高橋 啓(たかはし はじめ、1938年 - )は、日本の歴史… 高橋 啓(たかはし はじめ、1938年 - )は、日本の歴史学者。広島大学大学院文学研究科修士課程修了。専門は日本近世史。徳島県出身。 1963年(昭和38年)に広島大学大学院文学研究科修士課程修了。 鳴門教育大学教授を経て2004年(平成16年)4月1日から2010年(平成22年)3月31日まで同大学の学長を務めた。2016年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )… 長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。専門は、インド近代史、南アジア地域研究。博士(文学)(東京大学、1993年)。東京出身。
伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 200… 伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 2006年1月16日)は、東アジア政治外交史専攻の歴史学者、同地域研究者。 日本統治時代の台湾・宜蘭県出身。国立中興大学卒業後、1964年に来日し、1969年に早稲田大学を卒業。東京大学大学院博士課程修了、文学博士(博士論文は「台湾統治と阿片問題」)。1982年、日本に帰化した。二松學舍大学教授、杏林大学教授を務めた。2006年1月16日、杏林大学医学部付属病院において心不全のため死去。 帰化以前の名は「劉 明修」であったが、日本国籍取得時に「伊藤 潔」に改名。「伊藤」という姓は、伊藤 潔が最も尊敬する人物伊藤博文から苗字を拝借したものである。
工藤 雅樹(くどう まさき、1937年(昭和12年)12月1… 工藤 雅樹(くどう まさき、1937年(昭和12年)12月18日 - 2010年(平成22年)1月29日)は、日本の考古学者、歴史学者。福島大学名誉教授。専門は蝦夷を中心とした東北地方の古代史。 岩手県岩手郡松尾村(現・八幡平市)出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て東北大学文学部史学科入学、1966年には東北大学大学院文学研究科の博士課程を修了した。その後は東北歴史資料館(現在の東北歴史博物館)勤務を経て、宮城学院女子大学に教授として迎えられた。1989年からは福島大学の教授となり、2003年に退官するまで務めた。2004年には再び東北歴史博物館へと戻り、館長を2年間務めた。 2004年からは平泉の世界遺産登録を目指した推薦書作成委員会委員長になったが、2008年7月6日、国際記念物遺跡会議より普遍的価値の証明が不十分との指摘を受け、世界遺産の登録は見送りとなった。
大濱 徹也(おおはま てつや、1937年12月8日 - 20… 大濱 徹也(おおはま てつや、1937年12月8日 - 2019年2月9日)は、日本の歴史学者。筑波大学名誉教授・独立行政法人国立公文書館フェロー・淑徳大学客員教授だった人物。 1937年、山口県大島郡久賀町生まれ。東京教育大学文学部で学び、1961年 に卒業。同大学院文学研究科修士課程日本史学専攻に進み、1964年に修了した。 1967年、女子学院高等学校教諭に就いた。1972年、中京大学法学部助教授に就任。1977年、学位論文『明治前期におけるキリスト教会の構造と存在形態』を東京教育大学に提出して文学博士号を取得。同1977年、同法学部教授に昇格した。1978年、筑波大学歴史人類学系助教授に転じ、1986年に同教授に昇格。
大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月… 大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月21日 - 2017年〈平成29年〉4月14日)は、日本の歴史学者。元東京大学教養学部助教授。専攻は、カナダ史。 東京都生まれ。父は元協和銀行常任監査役の大原申三(1908年〈明治41年〉1月17日 - 1967年〈昭和42年〉7月3日)。 立教女学院小学校および同中学校卒業を経て、1956年3月、立教女学院高等学校卒業。1960年3月、立教大学文学部史学科卒業。1963年3月、立教大学大学院文学研究科修士課程史学専攻修了(文学修士)。同年4月、世界経済調査会研究員(1971-72年の中断期間をはさんで1977年3月まで)。1973年5月、カナダ・ヴィクトリア大学大学院修士課程歴史学専攻修了(Master of Arts)。
花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉… 花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉11月2日 - )は、日本の歴史学者、郷土史学者、宮司。元高等学校教諭。 新潟県直江津市(現:上越市)出身。 新潟県立直江津高等学校を経て國學院大學文学部卒業。國學院大學大学院修士課程(日本史学専攻)修了。 越後一の宮居多神社宮司(第44代)。 元新潟県立安塚高等学校、新潟県立柿崎高等学校教諭、新潟県立直江津高等学校教諭。 新潟県文化財保護指導委員、上越市文化財調査審議会委員、上越郷土研究会会長、新潟出版文化賞選考委員などを務める。 大谷吉継や上杉氏に関する著書がある。 2010年(平成22年)、地域文化功労者文部科学大臣賞受賞。
渡辺 武(わたなべ たける、1937年10月8日 - )は、… 渡辺 武(わたなべ たける、1937年10月8日 - )は、日本の歴史学者。専門は織豊時代研究。 兵庫県出身。1960年、京都大学文学部史学科(国史学専攻)卒業。高槻高等学校教諭を経て、1962年大阪城天守閣学芸員、館長。2000年退任。専門は織豊時代史。 平和・民主・革新の日本をめざす全国の会(全国革新懇)代表世話人を務める。
姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は… 姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は、日本の歴史学者。専門は中国現代史、中国共産党史。中央大学経済学部名誉教授。筆名=武内 香里(タケウチ カオリ)。アジア政経学会、日本平和学会会員。「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」会員。映像民俗学者の姫田忠義は兄。 兵庫県神戸市出身。東京教育大学文学部東洋史学科卒。東京教育大学大学院東洋史学専攻博士課程修了。1967年、日本国際問題研究所所員。1972年、香港総領事館特別研究員(~1973年10月)。1975年、中央大学助教授。1977年、同教授。1993年、同学生部長(~1995年)。2008年、同退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
宮城 公子(みやぎ きみこ、1937年(昭和12年)9月23… 宮城 公子(みやぎ きみこ、1937年(昭和12年)9月23日 - )は、日本の歴史学者。元甲南大学教授。専門は日本史・近世近代の日本思想史。史学研究会、日本史研究会、歴史学研究会などに所属した。大塩平八郎の研究で知られる。 なお、沖縄大学名誉教授の宮城公子(比較文学・日本近代文学・沖縄文学)は同名異人である。 京都市右京区生まれ。1956年京都府立桂高等学校卒業。1960年京都大学文学部(史学科国史学専攻)卒業。1966年同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得満期退学。同年京都府立総合資料館勤務。1972年より京都大学文学部助手、四天王寺女子大学文学部助教授、甲南大学文学部助教授を経て、1984年に同大教授。
狭間 直樹(はざま なおき、1937年8月30日 - )は、… 狭間 直樹(はざま なおき、1937年8月30日 - )は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は中国近現代史。財団法人孫中山記念会副理事長。兵庫県出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日… 田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日本の歴史学者、日本史研究者、静岡大学名誉教授。
坂野 潤治(ばんの じゅんじ、1937年(昭和12年)5月1… 坂野 潤治(ばんの じゅんじ、1937年(昭和12年)5月13日 - )は、日本の歴史学者。専門は、近代日本政治史。東京大学名誉教授。
三木 靖(みき やすし、1937年4月15日 - 2023年… 三木 靖(みき やすし、1937年4月15日 - 2023年11月17日)は、日本の歴史学者。鹿児島国際大学短期大学部名誉教授。専門は中世城郭史。 東京出身。1965年に早稲田大学大学院文学研究科修了。鹿児島短期大学学長を経て、鹿児島国際大学との統合により、同大学短期大学部教授・学部長を務める。また、鹿児島国際大学生涯学習センター長、鹿児島県文化財保護審議会会長、音楽療法士養成協議会顧問を歴任する。研究では日本古文書学会、九州史学会、南島史学会で活動した。南九州における中世城郭史のほか薩摩島津氏の研究において第一人者である。 2013年4月に、瑞宝中綬章を受章。 2020年には、第71回南日本文化賞(学術部門)を受賞。
岩本 由輝(いわもと よしてる、1937年4月8日 - )は… 岩本 由輝(いわもと よしてる、1937年4月8日 - )は、日本の経済学者・歴史学者、東北学院大学名誉教授。専門は歴史経済学。 東京府東京市中野区東中野(現・東京都中野区)に生れる。1961年東北大学経済学部卒業。1967年同大学院経済学研究科博士課程修了、「近世漁村の共同体の変遷 商品経済の進展と村落共同体」で経済学博士の学位を取得。同年山形大学講師、助教授、教授、1988年東北学院大学教授。2005年比較家族史学会会長。2011年退任、名誉教授。
桑山 浩然(くわやま こうねん、1937年3月19日 - 2… 桑山 浩然(くわやま こうねん、1937年3月19日 - 2006年10月15日)は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。室町幕府における公方御倉の存在を明らかにし、幕府財政の中での土倉役や酒屋役の重要性を主張したことで、幕府財政にメスを入れる先駆的な研究を果たした。 満州(中国東北部)に生まれ、新潟で育つ。1959年に新潟大学人文学部を卒業し、東京大学大学院人文科学研究科へ進む。 1964年から東京大学史料編纂所に勤務し、1979年に助教授、1984年に教授となった。 1997年に退職して、同大名誉教授。滋賀大学教育学部教授を経て、2001年からは国士舘大学文学部教授を務めた。この間、お茶の水女子大学等においても非常勤講師を担当した。
峯岸 賢太郎(みねぎし けんたろう、1937年2月24日 -… 峯岸 賢太郎(みねぎし けんたろう、1937年2月24日 - 2006年5月11日)は、昭和・平成時代の歴史学者。旧・東京都立大学名誉教授。 昭和12年(1937年)、東京府に生まれる。 昭和34年(1959年)早稲田大学教育学部卒業。昭和36年(1961年)東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。昭和37年(1962年)東京都立大学助手、昭和51年(1976年)助教授、昭和62年(1987年)教授。 近世被差別民に関する研究を行い、平成9年(1997年)には『近世被差別民史の研究』(校倉書房, 1996)で東京都立大学から博士号を授与される。 被差別民とは、身分制を維持するため政策的に作り出されたもの(部落差別政治的創出論)ではなく、社会の中で自然と生まれたものである(習俗的差別論)という論陣を張った。
柴 桂子(しば けいこ、1937年2月18日 - )は、日本… 柴 桂子(しば けいこ、1937年2月18日 - )は、日本の歴史学者。桂文庫主宰。専門は日本近世史・女性史。 福岡県北九州市生まれ。高校卒業後9年間のブランクを経て早稲田大学文学部入学、在学中に結婚。卒業論文『江戸時代の女たち 封建社会に生きた女性の精神生活』が単行本となる。 80歳を機に静岡県掛川市に転居、引き続き勉強会などを主宰している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
尾川 昌法(おがわ まさのり、1937年1月22日 - )は… 尾川 昌法(おがわ まさのり、1937年1月22日 - )は、日本の歴史学者。社団法人部落問題研究所理事・大阪民衆史研究会会長・元立命館大学非常勤講師。専門は日本近代史・社会運動史・部落史。 1963年立命館大学文学部史学科卒業。1967年同大学大学院文学研究科修士課程修了。同年桃山学院中学校・高等学校教諭となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
濱島 敦俊(はましま あつとし、1937年-)は、日本の歴史… 濱島 敦俊(はましま あつとし、1937年-)は、日本の歴史学者、東洋史学者。文学博士、学術博士(博士(学術))、大阪大学名誉教授。専門は宋代から清代までの中国社会経済史で、また中国でフィールドワークをおこない未解明の民間信仰も研究した。 鹿児島県喜入村瀬々串(現・鹿児島市喜入瀬々串町)出身。鹿児島県立甲南高等学校を経て、1962年に東京大学文学部を卒業し、同大学院に進む。1965年に東京大学東洋文化研究所助手となり、高知大学文理学部助教授と北海道大学文学部助教授を経て、中国社会科学院近代史研究所客員研究員。1980年1月、論文「均田均役法の研究」により東京大学から文学博士の学位を授与される。1985年、大阪大学文学部助教授(東洋史学)となり、1987年に教授へ昇任して2001年まで務めた。
坂元 義種(さかもと よしたね、1937年 - )は、日本の… 坂元 義種(さかもと よしたね、1937年 - )は、日本の歴史学者。専門は朝鮮古代史。 1960年、新潟大学人文学部史学科卒業。1965年、大阪大学大学院文学研究科博士課程中退。京都府立大学助教授、京都府立大学教授、龍谷大学教授。2008年、龍谷大学名誉教授。 石井正敏は、「倭の五王研究に画期的な業績をあげた坂元氏」「緻密な文献考証、史料批判を宗とされる坂元氏」と評している。
北原 敦(きたはら あつし、1937年 - )は、日本の歴史… 北原 敦(きたはら あつし、1937年 - )は、日本の歴史学者。北海道大学名誉教授。元立正大学、帝京大学教授。専門はイタリア史、ファシズム。 近現代イタリア史研究の第一人者。師柴田三千雄とともに5歳年長の二宮宏之の影響が決定的とされる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 智夫(すずき ともお、1937年 - 2025年)は、… 鈴木 智夫(すずき ともお、1937年 - 2025年)は、日本の歴史学者。元愛知学院大学教授。専門は東洋史、中国近代史(社会経済史)。博士(文学)。
長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経… 長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経済学者・歴史学者、津田塾大学名誉教授。専門はアメリカ社会経済史。 1960年(昭和35年)東京都立大学人文学部卒業。1966年(昭和41年)一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得後退学。指導教官は小原敬士。ウィスコンシン大学に留学。津田塾大学講師となり、のち助教授・教授を歴任。この間、ミシガン大学、ニューヨーク市立大学、ノースカロライナ大学研究員。2004年(平成16年)「アメリカ社会運動史研究 産業別組織会議 (CIO) の諸問題」で一橋大社会学博士。2008年(平成20年)定年。
岩崎 鐵志(いわさき てつし、1937年 - )は、日本の歴… 岩崎 鐵志(いわさき てつし、1937年 - )は、日本の歴史学者(洋学史・国学史)。学位は文学修士。静岡県立大学名誉教授。名の「鐵」は「鉄」の旧字体であるため、新字体で岩崎 鉄志(いわさき てつし)と表記されることもある。 静岡女子短期大学文学科教授、静岡県立大学短期大学部教授、静岡県立大学短期大学部附属図書館館長、静岡県立大学短期大学部部長、静岡文化芸術大学文化政策学部教授などを歴任した。 洋学史や国学史を専攻する歴史学者である。洋学や国学の歴史的な展開と背景の研究で知られている。静岡女子短期大学、静岡県立大学、静岡文化芸術大学などで教鞭を執った。 1937年(昭和12年)に生まれた。国が設置・運営する東北大学に進学し、1961年(昭和36年)まで文学部の国史学科にて学んだ。
丹 喬二(たん きょうじ、1937年 - 2011年1月3日… 丹 喬二(たん きょうじ、1937年 - 2011年1月3日)は、日本の歴史学者。元日本大学文理学部教授。専門は宋代社会経済史を中心とした中国前近代史。 東京教育大学卒業。修士(文学)。日本大学文理学部で2007年前学期まで教授。 コーヒー、タバコ、風呂、散歩、孫と遊ぶことが好きである。[独自研究?] この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
左近 毅(さこん たけし、1936年11月25日 - 200… 左近 毅(さこん たけし、1936年11月25日 - 2002年1月4日)は、日本の歴史学者。専門はロシア文化史、思想史。大阪市立大学名誉教授。 1936年東京生まれ。1956年3月東京都立国立高等学校を卒業後、1957年4月東京外国語大学ロシア科に入学。1962年3月同大学同科を卒業後、同年4月一橋大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程に入学。一橋大学では金子幸彦に師事した。1967年3月に同修士課程を修了(社会学修士)。 修学後は、社団法人流通問題研究協会研究員(1967年6月 - 1969年10月)、群馬工業高等専門学校教養学科専任講師(ロシア語・英語担当、1969年10月 - 1974年3月)・助教授(1974年4月 - 1976年3月)を経て、1976年4月大阪市立大学文学部助教授に就いた。
米田 雄介(よねだ ゆうすけ、1936年〈昭和11年〉10月… 米田 雄介(よねだ ゆうすけ、1936年〈昭和11年〉10月28日 - 2024年〈令和6年〉8月20日)は、日本の歴史学者。公益財団法人古代学協会理事、広島県立女子大学・神戸女子大学名誉教授。宮内庁正倉院事務所長などを歴任した。学位は文学博士(大阪大学・論文博士・1975年)。位階勲等は従四位瑞宝小綬章。 1936年(昭和11年)10月28日、兵庫県神戸市に生れる。1964年(昭和39年)に大阪大学大学院博士課程単位取得退学。同年、大阪大学文学部助手。 1966年(昭和41年)、宮内庁書陵部に出向。1975年(昭和50年)「日本古代地方行政機構の研究 郡司制を中心として」で大阪大学より文学博士の学位を取得。
平田 耿二(ひらた こうじ、1936年10月8日 - 201… 平田 耿二(ひらた こうじ、1936年10月8日 - 2014年6月4日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代政治史。上智大学名誉教授。古代史の戸籍について研究した。
青木 美智男(あおき みちお、1936年〈昭和11年〉10月… 青木 美智男(あおき みちお、1936年〈昭和11年〉10月7日 - 2013年〈平成25年〉7月11日 )は、日本の歴史学者。元専修大学文学部教授。専門は日本近世社会史・文化史。近世史研究の第一人者と評された。 1936年10月7日、福島県東白川郡棚倉町に生まれる。明治大学文学部史学地理学科卒業。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。日本福祉大学社会福祉学部助教授、同大学経済学部教授を経て、1997年4月より専修大学文学部教授。2007年3月専修大学を定年退職。 専修大学校史の編纂やミシェル・ベルンシュタイン文庫の研究に尽力した。 2013年7月11日、調査先の金沢で誤嚥性肺炎により死去。
三谷 太一郎(みたに たいちろう、1936年9月29日 - … 三谷 太一郎(みたに たいちろう、1936年9月29日 - )は、日本の政治学者・歴史学者。東京大学名誉教授、宮内庁参与、日本学士院会員。専門は日本政治外交史、特に大正デモクラシー期の日本政治史研究で知られる。
奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 20… 奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 2008年7月7日)は、日本の歴史学者、日本医科大学名誉教授。日本中世史・日本医学史専攻。 東京生まれ。1961年早稲田大学教育学部卒業、1971年同大学大学院文学研究科博士課程修了(国史)。同年、日本医科大学歴史学教室専任講師、日本医科大学助教授、1986年教授、2002年定年退職、名誉教授。 この他、1986年~2002年早稲田大学教育学部兼任講師や2008年早稲田大学エクステンションセンター講師なども務めた。苗字に関する著書もあり、苗字や名前の歴史学についての専門家でもある。 日本中世の武士を専門に研究、清和源氏、北条氏、鎌倉幕府、源平争乱、姓氏などについての一般向け書物を多数執筆し、大河ドラマ『北条時宗』(2001年)、『義経』(2005年)などで時代考証、監修を行った。
高瀬 弘一郎(髙瀨 弘一郎、たかせ こういちろう、1936年… 高瀬 弘一郎(髙瀨 弘一郎、たかせ こういちろう、1936年6月8日 - )は、日本の歴史学者、慶應義塾大学名誉教授。東京都出身。専攻は近世日欧交渉史、キリシタン史。 東京都立西高等学校を経て、慶應義塾大学文学部史学科卒業、同大学院博士課程単位取得退学。1977年「キリシタン時代の研究 とくに教会の政治的、経済的活動を中心に」で慶大文学博士。慶應義塾大学文学部助教授、教授、2002年定年、名誉教授。 ヨーロッパ各国に保存されている一次史料の調査・解読作業の成果を基礎に、戦国時代~江戸時代初期の日本において布教活動をおこなったカトリック教会の経済的基盤や、スペイン・ポルトガルの国家政策とのかかわりについて明らかにした。
金子民雄(かねこ たみお、1936年5月20日- )は、日本… 金子民雄(かねこ たみお、1936年5月20日- )は、日本の歴史学者。 東京生まれ。日本大学商学部卒業。中央アジア史、東南アジア史の調査・研究を行う。白水社などでの探検調査記録の編さんも多く行っている。哲学博士(未確認)。兄の金子史朗は地震学者・サイエンスライターである。
稲葉 一郎(いなば いちろう、1936年5月3日 - 201… 稲葉 一郎(いなば いちろう、1936年5月3日 - 2017年9月23日)は、日本の歴史学者である。関西学院大学名誉教授。文学博士。専門は東洋史学思想史。 1936年、大阪市生まれ。京都大学文学部卒、1966年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。学部・大学院では宮崎市定に師事した。 1967年より立命館大学文学部助手。その後、同助教授・教授。1980年に関西学院大学文学部教授となる。1989年、「中国史学史研究」を京都大学に提出して文学博士号を取得。2005年に関西学院大学を退職して名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高木 昭作(たかぎ しょうさく、1936年3月29日 - 2… 高木 昭作(たかぎ しょうさく、1936年3月29日 - 2011年7月10日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。日本近世政治史専攻。 愛媛県生まれ。1959年東大文学部国史学科卒、1965年同大学院博士課程中退、東京大学史料編纂所助手、助教授、教授、所長、1996年「日本近世国家史の研究」で文学博士、同年定年退官、帯広大谷短期大学学長、放送大学教授。2007年春、瑞宝中綬章受勲。 2011年7月10日、肝不全のため東京都小平市の病院で死去。75歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025… 海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025年2月6日 )は、日本の教育学者・歴史学者。教育学博士(京都大学・論文博士・1973年)。元京都学園大学学長、京都大学名誉教授。専門は日本教育史特に江戸時代から近代にかけての教育、吉田松陰や松下村塾などについて研究。
太田 健一(おおた けんいち、1936年2月15日 - 20… 太田 健一(おおた けんいち、1936年2月15日 - 2016年1月23日)は、日本の歴史学者、山陽学園大学名誉教授。 岡山県邑久郡邑久町(現・瀬戸内市)生まれ。1954年に私立関西高等学校卒業、1958年に岡山大学教育学部卒業。大学時代は谷口澄夫に師事する。関西高等学校教諭、児島第一高等学校教諭、岡山市立工業高等学校教諭、岡山県立岡山東商業高等学校教諭を経て、1989年広島県立広島女子大学助教授、1994年山陽学園大学教授、2006年山陽学園大学特任教授を経て2009年退職。山陽学園大学名誉教授。 公益財団法人竜王会館理事、学校法人山陽学園監事、日本塩業研究会代表・会長、閑谷学校研究委員会委員長、方谷研究会代表などを務めた。
麻田 貞雄(あさだ さだお、1936年1月29日 - 201… 麻田 貞雄(あさだ さだお、1936年1月29日 - 2019年2月4日)は、日本の歴史学者。同志社大学名誉教授。専門はアメリカ外交史・日米関係史。 京都市に生まれる。同志社中学校・高等学校を経て、1958年にカールトン・カレッジを歴史学専攻で卒業した。1960年にイェール大学大学院修士課程、1963年に同大学院博士課程を修了、Ph.D(歴史学)の学位を取得した。 同志社大学アメリカ研究所研究員(1963-64年)、同講師(1964-67年)、同助教授(1967-72年)を経て、1972年より同志社大学法学部助教授、教授を歴任し、2006年に定年退官した。 『両大戦間の日米関係』で1994年度・第12回吉野作造賞を受賞。
新崎 盛暉(あらさき もりてる、1936年1月27日 - 2… 新崎 盛暉(あらさき もりてる、1936年1月27日 - 2018年3月31日)は、日本の歴史学者・沖縄史評論家。反戦運動家。沖縄大学名誉教授。専門は沖縄現代史。 東京府東京市杉並区天沼生まれ。1961年、東京大学文学部社会学科卒業。都庁勤務を経て、1974年に沖縄に移住し、同年から沖縄大学助教授、1975年から教授。1983年~1989年には学長を務め、2001年~2004年には2度目の学長を務めた。2004年に退任し、名誉教授となる。 反戦運動家として活動し、1978年に伊波普猷賞、1984年に沖縄研究奨励賞、1993年・2013年に沖縄タイムス出版文化賞、2006年日本平和学会平和賞を受賞。
上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - … 上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - 2023年2月7日)は、日本の歴史学者(郷土史家)・教育者。信州大学名誉教授。専攻は日本近代史。 長野県松本市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年に東京教育大学文学部史学科を卒業。長野県内の公立高等学校教諭を経て、長野県県政史編纂室に勤務後、長野県短期大学助教授、信州大学教授を経て、長野県短期大学学長。 2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
小川 国治(おがわ くにはる、1936年1月1日 - 202… 小川 国治(おがわ くにはる、1936年1月1日 - 2025年6月15日)は、日本の歴史学者。山口大学名誉教授。専攻は日本史学。 1936年、広島県広島市生まれ。1966年広島大学大学院文学研究科修士課程修了。1968年広島大学大学院文学研究科博士課程(国史学専攻)退学。山口大学教育学部教授、広島大学総合科学部教授、東亜大学大学院教授を歴任。山口大学名誉教授。 2025年6月15日死去。89歳没。
上田 さち子(うえだ さちこ、1936年 - )は、日本の歴… 上田 さち子(うえだ さちこ、1936年 - )は、日本の歴史学者。大阪府立大学名誉教授。専攻は日本中世宗教史、民間信仰史。 大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪市立博物館学芸員、大阪府立大学助教授、教授を務めた。 著書に『修験と念仏――中世信仰世界の実像』(平凡社選書、2005年)、論文に「叡尊と大和の西大寺末寺」(大阪歴史学会編『中世社会の成立と展開――大阪歴史学会二十五周年記念』吉川弘文館、1976年)、「大和国の宗教地図――笠置山地・吉野と奈良盆地の関わりを中心に」(高木豊、小松邦彰編『鎌倉仏教の様相』吉川弘文館、1999年)など。
西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の… 西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の歴史学者、日本女性史研究者、相愛大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年、京都女子大学文学部卒。相愛大学教授。2007年、定年退任、名誉教授。
加藤 祐三(かとう ゆうぞう、1936年 - )は、日本の歴… 加藤 祐三(かとう ゆうぞう、1936年 - )は、日本の歴史学者。横浜市立大学・都留文科大学名誉教授。専門は日本近代史・近代アジア史。 横浜市立大学教授を経て、同大第14代学長(1998~2002年)。国際日本文化研究センター客員教授、都留文科大学第12代学長(2010~2014年)を歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
田辺 悟(たなべ さとる、1936年〈昭和11年〉 - )は… 田辺 悟(たなべ さとる、1936年〈昭和11年〉 - )は、日本の民俗学者・歴史学者。三浦市文化財保護委員会会長や、千葉経済大学経済学部教授、横須賀市自然・人文博物館館長を務めた。専門は海村民俗学、民具学、文化史学 神奈川県横須賀市に生まれる。法政大学社会学部を卒業し、中学校の教員として務める。その後、横須賀市自然博物館・人文博物館両館長、千葉経済大学経済学部教授を歴任する。 1996年(平成8年)に『近世日本蜑人伝統の研究』で博士(文学)の学位を法政大学から取得した。 『日本蜑人伝統の研究』で第29回柳田国男賞を受賞。2008年(平成20年)に旭日小綬章を受章する。 また、日本民具学会会長、文化庁文化審議会専門委員などを歴任した。
久保田 文次(くぼた ぶんじ、1936年 - 2022年7月… 久保田 文次(くぼた ぶんじ、1936年 - 2022年7月1日)は、日本の歴史学者。日本女子大学名誉教授。専門は中国近代史。 1936年、山梨県で生まれた。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京教育大学文学部史学科で学んだ。1959年に卒業し、同大学大学院文学研究科に進学。1967年に博士課程を退学。 1969年、日本女子大学文学部専任講師に就いた。その後、助教授、教授に昇格。2005年に日本女子大学を退職し、同大学名誉教授 となった。その後は郷里の山梨県立大学教授となり、国際政策学部長も務めた。2009年に同大学を定年退職した。2022年に死去。
中村 政則(なかむら まさのり、1935年12月17日 - … 中村 政則(なかむら まさのり、1935年12月17日 - 2015年8月4日)は、日本の歴史学者。専門は、日本近現代史。学位は、経済学博士(一橋大学・1981年)(学位論文「近代日本地主制史研究 資本主義と地主制」)。一橋大学名誉教授。「最後の講座派」と呼ばれていた。オックスフォード大学客員教授等を歴任。 現在の東京都新宿区生まれ。祖父は埼玉県出身。1961年一橋大学商学部卒業、1963年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1966年同博士課程単位修得退学。大学時代はホッケー部に所属。一橋大の日本経済史講座断絶後着任した古島敏雄を指導教官とし、永原慶二にも師事した。 1966年一橋大学経済学部専任講師、1970年同助教授、1977年同教授、1979年ハーヴァード大学東アジア研究センター客員研究員、1981年「近代日本地主制史研究 資本主義と地主制」で一橋大学より経済学博士の学位を取得。
山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2… 山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2021年11月4日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。立命館大学名誉教授。 旧満洲撫順出身。後に、満洲での中国人との関わりや引き揚げ体験の記憶が、自らの歴史観に大きく影響していたと回顧している。 1962年、立命館大学二部(夜間)文学部日本文学専攻に入学。中国文学専攻の白川静の授業を受講して学問に目覚めた。北山茂夫と出会ったことにより日本古代史を志し、一部(昼間)文学部日本史学専攻に転籍した。卒業論文は「魏志倭人伝の史料批判」で、『立命館文学』267号(1967年)に掲載された。 大学院修士課程に進学し、1969年に立命館大学文学部助手となった。
大口 勇次郎(おおくち ゆうじろう、1935年(昭和10年)… 大口 勇次郎(おおくち ゆうじろう、1935年(昭和10年)8月 - )は、日本の歴史学者。専門は、日本の近世社会史・女性史。お茶の水女子大学名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。 東京府生まれ(現世田谷区)。1959年東京大学文学部国史学科卒、1964年同大学院博士課程満期退学。東京大学助手、1966年お茶の水女子大学専任講師、1968年助教授、1978年教授、2001年定年退官、名誉教授、聖徳大学教授、2007年退職。2014年春、瑞宝中綬章受勲。