スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
狩生 聖真(かりう しょうま、2006年12月25日 - )… 狩生 聖真(かりう しょうま、2006年12月25日 - )は、大分県佐伯市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 佐伯市立明治小学校2年生のときに『佐伯スラッガーズ』で野球を始め、佐伯市立昭和中学校では軟式野球部に所属。3年春は県大会で優勝し、九州大会ベスト4。中学までは投手も兼任していたが、主に遊撃手であった。 佐伯鶴城高校へ進学すると、投手に専念し、1年夏の大分大会では背番号12でベンチ入り。1年秋は背番号1を付けたが、県大会では明豊との準決勝に敗れ、高田との3位決定戦にも敗れ、県4位であった。エースとして臨んだ2年夏の大分大会は鶴崎工業との3回戦で敗退。2年秋は背番号10を付け、県大会ではまたも明豊との準決勝に敗れたが、杵築との3位決定戦には勝利し、県3位であった。
古川 雄大(ふるかわ ゆうだい、2004年5月25日 - )… 古川 雄大(ふるかわ ゆうだい、2004年5月25日 - )は、大分県佐伯市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれる。佐伯市立上野小学校3年生の時に野球を始め、佐伯市立昭和中学校在学時は硬式野球のクラブチームである佐伯マリンボーイズに所属していた。 大分県立佐伯鶴城高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年夏は背番号20ながら4番を務めた試合もあり、同年秋から4番に定着した。3年夏の大分県大会、大分国際情報との初戦(2回戦)では9球団、25人のスカウトが視察に訪れた中で本塁打を含む3安打の活躍で勝利に貢献した。同大会ではベスト4まで勝ち上がったが、準決勝で大分舞鶴に逆転サヨナラ負けを喫した。
渡辺 一平(わたなべ いっぺい、1997年3月18日 - )… 渡辺 一平(わたなべ いっぺい、1997年3月18日 - )は、日本の競泳(平泳ぎ)選手。2017年世界水泳選手権・2019年世界水泳選手権200m平泳ぎで2大会連続銅メダリスト。リオデジャネイロ・パリオリンピック日本代表。LDH JAPAN所属。身長193センチメートル。血液型はB型。 1997年3月18日、大分県津久見市出身。津久見市立津久見小学校⇒津久見市立第一中学校と進む。中学2年では第33回全国JOCジュニアオリンピックカップに出場した記録が残っている。 2012年、大分県立佐伯鶴城高等学校に進学すると頭角を現し、高校3年の最後に出場した第37回全国JOCジュニアオリンピックカップ春季では100m・200m平泳ぎの二冠を制覇して最優秀選手として表彰された。
成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は… 成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は日本の陸上選手、政治家。大分県議会議員(2期)。 大分県佐伯市出身。2007年、ミズノに入社。2013年、地元の佐伯市に戻り、佐伯市役所職員として東京オリンピック出場を目指す公務員ハードラー。
戸高 賢史 (とだか まさふみ 1982年7月22日- )は… 戸高 賢史 (とだか まさふみ 1982年7月22日- )は、 大分県出身のギタリスト。 血液型はA型。通称「Toddy」。 大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。[要出典] 2004年3月、木下理樹に誘われバンド、ART-SCHOOLへ加入。2012年3月より木下と戸高の新体制での活動を発表し、ライブ・イベントなどを精力的にこなすが、バンドは2015年に活動を休止。 2015年末、COUNTDOWN JAPAN 15/16にて復活ライブを行う。 2024年2月1日、戸高の加入20周年を祝うツアーを5月から行う事を発表。
廣瀬 純(ひろせ じゅん、1979年3月29日 - )は、大… 廣瀬 純(ひろせ じゅん、1979年3月29日 - )は、大分県臼杵市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。野球解説者。現役時代は広島東洋カープに所属した。
梶川 善寛(かじかわ よしひろ、1978年4月17日 - )… 梶川 善寛(かじかわ よしひろ、1978年4月17日 - )は九州地方で活動する元ローカルタレント。佐伯市議会議員(1期)。 大分県佐伯市出身。血液型O型。 大分県立佐伯鶴城高等学校、熊本大学工学部物質生命化学科を経て、KBCテレビの情報番組『アサデス。九州・山口』の企画「アサデス農園」でデビュー。以降2006年3月まで同番組のレギュラーレポーターとして活躍した後、大分朝日放送『れじゃぐるテレビ』でレポーターを務めた。2014年4月4日より2021年2月26日まで大分朝日放送『JOKER DX』にてメインパーソナリティを務めた。 2021年4月4日告示の佐伯市議会議員選挙において無所属で立候補し、同年11日の投開票の結果、得票数1位の3,991票で初当選。
渡邉 英徳(わたなべ ひでのり、1974年9月8日 - )は… 渡邉 英徳(わたなべ ひでのり、1974年9月8日 - )は、日本の工学者。専門は情報デザイン。東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。日本新聞協会賞等受賞。 1974年大分県佐伯市生まれ。1993年大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。1997年東京理科大学理工学部建築学科卒業、卒業設計賞受賞。1999年東京理科大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。2013年筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)の学位を取得。 フォトン代表取締役社長、デジタルハリウッド大学デジタルコミュニケーション学部客員教授、首都大学東京(現・東京都立大学)システムデザイン学部准教授、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所客員研究員などを経て、2018年東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。
中津留 章仁(なかつる あきひと、1973年3月1日 - )… 中津留 章仁(なかつる あきひと、1973年3月1日 - )は、日本の劇作家である。劇団 TRASHMASTERS(トラッシュマスターズ)主宰。 大分県生まれ。大分県立佐伯鶴城高等学校、明治大学理工学部卒業。お笑いコンビ ダイノジの大谷ノブ彦は同窓生である。 1999年、Last Creators Production(LCP)を創設し、脚本・演出を担当。 空間詩人名義での公演を経て、2000年に劇団 TRASHMASTERS を旗揚げする。初期はブラックコメディ作品を中心に上演し、2003年の第7回公演「TRASHMASTAURANT」がフジテレビの深夜番組「演技者。」でドラマ化されたことで注目を集めた。
小野 正嗣(おの まさつぐ、1970年11月27日 - )は… 小野 正嗣(おの まさつぐ、1970年11月27日 - )は、日本の小説家・比較文学者・フランス文学者。早稲田大学文化構想学部教授。 大分県蒲江町(現佐伯市)出身。大分県立佐伯鶴城高等学校から一浪した後、東京大学文科I類に入学するも法学部には進まず、教養学部比較日本文化論専攻に進学、卒業。同大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。マリーズ・コンデを論じた博士論文でパリ第8大学よりPh.Dの学位を取得。 1996年、新潮学生小説コンクールでデビュー。2001年、「水に埋もれる墓」で第12回朝日新人文学賞受賞。2002年、『にぎやかな湾に背負われた船』で第15回三島由紀夫賞受賞。2003年、「水死人の帰還」で第128回芥川龍之介賞候補。
野村 昭彦(のむら あきひこ、1968年8月30日 - )は… 野村 昭彦(のむら あきひこ、1968年8月30日 - )は、大分県佐伯市出身の元アマチュア野球選手(投手)、野球指導者。広島で監督を務めた野村謙二郎の弟。 佐伯鶴城高校では、1986年の夏の甲子園に出場し、エースとして活躍し、チームはベスト8に進んだ。高校卒業後に駒澤大学に進学して硬式野球部に所属し、東都大学野球リーグでは2度のリーグ優勝を経験した。 大学卒業後は、社会人野球の日本石油に入団し、都市対抗野球で2度の優勝を経験した。 その後は日本石油と駒澤大学でコーチを務め、2013年から2018年までに環太平洋大学の監督を務めた。2018年からは大学日本代表のコーチを務めている。その後は父親の介護のために退任し、地元へ戻っていたが2022年より監督に復帰した。
鶴羽 佳子(つるは よしこ、1968年3月31日 - )は、… 鶴羽 佳子(つるは よしこ、1968年3月31日 - )は、日本の政治家。北海道議会議員(1期)。元北海道放送のアナウンサー。社会福祉法人札幌恵友会理事。政治活動時の名前は鶴羽 芳代子(読み同じ)。現在の本名は佐藤 佳子(さとう よしこ)。 大分県佐伯市出身。大分県立佐伯鶴城高等学校、千葉大学教育学部小学校教員養成課程国語科専攻を卒業後、北海道放送にアナウンサーとして入社。番組中の料理コーナーでのハプニング「ささみとささげの勘違い」はハプニング大賞を受賞。同社を退社後、フリーアナウンサーとしてテレビ番組の司会やキャスター、研修講師などを行う。 その後、テレビ番組制作会社「オフィス鶴羽」(現・株式会社ボウス)を設立し、NHKの情報番組の制作を中心にテレビの仕事を行う。
野村 謙二郎(のむら けんじろう、1966年9月19日 - … 野村 謙二郎(のむら けんじろう、1966年9月19日 - )は、元プロ野球選手(内野手)、元監督、野球評論家。
清松みゆき(きよまつ みゆき、1964年1月10日 - )は… 清松みゆき(きよまつ みゆき、1964年1月10日 - )はゲームデザイナー、小説家、翻訳家。グループSNE所属。大分県出身。大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。京都大学SF研究会OB。 1989年出版の『ソード・ワールドRPG』のデザイナー、監修者であり、2008年に改版となった『ソードワールド2.0』にも引き続き携わっている。グループSNE内では山北篤と並ぶ理系のゲームデザイナーとして、また、アメリカンフットボールの愛好家として有名。 筆名から間違えられやすいが、男性である。本名は「清松美行」(きよまつ よしゆき)。「みゆき」という筆名は、本名の誤読から度々女性と誤解されることにうんざりしていた本人が開き直ってつけたものという。
団塚 栄喜(だんづか えいき、1963年 - )は、日本の風… 団塚 栄喜(だんづか えいき、1963年 - )は、日本の風景司。大分県佐伯市大入島生まれ。 コンテンポラリーアートをバックボーンとした独創的な ランドスケープクリエイター。 1963年大分県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、もの派を代表する現代美術家・関根伸夫に師事。1999年にEARTHSCAPE設立。「EARTHSCAPE(アースケイプ)」とは、宇宙から見た丸くて青い地球の姿。この言葉を自身の事務所名にしている団塚栄喜は、制作活動そのものが地球に還る持続可能なプロセスを重要視し、自らを〈風景司〉と名乗る。人と自然との関係性を創りだす事象をデザインと捉え、体験の媒体となるデザインワークを行う。
管 進吾(かん しんご、1962年7月17日 - )は、大分… 管 進吾(かん しんご、1962年7月17日 - )は、大分県出身のアスレティックトレーナー。 1962年に大分県で生まれる。佐伯鶴城高校、東海大学体育学部、日本鍼灸理療専門学校、インディアナ州立大学を経てバレーボール全日本女子や福岡ソフトバンクホークス、名古屋グランパスエイトなどでトレーナーを歴任した。 2009年には高橋建(ニューヨーク・メッツ)の通訳兼パーソナルトレーナーを務めた。 2010年からソフトバンクの一軍コンディショニングコーチに就任。2012年12月7日付で退団が発表された。 2013年4月には龍谷大学トレーニングセンター所属となり、2020年3月まで務めた。その後は福岡県福岡市東区にある「きよた鍼灸院」のサポートスタッフを務めている。
榎 徹(えのき とおる、1959年2月4日 - )は、大分… 榎 徹(えのき とおる、1959年2月4日 - )は、大分県佐伯市出身の実業家。 株式会社大分フットボールクラブ(Jリーグ・大分トリニータ運営会社)取締役、ならびにJリーグ監事。 大分県立佐伯鶴城高等学校・九州大学法学部を経て、1982年に大分県職員に採用される。2008年開催のチャレンジ!おおいた国体では国体局・競技式典課主幹(式典担当)として運営に携わった。その後は商工労働部・雇用人材育成課参事、企画振興部文化スポーツ振興課長、東部振興局長などの役職を歴任した。 2016年1月にJリーグ・大分トリニータの運営会社である株式会社大分フットボールクラブの代表取締役に就任。なお就任が決まったのはリリースの1日前であった。
山脇 恭二(やまわき きょうじ、1957年9月17日 - )… 山脇 恭二(やまわき きょうじ、1957年9月17日 - )は、日本の元体操選手。岐阜大学教育学部教授。娘に同じ体操選手の山脇佳奈がいる。 大分県佐伯市出身。佐伯市立彦陽中学校、大分県立佐伯鶴城高等学校、日本大学文理学部卒業。1984年ロサンゼルスオリンピック体操男子団体銅メダリスト。日本体育学会所属。 あん馬、つり輪、平行棒、鉄棒の技「ヤマワキ」に名を残している(体操競技の技名一覧)。
矢野 大和(やの たいわ、1956年(昭和31年)7月7日 … 矢野 大和(やの たいわ、1956年(昭和31年)7月7日 - )は、元大分県佐伯市職員。佐伯市及び宇目町観光大使を務めた。 大分県南海部郡宇目町(現:佐伯市宇目)の鷹鳥屋神社の社家に生まれる。大分県立佐伯鶴城高等学校、國學院大學経済学部卒業。1980年(昭和55年)、宇目町役場に就職。あわせて生家の鷹鳥屋神社の宮司を務める。1984年(昭和59年)、県南落語組合を結成し事務局長に就任。1998年(平成10年)、矢野が大分県で行われた国民文化祭の素人落語競演会で最優秀賞を、県南落語組合がサントリー地域文化賞をそれぞれ受賞した。2001年(平成13年)から宇目町の、2005年(平成17年)から佐伯市の観光大使を務める。
今井 彰 (いまい あきら、1956年 - )は、元NHKエ… 今井 彰 (いまい あきら、1956年 - )は、元NHKエグゼクティブプロデューサー、作家。名古屋経済大学客員教授。大分県佐伯市出身[要出典]。 1980年、NHK入局。1991年、NHKスペシャル「タイス少佐の証言」を制作、文化庁芸術作品賞を受賞。1994年、NHKスペシャル「埋もれたエイズ報告」を制作、日本ジャーナリスト会議本賞、放送文化基金奨励賞を受賞。同作は東京地方裁判所で検証物・証拠として上映された[要出典]。2000年 - 2005年まで「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」制作統括を務めた。2005年、NHKエグゼグティブプロデューサーとなる。 2008年11月、東京都渋谷区の衣料品店で、Tシャツやマフラーなど4点を万引きした疑い。
風戸 佑介(かざと ゆうすけ、1953年3月21日 - )は… 風戸 佑介(かざと ゆうすけ、1953年3月21日 - )は、日本の元俳優。本名、松井 栄一。旧芸名、風戸 拳(かざと けん)。 大分県出身。大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。 高校卒業後に上京し、会社勤めをしていたときモデル事務所にスカウトされ芸能界入り。最初はサンミュージックで歌のレッスンを受け、やがて『電人ザボーガー』(フジテレビ)に主人公のライバル・秋月玄役での出演が決まる。当時は演技経験がほとんどない状態だったため緊張の連続で、普通の芝居よりもバイクや火薬を使うアクションシーンの方がホッとしたと、のちに振り返っている。 その後、東映京都の劇場映画への出演を経て、1977年には『ジャッカー電撃隊』(テレビ朝日)に大地文太/クローバーキング)役としてレギュラー出演。
田中 利明(たなか としあき、1951年(昭和26年)5月1… 田中 利明(たなか としあき、1951年(昭和26年)5月13日 - )は、日本の政治家。元大分県佐伯市長(2期)。元大分県議会議員(5期)、元佐伯市議会議員(4期)。 大分県佐伯市出身。1971年(昭和46年)3月、大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、宮崎大学農学部卒業。 1983年(昭和58年)4月、旧佐伯市議会議員選挙に立候補し初当選。4期連続当選。1999年(平成11年)4月、大分県議会議員選挙に立候補し初当選。 2002年(平成14年)11月、佐伯市長の小野和秀が任期途中で死去。これに伴って同年12月22日に行われた市長選挙に立候補するも、元市長の佐藤佑一に敗れ落選。
江藤 洋一(えとう よういち、1950年 - )は、日本の弁… 江藤 洋一(えとう よういち、1950年 - )は、日本の弁護士。専門は企業法務、不動産。インテグラル法律事務所代表弁護士。司法研修所教官、司法試験考査委員、第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を歴任。 大分県立佐伯鶴城高等学校を経て、1974年一橋大学経済学部卒業。2004年、麹町にインテグラル法律事務所設立、同代表弁護士。2010年から第一東京弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長を務め東日本大震災に対応。2015年日本弁護士政治連盟副理事長・常務理事。2016年関東弁護士会連合会理事長。 専門は企業法務、不動産で、公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター理事、常石造船監査役、ニチアス監査役、ジャパンディスプレイ監査役、法務省司法試験考査委員、法務省新司法試験実施に係る研究調査会委員、最高裁判所司法研修所教官、一般財団法人日本法律家協会監事、LAWASIA 東京大会 2017 組織委員会顧問等を歴任。
神志名 泰裕(かしな やすひろ、1948年9月9日 - )は… 神志名 泰裕(かしな やすひろ、1948年9月9日 - )は、政治ジャーナリスト。元NHK解説委員長。担当分野は政治。 大分県出身。大分県立佐伯鶴城高等学校、大阪大学法学部卒業後、1971年NHKに入局。 政治部を中心に30年以上の記者経験を元に、日本放送協会(NHK)の番組でのニュース解説等を行っている。 2005年6月から、今井義典元・NHK副会長の後を継ぎ解説委員長を3年間務めた。この間、ニュース解説の特集で司会進行役となった。2008年6月から、解説主幹。2013年10月1日定年退職。政治ジャーナリスト、公益財団法人明るい選挙推進協会評議員、日本政治総合研究所理事を務める。 2020年、日本政治法律学会より報道学会賞を受賞。
山中 正竹(やまなか まさたけ、1947年4月24日 - )… 山中 正竹(やまなか まさたけ、1947年4月24日 - )は、元社会人野球の選手(投手)・監督。
青木 剛(あおき つよし、1947年1月3日 - )は、日本… 青木 剛(あおき つよし、1947年1月3日 - )は、日本の水泳指導者。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事。
村上 憲郎(むらかみ のりお、1947年 - )は、日本の実… 村上 憲郎(むらかみ のりお、1947年 - )は、日本の実業家。システムエンジニア。豊の国かぼす特命大使。 大分県佐伯市出身。大分県立佐伯鶴城高等学校、京都大学工学部資源工学科卒業。 日立電子、DECを経て、Northern Telecom Japan代表取締役。2001年、ドーセントの日本法人を立ち上げる。 2003年4月1日より、Google米国本社副社長兼Google日本法人代表取締役に就任。2008年12月31日に退任し、2009年1月1日より同社名誉会長。現在は同社の経営からは退き、村上憲郎事務所代表を務めている。 2014年4月 東京工業大学学長アドバイザリーボード委員、大阪工業大学情報科学部客員教授に就任。
高橋 栄子(たかはし えいこ、1945年9月21日 - )は… 高橋 栄子(たかはし えいこ、1945年9月21日 - )は、日本の元競泳選手。神奈川県出身。1964年東京オリンピック日本代表。100m・200mバタフライの元日本記録保持者。 別府市立山の手中学校、大分県立佐伯鶴城高等学校、別府大学出身。 1962年アジア競技大会に出場。100mバタフライで金メダル、400mメドレーリレーで銀メダルを獲得した。 1964年東京オリンピック日本代表に選出された。100mバタフライでは予選で1分8秒4、準決勝で1分7秒8と連続で日本新記録を更新して決勝に進出し、7位になった。400mメドレーリレーでは予選で4分40秒6の日本新記録を樹立、決勝では4位入賞を果たした。
岩崎 邦宏(いわさき くにひろ、1944年10月5日 - )… 岩崎 邦宏(いわさき くにひろ、1944年10月5日 - )は、大分県出身の元競泳選手。1964年東京オリンピック競泳男子800mフリーリレー銅メダリスト。大分県立佐伯鶴城高等学校、早稲田大学教育学部卒業。東京・メキシコの2大会に出場。 早稲田大学2年時に出場した1964年東京オリンピックでは400mリレーで4位入賞、800mリレーでこの大会競泳チーム唯一となる銅メダルを獲得する。 1966年アジア競技大会では100m自由形で優勝・日本新、200m自由形で優勝、800mリレーで優勝、400mメドレーリレーで優勝する 1968年メキシコシティーオリンピックでは100m自由形で準決勝敗退、200m自由形予選敗退、400mリレーでは8位、400mメドレーリレーでは5位、800mリレーでは予選敗退。
大石 弥太郎(おおいし やたろう、1943年10月6日 - … 大石 弥太郎(おおいし やたろう、1943年10月6日 - )は、大分県佐伯市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者。
松本 健次郎(まつもと けんじろう、1943年9月23日 -… 松本 健次郎(まつもと けんじろう、1943年9月23日 - )は、日本の元競泳選手。大分県出身。1964年東京オリンピック日本代表。 佐伯市立大入島中学校、大分県立佐伯鶴城高等学校、早稲田大学卒。 1964年東京オリンピック選考会兼日本選手権の100m平泳ぎで2位・200m平泳ぎでは優勝し、オリンピック代表に選出された。1964年東京オリンピックでは200m平泳ぎに出場し、準決勝敗退となった。 1968年メキシコシティーオリンピック選考会兼日本選手権の100m平泳ぎ・200m平泳ぎで2位に入ったが、年度内の大会で好記録を出していた田口信教と選考会で優勝した鶴峯治が代表に選出され、松本は落選した。
内田 恒二(うちだ つねじ、1941年10月30日 - )は… 内田 恒二(うちだ つねじ、1941年10月30日 - )は、日本の経営者。 大分県佐伯市出身。佐伯鶴城高等学校を経て、1965年に京都大学工学部精密工学科を卒業し、同年にキヤノンに入社。 カメラ開発部門に携わり、数多くの名機の開発にも携わっていた。1997年に取締役に就任し、常務、専務を経て、2006年に副社長に就任し、同年5月から2012年3月までに社長を務めた。2012年3月から相談役を務めた。 2012年から2014年までにビジネス機械・情報システム産業協会会長を務めた。
八木 孝(やぎ たかし、1940年9月16日- )は、大分県… 八木 孝(やぎ たかし、1940年9月16日- )は、大分県出身の元プロ野球選手。現役時代のポジションは投手、外野手。
阿南 準郎(あなん じゅんろう、1937年9月2日 - )は… 阿南 準郎(あなん じゅんろう、1937年9月2日 - )は、大分県佐伯市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督。
河野 正(かわの ただし、1936年5月29日 - 没年不詳… 河野 正(かわの ただし、1936年5月29日 - 没年不詳)は、大分県出身のプロ野球選手。 佐伯鶴城高校から、1955年に読売ジャイアンツへ入団。4年目の1958年に一軍公式戦初出場を果たすと、翌1959年に76試合に出場、5月30日の対中日ドラゴンズ戦で代打満塁本塁打を放つが、シーズンでは打率.160、1本塁打に留まる。その後も外野の控えとして1960年に68試合、1961年に20試合に出場するが、両年とも打率1割台に終わり、1961年限りで現役引退した。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
谷川 禎次郎(たにかわ ていじろう、1932年〈昭和7年〉1… 谷川 禎次郎(たにかわ ていじろう、1932年〈昭和7年〉12月20日 - 2025年5月13日)は、日本の元競泳選手。1952年ヘルシンキオリンピック男子800mフリーリレー銀メダリスト。大分県出身。メディアによっては谷川 禎治郎とも表記される。日本大学経済学部卒業。 1952年のヘルシンキオリンピック男子800mフリーリレーで鈴木弘、浜口喜博、後藤暢とともに銀メダルを獲得。 2025年5月13日、急性大動脈解離により死去。92歳没。
富永 一朗(とみなが いちろう、1925年4月25日 - 2… 富永 一朗(とみなが いちろう、1925年4月25日 - 2021年5月5日)は、日本の漫画家。勲等は勲四等。称号は岡山県高梁市(旧:川上郡川上町)名誉市民。 京都府京都市生まれ。父は大分県佐伯市出身、母は福島県南会津郡田島町(現・南会津町)静川出身。父は京都の大丸に勤務していた。家族に弟がいる。 3歳のとき父を肺結核で失い、母の郷里の田島町で2年間を過ごした後、5歳の時から父の郷里の大分県佐伯市に移り、中学卒業までそこで育つ。小学校4年頃から田河水泡の真似をして漫画を描き始める。大分県立佐伯中学(現在の大分県立佐伯鶴城高等学校)に2番の成績で合格。同校1年生のとき、地元で小学校教員をしていた母が不倫事件を起こして子供を産み東京に出奔。
大橋 衛(おおはし まもる、1921年 - 没年不明)は、大… 大橋 衛(おおはし まもる、1921年 - 没年不明)は、大分県出身のプロ野球選手。
繁里 栄(しげり さかえ、1916年 - 1960年12月8… 繁里 栄(しげり さかえ、1916年 - 1960年12月8日)は、大分県出身のプロ野球選手。ボジションは投手。
御手洗 毅(みたらい たけし、1901年3月11日 - 19… 御手洗 毅(みたらい たけし、1901年3月11日 - 1984年10月12日)は、日本の実業家、医師。キヤノン創業者・初代社長。また、太平洋戦争以前は産婦人科医として御手洗産婦人科病院を開業。 名古屋大学名誉教授の御手洗玄洋や、キヤノン社長や日本経済団体連合会会長を務めた御手洗冨士夫は甥にあたる。 1901年、大分県南海部郡蒲江町(現・佐伯市)に生まれる。実家は代々医師の旧家。佐伯中学(現大分県立佐伯鶴城高等学校)を経て北海道大学予科に進学、恵迪寮の委員長をつとめる。1928年、北海道大学医学部卒業。上京して日本赤十字病院に勤務。731部隊の石井四郎と師を同じくする。 1933年11月、吉田五郎や内田三郎らの創設した精機光学研究所に共同経営者として参画。