瀬川 拓郎(せがわ たくろう、1958年1月1日 - )は、… 瀬川 拓郎(せがわ たくろう、1958年1月1日 - )は、日本の考古学者、アイヌ研究者。札幌大学教授。 北海道札幌市生まれ。 中学卒業後は北海道札幌西高等学校に入学。1年次に考古学研究者を多数輩出した「郷土研究部」という部活動に入り、以後は部活OBのひとりである石附喜三男の研究室を土曜日の午後などに訪ね、発掘作業に帯同するなどしていた。 1980年岡山大学法文学部史学科卒業。1984年に旭川市に採用され、1999年より旭川市博物館学芸員。 2006年、「擦文文化からアイヌ文化における交易適応の研究」で総合研究大学院大学より博士(文学)を取得。アイヌが一大交易民族であり、アイヌ文化が他地域との交流の豊かなものであったことを論じた『アイヌ学入門』で第3回古代歴史文化賞を受賞した。
中村 誠一(なかむら せいいち、1958年 - )は、日本の… 中村 誠一(なかむら せいいち、1958年 - )は、日本の考古学者。金沢大学人間社会研究域附属国際文化資源学研究センター教授・早稲田大学客員教授。専門はマヤ考古学、マヤ文明史、マヤ文明論。 山梨県甲府市出身。山梨県立甲府第一高等学校・金沢大学法文学部史学科卒業(1983年)。埼玉大学大学院文化科学研究科修士課程修了。 マヤ文明の遺跡の一つである世界遺産コパン遺跡を中心に数多くのマヤ考古学プロジェクトを指揮。2000年にはコパン遺跡で、アクロポリスの外では初めてとなる「王墓」を発見するという、考古学界では世界的な大発見を成し遂げる。古代アメリカ学会の前身である古代アメリカ研究会の設立発起人の一人。
時枝 務(ときえだ つとむ、1958年 - )は、日本の考古… 時枝 務(ときえだ つとむ、1958年 - )は、日本の考古学者。専門は、歴史考古学・宗教考古学。立正大学文学部史学科教授。前職は、独立行政法人国立博物館東京国立博物館 - 文化財部列品課列品室主任研究員。 宗教考古学 - 山岳信仰遺跡出土遺物の研究 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山本 直人(やまもと なおと、1957年 - )は、日本の考… 山本 直人(やまもと なおと、1957年 - )は、日本の考古学者。名古屋大学教授。専門は縄文時代の考古学。
岡村秀典(おかむら ひでのり、1957年 - )は、日本の考… 岡村秀典(おかむら ひでのり、1957年 - )は、日本の考古学者。専門は中国考古学。公益財団法人黒川古文化研究所所長。学位は文学博士(京都大学・論文博士・2005年)(学位論文「中国古代王権と祭祀」)。京都大学人文科学研究所教授を経て、京都大学名誉教授。 奈良市生まれ。大阪教育大学附属高校天王寺校舎卒業、1980年京都大学文学部史学科考古学専攻卒業、1985年同大学院博士後期課程中退、京都大学文学部助手、九州大学文学部助教授を経て、京都大学人文科学研究所助教授、2005年教授。同年「中国古代王権と祭祀」で京都大学より文学博士の学位を取得。2000年に濱田青陵賞受賞。2019年に立命館白川静記念東洋文字文化賞(第13回)教育普及賞部門を受賞。
小川 英文(おがわ ひでふみ、1956年3月 - )は、日本… 小川 英文(おがわ ひでふみ、1956年3月 - )は、日本の考古学者。専門は東南アジア考古学。東京外国語大学名誉教授。
設楽 博己(したら ひろみ、1956年 - )は、日本の考古… 設楽 博己(したら ひろみ、1956年 - )は、日本の考古学者。学位は、博士(文学)(筑波大学・論文博士・2006年)(学位論文「弥生再葬墓とその社会の考古学的研究」)。東京大学名誉教授。 群馬県生まれ。群馬県立前橋高等学校卒、1978年静岡大学人文学部卒、1986年筑波大学大学院歴史人類学研究科博士課程(文化人類学専攻)単位取得退学。 1988年国立歴史民俗博物館考古研究部助手、1996年助教授、2004年駒澤大学文学部助教授、2006年「弥生再葬墓とその社会の考古学的研究」で筑波大学より博士(文学)の学位を取得、2007年教授、2010年東京大学大学院人文社会系研究科考古学研究室教授。2018年放送大学客員教授。
今尾 文昭(いまお ふみあき、1955年10月15日 - )… 今尾 文昭(いまお ふみあき、1955年10月15日 - )は、日本の考古学者。 兵庫県尼崎市生まれ。1974年同志社高等学校卒業。1978年同志社大学文学部文化学科文化史学専攻卒業。奈良県立橿原考古学研究所総括研究員。2008年「律令期陵墓の成立と都城」で奈良大学より博士(文学)を取得。
中井 均(なかい ひとし、1955年9月18日 - )は、日… 中井 均(なかい ひとし、1955年9月18日 - )は、日本の考古学者。専門は中・近世城館遺跡、近世大名墓。滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科名誉教授。NPO法人城郭遺産による街づくり協議会理事長。織豊期城郭研究会代表。大名墓研究会代表。 大阪府枚方市出身。龍谷大学文学部史学科卒業。(財)滋賀県文化財保護協会、米原町教育委員会、米原市教育委員会、滋賀県教育委員会、長浜城歴史博物館を経て、2013年から滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科教授となった。小学5年生から中・近世の城跡探検をはじめ、現在は日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備の委員を務める。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
今津 節生(いまづ せつお、1955年5月5日 - )は、日… 今津 節生(いまづ せつお、1955年5月5日 - )は、日本の考古学者、博士。奈良大学学長。専門は文化財保存科学。 和歌山県生まれ。和歌山県立田辺高等学校を経て、1978年駒澤大学経済学部卒業。1980年青山学院大学文学部史学科卒業。1982年同大学大学院文学研究科史学専攻(考古学)修士課程修了。1985年同博士課程単位取得退学。同年に福島県立博物館準備室学芸員を経て、同博物館保存科担当学芸員。1987年奈良県立橿原考古学研究所主任研究員、1989年同研究所保存科学研究室長。2000年同資料室総括研究員を兼務。 1994年京都工芸繊維大学大学院工学研究科学術博士。2005年九州国立博物館博物館科学科室長・課長を経て、2016年奈良大学文学部文化財学科教授。
難波 洋三(なんば ようぞう、1955年 - )は、日本の考… 難波 洋三(なんば ようぞう、1955年 - )は、日本の考古学者。奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長。現在は、 1955年、兵庫県姫路市生まれ。京都大学工学部を終了後、同大文学部へ編入。京都大学大学院に進学し、考古学を専攻。1986年、博士課程を修了した。 同1986年、京都大学文学部助手に採用された。1988年、京都国立博物館研究員に就いた。2008年より奈良文化財研究所に勤務。 専門は考古学で、弥生時代の銅鐸を中心に青銅器に関する研究が多い。また、近世土器やガンダーラ仏教時代の土器の研究についても、論考があり、堅実で独創的な成果をあげている。
田中 晋作(たなか しんさく、1955年 - )は、日本の… 田中 晋作(たなか しんさく、1955年 - )は、日本の考古学者。文学博士(関西大学にて取得)。池田市立歴史民俗資料館館長、山口大学人文学部教授を経て、同大学客員教授。専門は古墳時代中期の政権構造に関する研究。 1955年大阪府生まれ。1979年、関西大学文学部史学科卒業。同大学文学研究科日本史学専攻。1987年同大学博士課程単位満期取得退学。1993年に文学博士。池田市立歴史民俗資料館長を務めた後、2012年より山口大学人文社会学科歴史学講座教授を9年間務め、2021年に定年退職。同年より、同大学客員教授。古代武器研究会に所属。2015年から2017年まで下関市立考古博物館協議会委員の仕事に携わる。
坂井 秀弥(さかい ひでや、1955年 - )は、日本の考古… 坂井 秀弥(さかい ひでや、1955年 - )は、日本の考古学者、教育者、行政職員。岡村道雄の後任として、文化庁文化財部記念物課主任文化財調査官に着任。退官後、奈良大学文学部文化財学科教授となる。 1955年、新潟県新潟市沼垂生まれ。 1974年、関西学院大学文学部史学科に入学。1978年、関西学院大学大学院文学研究科日本史学専攻に進む。学部では福島好和、大学院では亀田隆之に指導を受ける。日本古代史を学ぶかたわら、大学の考古学研究会に所属し、大学院時代には宝塚市教育委員会で非常勤嘱託として発掘調査に従事する。 1980年、新潟県教育委員会に奉職。県内各地の発掘調査を担当する。1990年、新潟県文化行政課に異動となり、市町村との連絡調整や遺跡保存に従事する。
鶴嶋 俊彦(つるしま としひこ、1955年 - )は、日本の… 鶴嶋 俊彦(つるしま としひこ、1955年 - )は、日本の考古学者、博士。 熊本県熊本市生まれ。熊本県立鹿本高等学校、1977年駒澤大学文学部地理学科卒業。1979年同大学大学院人文科学研究科地理学専攻修士課程修了、熊本県教育庁埋蔵文化財調査員。1985年に人吉市教育委員会入庁し学芸員。熊本県教育委員会、多良木町教育委員会などで荒毛遺跡、願成寺文書などの文化財調査に従事。人吉城跡の調査や史跡保存整備、青井阿蘇神社の国宝指定などの文化財の保存活用に関わる。 2002年4月、新設の熊本大学大学院社会文化科学研究科博士課程文化学専攻入学(第1期生)。2005年3月、同大学院修了。論文「戦国大名の領域支配と城郭」で文学博士の学位を取得。
池田 榮史(池田 栄史、いけだ よしふみ、1955年〈昭和3… 池田 榮史(池田 栄史、いけだ よしふみ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の考古学者。國學院大學研究開発推進機構教授、琉球大学名誉教授。 1955年、熊本県で生まれた。1981年、國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻(考古学系)博士前期課程を修了。同大学助手を経て,1984年に琉球大学法文学部助教授,のちに教授に昇任。琉球大学を定年退官後,國學院大學研究開発推進機構教授。 長崎県北松浦郡の鷹島周辺海底に眠る元冦関連遺跡(鷹島神崎遺跡)の調査で知られる。
菊池誠一(きくち せいいち、1954年12月16日 - )は… 菊池誠一(きくち せいいち、1954年12月16日 - )は、日本の考古学者、昭和女子大学名誉教授。ベトナム考古学専攻。博士(学術) 群馬県高崎市滝川地区(旧滝川村)生まれ。群馬県立高崎高等学校卒業。1983年学習院大学大学院人文科学研究科修士課程修了。群馬県立吉井高等学校教諭など群馬県内の高校教員を歴任。1996年昭和女子大学大学院研究所国際文化研究所所員、1999年、国際協力事業団(現、JICA)派遣短期専門家(ベトナム)。2007年から昭和女子大人間文化学部教授。2011年から国際文化研究所副所長。2014年筑波大学大学院博士課程単位取得退学。2020年3月、昭和女子大学定年退職。昭和女子大学名誉教授。
石川 日出志(いしかわ ひでし、1954年11月27日 - … 石川 日出志(いしかわ ひでし、1954年11月27日 - )は、日本の考古学者、明治大学教授。 新潟県生まれ。1978年明治大学文学部史学地理学科考古学専攻卒、1983年同大学院文学研究科博士課程中退、明治大学文学部助手、1987年専任講師、1991年助教授、1997年教授。 福岡県志賀島出土の金印について、多く論文を発表し積極的に研究を行っている。石川は近年出てきた金印贋作説を否定し、「真印」とする説をとっている。
外山 秀一(とやま しゅういち、1954年6月 - )は、日… 外山 秀一(とやま しゅういち、1954年6月 - )は、日本の地理学者、考古学者。専門は考古地理学、環境考古学等。現在、皇學館大学文学部コミュニケーション学科教授。『山梨県史』編纂専門調査員。宮崎県日南市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高橋 学(たかはし まなぶ、1954年6月 - 2024年)… 高橋 学(たかはし まなぶ、1954年6月 - 2024年)は、日本の地理学者、考古学者。 専門は環境考古学、歴史地理学、災害史、土地利用史。立命館大学文学部教授、衣笠総合研究機構歴史都市防災研究所教授、環太平洋文明研究センター特任教授などを歴任した。微地形分析や歴史資料を活用した災害研究で知られ、地震・津波の歴史的視点からの解説を積極的に行った。 愛知県小牧市(旧東春日井郡篠岡村)出身。名古屋市立北高等学校を経て、1978年に立命館大学文学部地理学科地理学専攻を卒業。1980年に同大学院文学研究科修士課程を修了、1983年に博士課程後期課程単位取得退学。2004年に立命館大学より博士(文学)の学位を取得した。
入江 文敏(いりえ ふみとし、1954年 - )は、日本の考… 入江 文敏(いりえ ふみとし、1954年 - )は、日本の考古学者。関西大学文学部非常勤講師。専門は古墳時代史。小浜市・若狭町・高島市歴史文化基本構想等策定委員。 福井県出身。若狭地方の小学校、中学校社会科教諭、福井県立若狭歴史民俗資料館文化財調査員、福井県立若狭東高等学校社会科教諭を経て、1996年から2015年までの19年間、福井県立若狭高等学校社会科教諭(日本史)兼、教育相談室室長を歴任。 長年にわたり、若狭地方の古墳時代の遺跡調査にたずさわっており、現在は、全国各地でシンポジウムや講演等を行っている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
後藤 明(ごとう あきら、1954年 - )は、日本の文化人… 後藤 明(ごとう あきら、1954年 - )は、日本の文化人類学者、考古学者。南山大学人文学部人類文化学科教授。ハワイ大学人類学部Ph. D. (1986年12月,人類学)。専攻は、日本・オセアニア・東南アジア島嶼部の物質文化論、民族考古学。 宮城県生まれ。ハワイ大学、宮城学院女子大学助教授、教授、同志社女子大学教授などをへて、2007年に現職。現在、カヌー文化ルネッサンス活動に携わる。
山田 昌久(やまだ まさひさ、1953年7月 - )は、日本… 山田 昌久(やまだ まさひさ、1953年7月 - )は、日本の考古学者。専門は、木質・植物質資料を中心とした考古学・生活技術史、実験考古学など。東京都立大学名誉教授。神奈川大学非常勤講師。 神奈川県横須賀市生まれ。1977年、明治大学文学部史学地理学科卒業。1980年、明治大学大学院文学研究科史学専攻博士前期課程修了。1988年筑波大学助手、1995年東京都立大学 (1949-2011)助教授を経て、東京都の大学再編により、2004年首都大学東京都市教養学部歴史学・考古学研究室准教授となる。2007年同教授、2019年同大学を退職、同大学プレミアムカレッジ特任教授。東京都立大学大学院人文科学研究科客員教授を経て、東京都立大学名誉教授。
家根 祥多(やね よしまさ、1953年6月9日 - 2001… 家根 祥多(やね よしまさ、1953年6月9日 - 2001年4月28日)は、日本の考古学者。立命館大学文学部教授。 兵庫県神戸市東灘区に生まれる。1983年に京都大学大学院文学研究科博士課程中退。 1983年から帝塚山大学教養学部助手を経て、1985年から京都大学研修員。その間1986年から1988年までドイツ(当時西ドイツ)のボン大学に留学。 その後、立命館大学文学部助教授、1996年から同教授を務めた。 2001年4月28日逝去。
印東 道子(いんとう みちこ、1953年 - )は、日本の考… 印東 道子(いんとう みちこ、1953年 - )は、日本の考古学者・人類学者。国立民族学博物館名誉教授。専門は、オセアニア考古学・オセアニア地域研究。 専門はオセアニア考古学、人類学。広い南太平洋に散在する小さな島々に住む人々が、いつごろ、どこから来たのかを求めて、発掘調査を中心に研究を行っている。日本の女性考古学者としてはパイオニア的存在。オセアニアの伝統文化についても造詣が深い。 東京都出身。1976年東京女子大学文理学部史学科西洋史卒業。1976 - 81年東京女子大学助手。1981-1988年ニュージーランドオタゴ大学大学院(人類学専攻)でMA、Ph.D.取得、1988年から北海道東海大学助教授、教授、2000年より国立民族学博物館民族社会研究部教授(総合研究大学院大学教授を兼任)、2017年より同人類文明誌研究部教授。
早乙女 雅博(さおとめ まさひろ、1952年4月15日 - … 早乙女 雅博(さおとめ まさひろ、1952年4月15日 - )は、日本の考古学者、東京大学教授。 神奈川県生まれ。麻布高等学校卒、1976年東大文学部考古学卒、81年同大学院単位取得退学、東京国立博物館学芸部東洋課東洋考古室研究員、88年同主任研究官、90年同北東アジア室長、1996年4月東京大学文学部助教授(附属文化交流研究施設朝鮮文化部門)、98年同人文社会系研究科助教授、2007年准教授、2010年教授。朝鮮考古学が専門。
岡田 登(おかだ のぼる、1952年2月 - )は、日本の歴… 岡田 登(おかだ のぼる、1952年2月 - )は、日本の歴史学者、考古学者。皇學館大学名誉教授。 専門は日本古代史、日本考古学、神宮史。現在、皇學館大学非常勤講師として、考古学、神宮史の講義を行っている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
原 丈人(はら じょうじ、George Hara、1952年… 原 丈人(はら じょうじ、George Hara、1952年 - )は、日本の事業家、ベンチャーキャピタリスト、考古学者。アライアンス・フォーラム財団会長、Defta Partners グループ会長。 大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、27歳の時まで中米で考古学調査に携わった。のちスタンフォード大学の経営学修士課程(MBA)に進んだ。経営学を学ぼうとした目的はドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマンのように、商売をして研究資金を稼ごうとしたためであったという。その後国際連合フェローを務めた後、同大学大学院で工学修士号を得た。29歳の時、光ファイバー・ディスプレイの開発会社、ジーキー・ファイバーオプティクスを設立した。
田原 良信(たはら よしのぶ、1952年 - )は、日本の考… 田原 良信(たはら よしのぶ、1952年 - )は、日本の考古学者、歴史学者。市立函館博物館館長、箱館奉行所館長を歴任。 北海道函館市生まれ。駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻卒業。函館市学芸員、同教育委員会生涯学習部文化財課課長を経て、市立函館博物館館長。 2014年4月より箱館奉行所館長。 著書に「五稜郭 - 幕末対外政策の北の拠点」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
杉山 三郎(すぎやま さぶろう、1952年 - )は、日本の… 杉山 三郎(すぎやま さぶろう、1952年 - )は、日本の人類学者、考古学者。専門はメソアメリカ考古学・人類学。人類学博士。 1952年、静岡県生まれ。1976年8月、静岡県藤枝市教育委員会、静岡県西駿考古学研究会、西武建設による藤枝市三軒家発掘調査団調査員(- 1978年10月)。1978年メキシコに渡り、メキシコ国立人類学歴史学研究所測量士、後に研究員(- 1987年7月)。1981年3月、東京経済大学経済学部卒業。 1987年8月、マサチューセッツ州ブランダイス大学人類学学科博士課程中退(- 1990年6月)、1990年7月、アリゾナ州アリゾナ州立大学人類学学科博士課程修了(- 1995年5月)。
赤羽 正春(あかば まさはる、1952年 - )は、日本の民… 赤羽 正春(あかば まさはる、1952年 - )は、日本の民俗学者、考古学者。長野県生まれ。明治大学卒業、明治学院大学大学院修士課程修了。新潟県教育公務員。文化行政課在勤中に奥三面遺跡の調査に携わる。2006年、「鮭鱒の生態に関する環境民俗学的研究」で新潟大学博士(文学)。
近藤 二郎(こんどう じろう、1951年12月2日 - )は… 近藤 二郎(こんどう じろう、1951年12月2日 - )は、日本の考古学者。早稲田大学文学学術院名誉教授。専門はエジプト学、考古学。 1951年、東京都杉並区生まれ。1970年、東京都立西高等学校を卒業し、早稲田大学第一文学部に進む。西洋史を専攻し、1975年に卒業。1975~1978年、同大学大学院文学研究科修士課程。1978~1986年、博士後期課程。博士課程在学中の1981年から1983年にかけて文部省アジア諸国等派遣留学生としてエジプト・カイロ大学考古学部に留学した。 卒業後は、1986年4月より早稲田大学文学部助手。1999年より同大学文学部助教授、2004年より同大学文学部教授。早稲田大学エジプト学研究所所長。
土生田 純之(はぶた よしゆき、1951年5月17日 - 2… 土生田 純之(はぶた よしゆき、1951年5月17日 - 2023年7月5日)は、日本の考古学者。専修大学名誉教授。博士(文学)(関西大学)。 大阪府生まれ。天理大学文学部卒業後、関西大学大学院博士前期課程を修了。宮内庁書陵部陵墓調査室員、同主任研究官、専修大学文学部助教授を経て同学部教授。専門は日本考古学。特に古墳時代・飛鳥時代を主な研究領域としていた。 2023年7月10日、『文化遺産と現代』を出版した同成社がTwitterで訃報を発表した。
山岸 良二(やまぎし りょうじ、1951年- )は、日本の考… 山岸 良二(やまぎし りょうじ、1951年- )は、日本の考古学者。専門は日本考古学。 東京都品川区生まれ。品川区立品川小学校卒。私立駒場東邦中高等学校卒。慶應義塾大学文学部入学。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。 大田区立糀谷中学校講師を経て元東邦大学付属東邦中学校・高等学校教諭(~2019)、習志野市文化財審議会会長。日本考古学協会全国理事。厚生労働省派遣戦没者遺骨収集事業考古学専門員としてパラオ共和国ペリリュー島アンガウル島へ年5回現地で考古学発掘調査指導(2022~)
青木 豊(あおき ゆたか、1951年 - )は、日本の考古学… 青木 豊(あおき ゆたか、1951年 - )は、日本の考古学者、博物館学者。國學院大學文学部元教授。鎌倉歴史文化交流館館長。 和歌山県橋本市生まれ。1973年國學院大學文学部史学科卒。1973年國學院大學考古学資料館学芸員、2003年國學院大學文学部教授。2021年、定年退職。 2000年「博物館展示に関する歴史的研究」で國學院大學博士(歴史学)。
千賀 久(ちが ひさし、1950年12月30日 - )は、日… 千賀 久(ちが ひさし、1950年12月30日 - )は、日本の考古学者。大阪府生まれ。1974年同志社大学文学部卒業。1974年奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に勤務。同博物館主幹を経て葛城市歴史博物館館長。
辻 秀人(つじ ひでと、1950年10月30日 - )は、日… 辻 秀人(つじ ひでと、1950年10月30日 - )は、日本の考古学者。専門は古墳時代。東北地方における弥生時代から古墳時代への変遷過程、古墳時代における東北北部の社会の実態を研究。東北学院大学文学部歴史学科教授。2024年3月、退任。
松村 恵司(まつむら けいじ、1950年〈昭和25年〉7月2… 松村 恵司(まつむら けいじ、1950年〈昭和25年〉7月2日 - )は、日本の考古学者。元国立文化財機構理事長。 1950年7月2日、山梨県甲府市で生まれる。明治大学文学部史学地理学科考古学専攻を経て、1977年、明治大学大学院文学研究科修士課程を修了し、同年、奈良国立文化財研究所へ入所。古代律令国家形成期の考古学的研究を専門とし、2000年には飛鳥池工房遺跡において日本最古の鋳造貨幣である富本銭を発見。この発見に関して松村は「飛鳥時代、当時の天武天皇が流通貨幣として発行したことを裏付ける発掘成果だった」と述懐している。また、2006年から2007年にかけては「高松塚古墳壁画」保存への石室解体事業の発掘調査を担った。
武末 純一(たけすえ じゅんいち、1950年3月6日 - )… 武末 純一(たけすえ じゅんいち、1950年3月6日 - )は、日本の考古学者、福岡大学教授。 福岡市生まれ。1972年九州大学文学部史学科考古学専攻卒、74年同大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。北九州市立歴史博物館学芸員、北九州市立考古博物館副館長、福岡大学人文学部助教授、教授。
藤田 勝久(ふじた かつひさ、1950年 - )は、日本の東… 藤田 勝久(ふじた かつひさ、1950年 - )は、日本の東洋史学者、考古学者。愛媛大学名誉教授。学位は博士(文学)。専攻は、中国古代史。 1950年、山口県で生まれた。京都府立大学文学部文学科文化史学で学び、1978年に卒業。大阪市立大学大学院文学研究科に進んで東洋史学を専攻し、1985年に博士後期課程を単位取得後満期退学。 1985年10月、愛媛大学教養部専任講師に就いた。1988年1月に同学部助教授昇格。1996年4月に法文学部助教授に配置換え。1997年4月に同学部教授昇格。1998年、学位論文『史記戦国史料の研究』を大阪市立大学に提出して文学博士の学位を取得。2015年3月に愛媛大学を定年退職し、4月より名誉教授。
竹岡 俊樹(たけおか としき、1950年 - )は、日本の考… 竹岡 俊樹(たけおか としき、1950年 - )は、日本の考古学者。共立女子大学非常勤講師。 京都府生まれ。父は国文学者の竹岡正夫。1973年明治大学文学部考古学専攻卒業、1980年筑波大学大学院博士課程単位取得退学、1984年パリ第6大学博士課程修了、博士号取得。 石器の形態に関する科学的分析を専門とし、藤村新一による旧石器捏造事件において、捏造発覚前から疑問を提示していたが、現場から締め出された。捏造発覚後も専任職はなく、日本の考古学界の閉鎖的体質を批判している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
寺沢 薫(てらさわ かおる、1950年 - )は、日本の考古… 寺沢 薫(てらさわ かおる、1950年 - )は、日本の考古学者。桜井市纒向学研究センター長。元奈良県立橿原考古学研究所総務企画部長。古代学研究会の代表を務める。主として弥生時代・古墳時代を研究する。 1950年(昭和25年)、東京都生まれ。1973年(昭和48年)、同志社大学文学部文化学科(文化史学専攻)を卒業。その後奈良県教育委員会に入り、奈良県立橿原考古学研究所の研究員として発掘調査にたずさわった。2012年4月、奈良県桜井市に設立された纒向学研究センターセンター長に就任する。 主要な研究テーマは、考古学視点からの国家形成史、農業史、比較文化史である。纒向遺跡についても重要な見解を展開している。
森田 克行(もりた かつゆき、1950年〈昭和25年〉 - … 森田 克行(もりた かつゆき、1950年〈昭和25年〉 - )は、日本の考古学者。高槻市立今城塚古代歴史館・同しろあと歴史館特別館長。現在は高槻市文化財アドバイザー。 大阪府高槻市生まれ。大阪府立島上高等学校を卒業。龍谷大学文学部史学科考古学専攻卒業。高槻市教育委員会埋蔵文化財調査センター所長、文化財課長、市教育委員会地域教育監、今城塚古代歴史館館長、歴史系登録博物館2館の特別館長を経て、2021年(令和3年)から高槻市文化財アドバイザー。高槻城跡、安満遺跡、安満宮山古墳、今城塚古墳、闘鶏山古墳、新池埴輪製作遺跡、阿武山古墳、昼神車塚古墳などの調査と研究にかかわる。 育ちも高槻市で、高槻城の天守跡に新設された島上高校の時、クラブ活動の考古学クラブで、高槻市にある安満遺跡の環濠で弥生時代の土器を発掘し「まだ濡れたままの壺を手にした時に、とても感動して」考古学の道に進むことを決意した。
宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学… 宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学者。文学博士(大阪大学・論文博士・1992年)。国際日本文化研究センター名誉教授[リンク切れ]。帝塚山大学文学部客員教授。 熊本県出身。甲陽学院高等学校卒、1974年京都大学文学部史学科卒業、1977年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、京都大学埋蔵文化財研究センター助手。1985年富山大学人文学部助教授、1992年「律令社会の考古学的研究 -北陸を舞台として」で大阪大学より文学博士の学位を取得。1993年教授、1999年10月国際日本文化研究センター教授となり、2012年、副所長。2013年3月末もって退任、同年4月より帝塚山大学人文学部教授となり、その後は現職。
高濱 秀(たかはま しゅう、1949年3月 - )は、日本の… 高濱 秀(たかはま しゅう、1949年3月 - )は、日本の考古学者。元金沢大学教授。東京国立博物館名誉館員。 1949年兵庫県生まれ。東京大学文学部に入学し、考古学を専攻、江上波夫の下で学んだ。東京大学大学院人文科学研究科に進学し、1973年修士課程修了。 同年より東京国立博物館に勤務。東洋課室長を務めた。2001年に金沢大学文学部教授となり、2014年に定年退職した(最終講義演題「中国の初期馬具をめぐって」)。 学界では、日本考古学会会長を務めている。 中国ならびに中央ユーラシアの考古学を専門とし、特に北方遊牧民の青銅器文化に関する著作で知られる。モンゴルで発掘調査も行っており、ヘレクスルのオーシギン・ウブリーン遺跡(オラーン・オーシグ遺跡)の調査で知られる。
林 俊雄(はやし としお、1949年3月 - )は、日本の歴… 林 俊雄(はやし としお、1949年3月 - )は、日本の歴史学者・考古学者。創価大学名誉教授。専門は中央ユーラシアの歴史と考古学。東京都中野区出身。 1949年、東京都生まれ。桐朋高等学校を経て、東京教育大学(現・筑波大学)文学部史学方法論専攻で学んだ。考古学を専攻し、1972年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科東洋史学科に進学し、1979年に博士課程を単位取得退学。 1979年4月、古代オリエント博物館研究員に就いた。1985年5月に主任研究員に昇進。1991年4月に創価大学文学部助教授となり、1994年に教授昇格。2019年に創価大学を退任し、名誉教授となった。公益財団法人東洋文庫 研究部研究員を務めている。
上原 真人(うえはら まひと、1949年 - )は、日本の考… 上原 真人(うえはら まひと、1949年 - )は、日本の考古学者。京都大学名誉教授。辰馬考古資料館館長。 1949年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。1973年、京都大学文学部考古学科卒業。1979年に同大学院文学研究科博士課程を満期退学する。 卒業後は奈良国立文化財研究所研究員(文部技官)となり、1996年より京都大学大学院文学研究科教授。2015年に定年退職し、京都大学名誉教授となった。退任後は、辰馬考古資料館館長、黒川古文化研究所所長を務める。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
酒井 清治(さかい きよじ、1949年 - )は、日本の考古… 酒井 清治(さかい きよじ、1949年 - )は、日本の考古学者。学位は、博士。駒澤大学教授。駒澤大学考古学研究会顧問。 岐阜県出身。駒澤大学文学部歴史学科卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了。同博士課程満期退学。駒澤大学文学部専任講師、助教授を経て、1997年4月に文学部歴史学科考古学専攻教授に就任。 1999年11月『古代窯業生産史の研究 』で駒澤大学より博士号(日本史学)を取得。 2003年4月から2004年3月まで韓国忠南大学校百済研究所にて在外研究。市川市博物館協議会委員長などを歴任。 著書に『古代関東の須恵器と瓦』『土器から見た古墳時代の日韓交流』など。 「国立国会図書館サーチ」を参照
久米 雅雄(くめ まさお、1948年2月7日 - )は、日本… 久米 雅雄(くめ まさお、1948年2月7日 - )は、日本の考古学者・歴史研究者・印学家。学位は、博士(文学)(立命館大学)。アジア印章学、東洋文字学、貨幣学、キリシタン考古学等の分野で研究業績を重ねる。大阪府教育委員会文化財保護課主査を経て、大阪芸術大学客員教授となる。そのほか、錫安印章文化研究所所長、寧楽美術館評議員、西泠印社名誉社員、中国美術学院主管学術雑誌《中国篆刻》顧問なども併せつとめる。 愛媛県松山市生まれ(本籍:京都府)。1966年に愛媛県立松山東高等学校を卒業後、立命館大学文学部史学科(日本史学専攻)に進み、考古・古代史を北山茂夫らのもとで学ぶ。学園紛争のさなかの1970年に卒業。
鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日… 鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日本の考古学者。文化人類学者。札幌学院大学元学長。北海道網走郡美幌町生まれ。 明治大学文学部史学地理学科卒業。1972年3月同大学院文学研究科史学専攻考古学専修修士課程修了。1979年3月筑波大学大学院歴史人類学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得満期退学。その後、日本女子大学文学部・駒澤大学文学部・東海大学文学部・明治大学文学部・東京学芸大学教育学部の非常勤講師を歴任。1986年4月札幌学院大学人文学部助教授に就任。1999年4月同人文学部人間科学科長(~2001年3月)。2003年4月同広報入試部長(~2007年3月)。2010年10月モンゴル国科学アカデミー考古学研究所より名誉博士の称号を受ける。
岡村 道雄(おかむら みちお、1948年1月1日 - )は、… 岡村 道雄(おかむら みちお、1948年1月1日 - )は、日本の考古学者。旧石器捏造事件で指摘された藤村新一との深い関係を指摘されている。TBSの取材では宮城県古川市(現・大崎市)にあった遺跡の発掘現場で藤村に疑いを持ったと話している。藤村と発掘を共にしたことから共謀が疑われ、文化庁から独立行政法人に異動となった。事件については「研究の方法が不十分だったので、私が失敗した。素材として、教訓として、あの捏造を生かしていきたい」と語っている。 旧石器捏造事件以降は「杉並の縄文人」を名乗り、縄文研究者として執筆や講演を行うほか、株式会社ニルソンデザイン事務所発行のフリーマガジン「縄文ZINE」の監修なども行っている。