加藤 博剛(かとう ひろたか 1985年8月12日 - )は… 加藤 博剛(かとう ひろたか 1985年8月12日 - )は、日本の柔道家。身長174 cm。得意技は巴投、背負投、寝技。 1985年8月12日、沖縄県石垣市出身。6歳まで沖縄・石垣島在住で、その後両親の仕事の関係で東京都世田谷区へ移る。 柔道は小学校4年次で始める。国士舘高等学校を経て国士舘大学体育学部に進学してから国内・国際大会に出場するようになる。大学時代は81kg級を主戦場にしていた。 2008年に大学を卒業し、千葉県警察本部に奉職。同年の全日本柔道選手権大会に初出場を果たしたが、3回戦で神奈川県警の庄司武男に敗れた。また、嘉納杯柔道ワールドグランプリ81kg級で決勝に進出、決勝戦では塘内将彦に敗れたが2位の好成績を残した。
池田 ひとみ(いけだ ひとみ、1985年7月10日 - )は… 池田 ひとみ(いけだ ひとみ、1985年7月10日 - )は、沖縄県出身の女子柔道家である。現役時の階級は78kg級。埼玉大学大学院修了。自衛隊体育学校所属の幹部自衛官(2024年現在の階級は3等陸佐)。 沖縄県島尻郡南風原町出身。身長158cm。得意技は背負投と小内刈。段位は参段(2012年現在)。組み手は左組。血液型はA型。 8歳で柔道を始めた。町立南風原中学校2年の時に、全国中学校柔道大会の56kg超級で優勝した。翌年は新設された70kg級に出場するも2位に終わった。東京の私立淑徳高校に進学し、2年の時に全国高校選手権78kg級で優勝した。埼玉大学1年の時には全日本ジュニアで優勝した勢いで世界ジュニアでもオール一本勝ちで優勝した。
西山 将士(にしやま まさし、1985年7月9日 - )は、… 西山 将士(にしやま まさし、1985年7月9日 - )は、日本の柔道家である。階級は90kg級。身長179cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は四段。得意技は大外刈、大内刈、寝技。Prover株式会社で転職の支援事業を行った後、現在は株式会社瑞鷹の代表として法務省と連携し刑務作業のアップデートに取り組んでいる。 山口県下関市彦島出身。6歳の時に柔道を始めた。国士舘高校3年の時にインターハイ団体戦と個人戦100kg級で優勝を果たした。 国士舘大学に入学後、学生体重別で2年連続3位になるなど一定の活躍をするが、際立った活躍は見られなかった。 新日本製鐵に入社後に階級を1つ下げ90kg級にすると、講道館杯で優勝を果たし、さらに2009年には体重別でも優勝するが世界選手権代表には選ばれなかった。
福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、… 福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、茨城県土浦市出身の日本の元柔道家(女子六段)、柔道指導者。現在はJR東日本女子柔道部コーチを務めている。現役時の階級は48キロ級。得意技は背負投、小内刈、寝技。組み手は左組み。段位は六段。血液型はB型。土浦市立大岩田小学校、土浦市立土浦第六中学校、[武秀館小坂道場]土浦日本大学高等学校、筑波大学卒業。筑波大学大学院修了。JR東日本社員。 2歳の時に父と死別し、8歳の時に柔道を始めた。福見の性格を「自分に厳しいが他人に優しく、人見知りが強い」と母は分析している。 4月、高校2年で出場した全日本選抜柔道体重別選手権大会48kg級の一回戦で、当時65連勝中、対日本人12年間無敗で怪我のため9ヶ月のブランク明けだった田村亮子と対戦し、大内刈りで効果を奪って勝利した。
竹谷 知記(たけや ともき、1985年5月15日 - )は、… 竹谷 知記(たけや ともき、1985年5月15日 - )は、青森県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は179cm。組み手は右組み。得意技は大内刈、大外刈。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。五所川原第一中学から東海大相模高校へ進むと、1年の時に高校選手権の団体戦で2位、2年の時には3位だった。3年の時には金鷲旗で3位、インターハイの100kg級では決勝で国士舘高校の西山将士に敗れて2位だった。全日本ジュニアでは3位となった。アジアジュニアと青島国際ではそれぞれ2位だった。 2004年に東海大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで再び3位となった。2年の時には体重別団体で優勝した。3年の時には優勝大会と体重別団体でともに2位にとどまった。
高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は… 高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長189 cm、体重130kg。得意技は大外刈、払腰。現在は日本製鉄に所属。 熊本県阿蘇市出身。小学校1年から柔道と相撲を始め、4年時には相撲で全国大会2位になった事もある。 阿蘇市立一の宮中学校進学と同時に柔道に専念、3年時には九州ブロック代表としてシドニー五輪の柔道競技見学派遣に選ばれるなど、早くから注目を集めていた。 進学した大牟田高校では同級生の193cmある立山広喜とともにその身長の高さからツインタワーと呼ばれ活躍する。高校3年の時にはインターハイで2位、ジュニアの体重別でも3位となる。
宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛… 宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛県西条市出身の、日本人の女子柔道選手である。愛媛県立宇和島東高等学校から愛媛女子短期大学に進み、さらに帝京大学に編入して同校卒業。階級は57キロ級。身長161cm。得意技は大外刈。組み手は右組み。段位は参段。血液型はA型。コマツ女子柔道部から、現在はブイテクノロジーに所属している 。 6歳の時に柔道を始める。愛媛女子短大2年の時福岡国際女子柔道選手権大会 で優勝を果たした。その後も、国内外で一定の活躍をしていたものの代表には至らなかったが、2010年の体重別において、昨年の講道館杯に引き続いて松本薫に一本勝ちを果たして、ついに代表の座を勝ち取った。
平岡 拓晃(ひらおか ひろあき、1985年2月6日 - )は… 平岡 拓晃(ひらおか ひろあき、1985年2月6日 - )は、日本の柔道家。広島県広島市出身。得意技は背負投、内股。血液型はO型。身長160cm。階級は60kg級。 廿日市市立阿品台中学校-近畿大学附属福山高校-筑波大学卒業。2016年3月まで了徳寺学園職員だった。 6歳の時、柔道経験のある父から柔道を教わる。 近畿大学附属福山高校3年生の2002年にインターハイ優勝。筑波大学へ進学。ベルギー国際大会優勝。 2004年、世界ジュニア選手権3位、講道館杯日本体重別選手権2位。2006年、グルジア国際大会2位、フランス国際大会2位、全日本選抜体重別選手権3位、講道館杯日本体重別選手権3位。2007年、グルジア国際大会優勝、全日本選抜体重別選手権3位、アジア選手権1回戦敗退、第24回ユニバーシアード競技大会2回戦敗退、嘉納杯東京国際大会優勝。
出花 崇太郎(でばな しゅうたろう、1985年1月30日 -… 出花 崇太郎(でばな しゅうたろう、1985年1月30日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。大阪府出身。リングネームはキャプテン☆アフリカ。元修斗世界ライト級王者。 柔道時代の階級は73kg級。得意技は寝技。柔道以外にも、総合格闘技、レスリング、コンバットレスリング、サンボ、コンバットサンボ、BJJ、グラップリングなど様々な格闘技に取り組んでいる。 泉尾工業高校3年の時にインターハイ73kg級の2回戦で今大会優勝した世田谷学園高校3年の海老沼聖に敗れた。2003年に道都大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で天理大学1年の松本雄史に有効で敗れて2位だった。講道館杯では2回戦で東海大学3年の園田悠二に小内刈で敗れるも、敗者復活戦を経た3位決定戦で筑波大学4年の高松正裕を後袈裟固で破ったのを始め、勝った試合は全て抑込技で一本勝ちした。
成田 泰崇(なりた やすたか、1984年11月21日 -)は… 成田 泰崇(なりた やすたか、1984年11月21日 -)は青森県出身の日本の柔道家。73 kg級の選手。身長は174 cm。組み手は右組み。得意技は内股。 国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科修士課程修了。 柔道は5歳の時に車力スポーツ少年団で始めた。車力中学から青森北高校を経て国士舘大学に進むと、2年生の時には体重別団体で2位となった。3年生の時には学生体重別の決勝で明治大学の海老沼聖に敗れ2位となる。体重別団体2位。講道館杯で決勝でダイコロの稲澤真人に敗れ2位となる。4年生の時には体重別で3位となった。 学生体重別では決勝で海老沼を破って優勝。体重別団体でも優勝を飾った。講道館杯でも決勝で東海大学の大束正彦を破って優勝を成し遂げた。
本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は… 本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は184 cm。組み手は左組み。得意技は大内刈。 柔道は父親及び3人の兄の影響で6歳の時に双葉柔道教室で始めた。兄の至道はインターハイ重量級、匡道は学生体重別100kg級でそれぞれ優勝している。愛宕中学から土浦日大高校を経て、2003年には中央大学へ進学すると、1年の時には優勝大会で3位、体重別団体では2位となった。2年の時には学生体重別100kg級の決勝で天理大学の穴井隆将に敗れて2位だった。3年の時には学生体重別決勝で再び穴井に敗れた。4年の時には 講道館杯で3位になった。また、スコットランドで2週間ほど柔道を指導した。
杉本 美香(すぎもと みか、1984年8月27日 - )は、… 杉本 美香(すぎもと みか、1984年8月27日 - )は、日本の柔道家である。階級は78kg超級。現役時代は身長166cm、体重97kg。握力は右50kg、左51kg。バスト119cm。リーチ166cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は六段。得意技は払腰。筑波大学体育専門学群卒業。現在はコマツ女子柔道部でコーチを務めている。 兵庫県伊丹市出身。伊丹市立鴻池小学校3年生の時に硬式テニスを始めるがいまいち馴染めず、2年ほどして柔道に転向して、伊丹土曜柔道教室に通うこととなった。 夙川学院中学校3年の時に全国中学校柔道大会団体戦で全国優勝を果たした。 大阪市立汎愛高等学校進学後は全国高校選手権で優勝するなどジュニアの頃から期待されていた選手だった。
穴井 隆将(あない たかまさ 1984年8月5日 - )は、… 穴井 隆将(あない たかまさ 1984年8月5日 - )は、大分県大分市出身の柔道家。段位は四段。得意技は内股、大外刈。妹の穴井さやかも柔道家で、2008年の世界団体柔道には共に出場している[4]。現在は天理大学柔道部の監督を務めている[5]。
和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知… 和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知県出身の日本の柔道家。60kg級の選手。身長は168cm。組み手は右組み。得意技は体落。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。北陵中学から岡豊高校へ進むと、3年の時にインターハイの60kg級決勝で近代福山高校の平岡拓晃に敗れるが2位となった。 2003年には国士舘大学へ進学すると、1年の時には学生体重別で3位となった。2年の時には体重別団体で2位だった。3年の時には体重別団体で2位、講道館杯では3位に入った。4年の時には体重別団体で優勝すると、学生体重別では決勝で大学の1年後輩となる豊田眞太朗を破って優勝した。さらに講道館杯でも決勝で了徳寺学園職員の小川武志を破って優勝を飾った。
松本 雄史(まつもと かつし、1984年7月23日 - )は… 松本 雄史(まつもと かつし、1984年7月23日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手。階級は81kg級。身長180cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は体落。 柔道は4歳の時に一宮柔道教室で始めた。上郡中学から赤穂高校へ進むと、3年の時には全日本ジュニア73kg級の決勝で浜松商業高校3年の川端常弘を大外落で破って優勝した。 天理大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で道都大学1年の出花崇太郎を有効で破って2連覇を果たした。2年の時には体重別団体で3位だった。 2007年には全国警察選手権の所属となると、全国警察選手権で2連覇した。その後階級を81kg級に上げると、2009年のグランドスラム・東京では準決勝でイギリスのイアン・バートンに大外刈で敗れるも3位になった。
福岡 政章(ふくおか まさあき、1984年7月12日 - )… 福岡 政章(ふくおか まさあき、1984年7月12日 - )は、日本の柔道家。熊本県出身。階級は66kg級。身長167cm。得意技は背負投。綜合警備保障を経て、現在は東海大学付属高輪台高等学校・中等部の監督。 柔道は5歳の時に始めた。鎮西高校2年の時にインターハイ60kg級で3位となった。東海大学に進学後は学生チャンピオンになるなど活躍した。社会人になってからは、2007年の体重別決勝でミキハウスの野村忠宏に敗れるが2位に入った。さらに、2009年、2010年と2年続けて同学年のライバルである了徳寺学園の平岡拓晃に決勝で敗れるものの、2位になった。一方、国際大会ではグランドスラム・東京で優勝を飾るなど一定の活躍を示した。
海老沼 聖(えびぬま さとる、1984年7月10日 - )は… 海老沼 聖(えびぬま さとる、1984年7月10日 - )は栃木県出身の日本の柔道家。73 kg級の選手。身長は173 cm。組み手は左組み。得意技は大内刈、肩車。海老沼3兄弟の長兄。末弟はオリンピック2大会連続銅メダリストで世界選手権3連覇を達成した66kg級の海老沼匡。 柔道は5歳の時に野木町スポーツ少年団で始めた。講道学舎に入塾すると、弦巻中学2年の時に近代柔道杯の決勝で国士舘中学を破って優勝を飾った。3年の全国中学校柔道大会には東京予選で国士舘中学に敗れて出場できなかったが、全日本選抜少年柔道大会では決勝で国士舘中学を破って優勝を飾った。 世田谷学園高校2年の時には金鷲旗で優勝するが、インターハイの個人戦73kg級では平安高校の寺居大志に敗れた。
谷本 育実(たにもと いくみ、1984年6月2日 - )は、… 谷本 育実(たにもと いくみ、1984年6月2日 - )は、愛知県安城市出身の日本の元・女子柔道選手である。階級は63kg級。身長159cm。得意技は払腰、袖釣込腰、内股。組み手は右組み。段位は四段。血液型はA型。現在はコマツ女子柔道部に所属してコーチを務めている。姉はオリンピックの柔道63kg級で2連覇を達成した谷本歩実。 7歳の時に柔道を始める。桜丘高校3年の時に、全日本ジュニアの63kg級で3位に入る。高校卒業後コマツに入社して、今度は2位となる。その後暫くはこれと言った活躍はなかったが、2009年の実業柔道選手権で優勝すると、講道館杯でも3位に入り、グランドスラム・東京では決勝で世界チャンピオンの上野順恵に敗れるものの2位となる。
猪又 秀和(いのまた ひでかず、1984年3月14日 -)は… 猪又 秀和(いのまた ひでかず、1984年3月14日 -)は新潟県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は185cm。組み手は右組み。得意技は大外刈。
浅野 大輔(あさの だいすけ、1984年3月11日 - )は… 浅野 大輔(あさの だいすけ、1984年3月11日 - )は、富山県出身の、日本の柔道選手である。階級は60 kg級。身長163 cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は8歳の時に中田道場で始めた。小杉中学3年の時に全国中学校柔道大会の55kg級で優勝した。小杉高校3年の時にはジュニア体重別60kg級決勝で天理大学1年の米富和郎に敗れて2位だったが、アジアジュニアで優勝した。2002年に東海大学へ進学すると、1年の時には世界ジュニアで3位だったが、体重別団体で優勝した。2年の時には学生体重別決勝で筑波大学1年の平岡拓晃に敗れて2位だったが、青島国際とベルギー国際で優勝した。3年の時には講道館杯で3位になると、体重別団体で優勝した。
安 正煥(アン・ジョンファン、1984年1月28日- )は、… 安 正煥(アン・ジョンファン、1984年1月28日- )は、韓国の柔道家(66kg級)。 大邱の中学校卒業後、日本の沖学園高等学校に留学、その後山梨学院大学を卒業。柔道の基礎を7年間日本で学んだ実力派。卒業後は韓国に戻り市庁に所属。その後、2009年の世界選手権66kg級で3位になった。2014年からはスペイン代表チームのコーチに就任した。2016年のリオデジャネイロオリンピック以降は韓国ナショナルチームのコーチとなった。 柔道韓国代表のアン・ビョングン監督は叔父にあたる。
駒木 奈緒美(こまき なおみ、1983年11月4日 - )は… 駒木 奈緒美(こまき なおみ、1983年11月4日 - )は、神奈川県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。現役時代の身長は165cm。体重92kg。組み手は右組み。得意技は大内刈。 柔道は相原中学に入学してから相武館吉田道場で始めた。3年の時には早くも全国中学校柔道大会の56kg超級で3位になった。東海大相模高校へ進むと、1年の時には高校選手権の78kg超級決勝で夙川学院高校2年の上田真央に敗れて2位だったが、2年の時には決勝で汎愛高校1年の杉本美香を破って優勝した。3年の時には全日本ジュニアの78kg級に出場して3位となった。 2002年に東海大学へ進学すると、1年の時には優勝大会で2位となった。
片渕 慎弥(かたぶち しんや、1983年10月24日 -)は… 片渕 慎弥(かたぶち しんや、1983年10月24日 -)は大阪府出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長172cm。体重125kg。 柔道は8歳の時に正導館米田道場で始めた。久米田中学3年の時に全国中学校柔道大会78kg超級で2位になった。国士舘高校に進むと1年の時から団体戦のレギュラーで活躍して、インターハイと全国高校選手権で優勝した。2年の時には金鷲旗とインターハイを制して、1992年に世田谷学園高校が成し遂げて以来、8年ぶり2校目の高校団体3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。さらには全国高校選手権の個人戦無差別で優勝すると、団体戦でも2連覇を飾った。3年の時には金鷲旗とインターハイの団体戦で2位にとどまった。
佐藤 愛子(さとう あいこ、1983年10月18日 - )は… 佐藤 愛子(さとう あいこ、1983年10月18日 - )は、北海道名寄市出身の柔道家。現役時代は女子柔道57kg級の選手。身長は157cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は四段。得意技は背負投、寝技。北海道旭川南高等学校、筑波大学卒業。了徳寺学園職員を経て、2016年より東京女子体育大学の教員及び柔道部監督。
佐藤 愛子(さとう あいこ、1983年10月18日 - )は… 佐藤 愛子(さとう あいこ、1983年10月18日 - )は、北海道・名寄市出身の柔道家。現役時代は女子柔道57kg級の選手。身長は157cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は四段。得意技は背負投、寝技。 北海道旭川南高等学校、筑波大学卒業。了徳寺学園職員を経て、2016年より東京女子体育大学の教員及び柔道部監督。 9歳で柔道を始める。アテネオリンピックでは52kg級で代表を狙うも、減量に苦しみ、代表になれなかった。それを教訓に、2005年からスタミナの心配が少ない57kg級に転向した。2007年の世界選手権で銅メダルを獲得、その実績から北京五輪の代表に選出された。 だが北京では準々決勝で敗退したうえ、敗者復活戦で右膝のじん帯を断裂。
竹澤 稔裕(たけざわ としひろ、1983年10月4日 - )… 竹澤 稔裕(たけざわ としひろ、1983年10月4日 - )は、群馬県出身の日本の柔道家。90kg級の選手。身長174cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に始めた。尾島中学3年の時には全国中学校柔道大会の団体戦決勝で東京都の弦巻中学に敗れるが2位となった。前橋商業高校に進むが、2年の時にインターハイ90kg級でベスト16止まりになるなど、際立った活躍は見られなかった。2002年に筑波大学へ進むと、1年の時には世界ジュニアで5試合オール一本勝ちでの優勝を飾って、ベスト柔道家と一本トロフィー賞を同時受賞する活躍を示した。体重別団体は3位だった。青島国際でも3位にとどまった。2年の時には学生体重別では3位だったが、体重別団体ではチームの優勝に貢献した。
鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は… 鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は青森県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長160cm。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に平内分団で始めた。小湊中学から青森山田高校へ進むと、1年の時には全国高校選手権の78kg級で3位、2年の時には優勝を飾った。3年の時には全日本ジュニアで3位だったが、全国女子体重別の決勝で淑徳高校3年の中沢さえを破って優勝を飾った。福岡国際では3位だったが、オーストリア国際では優勝した。2002年に帝京大学へ入学すると、1年の時には選抜体重別決勝で世界チャンピオンである警視庁の阿武教子に敗れるも2位となった。世界ジュニアでは得意の背負投でオール一本勝ちの優勝を飾った。
中谷 一馬(なかたに かずま、1983年〈昭和58年〉8月3… 中谷 一馬(なかたに かずま、1983年〈昭和58年〉8月30日 - )は、日本の政治家、実業家、柔道整復師。学位はデジタルコンテンツマネジメント修士(専門職)。 衆議院議員(3期)、神奈川県議会議員(1期)を歴任した。 宮崎県児湯郡川南町生まれ、神奈川県川崎市育ち。現住所は神奈川県横浜市港北区綱島西2丁目。貧困な母子家庭で育ち、11歳の時に両親が離婚。埼玉県、東京都、大阪府、神奈川県と転居を繰り返し、幼稚園2園、小学校4校、中学校2校に通学。 川崎市立日吉中学校卒業後、高校へ進まず、働くも、挫折し、不良の道へ進んだ。仲間と共に社会や政治に対して不平不満を漏らす中で、自分の手で世の中を変えようと政治家を目指すようになった。
加藤 光将(かとう みつまさ、1983年8月22日 -)は愛… 加藤 光将(かとう みつまさ、1983年8月22日 -)は愛知県出身の日本の柔道家。100kg超級の選手。身長は180cm。体重155kg。組み手は右組み。得意技は払腰。 柔道は5歳の時に津島柔道会で始めた。暁中学から大成高校に進むと、3年の時にはインターハイと全日本ジュニアの100kg超級でそれぞれ3位となった。2002年に筑波大学へ進学すると、1年の時には体重別団体で3位になった。2年の時には体重別団体で優勝した。4年の時には優勝大会で3位だった。2006年には愛知県警の所属となった。2008年には全国警察柔道選手権大会の無差別で優勝すると、講道館杯でも決勝で了徳寺学園職員の佐藤武尊を破って優勝を飾った。
澤田 敦士(さわだ あつし、1983年8月20日 - )は、… 澤田 敦士(さわだ あつし、1983年8月20日 - )は、日本のプロレスラー、政治家、元柔道家。千葉県我孫子市議会議員(3期)。北海道旭川市出身。 小学1年で柔道を始め、小学校を卒業すると講道学舎へ入門(22期生)。 世田谷区立弦巻中学校、世田谷学園高校の柔道部では日本一を経験した。 2002年、明治大学に入学。 2002年9月8日、全日本ジュニア柔道体重別選手権大会100kg級で優勝を果たした。 明治大学卒業後、プロレスラーになるべく小川直也の主宰する小川道場に入門。 2007年9月8日、IGF「GENOME」の石川雄規戦にてプロレスデビューを果たしたが、7分20秒スリーパーホールドで絞め落とされた。
馬籠 恵子(まごめ けいこ、1983年7月7日 -)は滋賀県… 馬籠 恵子(まごめ けいこ、1983年7月7日 -)は滋賀県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。身長は163cm。 松原中学を経て草津高校に入学してから柔道を始めた。2年の時には早くも高校選手権の78kg超級で3位に入った。 2002年に東海大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。青島国際では78kg超級と無差別でそれぞれ3位に入った。2年の時には学生体重別で3位になった。3年の時には優勝大会で優勝すると、学生体重別では決勝で筑波大学2年の杉本美香を破って2冠を達成した。講道館杯では3位だった。4年の時には学生体重別の決勝で杉本に敗れて2連覇はならなかった。講道館杯では昨年に続いて3位だった。
上野 順恵(うえの よしえ、1983年7月1日 - )は、北… 上野 順恵(うえの よしえ、1983年7月1日 - )は、北海道湧別町出身の日本の女子柔道選手である。階級は女子63kg級。段位は四段。身長163cm。血液型はO型。得意技は体落、大外刈、寝技。2016年現在は三井住友海上でコーチを務めている。姉はアテネオリンピックおよび北京オリンピック女子柔道70kg級金メダリストの上野雅恵で、妹の上野巴恵は70kg級の世界ジュニアチャンピオン[5]。2016年からは全日本女子代表チームのコーチに就任した[6]。
中澤 さえ(なかざわ さえ、1983年6月1日 - )は、東… 中澤 さえ(なかざわ さえ、1983年6月1日 - )は、東京都調布市出身の元女子柔道選手。現役時の階級は78kg級。2005年・2007年世界選手権銀メダリスト。アジア選手権2連覇(2004年・2005年)。2006年アジア大会金メダリスト。2008年北京五輪出場。淑徳大学大学院修了。2023年現在の姓名は野島さえ。
宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は… 宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は、愛媛県北宇和郡吉田町出身の日本の柔道家。階級は57kg級。身長160cm。得意技は内股、大腰。現姓は小國。 3歳の時に水泳とピアノを習い出すと、小学校1年生からはダンスも始めた。また、母親の兄たちは地元で知られた柔道兄弟だけあって、柔道も盛んに勧められたものの、あまり良いイメージを持っていなかったので拒んでいた。しかし、小学校4年生の時に立ち寄ったうどん屋の「国安」でテレビを見ていたら、「愛媛のYAWARAちゃん」として取り上げられていた小学校6年生の風戸晴子が男子をバンバン投げている姿を見てかっこよく思えたこともあり、これをきっかけとして地元の吉田柔道会で柔道を始めることになった。
河原 正太(かわはら しょうた、1983年3月28日 - )… 河原 正太(かわはら しょうた、1983年3月28日 - )は山口県出身の日本の柔道家。81 kg級の選手。身長174 cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は6歳の時にゆうスポーツクラブで始めた。由宇中学3年の時に全国中学校柔道大会78kg級で3位になった。崇徳高校2年の時にインターハイ81kg級に出場するも、3回戦で敗れた。2001年に明治大学へ進むと、2年の時には全日本ジュニアの決勝で、この当時サンボやコンバットサンボの大会で実績を残していた変則柔道を仕掛ける早稲田大学1年の青木真也を内股と横四方固の合技で破って優勝を飾った。優勝大会では3位だった。4年の時には学生体重別で3位になった。
岡 明日香(おか あすか、1983年3月7日 - )は、東京… 岡 明日香(おか あすか、1983年3月7日 - )は、東京都出身の女子柔道選手。階級は70kg級。身長164cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は参段。得意技は一本背負投、足技。現在は桐蔭横浜大学の女子柔道部監督を務めている。 柔道は6歳の時に研誠館で始めた。江戸川区立篠崎第二中学から淑徳高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権78kg級で2位になった。2年の時には金鷲旗で3位になると、高校選手権では70kg級で3位となった。3年の時には金鷲旗において、同級生で57kg級の岩田千絵や1つ年下の78kg級の中沢さえなどとともに活躍して決勝まで進み福岡工大附属高校と対戦するが、大将戦で中沢が七條芳美に敗れたために2位に終わった。
吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福… 吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。81kg級の選手。身長は170cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。甘木中学から大牟田高校へ進むと、3年の時に金鷲旗とインターハイ団体戦で3位になった。 2001年には国士舘大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアの81kg級で3位になった。3年の時には学生体重別で3位だったが、優勝大会ではチームの優勝に貢献した。4年の時には優勝大会と体重別団体でともに2位だった。学生体重別でも決勝で同じ大学の1年後輩である有留秀宜に敗れた。 2005年には新日鉄の所属となると、実業個人選手権では決勝で松前柔道クラブの谷口徹を破って優勝した。
中野 竜(なかの りゅう、1983年1月2日 -)は、セルビ… 中野 竜(なかの りゅう、1983年1月2日 -)は、セルビアの柔道選手。神奈川県横浜市出身。階級は100kg級。身長は183cm。別名はリュウ・ミヤルコヴィッチないしはミヤルコヴィッチ・リュウ(Rju Mijalkovic)。 父親はユーゴスラビア出身で、柔道のヨーロッパ選手権で5位になったこともある。1960年代に柔道を学びに来日した。その後帰化して「中野由自」と言う名前を持つと、実業家としてワインの輸入などを手がけるとともに、「イタリアンハウスカフェ&バー」と言う店を構えるに至った。竜本人は3歳年上である兄の大に影響されて7歳の時に大竹道場で柔道を始めた。その後、朝飛道場に移った。なお、小学生時代は柔道以外にバスケットボールにも取り組んでいた。
村上 嘉広(むらかみ よしひろ、1982年12月23日 -)… 村上 嘉広(むらかみ よしひろ、1982年12月23日 -)は京都府出身の日本の柔道家。現役時代は66kg級の選手。身長は162cm。得意技は大内刈。 柔道は5歳の時に始めた。京都市立桂中学校から天理高等学校へ進むと、3年の時にはインターハイ60kg級決勝で比叡山高校3年の米富和郎を破って優勝を飾った。天理大学へ進学すると、3年の時には体重別の66kg級決勝で府中刑務所の重松誠司を破って優勝を飾ったが、世界選手権代表には選出されなかった。体重別団体では3位だった。4年の時には体重別団体で3位になると、講道館杯でも3位に入った。2005年には警視庁に入庁すると、2006年の全国警察柔道選手権大会では優勝を飾った。
谷口 徹(たにぐち とおる、1982年10月24日 - )は… 谷口 徹(たにぐち とおる、1982年10月24日 - )は、神奈川県出身の日本の柔道家。現役時代は81kg級の選手。身長は179cm。得意技は小内刈り。 柔道は3歳の時に父親の譲が指導者を務めていた朝飛道場で始めた。1997年横須賀学院中学3年の時に全国中学校柔道大会の78kg級決勝で港南中学3年の仲田直樹と対戦するが、頭から畳に突っ込んで内股を仕掛けたため、規定により反則負けを喫した。同年の全日本選抜少年柔道大会個人戦無差別では中量級ながら優勝を飾った。 1998年東海大相模高校1年の時にはインターハイ団体戦の決勝で国士舘高校と対戦すると、大将戦で反則負けを喫して2-2と並んだ。代表戦では2歳年上の兄である望が鈴木桂治に払巻込の技ありで敗れて、チームは2位にとどまった。
長瀬 めぐみ(ながせ めぐみ、1982年10月8日 - )は… 長瀬 めぐみ(ながせ めぐみ、1982年10月8日 - )は岐阜県可児市出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長171cm。組み手は右組み。得意技は内股、大外刈。 柔道は11歳の時に始めた。蘇南中学時代は柔道部がなかったので陸上競技部に所属し、砲丸投では県の新記録を樹立した。一方、柔道では全国中学校柔道大会の56kg超級に出場するものの、決勝トーナメント一回戦で一本負けしたが、埼玉栄高校監督の本松好正にスカウトされて埼玉栄高校へ進むことになった。1年の時には金鷲旗とインターハイの3位に貢献した。全国高校選手権78kg級では3位となった。2年の時には金鷲旗で決勝まで進むが、土浦日大高校3年の塚田真希に崩袈裟固で敗れて2位にとどまった。
米富 和郎(よねとみ かずお、1982年10月8日 - )は… 米富 和郎(よねとみ かずお、1982年10月8日 - )は、大阪府出身の日本の柔道家。60kg級の選手。身長161cm。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は8歳の時に始めた。下福島中学から比叡山高校へ進むと、2年の時にはインターハイ60kg級で3位になった。全日本ジュニアでは2位となった。3年の時にはインターハイで2位にとどまるも、全日本ジュニアでは優勝を飾った。世界ジュニアでは2回戦で敗れた。2001年に天理大学へ進むと、全日本ジュニアで2連覇を達成した。正力杯では3位、体重別団体では2位だった。2年の時には学生体重別と世界学生でそれぞれ優勝を飾った。嘉納杯では3位だった。3年の時には体重別団体で3位だった。
増渕 樹(ますぶち たつき、1982年10月5日 - )は栃… 増渕 樹(ますぶち たつき、1982年10月5日 - )は栃木県出身の日本の柔道家。90kg級と100kg級の選手。身長185cm。得意技は内股。 柔道は10歳の時に西那須野少年柔道教室で始めた。三島中学から白鷗大足利高校に進むと、2年と3年の時にはインターハイ90kg級に出場するも、ともに初戦で敗れた。2001年に東海大学へ進むと、1年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。2年の時には体重別団体で優勝した。3年の時には学生体重別で2位となった。4年の時には学生体重別で優勝すると、優勝大会でもチームの優勝に貢献した。さらには、体重別団体でも優勝を果たした。2005年には旭化成の所属となると、選抜体重別で3位に入った。
七條 芳美(しちじょう よしみ、1982年9月20日 - )… 七條 芳美(しちじょう よしみ、1982年9月20日 - )は宮崎県出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長166cm。得意技は大内刈、足技。 宮崎市出身。柔道は8歳の時に井上康生も所属していた静充館で始めた。檍中学2年の時に全国中学校柔道大会の56kg超級で3位、3年の時には優勝を飾った。高校は福岡県にある福岡工大附属高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権70kg級で2位となった。3年の時には金鷲旗の決勝で淑徳高校と対戦すると、大将戦で中沢さえを横四方固で破ってチームを優勝に導いた。インターハイ団体戦では市立柏高校に敗れて2位だった。全日本ジュニアで優勝を飾ると、世界ジュニアでは3位に入った。
堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵… 堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵庫県加古川市加古川町出身の日本の柔道家。階級は78kg級の選手。身長165cm。血液型はO型。段位は六段。組み手は左組み。得意技は払腰。現在は兵庫県警に所属している。現姓は萩原(はぎはら)。 柔道は加古川中学に入学してから始めた。夙川学院高校2年の時には全国高校選手権78kg級で3位となった。 2001年に帝京大学へ進むと、学生体重別決勝では1年から2年連続で筑波大学の長瀬めぐみに敗れて2位にとどまったが、全日本学生柔道優勝大会では2年の時にチームの優勝に貢献した。4年の時には学生体重別の準決勝で長瀬を破ると、決勝でも淑徳大学の中澤さえを指導2で下して優勝を成し遂げた。
高井 洋平(たかい ようへい、1982年8月27日 - )は… 高井 洋平(たかい ようへい、1982年8月27日 - )は、神奈川県横浜市出身の日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。現在は旭化成に所属。 小学生の頃から全国トップレベルでの活躍をしてタイトルを次々と獲得する。国士舘高校から国士舘大学に入学してからは怪我の影響もあってか、十分な活躍はできなかったが、旭化成に入社後、世界選手権の無差別代表となり、3位に入る。その後も国内外の大会で数々の活躍をするも、再度代表になるまでには至らなかった。2012年には国体成年男子の部で宮崎県の優勝に貢献すると、柔道競技からの引退を表明した。
藤井 裕子(ふじい ゆうこ、1982年8月18日 - )は、… 藤井 裕子(ふじい ゆうこ、1982年8月18日 - )は、愛知県大府市出身の柔道家、コーチ、YouTuber。2012年に開催されたロンドンオリンピックの柔道競技女子78kg級でイギリスの柔道界では12年ぶりのメダルとなる銀メダルを獲得したジェマ・ギボンズを指導したことで名高い。旧姓は中野。 5歳の頃、母が通っていた整骨院の先生が柔道の指導者だったことがきっかけで、吉田秀彦や谷本歩実を輩出した大石道場に入門し柔道を始める。 大府中学3年の時には全国中学校柔道大会の56kg級決勝で下諏訪中学の徳久瞳に崩上四方固で敗れたが2位となった。さらに、1999年に開催された全国高等学校柔道選手権大会で3位の成績を収めた。
松田 邦恵(まつだ くにえ、1982年7月13日 -)は福岡… 松田 邦恵(まつだ くにえ、1982年7月13日 -)は福岡県福岡市出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。身長157cm。得意技は大外刈。 兄2人の影響で6歳の時に千代柔道育成会で柔道を始めた。沖学園中学3年の時に全国中学校柔道大会の48kg級で優勝を飾った。さらに、全国女子体重別ではこの階級トップの田村亮子と長井淳子が出場しなかったものの、予想外の活躍で決勝まで進むと、同じ中学3年生である永山中学の倉持亜佐美と史上初となるシニアの全国大会における中学生同士の対決となった。全国中学校柔道大会では準決勝で倉持と対戦して判定で破っていたものの、今大会では出足払で技ありを取られて2位にとどまった。
山下 亜希(やました あき、1982年7月12日 - )は、… 山下 亜希(やました あき、1982年7月12日 - )は、香川県善通寺市出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長178cm。組み手は左組み。得意技は内股。 千葉県の市立柏高校に進むと、菊川慶一の指導の下で力を付けるものの、2年の時には全国高校選手権78kg級の初戦で反則負けを喫した。3年の時にはインターハイ団体戦の決勝で福岡工大附属高校と対戦すると、両チームの引き分けが続いて迎えた大将戦において、130kgの前野真由己に払巻込で技ありを取られた他に有効も3つ取られるなど圧倒的にリードされるも、終了20秒ほど前に寝技の展開になった際に崩上四方固で大逆転の一本勝ちを収めてチームの3連覇に貢献する活躍を果たした。
岩田 千絵(いわた ちえ、1982年7月11日(43歳) -… 岩田 千絵(いわた ちえ、1982年7月11日(43歳) - )は、熊本県出身の日本の女子柔道家。階級は57kg級。身長159cm。血液型はA型。段位は四段。組み手は左組み。得意技は内股、大外刈。1971年の世界選手権重量級3位の岩田久和を父に持つ。 柔道は6歳の時に谷亮子も所属していた東福岡柔道教室で始めた。小さい頃から腕っ節が強くて同じ年の男子の従兄弟をよく泣かせていたという。小学校5年の時には全国少年柔道大会で男子相手に団体戦ではチームの優勝に貢献すると、個人戦でも3位となった。マルちゃん杯団体戦では2位となった。6年の全国少年柔道大会では団体戦で2位、個人戦では5位にとどまった。淑徳中学2年の時には全国中学校柔道大会56kg超級で優勝を飾った。