - 菅沼栄一郎 - 轡田隆史 - 清水建宇 - 萩谷順 - 森永卓郎 - 船曳建夫 - 笑福亭松之助3 - テリー伊藤3 朝岡聡8 - 松井康真5 - 飯村真一 - 坪井直樹 - 角澤照治2 - 長島三奈3 - 真中瞳3 - 河野明子2・4 松本裕子 - 勝恵子 - 大石恵 - 内藤聡子 - 乾貴美子 - 河合薫 - 増田雅昭3 - 斎藤義雄3 - 宮部二朗3 - 飯島真一3 渡辺宜嗣8 - 若林正人 - 渡辺みなみ9 - 西脇亨輔 - 安藤優子 - 橋谷能理子 - 内田忠男 - 三反園訓 川平慈英 - 宮嶋泰子2 松岡直也 - 前田憲男6 - 本多俊之 - ASKA - ゴスペラーズ - 福岡ユタカ - Char7 - サラ・ブライトマン - U2 ANNニュースファイナル - ANNスポーツニュース 選挙ステーション - ミュージックステーション - SmaSTATION!! 田代喜久雄 - 桑田弘一郎 - 伊藤邦男 - 広瀬道貞 - 黒柳徹子 - 大橋巨泉 - 福岡政行 - 青木功 - 糸井重里 - 栗山英樹2 - 黒鉄ヒロシ - 立松和平 - 羽田健太郎 - 小泉武夫 - 神田秀一 - タモリ - 古舘伊知郎 - 富川悠太 - 小木逸平 - 大越健介 - 香取慎吾 テレビ朝日 - ANN - ANNニュース - オフィス・トゥー・ワン - 金曜チェック - ニュースシャトル - ナイトライン - 600ステーション - ステーションEYE - スーパーJチャンネル - チェック・ザ・ステーション - 筑紫哲也 NEWS23(筑紫哲也)
佐々木 邦佳(ささき くによし、1948年(昭和23年)2月… 佐々木 邦佳(ささき くによし、1948年(昭和23年)2月18日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。日本経済新聞社神戸支社長、BSジャパン専務取締役、TVhテレビ北海道社長などを務めた。群馬県出身。
若宮 啓文(わかみや よしぶみ、1948年1月16日 - 2… 若宮 啓文(わかみや よしぶみ、1948年1月16日 - 2016年4月28日)は、ジャーナリスト、コラムニスト。
小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日… 小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日本のジャーナリスト。 総合月刊誌、週刊誌等を中心に政治、企業から各種社会問題、スポーツ、医療、人物論、インタビュー等で署名記事を発表している。 父親はNHK東京放送劇団の声優・俳優の小山源喜。遠戚に作家の小山清、書道家の小山やす子。高祖父に東京向島料亭八百松の主人小山松五郎がいる。 東京都立墨田川高等学校・早稲田大学政経学部卒業。 ■『東京人』(都市出版) ■『プレジデント』(プレジデント社) ■『DIAS』(光文社) ■『調査情報』(TBSメディア総合研究所) ■月刊誌『宝石』(光文社) ■『週刊宝石』(光文社)
山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日… 山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞社編集委員、デモクラシータイムス共同代表。 東京都新宿区戸塚町生まれ。東京教育大学附属小学校(後の筑波大学附属小学校)、同志社大学法学部政治学科卒業。1971年4月、毎日放送に入社。制作局ディレクターを経て、同年12月、朝日新聞社に入社。青森支局、千葉支局を経て、東京経済部に異動。大蔵省、外務省、日本銀行、自動車業界、金融業界などを担当する。 その後ロンドン特派員として欧州経済を担当したのち、大阪経済部次長。1993年4月から経済部編集委員で「国際経済と金融」担当に。同年9月にはハーバード大学ニーマンフェロー。
中谷 正人(なかたに まさと、1948年- )は、日本の建築… 中谷 正人(なかたに まさと、1948年- )は、日本の建築ジャーナリスト。有限会社中谷ネットワークス代表取締役、千葉大学客員教授。 神奈川県生まれ。新建築社『住宅特集』編集長や『新建築』編集長などを歴任し、現在建築ジャーナリストとして活動している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
阿部 重夫(あべ しげお、1948年- )は、日本のジャーナ… 阿部 重夫(あべ しげお、1948年- )は、日本のジャーナリスト、元日本経済新聞記者、ケンブリッジ大学元客員研究員。 東京都で生誕。父の意向した東京大学法学部を忌避し、1973年に東京大学文学部社会学科を卒業し、 日本経済新聞社に入社、社会部へ配属された。1987年に金融部に異動。1990年から論説委員(デスク)兼編集委員。1980年代はサンリオSF文庫でのフィリップ・K・ディック訳者だった。2010年代にハヤカワ文庫他で再び訳を行っている。 1992年と1994年にそれぞれ調査報道のスクープで日本新聞協会賞を受賞。1995~98年に欧州総局ロンドン駐在編集委員。1998年の帰国後は日経BP社に出向、「日経ベンチャー」編集長となった。
河邑 厚徳(かわむら あつのり、1948年 - )は、映像ジ… 河邑 厚徳(かわむら あつのり、1948年 - )は、映像ジャーナリスト。元NHKプロデューサー。NHKエデュケーショナル所属。元女子美術大学教授。 NHKに入局以来、39年にわたって、現代史、芸術、科学、宗教などを切り口にドキュメンタリーを制作。現代の課題に独創的な方法論で斬り込み、テレビならではの画期的な問題提起をするスタイルが特徴。丁寧で幅広い取材に裏打ちされながら、アイデアを確実に映像で表現することを試みてきた。これまで制作してきた番組は、国内外の賞で入賞するなど、その独自の手法は評価を得ている。 1981年のドキュメンタリー「がん宣告」は、文化庁芸術祭参加作品として注目され、がんがまだ一般には告知されていなかった時代に、それを患者に告げ、末期医療をどう行ったかを映像で記録した貴重なドキュメンタリーとなった。
飯島 一孝(いいじま かずたか、1948年 - )は日本のジ… 飯島 一孝(いいじま かずたか、1948年 - )は日本のジャーナリスト、外交評論家、元日本財団職員、元毎日新聞モスクワ支局長。 旧ソ連・東欧の政治・経済・社会を研究。
大貫 康雄(おおぬき やすお、1948年 - )は、日本のジ… 大貫 康雄(おおぬき やすお、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。NHK記者としてNHKヨーロッパ総局長(2000年7月~2004年8月)などを経て、自由報道協会代表理事(2013年5月~2020年4月)を務める。 1948年に栃木県日光市に生まれ、1972年に東京外国語大学ドイツ語科を卒業。同年、NHKに取材記者として入局。NHK福島放送局、NHK横浜放送局を経る。1980年に報道局社会部(国際関係)の担当となって、1988年にNHKロサンゼルス支局長に任命される。その後、報道局国際部デスク、広報室国際広報副部長等を経て、1999年にはNHKヨーロッパ総局長に就任した。イラク戦争、北大西洋条約機構(NATO)拡大、欧州連合(EU)統合拡大などを取材した。
前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖… 前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖縄市(出生当時アメリカ合衆国領琉球政府コザ市)出身の、沖縄テレビ放送元アナウンサー、ジャーナリスト、ウチナンチュ研究家。 同志社大学文学部卒業後、1973年にアナウンサーとして沖縄テレビ入社。報道番組(『OTVニュース6:30』『OTVイブニングワイド』など)の司会を担当する傍ら、沖縄テレビとの資本関係が深い琉球新報に1984年から掲載された世界各地の沖縄県出身移民、いわゆる「ワールド・ウチナンチュ」のインタビュー記事に感銘を覚え、「世界のウチナンチュ」の取材・研究に携わる。 中でも1985年から自らが企画・レポーターを担当して放送された『沖縄発われら地球人→世界ウチナーンチュ紀行』のシリーズは、19年間にわたる長寿シリーズとして放送され、2001年に日本民間放送連盟賞活動部門優秀賞を受賞する功績を残した。
遠藤 盛章(えんどうもりあき、1948年 - 2011年)は… 遠藤 盛章(えんどうもりあき、1948年 - 2011年)はビデオジャーナリスト、映像ディレクター集団「DNA」チーフディレクター。法政大学社会学部卒業後、新聞や雑誌の編集者などを経て、TVのディレクター職につく。 自らカメラを持って単独潜入・取材を行うことによりビデオジャーナリストの活動を開始する。香港マフィア・フィリピンのイスラムゲリラ・麻薬組織の実態解明・ミャンマーのカレン軍・南アフリカの凶悪都市の潜入取材は一見に値する。また、パレスチナのゴラン高原取材・1998年のテポドン発射前の北朝鮮への潜入など活動的に取材を行っている。2000年以降はタリバン政権下のアフガニスタンへの取材。その後のアフガン戦争の取材・アフガン密貿易の取材、さらに2002年から翌年にかけてのイラク戦争の取材を行った。
飯島 裕一(いいじま ゆういち、1948年- )は、日本の医… 飯島 裕一(いいじま ゆういち、1948年- )は、日本の医学ジャーナリスト、評論家。 長野県上田市生まれ。北海道大学水産学部卒業。信濃毎日新聞社入社後、報道部、整理部、文化部を経て1994年編集委員。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。専門は医学・医療・健康問題。
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
今泉 みね子(いまいずみ みねこ、1948年 - )は、日本… 今泉 みね子(いまいずみ みねこ、1948年 - )は、日本の環境ジャーナリスト、翻訳家。 東京都生まれ。女子学院高等学校、国際基督教大学教養学部自然科学科生物学(生態学)専攻卒業。1983年から1986年に、西ドイツのフライブルク大学に子連れ留学する。1990年からフライブルクに永住、ヨーロッパの環境政策・対策について執筆・講演・調査、生物学や環境保護についての英語・ドイツ語文献の翻訳を行う。動物学者・今泉吉晴は元夫。
佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャー… 佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、星槎大学大学院教授、共同通信社客員論説委員。 1948年、北海道茅部郡森町出身。函館ラ・サール高等学校、早稲田大学商学部を卒業後の1972年4月、共同通信社に入社。外信部畑でバグダッド、テヘラン移動特派員を5年、ワシントン特派員を5年、ベイルート支局長、カイロ支局長を経て外信部副部長を歴任。 2003年6月19日付で、ニュースセンター長、2004年9月1日付で編集局長。しかし、編集局長時代、2004年11月、イラク日本人人質事件の誤報問題での業務、監督責任にて編集局長の任を更迭され、総務総本部付。 2005年4月1日付で総務局長、総務局長時代は共同通信会館専務も兼任。
川北 隆雄(かわきた たかお、1948年 - )は、日本のジ… 川北 隆雄(かわきた たかお、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。中日新聞論説委員。政府税制調査会専門委員。専修大学非常勤講師。 2007年10月30日 中日新聞(東京新聞)のコラム「一筆両談」においてアサヒる問題をネット側による捏造であると断言し「アベする」という言葉が流行しているとした。 しかし、以前から「アベする」という言葉は「Google検索で全く検索されない」、「雑誌にも全く掲載されていない」など捏造であると指摘されていた。それにもかかわらず証拠もなしにコラムを掲載したため中日新聞と川北に対して非難が起こった。 捏造疑惑に対し川北は「(回答は)勘弁して欲しい」と逃亡してしまったため嘲笑されることとなった。
西山 徹(にしやま とおる、1948年 - 2001年3月2… 西山 徹(にしやま とおる、1948年 - 2001年3月2日)は、日本のプロ釣り師、釣りジャーナリスト、ダイワフィールドテスター。フライフィッシングやバスフィッシング、ソルトウォータールアーフィッシング、そして生物学的知識の釣りへの導入における草分け的存在。 高知県出身。釣り好きの父親の影響を受けて、物心ついたときから釣りに熱中。 小学校入学とともに小鮒やオイカワ釣りを、小学校3年生頃に鮎のドブ釣り、友釣りを覚え、それ以降も鯉、鯰、ボラ、シロギスと様々な魚を釣っていく。 6年生の時アマゴ釣りを経験し、その美しさに心底感動したという。 中学時代に海の投げ釣りと渓流釣り、ヘラブナ釣り、そして、フライフィッシングをはじめる。
阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャー… 阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。北朝鮮による日本人拉致事件をスクープした。産経デジタル代表取締役社長兼CEO。産業経済新聞社常務取締役など兼務。東京都生まれ。 1972年、早稲田大学政経学部卒業、産業経済新聞社に入社。1980年1月7日、サンケイ新聞朝刊一面トップにおいて「アベック三組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」などの見出しで、日本人拉致事件を初めて報じた。このスクープは世間ではほとんど等閑視され、被害者家族の要請で公明党議員が国会でアベック連続蒸発に言及するも「原因不明」と回答された。当時について、阿部自身は「他社は北朝鮮に忖度して報道を控えたとの指摘がある。
岡留 安則(おかどめ やすのり、1947年11月23日 - … 岡留 安則(おかどめ やすのり、1947年11月23日 - 2019年1月31日)は、日本のジャーナリスト、元『噂の眞相』編集長・発行人。 鹿児島県曽於郡末吉町(現在の曽於市)生まれ。宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校(県をまたいで越境入学した)では野球部に所属。法政大学社会学部入学後、学生運動の闘士となり、大学3年のとき構造改革左派のプロレタリア学生同盟に参加。1970年に卒業後、70年安保を境に学生運動から脱落。同法学部に学士入学し、在学中は高田馬場で土方のアルバイトを経験。1972年卒業。 赤石憲彦率いる東京アドエージに入社し、以後2年半、業界紙の編集に携わる。1975年に退社し、新島史と共同で『マスコミ評論』を創刊、編集長となる。
矢作 弘(やはぎ ひろし、1947年11月12日 - )は、… 矢作 弘(やはぎ ひろし、1947年11月12日 - )は、日本のジャーナリスト、社会学者、元龍谷大学教授。 東京都生まれ。1971年横浜市立大学卒、日本経済新聞に入り、ロサンゼルス支局長、編集委員、オハイオ州立大学/ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員、大阪市立大学創造都市研究科教授を経て、龍谷大学政策学部教授。2004年「地方都市商業再生の条件: 都市計画行政の評価と循環型経済構築のために」で金沢大学博士(社会環境科学)。
山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月1… 山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月12日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、獨協大学経済学部特任教授。東京都出身。明治学院中学校、明治学院東村山高等学校(同校第1期生)、獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業。元NHK『ミッドナイトジャーナル』『未来派宣言』キャスター。作家・西村寿行のデータマンをしていた時期もある。 父の山根章弘は美学者で東京音楽大学教授、それ以前は東映動画に勤務し、日本初の長編カラーアニメーション『白蛇伝』の制作に原案として上原信のペンネームで参加。アマゾンにおける環境問題の取材を30年に渡って行っている。週刊ポストの連載『メタルカラーの時代』は、日本のモノづくりの最前線を取材したもので700回を超える長期連載となっている。
清田 治史(きよた はるひと、1947年9月27日- )は、… 清田 治史(きよた はるひと、1947年9月27日- )は、日本のジャーナリスト。朝日新聞社取締役、帝塚山学院大学教授・国際理解研究所所長を歴任。日本マスメディア学会会員、大学朝日人の会大阪支部長。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1971年に朝日新聞入社後、大阪社会部、韓国延世大学校留学、マニラ支局長、1993年‐1996年ソウル支局長、1996年ハーバード大学日米プログラム研究員、外報部長、東京本社編集局次長、総合研究本部長、事業本部長などを経て、2008年、取締役西部本社代表に就任。2010年に朝日新聞を退社した後は、兼務していた福岡ケーブルビジョン理事、九州朝日放送の監査役等を経て、2012年4月から帝塚山学院大学人間科学部の非常勤講師に、2013年4月には教授に就任した。