蓜島 邦明(はいしま くにあき、1953年1月30日 - )… 蓜島 邦明(はいしま くにあき、1953年1月30日 - )は、日本の作詞家、作曲家、編曲家。 埼玉県さいたま市出身。城西大学経済学部卒業。『世にも奇妙な物語』シリーズのテーマ曲「ガラモン・ソング」で知られる。 幼少期より「ものづくり」に関心があり彫刻家を目指すものの、大学卒業後に「養子になってほしい」と言われて叔父が営むパン屋へ就職しパン職人となる。その後一転して好きだった音楽の世界へ転身し、当時まだ登場して間もなかったシンセサイザーを購入して独学で作曲家への道に進む。劇団にて音響を担当し、作曲活動を開始する。 建築様式におけるオブジェや様式美術に興味を持ち、彫刻家を目指すものの、その過程で素材の出す音に出会い作曲家になる。
水谷 啓二(みずたに けいじ、1953年1月10日 - )は… 水谷 啓二(みずたに けいじ、1953年1月10日 - )は、日本の作詞・作曲家、演奏家(サックス/フルート、ヴォーカル) 、ライヴパフォーマー。愛称は「巨匠」。京都市中京区出身。 以上、K-Funkオリジナル曲。
佐藤 龍一(さとう りゅういち、1952年10月16日 - … 佐藤 龍一(さとう りゅういち、1952年10月16日 - )は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター、作詞家、作曲家、ギタリスト。 千葉県船橋市出身。千葉県立船橋高等学校卒業、法政大学中退。 「おうちドラゴン」2020年3月26日〜7月4日(101日間)。「おうちドラゴンリターンズ」2020年12月23日〜2021年3月21日(89日間)「シン・おうちドラゴン」2021年5月29日より6月25日(28日間)
麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - … 麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - 2018年3月6日)は、日本の作詞家・音楽評論家・エンターテインメント評論家。大阪府大阪市曾根崎生まれ、兵庫県出身。 甲陽学院中学校・高等学校、東京大学文学部卒業。 東大を卒業しながらサラリーマンになるのが嫌な「就職試験逃避型」の人間で、作詞家になった。 1980年代半ばよりエンタテインメント・ジャーナリストに転身し、『1992年から1995年には週刊朝日でコラム「麻生香太郎の芸能みなと町」を連載し、日経エンタテインメント!』スーパーバイザーを務めていた。 『TVステーション』でも連載を務め、麻生もSEYMOURのペンネームでTM NETWORKや中森明菜に作詞を提供。
岩本 えり子(いわもと えりこ、1952年〈昭和27年〉8月… 岩本 えり子(いわもと えりこ、1952年〈昭和27年〉8月18日 - 2008年〈平成20年〉10月19日)は、日本の女性ミュージシャン、作詞家。旧姓:桑田(くわた)。神奈川県茅ヶ崎市出身。 弟はサザンオールスターズのバンドマスターである桑田佳祐、義妹(弟嫁)はサザンオールスターズのメンバーでシンガーソングライターの原由子。 1975年渡米。モントレー大学に学び、通訳などをしながら、一般人と結婚。出産子育てをする。1996年帰国。茅ヶ崎の海の景観を守る「はまけい」代表を務めた。弟である佳祐によると、えり子とは腹違い(異母姉弟)であるという。 1995年に乳癌を患いのちに克服したが、2008年初頭には末期の膵臓癌が判明。
原 文彦(はら ふみひこ、1952年 - )は、日本の作詞家… 原 文彦(はら ふみひこ、1952年 - )は、日本の作詞家。 一般社団法人日本作詩家協会副会長。 公益社団法人日本空手協会 香川県本部 本部長。 香川県東かがわ市ふるさと大使。 香川県出身。三本松高校卒業。法政大学卒業。大学在学中から本格的に作詞を始めて、西沢爽に師事。一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)監事・理事を歴任。
森田 健(もりた けん、1951年10月26日 - )は、コ… 森田 健(もりた けん、1951年10月26日 - )は、コンピュータソフト会社の経営者、不思議現象の研究者、ルポライター、SF作家、映画監督、作詞家、作曲家、著作家。 東京都西多摩郡日の出町出身。東京都立武蔵高等学校、上智大学電気電子工学科卒業。富士通を経て、コンピュータソフト会社を経営。開発した通信ソフトにて郵政大臣賞を受賞。 1997年、アメリカのモンロー研究所のセミナーに参加し、体外離脱を体験したという。1999年、2000年に船井総合研究所主催のフナイオープンワールドというスピリチュアル系イベントで講演を行う。2004年に『運命を変える未来からの情報』で六爻占術を紹介。 2005年、「不思議の科学」シリーズが、講談社α文庫より『「私は結果」原因の世界への旅』、『自分ひとりでは変われないあなたへ』、『ハンドルを手放せ』の3冊に改題・改訂出版された。
一澪 かずや (いちれい かずや、1951年10月18日 -… 一澪 かずや (いちれい かずや、1951年10月18日 - )は、日本の作詞家、作曲家。岡山県赤磐市出身。 1981年、ビクターより作詞家として「星とともに」でレコードデビュー。大阪を中心に、カラオケ大会の審査員、テレビ・ラジオのゲスト出演、音楽のプロデュースを手掛けている。1990年代、芸能活動の幅を広げる為、東京に拠点を移す。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
竜 真知子(りゅう まちこ、1951年9月30日 - )は、… 竜 真知子(りゅう まちこ、1951年9月30日 - )は、愛知県出身の作詞家、訳詞家。青山学院大学卒業。 夫はロックバンドNOBODYの相沢行夫。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
青江ひとみ(あおえひとみ、本名:八反英一、1951年9月8日… 青江ひとみ(あおえひとみ、本名:八反英一、1951年9月8日 - )は、日本の作詞家・作曲家。宮崎県小林市出身。 歌謡同人誌「新歌謡界」の会員として高校生の頃から本格的に作詞を学んだ。卒業後は、音楽大学への進学を志していたが中学三年生で始めたピアノの技量がその実技試験のレベルに遠く及ばぬ現実に直面し断念せざるを得なかった。その後、昼間は大手芸能プロで新人歌手のレッスン担当教師、夜間は主に銀座や新宿のナイトクラブでピアノの弾き語りなどのアルバイトで生活費を稼ぎながら、合間に作品を作り、コロムビアレコード、テイチクレコード、日本クラウン、CBS・ソニー等、各レコード会社へ売り込みに通う日々を過ごした。
富田 みつ美(とみた みつみ、旧姓:長谷川、1951年5月1… 富田 みつ美(とみた みつみ、旧姓:長谷川、1951年5月18日 - 2021年11月6日[要出典])は、東京都出身の日本の元タレント、元ニュースキャスター、元エッセイスト、元作詞家。1973年度ミス日本グランプリ受賞者。 1973年、成城大学在学中にミス日本グランプリを受賞。その後TBSテレビ(当時は東京放送テレビ局)で全国放送された「モーニングジャンボおはよう地球さん」、「おはよう720」、「おはよう700」で今日のフィールドキャスターに相当するレポーターとして「パスポート」シリーズ、「キャラバン」シリーズで活躍し、全世界87か国を巡る。番組内では「みみ」の愛称で親しまれ、のちにこれらの経験談が「みみの遠い国へのぱすぽーと」(毎日新聞社、1976年)などの著書にまとめられた。
中里 綴(なかさと つづる、1951年3月15日 - 198… 中里 綴(なかさと つづる、1951年3月15日 - 1988年3月5日)は、日本の作詞家、元女優・歌手である。 本名は神田 恵美(かんだ えみ)、女優時代の芸名は江美 早苗(えみ さなえ)、作詞家としての別名に神田 エミ(かんだ えみ)がある。日本音楽著作権協会の全信託会員であり、没後についても同協会が音楽著作権を管理している。元夫に殺害された。 1951年(昭和26年)3月15日、島根県松江市に生まれる。実家は老舗旅館であり、4人兄弟の末っ子であった。 6歳からバレエを習い始め、小学2年生になった1958年(昭和33年)、西野バレエ団に入団する。1966年(昭和41年)3月、松江市内の中学校卒業後、4月、島根県立松江北高等学校に進学するも、親の反対を押し切り同校を中途退学して東京に移り、同バレエ団で活躍、やがて金井克子、由美かおる、奈美悦子、原田糸子と並ぶ5人娘と呼ばれるようになる。
中嶋 陽二(なかじま ようじ、1951年2月25日- )は作… 中嶋 陽二(なかじま ようじ、1951年2月25日- )は作詞家・作曲家。関西フォークの隆盛期に活躍したマヨネーズ、1971年に大ヒットした『花嫁』のはしだのりひことクライマックスとしてNHK紅白歌合戦に出場するなどして活動した。 大谷大学在学中、はしだのりひことシューベルツの弟分のグループとして、京都産業大学在学中の坂庭省悟、立命館大学在学中の箕岡修と「マヨネーズ」を結成。命名ははしだのりひこによる。当時は、中島要次として活動していた。 1969年8月の第4回フォークキャンプに参加。京都市の「円山公園野外音楽堂」での打ち上げコンサートで、岩井宏らと「フォギー・マウンテン・ブレイク・ダウン」、「いなかへ行こう」、「砂にまみれて」、「綿つみの唄」を演奏。
売野 雅勇(うりの まさお、1951年〈昭和26年〉2月22… 売野 雅勇(うりの まさお、1951年〈昭和26年〉2月22日 - )は、栃木県足利市出身の作詞家。麻生 麗二(あそう れいじ)の別ペンネームでも活動している。所属事務所はフェブライオ・エ・メッツオ、ディヴァイン。 栃木県立足利高等学校、上智大学文学部英文学科卒業。就職試験ではニッポン放送に初めてできた音楽ディレクターの専門職の採用面接で最後の5人まで残ったものの不合格。代わりにグループ会社のポニー(現:ポニーキャニオン)をディレクター職として推薦されたが、音楽性の違いから辞退した。 石井直の勧めにより、コピーライター志望で老舗広告代理店の萬年社に入社。春闘が決着した5月に新聞雑誌制作部にコピーライターとして配属される。
万城 たかし(まき たかし、1951年2月15日 - )は、… 万城 たかし(まき たかし、1951年2月15日 - )は、日本の作詞家。一般社団法人 日本作詩家協会 常務理事。元・⼀般社団法⼈ ⽇本⾳楽著作権協会 監事。 岩手県一関市出身。本名、菅原隆行(すがわら たかゆき)。 福田こうへい 「天竜流し」で2018年第51回日本作詩大賞受賞。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本… KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本の作詞家。本名は西岡安希子。 シンガーソングライターの西岡恭蔵は夫。彼との結婚後に作詞を始め、西岡の他、松田優作、山下久美子、太田裕美ら、多くの歌手に詞を提供。矢沢永吉のために作詞した西岡恭蔵名義の作品のなかにも、共作によるものが少なくないといわれる。 和歌山県和歌山市生まれ。 大阪の音楽喫茶「ディラン」で西岡と知りあい結婚。上京して埼玉県入間市に住み、夫の音楽活動をサポートし、作詞の手伝いを始める。 1975年大塚まさじの「アフリカの月」の作詞をきっかけにKUROの筆名による作詞活動をスタート。 1976年の西岡のアルバム『南米旅行』でほとんどすべての作詞を担当。
我修院 達也(がしゅういん たつや、1950年12月10日 … 我修院 達也(がしゅういん たつや、1950年12月10日 - )は、日本の歌手、ものまねタレント、俳優、声優、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。旧芸名、若人 あきら(わかと あきら)。東京都渋谷区広尾出身。 体重48 kg。一本につながったカモメ型眉が特徴。声色は低音・中音・高音と使い分けている。玄制流空手道1級で双節棍(ヌンチャク)も使える。 母が元女優だったことから、6歳から子役として活動。映画『私は貝になりたい』(1959年)など多数の有名作品に出演。また9歳で北原じゅんに弟子入りし、18歳で「桜一平」として演歌歌手でデビュー。その後、1969年に「若戸章(わかど あきら)」、1980年に「若人あきら」と改名を行った。
水木 れいじ(みずき れいじ、本名:葛原直樹、1950年11… 水木 れいじ(みずき れいじ、本名:葛原直樹、1950年11月25日 - )は、岡山県岡山市出身の作詞家。血液型AB型。
長谷川 勝士(はせがわ かつし、1950年9月10日 - )… 長谷川 勝士(はせがわ かつし、1950年9月10日 - )は、日本の放送作家、テレビプロデューサー、作詞家。日本脚本家連盟会員、日本放送作家協会会員。 兵庫県姫路市出身。姫路市立姫路高等学校、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)芸術学部卒業。 大学時代、放送作家の大倉徹也に師事。22歳の頃『談志・円鏡の歌謡合戦』(ニッポン放送)でデビュー。 20代の頃はラジオ番組をメインに活動した。『GO!GO!キャンディーズ』(文化放送)を担当していた縁で、当時キャンディーズのマネージャーだった大里洋吉(現・アミューズ代表取締役会長)と出会い、キャンディーズのステージ構成を担当し、ステージ演出を学ぶ。 30代以降はテレビ番組の企画やプロデュースも手がけるようになった。
深野義和(ふかの よしかず、1950年3月20日 - )は日… 深野義和(ふかの よしかず、1950年3月20日 - )は日本の作詞家、作曲家、DJ、ミュージシャン。 東京都杉並区出身・在住。法政大学法学部法律学科卒業。身長173cm。血液型O型。
伊集院 静(いじゅういん しずか、1950年〈昭和25年〉2… 伊集院 静(いじゅういん しずか、1950年〈昭和25年〉2月9日 - 2023年〈令和5年〉11月24日)は、山口県出身で宮城県を拠点に活動していた作家、作詞家。作詞家としての筆名は伊達 歩(だて あゆみ)、本名は西山 忠来(にしやま ただき)。 1950年生まれ、山口県防府市出身の在日韓国人2世である。出生当時の氏名は「趙 忠來」(チョ・チュンレ、ハングル表記では조충래)であったが、日本に帰化した際、西山 忠来(にしやま ただき)に変えた。 山口県立防府高等学校、立教大学文学部日本文学科卒業。同大学ではなく美術大学に進学するつもりでいたが、当時義兄(実姉の夫)の高橋明が読売ジャイアンツの野球選手だった影響で高校の夏休みを利用して東京に行った折、長嶋茂雄本人から「野球をするのならセントポール(立教)に行きなさい」と言われ、その一言で立教大学への進学を決めた。
パンタ(PANTA、本名:中村治雄(なかむら はるお) 19… パンタ(PANTA、本名:中村治雄(なかむら はるお) 1950年2月5日 -)は、日本のロックヴォーカリスト、作曲家、作詞家。
大津 あきら(おおつ あきら、1950年2月4日 - 199… 大津 あきら(おおつ あきら、1950年2月4日 - 1997年4月10日)は、日本の作詞家。本名は大津彰(読み方は同じ)。大津が1997年に死別するまでの妻は女優の根岸季衣。息子はドラマーの大津一真。 山口県長門市仙崎出身。山口県立水産高等学校を卒業後、慶應義塾大学法学部に入学。1年先輩のつかこうへいと出会い、つかこうへい劇団で数々の舞台劇中歌の作詞や作曲を手がけた。 大学卒業後もつかこうへい劇団の劇伴を中心とした音楽活動を継続し、劇団に所属する根岸季衣と結婚。根岸との間に息子が2人いる。1982年に中村雅俊に提供した「心の色」が第15回日本作詩大賞大衆賞を受賞し、これをきっかけにして作詞家の活動を始める。
篠木 雅博(しのき まさひろ、1950年 - )は、日本の実… 篠木 雅博(しのき まさひろ、1950年 - )は、日本の実業家・音楽ディレクター・作詞家。株式会社パイプライン顧問。一般社団法人東京メトロポリタンオペラ財団評議員。日本ゴスペル音楽協会顧問。 音楽ディレクターとして渡辺音楽出版、東芝EMIや徳間ジャパンで数々のヒット曲やアーティストを世に出し、2010年から2016年までは徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長を務めた。現在は株式会社パイプライン顧問、一般社団法人東京メトロポリタンオペラ財団評議員、日本ゴスペル音楽協会顧問を務めている。 1973年に渡辺プロダクションに入社し、渡辺音楽出版に配属。布施明「君は薔薇より美しい」、アン・ルイス「女はそれを我慢できない」、大塚博堂といったアーティストの制作ディレクターを務めた。
ささき 文江(ささき ふみえ、1950年 - )は、作詞家。… ささき 文江(ささき ふみえ、1950年 - )は、作詞家。熊本県菊池市泗水町に生まれ。
たきの えいじ(本名:滝野 英治(読み同じ)、1949年8月… たきの えいじ(本名:滝野 英治(読み同じ)、1949年8月31日 - )は、日本の作詞家・作曲家である。愛媛県大洲市出身。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事、日本作詩家協会(JLA)理事。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
つのだ☆ひろ(つのだ ひろ 、1949年〈昭和24年〉8月1… つのだ☆ひろ(つのだ ひろ 、1949年〈昭和24年〉8月1日 - )は、日本の歌手、ドラマー、作詞家・作曲家、ラジオパーソナリティ。本名:角田 博民(つのだ ひろたみ)。有限会社角田兄弟社代表取締役。名前の「☆」は発音しない。 両親の疎開先・福島県東白川郡塙町で生まれる。兄4人と姉3人を持つ8人兄弟の末っ子。生後1歳4ヵ月で東京に戻り、以降は新宿十二社で育った。次兄に漫画家のつのだじろう、末兄(四兄)にリュート奏者のつのだたかしがいる。実家では両親が理髪店を営んでおり、両親は子供たちを食いっぱぐれのない理容師にする教育方針だったが、次兄のつのだじろうが漫画家として売れっ子となったため「食べていける職業ならいい」と方針を変更したという。
武田 鉄矢(たけだ てつや、1949年〈昭和24年〉4月11… 武田 鉄矢(たけだ てつや、1949年〈昭和24年〉4月11日 - )は、日本の俳優、歌手、タレント、司会者、作詞家。フォークグループ・海援隊のボーカル・リーダー。 代表曲に「母に捧げるバラード」、「あんたが大将」、「人として」、「贈る言葉」、「思えば遠くへ来たもんだ」(いずれも海援隊)などがある。 福岡県立筑紫中央高等学校卒業、福岡教育大学中退ののち名誉卒業(名誉学士であり、厳密には大学学部卒の扱いにはならない)。 長崎市亀山社中記念館名誉館長。 1949年(昭和24年)、福岡県福岡市博多区(出生当時は筑紫郡那珂町)生まれ。5人兄弟姉妹の末っ子で、12歳上の兄と3人の姉がいる。母・武田イクと父・嘉元は熊本県阿蘇郡南小国町中原字樋ノ口の出身。
髙橋 真梨子(たかはし まりこ、1949年〈昭和24年〉3月… 髙橋 真梨子(たかはし まりこ、1949年〈昭和24年〉3月6日 - )は、日本の女性歌手、作詞家。本名は広瀬 まり子(ひろせ まりこ)。旧姓は髙橋。広島県廿日市市生まれ、福岡県福岡市育ち。身長155cm。血液型はA型。夫はミュージシャンのヘンリー広瀬。 スポーツ観戦を趣味とする。所属レコード会社はビクターエンタテインメント。所属芸能事務所はザ・ミュージックス。公式ファンクラブはPaper Moon(ペーパームーン)。 父・森岡月夫は広島鉄道局、母・髙橋千鶴子は広島市内の銀行に、それぞれ勤務時の1945年8月6日、米軍の原子爆弾投下により被爆。母はダンサーでもあり、広島のダンスホールで両親は出会い結婚し1949年、まり子が生まれた。
髙橋 真梨子(たかはし まりこ、1949年3月6日 - )は… 髙橋 真梨子(たかはし まりこ、1949年3月6日 - )は、日本の歌手、作詞家。旧芸名、高橋 まり。本名、広瀬 まり子(ひろせ まりこ)旧姓、髙橋。
里村 龍一(さとむら りゅういち、本名・鈴木政市、1949年… 里村 龍一(さとむら りゅういち、本名・鈴木政市、1949年2月20日 - 2021年10月5日)は、日本の作詞家、実業家。北海道釧路市出身。 シングル表題曲は太字表記 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
三浦 徳子(みうら よしこ、1949年 - 2023年11月… 三浦 徳子(みうら よしこ、1949年 - 2023年11月6日)は、日本の作詞家。本名は高原 徳子(たかはら よしこ)。青森県弘前市出身。生前はアップフロントグループに所属していた。別名義に「亜伊林」(あいりん)がある。 1970年代後半から日本を代表する作詞家として活動し、1980年代における作詞家総売上枚数は松本隆、売野雅勇、秋元康に次ぐ4位、女性作詞家としては1位であった。兄は文芸評論家の三浦雅士。 1949年、青森市で出生。小学校3年までは青森県の大鰐町、それ以後は八戸市で育った。三浦が中学生のとき、兄の雅士が青森県立弘前高等学校に進学し下宿したため、同兄と一緒に育ったのはそれまでである。
松本 一起(まつもと いっき、本名 昭二(しょうじ)、194… 松本 一起(まつもと いっき、本名 昭二(しょうじ)、1949年 - 2022年11月4日)は、日本の作詞家。慶應義塾大学文学部卒業。血液型はO型。 1982年、早見優のデビュー曲「急いで!初恋」の作詞を担当。以後、作詞家として活動を始める。特に80年代アイドル全盛時にヒットチャートを席捲した。並行して、テレビ番組の主題歌や挿入歌、映画、CMイメージソングなど3,000曲以上手掛ける。 1999年には作詞家集団「if」を主宰。皇太子妃愛子様御誕生記念歌の歌詞は弟子の武井光子が作詞。 2008年12月にはclassの「夏の日の1993」のアンサーソングとして「冬の日の2009」を手掛ける。近年は、エッセイ集や短編小説などの著書も数多く出版。
谷村 新司(たにむら しんじ、1948年12月11日 - )… 谷村 新司(たにむら しんじ、1948年12月11日 - )は、日本のシンガーソングライター、タレント、作詞家、作曲家、大学教授。アリスのリーダー。血液型はAB型。3人兄妹の長男(弟1人、妹1人)。愛称はチンペイ。娘は歌手の谷村詩織。
藤本 尚子(ふじもと ひさこ、1948年12月7日 - )は… 藤本 尚子(ふじもと ひさこ、1948年12月7日 - )は、日本の作家、批評家、作詞家。本名は久子(読み同じ)。 大阪府生まれ。幼少期に三重県名張市に移り、現在は多治見市在住。 1971年、大阪外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。在学中よりフリーランス翻訳に従事。1982年、文芸誌『海燕』に「せいたか泡立草」を発表後、『貌』『象』『YOYO』『VAV』などに小説、評論を発表しつつ、新聞にコラムなどを執筆。 1997年に小説『マングース族の決闘』(AYUCHIいずみ書房)を出版。シンガポールの星日報、マレーシアの南国新聞に小説連載。2003年以降、作詞活動を始め、2009年には日本作詩家協会に正規会員登録。
糸井 重里(いとい しげさと、1948年〈昭和23年〉11月… 糸井 重里(いとい しげさと、1948年〈昭和23年〉11月10日 - )は、日本のコピーライター、エッセイスト、タレント、作詞家、実業家。 株式会社ほぼ日代表取締役社長。株式会社エイプ代表取締役。フィールズ株式会社社外取締役。妻は女優の樋口可南子。日本モノポリー協会会長。 群馬県前橋市出身。生誕後に両親が離婚し、司法書士であった父親の元に引き取られ祖母に育てられる。その後、実母と1981年に再会した。 小学校3年の時に父親が再婚。幼少時から漫画好きで漫画家に憧れていた。中学時代は北杜夫に熱中した。 群馬県立前橋高等学校に入学。文学青年の友達ができ、アングラ文学などに目覚める。また、バンカラを気取って一本歯の下駄で学校に通った。
秋山 道男(あきやま みちお、1948年9月29日 - 20… 秋山 道男(あきやま みちお、1948年9月29日 - 2018年9月19日)は、日本の編集者、プロデューサー、クリエィティブディレクター、装丁家、俳優、作詞家、作曲家。千葉県松戸市生まれ。スコブルコンプレックス會社・主宰。資生堂文化デザイン部編集委員。 本人いわく「都市・空間・商品・宣伝・編集・芸能・芸術・食・身体・生活・ファッションなど多領域の仕事群を『魅力づくり』として遂行」する仕事を行っている。 1960年代には「秋山未知汚」「秋山未痴汚」名義を、1970年代には「秋山ミチヲ」名義を用いていた。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。同級生には南伸坊がいた。高校時代はバンドを組んでいて、おしゃれだった。
内館 牧子(内舘 牧子、うちだて まきこ、1948年〈昭和2… 内館 牧子(内舘 牧子、うちだて まきこ、1948年〈昭和23年〉9月10日 - 2025年〈令和7年〉12月17日)は、日本の脚本家、作家、作詞家。 東日本大震災復興構想会議委員。東京都教育委員会委員、ノースアジア大学客員教授。元横綱審議委員会委員(2000〜2010年)。学位は造形学士(武蔵野美術大学)、修士 (文学)(東北大学)。 秋田県秋田市土崎港生まれ。父親は岩手県盛岡市、母親は秋田市出身。日本冷蔵(ニチレイ)に勤めていた父の転勤で、4歳から新潟県、小学校3年から高校2年までは東京都大田区雪谷で育った。 新潟では幼稚園に馴染めず、いじめられて退園。それ以来ずっと家で過ごすうちにラジオの大相撲中継を聞くようになった。
八月 真澄(はづき ますみ、1948年8月8日 - )は、日… 八月 真澄(はづき ますみ、1948年8月8日 - )は、日本の歌手でミュージカル女優、作詞・作曲家。 ウイリー沖山の直弟子。ヨーデル講師でありBelting歌唱法のインストラクターでもある。 現在はライブ活動は不定期に開催しリモートで全国の生徒にヨーデルを指導。 佐賀県武雄市出身。小学校時代に神戸に一家で移住。高校卒業と同時に伊藤忠商事大阪本社に英文タイピストとして勤務するも19才で退社し舞台俳優を目指し単身上京。演劇の勉強をしながらステージで歌う。 NHKのヤング101の第二期生に合格して、青木マスミとしてNHK総合テレビジョンの音楽番組『ステージ101』に1971年7月7日に初出演。ヤング101には1974年3月31日の番組最終回まで在籍した。
ちあき 哲也(ちあき てつや、本名:小林 千明(こばやし ち… ちあき 哲也(ちあき てつや、本名:小林 千明(こばやし ちあき)、1948年6月11日 - 2015年5月10日)は、神奈川県藤沢市出身の作詞家。別名:千明 哲也(ちあき てつや)。 関東学院大学卒業後、浜口庫之助に師事。作品を認められ、作詞家デビュー。在学中に「女の旅路」(歌:いとのりかずこ)を作ったことはあったが、1972年(昭和47年)の「黄色い麦わら帽子」(歌:松崎しげる)がデビュー作。 2007年に『吾亦紅』(歌:すぎもとまさと)で日本レコード大賞作詞賞を受賞。2008年に第16回スポニチ文化芸術大賞優秀賞を受賞。 2013年7月17日 ちあき哲也・杉本眞人コンビ作品集CD『すぎもとまさと Meets ちあき哲也』発売。
西岡 恭蔵(にしおか きょうぞう、1948年5月7日 - 1… 西岡 恭蔵(にしおか きょうぞう、1948年5月7日 - 1999年4月3日)は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター、作詞家、作曲家。愛称は「ゾウさん」。妻のKUROは作詞家。 三重県志摩郡志摩町(現志摩市)布施田出身。三重県立伊勢高等学校、近畿大学卒。 1960年代にフォーク喫茶「ディラン」の雇われマスターとなる。その店に集まっていた常連客たちと、ゆるやかなユニットのようなフォークグループ「ザ・ディラン」を結成する。1971年(昭和46年)頃に、ソロシンガーを目指し、同グループを脱退。しかし、彼が抜けた後の「ザ・ディランII」(ザ・ディランはメンバーを固定しないグループで人の入れ替わりが激しかったが、最終的に残った大塚まさじ、永井洋がザ・ディランIIを名乗る)のデビューアルバム『きのうの思い出にわかれをつげるんだもの』のレコーディングには参加する(同アルバムの楽曲の大半は、ザ・ディランのレパートリーであった)。
吉見 佑子(よしみ ゆうこ、本名:吉見裕子、1948年3月2… 吉見 佑子(よしみ ゆうこ、本名:吉見裕子、1948年3月22日 - )は音楽評論家・作詞家・歌手・声優。大阪府豊中市出身。 親も親戚も杵屋だらけの、いわゆる三味線一家の一人っ子として育ったが、周囲の期待に反して三味線や家元制度に興味を持たない青春時代を送る。 高校在学中に渡辺プロダクションのオーディションを受ける。最終オーディションで落選するが、審査員の宮川泰の紹介でジャズ・ボーカルのレッスンに半年間京都まで通い、コマーシャルソングの仕事に関わる。 その後、NHK大阪放送局付属演劇研究所に入所。修了後は、グループ・サウンズやフォークのコンサートの司会やラジオ番組のアシスタントの仕事を始め、関西圏限定でDJの仕事を増やしていく。
来生 えつこ(きすぎ えつこ、1948年3月9日 - )は、… 来生 えつこ(きすぎ えつこ、1948年3月9日 - )は、東京都出身の作詞家。本名、来生悦子。 都立豊島高等学校、女子美術短期大学卒業。 雑誌「話の特集」、虫プロダクション、PR雑誌と編集者をつとめる。 編集者をしながらフリーライターをしていたが、弟の来生たかおの曲に詞を付けるようになり、プロの作詞家になった。弟とのコンビは多くのヒット曲を生み、ニューミュージック界を代表するゴールデン・コンビの一つとして知られる。小説家、エッセイストとしても活動している。
石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の… 石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の作家・作詞家。日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、日本作詩家協会(JLA)会長。 福島県会津若松市出身。会津高校卒業。青山学院大学卒業。サトウハチローに師事し、作詞家の道を歩む。1977年、太川陽介に提供した『Lui-Lui』が同年の第19回日本レコード大賞新人賞を受賞。1983年、森昌子の『越冬つばめ』で日本作詩大賞優秀作品賞を受賞した。また変わったところでは『ファイターズ讃歌』の作詞を手がけている。 1999年、会津若松市イメージソング「AIZUその名の情熱」を作詞・プロデュース(作曲:南こうせつ)。 2020年、日本作詩家協会の第9代会長に就任。
門谷 憲二(かどや けんじ、1948年 - )は、長崎県平戸… 門谷 憲二(かどや けんじ、1948年 - )は、長崎県平戸市出身の作家、作詞家。 早稲田大学中退後、1971年、ライブハウスで偶然出逢った泉谷しげるとともに音楽制作集団「サイクル・ギス」を設立。古井戸、ピピ&コット(佐藤公彦在籍)といった才能に出会い、細々とマネジメントを始める。作家のねじめ正一は中学時代の同級生である。 「サイクル・ギス」のアーティストのデモテープを制作し、旧エレックレコードに認められる。同年11月、泉谷がアルバム「泉谷しげる登場』でレコード・デビュー。同作には門谷の作品『白雪姫の毒りんご』も収録されている。 同年12月にはシングル盤をCBS・ソニーから出す。泉谷のバックバンドに「古井戸」と「ピピ&コット」の金谷あつしとよしだよしこを使う巧みな方法でアーティストに経験を積ませた。
仁井谷 俊也(にいたに としや、1947年11月14日 - … 仁井谷 俊也(にいたに としや、1947年11月14日 - 2017年10月2日)は、広島県尾道市出身の作詞家。69歳没。 29歳で演歌に目覚め、歌謡同人誌『こけし人形』に10年間の投稿生活を送る。1985年、38歳のとき第18回日本作詩大賞で新人賞を受賞。これを機に広島に妻子を残して単身上京。営業職のサラリーマンから「脱サラ」で作詞家に転身した。 1998年には天童よしみの「人生しみじみ」が藤田まさと賞を受賞。2005年、氷川きよしが「面影の都」で第38回日本有線大賞を受賞。2014年、氷川きよしの「ちょいと気まぐれ渡り鳥」が第47回日本作詩大賞を受賞した。 生前は日本音楽著作権協会評議員・日本作詩家協会常務理事・日本音楽作家団体協議会理事を歴任。
奈良橋 陽子(ならはし ようこ、1947年6月17日 - )… 奈良橋 陽子(ならはし ようこ、1947年6月17日 - )は、日本のキャスティングディレクター、演出家、映画監督、劇作家、作詞家、英会話教育家である。アップスアカデミー(UPS)代表。モデル・ランゲージ・スタジオ(MLS)会長。 千葉県市川市出身。国際基督教大学言語学専攻卒業。長男は俳優の野村祐人、長女は女優・演出家の米倉リエナ。母方の祖父は関屋貞三郎。元夫はジョニー野村。 父親の奈良橋一郎は外交官で、カナダ・モントリオールにある国際連合の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)日本政府代表部に勤務しており、奈良橋も5歳でカナダに渡る。1962年、日本に帰国し聖心インターナショナルスクールを卒業後、国際基督教大学言語学専攻を卒業した。
柴山 俊之(しばやま としゆき、1947年6月9日 - )は… 柴山 俊之(しばやま としゆき、1947年6月9日 - )は、日本のミュージシャン、作詞家。サンハウス、Zi:LiE-YA、Electric Mud、BLUES LION、Rubyなどのバンドを率い、ブルースを下地にしたロックサウンドを展開。ボーカル、ハーモニカ、タンバリン、マラカスを担当。ステージネームは菊。 福岡県福岡市出身。福岡大学卒。剣道三段、ボイラー技士免許。福岡県立筑紫丘高等学校を1年1学期で退学後、福岡大学附属大濠高等学校へ転入。ダンスホールに入り浸る。ダンスホールのバンドでギターを弾いていた高校の同級生・笠原久義を偶然見かけたことからバンドに興味を持つ。当初はドラムを担当していたが、あるダンスパーティーでボーカルを務め(パーティーに来ていた女の子に声をかけられるなどで気をよくし)たことなどから、ボーカルにシフトする。
高田 ひろお(たかだ ひろお、1947年3月28日 - )は… 高田 ひろお(たかだ ひろお、1947年3月28日 - )は日本の作詞家、絵本作家、脚本家。日本の歌謡曲で史上最多のシングルレコード売上を記録した「およげ!たいやきくん」の作詞者として知られる。 希望学園釧路第一高等学校を卒業後[要出典]上京し、弁護士をめざして大学の法学部に進学する。大学院まで進んだものの、弁護士には(合格に)時間がかかると言われて志望を断念し、25歳の時に星野哲郎に弟子入りする。作詞家や絵本作家を目指した理由は、都会の子供にも故郷の釧路のような自然に触れてほしいという思いだった。 絵本作家からスタートし、子供向けの楽曲の作詞を多く手がけた。「およげ!たいやきくん」は『ひらけ!ポンキッキ』の童謡募集の話を知って持ち込んだ曲の一つで、10歳頃に冬の銭湯帰りに鯛焼きを買って腹巻きに入れた経験を東京で思い出し、釧路の海であの鯛焼きを泳がせてやりたいと考えたことが元になったという。
藤田 浩一(ふじた こういち、1947年3月21日 - 20… 藤田 浩一(ふじた こういち、1947年3月21日 - 2009年10月11日)は、日本のギタリスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、実業家。トライアングルプロダクション、バミューダ音楽出版の社長を務めた。