寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、… 寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、日本の鉄道研究家、鉄道写真家、鉄道作家、鉄道評論家、元公立小学校教諭(地方公務員)、鉄道友の会会員、鉄道運輸史研究会会員。 大阪府八尾市出身。柏原市在住。 幼き頃より鉄道に興味を示し、義務教育在籍中から鉄道写真を撮影するようになり、また並行して鉄道雑誌に投稿したり、鉄道の歴史を研究する活動を行っていた。趣味活動対象は主に日本国有鉄道(国鉄、なかでも旧大阪鉄道管理局や天王寺鉄道管理局管内を中心とした関西地区関連)・JRグループ(特に地元のアーバンネットワーク関連)であるが、近畿日本鉄道(近鉄)や京阪電気鉄道(京阪)や南海電気鉄道(南海)などの大手私鉄関連も行っている。
ハービー・山口(ハービー やまぐち、1950年1月20日 -… ハービー・山口(ハービー やまぐち、1950年1月20日 - )は、写真家、エッセイスト。 作家名の由来は、自身が傾倒していたジャズ・フルート奏者のハービー・マンから。 正則高等学校を経て東京経済大学経済学部卒業後、渡英。ロンドンでデビュー前のボーイ・ジョージと共同生活するなどして、ロンドンのミュージシャン達と交流した。 中山美穂、福山雅治、大江千里、THE BOOM、THE MODS、桑田佳祐、岡村孝子、稲垣潤一、BOØWY、ASKA、エレファントカシマシ、由紀さおり、林浩司などのCDジャケットを手がける。また、布袋寅泰のアルバム、『GUITARHYTHM』で8曲の英語詞での作詞を行った。写真集、エッセイ集発表の他、ラジオDJや俳優として映画出演などの活動も行う。
板東 寛司(ばんどう かんじ、1950年 - )は、猫専門の… 板東 寛司(ばんどう かんじ、1950年 - )は、猫専門の写真家。風呂猫スタジオ代表。日本招猫倶楽部世話役。 兵庫県神戸市出身。千葉大学工学部写真工学科卒業後、出版社、映像製作会社勤務を経て、1991年、個人事務所「風呂猫スタジオ」を設立。猫専門のカメラマン(キャトグラファー)として活動、「ふつうの猫のふだん着の表情がいちばん」をコンセプトに、一般家庭を訪問して猫を撮影。2014年には撮影した猫の数が五千匹を超えた。人間の大切なパートナーとしての猫の、心なごむ写真を追求している。写真集やオリジナルカレンダー、ポストカードなど著作多数。1993年に妻の荒川千尋と共に日本招猫倶楽部を設立。愛知県瀬戸市にある招き猫ミュージアムには、板東寛司・荒川千尋の個人コレクション数千点が展示されている。
古屋 誠一(ふるや せいいち、1950年 - )は、日本の写… 古屋 誠一(ふるや せいいち、1950年 - )は、日本の写真家。ヨーロッパを拠点に活動。 静岡県賀茂郡賀茂村(現西伊豆町)宇久須に生まれる。東京写真短期大学卒業後、1973年にヨーロッパに渡り、写真作家として活動。 1975年に移住したオーストリアのグラーツでは、写真メディアを中心に芸術の展示・広報活動を行うカメラ・オーストリア(ドイツ語: Camera_Austria)の設立に携わる。同団体は1978年に東松照明の写真集「太陽の鉛筆」を紹介したことを皮切りに、1980年に森山大道、1982年に東松照明、1992年に荒木経惟の大規模な個展を行うなど、日本の写真家をヨーロッパで紹介した。 1978年、グラーツ出身のクリスティーネ・ゲッスラーと出会い、結婚。
甲斐 彰(かい あきら、1950年 - )は日本の写真家、フ… 甲斐 彰(かい あきら、1950年 - )は日本の写真家、フービズム(HOOBISM)作家。 群馬県藤岡市出身。高校時代の山での遭難、10年間にわたる長い闘病の時代を経て、写真史における自己の果たすべき役割を確信した。 フリーランスフォトグラファー、クリエイティブディレクターを経て、1988年、デジタルによる写真の表現領域の拡張に資するため、日本初のデジタルイメージング専門カンパニーであるフォートン株式会社を設立。 2000年、50歳を機に、本格的に創作活動を開始。絵画と写真と3DCGを融合させた全く新しいビジュアル表現「フービズム」作品を発表。精力的に創作を続けている。 2024年1月フォートン株式会社は株式会社博報堂プロダクツと資本業務提携。
松本 路子(まつもと みちこ、1950年 - )は、日本の写… 松本 路子(まつもと みちこ、1950年 - )は、日本の写真家、エッセイスト。 静岡県出身。1974年法政大学文学部日本文学科卒業。人物写真、海外レポートなどで仕事を始め、訪れた国は60数か国にわたる[要出典]。1980年代からは、アーティストの肖像を中心に個展、写真集などで作品を発表する。主な写真集に『肖像 ニューヨークの女たち』『ニキ・ド・サンファール』『Portraits 女性アーティストの肖像』『DANCERS エロスの肖像』などがある。都心の自宅のルーフ・バルコニーで60鉢のバラを育て、バラにまつわるフォト&エッセイ集『晴れたらバラ日和』を出版するほか、『魂の布 モンスーンアジア12人の女性作家たち』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『東京桜100花』の著書などで、エッセイストとしての評価も高まっている。
谷本憲治(たにもと けんじ、1950年- )は、日本の写真家… 谷本憲治(たにもと けんじ、1950年- )は、日本の写真家。 北海道小樽市出身。北海道教育大学卒。高等学校や大学を通じて、「花」をモチーフとした水彩画の画家を目指したが、自然のさまざまな情景や自然美に感動し、大学卒業後、風景写真家に転向。 その後、高等学校教諭をする傍ら、北海道各地の風景を撮り続け、札幌、旭川、函館、帯広などで写真展を継続的に開催している。 2006年より北海道教育大学岩見沢校非常勤講師も務める。 『新訂 現代日本人名録2002』(日外アソシエーツ編集・発行、2002年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
宮野 正喜(みやの まさき、1950年 - )は、日本の写真… 宮野 正喜(みやの まさき、1950年 - )は、日本の写真家。 京都府京都市生まれ。日本写真家協会会員。国際スポーツプレス協会会員。日本スポーツプレス協会会員。 立命館大学理工学部化学科卒業。2014年7月から日本ホッケー協会理事で広報・マーケティング委員長。社団法人日本ホッケー協会機関誌「ホッケーマガジン」編集長。 写真家として、桂俊夫に師事。1978年から、広告写真の分野で写真活動を開始し、美術工芸品や伝統芸術に関する撮影などにも進出する。スポーツ分野の写真を得意にし、海外取材など精力的にこなす。
比嘉 豊光(ひが とよみつ、1950年(昭和25年) - )… 比嘉 豊光(ひが とよみつ、1950年(昭和25年) - )は、写真家。沖縄県読谷村楚辺生まれ。 1975年、琉球大学美術工芸科卒業 。 1990年代、沖縄の島々の祭祀世界を写真に残す第一人者である比嘉康雄の手伝い助手として宮古を訪れ、1997年~2001年にかけて宮古島西原集落の祭祀を取材し撮影した作品、『光るナナムイの神々』を風土社(東京都)より出版。2004年、琉球大学写真クラブ在籍時に沖縄の現状を記録しようと試み撮影した写真を集め、写真集『赤いゴーヤー』を出版。その他、浦添市教育委員会の発掘現場や那覇市真嘉比地区の発掘現場作業風景を撮影した『フォトドキュメント 骨の戦世』(2010年、岩波書店:東京)などの作品がある。
会田 我路(あいだ がろ、1949年11月4日 - )は、日… 会田 我路(あいだ がろ、1949年11月4日 - )は、日本の男性写真家。女性写真、美少女写真を得意とする。 工業高校の建築科、東京写真専門学園商業写真学科を卒業。藤井英男の助手を経てフリー。ダイアナ靴店、シャルル・ジョルダン(英語版)、日本石油、富士通、グンゼ、サントリーなどの広告写真を手がける。1983年渡仏、男性誌『PHOTO(英語版)』の欧州各国版に多くの写真が掲載される。また、香港版『ペントハウス』誌の表紙や巻頭を数度飾っている。 1980年代に美少女写真集の分野に参入し、2020年までに300冊以上の美少女の写真集を出版している。なお、写真集と同時に「ガロマージュ」、「ガロインパクト」等の会田我路の名を冠したレーベルからDVDが発売されることもあったが、これは会田自身ではなく、同行したビデオのカメラマンが撮影したものである。
中村庸夫(なかむら つねお、1949年9月27日 - )は、… 中村庸夫(なかむら つねお、1949年9月27日 - )は、日本の海洋写真家。水中写真家。 東京都出身。早稲田大学理工学部卒業、同大学大学院理工学研究科修士課程修了。大学在学時から写真撮影やスクーバダイビングを行い、「海」にまつわるテーマだけを撮り続けている。撮影テーマは熱帯の珊瑚礁の海中生物、氷の海の生物、イルカ、クジラ、ペンギンや海鳥、海獣類、海に生きる人々、帆船、客船、ヨット、マリンスポーツ等におよぶ。取材地域は珊瑚礁ばかりでなく、北極海や南極海等、世界中の海にわたる。 「海」だけにこだわり、かつ大きなスケールで撮影を続けていることから、世界的にも海洋写真の第一人者として世界32か国で写真を発表している。
甲斐 扶佐義(かい ふさよし、1949年4月18日 - )は… 甲斐 扶佐義(かい ふさよし、1949年4月18日 - )は、日本の写真家、エッセイスト、翻訳家、ほんやら洞(京都市上京区に存在した喫茶店)、八文字屋(京都市中京区)の経営者。「自衛隊米兵人権ホットライン」発起人のひとり。大分県大分市出身。
青山 静男(あおやま しずお、1949年〈昭和24年〉3月1… 青山 静男(あおやま しずお、1949年〈昭和24年〉3月19日 - 1995年〈平成7年〉3月13日)は、日本の写真家。 街角の少女をとらえた写真で知られる。趣味はロック・ミュージック。 1949年(昭和24年)3月19日、京都府京都市に生まれる。 1976年(昭和51年)ころから、カメラを持って京都や大阪の街を歩き、少女たちの姿を写真に収め始める。昭和50年代半ばの日本では、子供たちが公園や街角で遊ぶ光景はありふれており、そしてたいていは子供のほうから静男に声を掛けてきた。 『写真時代』1982年11月号にて、商業誌デビュー。『ヘイ!バディー』1983年7月号から、終刊の1985年11月号まで、写真を連載する。
宮 誠而(みや せいじ、1949年2月26日 - )は、日本… 宮 誠而(みや せいじ、1949年2月26日 - )は、日本の植物写真家である。 1949年、石川県小松市に生まれる。石川県立小松高等学校、福井大学工学部卒業。 新しい山岳写真の表現である「花の山岳写真」、山野草のフラワーアレンジメント「野の花アレンジ」を創作、また新しい表現の植物図鑑である「ボタニカルフォト植物図鑑」や、表装した写真作品「大和写真」を開発した。 1980年、大日山の中腹に「日本滝」を発見した。1986年、小松市の小松天満宮境内に松尾芭蕉の「あかあかと日はつれなくも秋の風」の句碑を建立。1996年頃から、植物専門の写真家を目指した。 出版社名のないものはいずれも北陸美術出版より発刊。
渡辺 達生(わたなべ たつお、1949年1月20日 - 20… 渡辺 達生(わたなべ たつお、1949年1月20日 - 2026年3月12日)は、日本のカメラマン、グラビア写真家。山梨県山梨市出身。 職業を写真家で括られる事もあるが、本人はあくまで「職業カメラマン」であると称している。 小学校時代より、写真好きな父親の影響で写真部に所属。父親ら家族とともに東京へ転居。1972年、成蹊大学経済学部を卒業。サンケイ出版でアルバイトをしながら著名カメラマンに師事することなく独学で写真を勉強。なお、大学時代の同級生にカシオペアのベーシスト、現東京音楽大学客員教授の鳴瀬喜博がいる。 フリー・カメラマンとしての業績では、小学館『GORO』のグラビアにおいて篠山紀信と共に看板カメラマンとなる。
伊東 剛(いとう ごう、1949年〈昭和24年〉 - )は、… 伊東 剛(いとう ごう、1949年〈昭和24年〉 - )は、カメラマン・写真家。北海道旭川市出身。 北海道旭川西高等学校を経て、1972年(昭和47年)北海学園大学法学部卒。 1978年に写真家として活動をはじめ、1983年(昭和58年)A.H.O.Pro設立。北海道空知郡上富良野町深山峠に撮影拠点を置く。上富良野町や美瑛町の風景写真を撮り、1988年(昭和63年)に動物写真家の嶋田忠に師事。1989年深山峠に常設ギャラリーの「ザ・ピラミッド」を設立。1994年(平成6年)よりボストン大学客員教授。
谷口 雅(たにぐち みやび、1949年 - )は、写真家、写… 谷口 雅(たにぐち みやび、1949年 - )は、写真家、写真評論家。2002年より2012年まで東京綜合写真専門学校校長。 1949年愛知県生まれ。福岡県立福岡高等学校を経て、東京綜合写真専門学校卒業。 「写真批評」編集部に勤務。その後、東京綜合写真専門学校講師となる。 写真家による自主ギャラリー「プリズム」(東京・新宿)設立にかかわる(このギャラリーは東京綜合写真専門学校や東京造形大学の在校生や卒業生が中心となって1976年3月に設立された。その後、このプリズムは閉廊している)。 1985年のつくば写真美術館'85の企画にも参加した。 個展、グループ展や展覧会の企画も行う。 なお、福岡在住で布を使った作品を制作する谷口雅()は別人。
石田 研二(いしだ けんじ、1949年 - )は写真家。京都… 石田 研二(いしだ けんじ、1949年 - )は写真家。京都府出身。 大阪芸術大学デザイン学科卒業。写真家の野町和嘉に師事。その後、フリーとなり個展他、グループ展に多数参加し活躍する。 日本写真家協会会員、フォトボランティアJAPAN会員、日本写真芸術専門学校講師、東洋美術学校講師。
田島 照久(たじま てるひさ、1949年 - )は、日本のア… 田島 照久(たじま てるひさ、1949年 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、写真家。デザイン・プロダクション「Thesedays」主宰。 1949年、福岡県に生まれる。多摩美術大学グラフィック・デザイン科卒業。 大学卒業後、CBS・ソニーに入社し、デザイン室に勤務する。矢沢永吉やマイルス・デイヴィスのジャケット・デザインを担当。1980年にCBS・ソニーを退社しフリーランスとなり、自身のデザイン・プロダクション「Thesedays」を設立。 その後、浜田省吾や尾崎豊を始めとする数多くのアーティストのジャケット・デザインを担当。音楽関係以外でも、ポスターや広告、カレンダー、写真集、小説や文庫本の装丁など幅広い分野の仕事を手掛けている。
柴田 敏雄(しばた としお、1949年 - )は日本の写真家… 柴田 敏雄(しばた としお、1949年 - )は日本の写真家。東京都出身。 大学院修了後に、ベルギー文部省より奨学金をうけ、同ゲント市の王立アカデミー写真科入学し写真を始める。その後、日本国内および海外でも個展を開くなど活動中である。 この項目は、カメラに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:写真/PJ:カメラ)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
山本将文(やまもと まさふみ、1949年 - )は、日本の報… 山本将文(やまもと まさふみ、1949年 - )は、日本の報道写真家である。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
藤井 保(ふじい たもつ、1949年 - )は日本の写真家。… 藤井 保(ふじい たもつ、1949年 - )は日本の写真家。 JR東日本、日清カップヌードル(シュワルツェネッガー)、マグライト、無印良品などの広告写真で知られる。 是枝裕和監督作品『幻の光』のスチル撮影を担当したことから、同作品のタイトルワーク・広告美術担当の葛西薫とともに、出演者の江角マキコ写真集『ESUMI』を出版した。 かつてのアシスタントのひとりに写真家の瀧本幹也がいる。 大判カメラ 特に4X5(シノゴ)をネガフィルムで使用することが多い ADC賞グランプリ、ADC賞、ACC最優秀賞、朝日広告賞、カンヌ国際広告祭フィルム部門銀賞、APA賞、NY・ADC賞など。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
ハナブサ・リュウ(Hanabusa Lyu、1949年 - … ハナブサ・リュウ(Hanabusa Lyu、1949年 - )は、日本の写真家。海外では、Lyu Hanabusa (リュウ・ハナブサ)で活動する。初期の頃は、英 隆(はなぶさ りゅう)の名義で活動していた。妻は小椋三嘉。 1949年、大阪府高槻市に生まれる。7歳のときにカメラを両親から贈られて写真を始める。写真はほぼ独学で学んでいる。ファッションデザインを学んだ後、写真雑誌の編集や写真家のアシスタントを経て、フリーランスの写真家になる。1970年、銀座ニコンサロンでの写真展「もうひとつのなにか」でデビュー。1978年からパリに4年間滞在する。以後、東京とパリで主に活動する。作家とのコラボレーション、映画監督、俳優、アーティストなどのポートレートを発表する。
横木 安良夫(よこぎ あらお、ALAO YOKOGI、194… 横木 安良夫(よこぎ あらお、ALAO YOKOGI、1949年 - )は、日本の写真家・作家。 1949年、千葉県市川市生まれ。日本大学豊山高等学校を経て日本大学藝術学部写真学科卒業。篠山紀信のアシスタントを経て、1975年独立。 広告、ファッション、ドキュメンタリー、タレント写真集、などあらゆる方面で活動。1998年ごろからは文筆活動も始め、ノンフィクションや小説も書いている。 撮影はさまざまな撮影テクニックを駆使する。TwilightTwistという懐中電灯でライティングするシリーズが有名 スナップでは「ノーファインダー」撮影を多用する。 2009年10月からテレビ朝日「世界の街道をゆく」(キヤノン提供)の、ムービーとスチールを担当している。
池尻清(いけじり きよし、1949年 - 2016年)は日本… 池尻清(いけじり きよし、1949年 - 2016年)は日本の写真家。日本写真家協会会員。愛媛県今治市出身。
保 巖(たもつ いわお、1948年11月6日 - 2016年… 保 巖(たもつ いわお、1948年11月6日 - 2016年11月29日)は、日本の武道家、アマチュア写真家。 少林寺流空手道錬心舘の二代目宗家。號は少林寺守正(しょうりんじもりまさ)であり、十段範士である。 少林寺流空手道錬心舘開祖保勇の長男。 19歳の時、フィリピンへ渡航。バギオ大学において流派の普及と指導に当たる。以降、台湾やドミニカ共和国を拠点に中米地域などでも普及活動につとめ、現在の海外支部の基礎を築いた。 宗家襲名後も海外への流派普及推進には積極的であり、欧米以外にも貧困国などに対して直接指導のために赴いている。特にインドでは貧困層の子供に向け、教育支援および医療支援のため「イワオ・タモツ国際基金」を創設。
熊谷 武二(くまがい たけじ、1948年8月31日 - )は… 熊谷 武二(くまがい たけじ、1948年8月31日 - )は、日本の写真家。大阪府大阪市生まれ。東大阪市在住。公益社団法人日本写真家協会会員。 1971年近畿大学理工学部卒業。 1973年大手印刷会社写真部に入社。1981年フリーのカメラマンとして独立。 人物、歴史を取材テーマとして、雑誌、出版物等に発表。 1995年1月17日未明兵庫県を中心として発生した、大地震「阪神・淡路大震災」の被災地神戸の様子を、翌日の18日からミニバイクで被災地に入り、大型カメラを使って定点観測の方法で、街の復興の様子を10年に渡り記録した。 1996年写真展「神戸・消滅と再生」(新宿コニカプラザ)開催、1998年写真展「神戸・消滅と再生(Ⅱ)」、アサヒグラフ連載「阪神淡路大震災 神戸の被災地の定点観測」により、1996年第2回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」写真賞受賞。
林家 パー子(はやしや パーこ、本名:佐藤 粋子、1948年… 林家 パー子(はやしや パーこ、本名:佐藤 粋子、1948年〈昭和23年〉8月13日 - )は、日本のタレント、落語家、写真家、コーディネーター。東京都北区赤羽出身。夫は兄弟子でタレントの林家ペー。夫とともにP&P企画所属。明るいキャラクターと独特な笑い声で、デビュー当初よりお茶の間の人気となった。 元々は演歌歌手を目指しており、タレントになる前は作詞家・石坂まさをに弟子入りし、歌のレッスンを受けていた(藤圭子は妹弟子である)。石坂は、以前から初代林家三平と大の仲良しで家族ぐるみの付き合いがあった。 1968年のある日、石坂に連れられて根岸(台東区)にある三平の自宅に訪れると、三平の妻・海老名香葉子に気に入られた。
島尾 伸三(しまお しんぞう、1948年7月7日 - )は、… 島尾 伸三(しまお しんぞう、1948年7月7日 - )は、日本の写真家、作家。 神戸市生まれで、奄美大島育ち。東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。 父は作家の島尾敏雄。母は島尾ミホ。妻は写真家の潮田登久子、娘は漫画家のしまおまほ。 1974年に東京造形大学造形学部映像学科に入学し、父の島尾敏雄からリコーワイドを譲り受けた。父が骨董や高級品が嫌いであり、また政治が流行し高級品を持つことが反社会的な行為と捉えられる時代でもあり、ライカやハッセルブラッドなどは嫌いであった。当時高価であった一眼レフカメラ購入を当然のように勧める大学や、嬉しげに高級機を持ち歩く同級生に反感を持ち、普及版のカメラで身辺の日常を撮影するようになった。
永坂 嘉光(ながさか よしみつ、1948年6月21日 - )… 永坂 嘉光(ながさか よしみつ、1948年6月21日 - )は、日本の写真家。大阪芸術大学写真学科教授。 故郷の高野山のほか、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国で撮影している。 1948年6月21日、和歌山県高野山生まれ。 大阪芸術大学芸術学部卒業。岩宮武二に師事。 大阪芸術大学写真学科教授。 2019年3月、大阪芸術大学写真学科教授定年退職。 1970年代頃から故郷の高野山の撮影をライフワークとしてはじめる。1980年代前半より空海の足跡を辿って日本各地や中国で撮影。1990年ごろからは日本全国の霊場などを撮影しており、多数の写真集を出版している。 台南市中西区環河街、2019年3月2日(土)~4月14日(日))
杉本 博司(すぎもと ひろし、1948年2月23日 - )は… 杉本 博司(すぎもと ひろし、1948年2月23日 - )は、日本の写真家、現代美術作家、建築家、演出家、文化功労者、日本芸術院会員。東京都台東区(旧・御徒町)出身。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。東京およびニューヨークを活動の拠点としている。 銀座美容商事という美容院専門商品の卸売商店の長男として、東京都御徒町で生まれる。立教高等学校(現:立教新座高等学校)、立教大学経済学部を卒業。夏は家族で伊豆の海に行くことが多く、その途中の真鶴付近の東海道線の車内から初めて海を見た際に水平線の鋭さに衝撃を受け、この水平線を数万年前の人と同じように見ていることに思いを馳せたという。立教中学では鉄道模型に熱中し、鉄道写真を通じて写真との関わりを始めた。
山口 進(やまぐち すすむ、1948年〈昭和23年〉2月23… 山口 進(やまぐち すすむ、1948年〈昭和23年〉2月23日 - 2022年〈令和4年〉12月23日)は、日本の昆虫植物写真家、自然ジャーナリスト。自然科学写真家協会会員、日本鱗翅学会会員。 1948年、三重県に生まれる。小学校3年時から長崎県長崎市に移り、長崎市立西町小学校、長崎市立緑が丘中学校を経て長崎県立長崎西高等学校卒業まで長崎で過ごした。海洋研究者だった父親の影響を受けて、子どもの頃は昆虫図鑑や冒険小説などの本を読むことや自然が大好きだったという。高校2年の時に長崎の古書店で眺めた高山蝶の写真集に感銘を受け、自身の目で国外の虫や花を見たくなり、翌年には台湾へ60日間の一人旅に出かけた。
難波 由城雄(なんば ゆきお、1948年 - )は、日本の写… 難波 由城雄(なんば ゆきお、1948年 - )は、日本の写真家。岡山県新見市出身。近畿大学商学部卒。本名は難波教美。 1948年に岡山県新見市井倉で生まれる。中学1年生からコンパクトカメラで写真撮影を始める。 1972年、家業である後楽園入口の土産物店「残夢軒」で働く傍ら、後楽園の撮影を始める。1973年、ジョロウグモの産卵を観察、必死に卵を守るクモの母性愛と命の神秘に感激し、写真家を志すきっかけとなる。1986年、ジョロウグモの生態を記録した初の写真集を出版。 1999年秋~2000年、おかやま後楽園300年祭実行委員会及び、岡山県郷土文化財団主催による写真展「後楽園の四季」を岡山天満屋他、各地で開催。
石川 源(いしかわ みなと、男性、1948年 - )は、東京… 石川 源(いしかわ みなと、男性、1948年 - )は、東京都出身の日本のクリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー、パッケージデザイナー、写真家、アーティスト。 美術大学卒業後、外資系広告代理店のADとして新聞・雑誌広告、TVCFを担当。独立後グラフィックデザインを中心に生活雑貨店のプロデュース、雑誌にインタビューコラム連載、講義講演、自身のアートによる個展、写真撮影・動画制作など多岐に渡って活躍。日本グラフィックデザイナーズ協会会員、日本パッケージデザイン協会会員。日本広告写真家協会正会員
姉崎 一馬(あねざき かずま、1948年 - )は、日本の絵… 姉崎 一馬(あねざき かずま、1948年 - )は、日本の絵本作家、写真家。 東京都に生まれる。8歳まで札幌市郊外で育つ。 東京農業大学農学部を卒業。写真家冨成忠夫に師事。[要出典] 日本の森や野生の樹木の写真を撮る。1982年『はるにれ』でサンケイ児童出版文化賞受賞。1973年から19年間和歌山県で小・中学生を対象とした自然学校「自然教室」を主催。[要出典]新潟県での開催を経て1995年山形県西村山郡朝日町に専用施設「わらだやしき自然教室」を作り毎年開催。 修養団より第17回蓮沼門三教育奨励賞を受賞。
坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家… 坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家。横浜市出身。 2輪におけるモータースポーツフォトグラファーの草分け。写真家の二村保に師事後、フォトグラファーとして独立。永年にわたりロードレース世界選手権を追い続ける。2輪レース専門誌「グランプリ・イラストレイテッド」創刊時の編集長、GPMA(現 MSMA)創設時の事務局長などを務める。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。1972年、二村保に師事。独立後に渡欧しF1やルマン24時間レースなど撮影。1973年、ロードレース世界選手権など2輪レースの取材も開始。『サイクルサウンズ』や『オートテクニック』などに写真を発表。
青山 潤三(あおやま じゅんぞう、1948年 - )は、昆虫… 青山 潤三(あおやま じゅんぞう、1948年 - )は、昆虫や植物などの写真家。 兵庫県神戸市生まれ。甲南学園中等部の時登校拒否となり中退。1967年美術の仕事を志して上京、漫画家のアシスタントなどを務めた。中国四川省・雲南省の奥地や琉球諸島をフィールドに、植物や昆虫などの撮影・調査を長年にわたり行っている。1993年原聖樹との共著『チョウが消えた!?』で日本科学読物賞受賞。
照井 四郎(てるい しろう、1948年 -)は、秋田県横手市… 照井 四郎(てるい しろう、1948年 -)は、秋田県横手市出身、和歌山県有田市在住の写真家。写真集団「無限」代表。日本写真家協会会員。二科会写真部会員。2018年2月から 2024年2月まで 二科会写真部理事を務めた。 有田市で写真館を経営する傍ら、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍している。現在、NHK和歌山に出演中である。https://www.nhk.or.jp/wakayama/gyuwa/photo/ 現在、秋田、和歌山、九州を中心に写真活動を行なっている。 わかやまNEWSウェーブ(NHK和歌山放送局) コーナー「ウェーブ写真館」で視聴者の撮影した写真を講評。(2007年4月〜現在) NHK和歌山放送局 『ギュギュっと和歌山』写真館 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
沢木 耕太郎(さわき こうたろう、1947年11月29日 -… 沢木 耕太郎(さわき こうたろう、1947年11月29日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト・小説家・写真家。 東京都大田区生まれ。東京都立南高等学校(当時)、横浜国立大学経済学部卒業。大学時代のゼミの指導教官は、後に神奈川県知事となる長洲一二だった。 大学卒業後は富士銀行(当時)に入行するも、初出社の日に退社した。出社途中に信号待ちをしているときに退社を決めたという。その後、ゼミの指導教官だった長洲から「何か書いてみないか」と誘われたのをきっかけに文筆活動を始める。 ルポライターとして1970年(昭和45年)、『防人のブルース』でデビューし、1979年(昭和54年)には演説中に刺殺された日本社会党委員長の浅沼稲次郎と、その犯人である少年の交錯を描いた『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
一ノ瀬 泰造(いちのせ たいぞう、1947年〈昭和22年〉1… 一ノ瀬 泰造(いちのせ たいぞう、1947年〈昭和22年〉11月1日 - 1973年〈昭和48年〉11月29日)は、日本の報道写真家。 一ノ瀬清二・信子の長男として佐賀県武雄市に生まれる。佐賀県立武雄高等学校に入学。物理部の部長として写真部門で活躍。夏、野球部に所属し、甲子園(第45回全国高等学校野球選手権大会)に出場。 1966年4月、日本大学芸術学部写真学科に入学。 1971年、卒業後、UPI通信社東京支社に勤務(3ヶ月で退社)。 半年の試用期間をもってUPIを不採用になったため、フリーランスの戦争カメラマンとして活動を開始。米軍キャンプPXの写真屋で1年間働き資金を貯め、インド・パキスタン戦争へ向かう。
大木 茂(おおき しげる、1947年10月[要出典] - )… 大木 茂(おおき しげる、1947年10月[要出典] - )は、日本のフリーカメラマン、鉄道写真家。東京都世田谷区出身。東京都立新宿高等学校を経て[要出典]、早稲田大学理工学部電気工学科卒。日本写真家協会会員。 高校時代に蒸気機関車の魅力の虜となり、写真を撮り始める。大学時代に写真集『北辺の機関車たち』を仲間3人と共著で出版し、鉄道趣味界はもとより各方面から高い評価を受ける。大学卒業後は、朝日新聞を中心として、報道写真、各種写真出版物など幅広い分野で活躍。海外取材を数多くこなす。鉄道写真関係ではJRPS(日本鉄道写真作家協会)に創立メンバーとして参加する。鉄道写真におけるズーム流し技法を考案するとともに、デジタルカメラの黎明期からデジタル写真作品を多数発表して注目を集める。
野上 眞宏(のがみ まさひろ, Masahiro Micha… 野上 眞宏(のがみ まさひろ, Masahiro Michael Nogami, 1947年8月27日 - )は、東京都出身の写真家。マイク野上(マイクのがみ, Mike Nogami)とも。 カメラ好きだった父親の影響もあって少年期から写真の撮影を趣味とし、1966年立教大学入学後、写真部に入部する。しかしすぐに退部してしまい、一時は写真から遠ざかる。 社会学部の同級生だった細野晴臣と行動をともにする中で、松本隆、柳田ヒロ、小坂忠、鈴木茂、林立夫、小原礼ら、のちにプロ・ミュージシャンとして活躍してゆく面々と親交を結び、彼らの演奏風景や日々の記録を中心に1968年秋から写真撮影を再開する。この頃の細野や松本のバンドでは、バーンズ、エイプリル・フールの活動を写真に収めている。
北奥 耕一郎(きたおく こういちろう、1947年8月5日 -… 北奥 耕一郎(きたおく こういちろう、1947年8月5日 - )は、日本の写真家。(社)日本写真家協会会員。京都市観光大使。NHK京都文化センター講師。株式会社フリージュ代表取締役。京都府京都市出身。 1971年、立命館大学法学部卒業後、美術印刷会社勤務を経て独立。 2004年、文化庁が派遣する「芸術家特別研修員」に任命され、アメリカ合衆国へ研究派遣される。研究対象は、世界最新のデジタルプリント技術。 2007年、第11回京都現代写真作家展実行委員。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
海野 和男(うんの かずお、1947年6月25日 - )は、… 海野 和男(うんの かずお、1947年6月25日 - )は、日本の昆虫写真家であり、同ジャンルの草分け的な存在。日本自然科学写真協会会長、日本昆虫協会理事、日本写真家協会会員を歴任。広角レンズを使った接写により、昆虫の周囲の環境を風景として写しこんだ作風を得意とする。 1947年、東京都に生まれる。新宿区立西戸山小学校、東京都立青山高等学校卒業。東京農工大学の日高敏隆研究室で昆虫行動学を学ぶ。大学生の時に「スジグロシロチョウの交尾拒否行動」の写真が取り上げられ、以後昆虫写真家としての道を歩むことになる。 1990年に、長野県小諸市でクワガタムシの大アゴが落ちているのを見つけ、豊かな自然の残る小諸の地に惹かれ、ここにアトリエを建てて一年の多くの時間を過ごしている。
久保 敬親(くぼ けいしん、1947年5月25日 - 201… 久保 敬親(くぼ けいしん、1947年5月25日 - 2019年1月26日)は写真家。新潟県佐渡市出身。拓殖大学商学部貿易学科卒業。北海道中標津町在住。撮影のジャンルは日本の野生動物と自然。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
高野 典範(たかの みちのり、1947年5月14日 - )は… 高野 典範(たかの みちのり、1947年5月14日 - )は、日本の写真家。 宮崎県宮崎市に生まれる。 1970年より堤隆志に指導を受け、1974年にフォットグラフィック・タカノを設立した。スタジオでは、九州管内のカレンダー撮影や、大学の卒業アルバム作成をてがけた。1985年にフォットスタジオ VIEWへ改名した。 1987年に宮崎県写真家協会を設立して、会長に就任した。 2018年に高野写真塾を開設した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
妹尾 三郎(せのお さぶろう、1947年5月10日 - )は… 妹尾 三郎(せのお さぶろう、1947年5月10日 - )は、日本の写真家、写真ディレクター、クリエイティブ・ディレクター。日本写真芸術学会会員。京都府京都市生まれ、東京都在住。 1 1984年 3月「野町和嘉写真展/バハル!」新潟・ダイエー 2 1984年 5月「野町和嘉写真展/バハル!」船橋・西武美術館 3 1984年 6月「ロバート・キャパ展/戦争と平和」銀座・松屋 4 1984年 8月「野町和嘉写真展/バハル!」那覇・沖縄三越 5 1984年 8月「野町和嘉写真展/バハル!」名護・琉球新報北部本社ホール 6 1984年 9月「野町和嘉写真展/バハル!」宮古島・平良市民会館 7 1984年 9月「野町和嘉写真展/バハル!」石垣島・ホテルミヤヒラ 8 1984年 9月「サラ・ムーン展」銀座・プランタン銀座 9 1984年12月「野町和嘉写真展/バハル!」高知・とでん西武百貨店 10 1984年11月「サラ・ムーン展」大阪・プランタンなんば 11 1984年12月「ロバート・キャパ展/戦争と平和」大阪・ナビオ美術館 12 1985年 1月「渡辺義雄写真展/古寺大観」銀座・和光 13 1985年 5月「ロバート・キャパ展/戦争と平和」熊本・鶴屋百貨店 14 1985年 5月「アルフレッド・スティーグリッツ展」新宿・小田急百貨店 15 1985年 7月「アンドレ・ケルテス展」銀座・プランタン銀座 16 1985年 9月「アンドレ・ケルテス展」大阪・プランタンなんば 17 1985年 9月「渡辺義雄写真展/古寺大観」新潟・伊勢丹百貨店 18 1985年10月「日本の24時間展」渋谷・西武百貨店 19 1985年11月「アンドレ・ケルテス展」大分・トキハ百貨店 20 1986年 1月「渡辺義雄写真展/古寺大観」守口・京阪百貨店 21 1986年 2月「久保田博二写真展/中国万華」銀座・松屋
宮本 隆司(みやもと りゅうじ、1947年4月24日 - )… 宮本 隆司(みやもと りゅうじ、1947年4月24日 - )は、日本の写真家。東京都世田谷区生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。 建築雑誌『都市住宅』の臨時編集部員を経て『住宅建築』創刊時の編集部員となり、1975年に写真家として独立。 1986年、都市の変容、崩壊の光景を独自の視線で撮影した個展『建築の黙示録』(ヒルサイドギャラリー)を開催。1988年、香港の高層スラムを撮影した個展(INAXギャラリー)作品集『九龍城砦』で高い評価を受ける。1989年、第14回木村伊兵衛写真賞を受賞。 1995年、阪神・淡路大震災直後の神戸を撮影。1996年、第6回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展、コミッショナー・磯崎新、建築家・石山修武、宮本佳明と日本パヴィリオンに共同展示して金獅子賞を受賞。
石内 都(いしうち みやこ、1947年〈昭和22年〉3月27… 石内 都(いしうち みやこ、1947年〈昭和22年〉3月27日 - )は、日本の写真家。 群馬県桐生市生まれ、横須賀市で育つ。横須賀市立第二高等学校卒業。多摩美術大学デザイン科入学。大学2年より染織専攻するが中退。 1994年、グッゲンハイム美術館での「戦後日本の前衛美術」展に招待された。ヴェネツィア・ビエンナーレの2005年日本代表。2015年、The J. Paul Getty Museumにて個展「Postwar Shadows」を開催。2017年12月9日~2018年3月4日、横浜美術館にて「肌理(きめ)と写真」が開催された。 皮膚や衣類と時間とのかかわりをテーマにした写真を撮り続けており、代表作に広島原爆で被爆した遺品を被写体とした「ひろしま」、フリーダ・カーロの遺品を撮影した「フリーダ 愛と痛み」など。
柴田 三雄(しばた みつお、1947年3月16日 - 201… 柴田 三雄(しばた みつお、1947年3月16日 - 2015年1月18日)は、カメラマン・写真家。 北海道常呂郡留辺蘂町(現・北見市)出身。幼少に、札幌市に移住。北海学園大学経済学部中退。1971年に集英社「non-no」の専属カメラマンとなり、1974年柴田三雄事務所設立。軍事・航空写真の第一人者として知られる。 この項目は、カメラに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:写真/PJ:カメラ)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。