福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林… 福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林業経済学者、環境学者、立正大学名誉教授。
職業が経済学者:2,177人
福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林… 福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林業経済学者、環境学者、立正大学名誉教授。
山田 喜志夫(やまだ きしお、1930年 - 2013年1月… 山田 喜志夫(やまだ きしお、1930年 - 2013年1月14日)は、マルクス経済学者。國學院大學名誉教授。専門は理論経済学、経済統計論。 北海道生まれ。1957年北海道大学経済学部卒業。1962年北海道大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。1962年國学院大學経済学部専任講師、1965年助教授、1971年教授。2000年國学院大學退職。 もともとは経済統計学を起点にした国民所得論を研究していたが、國学院大學経済学部の酒井一夫の影響もあって貨幣論や信用論の研究に移行した。
向山 巌(むこうやま いわお、1929年12月11日 -20… 向山 巌(むこうやま いわお、1929年12月11日 -2017年8月17日)は、日本の経済学者、武蔵大学同窓会の初代会長。 東京市(現東京都江戸川区)生まれ。山梨大学学芸学部中退後、武蔵大学経済学部に三年時編入し卒業、東北大学大学院経済学研究科を修了し、武蔵大学講師、助教授、教授。2000年定年、名誉教授。北海道武蔵女子短期大学理事を務める。
二瓶 敏(にへい さとし、1929年12月10日 - )は、… 二瓶 敏(にへい さとし、1929年12月10日 - )は、マルクス経済学者。元専修大学経済学部教授、専修大学社会科学研究所所員。 横浜市生まれ。兵庫県武庫郡御影町(現在の神戸市東灘区)および台北で育つ。1944年秋に日本に引き揚げ、福島県の旧制会津中学校に転校した。1945年江田島の海軍兵学校に入学した。敗戦後に会津中学校の4年生に復帰した。1947年、旧制浦和高等学校に入学した。1949年に落第および旧制高校廃止により中退し、東京大学教養学部文科2類に入学した。日本共産党に入党した。学生自治会結成と同時に副委員長を務めた。1950年夏より全学連書記局を務めた。「50年問題」では国際派に所属する。
三木谷 良一(みきたに りょういち、1929年〈昭和4年〉1… 三木谷 良一(みきたに りょういち、1929年〈昭和4年〉11月30日 - 2013年〈平成25年〉11月9日)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授、元日本金融学会会長。神戸親和女子大学の非常勤講師であり、理事を務めた。また、株式会社クリムゾンフットボールクラブ(現:楽天ヴィッセル神戸株式会社)の非常勤取締役も務めた。財政学・金融論専攻。神戸市出身。 神戸市灘区生まれ。旧制神戸市立第一中学校(現:神戸市立葺合高等学校)、神戸大学予科1953年に神戸経済大学(現:神戸大学)経済学部を卒業。新庄博ゼミ出身。1954年に神戸大学経済学部助手、1957年神戸商科大学講師を経て、1959年同助教授となった。
竹中 恵美子(たけなか えみこ、1929年11月19日 - … 竹中 恵美子(たけなか えみこ、1929年11月19日 - 2025年7月1日)は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。専門は労働経済学。戦後の女性労働研究のパイオニアとして知られる。 岐阜県大垣市出身。大阪商科大学(現・大阪市立大)卒。甲南大学助教授、1972年「現代労働市場の理論」で大阪市大経済学博士。1974大阪市立大教授。1993年定年退官、花園大学教授、龍谷大学教授。2001年 - 2007年ドーンセンター館長。2024年、瑞宝中綬章受章。 戦後日本の女子労働について研究。女性運動、自治体の政策立案にも参加。夫は姜在彦、長男は社会学者・早稲田大学教授の竹中均。 2025年7月1日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去。
速水 融(はやみ あきら、1929年10月22日 - )は、… 速水 融(はやみ あきら、1929年10月22日 - )は、日本の経済学者。国際日本文化研究センター名誉教授、慶應義塾大学名誉教授、麗澤大学名誉教授。経済学博士。歴史人口学、日本経済史専攻。文化勲章受章者。日本に歴史人口学を導入したことで知られる。また「勤勉革命」を唱え、世界における勤勉革命論のきっかけを作った。英文著作も刊行している。
武野 要子(たけの ようこ、1929年10月17日 - 20… 武野 要子(たけの ようこ、1929年10月17日 - 2021年12月19日)は、日本の経済学者。専門は日本経済史。福岡大学教授、兵庫大学教授を経て、福岡大学名誉教授。博多を中心とした東アジア海域の交流を明らかにし、博多商人を通して近世の貿易史を研究。博多学の展開に大きな影響を与える。2004年に福岡県文化賞、2005年に西日本文化賞を受賞。経済学博士。 静岡県に生まれる。3歳より母の実家がある長崎市で育ち、県立長崎高等女学校、活水女子専門学校(現、活水女子大学)英文科を経て、1953年九州大学経済学部卒業。九州大学大学院では日本経済史を専攻。天草の豪商石本勝之丞関連の「石本家文書」を研究し「薩摩藩琉球貿易と貿易商人石本家の関係」(1956年、九州経済論集)など3本の論文を発表。
伊東 壮(伊東 壯、いとう たけし、1929年10月5日 -… 伊東 壮(伊東 壯、いとう たけし、1929年10月5日 - 2000年3月3日)は、日本の経済学者、平和運動家。山梨大学学長、日本原水爆被害者団体協議会代表委員、東京都原爆被害者団体協議会会長等を歴任した。 広島市に生まれる。旧制県立広島一中3年の時に被爆。1959年、一橋大学大学院経済学研究科修了。大川一司ゼミ出身。 都立高校教諭を経て1965年より山梨大学の教員をつとめた。山梨大学教育学部長、山梨大学学長(1992-98年)のほか、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員(1981-2000年)、東京都原爆被害者団体協議会(東友会)会長、大規模小売店舗審議会特別委員(通商産業省)などを歴任した。
高 昇孝(こうしょうこう、こすんひょ、朝: 고승효, 192… 高 昇孝(こうしょうこう、こすんひょ、朝: 고승효, 1929年9月21日 - 1994年7月19日)は、朝鮮出身の経済学者。 1929年、済州島生まれ。大阪大学法経学部経済学科を卒業し、大学院に進んで経済学博士号を取得。 卒業後は、大阪外国語大学講師などを務めた。在日朝鮮社会科学者協会顧問。1950年、金鐘鳴を中心に姜在彦、金時鐘、呉在陽らと共に『朝鮮評論』を創刊した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 20… 岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 2014年5月9日)は、日本の経済学者。位階は従四位。 専門は交通経済学。東京大学名誉教授、創価大学名誉教授。郵政研究所所長、道路経済研究所理事長等を歴任。道路経済研究所最高顧問兼参与。従四位。東京都出身。
丸茂 明則(まるも あきのり、1929年 <昭和4年> 9月… 丸茂 明則(まるも あきのり、1929年 <昭和4年> 9月3日 - 2011年 <平成23年> 10月16日)は、日本の官僚・経済学者。位階は従四位。 東京生まれ。1952年青山学院大学文学部英米文学科卒業。1955年早稲田大学第二政治経済学部卒業。1956年経済企画庁入庁。1957年アメリカ合衆国商務省に国連留学生として派遣。1970年フランスOECD日本政府代表部勤務。1983年経済企画庁調整局審議官。1985年経済企画庁調査局長。1986年国際大学教授、三菱信託銀行顧問。1994年国際大学副学長。1999年勲三等瑞宝章受勲。2000年国際大学名誉教授。没後、従四位追贈。
中村 貢(なかむら みつぐ、1929年9月 - )は、日本の… 中村 貢(なかむら みつぐ、1929年9月 - )は、日本の経済学者であり、計量経済学および不動産経済学を専門とする。東京大学経済学部教授や日本大学経済学部教授などを歴任し、日本における計量経済学教育のパイオニアとして知られる。戦後日本で初めて計量経済学の講義を担当した人物で、1980年代後半には東京大学経済学部長(大学院経済学研究科長)も務めた。 東京大学経済学部出身で、1950年代後半から統計学・計量経済学の研究に携わった。1958年には、ノーベル賞経済学者ローレンス・クラインの著書『計量経済学』の宮沢光一教授と共に日本語翻訳を岩波書店から出版しており、これは日本に計量経済学を紹介する草分け的役割となった。
小野 俊夫(おの としお、1929年8月22日 - )は、日… 小野 俊夫(おの としお、1929年8月22日 - )は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒、同大学院経済学研究科博士課程満期退学。駒澤大学商経学部助教授ののち、早大社会学部教授。2000年定年、名誉教授となる。2008年11月瑞宝中綬章受勲。カタストロフィー理論、カオス理論が専門で、近年は哲学的なカオス理論について書いている。
仙田 左千夫(せんだ さちお、1929年8月16日 - )は… 仙田 左千夫(せんだ さちお、1929年8月16日 - )は、日本の経済学者。経済学博士(京都大学・論文博士・1976年)(学位論文『イギリス公債制度発達論』)。滋賀大学名誉教授。 1929年8月愛知県に生まれる。1947年愛知県立一宮中学校(旧制)卒業、1949年3月彦根経済専門学校1年修了の後、同年4月滋賀大学経済学部に入学し、1953年3月経済学部経済学科卒業。その後京都大学大学院経済学研究科に進学、1958年3月同研究科博士課程単位取得退学。 1958年より2年間中京大学に勤務。1961年4月滋賀大学経済学部講師として母校に着任し、1964年2月に助教授、1976年4月に教授昇任。1988年4月からは経済学部長を務めた。
安居 洋(やすい ひろし、1929年(昭和4年)8月13日 … 安居 洋(やすい ひろし、1929年(昭和4年)8月13日 - )は、日本の経済学者。専門は、経済政策および財政学・金融論。神戸市外国語大学名誉教授(法経商コース)、元岡山商科大学教授。 神戸大学名誉教授の三木谷良一(三木谷浩史 楽天代表取締役会長兼社長の父)は、旧制神戸経済大学予科からの同期であり親友。
瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)… 瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は意志決定論(意思決定論ではない)、経営環境分析論。経済学博士(東京大学・1967年)。大阪市出身。
小泉 進(こいずみ すすむ、1929年〈昭和4年〉8月5日 … 小泉 進(こいずみ すすむ、1929年〈昭和4年〉8月5日 - 2024年〈令和6年〉10月31日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授、帝塚山大学名誉教授。専門は計量経済学、マクロ経済学、産業組織論。兵庫県神戸市出身。
清水 嘉治(しみず よしはる、1929年8月2日- 2012… 清水 嘉治(しみず よしはる、1929年8月2日- 2012年9月9日)は、日本の経済学者。専攻、世界経済論、ヨーロッパ経済論。 茨城県生まれ。1953年横浜市立大学商学部卒、55年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、関東学院大学経済学部助手、講師、助教授、教授、74年「帝国主義論研究序説」で京都大学経済学博士。83年神奈川大学経済学部教授、2000年定年退任、名誉教授。
大島 通義(おおしま みちよし、1929年〈昭和4年〉6月2… 大島 通義(おおしま みちよし、1929年〈昭和4年〉6月27日 - )は、日本の経済学者。東京都出身。慶應義塾大学名誉教授。財政学専攻。 研究テーマはドイツ財政社会学。
中西 睦(なかにし ちかし、1929年(昭和4年)6月13日… 中西 睦(なかにし ちかし、1929年(昭和4年)6月13日 - 1995年(平成7年)12月9日)は、日本の経済学者、元早稲田大学商学部教授。交通経済学専攻。 福岡県北九州市出身。早稲田大学商学部卒、早稲田大学大学院商学研究科修了。早稲田大学助教授を経て教授に就任。他に、港湾審議会委員(1973年~)、運輸政策審議会委員(1980年~)などの要職を歴任した。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
藤井 隆(ふじい たかし、1929年5月2日 - 2017年… 藤井 隆(ふじい たかし、1929年5月2日 - 2017年11月23日)は、日本の経済学者。専門分野は、経済政策論。名古屋大学名誉教授。慶應義塾大学総合政策学部教授、日本計画行政学会会長、日本学術会議会員等を務めた。 1929年、岡山県で生また。海軍経理学校を経て、第六高等学校 (旧制)で学んだ。卒業後は、一橋大学に進学し、中山伊知郎の指導を受けた。1962年、学位論文『経済進歩の理論』を一橋大学に提出して経済学博士号を取得。 卒業後は、中山の友人であった酒井正三郎名古屋大学経済学部教授の誘いを受けて、1963年に名古屋大学経済学部講師に就任。後に助教授、教授に昇格した。1992年、名古屋大学を定年退職し、名誉教授となった。
佐伯 尚美(さえき なおみ、男性、1929年4月29日 - … 佐伯 尚美(さえき なおみ、男性、1929年4月29日 - 2018年2月11日)は、日本の農業経済学者。東京大学名誉教授。 樺太生まれ。1954年東京大学経済学部卒、1961年同大学院応用経済専攻博士課程修了、「日本農業金融史論」で経済学博士。1961年農林中央金庫調査部、1966年立正大学経済学部助教授、1968年東大経済学部助教授、教授、1990年定年退官、名誉教授、新潟大学経済学部教授となり、1995年退任、日本農業研究所研究員、理事を務めた。叙従四位、瑞宝中綬章受章。
大里 仁士 (おおさと ひとし、1929年4月28日 - 2… 大里 仁士 (おおさと ひとし、1929年4月28日 - 2002年2月19日) は日本の経済学者。元九州国際大学学長。鹿児島県出身。 1949年 旧制第七高等学校理科卒業。1958年 福岡大学商学部商学科卒業。九州経済調査会にて研究員。1966年 八幡大学法経学部助教授就任(経済政策)。1989年 法経学部長就任。1992年 シェフィールド大学留学。1999年 九州国際大学学長就任。学長在任中の2002年2月19日、肺炎のため死去。 戦後日本社会におけるエネルギー問題(特に九州地方の石炭産業)の研究が多くある。
吉井 清一郎(よしい せいいちろう、1929年4月26日 -… 吉井 清一郎(よしい せいいちろう、1929年4月26日 - 2012年2月10日)は日本の経済学者。北海学園大学名誉教授。北海道生まれ。
有木 宗一郎(ありき そういちろう、1929年3月24日 -… 有木 宗一郎(ありき そういちろう、1929年3月24日 - )は、日本の経済学者。 大連生まれ。1947年広島県福山市へ引き揚げ。1954年神戸大学経済学部卒、同助手、1972年『ソ連経済の研究』で一橋大学社会学博士。 下関商業短期大学助教授、1962年國學院大學経済学部助教授、教授、下関市立大学教授、1996年定年退官。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
富塚 文太郎(とみづか ぶんたろう、1929年2月28日 -… 富塚 文太郎(とみづか ぶんたろう、1929年2月28日 - 2022年11月28日)は、日本の経済学者、東京経済大学名誉教授、元学長、元法人理事長。 東京出身。東京大学に学び、在学中は「全日本学生自治会総連合の傘下で学生運動にのめり込んでいた」という。1952年、東京大学経済学部経済学科を卒業し、産経新聞に入社し、東京本社で新聞記者となった。その後、大学に戻り、東京大学大学院社会科学研究科理論経済学専攻博士課程に学ぶ。国民経済研究協会主任研究員、後に兼任で理事長、会長となる。1968年に東京経済大学経済学部助教授、1971年に教授、さらに1992年から2000年まで東京経済大学学長、1998年から2005年まで学校法人東京経済大学理事長を務めた。
岩田 弘(いわた ひろし、1929年2月22日 - 2012… 岩田 弘(いわた ひろし、1929年2月22日 - 2012年1月31日)は、日本のマルクス経済学者。立正大学名誉教授。 日本の代表的なマルクス経済学者、宇野弘蔵に師事し、宇野経済学に依拠しつつ、独自の世界資本主義論を構築した。その理論は、鈴木鴻一郎をはじめとする当時のマルクス経済学者たちに強い影響を与え、また、1960年代から1970年代にかけての日本の学生運動、とりわけブントにも一定の影響を与えたとされている。 三重県出身。名古屋大学経済学部在学中に日本共産党に参加し学内細胞のトップとして大須事件に関わり逮捕・起訴、名大卒業後東京大学大学院社会科学研究科に進み1957年に博士課程修了。経済学博士。
金子ハルオ(かねこ はるお、1929年2月3日 - )は、日… 金子ハルオ(かねこ はるお、1929年2月3日 - )は、日本のマルクス経済学者、東京都立大学 (1949-2011)・大妻女子大学名誉教授。門下に五十嵐仁がいる 茨城県新治郡千代田村(現かすみがうら市)出身。1953年東京大学経済学部卒。1959年同大学院社会科学研究科理論経済学博士課程満期退学。1959年東京都立大学法経学部助手、1961年講師、1962年助教授、1970年経済学部教授、1975年-1979年・1981年-1985年経済学部長。1992年定年退官、大妻女子大学社会情報学部教授、学部長、2000年同名誉教授。 1969年「生産的労働と国民所得」で東大経済学博士。1978年-1984年日本学術会議会員。
榊原 胖夫(さかきばら やすお、1929年1月23日 - 2… 榊原 胖夫(さかきばら やすお、1929年1月23日 - 2013年7月24日)は、日本の経済学者。同志社大学名誉教授。 名古屋市生まれ。1952年同志社大学経済学部卒、54年同大学院経済学研究科修士課程修了、同志社大学経済学部助手。1954年アマースト大学大学院、1956年ハーバード大学大学院に学ぶ。 1957年帰国、1958年同志社大学経済学部専任講師、1960年助教授、1966年教授。1993年定年、名誉教授、帝京平成大学情報学部教授。大阪商業大学商経学部教授。関西外国語大学教授。1988-90年日本アメリカ学会会長、のち名誉会員。交通経済学。
梅津 和郎(うめづ かずろう、1929年1月1日 - )は、… 梅津 和郎(うめづ かずろう、1929年1月1日 - )は、日本の政治・経済学者、大阪外国語大学名誉教授、名古屋市立大学名誉教授。 島根県松江市出身。別名・田中一狼。1959年京都大学大学院経済学研究科国際経済論博士課程満期退学、1964年「日本の貿易思想 日本貿易政策思想史研究」で経済学博士。大阪外国語大学講師、助教授、教授を経て、名古屋市立大学教授。1994年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授を務めた。1964年日本商業学会賞受賞。国際政治、大学経営などに健筆をふるった。2011年瑞宝中綬章受章。
小林 賢齊(こばやし まさなり、1929年 - )は、マルク… 小林 賢齊(こばやし まさなり、1929年 - )は、マルクス経済学者。武蔵大学名誉教授。専攻は理論経済学、現代資本主義論。 東京生まれ。長野県出身。武蔵高等学校卒業(21期)。1953年東京大学経済学部(旧制)卒業。東京大学特別研究生(旧制)。東大大学院の山田盛太郎のゼミに所属。1959年武蔵大学専任講師、1964年教授。大学院教授、第13代経済学部長(1980-1981年)も務め、2000年退職。1978年「再生産論の基本問題」で経済学博士(東京大学)。 山田盛太郎の直系の弟子で『山田盛太郎著作集』の刊行に尽力した。東大で横山正彦からも指導を受けた。土地制度史学会評議員。1963年に山田が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。
並木 信義(なみき のぶよし、1929年 - )は、元官僚の… 並木 信義(なみき のぶよし、1929年 - )は、元官僚の経済学者。東京生まれ。1952年東京大学経済学部卒、通産省入省、1959-1963年経済企画庁出向、1963-1967年ベルギー日本大使館一等書記官、1970年「ヨーロッパ経済論 -欧洲統合の現状と将来- 」で中央大学経済学博士。通産調査課長、産業構造課長、1975年日本経済研究センター、のち理事、常勤顧問。1989年名古屋市立大学経済学部教授、92年亜細亜大学教授、2000年退職。
大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4… 大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4月21日)は、マルクス経済学者。専門は理論経済学。 東京都生まれ。1949年東京高等学校(旧制)文科丙類卒業。1953年東京大学経済学部経済学科(旧制)卒業。宇高基輔のゼミに所属。高橋幸八郎、内田義彦、平瀬巳之吉の指導も受けた。大学院で横山正彦の指導を受けた。名古屋大学経済学部講師、助教授、教授。1983年経済学部長。1988年死亡退官、叙従四位。
望月 清司(もちづき せいじ、1929年(昭和4年)- 20… 望月 清司(もちづき せいじ、1929年(昭和4年)- 2023年(令和5年)2月1日)は、日本の経済学者。マルクス経済学者。元専修大学学長。専修大学名誉教授。経済学博士(専修大学)。専攻は経済史方法論、第三世界論。東京都出身。 この他、北海道大学大学院経済学研究科、東京大学大学院経済学研究科の非常勤講師を務めた。
津田 内匠(つだ たくみ、1929年 - 2021年2月25… 津田 内匠(つだ たくみ、1929年 - 2021年2月25日)は、日本の経済思想史家、経済学者。専門はフランス古典経済学。一橋大学名誉教授。元経済学史学会代表幹事。 東京商科大学(現一橋大学)卒業。大塚金之助ゼミ出身。良知力はゼミの1期先輩。1993年に一橋大学経済研究所教授を定年退官し、一橋大学名誉教授の称号を受け、同年から1995年まで経済学史学会代表幹事を務めた。指導学生に山崎耕一、森村敏巳、岩本吉弘、御崎加代子など。2003年、フランスの国民産業奨励協会(Société d'Encouragement pour l'industrie nationale)よりその研究が認められ、シャプタル賞(Prix Chaptal)を受賞。
辻岡 靖仁(つじおか せいじ、1929年 - 2015年)は… 辻岡 靖仁(つじおか せいじ、1929年 - 2015年)は、日本の経済学者、労働問題研究者。 和歌山県和歌山市出身。 旧制大阪商科大学卒。大学卒業後、関西労働者教育協会を立ち上げ、労働学校の開催など大阪での労働者教育に従事する。 1968年、労働者教育協会理事長に就任、同協会が主催する通信講座「勤労者通信大学」の講師、同協会が編集する『学習の友』への寄稿、全国の学習組織が開催する労働学校や「資本論」教室などに携わる。 1988年、前任の畑田重夫の後を引き継ぎ会長に就任。2004年まで労働者教育協会会長・勤労者通信大学学長として、科学的社会主義の立場に立つ労働者教育の中心的役割を担った。 2015年1月7日、急性心不全で死去。
小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1… 小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1928年(昭和3年)11月30日 - 2022年(令和4年)10月31日)は、日本の経済学者。位階は従三位。東京大学名誉教授・青山学院大学名誉教授。国際経済学、日本経済、中国経済の3つの分野での実証的な研究を行った業績で知られる。また、多くの日本の経済論争に中心人物としてかかわっている。2002年、文化勲章受章。 1928年11月30日、京都市で生まれる。父は京都大学電気工学科出身の日立製作所に勤めるエンジニアであった。小学生のときに父親の転勤で東京都大森へ転居。旧制東京高等学校を経て、1949年に東京大学へ入学し、木村健康ゼミへ入る。
島野 卓爾(しまの たくじ、1928年10月15日 - 20… 島野 卓爾(しまの たくじ、1928年10月15日 - 2004年6月4日)は、日本の経済学者。 東京出身。1953年学習院大学政治学科卒、1956年西ドイツ・キール大学博士課程修了、政治学博士。1956年上智大学講師、60年学習院大学政経学部講師、助教授、67年同経済学部教授。99年定年、名誉教授。妻は上原七之助(上原勇作の長男)の次女、仲子。
宇沢 弘文(うざわ ひろふみ、旧字体: 宇澤 弘文、1928… 宇沢 弘文(うざわ ひろふみ、旧字体: 宇澤 弘文、1928年〈昭和3年〉7月21日 - 2014年〈平成26年〉9月18日)は、日本の経済学者。専門は数理経済学。意思決定理論、二部門成長モデル、不均衡動学理論などで功績を認められた。シカゴ大学ではジョセフ・E・スティグリッツを指導した。東京大学名誉教授。位階は従三位。 鳥取県米子市出身。父時夫は小学校の教師。宇沢家の始祖は江戸中期に遡る。元は米子の南に位置する法勝寺(現在の南部町)というところの出で、のちに米子に移った。生家は代々米屋を営んでいたが破産している(時期は不明)。宇沢家は長い間、男の子に恵まれなかった。全くの女系家族といってよい。父も祖父も婿養子である。
伏見 多美雄(ふしみ たみお、1928年7月7日 - 200… 伏見 多美雄(ふしみ たみお、1928年7月7日 - 2006年8月28日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学名誉教授、経済学博士。 千住鎮雄と共著の『経済性工学の基礎』及び『経済性工学の応用』は、投資の採算性評価に関するバイブルとなっている。『経済性工学の基礎』の副題は「意思決定のための経済性分析」、『経済性工学の応用』の副題は「採算経営の計画技術」となっており、経営科学を学ぶ上でなくてはならないものの考え方である。 この間、1975年~1977年カルフォルニア大学バークレー校およびハーバード大学客員研究員。1987年カルフォルニア大学バークレー校客員研究員。
安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 20… 安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 2017年6月12日)は、日本の経済学者・経営学者・歴史学者。同志社大学名誉教授。専門は、日本経済史・経営史。学位は、経済学博士(大阪大学・1959年)。近世経済史研究を皮切りに、主に近現代経済史・経営史特に三井財閥に関する研究で知られる。 大阪府大阪市出身。1953年大阪大学経済学部卒業。1959年同大学院博士課程修了、経済学博士の学位を授与される。同年同志社大学助手。1967年同大学教授。1980年同大学商学部長。1986年同大学教務部長を経て1999年同大学名誉教授。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
玉城 哲(たまき あきら、1928年7月-1983年7月2日… 玉城 哲(たまき あきら、1928年7月-1983年7月2日)は、日本の農業経済学者。 東京出身。経済学者玉城肇の次男。兄は歌人の玉城徹、弟は現代コリア研究所理事長を務めた玉城素。東京農業大学農学科卒、同大学院博士課程中退、専修大学経済学部助教授、教授。
島崎 久弥(しまざき きゅうや、1928年5月6日 - )は… 島崎 久弥(しまざき きゅうや、1928年5月6日 - )は、経済学者。 東京府(現世田谷区)出身。1953年東京大学法学部政治学科卒、東京銀行に入り、調査部審議役から東銀リサーチ・インターナショナル主任研究員。1984年関東学院大学経済学部教授。1991年「円の侵略史 円為替本位制度の形成過程」で九州大学博士(経済学)。1992年神奈川大学経済学部教授。京都大学、関東学院大学、中央大学、横浜国立大学、神奈川県立外語短期大学、横浜商科大学、明治学院大学の各非常勤講師兼務。1999年定年。 2. 『日本紳士録』 2002 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤本 昭(ふじもと あきら、1928年4月20日 - 201… 藤本 昭(ふじもと あきら、1928年4月20日 - 2019年7月16日)は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授。中国経済が専門。 1928年、大阪市で生まれた。大阪商科大学経済学科で学び、戦後の1951年に卒業。 卒業後は大阪市立大学経済研究所助手に採用され、日本の繊維産業の調査研究に従事。しかし、経済研究所にアジア研究グループが組織されるとメンバーとなり、本格的に中国経済研究を始めた。1957年に講師昇格。1963年に神戸大学経済学部助教授となり、1971年に教授昇格。1973年、学位論文『新中国の国家財政の研究』を神戸大学に提出して経済学博士号を取得。1992年に神戸大学を定年退官し、名誉教授となった。
篠田 雄次郎(しのだ ゆうじろう、1928年4月18日 - … 篠田 雄次郎(しのだ ゆうじろう、1928年4月18日 - 1992年3月25日)は日本の経済学者。上智大学教授を務めた。 日本人論の『日本人とドイツ人 猫背の文化と胸を張る文化』を発表している。 東京・中野生まれ。海軍兵学校卒業後、1951年上智大学卒業、1957年ケルン大学卒業。上智大学社会経済研究所教授(文化社会学)、社会経済研究所長・日本船舶振興会理事長を務めた。 1992年3月25日、中咽頭癌のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
片野 彦二(かたの ひこじ、1928年4月5日 - 2012… 片野 彦二(かたの ひこじ、1928年4月5日 - 2012年10月17日)は、日本の経済学者。 愛知県生まれ。1952年名古屋大学経済学部卒、神戸大学経済経営研究所助手、1957年助教授、1970年「発展途上国における最適成長径路の決定に関する研究」で神戸大学経済学博士。1971年神戸大学助教授、1991年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授。2000年退任。専門は国際経済学。
柴田 悦子(しばた えつこ 1928年2月14日 - )は、… 柴田 悦子(しばた えつこ 1928年2月14日 - )は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。専門は物流経済論。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。 東京出身。昭和高等商業学校(現大阪経済大学)卒業、大阪商科大学(現・大阪市立大学)卒業、1977年に「港湾経済」で大阪市立大学より商学博士を取得。大阪市立大学助教授・教授を経て名誉教授。名城大学客員教授や日本港湾経済学会常任理事を務める。
坂本 二郎(さかもと じろう、1928年2月11日 - 19… 坂本 二郎(さかもと じろう、1928年2月11日 - 1985年4月17日)は、日本の経済学者。 大阪市生まれ。一橋大学卒業、1962年同助教授、1969年教授、中央教育審議会臨時委員となったが、批判を集め、1970年大学を退官しNHK解説委員に転じた。1984年国際商科大学教授。高度経済成長期に未来学者として活躍し、「二十一世紀論」を提言した。日本未来学会理事。ゼミナールの指導学生に寺西重郎など。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
暉峻 淑子(てるおか いつこ、1928年2月5日 - )は、… 暉峻 淑子(てるおか いつこ、1928年2月5日 - )は、日本の経済学者、評論家。埼玉大学名誉教授。夫は農業経済学者の暉峻衆三。長男は映画評論家の暉峻創三。弟は音楽プロデューサーの栗山章。 高分子化学の権威であり、九州大学名誉教授となる栗山捨三の三女として大阪府に生まれる。福岡県福岡高等女学校を経て、日本女子大学文学部卒業後、東京大学の東畑精一研究室に勤務しつつ法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻に学び、同博士課程満期退学。1955年、東畑精一研究室で知り合った暉峻衆三と結婚。1991年「豊かさとは何か」で経済学博士の学位を取得。鶴見女子大学助教授、教授、1977年埼玉大学教授、1991年定年退官、1993年教育学部名誉教授、日本女子大学教授、1998年退職。