松浦 保(まつうら たもつ、1931年4月14日 - 201… 松浦 保(まつうら たもつ、1931年4月14日 - 2012年6月8日 )は、日本の経済学者。専門は経済学史。洗礼名 ステファノ カトリック府中墓地 建屋内納骨堂に遺骨が納めらる。 北海道勇払郡追分町(現・安平町)生まれ。1956年慶應義塾大学経済学部卒。イタリア政府留学生として、ローマ大学に留学。その後、ノルウェー・オスロ大学などにも留学。帰国後、慶應義塾大学経済学部助教授、同教授。 1977年、論文の盗用を指摘され退職勧告を受ける。78年3月3日に慶大は同問題を受けて解雇を決定した。入門書的なものであったため地位保全を求めて争う。慶應義塾大学経済学部教授を退職し、ローマ大学ジーニ社会統計研究所研究員、アメリカ経済学史常任理事、ミラノ・ボッコーニ商科大学客員教授、イタリア国際電信電話会社日本代表、在日イタリア商工会議所専務理事、関東学園大学経済学部教授などを歴任。
望月 喜市(もちづき きいち、1931年4月1日- )は、日… 望月 喜市(もちづき きいち、1931年4月1日- )は、日本の経済学者、ソ連・ロシア研究者。北海道大学名誉教授、ロシア科学アカデミー極東支部経済研究所名誉教授。NPO法人ロシア極東研理事。
山崎良也(やまざき よしや、1931年3月30日-2010年… 山崎良也(やまざき よしや、1931年3月30日-2010年11月15日)は、日本の経済学者。九州産業大学学長を務めた。 長崎県生まれ。長崎大学経済学部卒。1958年九州大学大学院博士課程満期退学。1964年「加速度原理と景気循環の一側面」で経済学博士。西南学院大学講師、滋賀大学経済学部助教授、熊本大学教養部助教授、九大経済学部助教授、教授、1990年九州産業大学教授、95年学長、2004年定年、名誉教授。
佐野 陽子(さの ようこ、1931年3月15日 - )は、日… 佐野 陽子(さの ようこ、1931年3月15日 - )は、日本の経済学者。専攻は、人的資源管理(元々の専攻は労働経済学)。人的資源管理は経営学の領域だが、取得学位は経済学博士。慶應義塾大学名誉教授。嘉悦大学名誉学長。ノーベル経済学賞受賞者ゲーリー・ベッカーの著作、『Human Capital』(人的資本)の邦訳を行ったことでも知られる。紫綬褒章・瑞宝中綬章受章。
村上 泰亮(むらかみ やすすけ、1931年〈昭和6年〉2月2… 村上 泰亮(むらかみ やすすけ、1931年〈昭和6年〉2月27日 - 1993年〈平成5年〉7月1日)は、日本の経済学者。専門は理論経済学。学位は、経済学博士(東京大学・1961年)。東京大学教授・国際日本文化研究センター教授・国際大学教授を歴任。 東京生まれ。父は東京学芸大学学長、青山学院大学学長などを務めた教育学者の村上俊亮。1953年東京大学教養学部教養学科イギリス科卒業。58年同助教授、のち教授。1961年、東京大学経済学博士。博士論文は『近代経済学の構造』。 東大教養学部教授在任中の1988年、同学部社会科学科への中沢新一の助教授任用が教授会で否決される(東大駒場騒動)と、東大の閉鎖的体質を批判し、西部邁に続いて辞職した。
牛嶋 正(うしじま ただし、1931年〈昭和6年〉2月25日… 牛嶋 正(うしじま ただし、1931年〈昭和6年〉2月25日 - 2024年〈令和6年〉10月5日)は、日本の経済学者、政治家(参議院議員〈1期〉)。名古屋市立大学名誉教授。位階勲等は正四位勲三等。 兵庫県生まれ。1955年(昭和30年)京都大学経済学部卒。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。その後名古屋市立大学経済学部教授の傍ら、税制調査会の委員や愛知県や名古屋市の委員を務める。1990年(平成2年)に日本都市学会会長に就任。1995年(平成7年)名城大学都市情報学部教授。 1992年(平成4年)、第16回参議院議員通常選挙で公明党(比例区)から名簿順位1位で立候補し当選。1994年(平成6年)に新進党の結成に参加した。
田島 義博(たじま よしひろ、1931年1月31日 - 20… 田島 義博(たじま よしひろ、1931年1月31日 - 2006年3月28日 )は、日本の経済学者、経営学者。第24代学校法人学習院院長。中内㓛らスーパーマーケット創業者らの理論的支柱とされる。 日本商業学会会長、日本ダイレクトマーケティング学会会長、社団法人消費者関連専門家会議会長、通商産業省大規模小売店舗審議会会長、国税庁中央酒類審議会会長、国税庁国税審議会会長代理、農林水産省食品流通審議会会長を務めた。経済産業省産業構造審議会、国税庁国税審議会、農林水産省食料・農業・農村政策審議会等多くの政府委員も歴任した。 熊本県生まれ。幼少時に両親を失い、兄とともに祖父母に育てられるも、高校時代に祖父が死亡したため高校卒業後は三池炭鉱で働いた。
新飯田 宏(にいだ ひろし、1931年1月31日 - )は、… 新飯田 宏(にいだ ひろし、1931年1月31日 - )は、日本の経済学者。横浜国立大学名誉教授。 東京府生まれ。1955年横浜国立大学経済学部卒。1960年東京大学大学院経済学研究科社会科学研究科理論経済学専攻博士課程単位取得満期退学。1962年博士論文「市場の連関性と価格変動の研究 レオンティエフ型モデルの適用について」を東京大学に提出し経済学博士の学位を取得。 1960年埼玉大学文理学部専任講師、1962年埼玉大学助教授に昇格。1964年学習院大学経済学部助教授。同年、フルブライト奨学生としてハーバード大学へ留学。1969年横浜国大経済学部助教授、1973年横浜国立大学教授に昇格。1986年横浜国立大学経済学部長、1995年放送大学客員教授、1996年横浜国立大学定年退官し名誉教授の称号を得る。
三辺 信夫(みなべ のぶお、1931年1月16日 - 201… 三辺 信夫(みなべ のぶお、1931年1月16日 - 2019年8月1日)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。専門は国際経済学、特に国際貿易論。 1931年に富山県高岡市で生まれた。1950年に広島県立尾道北高等学校を卒業し、大阪市立大学に進学。大学では名和統一の薫陶を受けた。1954年に卒業。その後は同大学大学院経済学研究科に進学し、1956年に修士号を取得。博士課程を単位取得退学。 その後は大阪市立大学助手に採用された。1961年には6月から8月の2か月間コロラド大学ボルダー校に留学し、マーティン・ブロンフェンブレンナー(英語版)の下で学んだ。その1か月後の1961年9月からはロチェスター大学大学院に進学し、、修士号(M.A.)と博士号(Ph.D.)を取得。
北原 勇(きたはら いさむ、1931年1月 - )は、マルク… 北原 勇(きたはら いさむ、1931年1月 - )は、マルクス経済学者。慶應義塾大学名誉教授。 東京府巣鴨町生まれ。1953年慶應義塾大学経済学部卒業。1956年慶應義塾大学経済学部副主。1959年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学経済学部助手、1962年専任講師、1964年助教授、1972年教授。1979年「独占資本主義の理論」で経済学博士(慶應義塾大学)。1994年日本学術会議第16期会員。1996年慶應義塾大学を定年退職。 妻は井村喜代子(慶應義塾大学名誉教授)。慶應義塾大学経済学部のゼミ生に黒瀬直宏(嘉悦大学経営経済学部教授)、池上彰(ジャーナリスト)がいる。
所 哲也(ところ てつや、1931年(昭和6年) - )は、… 所 哲也(ところ てつや、1931年(昭和6年) - )は、日本の経済学者。経済学博士(北海道大学)。北海道大学名誉教授。元北海道武蔵女子短期大学学長。専門は南北問題や国際経済論。 北海道茅部郡森町生まれ。1954年、小樽商科大学商学部卒業。同年、北海道追分高等学校教諭。1961年、北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了。同年、山形大学理学部講師。1964年、北海道大学経済学部助教授。1975年(昭和50年)、同経済学部教授。1988年(昭和63年)、同経済学部長。1995年、北海道大学停年退官。同名誉教授。北海道武蔵女子短期大学経済学科教授。1998年(平成10年)、北海道武蔵女子短期大学学長。
高橋 哲雄(たかはし てつお、1931年 - 2022年)は… 高橋 哲雄(たかはし てつお、1931年 - 2022年)は、日本の経済学者、英国経済史学者、甲南大学・大阪商業大学名誉教授。専攻は産業組織論・イギリス社会文化史。 兵庫県神戸市生まれ。1954年京都大学経済学部卒業。同大学院で大野英二に師事。1971年「イギリス鉄鋼独占の研究」で経済学博士。関西学院大学講師、甲南大学経済学部助教授、教授、副学長、1996年退職、名誉教授、大阪商業大学教授、同名誉教授。
鍋島 力也(なべしま りきや、1931年 - )は、マルクス… 鍋島 力也(なべしま りきや、1931年 - )は、マルクス経済学者。元・専修大学経済学部教授。専門は再生産構造論。 東京生まれ。東京大学経済学部卒業。山田盛太郎のゼミに所属。大月短期大学助手、専任講師、経済企画庁経済研究所を経て、専修大学経済学部兼任講師、助教授、教授。 1967年より専修大学社会科学研究所所員。1998年より同研究所所外研究員。
南 克巳(みなみ かつみ、1931年 - 2019年)は、マ… 南 克巳(みなみ かつみ、1931年 - 2019年)は、マルクス経済学者。千葉大学名誉教授。専攻は理論経済学・戦後資本主義論。 兵庫県生まれ。1953年東京大学経済学部卒業。東京大学大学院で山田盛太郎のゼミに所属。二瓶敏は「55年に大学院に入学したところ、教養学部に同じ年に入学して学生運動でも一緒だった南克巳さんと金子ハルオさんに再会しました。南さんは私より2年前に大学院に進学して山田ゼミに所属していましたが、恐慌論をテーマとした修士論文で宇野弘蔵批判をしたために、宇野さんに憎まれ、博士課程進学を阻まれて浪人中でした」と語っている。 神奈川大学専任講師、同大学法経学部助教授、法政大学経済学部教授、千葉大学教授を務めた。
小林 正彬(こばやし まさあき、1931年 - )は、日本の… 小林 正彬(こばやし まさあき、1931年 - )は、日本の経済学者、経営学者、歴史学者。関東学院大学名誉教授。専門は近現代日本経済史・経営史。経済学博士(東京大学、1978年)。 東京府出身。1953年東京教育大学(現:筑波大学)文学部社会科学科経済学専攻卒業。59年同大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得。 (下川浩一・杉山和雄・栂井義雄・三島康雄・森川英正・安岡重明)『日本経営史を学ぶ』(有斐閣、1976年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、鉄道に関連した書きかけの項目です。
佐藤 茂行(さとう しげゆき、1931年(昭和6年)- )は… 佐藤 茂行(さとう しげゆき、1931年(昭和6年)- )は、日本の経済学者。経済学博士(北海道大学)。北海道大学名誉教授。元北海道武蔵女子短期大学学長。北海道常呂郡端野町生まれ。恩師は新川士郎。 1957年北海道大学経済学部卒業。1962年北海道大学大学院経済学研究科修了。同年、北海道立総合経済研究所(北海道庁研究機関)研究員。1967年北海学園大学経済学部講師。1970年北海道大学経済学部助教授。その後、同経済学部教授。1995年北海道大学停年退官。同名誉教授。北海道武蔵女子短期大学経済学科教授。2001年北海道武蔵女子短期大学学長。2005年北海道武蔵女子短期大学退職。同名誉教授 経済学史や社会思想史を専門とし、特に社会経済思想の国際的波及を研究する。
本多 獅子太郎(ほんだ ししたろう、1931年 - )は、日… 本多 獅子太郎(ほんだ ししたろう、1931年 - )は、日本の経済学者。明治大学名誉教授。専門は経済史。 1931年、東京府生まれ。1954年3月、明治大学政治経済学部経済学科卒業。1956年3月、明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻修士課程修了、経済学修士。1959年3月、同博士課程単位取得満期退学。明治大学政治経済学部専任講師、助教授を経て、2000年3月、同学部教授。2001年3月に定年退職。経済学博士(明治大学)。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
高木 仁(たかぎ ひとし、1931年 - 2014年1月24… 高木 仁(たかぎ ひとし、1931年 - 2014年1月24日)は、日本の経済学者。明治大学名誉教授。専門は金融論、アメリカ金融制度論。 長野県出身。1961年明治大学第二部商学部卒業。1970年同大学大学院商学研究科博士課程修了。テンプル大学研究員などを経て、1982年に明治大学商学部教授就任。1994年に博士(商学)(明治大学)となり、2002年に退職、名誉教授。
大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉1… 大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉12月16日 - 2023年〈令和5年〉10月)は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授、広島市立大学名誉教授、第18期日本学術会議会員。元ロシア・東欧学会副代表理事。大阪市東成区生まれ。
磯村 隆文(いそむら たかふみ、1930年(昭和5年)12月… 磯村 隆文(いそむら たかふみ、1930年(昭和5年)12月8日 - 2007年(平成19年)11月26日)は、日本の政治家、経済学者。大阪市長(第16代)、大阪市助役、大阪市立大学名誉教授。経済学博士(大阪市立大学)。大阪市出身。 大阪市立大学では経済学部長等の要職を務めたが、1990年に西尾正也大阪市長(当時)に請われ、大阪市助役に就任。行政マンに転身した。 1995年に西尾市長の後継として、共産党以外のいわゆる「オール与党」の推薦で大阪市長選に立候補して初当選。観光やスポーツ振興による都市活性化をめざす「国際集客都市」を公約し、西尾市長時代に浮上した大阪オリンピック構想をその目玉とした。 公約に基づき、任期中には多くの集客施設を開業させ、負の遺産となった(2023年9月時点でなにわの海の時空館のみ売却出来ておらず、「大阪市最後の負の遺産」として残存)。
武野 秀樹(たけの ひでき、1930年12月5日 - )は、… 武野 秀樹(たけの ひでき、1930年12月5日 - )は、日本の経済学者、九州大学名誉教授。 福岡県出身。旧制山口高等学校を経て、1953年九州大学経済学部卒、55年助手。73年「国民経済計算の基礎」で経済学博士。1958年九大助教授、70年教授、86年経済学部長。92年定年退官、名誉教授、九州産業大学教授、兵庫大学教授。近代経済学、国民経済論が専門。
藤井 榮一(ふじい えいいち、1930年(昭和5年)11月2… 藤井 榮一(ふじい えいいち、1930年(昭和5年)11月24日 - )は、日本の経済学者。専門は、経済学を領域とし、特に理論経済学を研究。経済学博士。元小樽商科大学学長・小樽商科大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。東京都出身。「藤井栄一」とも表記される。 1953年(昭和28年)東京商科大学(現一橋大学)卒。1958年(昭和33年)同大学院経済学研究科修了。同年、小樽商科大学商学部講師。1960年(昭和35年)シカゴ大学客員研究生。1963年(昭和38年)小樽商科大学商学部助教授。その後、ウェールズ大学客員講師。1966年(昭和41年)小樽商科大学商学部教授。この後、同大学付属図書館長、同学生部長などを歴任。
松本 和男(まつもと かずお、1930年11月20日 - 2… 松本 和男(まつもと かずお、1930年11月20日 - 2012年10月9日)は、日本の経済学者、日本文学研究者。 茨城県土浦市生まれ。筆名・謙治。1953年一橋大学経済学部卒業。日本経済新聞記者、1960年大井証券に入社、68年和光証券と改称、72年取締役、76年常務、79年和光経済研究所専務取締役、副社長。一橋大学講師、愛知学院大学教授。景気循環学会監事、資本市場フォーラム代表幹事、日本経済新聞社社友。 経済アナリストとして、景気循環にもとづく株価予測を行い、2003年及び2012年の日経平均株価の底を的中させた。ヘゲモニーサイクルを含む景気循環理論を用いて予測を行っている経済アナリストは、本邦でも彼のみである。
七戸 長生(しちのへ ちょうせい、1930年9月25日 - … 七戸 長生(しちのへ ちょうせい、1930年9月25日 - 2022年3月25日)は、日本の農学者・経済学者。学位は、農学博士(北海道大学)。北海道大学名誉教授。元市立名寄短期大学学長。七戸克彦九州大学教授の実父。 七戸は1930(昭和5)年9月25日に青森県上北郡三本木町(現十和田市)で生まれ、幼少期に父親が北海道庁勤務(獣医)となったため北海道訓子府町に移住した。旧制旭川中学(現北海道旭川東高等学校)卒業。北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年(昭和33年)同大学院農学研究科博士課程修了。 1960年農林省北海道農業試験場技官。1962年農林省農業総合研究所研究員を経て、1965年北海道大学農学部専任講師。
竹内 宏(たけうち ひろし。1930年9月13日 - 201… 竹内 宏(たけうち ひろし。1930年9月13日 - 2016年4月30日)は、日本の経済学者(日本経済・中東アジア経済)、評論家、キャスター。静岡県立大学グローバル地域センターセンター長(初代)・特任教授、株式会社価値総合研究所特別顧問、株式会社静岡新聞社客員論説委員、竹内経済工房主宰、上海師範大学名誉教授。 財団法人静岡総合研究機構理事長(初代)、株式会社日本長期信用銀行専務取締役調査部部長、株式会社長銀総合研究所理事長(初代)、静岡文化芸術大学文化政策学部特任教授、静岡県公立大学法人理事長(第2代)などを歴任した。 1930年、静岡県清水市(のちの静岡県静岡市)にて生まれた。旧制静岡県立清水中学校(静岡県立清水東高等学校の前身)を経て、旧制静岡高等学校(静岡大学の前身)を卒業した。
吉田 静一(よしだ しずかず、1930年8月6日 - 198… 吉田 静一(よしだ しずかず、1930年8月6日 - 1982年4月13日)は、日本の経済学者。専門はフランス経済史、フランス経済学史。経済学博士(名古屋大学、1966年)。 シモンド・ド・シスモンディやサン=シモンといった思想家について、旧来のマルクス主義的な経済学史にとらわれず、その思想の内在的研究を行った。 1930年、東京生まれ。旧制東京高等学校文科を卒業。1950年、名古屋大学経済学部経済学科入学。水田洋に学ぶ。 1953年に卒業後、京都大学人文科学研究所助手を経て、1958年に関西大学経済学部に着任。1968年、神奈川大学経済学部に移籍し教授を務める。1971年から1973年までフランス留学。
岡崎 栄松(おかざき えいまつ、1930年7月16日 - 2… 岡崎 栄松(おかざき えいまつ、1930年7月16日 - 2001年7月24日)は、日本の経済学者。立命館大学教授を経て、同名誉教授。宇野学派のマルクス経済学者の一人。
湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019… 湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019年8月4日)は、日本の経済学者、新潟大学名誉教授。比較文明史、環境経済学、経済人類学、コミュニティ論など。 山口県岩国市生まれ。1953年東京大学文学部仏文学科卒業、サラリーマンとなるが約9年後に大学院に入り、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。新潟大学人文学部助教授、経済学部教授。96年定年退官、名誉教授、常磐大学コミュニティ振興学部教授を経て客員教授。 2016年4月に瑞宝中綬章を受章した。 [増補新版]『世界史の想像力-文明の歴史人類学をめざして』/新評論1996
片山 貞雄(かたやま さだお、1930年7月 - )は、日本… 片山 貞雄(かたやま さだお、1930年7月 - )は、日本の経済学者。滋賀大学名誉教授。瑞宝中綬章受章者。 1930年7月京都市生まれ。1948年3月大阪府立生野中学校卒業、同年4月彦根経済専門学校入学。1949年4月学制改革によって滋賀大学経済学部発足にともない同学部に入学し、1953年3月第一期生として卒業。その後神戸大学大学院経済学研究科に進学、1958年3月同研究科博士課程単位取得退学。 1958年滋賀大学経済短期大学部講師、1961年同助教授、1964年1月経済学部助教授、1972年5月同教授。1976年フルブライト上級研究員として米国ジョージア大学にて研究。1986年4月からは経済学部長・経済学研究科長を務めた。
降旗 節雄(ふりはた せつお、1930年6月4日 - 200… 降旗 節雄(ふりはた せつお、1930年6月4日 - 2009年1月28日)は、日本の経済学者。筑波大学名誉教授、帝京大学名誉教授。経済学博士(北海道大学・1966年3月)。従四位瑞宝小綬章。 長野県南安曇郡穂高町(現・安曇野市)出身。松本高等学校文科乙類1年次修了の後、学制改革により信州大学文理学部卒業。1960年、東京大学大学院社会科学研究科博士課程退学。その後、1961年、北海道大学助手、1962年同講師、1963年同助教授、1970年同教授、1974年筑波大学教授、1983年同社会学類長を経て、1984年に大島清に請われて帝京大学経済学部教授に就任。 帝京大学に移籍したのは、帝京大学で大学院経済学研究科博士課程を作る作業が進んでいたが、その際主要科目については大学院教員として適格な「マル合教員」を集めなければならなかった。
安場 保吉(やすば やすきち、1930年5月21日 - 20… 安場 保吉(やすば やすきち、1930年5月21日 - 2005年4月13日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。専門は経済発展論、比較経済史。Ph.D.(ジョンズ・ホプキンズ大学)(1961年)。東京都出身。父は元山陽パルプ副社長の安場保国、父方の曾祖父は安場保和(後藤新平の岳父)、母方の祖父は満州国最高法院長の井野英一(元農林大臣・拓務大臣・法務大臣の井野碩哉の兄)。従弟は村田経和。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
奥村 宏(おくむら ひろし、1930年5月19日 - 201… 奥村 宏(おくむら ひろし、1930年5月19日 - 2017年8月11日)は、日本の経済学者。 「会社学」を提唱し、企業の株式持ち合いを批判した。 岡山県出身。旧制第六高等学校入学、在学中学制改革により1953年岡山大学法文学部卒(同級生に元検事総長吉永祐介、元通産事務次官小長啓一がいる)。 産経新聞記者、日本証券経済研究所主任研究員勤務を経て、1980年「法人資本主義の構造 日本の株式所有」で大阪市立大学商学博士。 1984年龍谷大学教授、1994年中央大学商学部金融学科教授、2001年定年退任。 日本の産業構造・財閥・企業グループ研究において、大企業の株式所有構造に焦点をあて、企業系列化の形成に伴う、企業間における株式の相互持合を分析し、法人による株式所有に日本型株式会社の特色を、法人資本主義と名づけた。
栗木 安延(くりき やすのぶ、1930年5月8日 - 200… 栗木 安延(くりき やすのぶ、1930年5月8日 - 2002年3月1日)は、日本のマルクス経済学者・歴史学者。専修大学名誉教授。博士(経済学)。 大分県中津市出身。雑貨商の家に生まれる。1944年、旧制大分県立中津中学校(現在の大分県立中津南高等学校・大分県立中津北高等学校の前身)在学中に、熊本陸軍幼年学校に入学した。しかし、敗戦に伴い、陸軍幼年学校は解散し、中津中学校に復学した。中学校卒業後、旧制第五高等学校(現在の熊本大学)への入学を希望したが、GHQが軍関係の学校に在籍していた者の旧制高等学校入学者に占める割合を制限したため、やむなく1948年、官立明治工業専門学校(現在の九州工業大学)に進学した。
喜里山 博之(きりやま ひろゆき、1930年4月7日 - 2… 喜里山 博之(きりやま ひろゆき、1930年4月7日 - 2005年)は、日本の経済学者。元四天王寺国際仏教大学教授。経済哲学専攻。行泉院住職。 滋賀県滋賀郡坂本村(現・大津市坂本)生まれ。生家は比叡山延暦寺の里坊・行泉院。1953年大谷大学文学部哲学科(西洋哲学)卒業、1959年立命館大学大学院経済学研究科修了。四天王寺学園女子短期大学教授、四天王寺国際仏教大学短期大学部教授を経て、四天王寺国際仏教大学教授。 2000年3月にドイツ人の仏教研究者ブルーノ・ペツォルトの著作『ゲーテと大乗仏教』の翻訳を叡山学院から刊行した。2004年11月の「ペッツォルト夫妻を記念する会」の発足を主導し、『ゲーテと大乗仏教』の共訳者小嶋昭道とともに同会の発起人となった。
谷口 誠(たにぐち まこと、1930年3月31日 - 202… 谷口 誠(たにぐち まこと、1930年3月31日 - 2024年1月14日)は、日本の外交官、経済学者。専門は南北問題・国際経済。国連貿易開発会議議長、日本人として2人目のユニセフ議長、国連大使、日本人初OECD事務次長、早稲田大学教授等を歴任。 大阪府出身。羽曳野市立高鷲小学校、旧制大阪府立富田林中学校、新制大阪府立富田林高等学校を経て、一橋大学大学院経済学研究科修了後、ジョーン・ロビンソンの勧めで、ロビンソンの指導を受け1958年にケンブリッジ大学を卒業し、新渡戸稲造にあこがれ、1959年外務省入省。1960年にはケンブリッジ大学で修士号を取得。 国際連合新再生エネルギー会議議長や、国際連合貿易開発会議議長、日本人としての2人目のユニセフ議長、国連大使や日本人初のOECD事務次長を務めた後、早稲田大学教授、天津外国語学院客員教授等を歴任。
丹羽 春喜(にわ はるき、1930年3月28日 - 2016… 丹羽 春喜(にわ はるき、1930年3月28日 - 2016年12月24日)は、日本の経済学者。大阪学院大学経済学部名誉教授。専門は比較経済体制論と経済政策論[要出典]。 兵庫県芦屋市出身。1953年関西学院大学経済学部を卒業。1958年、同大学院経済学研究科博士課程満期退学。1960年関西学院大学社会学部専任講師に就く。1964年同社会学部助教授。1965年「ソ連計画経済の能率」で関西学院大経済学博士。1971年関西学院大学社会学部教授。1975年筑波大学大学院地域研究科教授。1977年京都産業大学経済学部教授。1994年大阪学院大学経済学部教授。1997年同大学院経済研究科長。2005年大阪学院大学退職、名誉教授。
櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、… 櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、日本の理学博士、経済学博士、法学博士、教養学博士。道都大学名誉総長(理事)。北海道室蘭市出身。
柴田 義人(しばた よしひと、1930年3月10日 - 20… 柴田 義人(しばた よしひと、1930年3月10日 - 2002年12月10日)は、日本の経済学者。経済学博士(北海道大学)。専門は経済原論・経済変動論。北海学園大学名誉教授。元・北海学園大学学長。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
野村 昭夫(のむら あきお、1930年3月5日 - 2008… 野村 昭夫(のむら あきお、1930年3月5日 - 2008年5月7日)は日本の経済学者。 青山学院大学文学部卒業。福岡大学商学部教授を経て、1985年4月、東京経済大学経済学部教授。2000年3月、同大を定年退職し、5月に名誉教授。2008年5月7日、脳出血のため逝去(享年78)。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
井村 喜代子(いむら きよこ、1930年3月1日 - )は、… 井村 喜代子(いむら きよこ、1930年3月1日 - )は、マルクス経済学者。慶應義塾大学名誉教授。 石川県金沢市生まれ。1947年石川県立金沢高等女学校卒業。1950年津田塾大学教養課程修了、慶應義塾大学3年に編入学。1952年慶應義塾大学経済学部卒業。1955年慶應義塾大学経済学部副手。1958年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程退学。慶應義塾大学経済学部助手、1961年専任講師、1963年助教授、1972年教授。1979年「恐慌・産業循環の理論」で経済学博士(慶應義塾大学)。1986年4月~1992年3月経済理論学会代表幹事。1995年慶應義塾大学を定年退職。 父は井村徳二(金沢のデパート「大和」創業者、勁草書房創業者、政治家)、兄は井村寿二(大和社長・会長、勁草書房社長)。
田中 修(たなか おさむ、1930年2月20日 - 1992… 田中 修(たなか おさむ、1930年2月20日 - 1992年9月29日)は、日本の経済学者。経済学博士(北海道大学)。元・北海学園大学学長。 北海道における場所請負制度や炭鉱・炭山における囚人の強制労働・炭山鉄道の経済効果を研究。この他、開拓期から昭和期に至るまでの北海道経済史も研究。 柴田義人とは、北海道大学の同期卒業であり、北海学園大学に於いてもほぼ同年で講師・助教授・教授となった為、よきライバルであり、良き友人であったという。また、田中は、柴田義人らと共に北海学園大学経済学部草創期を支えた一人。 正五位勲三等瑞宝章(1992年) この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
宮本 憲一(みやもと けんいち、1930年2月19日 - )… 宮本 憲一(みやもと けんいち、1930年2月19日 - )は、日本の経済学者。専門は、財政学・環境経済学。大阪市立大学名誉教授、滋賀大学名誉教授、大阪市立大学名誉博士、金沢大学名誉博士。元滋賀大学学長。日本学士院賞受賞。 1930年(昭和5年)に日本統治時代の台湾の台北市で生まれで外地で育った。父は台湾電力に勤務する経理課長。海軍兵学校予科在学中、佐世保沖の針尾島を経て、疎開先の山口県防府市で終戦を迎える。台湾の実家と連絡がとれなくなったため復員列車で本籍地の石川県の伯父の家に移り、県学務課長に交渉して金沢二中(石川県立金沢錦丘高等学校)に編入した。極貧の生活状況の中金沢市の引揚者住宅に住み、働きながら学校に通い留年しつつも、1950年第四高等学校文科卒業。
戸原 四郎(とはら しろう、1930年1月25日 - 200… 戸原 四郎(とはら しろう、1930年1月25日 - 2004年10月26日)は、日本のマルクス経済学者。東京大学名誉教授。 東京生まれ。1952年東京大学経済学部卒、1961年「ドイツ金融資本の成立過程」で経済学博士。1952年東大社会科学研究所助手、1959年退職、1961年同助教授、1972年教授、1990年定年退官、名誉教授、新潟大学教授、1995年退官。 1960年『ドイツ金融資本の成立過程』で日経・経済図書文化賞受賞。
福冨 正実(ふくとみ まさみ、1930年1月3日 - 199… 福冨 正実(ふくとみ まさみ、1930年1月3日 - 1997年8月7日) は、日本のマルクス経済学者。 山口県出身。京都大学経済学部卒、同大学院博士課程満期退学。山口大学助教授をへて、阪南大学経済学部教授を務めた。
山田 欣吾(やまだ きんご、1930年 - )は、日本の歴史… 山田 欣吾(やまだ きんご、1930年 - )は、日本の歴史学者、経済学者。主専攻はドイツ中世史。一橋大学名誉教授。 1930年、長野県長野市生まれ。長野県長野高等学校を経て、1954年一橋大学経済学部卒業、1959年同大学大学院経済学研究科博士課程修了。大学では一橋新聞部に所属。 1960年一橋大学経済学部専任講師、1972年より同教授。1995年に定年退官し、その後共立女子大学国際文化学部教授として教鞭をとった。
都築 利夫(つづき としお、1930年 - )は、日本の農業… 都築 利夫(つづき としお、1930年 - )は、日本の農業経済学者。政治活動家。専門は農業経済学、農業政策。 愛知県常滑市出身。1953年岐阜大学農学部卒業。1961年ドイツ・クリスティアン・アルブレヒト大学キール大学院博士課程修了。1964年酪農学園大学酪農学部農業経済学科助教授。1968年札幌大学経済学部経済学科助教授。1976年第34回衆議院議員総選挙に北海道第5区 (中選挙区)から出馬するも落選。1979年札幌大学を退職し、第35回衆議院議員総選挙に地元の愛知県第2区 (中選挙区)から出馬するも落選。同年、北海学園北見大学商学部商学科教授。1987年北海道広尾郡大樹町の町長選挙に出馬するも落選。
荒木 弘文(あらき ひろふみ、1930年 - )は日本の経済… 荒木 弘文(あらき ひろふみ、1930年 - )は日本の経済学者。専門は経済史。経済学博士(東京大学)、筑波大学名誉教授。長野県穂高町(現安曇野市)出身。
上野 明(うえの あきら、1930年 - )は、日本の評論家… 上野 明(うえの あきら、1930年 - )は、日本の評論家、経済学者。 野村證券株式会社調査部での勤務を経て、株式会社野村総合研究所主席研究員、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部学部長(第3代)などを歴任した。 東京府出身。1953年(昭和28年)、東京大学経済学部を卒業し、野村證券に入社する。同社では調査部に勤務する。1965年(昭和40年)、野村総合研究所に移り、次長に就任する。1975年(昭和50年)、主席研究員に就任した。その後、静岡県立大学に転じ、国際関係学部の教授に就任した。国際関係学部においては、主として国際関係学科の講義を担当した。前任の美尾浩子の急逝を受けて、1992年(平成4年)1月から1993年(平成5年)12月にかけて学部長も兼務した。
小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルク… 小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルクス経済学者。元法政大学経済学部教授。専門は労働経済論、産業経済論。宇野学派。 北海道釧路市生まれ。1953年北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年東京大学大学院社会科学研究科(農業経済学)博士課程修了。指導教授は近藤康男。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年日本産業構造研究所研究員。1964年名古屋市立大学経済学部助教授。1969年法政大学経済学部教授。1979年から1年間、経済学部長。1981年「労働経済の構造変革」で経済学博士(法政大学)。1996年定年退職。創価大学比較文化研究所特任教授。2000年創価大学経営学部客員教授。
保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済… 保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済学者。 名古屋生まれ。1953年東京大学経済学部卒業。日本経済史の安藤良雄のゼミに所属。1953年北海道立総合研究所(旧北海道立農業研究所)研究員。1963年農林省農業総合研究所研究員。1974年東京農業大学助教授。1976年「戦後日本資本主義と農業危機の構造」で経済学博士(東京大学)。のち東京農業大学教授。山田盛太郎、加用信文から理論的影響を受けた。1963年に山田が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。伯父は農業経済学者の大槻正男。