平口 寛人(ひらぐち ひろと、2003年4月15日 - )は… 平口 寛人(ひらぐち ひろと、2003年4月15日 - )は、愛知県名古屋市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 千音寺小学校1年の時に、中川区を拠点とするブラックサンダーズで野球を始め、エースとして活躍。はとり中学校在学中は愛知名港ボーイズに所属した。愛工大名電高等学校では1年夏にベンチ入りし、日本経済大学でも1年春のリーグ戦から登板した。4年秋には5勝をマークしてベストナインに選ばれた。 2025年度のドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成ドラフト5位で指名された。 制球力の高さが武器である。
清水 武蔵(しみず むさし、2003年4月14日 - )は、… 清水 武蔵(しみず むさし、2003年4月14日 - )は、鹿児島県日置市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、育成選手)。右投げ右打ち。オリックス・バファローズ所属。 小学校3年時から野球を始め、日置市立土橋中学校在学時は桜島ボーイズに所属。 高校は東京都の国士舘高等学校に進学し、1年夏からベンチ入りする。1年次にチームは第92回選抜高等学校野球大会に出場予定だったが同大会は中止となり、代替として開催された2020年甲子園高校野球交流試合にスタメン出場し、1安打1得点を記録した。3年夏は西東京大会3回戦で敗退しており、選抜高等学校野球大会および全国高等学校野球選手権大会への出場経験はない。 2021年12月、ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)所属の栃木ゴールデンブレーブスに入団することが発表された。
松下 歩叶(まつした あゆと、2003年4月14日 - )は… 松下 歩叶(まつした あゆと、2003年4月14日 - )は、神奈川県南足柄市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 南足柄市立南足柄小学校で1年生の時に狩野エンゼルスで野球を始める。6年生時には横浜DeNAベイスターズジュニアに選出された。南足柄市立南足柄中学校在学時は硬式野球のクラブチームである静岡裾野シニアでプレーし、全国大会で優勝した。 桐蔭学園高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年秋から4番を務めたが、3年間で甲子園大会出場はなかった。二学年上に森敬斗がいる。 高校卒業後は法政大学へ進学。二塁手や三塁手のレギュラーを務め、2年秋から3季連続でリーグ戦ベストナインに選出された。
小園 健太(こぞの けんた、2003年4月9日 - )は、大… 小園 健太(こぞの けんた、2003年4月9日 - )は、大阪府貝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 貝塚市立中央小学校1年生から軟式野球を始める。貝塚市立第一中学校在学時は硬式野球のクラブチームである貝塚ヤングに所属し、3年夏のヤングリーグ日本選手権で優勝した。 その後貝塚ヤングでバッテリーを組んでいた松川虎生に誘われ、和歌山市立和歌山高等学校に進学。1年春からベンチ入りした。2年秋からエースとなり、近畿大会でベスト4に進出。3年春の第93回選抜高等学校野球大会に出場し、県岐阜商との1回戦で先発登板して9回を無失点。チームがサヨナラ勝ちしたため完封勝利となった。
石田 隼都(いした はやと、2003年4月5日 - )は、栃… 石田 隼都(いした はやと、2003年4月5日 - )は、栃木県真岡市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 真岡市立真岡小学校で軟式野球を始め、真岡市立真岡中学校では硬式野球のクラブチームである真岡ボーイズに所属。3年時にNOMOベースボールクラブのジュニアオールジャパンに選出された。 東海大学付属相模高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2学年上に遠藤成、1学年上に山村崇嘉、西川僚祐、同級生に小島大河がいた。同年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に出場し、中京学院大中京との3回戦で大会初登板・初先発して5回1失点と好投したが、自身の降板後にチームが逆転を許し敗れた。
町田 隼乙(まちだ はやと、2003年4月3日 - )は、神… 町田 隼乙(まちだ はやと、2003年4月3日 - )は、神奈川県秦野市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 秦野市立大根小学校3年から秦野ドリームスで野球を始め、秦野市立大根中学校では平塚ボーイズでプレーした。 光明学園相模原高等学校時代は2年秋から正捕手の座を掴み、3年夏の大会では「1番・捕手」としてプレーするも、慶應義塾高等学校に初戦2回戦で敗れた。同年にプロ志望届を提出し、4球団から調査書が届くも、指名には至らなかった。 高校卒業後はルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団。1年目から正捕手を務め、6月26日のBCリーグオールスター戦にファン投票で選抜される。
根本 悠楓(ねもと はるか、2003年3月31日 - )は、… 根本 悠楓(ねもと はるか、2003年3月31日 - )は、北海道白老郡白老町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校1年から野球を始め、白老町立白翔中学校では軟式野球部に所属し、3年時の第39回全国中学校軟式野球大会では決勝戦で完全試合を達成、その数ヶ月後に行われた第9回U-15アジア野球選手権大会では後に東京ヤクルトスワローズに入団する内山壮真とバッテリーを組み、優勝に貢献。この大会でチームメイトであった山城航太郎は後にプロでもチームメイトになる他、同じくチームメイトであった寺西成騎、平尾柊翔も後にプロ入りする。 進学した苫小牧中央高校では、3年夏は準々決勝で駒大苫小牧相手に15奪三振を記録するも敗れ、甲子園出場経験はなかった。
西川 史礁(にしかわ みしょう、2003年3月25日 - )… 西川 史礁(にしかわ みしょう、2003年3月25日 - )は、和歌山県日高郡日高川町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学校1年生の時に川辺ウィンスターズで野球を始め、日高川町立丹生中学校在学時は硬式野球クラブチームの和歌山日高ボーイズでプレーしていた。3学年上には泉口友汰がおり、西川の兄を通じて面識があった(泉口とは青山学院大学でも一緒になった)。 龍谷大学付属平安高等学校に進学し、2年春の第91回選抜高等学校野球大会で公式戦初出場。背番号16ながら遊撃手で先発出場し、ベスト8進出に貢献した。3年夏は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となったが、京都府で行われた独自大会に出場し、ブロック決勝で京都成章に勝利した。
宗山 塁(むねやま るい、2003年2月27日 - )は、広… 宗山 塁(むねやま るい、2003年2月27日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 小学1年生の時に野球を始め、小学6年生の時に広島東洋カープジュニアに選出される。中学時代は軟式の高陽スカイバンズでプレー。高校は広陵高校に進学した。広陵高校では1年生の夏からベンチ入りを果たし、その夏に背番号17、2年生の春に背番号6で、それぞれ甲子園に出場した。 広陵では1年生の秋に明治神宮野球大会に出場し、チーム自体は初戦で星稜の奥川恭伸に抑え込まれコールド負けとなったが、自身は2安打を放つ。同学年に自身と同じ2024年のドラフト会議でプロ入りした渡部聖弥がおり、寮でも同部屋であった。
平尾 柊翔(ひらお しゅうと、2003年2月18日 - )は… 平尾 柊翔(ひらお しゅうと、2003年2月18日 - )は、埼玉県上尾市出身のプロ野球選手(外野手)。ハヤテベンチャーズ静岡所属。右投左打。 元プロ野球選手の祖父を持ち、叔父は元社会人選手という野球一家に生まれ育つ。大石南小時代は軟式の大石南ミラクルズでプレー。大石南中学3年時に上尾市選抜・埼玉県選抜への選出を経て、第9回U-15アジア野球選手権大会の日本代表に追加招集される。追加招集ながら全5試合中4試合で4番を務め、優勝に貢献した。この時のチームメイトには根本悠楓、山城航太郎(北海道日本ハムファイターズ)、内山壮真(東京ヤクルトスワローズ)、寺西成騎(オリックスバファローズ)がいる。 春日部共栄高等学校では、1年秋から左翼のレギュラーを掴み、1学年上の村田賢一(福岡ソフトバンクホークス)とクリーンアップを務めた。
一條 力真(いちじょう りきま、2003年2月10日 - )… 一條 力真(いちじょう りきま、2003年2月10日 - )は、茨城県石岡市出身のプロ野球選手。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 幼稚園年長時に兄の影響で石岡オリオンズで野球を始め、内野手・外野手としてプレーした。この時について一條はのちに「厳しくて何度もやめたいと思ったことがある」と話した。厳しい監督に対し、泣きながら投げ続けたこともあるという。小学4年時に投手に転向した。石岡中学校時代は軟式野球部でプレーした。中学3年時に県選抜に選ばれ、Kボールの全国大会に出場した。高校は常総学院高校で、高校入学時の球速は130 km/h前後であった。高校入学後は、同学年で硬式の取手リトルシニア出身の菊地竜雅が先に台頭し、軟式野球部出身の一條は軟式と硬式の違いを感じた。
佐藤 爽(さとう そう、2003年2月9日 - )は、北海道… 佐藤 爽(さとう そう、2003年2月9日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年生のときに『北広島イーストグローリー』で野球を始め、北広島市立大曲中学校時代は硬式野球の『札幌豊平ボーイズ』でプレーした。 札幌山の手高校では2年秋にチーム史上3度目となる全道大会へ進出。ただ、全道大会では帯広農業との初戦(2回戦)で敗退し、3年間では2年秋の全道大会2回戦が最高戦績と目立った実績を残せなかった。 星槎道都大学へ進学すると、1年春からリーグ戦に登板。2年秋にチームは4季ぶりとなるリーグ優勝を果たしたが、明治神宮大会の出場権が懸かった北海道地区代表決定戦では東農大オホーツクに敗れた。
中村 優斗(なかむら ゆうと、2003年2月8日 - )は、… 中村 優斗(なかむら ゆうと、2003年2月8日 - )は、長崎県諫早市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 諫早市立長田小学校で2年生の時に野球を始め、諫早市立長田中学校では軟式野球部に所属していた。 「県庁で働いて地元に貢献したい」という思いから、公務員への就職実績が高かった長崎県立諫早農業高等学校へ進学。1年秋からエースを務めた。3年夏は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となり、県で行われた独自大会では初戦敗退。思うような形で高校野球を終えられず、公務員よりも野球への思いが強くなった。 愛知工業大学監督を務める元プロ野球選手の平井光親に見出されて同校に進学し、1年春から先発を任された。
安藤 銀杜(あんどう ぎんと、2003年2月4日 - )は、… 安藤 銀杜(あんどう ぎんと、2003年2月4日 - )は、愛知県岡崎市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 中学生時代は岡崎葵ボーイズに所属した。小学6年生から中学2年生までの間に身長が20センチメートル (cm)も伸び(169cm→189cm)、成長痛に苦しんだという。享栄高等学校進学後も成長痛は尾を引き、2年生までは試合に出られなかった。高校では投手と一塁手を兼任し、通算本塁打は2本だった。 城西国際大学では投手専任となる。4年生時には、同年からコーチに就任した荒木大輔の指導を受けた。荒木によると、4年生当時の安藤は「ブルペンではいいのに試合では思うような投球ができない」という思いを抱いており、秋のリーグ戦にも登板しなかった。
金丸 夢斗(かねまる ゆめと、2003年2月1日 - )は、… 金丸 夢斗(かねまる ゆめと、2003年2月1日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 小学1年生の時に父の勧めにより野球を始める。市立広陵小学校時代は広陵少年野球、市立広陵中学校時代は同校の軟式野球部に所属した。幼少期の頃から身長はチームで最も小さく、神戸市立神港橘高等学校入学時は150 cm台で、体重も50 kg台の前半だったが、高校3年生時には身長が177 cm、体重は77 kgにまで成長。 父と同じように甲子園の舞台に立つことが幼いころからの目標であったが、2020年の高校3年時、新型コロナウイルスの流行により春の選抜大会と夏の選手権大会は中止を余儀なくされる。
井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は… 井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は、大阪府四條畷市出身のプロ野球選手(内野手、外野手) 。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 四條畷市立四條畷中学校在学中は硬式野球のクラブチームである生駒ボーイズでプレーした。3年生時には2017世界少年野球大会の日本代表に選出される。同大会には後に同期入団する桑原秀侍も選出されていた。 その後花咲徳栄高等学校に進学。1年春からベンチ入りして外野のレギュラーを掴み、同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。鳴門との1回戦では3安打2打点の活躍で、チームの逆転勝利に貢献した。2回戦では及川雅貴、万波中正擁する横浜と対戦。
豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、… 豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、埼玉県越谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 越谷市立大袋北小学校1年生のときに袋山ビクトリーで野球を始め、越谷市立千間台中学校では軟式野球部に所属。中学3年時には埼玉スーパースターズに選ばれた。本格的に投手を始めたのは中学3年時でありながら、最速は138km/hを計測しており、強豪校からの誘いもあったが、4つ上の兄が浦和実業高校の元エースであり、「兄がいたこともありますが、強豪校を倒して甲子園に行きたい気持ちもありました。当時、浦和実はベスト8くらいの実力があり、『簡単には甲子園には行けないけど、チャンスはある』といったチームでした」と浦和実業へ進学した。
舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )… 舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )は、東京都出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。ルートインBCリーグの山梨ファイアーウィンズ所属。 東京都日野市出身。小学校2年生から野球を始める。日野市立大坂上中学校から福島県の聖光学院高等学校に進学。2年時に元ヤクルト林昌勇投手を参考にして、手足の長さを生かしたサイドスローに転向。3年時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、全国高等学校野球選手権大会が中止に。独自大会として開催された福島2020夏季高等学校野球大会では、背番号「1」を着けチームを優勝に導く。大会では5戦全てに登板し3完投、わずか3失点であった。
居谷 匠真(いたに しょうま、2002年12月30日 - )… 居谷 匠真(いたに しょうま、2002年12月30日 - )は、和歌山県岩出市出身の元プロ野球選手(捕手、外野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 岩出市立山崎北小学校から「山北フェニックス」で軟式野球を始め、岩出市立岩出第二中学校では「岩出ボーイズ」に所属する。 高校は大分県別府市の明豊高等学校に進学。2年生春の第91回選抜高等学校野球大会において、チームは準決勝に進出するも出場機会を得られなかった。2年生の秋の新チームから正捕手となる。秋季九州大会準々決勝、対沖縄尚学高等学校戦において、9回表二死満塁の状況から逆転の3点適時打となる三塁打を放つ活躍をみせる。決勝戦では2安打1打点の活躍で、夏の選手権大分大会決勝で敗れた川瀬堅斗擁する大分商業高等学校に勝利し、第92回選抜高等学校野球大会の出場権を手にした。
土田 龍空(つちだ りゅうく、2002年12月30日 - )… 土田 龍空(つちだ りゅうく、2002年12月30日 - )は、滋賀県坂田郡米原町(現:米原市)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 米原市立米原小学校2年時に米原野球スポーツ少年団で野球を始めた。米原市立米原中学校時代は硬式の湖北ボーイズに所属。 近江高等学校では、1年時から遊撃手のレギュラーを掴み、第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。準々決勝で吉田輝星擁する金足農業高等学校に敗れた。2年生の夏には、第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦でチーム全体で6失策、土田自身も2失策と精彩を欠き、東海大学附属相模高等学校に敗れる。秋の滋賀大会を制覇し、近畿大会の初戦では3安打と気を吐いたが初戦敗退を喫した。
佐々木 泰(ささき たい、2002年12月24日 - )は、… 佐々木 泰(ささき たい、2002年12月24日 - )は、岐阜県大垣市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 大垣市立小野小学校で1年生の時に野球を始め、大垣市立東中学校在学時は硬式野球のクラブチームである岐阜ボーイズでプレーしていた。 岐阜県立岐阜商業高等学校に進学し、1年夏から4番を務めた。3年春の第92回選抜高等学校野球大会への出場が決定していたが、新型コロナウイルスの影響により同年の公式戦が全て中止となった。その後、2020年甲子園高校野球交流試合で明豊と対戦し、9回にソロ本塁打を放った。高校通算41本塁打。1学年下に高木翔斗がいた。 高校卒業後は青山学院大学に進学。
荒巻 悠(あらまき ゆう、2002年12月23日 - )は、… 荒巻 悠(あらまき ゆう、2002年12月23日 - )は、福岡県久留米市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 祐誠高等学校では1年夏からベンチ入りし、高校通算37本塁打を記録した。 高校卒業後は上武大学へ進学。3年秋に出場した関東地区大学野球選手権大会では、日本体育大学との決勝で2打席連続本塁打を放って優勝に貢献した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから3位指名を受けた。11月19日に契約金6000万円、年俸1000万円で仮契約した。担当スカウトは大場豊千。背番号は60。 2025年、開幕は二軍で迎えたが、4月15日に初めて一軍登録され、同日の横浜DeNAベイスターズ戦(東京ドーム)で代打としてプロ初出場を果たした。
加藤 翼(かとう つばさ、2002年12月14日 - )は、… 加藤 翼(かとう つばさ、2002年12月14日 - )は、岐阜県益田郡金山町(現:下呂市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 下呂市立東第一小学校2年時に3歳上の兄の影響で野球を始め、金山少年野球クラブに入団。下呂市立金山中学校時代は岐阜可茂ボーイズでプレーし、この時までポジションは捕手がメインだった。 中学時は建築家を目指していたため、岐阜工業高等専門学校建築学科への進学を考えていたが、成績が不足していたため兄が在籍していた帝京大学可児高等学校へ進学し、プロ野球選手を目指しつつ建築科のある大学への進学も視野に入れるようになる。高校では、1年秋からベンチ入り。東京ヤクルトスワローズなどで活躍した田中祐貴コーチの指導を受け、3年時の夏には自己最速となる153km/hを計測し、8月に開催されたプロ志望高校生合同練習会では、当時ドラフト候補であった大阪桐蔭高等学校の西野力矢らから2つの三振を奪った。
笠島 尚樹(かさしま なおき、2002年12月7日 - )は… 笠島 尚樹(かさしま なおき、2002年12月7日 - )は、福井県鯖江市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。NPBでは育成選手であった。 鯖江市鳥羽小学校3年の時に野球を始め、鯖江市中央中学校時代は鯖江ボーイズに所属し、3年時にはジャイアンツカップに出場している。 敦賀気比高等学校では1年春から公式戦に登板。1年夏と2年夏に甲子園大会に出場し、2年夏は3回戦に進出した。3年夏の福井県独自大会は、決勝の福井工大福井戦で先発し8回を4安打無失点に抑えたのを始め、計27回1/3を投げ、防御率2.30、28奪三振の成績でチームを3連覇に導いた。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツより育成ドラフト3巡目で指名を受けた。
山﨑 照英(やまさき しょうえい、2002年12月1日 - … 山﨑 照英(やまさき しょうえい、2002年12月1日 - )は、長崎県佐世保市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、育成選手)。阪神タイガース所属。右投左打。 佐世保市立港小学校2年時に兄の影響でソフトボールを始め、佐世保市立崎辺中学校では軟式野球部に所属した。九州文化学園高等学校では硬式野球部に所属するも、大舞台とは縁がなかった。食物調理科在学中に調理師免許を取得し、一時は調理師専門学校への進学を検討するほどであったが、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)・神戸三田ブレイバーズ(現・兵庫ブレイバーズ)からスカウトを受け翻意、入団を決めた。背番号は99。 2021年は29試合の出場ながらも.353の高打率をマークした。
濵本 建(はまもと けん、2002年11月24日 - )は、… 濵本 建(はまもと けん、2002年11月24日 - )は、福岡県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 福岡県立八幡南高等学校では2年秋よりエースとして出場した。1学年上に武内夏暉がいた。 九州産業大学では出場機会を得られなかった。 前年よりウエスタン・リーグに参入したハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、2024年12月16日に入団が発表された。背番号は22。2025年は公式戦26試合に登板し、0勝1敗1セーブ、防御率11.47の成績に終わった。
大城 真乃(おおしろ しんの、2002年11月24日 - )… 大城 真乃(おおしろ しんの、2002年11月24日 - )は、沖縄県国頭郡宜野座村出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 宜野座村立松田小学校から「松田クラブ」で軟式野球を始め、宜野座村立宜野座中学校では「宜野座ゴールデンオーシャン」に所属する。中学3年生の頃に阪神タイガースの宜野座春季キャンプで開かれた少年野球教室で、捕手役のウィリン・ロサリオ相手に投げた経験がある。 高校は沖縄県立宜野座高等学校に進学。2年生夏の第101回全国高等学校野球選手権沖縄大会1回戦で登板する。3年生の夏の第102回全国高等学校野球選手権大会はコロナ禍のなか中止となり、甲子園出場はならなかった。
西濱 勇星(にしはま ゆうせい、2002年11月23日 - … 西濱 勇星(にしはま ゆうせい、2002年11月23日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 関東学園大学附属高等学校では入学当初107km/hだった最速を、MLB選手のハンター・グリーンの練習方法などを参考にしたフォーム調整で147km/hまで伸ばした。高校3年間で甲子園大会出場はなかった。プロ志望届を提出し、2020年9月に開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加したが、同年のドラフト会議での指名はなかった。 高校卒業後、ベースボール・チャレンジ・リーグの群馬ダイヤモンドペガサスに入団した。 入団後、監督の牧野塁の下で基礎づくりに励み、2021年には最速を152km/に更新した。
津田 啓史(つだ けいし、2002年11月23日 - )は、… 津田 啓史(つだ けいし、2002年11月23日 - )は、熊本県熊本市東区出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 小学校5年時に熊本市立長嶺小学校へ転校し、それに伴い中島サンダースに所属した。熊本市立長嶺中学校時代は熊本中央ボーイズでプレー。陸上部にも在籍していて、中学3年生の時には110メートル障害ハードルで県大会優勝を果たした。小・中学生時代のチームメイトに桑原秀侍がいる。 父が熊本県立熊本工業高等学校の出身で同校の野球部長であったことから「熊本工で甲子園を目指す」ことを考えていたが、中学3年生の時にボーイズ日本代表で世界一になった経験から「県外で野球がしてみたい」と考え、横浜高等学校へ進学した。
正木 悠馬(まさき ゆうま、2002年11月19日 - )は… 正木 悠馬(まさき ゆうま、2002年11月19日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手)。 上智大学出身の初のプロ野球選手。 父親の仕事の関係で1歳から7歳までアメリカ・アラスカ州で育つ。帰国後に野球を始め、14歳から再び渡米し、高校はワシントン州のレドモンド高校へ進学。高校時代は主に二塁手、遊撃手を務めていた。 帰国後、上智大学へ進学すると投手として一年春からリーグ戦登板。二年春には東都四部の最優秀投手、最優秀防御率、ベストナインを獲得したほか、同年秋には最優秀防御率を獲得した。 2025年のドラフト会議にて埼玉西武ライオンズに育成6位指名された。上智大学からのドラフト指名はこれが初であった。
佐藤 柳之介(さとう りゅうのすけ、2002年11月1日 -… 佐藤 柳之介(さとう りゅうのすけ、2002年11月1日 - )は、宮城県宮城郡七ヶ浜町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学3年生の時に塩竈ドラゴンズで野球を始め、向洋中学校時代は七ヶ浜リトルシニア(2022年に仙台伊達リトルシニアにチーム名変更)に所属していたが、公式戦への登板はなかった。高校は東陵高校に入学。高校入学時の球速は最速120 km/h程度であった。2年の秋季宮城県大会では仙台三高を相手に11回まで2安打16奪三振に抑えるも、12回に決勝点を奪われ敗北。3年では宮城代替大会で2回戦まで大会無失点を継続、3回戦は気仙沼向洋高を相手に5者連続奪三振を含む11奪三振で4安打完封。
福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - … 福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - )は、岡山県備前市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 6歳の頃から野球を始め、備前市立片上小学校を経て備前市立備前中学校へ進学。中学時代は瀬戸内ボーイズでプレーした。 岡山県立倉敷工業高等学校へ進学すると、1年時の秋にはエースナンバーを背負う程まで成長するも、2年時の春に左肘を疲労骨折してしまい、冬にクリーニング手術を受けた。3年時は新型コロナウイルスの影響で甲子園が中止になったため、高校3年間での甲子園出場は叶わなかったものの、岡山県の独自大会や8月に開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加した。 2020年のプロ野球ドラフト会議では、中日ドラゴンズから4位指名を受け、11月19日に契約金3500万円、年俸550万円で仮契約を結んだ。
仲三 優太(なかみ ゆうた、本名:仲三河 優太〈なかみがわ … 仲三 優太(なかみ ゆうた、本名:仲三河 優太〈なかみがわ ゆうた〉、2002年10月22日 - )は、栃木県栃木市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年生から大平東クラブで軟式野球を始める。栃木市立大平中学校時代は小山ボーイズでは投手としてジャイアンツカップで準優勝に貢献し、U-15ワールドカップに出場した。U-15日本代表のチームメイトには後に西武で同期入団となる山村崇嘉がいた。 大阪桐蔭高等学校では投手として入部し、1年からベンチ入り。次期エース候補としても期待されていたが1年夏から右肩痛に悩まされ、3年から外野手となる。3年春には第92回選抜高等学校野球大会への出場が決まっていたが、新型コロナウイルスの影響で大会が中止となった。
二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 -… 二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 - )は、静岡県御前崎市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 御前崎市立第一小学校在学時に黒潮野球スポーツ少年団で、御前崎市立浜岡中学校在学時に小笠浜岡リトルシニアにてプレー。小学生時代のチームメイトに佐々木健がいる。 磐田東高校1年時から遊撃手でレギュラーで、2年夏に捕手に転向。3年夏の静岡県代替大会は4回戦で敗退し、甲子園出場経験はない。また救援で登板した際には140km/h超の速球を投げた。高校通算21本塁打。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において広島東洋カープから育成1位指名を受け、11月19日に支度金290万円、年俸250万円(金額は推定)で仮契約した。
木村 愛(きむら まな、2002年10月19日 - )は、福… 木村 愛(きむら まな、2002年10月19日 - )は、福岡県出身の女子ソフトボール選手(内野手)。SHIONOGIレインボーストークス所属。 兄の影響で7歳からソフトボールを始める。佐賀女子短期大学付属佐賀女子高等学校を卒業後、2021年に日本リーグ1部のホンダリヴェルタに入団。 ホンダリヴェルタでは、ルーキーイヤーに9試合に出場して打率.333・本塁打1の成績を残すと、翌2022年からレギュラーに定着した。 2025年、SHIONOGIレインボーストークスに移籍。 ホンダリヴェルタでは主にサードを守っている。 広島カープファンである。子供の頃の夢はバスケットボール選手で、目標としているアスリートはステフィン・カリー。
寺西 成騎(てらにし なるき、2002年10月18日 - )… 寺西 成騎(てらにし なるき、2002年10月18日 - )は、石川県能美郡根上町(現:能美市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 能美市立浜小学校で3年生の時に根上学童野球クラブで野球を始める。能美市立根上中学校では軟式野球部に所属し、3年時にはBFA U-15アジア選手権の日本代表に選出された。その時のチームメイトには内山壮真(東京ヤクルトスワローズ)、根本悠楓、山城航太郎(ともに北海道日本ハムファイターズ)、平尾柊翔(くふうハヤテベンチャーズ静岡)がいる。 星稜高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会、2年春の第91回選抜高等学校野球大会、夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に控え投手として出場した。
髙寺 望夢(たかてら のぞむ、2002年10月17日 - )… 髙寺 望夢(たかてら のぞむ、2002年10月17日 - )は、長野県上田市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。阪神タイガース所属。 上田市立本原小学校1年で「上田リトル」に入団し野球を始め、上田市立真田中学校時代は「上田シニア」でプレー。 上田西高等学校へ進学後、1年春からベンチ入り。主に三塁手を務めたが2年秋からは遊撃手として出場を重ねた。甲子園大会出場はなしに終わったものの、3年秋に参加した「プロ志望高校生合同練習会」(東京ドーム)では、シート打撃で6打数5安打2四球を記録するなど存在感を見せた。 2020年10月26日に行われたドラフト会議では、阪神タイガースから7位指名を受け、契約金2000万円、年俸480万円で仮契約した(金額は推定)。
来田 涼斗(きた りょうと、2002年10月16日 - )は… 来田 涼斗(きた りょうと、2002年10月16日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。妻はプロゴルファーの鶴岡果恋。 神戸市立有瀬小学校から神戸市立長坂中学校を経て、明石市立明石商業高等学校へ進学。小学6年時の2014年には、オリックス・バファローズのジュニアチームに所属していた。 明石商業高校では、中学3年時から面識のあった同学年の右投手・中森俊介と共に、入学直後の春季兵庫県大会からベンチ入り。1年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会から、3季連続で甲子園球場の全国大会に出場した。主将を務めた3年時の2020年にも春の第92回選抜高等学校野球大会への出場が決まっていたが、年初からの新型コロナウイルス感染拡大に伴って大会自体が中止。
片山 楽生(かたやま らいく、2002年10月7日 - )は… 片山 楽生(かたやま らいく、2002年10月7日 - )は、北海道河東郡音更町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 音更町立柳町小学校2年生のときに『柳町イーグルス』で野球を始め、6年時はエース兼遊撃手の1番打者として全道少年大会十勝支部大会で4位となり、道大会を経験した。音更町立共栄中学校では軟式野球部に所属し、3年夏はエースとして同校史上初の全日本少年軟式大会に出場し、ベスト4まで勝ち上がった。 白樺学園高校では1年秋からベンチ入り。打力もあったことから、2年夏は一塁手がメインであったが、新チームでは投手に戻り、エースで4番打者を務めた。2年秋にチームは全道大会で初優勝を果たしたが、片山自身は4登板で防御率6.05。
河井稀祐(かわい きすけ、2002年10月4日 - )は、東… 河井稀祐(かわい きすけ、2002年10月4日 - )は、東京都大田区出身の社会人野球選手。右投左打の外野手。 船橋市立法典小学校1年時に牡鹿台ディアーズで野球を始める。2010年8月1日より藤上ベアーズと合併し藤上ディアーズに所属することとなった。小学5年時に東京都大田区に転居する事となり大田区立東調布第一小学校へと転校し少年野球チームも調布大塚ファイターズへ移籍する事となった。最高成績は第34回高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会東京都予選ベスト16であった。 中学時代は大田区立東調布中学校に進学し世田谷南ボーイズに所属した。在籍時の最高成績は日本少年野球春季全国大会ベスト8であった。同大会で2本の本塁打を放ち最多本塁打のタイトルも獲得している。
度会 隆輝(わたらい りゅうき、2002年10月4日 - )… 度会 隆輝(わたらい りゅうき、2002年10月4日 - )は、千葉県市川市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 父は元東京ヤクルトスワローズの内野手・度会博文。 ヤクルトスワローズに所属していた度会博文の次男として誕生した。 兄の影響を受けて3歳の頃から野球を始める。市川市立柏井小学校時代は東京北砂リトルに所属し、6年時にヤクルトジュニア入り。市川市立下貝塚中学校時代は、佐倉シニアに所属。チームメイトに主将を務めた西川僚祐がいる。リトルシニア全国選抜野球大会優勝、ジャイアンツカップ優勝を達成した。また、U15日本代表として、アジアチャレンジマッチに出場。最優秀選手に選出された。
庄子 雄大(しょうじ ゆうだい、2002年10月2日 - )… 庄子 雄大(しょうじ ゆうだい、2002年10月2日 - )は、神奈川県横浜市旭区出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 横浜高等学校では2年春の第91回選抜高等学校野球大会に出場。明豊との初戦で先発出場するも無安打に終わり、チームも敗れた。同学年に津田啓史、度会隆輝、松本隆之介、木下幹也、1学年上に及川雅貴がいた。 高校卒業後は神奈川大学へ進学。1年秋から遊撃手に挑戦し、その後レギュラーに定着した。リーグ戦通算で116安打を記録した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受けた。また、大学で二遊間を組んだ佐藤太陽も同ドラフトで埼玉西武ライオンズから育成2位指名を受けた。
秋広 優人(あきひろ ゆうと、2002年9月17日 - )は… 秋広 優人(あきひろ ゆうと、2002年9月17日 - )は、千葉県船橋市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 身長200cmは日本人選手としては馬場正平(ジャイアント馬場)、同期入団の阿部剣友、広島の菊地ハルンと並んで歴代最長身。 幼稚園の年中から「夏見台アタックス」で軟式野球を始める。船橋市立宮本中学校では「江戸川ボーイズ」に所属し、陸上部にも所属していた。二松學舍大学附属高校では2年秋から投手も兼ねる。高校通算23本塁打。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから5巡目で指名され、11月22日に契約金3500万円、年俸540万円で仮契約した(金額は推定)。
廣池 康志郎(ひろいけ こうしろう、2002年9月16日 -… 廣池 康志郎(ひろいけ こうしろう、2002年9月16日 - )は、宮崎県都城市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学校3年生のときに野球を始めた。 都城農業高校では2年時に遊撃手から投手へ転向した。2年夏の宮崎大会では全3試合に登板したが、都城東との3回戦で敗退。3年夏は新型コロナウイルスの影響で甲子園大会およびその出場権を懸けた地方大会が中止となり、独自代替大会(宮崎)では1回戦敗退であったが、最速142km/hを計測した。高校卒業後は、小学生の頃から憧れを抱いていた畜産業(詳細後述)を専門的に学ぶため、東海大学農学部応用動物科学科に入学した。 東海大学では九州キャンパス硬式野球部で野球を続け、農学部の実習も多かったが、野球と両立した。
宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - … 宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - )は、神奈川県小田原市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 兄の影響で小学1年生からソフトボールを始め、中学校から野球を始めた。 静岡学園高等学校では1年時からエースとなった。 高校卒業後は東海大学静岡キャンパスへ進学。4年時の2024年6月に開催された「侍ジャパン大学代表選考合宿」にも参加した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた。11月21日、契約金4000万円、年俸800万円で入団に合意した。背番号は57。所属する静岡県学生リーグの投手としては、初めての支配下枠での指名となった。
岡本 大翔(おかもと ひろと、2002年9月12日 - )は… 岡本 大翔(おかもと ひろと、2002年9月12日 - )は、鳥取県西伯郡伯耆町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 小学校1年の時に軟式野球を始め、伯耆町立岸本中学校では米子ボーイズに所属していた。チームメイトに山本大斗がいた。 鳥取県立米子東高校2年の時には春、夏の甲子園大会にも出場。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト1巡目で指名され、12月1日に支度金300万円、年俸360万円(推定)で仮契約を結んだ。背番号は自身と同性の岡本和真の25にちなんで025。 2021年は主に三軍で経験を積み、二軍公式戦(イースタン・リーグ)は2試合に出場して5打数0安打という成績だった。
伊藤 琉偉(いとう りゅうい、2002年9月11日 - )は… 伊藤 琉偉(いとう りゅうい、2002年9月11日 - )は、群馬県高崎市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 高崎市立矢中小学校で5年生の時に、兄の影響で矢中ビクトリーで軟式野球を始める。高崎市立矢中中学校在学時は硬式野球のクラブチームである高崎中央ボーイズでプレーしていた。 東京農業大学第二高等学校に進学し、1年夏からベンチ入りして中軸を務めた。高校時代は甲子園大会出場はなく、3年時は新型コロナウイルスの影響で春夏の公式戦がすべて中止となった。 高校卒業後は東京農業大学へ進学。硬式野球部では1年春からリーグ戦に出場していたが、学業面で単位が足りず留年。再び単位が足らなくなり、2023年3月に退学した。
浅利 太門(あさり たもん、2002年9月6日 - )は、大… 浅利 太門(あさり たもん、2002年9月6日 - )は、大阪府大阪市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 大阪市立堀江小学校1年生のときに『西ファイターズ』で野球を始め、6年夏には大阪選抜として世界大会に出場した。大阪市立堀江中学校では『大淀ボーイズ』で2年夏までプレー。その後は同校の軟式野球部に在籍した。 興國高校では1年夏に部員125名という激しい競争を勝ち抜いて背番号11でベンチ入りし、南大阪大会で全2試合に登板。2年夏は大阪大会1回戦で上田大河擁する大商大高校に敗れたが、浅利は4回無失点に抑えた。主将兼エースとして臨んだ2年秋は府予選3回戦敗退。3年夏は新型コロナウイルスの影響で甲子園大会およびその出場権を懸けた地方大会が中止となり、独自代替大会(大阪)では準々決勝で敗れた。
渡部 聖弥(わたなべ せいや、2002年8月31日 - )は… 渡部 聖弥(わたなべ せいや、2002年8月31日 - )は、広島県府中市出身のプロ野球選手(外野手、三塁手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 府中市立南小学校で1年生の時に野球を始める。府中市立第一中学校在学時は軟式野球のクラブチームである府中野球クラブでプレーしていた。 広陵高等学校に進学し、1年秋から三塁手のレギュラーに定着。2年春の第91回選抜高等学校野球大会に出場し、2回戦まで進出した。3年夏は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となり、県で行われた独自大会で準優勝した。高校通算30本塁打。同学年に、自身と同じ2024年のドラフト会議でプロ入りした宗山塁がおり、寮でも同部屋であった。
浦田 俊輔(うらた しゅんすけ、2002年8月30日 - )… 浦田 俊輔(うらた しゅんすけ、2002年8月30日 - )は、長崎県西彼杵郡時津町出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 海星高等学校では2年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に遊撃手のレギュラーとして出場。3回戦で武岡龍世らを擁する八戸学院光星に敗れた。 高校卒業後は九州産業大学へ進学。遊撃手のレギュラーとして4季連続のリーグ優勝、2季連続の最優秀選手賞、5季連続のベストナインを受賞するなど活躍した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから2位指名を受けた。11月18日、契約金7000万円、年俸1200万円で入団に合意した(金額は推定)。