川名 大(かわな はじめ、1939年3月31日 - )は、日… 川名 大(かわな はじめ、1939年3月31日 - )は、日本の俳句研究者。 千葉県(現南房総市)生まれ。千葉県立安房高等学校、早稲田大学第一文学部卒、慶應義塾大学・東京大学両大学院修士課程にて近代俳句を専攻。三好行雄、高柳重信に学ぶ。東京都立三田高等学校教諭、聖光学院中学校・高等学校(横浜市)教諭、東京都公文書館史料編纂係などを歴任した。近代俳句の軌跡を俳句表現史の視点から構築。2022年、第22回現代俳句大賞受賞。
永田 雄三(ながた ゆうぞう、1939年3月29日 - )は… 永田 雄三(ながた ゆうぞう、1939年3月29日 - )は、日本のトルコ研究者。元明治大学文学部教授、元東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。東洋文庫研究員。 オスマン史研究の第一人者 。日本人研究者として初めて古文書等のトルコ現地史料を用いて研究を進め、日本語のみならずトルコ語でも研究成果を発表した。イスタンブル大学ではトルコ民族主義者のゼキ・ヴェリディ・トガンから薫陶を受けた。オスマン帝国の時代を中心に社会史の研究を行った。 主な出典:永田雄三先生:略歴と業績, pp. 195–196 ・“第33回セミナー「講演者プロフィール」”. 日本トルコ文化交流会 (2013年8月27日). 2024年7月20日閲覧。
谷本 誠剛(たにもと せいごう、1939年2月15日 - 2… 谷本 誠剛(たにもと せいごう、1939年2月15日 - 2005年1月22日)は、日本の児童文学研究者、翻訳家。関東学院大学名誉教授。博士(文学)(筑波大学・論文博士・2004年)(学位論文「昔話と児童文学の文体と表現 昔話から創作昔話へ」)。1998年より2004年まで日本イギリス児童文学会会長などを務めた。息子に生理学研究者の谷本道哉がいる。 兵庫県神崎郡福崎町西谷生まれ。兵庫県立福崎高等学校を卒業後、1964年に東京教育大学大学院英米文学科修士課程を修了し、静岡大学教養部で講師、助教授、教授、筑波大学で教授をそれぞれ務める。1992年に関東学院大学文学部で教授に就き、在職中の2005年に死去。
岡村 多希子(おかむら たきこ、1939年〈昭和14年〉1月… 岡村 多希子(おかむら たきこ、1939年〈昭和14年〉1月15日 - )は、日本のポルトガル語研究者、ポルトガル文学研究者。東京外国語大学名誉教授。 東京府出身。旧姓は松尾。東京外国語大学ポルトガル・ブラジル学科卒業。2003年まで東京外国語大学教授。ヴェンセスラウ・デ・モラエスを研究、翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
藤田 敬一(ふじた けいいち、1939年1月10日 - )は… 藤田 敬一(ふじた けいいち、1939年1月10日 - )は日本の中国史学者、部落問題研究者。岐阜大学元教授。「『同和はこわい考』通信」「こぺる」を通じて、日本共産党とは違った立場から部落解放同盟を批判した。今村 謙次郎の筆名もある。 京都市下京区生まれ。父親は愛媛県出身で、部落差別意識の強い人だったという。1958年、京都大学文学部入学の夏に部落問題研究所を訪ね、木村京太郎の紹介で朝田善之助の自宅を訪問。京都市内の同和地区を視察し、部落問題の研究を始める。 1962年、京都大学文学部史学科(東洋史学専攻)卒業。1968年、京都大学大学院文学研究科(東洋史学専攻)博士課程修了。1970年、岐阜大学教育学部(史学科)講師。
北条 常久(ほうじょう つねひさ、1939年1月 - )は、… 北条 常久(ほうじょう つねひさ、1939年1月 - )は、日本近代文学研究者。文学博士。福島県いわき市出身。
岡田 紀子(おかだ のりこ、1939年 - )は、日本の哲学… 岡田 紀子(おかだ のりこ、1939年 - )は、日本の哲学研究者、東京都立大学名誉教授。 玉川大学文学部教育学科卒。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1964年東京都立大学人文学部哲学科助手、講師、助教授、教授。2002年定年退任、名誉教授。
佐藤 敬三(さとう けいぞう、1939年 - )は、日本の科… 佐藤 敬三(さとう けいぞう、1939年 - )は、日本の科学論、科学哲学の研究者。埼玉大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山田 学(やまだ まなぶ、1939年 - )は、日本の都市計… 山田 学(やまだ まなぶ、1939年 - )は、日本の都市計画研究者。東京大学工学部都市工学科教授として、後進の育成にあたる。 東京大学工学部丹下健三研究室在籍当時、コンピュータの利用を月尾嘉男らとともに、1963年の「東京都庁舎の庁内の職員、来客に関する流動調査」より始め、中心となって進めた。 1985年から1995年まで、東京大学都市設計研究室を主宰した。 著書に『現代都市計画事典』(共著、彰国社)『都市の博物誌』(共著、彰国社)がある。訳書に『図説・景観の世界 人類による環境形成の軌跡』(ジェフリ&スーザン・ジェリコー 著、彰国社)『敷地計画の技法』(ケヴィン・リンチ著、鹿島出版会、1987)がある。
飯塚勝久(いいづか かつひさ、1939年- )は、日本の西洋… 飯塚勝久(いいづか かつひさ、1939年- )は、日本の西洋哲学研究者、日本大学名誉教授。 東京生まれ。1962年東京教育大学文学部哲学科卒業。67年同大学院博士課程哲学専攻満期退学。1973-74年、1978-79年フランスに留学。愛知県立大学講師、立教大学助教授、筑波大学助教授、日本大学法学部教授、2010年定年退任、名誉教授。1982年「フランス・ジャンセニスムの精神史的研究」で筑波大学文学博士。
清田 文武(せいた ふみたけ、1939年(昭和14年) - … 清田 文武(せいた ふみたけ、1939年(昭和14年) - )は、日本の日本近代文学研究者。新潟大学名誉教授。 1962年新潟大学教育学部中学校教育科卒、1969年東北大学大学院文学研究科国文学博士課程満期退学。1992年「鷗外文芸の研究 -青年期篇・中年期篇-」で東北大学博士(文学)。1969年秋田工業高等専門学校講師、1971年新潟大学教育学部助教授、教育人間科学部教授、2005年定年退官、名誉教授、新潟中央短期大学教授。1998年中国・東北師範大学客座教授。 2019年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
宮城 篤正(みやぎ とくまさ、1939年 - )は、沖縄県浦… 宮城 篤正(みやぎ とくまさ、1939年 - )は、沖縄県浦添市出身の美術史研究者、博物館学芸員、琉球工芸研究者、大学教員、空手史研究者、美術評論家。沖縄県立芸術大学第5代学長、浦添市美術館初代館長、浦添市立図書館初代館長、沖縄民芸協会会長を歴任した。 沖縄県立博物館では琉球陶器や県内絵画遺品の調査研究に従事し、浦添市では市立図書館および美術館の開設・運営に関わった。沖縄美術・琉球工芸に関する監修・著作のほか、沖縄空手史に関する著作・連載でも知られる。 1939年、沖縄県浦添市に生まれる。1962年、琉球大学文理学部美術工芸科を卒業した。中学校美術教諭を経て、琉球政府立博物館、のちの沖縄県立博物館に勤務した。
須藤 貢明(すどう つぐあき、1939年 - )は、日本の聴… 須藤 貢明(すどう つぐあき、1939年 - )は、日本の聴覚障害児教育の研究者、東京学芸大学名誉教授である。青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校を経て、1962年電気通信大学電波通信学部卒業。玉川大学工学部専任講師、東京学芸大学専任講師を経て、1992年に東京学芸大学教授に、2003年に同学名誉教授に就任した。聴覚心理学、言語指導論を研究する。 1992年に「聴覚障害児教育における言語指導の方法に関する実験的研究」で博士(教育学)を取得した(筑波大学、第471号)。
志村 章子(しむら しょうこ、1939年〈昭和14年〉 - … 志村 章子(しむら しょうこ、1939年〈昭和14年〉 - 2022年〈令和4年〉1月26日)は、日本のジャーナリスト、評論家、ガリ版文化研究者。 東京府生まれ。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)第2西洋画科卒。足尾鉱毒事件、女性問題、老人問題などのジャーナリストとして活動、のちガリ版文化研究者。1994年、ガリ版愛好者の会「ガリ版ネットワーク」を創設(現・新ガリ版ネットワーク)。
近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12… 近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12月18日 - )は、日本近代文学研究者。専門は主に石川啄木。元群馬大学教授。北海道旭川市出身。
海老井 英次(えびい えいじ、1938年12月17日 - )… 海老井 英次(えびい えいじ、1938年12月17日 - )は、日本近代文学研究者。九州大学名誉教授。 東京市(現新宿区)生まれ。1962年九州大学文学部仏文科卒、1966年同国文科卒、1986年「大正時代,個人主義文学展開の中軸としての芥川龍之介の作品研究」で文学博士の学位の取得。九大国文科助手、純真女子短期大学講師、大分工業高等専門学校講師、北九州大学助教授、九州大学教養部助教授、教授、九州大学大学院比較社会文化研究院教授、2001年定年退官、名誉教授、京都女子大学教授。2009年退職。芥川龍之介が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中嶋 長文(なかじま おさふみ、1938年12月15日 - … 中嶋 長文(なかじま おさふみ、1938年12月15日 - )は、日本の中国文学者、魯迅研究者。元神戸市外国語大学教授。 通称山太郎。室号は木旗騒堂で、後に木旗闃堂と改める。 奈良県高市郡真菅村(現・橿原市)に生まれる。 1967年に京都大学文学部を卒業した。卒業後は大学教員となり、初め京都産業大学を経て滋賀大学に、1985年に神戸市外国語大学に転任、2004年3月退職するまで18年間勤務した。退任時には神戸市外国語大学の名誉教授号授与を固辞した。 2017年、京都大学教授の平田昌司によって、「一般財団法人橋本循記念会 平成二八年度 中国伝統文化に関する調査・研究助成」を得て、「『古小説鈎沈』校本」が「中島長文 校、伊藤令子 補正」として再発行された。
山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は… 山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は、日本の哲学研究者、桃山学院大学名誉教授。専攻はギリシア哲学。 徳島市生まれ。1962年同志社大学文学部文化学科哲学専攻卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1975年桃山学院大学経済学部助教授。1977年教授。1989年文学部教授。1991年から1993年まで文学部長。2002年法学部教授。2004年から2006年まで文学研究科長。2009年定年退任、名誉教授。1997年アテネ大学名誉哲学博士。
石田 忠彦(いしだ ただひこ、1938年11月25日 - )… 石田 忠彦(いしだ ただひこ、1938年11月25日 - )は、日本近代文学研究者、鹿児島大学名誉教授。 佐賀県生まれ。1961年九州大学法文学部国文科卒、1986年「坪内逍遥小説理論の研究」で、文学博士(九州大学)の学位を取得。活水女子大学助教授、1983年鹿児島大学法文学部教授、法文学部長。2004年定年退官、名誉教授。かごしま近代文学館アドバイザー。
蜂屋 邦夫(はちや くにお、1938年11月17日 - )は… 蜂屋 邦夫(はちや くにお、1938年11月17日 - )は、中国思想史の研究者。文学博士(東京大学・論文博士・1993年)。東京大学名誉教授。老荘思想、道教が専門。 1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科アメリカ分科で学び、1963年に卒業。同大学院人文科学研究科比較文学比較文化専門課程に進み、1968年に博士課程を単位取得満期退学。 退学した同年、東京大学東洋文化研究所助手に採用。1974年に助教授、1987年に教授昇格。1993年、文学博士号を取得した。1999年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は大東文化大学外国語学部教授として教鞭をとり、2009年に退職した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
山崎 一穎(やまざき かずひで、1938年9月20日 - 2… 山崎 一穎(やまざき かずひで、1938年9月20日 - 2024年9月14日)は、日本の近代文学研究者。専門は森鷗外。跡見学園女子大学名誉教授。元学校法人跡見学園理事長。森鷗外記念会会長、森鷗外記念館(津和野町)館長。 長野県中野市生まれ。中学校以降は千葉県で育つ。1957年、千葉県立千葉第一高等学校、1962年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。千葉県立高校の定時制教諭の傍ら、1970年、同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。同年、跡見学園女子大学文学部国文学科専任講師、1974年助教授、1978年教授。同年から跡見学園女子大学学長、1989年に学長を退任。1998年学長に再任、2008年定年退職。
広原 盛明(ひろはら もりあき、1938年8月26日 - )… 広原 盛明(ひろはら もりあき、1938年8月26日 - )は、日本の都市研究者。専攻は都市政策、住宅・都市計画学。 満州国ハルビン市生まれ。1961年京都大学工学部建築学科卒業、同大学院工学研究科建築学専攻博士課程退学ののち、同大学助手・講師を務めた。京都府立大学に赴任、1971年助教授、1985年教授、1992年-1998年学長を歴任した。この間、1971年に結成された京都市電の存続を目指す市民団体「京都の市電をまもる会」の事務局長を務めている。 工学博士、京都府立大学名誉教授。 2000年より龍谷大学法学部教授。2004年2月8日執行の京都市長選挙に日本共産党推薦で立候補、17万票余を得たが落選した。
當間 一郎(当間一郎、とうま いちろう、1938年8月19日… 當間 一郎(当間一郎、とうま いちろう、1938年8月19日 - 2020年6月18日)は、日本の沖縄芸能研究者。 サイパン島生まれ、沖縄県那覇市出身。1960年に國學院大學文学部文学科を卒業した。大学時代に宮良當壯と出会い、組踊写本などの芸能研究を行うようになり、写本の発掘・整理、組踊の復活上演、真境名由康・島袋光裕らの実演家との交流、沖縄藝能史研究会の立ち上げなど、沖縄芸能の発展と継承に貢献した。沖縄県立博物館・美術館館長も務めた。 2020年6月18日、腎臓癌のため糸満市の病院で死去。
福部 信敏(ふくべ のぶとし、1938年7月26日 - 20… 福部 信敏(ふくべ のぶとし、1938年7月26日 - 2006年11月1日)は、日本のギリシア美術史研究者。 横浜生まれ。1963年東京教育大学卒業、同大専攻科入学、1965年早稲田大学大学院入学、72年博士課程満期退学、跡見学園女子大学講師、助教授をへて、80年教授、1990―92年副学長を務める。2000年東京芸術大学教授、2006年退職。
三宅 興子(みやけ おきこ、1938年7月20日- 2022… 三宅 興子(みやけ おきこ、1938年7月20日- 2022年10月21日)は、日本の英国児童文学研究者、梅花女子大学名誉教授。大阪生まれ。 大阪市立大学大学院修士課程修了。大谷女子短期大学講師、梅花女子大学教授、2007年定年、名誉教授。絵本学会会長などを歴任。一般財団法人大阪国際児童文学振興財団の設立に関わり2010~2015年に理事長、その後は特別顧問を務めた。 1983年『児童文学はじめの一歩』(共著)で日本児童文学学会賞奨励賞受賞。1996年『イギリスの絵本の歴史』で日本児童文学学会賞受賞。2019年国際グリム賞受賞。 2022年10月21日、悪性リンパ腫のため死去。84歳没。
堀江 信男(ほりえ のぶお、1938年5月18日 - 202… 堀江 信男(ほりえ のぶお、1938年5月18日 - 2025年9月25日[要出典])は、日本近代文学研究者、茨城キリスト教大学名誉教授。石川啄木賞受賞。 茨城県生まれ。1962年立教大学文学部日本文学卒、1967年同大学院文学研究科日本近代文学専攻博士課程中退。 2009年まで茨城キリスト教大学教授。1990年国際啄木学会理事、2000年岩手日報社石川啄木賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
池内 輝雄(いけうち てるお、1938年(昭和13年)5月1… 池内 輝雄(いけうち てるお、1938年(昭和13年)5月14日 - 2025年(令和7年)6月24日)は、日本の近代文学研究者。 長野県軽井沢町生まれ。1962年東京教育大学国文科卒、1969年同大学院博士課程満期退学、東京教育大学文学部助手。1971年大妻女子大学文学部助教授、教授、1993年筑波大学文芸・言語学系教授、2001年帝京大学文学部教授、2005年國學院大學文学部教授、2008年國學院大學・國学院大學大学院客員教授。 2006-07年日本近代文学会常務理事。2015₋2023年日本近代文学館副理事長。軽井沢高原文庫初代館長。
萬田 務(万田 務、まんだ つとむ、1938年5月14日 -… 萬田 務(万田 務、まんだ つとむ、1938年5月14日 - )は、日本の日本近代文学研究者。 立命館大学大学院修士課程修了。大阪城南女子短期大学助教授、橘女子大学助教授、京都橘女子大学助教授を経て教授。大阪府富田林市生まれ。
真鍋 龍太郎(まなべ リュウタロウ、1938年〈昭和13年〉… 真鍋 龍太郎(まなべ リュウタロウ、1938年〈昭和13年〉5月2日 - )は、工学等の分野(特に情報システム学、経営科学)の研究者である。文教大学名誉教授。 本人の筆によれば、龍太郎という名に、「龍」の文字があるが、辰年生まれではなく、寅年生まれである。学生に対しては、独創性を深め、何事にも熱心に取り組むことをうったえていた。 地球全体に目を向けることを信条とし、真鍋龍太郎自身も日本国外における大学教員の経歴を有している。アメリカ合衆国に所在する大学の教員に着任したことがあるため、アメリカ合衆国の大学における技術教育・工学教育に関する知識を有している。 学問の発展に寄与することを志しており、各種の学会運営に携わっている。
左近司 祥子(さこんじ さちこ、1938年4月12日 - )… 左近司 祥子(さこんじ さちこ、1938年4月12日 - )は、日本の哲学者・西洋古典学者・ギリシア哲学研究者。学習院大学名誉教授。主な研究対象はネオプラトニズム、ピタゴラス。東京出身。 旧姓は内野で、父は中国哲学研究者の内野熊一郎、母方の祖父は内野台嶺。妹は音楽学者の内野允子(のぶこ、1943- 上野学園大学名誉教授)。三女の左近司彩子は翻訳家で元タレント。 かなりの猫好きで、多くの野良猫を保護し、自宅に猫を40匹以上飼っている。猫に関する著作が多数ある。著書『「本当に生きる」ために』のあとがきによれば、「『できることなら、あらゆる猫を救いたい』『私の目の前で猫殺しなど許さない』」が「たった一つの私の存在価値」だとのこと。
桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日… 桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日- )は、日本の翻訳家、哲学研究者、創価学会の人物。 京都府福知山市生まれ。1960年東京大学文学部社会学科卒。創価学会に入り、聖教新聞の記者となり、のち編集主事。フランス文化史の翻訳を多く行っている。
大矢 鞆音(おおや ともね、1938年1月15日 - )は、… 大矢 鞆音(おおや ともね、1938年1月15日 - )は、日本の作家、美術評論家、研究者。 1938年(昭和13年)、日本画家大矢黄鶴の次男として東京に生まれる。7人兄弟の次男で、2歳年長の兄大矢紀、2歳下の弟大矢十四彦も後に日本画家となる。1962年(昭和37年)、早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業。在学中から『萌春』など美術雑誌の展覧会評を執筆し、河北倫明らの知遇を得る。日本放送出版協会(NHK出版)に入社。同社で『趣味の園芸』編集長などを経て、美術書の企画・編集にも携わり、取締役美術部長。1977年(昭和52年)の『杉山寧:エジプト幻想行』・『平山郁夫:わが心のシルクロード』を皮切りに河北倫明を監修に刊行を始めた「現代日本画家素描集」シリーズ全20巻は当時、こうした美術書としては空前のヒットとなった。
佐藤 健一(さとう けんいち、1938年 - )は、日本の数… 佐藤 健一(さとう けんいち、1938年 - )は、日本の数学史研究者。数学教師をしながら近世寺子屋の数学教育を研究。明治大学付属中野八王子高等学校教頭。東京理科大学非常勤講師、日本数学史学会会長、和算研究所理事長、NPO法人和算を普及する会代表。 1938年、満洲国新京市(現・中華人民共和国長春市)に生まれる。1944年秋に朝鮮の釜山から引き揚げ、東京都立川市に移住。1945年、東京都立曙国民学校(現・立川市立第二小学校)に入学するが空襲警報が鳴り止まないため入学式の翌日から一日も学校へ行くことが出来ず、5月から父の実家がある山形県東置賜郡高畠町に疎開。高畠町立屋代小学校に入学。戦後、父は軍人であったことから公職追放され宮城県刈田郡七ヶ宿村で開墾団を結成して働く。
魚田 勝臣(うおた かつおみ、1938年 - )は、日本の計… 魚田 勝臣(うおた かつおみ、1938年 - )は、日本の計算機科学の研究者、専攻は情報システム、情報システム教育およびソフトウェア工学、専修大学名誉教授。一般社団法人情報システム学会事務局長。
木村 嘉孝 (きむら よしたか、1938年 - )は、日本の… 木村 嘉孝 (きむら よしたか、1938年 - )は、日本の研究者。高エネルギー加速器の専門家。 1966年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士の学位を取得、論文の題は「Photoproduction of positive pions from carbon nuclei(炭素原子核からのπ[+]中間子の光生成)」。 東京大学理学部、工学部を経て、1971年から高エネルギー物理学研究所(後の高エネルギー加速器研究機構の一部)で研究を行う。 1990年から総合研究大学院大学数物科学研究科長。1994年から高エネルギー物理学研究所副所長。1997年から高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所長。
伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 200… 伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 2006年1月16日)は、東アジア政治外交史専攻の歴史学者、同地域研究者。 日本統治時代の台湾・宜蘭県出身。国立中興大学卒業後、1964年に来日し、1969年に早稲田大学を卒業。東京大学大学院博士課程修了、文学博士(博士論文は「台湾統治と阿片問題」)。1982年、日本に帰化した。二松學舍大学教授、杏林大学教授を務めた。2006年1月16日、杏林大学医学部付属病院において心不全のため死去。 帰化以前の名は「劉 明修」であったが、日本国籍取得時に「伊藤 潔」に改名。「伊藤」という姓は、伊藤 潔が最も尊敬する人物伊藤博文から苗字を拝借したものである。
小平 武(こだいら たけし、1937年12月13日 - 19… 小平 武(こだいら たけし、1937年12月13日 - 1992年3月23日)は、日本のロシア文学者、比較文学研究者、翻訳家。元北海道大学教授。 東京出身。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業、東京大学大学院比較文化研究科修士課程修了。北海道大学言語文化部ロシア語科を経て、北海道大学教授。 ロシア・ソヴィエトの詩と演劇を専門とし、ロシア文学関係の仕事としては、マヤコフスキーやチェーホフを論じたほか、アレクサンドル・ブローク、アンドレーエフの作品を翻訳・紹介し、比較文学関係では、夏目漱石、志賀直哉、宇野浩二に関する著作を発表した。 1975年に札幌のロシア研究者たちと共に、同人雑誌「えうゐ ロシアの文学・思想」を創刊し、創刊号から第二十号まで17年間編集を担当する。
牧野 圭一(まきの けいいち、1937年11月1日 - 20… 牧野 圭一(まきの けいいち、1937年11月1日 - 2022年8月14日)は、日本の漫画家、漫画文化の研究者。京都精華大学名誉教授。 愛知県豊橋市出身。4人きょうだいの長男。漫画家の牧野和子は実妹である。 愛知県立時習館高等学校卒業。上京して2度美術大学受験に失敗し、1958年に日本テレビジョン(TCJ)へ入社。アニメーターとして働く。27歳で博報堂へ転職し、テレビCMの絵コンテを手がける。1964年には独立して、島充とともにマキノプロダクションを設立。 1966年より近藤日出造に師事し、近藤没後の1976年3月から約15年間、近藤の後を継いで読売新聞に政治漫画を連載した。1976年11月に読売新聞社の嘱託に。
石井 忠(いしい ただし、1937年10月28日 - 201… 石井 忠(いしい ただし、1937年10月28日 - 2016年5月30日)は、漂着物研究者。 福岡県福岡市に生まれる。1960年國學院大学文学部史学科卒業。中学、高等学校教諭、九州産業大学非常勤講師を経て、古賀市立歴史資料館館長。2013年退任。福岡県文化財保護指導員、福岡市文化財保護審議会委員。漂着物学会を設立、会長を勤める。1980年『漂着物の博物誌』で樋口清之賞、1983年日本デザイン会議地域文化デザイン賞、1998年福岡県文化賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
末松 氷海子(すえまつ ひみこ、1937年10月22日 - … 末松 氷海子(すえまつ ひみこ、1937年10月22日 - )は、日本のフランス児童文学の研究者、翻訳家。筆名は、生家の姓。 兵庫県芦屋市出身。父は朝日新聞記者の末松満()。本姓・井出。早稲田大学政経学部新聞学科卒。1961年から1962年、フランス・リールのカトリック大学(英語版)新聞学部に学ぶ。1964年に行政学者の井出嘉憲と結婚。
定松 正(さだまつ ただし、1937年10月1日 - )は、… 定松 正(さだまつ ただし、1937年10月1日 - )は、英語児童文学研究者。共立女子大学名誉教授。 佐賀県生まれ。1960年青山学院大学文学部英文科卒、エクセター大学教育学部大学院ディプロマ・コース留学。玉川大学助教授、教授、共立女子大学学芸学部教授、2008年定年退任、名誉教授。英米児童文学、英国文化専攻。
田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日… 田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日本の歴史学者、日本史研究者、静岡大学名誉教授。
中本環(なかもと たまき、男性、1937年8月15日- )は… 中本環(なかもと たまき、男性、1937年8月15日- )は、日本文学研究者。 広島県呉市生まれ。広島大学文学部国文科卒、同大学院博士課程満期退学、尾道短期大学講師、比治山女子短期大学助教授、熊本大学教育学部助教授、教授、2003年定年退官。文学雑誌『町塾』を刊行する。光村図書の小中学校国語教科書の編纂にも携わった。
寺谷 弘壬(てらたに ひろみ、1937年7月17日 - )は… 寺谷 弘壬(てらたに ひろみ、1937年7月17日 - )は、日本の社会学者、ソ連研究者。青山学院大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年神戸市外国語大学ロシア語科卒業、1968年プリンストン大学社会学大学院博士課程中退。 1974年法政大学講師、1976年青山学院大学経営学部助教授、教授。2008年定年、名誉教授。 公明党に対しては肯定的な価値観を持っており、支持を表明している。
水野 信男(みずの のぶお、1937年(昭和12年)7月9日… 水野 信男(みずの のぶお、1937年(昭和12年)7月9日 - )は、日本の民族音楽研究者、兵庫教育大学名誉教授。 1937年、岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程を修了。 島根大学教育学部助教授となり、兵庫教育大学教授に就いた。国立民族学博物館教授を併任。2001年に兵庫教育大学を定年退官し、名誉教授となった。2003年、学位論文『ウンム・クルスーム:ウンマのなかの音』を大阪大学に提出して文学博士号を取得。 2024年(令和6年)8月26日、正四位に叙された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
栗田 靖(くりた きよし、1937年6月13日 - )は、俳… 栗田 靖(くりた きよし、1937年6月13日 - )は、俳人、俳句研究者。日本大学国際関係学部名誉教授。 満洲・ハイラル生まれ。岐阜大学卒業、立命館大学大学院修了、日本大学大学院博士課程単位取得。東海学園女子短期大学講師、日本大学国際関係学部助教授、教授を経て、2008年より同名誉教授。 実作者としては栗田やすしの俳号を用いる。1958年、「岐大二十才句会」で俳句を始め、1966年「風」に入会、沢木欣一に師事。「風」同人を経て1998年に「伊吹嶺」を創刊・主宰。 著書に『子規と碧梧桐』『山口誓子』『河東碧梧桐の基礎的研究』など多数。句集に『伊吹嶺』『遠方』『霜華』『海光』などがある。2000年『河東碧梧桐の基礎的研究』で第15回俳人協会評論賞、2009年句集『海光』で第49回俳人協会賞受賞。
神谷 忠孝(かみや ただたか、1937年6月5日 - )は、… 神谷 忠孝(かみや ただたか、1937年6月5日 - )は、日本近代文学研究者(昭和文学)。北海道大学名誉教授。北海道立文学館第4代理事長。 北海道帯広市生まれ。北海道帯広三条高等学校を経て、1962年北海道大学文学部国文科卒(恵迪寮OB)。67年同大学院博士課程中退。帯広大谷短期大学助教授、70年中央大学助教授。76年北海道大学助教授、のち教授、2001年定年退官、名誉教授。北海道文教大学外国語学部教授。2014年北海道新聞文化賞、2016年北海道文化賞受賞。 札幌市厚別区在住。2011年から、サンピアザ劇場で上演された優秀な作品を表彰する「神谷演劇賞」を自費で主催した。
山田 敬三(やまだ けいぞう、1937年4月30日 - )は… 山田 敬三(やまだ けいぞう、1937年4月30日 - )は、日本の中国文学研究者、神戸大学名誉教授。 大阪外国語大学、京都大学大学院修了。九州大学教養部助教授、神戸大学文学部教授、福岡大学文学部教授を経て、神戸大学名誉教授。日本現代中国学会理事を長く務め、現在は同顧問。専門は魯迅だが、華人文学、台湾文学など幅広い分野で業績がある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
郷 正文(ごう まさぶみ、1937年4月5日 - )は、現代… 郷 正文(ごう まさぶみ、1937年4月5日 - )は、現代ドイツ文学研究者。立教大学名誉教授。 中国・瀋陽市(旧満洲国 ・奉天市)に生まれる。吉林市、大連市に移住ののち、1947年鹿児島県出水市に引き揚げる。出水高等学校に入学して、鹿児島玉龍高等学校卒業。1957年東京大学教養学部入学。1962年東京大学文学部ドイツ文学科卒業。1962年東京都職員。1965年新潟大学人文学部助手に着任し、講師を経て、立教大学講師に転任して、助教授、教授を歴任。2003年定年退職。名誉教授。 ハンス・エーリヒ・ノサック、フランツ・カフカ、ペーター・ハントケに関する論文を「新潟大学人文科学研究」「立教大学ドイツ文学科論集『アスペクト』」「立教大学『研究報告〈人文科学〉』」に執筆する。
野山 嘉正(のやま かしょう、1937年3月13日 - 20… 野山 嘉正(のやま かしょう、1937年3月13日 - 2019年5月29日)は、日本近代文学研究者。専門は近代詩歌。東京大学名誉教授。 東京生まれ。1959年東京大学国文科卒、1971年同大学院博士課程中退、助手、1973年山梨大学助教授、1986年東京大学国文科助教授、1992年教授、1997年定年退官、名誉教授、放送大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。