古澤 光紀(ふるさわ みつのり、1987年(昭和62年)10… 古澤 光紀(ふるさわ みつのり、1987年(昭和62年)10月28日-)は、日本のボートレーサー。登録番号4522。身長166cm。体重54kg。血液型B型。福岡県糟屋郡出身。同期に深谷知博、黒井達矢、北山康介、峰重侑治、清水沙樹、小野生奈らがいる。
職業がボート:122人
古澤 光紀(ふるさわ みつのり、1987年(昭和62年)10… 古澤 光紀(ふるさわ みつのり、1987年(昭和62年)10月28日-)は、日本のボートレーサー。登録番号4522。身長166cm。体重54kg。血液型B型。福岡県糟屋郡出身。同期に深谷知博、黒井達矢、北山康介、峰重侑治、清水沙樹、小野生奈らがいる。
江崎 一雄(えざき かずお、1987年7月23日-)は、福岡… 江崎 一雄(えざき かずお、1987年7月23日-)は、福岡県福岡市西区出身の元ボートレーサー。登録第4657号。麻生建築&デザイン専門学校中途退学。同期には小野達哉らがいる。
島田 なぎさ(しまだ なぎさ、1987年4月26日 - )は… 島田 なぎさ(しまだ なぎさ、1987年4月26日 - )は、埼玉県上尾市出身のボートレーサー。A型。登録第4726号。111期。
青木 玄太(あおき げんた、1987年2月22日 - )は、… 青木 玄太(あおき げんた、1987年2月22日 - )は、滋賀県出身のボートレーサー。登録第4448号。血液型A型。滋賀支部所属。父は競艇選手の青木孝司(登録第3060号)。同期に桐生順平、松尾昂明、鎌倉涼がいる。
深川 麻奈美(ふかがわ まなみ、1987年1月21日 - )… 深川 麻奈美(ふかがわ まなみ、1987年1月21日 - )は、熊本県出身のボートレーサーである。登録第4447号。100期。 熊本県に生まれ育つ。熊本県立熊本工業高等学校卒業。 (as of 14 Feb.)
夏山 亮平(なつやま りょうへい、1986年5月19日 - … 夏山 亮平(なつやま りょうへい、1986年5月19日 - )は、大阪府四條畷出身のボートレーサー。登録第4462号。身長171cm。血液型O型。101期。父は元競艇選手の夏山博史(2899)。同期に篠崎仁志、片岡雅裕、後藤翔之、大池佑来らがいる。近畿大学付属高等学校卒業。妻の坂咲友理も大阪支部所属の競艇選手である。
渡邉 雄朗(わたなべ たけろう、1986年(昭和61年)5月… 渡邉 雄朗(わたなべ たけろう、1986年(昭和61年)5月1日 - )は、千葉県市川市出身のボートレーサー。千葉県立船橋東高等学校、法政大学人間環境学部卒業。 登録第4748号。身長171cm。血液型A型。112期。東京支部所属。同期に、山田祐也 、富樫麗加、今泉友吾、野田部宏子、馬場剛らがいる。
峰 竜太(みね りゅうた、1985年3月30日 - )は、佐… 峰 竜太(みね りゅうた、1985年3月30日 - )は、佐賀県唐津市出身・在住のボートレーサー。 佐賀支部所属。唐津市立鬼塚中学校、佐賀県立唐津西高等学校卒業。 登録第4320号、95期。弟子に同じ支部の山田康二とその同期の上野真之介、高田明、安河内将、定松勇樹がいる。
井内 将太郎(いうち まさたろう、1984年12月16日 -… 井内 将太郎(いうち まさたろう、1984年12月16日 - )は、広島県出身のMFJ全日本トライアル選手権の元国際A級スーパークラスライダー、現ボートレーサー。登録第4600号。106期。広島県立安西高等学校卒業。
竹野 未華(たけの みか、1984年10月15日 - )は、… 竹野 未華(たけの みか、1984年10月15日 - )は、福岡県北九州市出身の元ボートレーサーである。登録第4722号。111期。引退後はボートレース芦屋のピットMCを務める。
坂口 愛(さかぐち あい、1984年9月26日 - )は、大… 坂口 愛(さかぐち あい、1984年9月26日 - )は、大阪府柏原市出身の元ボートレーサー。登録第4599号。大阪府立布施高等学校、奈良県立大学卒業。
平本 真之(ひらもと まさゆき、1984年5月5日 - )は… 平本 真之(ひらもと まさゆき、1984年5月5日 - )は、愛知県大府市出身のボートレーサー。登録第4337号。身長159cm。血液型A型。96期。師匠は上島久男(登録番号2447)、妻に元競艇選手の平本さやか(旧姓は栃原・登録番号4455)、同期に新田雄史、魚谷香織、篠崎元志がいる。
大同 秀憲(だいどう ひでのり、1983年4月7日 - )は… 大同 秀憲(だいどう ひでのり、1983年4月7日 - )は日本の男子ボート選手(ローイング選手)。福井県出身。 福井県立美方高等学校、仙台大学卒。関西電力所属。
浜田 美咲(はまだ みさき、1983年3月29日 - )は、… 浜田 美咲(はまだ みさき、1983年3月29日 - )は、日本のボート(ローイング)選手。旧姓は熊倉。埼玉県桶川市出身、現在は埼玉県戸田市在住。埼玉県立浦和第一女子高等学校、早稲田大学卒業後、現在戸田中央総合病院ローイングクラブ所属。愛称は旧姓からくまちゃん、はまちゃん。また愛称からクマのマークを用いることも多い。 中学時代は競泳(バタフライ)の選手として国体にも出場。埼玉県立浦和第一女子高等学校に進学後ボートを始め、1浪後に早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現・早稲田大学スポーツ科学部)に入学。以降は日本のトップ選手として活躍中。2002年には、全日本大学ボート選手権において、女子シングルスカルで優勝を果たした。
熊倉 美咲(くまくら みさき、1983年3月29日 - )は… 熊倉 美咲(くまくら みさき、1983年3月29日 - )は、日本のボート選手。埼玉県桶川市出身。埼玉県立浦和第一女子高等学校、早稲田大学卒業後、現在戸田中央総合病院所属。愛称はくまちゃん。また愛称からクマのマークを用いることも多い。
齊藤 優(さいとう ゆう、1982年5月1日 - )は、徳島… 齊藤 優(さいとう ゆう、1982年5月1日 - )は、徳島県美馬郡出身のボートレーサー。登録第4247号。血液型B型。93期。徳島支部所属。師匠は濱村芳宏(登録第3295号)、同期に渡辺浩司、真庭明志、馬場貴也、長田頼宗らがいる。妻は、元ボートレーサーの芦村幸香。
今井 裕介(いまい ゆうすけ、1982年1月7日 - )は日… 今井 裕介(いまい ゆうすけ、1982年1月7日 - )は日本の男子ボート選手(ローイング選手)。長野県出身。 長野県岡谷南高等学校、中央大学卒。NTT東日本-東京所属。
田口節子(たぐち せつこ、1981年1月14日 - )は、岡… 田口節子(たぐち せつこ、1981年1月14日 - )は、岡山県出身のボートレーサーである。 登録番号4050。85期。岡山支部所属。妹は中ノ森BANDのYUCCOこと田口裕美子。
大久保 信一郎(おおくぼ しんいちろう、1980年(昭和55… 大久保 信一郎(おおくぼ しんいちろう、1980年(昭和55年)6月28日 - )は、佐賀県唐津市出身のボートレーサー。登録第4112号。血液型B型。88期。佐賀支部所属。同期に、吉永則雄、三井所尊春らがいる。趣味は競輪と麻雀。
片岡 勇(かたおか ゆう、1980年5月28日 - )は日本… 片岡 勇(かたおか ゆう、1980年5月28日 - )は日本の男子ボート選手(ローイング選手)。熊本県出身。 熊本学園大学付属高等学校、慶應義塾大学卒。明治安田生命所属。
岩本 亜希子(いわもと あきこ、1978年9月25日 - )… 岩本 亜希子(いわもと あきこ、1978年9月25日 - )は、日本のボート選手。長野岡谷南高校、早稲田大学、日本体育大学大学院修了アイリスオーヤマ所属。愛称は「アッキー」。
芦澤 望(あしざわ のぞむ、1978年1月25日 - )は、… 芦澤 望(あしざわ のぞむ、1978年1月25日 - )は、千葉県船橋市出身の競艇選手、ボートレーサー。 登録番号4053。デビューは2000年4月。身長167cm。体重55kg。血液型A型。 86期の最年長。(主な同期には吉田俊彦、萩原秀人、市橋卓士、原田篤志、柳沢一、中野次郎などがいる) 東海大学の在学中、元smapの森且行がオートレーサーに転身したのをきっかけに 年齢的にギリギリ受験資格のあった、オートレースと競艇(現、ボートレース)の 試験を軽い気持ちで試しに受験したところ、競艇だけ合格することができた、と言っている。 本栖研修所を経て2000年5月に平和島競艇場でデビュー。 2003年にはA級に昇格。
香川 素子(かがわ もとこ、1977年1月8日 - )は、大… 香川 素子(かがわ もとこ、1977年1月8日 - )は、大阪府大阪市出身で京都府京都市在住のボートレーサーである。登録第3900号。身長157cm。血液型AB型。80期。滋賀支部所属。同期に鎌田義、池田明美、白井英治らがいる。 キャッチフレーズは「都のはんなりレーサー」、「水上の女豹」。
赤岩 善生(あかいわ よしお、1976年2月8日 - )は、… 赤岩 善生(あかいわ よしお、1976年2月8日 - )は、愛知県出身のボートレーサー。 登録第3946号。身長169cm。血液型A型。82期。愛知支部所属。同期に坪井康晴、菊地孝平らが、弟子に宇野弥生らがいる。 愛知支部の中では鈴木幸夫・大嶋一也(いずれも引退)の流れをくむイン屋である。
浦 和重(うら かずしげ、1975年11月10日 - )は、… 浦 和重(うら かずしげ、1975年11月10日 - )は、日本のボート選手(ローイング選手)。NTT東日本-東京北所属。 福岡県糸島市(旧二丈町)出身。私立福岡舞鶴高校ボート部出身。日本大学卒業。高校時代よりボート競技を始め、2004年アテネオリンピックでは武田大作とともに軽量級ダブルスカルに日本代表として出場し、6位入賞。 2005年8月31日に岐阜県長良川国際レガッタコースで行われた世界選手権では、軽量級シングルスカル敗者復活戦で当時の世界最高に相当するタイムでゴールしたが、順流が強かったため参考記録とされた。
石渡 鉄兵(いしわた てっぺい、1974年12月6日 - )… 石渡 鉄兵(いしわた てっぺい、1974年12月6日 - )は、千葉県市原市出身のボートレーサー。千葉県立木更津高等学校卒業。同期には勝野竜司、鳥飼眞、本部めぐみ、伊藤誠二、立間充宏、辻栄蔵、守田俊介など。登録第5279号の石渡翔一郎(131期)の実父である。
横西 奏恵(よこにし かなえ、1974年7月6日 - )は、… 横西 奏恵(よこにし かなえ、1974年7月6日 - )は、日本の元ボートレーサーである。登録番号3774。76期生。徳島支部所属。師匠は濱村芳宏。身長156cm。血液型A型。石川県白山市(旧松任市)出身。生後まもなく徳島県に移り住んだ。一時期埼玉県川口市に在住し、ボートレース戸田でレースを見たことが選手を志すきっかけになった。 ニックネームは「かなちゃん」「横ちん」「マヨニシ」。 以前に後輩で同じく本栖チャンプである佐々木和伸と結婚したが、後に離婚。2018年にボートレーサーとなった山崎小葉音は佐々木との間にできた子供(現夫である山崎とは養子の関係である)。その後引退後に山崎との間に1児(女児)を授かっている。
鎌田 義(かまだ ただし、1974年5月10日 - )は、兵… 鎌田 義(かまだ ただし、1974年5月10日 - )は、兵庫県三原郡緑町(現南あわじ市)出身の元ボートレーサー。登録第3887号。80期 ニックネームは「カマギー」。同期に白井英治、重成一人、平田忠則らがいる。 兵庫県立三原高等学校時代に競艇選手を目指し、一度受験したが失敗。高校卒業後は宝石の営業の仕事をしていたが(後述)、阪神・淡路大震災をきっかけに、彼は両親が運営する孤児院を継ぐために、仕事を辞めて専門学校に通い出した。しかし、競艇選手の夢が捨てきれずに再び受験したところ合格。本栖研修所での養成訓練を経て、1997年5月23日地元尼崎競艇場にて開催された一般競走1Rでデビューする。結果は、6コースから2着であった。
山崎 智也(やまざき ともや、1974年3月11日 - )は… 山崎 智也(やまざき ともや、1974年3月11日 - )は、群馬県邑楽郡邑楽町出身の元ボートレーサー。 登録第3622号、71期。身長165cm。群馬支部所属。群馬県立館林高等学校中退。同期には川北浩貴、天野晶夫、深川真二、海野ゆかり、岩崎芳美などがいる。 現役時代にはボートレース界を代表していたレーサーの一人で、安定感のあったレース運びに定評があり、コース取りは基本的には枠なりであったが、ピット離れが良いときには積極的に内に入ってくることもあった。ボートレーサーの職業病的な腰痛に苦しむ事があったものの、常にSGやG1で安定した成績を残した。 関東地区のボートレーサーの中では、毒島誠(群馬支部)、桐生順平(埼玉支部)および濱野谷憲吾(東京支部)らと並びファンの注目を集める選手である。
武田 大作(たけだ だいさく、1973年12月5日 - )は… 武田 大作(たけだ だいさく、1973年12月5日 - )は、日本のボート選手(ローイング選手)。愛媛大学所属。愛媛大学黒汐会。 愛媛県伊予市出身。178 cm、73 kg。伊予市立港南中学校、愛媛大学農学部附属農業高等学校、愛媛大学農学部卒業。同大学院農学研究科修了。 日本におけるボート競技の第一人者。1997年全日本選手権での男子シングルスカル優勝以後、同種目では2009年まで7年連続優勝を含む14回優勝の史上最多優勝記録を持つ(2004年及び2005年は海外遠征のため欠場)。練習場所は地元愛媛の瀬戸内海の海岸。 高校3年時に、シングルスカルにてインターハイ、国体で入賞。その後、愛媛大学3年時の1993年、東四国国体シングルスカルにて優勝。
上平 真二(うえひら しんじ、1973年11月28日 - )… 上平 真二(うえひら しんじ、1973年11月28日 - )は、広島県呉市出身のボートレーサー、youtuber。75期。登録番号は3737。身長168cm。血液型B型。私立呉港高校卒業。同期には桂林寛、徳増秀樹、林美憲、今坂勝広らがいる。
村田 修次(むらた しゅうじ、1973年7月11日 - )は… 村田 修次(むらた しゅうじ、1973年7月11日 - )は、東京都八王子市出身・在住のボートレーサー。東京都立富士森高等学校卒業。登録第3826号。身長166cm。血液型A型。78期。東京支部所属。ニックネームは「ムラッシュ」。師匠は長岡茂一、弟子には富樫麗加らがいる。
馬袋 義則(ばたい よしのり、1972年10月3日 - )は… 馬袋 義則(ばたい よしのり、1972年10月3日 - )は、兵庫県出身のボートレーサー。登録番号3612。身長168cm。血液型B型。71期。兵庫支部所属。同期に山崎智也、海野ゆかり、深川真二などがいる。 兵庫支部の実力者でありコンスタントにG1・SGに出場していたが、なかなかタイトルとは縁がなかった。しかし2012年戸田競艇場で行われた第47回総理大臣杯で、10回目のSG出場で初優出し一号艇で登場。そのままイン逃げを決め、G1を飛び越えSG初優勝となった。
松井 繁(まつい しげる、1969年11月11日 - )は、… 松井 繁(まつい しげる、1969年11月11日 - )は、大阪府吹田市出身のボートレーサー。登録第3415号。 大阪府吹田市南吹田出身。上に兄が一人いる。父親は寿司屋を経営していたが、本人は「包丁持つのも苦手」だとして、家業を継ぐ気は全く無かった。中学・高校時代はテニスをしていたが、目立つ選手ではなかったという。北陽高等学校在学時は将来の進路を見い出せず、大学や専門学校を数校受験するつもりでいたが、競艇選手の募集に応募したところ合格。北陽高等学校を卒業後に本栖研修所(現・ボートレーサー養成所)に入所する。なお競艇選手を志した経緯については、「父親が知人から競艇選手養成所の募集案内を渡されたのをきっかけに養成所にも出願した」、「父親の寿司屋の従業員から「ボートレーサーに向いてるんじゃないか?」って勧められた」など、文献によって異なる記述が見られる。
今垣 光太郎(いまがき こうたろう、1969年9月18日 -… 今垣 光太郎(いまがき こうたろう、1969年9月18日 - )は、日本のボートレーサー。 登録番号3388、福井支部所属。同期には滝沢芳行などがいる。座右の銘は「平常心」。石川県能美市在住。 これまでにSG競走で優勝9回を数え、さらにボートレースのオールスター戦SGである笹川賞競走では2002年・2004年・2005年と3回に渡りファン投票1位になるなど、人気・実力を兼ね備えたスター選手として活動している。 石川県加賀市にて誕生。 父・今垣武志もボートレーサー(36期・登録2664号:2007年現役引退)で、その影響も大きく、高校在学中に競艇選手の養成機関であった山梨県の本栖研修所の入所試験を受験。
市川哲也(いちかわ てつや、1968年10月1日 - )は、… 市川哲也(いちかわ てつや、1968年10月1日 - )は、広島県出身のボートレーサー。登録第3499号。身長164cm。血液型A型。67期。広島支部所属。 スタート力が持ち味の典型的な速攻派タイプ。
植木 通彦(うえき みちひこ、1968年4月26日 - )は… 植木 通彦(うえき みちひこ、1968年4月26日 - )は、福岡県北九州市出身の元ボートレーサー。登録第3285号。 現在は一般財団法人BOAT RACE振興会ボートレースアンバサダー。 福岡県立小倉商業高等学校2年時に中退。当時は野球部に所属。(ボートレーサー引退後に福岡県立博多青松高等学校に編入学して卒業。) その後、全国モーターボート競走会連合会本栖研修所に入所。 1986年11月21日から福岡競艇場で開催された一般戦でデビュー。 1986年12月25日から芦屋競艇場で開催された一般戦で初勝利。 1988年11月29日からびわこ競艇場で開催されたG3で初優出を果たす。 1989年1月16日、桐生競艇場でのレース中に転覆した際、後続艇のプロペラで顔面を切り刻まれ、全治5カ月、傷の縫合に75針を要する重傷を負う。
水長 照雄(みずなが てるお、1968年2月4日 - )は、… 水長 照雄(みずなが てるお、1968年2月4日 - )は、山口県岩国市出身の元ボートレーサー。登録第3559号。山口県立熊毛北高等学校卒業、東京理科大学山口短期大学中退。
山川 美由紀(やまかわ みゆき、1966年10月24日 - … 山川 美由紀(やまかわ みゆき、1966年10月24日 - )は、香川県出身のボートレーサー。 登録番号3232。身長154cm。血液型A型。57期。香川支部所属。キャッチフレーズはパワークイーン=力の女王。趣味はゴルフと温泉の他に、世界自然遺産巡り。好きな飲み物はシャンパン、好きな食べ物はお寿司とうどん。嫌いな食べ物は鰻。休日にはウォーキングの他、キックボクシングもしている。 生涯通算獲得賞金 1,021,005,715円(2020年9月10日現在) 高校は香川県立高松東高等学校で剣道部に所属していた。剣道三段。なお、高校は中途退学している。
熊谷 直樹(くまがい なおき、1965年3月29日 - )は… 熊谷 直樹(くまがい なおき、1965年3月29日 - )は、北海道旭川市出身、千歳市在住の元ボートレーサー。 登録第3200号。身長160cm。血液型A型。56期。東京支部所属。通算SG2回優勝、G1 8回優勝。異名は「北海のシロクマ」。
三好 悟(みよし さとる、1963年6月10日 - )は、福… 三好 悟(みよし さとる、1963年6月10日 - )は、福井県三方郡美浜町出身のボート競技選手(ローイング競技選手)。 1963年(昭和38年)6月10日、福井県三方郡美浜町に生まれた。美浜町は三方五湖の湖岸にあり、久々子湖を用いたボート競技(ローイング競技)が盛んな町である。 1984年(昭和59年)にはロサンゼルスオリンピックのボート競技男子舵手つきフォアに出場した。漕手は三好のほかに阿部肇(英語版)、川本俊介(英語版)、前口英明(英語版)の4人であり、舵手は小池明広(英語版)である。準決勝で敗退(8位)した。 1986年(昭和61年)3月、中央大学商学部を卒業した。韓国・ソウルで開催された1986年アジア競技大会では、阿部肇とのペアで男子舵手なしペアに出場して金メダルを獲得した。
吉田 稔(よしだ みのる、1956年11月29日 - )は、… 吉田 稔(よしだ みのる、1956年11月29日 - )は、群馬県出身のボートレーサー。 群馬県立桐生高等学校を卒業後、高崎プラザホテル勤務を経て、42期訓練生として本栖研修所に入り、リーグ戦勝率7.18(42期リーグ戦勝率2位)の成績で卒業した。1978年にデビューすると、2年半後にA級選手となる。1996年6月27日〜7月2日にかけて開催された第6回グランドチャンピオン決定戦で初日から超抜に仕上げて行き足から伸びが強力、予選を21111として予選トップ通過し優勝候補と注目される。しかし、優勝戦は準優勝戦を2着として6号艇4コースからコンマ19のスタートで出遅れ惜しくも2着に終わりSG初優勝を逃した。
桑原 淳一(くわばら じゅんいち、1956年2月11日 - … 桑原 淳一(くわばら じゅんいち、1956年2月11日 - )は、東京都江戸川区平井出身の元ボートレーサー。 息子の将光は現役のボートレーサー。 江戸川競艇場の目の先である平井で育ったが、1975年5月8日に多摩川で初出走を迎える。ちなみに東京支部の選手は基本的に平和島か多摩川でデビューすることになっているが、ホームプールは地元中の地元の江戸川になった。 当時の江戸川は千葉出身の選手が大活躍していたが、3年目の1977年9月6日に江戸川で初優勝を飾り、桑原は千葉の選手に交じって江戸川で頭角を表す。特に波乗りが上手いわけではなく、ターンスピードがあるわけでもなく、スタートもいたって普通であったが、江戸川の水面を熟知していたためにそつのないハンドルで勝利を量産。
黒明 良光(くろみょう よしみつ、1947年11月15日 -… 黒明 良光(くろみょう よしみつ、1947年11月15日 - )は、岡山県倉敷市出身の元ボートレーサー。 登録番号2090。22期。
福益 敏(ふくます とし、1946年1月26日 - )は、鳥… 福益 敏(ふくます とし、1946年1月26日 - )は、鳥取県旧法勝寺村(現南部町)出身の元ボート選手(ローイング選手)。 法勝寺中学校から米子東高校に進学すると、体格の良さを見込まれて端艇部に入部する。1963年のインターハイで7位入賞、翌1964年にも準決勝まで進出した。 その後同志社大学漕艇部からの誘いを受け進学、エイト(8人乗り)で2番を漕いだ。4回生のとき、全日本選手権(戸田)で同大は強豪を下して、関西勢初優勝を飾る。この結果1か月後のメキシコシティオリンピック日本代表に急遽選出されたが、高地練習のできないまま本番に臨むことになった。日本から送った使用艇が台風のため到着が遅れる不運もあり、競技結果は予選6位、敗者復活戦5位、順位決定戦6位といずれも最下位に終わった。
安岐 真人(あき まさと、1945年1月11日 - )は、香… 安岐 真人(あき まさと、1945年1月11日 - )は、香川県小豆郡土庄町出身の元ボートレーサー。 登録番号は1864。なお、兄の安岐義晴と娘の安岐奈緒子も元ボートレーサーである。
大江 英雄(おおえ ひでお、1944年1月8日 -)は、日本… 大江 英雄(おおえ ひでお、1944年1月8日 -)は、日本のボート選手(ローイング選手)。山形県山形市旅籠町生まれ。 日本大学山形高等学校(当時は山形第一高等学校)在学中は吹奏楽部に所属。中央大学に進み体育連盟ボート部に入部。在籍中に1964年東京オリンピックへと出場し、かじ付きフォアの整調(ストローク)を務めた。その後、山形新聞社勤務。同社退職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
芳野 法一(よしの のりいち、1943年4月8日 - )は、… 芳野 法一(よしの のりいち、1943年4月8日 - )は、日本のボート競技(ローイング競技)選手。東京都荒川区日暮里生まれ。 兄の芳野満彦は渡部恒明とともにマッターホルン北壁の日本人初登攀を達成した登山家。早稲田大学在籍中に1964年東京オリンピックへと出場し、かじ付きフォアのコックスを務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
加藤 峻二(かとう しゅんじ、1942年1月12日 - )は… 加藤 峻二(かとう しゅんじ、1942年1月12日 - )は、埼玉県秩父市出身の元ボートレーサー。 登録番号は1485番(5期生)、埼玉支部所属。 2015年5月7日の引退まで現役最年長レーサーであり、17歳のデビューから73歳まで現役で活躍した。 愛称は「峻ちゃん」。若年層の競艇ファンからは、その功績を称えて「御大」とも称される。 兄は、元オートレーサーの加藤義則(期前、元川口所属)。 サッカー少年として育ったが、実兄の義則がオートレーサーになっていたため、自身も16歳の頃にはその同じ道に進もうとしていた。試験にも受かっていたが、養成の関係から2年程待たされるため、競艇に種目換えした。埼玉県立小鹿野高等学校を2年で中退し、競艇選手を目指す。
岡本 義則(おかもと よしのり、1935年2月22日 - )… 岡本 義則(おかもと よしのり、1935年2月22日 - )は、福岡県北九州市小倉北区出身の元ボートレーサー。 兄の保は元オートレーサー。 1959年11月に6期生として選手登録され、彦坂郁雄・浅見敏夫・高田登らと共にデビュー。巧みなハンドルと卓越した整備力で、常に高い勝率をマークし、特に2コースの捌きは絶品であった。整備の熱心さから「走る教科書」と呼ばれ、前検日にはスタート特訓が終わると、真っ先に整備室の一角にある長机に陣取ってバルブの羽根を徹底的にいじっていた。その他の整備は一切せず、バルブ調整ばかりやっていた。1970年には驚異の171勝を挙げ、この記録は現在も破られていない。1980年には8月5日から10月17日にかけて22連勝を達成するが、現在も歴代3位の記録として残っている。